春の訪れ〜3〜
それから半月。3月に入った。 1月の上旬から勉強をしつづけ、とうとう明日、本番となる。だめでもともと。そんな言葉が頭の中に浮かんでいる。必死に勉強したけれど、所詮は付け焼刃。どの程度まで通用するかわからない。諦めるには早いけど、焦るのはもっとよくない。 夕方、少し早めに食事をして、明日の準備を整える。受験票、筆記用具。ひとつずつ確認しながら鞄に入れていく。 携帯電話は充電をして、明日の朝鞄に入れて。それからお財布も。 全ての準備が整うと、ふと、携帯電話を見上げる。 あれから、ずっと翡翠からの電話はない。 戦いのさなかには、武器やアイテムのこととかもあって、随分と密に連絡をとっていたけれど、今ではもうほとんど連絡もない。他の連中からはしょっちゅう、うるさいくらいにかかってくるけど、翡翠の店に行かないようになってから一度も連絡はなかった。 携帯電話を手にとって着信履歴をみてみると、葵や小蒔、京一といったメンバーをはじめ、村雨や紅葉、藤咲、高見沢、アランや劉。共に戦ったメンバーの名前が次々に表示される。 「忙しいんだろうなぁ。」 ため息をついて、携帯電話を充電器においた。 やっぱり、ただのオトモダチ。翡翠にはそれぐらいの関係だったんだよね。 自分から店に行かないのを決めたくせに、あえないのはすごく寂しくて。でも、きっと会ってしまったら、もう翡翠なしにはいられなくなるから。だから、このままずっと、気持ちが落ち着くまで会えないほうがいいのかもしれない。受験が終わったら、今までのお礼に精一杯のお手伝いをして、そうしたらもう諦めよう。 翡翠が他の女性の隣にいるのは見ているだけで辛いから。 ずうっとずうっと時間がたつまで、大人になって、こんな想いも、ああそんなことがあったねって懐かしく笑えるようになるまで、会えないほうがいいかもしれない。 その間に私たちの繋がりが切れてしまうわけではないから。宿星で定められた黄龍と玄武なのだから。そのうちに、きっとまた会うことはできるはずだから。 ええい、こんなクライのはだめだ!!!もう、お風呂入って寝ちゃおう!!! そう思って立ち上がった瞬間だった。 凛とした澄んだ気がすぐ側に近づいてきているのを感じた。 この気は。 間違いじゃないかと、もう一度、気配をうかがう。ううん、間違うはずがない。凛とした、清涼でしかも強い気は確かに翡翠の気。思わず、私は玄関口に出そうになってふと立ち止まった。一体、どうしたのだろう。 戦っている最中も翡翠は一度もうちに来たことはなかった。この近所に何か用事があっただけかもしれない。それなのに、慌てて出て行ったりしたらおかしいよね?息をこらして様子をうかがってると、しばらく翡翠の気はうちのあたりにあったが、それから数分後、遠ざかりはじめる。 「翡翠!」 遠ざかっていく気に、無性に寂しくなって、悲しくなって思わず玄関から走りでてみたけれど、とうに翡翠の姿はなく、ただ、幾分ぬるくなった夜気が漂っているだけであった。 「帰っちゃったか。」 もっと早く出ていればよかったと、後悔しても遅かった。 仕方がない。自分が決めたことなのだから。 部屋に戻ろうと、踵を返すと、目の端に郵便ポストが入る。うちのところに、なにやら白い袋が突っ込まれているのが確認できた。 「なんだろ?」 ずるりと引っ張り出してみると、それはかなり細長い袋で中には硬いものが入っている。とりあえず、自分の部屋に戻ってから長細い袋を開けてみると中からは木札がでてきた。合格祈願。湯島天神のだった。さかさまにした袋から、一緒にぽとりと出てきたのは小さなお守り。これも合格祈願だった。 「翡翠…。」 もしかして、これを届けてくれたの?わざわざ私のために? 一瞬にして手にしている札やお守りがちゃんと見えないほど、一気に溢れてきた涙がぼろぼろと次々に毀れていく。 優しいね、翡翠。やっぱり、好きになってよかった。隣にはいれなくっても、これだけしてもらえるなんて上等だよね?私、初めて黄龍の器でよかったって思うよ。翡翠にあえたこと、一緒に戦えたこと、本当によかった。世の中のありとあらゆる神様に感謝したい。翡翠と会わせてくれてありがとう。 私はその夜、少し早めに眠ることにした。翡翠が届けてくれたお守りを抱いて。 受験の手ごたえはまぁまぁだった。 2ヶ月近く、ずっと勉強した甲斐はあったんだと思う。苦手の英語もなんとかこなせて、ほっとしていた。 受験の翌日は登校日で、今日は卒業式のリハーサルが行われた。卒業生代表で答辞を読むのは無論、葵である。式次第に則って行われたリハーサルはいよいよ卒業がすぐそこだということを実感させた。 「ひーちゃん、発表はいつ?」 HRも終わって、いつものように少しおしゃべり。小蒔は相変わらず元気で跳ねるようにしてやってきて尋ねた。 「10日。」 もう、気分は最悪。試験受けるのはいいけど、発表を待つこの時間が結構イヤ。やるだけやったけど、その結果がどうかなんて自分では全く予想がつかないから。ましてや、自分が余裕で受かるところを受けたわけではなく、決して高くない可能性にかけたのだから。 「あら。じゃあ、卒業式がおわってからなのね?」 葵が帰る支度をしながら言う。 「うん。なんだか落ち着かなくってさ。進路も決まってないのに卒業なんてね。」 葵はすでに希望大学への入学を決めていた。葵はいいなぁなんて内心ため息をついた。 「よぉ、龍麻。受験、どうだった?」 遠くの席から近寄ってきたのは醍醐だ。 「まぁまぁ。」 「そうか。まぁ、ともかく玉砕でなくてなによりだな。」 醍醐はすでに格闘技の団体へ入ることが決まっている。彼らしいといえば彼らしい進路であった。 「あれ?京一はぁ?」 「ああ。さっき、道場に行ったよ。すぐ戻ってくるとか言っていたが。」 京一は、卒業後、劉と一緒に中国に渡ることにしたという。今度の一連の事件で、もう一度修行をしたくなったらしい。 「そっか。」 みんなに会えるのはあと2回。卒業式の前日と、本番と。ここに転校してきてからたった1年だったけれど、その一年がすごく長かった。一緒に過ごした時間は夢じゃないけれど、こうしてみんな別々の道に進んでいく。出会いがあればそれと同じだけの別れがあるのも当然のこと。その別れが永久の別れになるのか、またあえるのか。 「また、あえるよね?」 ふと漏らした私の言葉に3人が微笑んでうなづいてくれる。きっと会えると信じているから、だから笑って別れられる。 卒業式。 ずっと泣かないでおこうって思っていた。 またみんなにあえるから。 たった1年しかいなかったけど、でも、たくさんの思い出が溢れるほどにつまった学校。一緒に戦った仲間たち。みんな、みんな大切なもの。 卒業証書をもらって、また新しい気持ちで未来へ歩いていく。 いつまでも同じままじゃいられない。 「ちょっとぉ!!!校門のトコ、王蘭の如月君がいるって!!」 クラスの女の子が叫んだ。翡翠の名前に一瞬、ぎくりとする。物見高い女生徒たちが窓から如月の姿を見ようと鈴なりになっている。 「お迎えだぜ、ひーちゃん。」 にやにやと京一が笑う。 「わっ、私じゃないよ。京一、マージャンの約束してたんじゃないのっ?」 かぁっと耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。 「今日は用事があるんだとよ。つれねぇよなぁ。俺や村雨ともしばらくあえなくなるっていうのによ。」 「でも、集まるんでしょ?」 「ああ。今日じゃないけどな。」 村雨が運試しに海外へいくことにしたのを聞いたのはつい最近だった。マージャン仲間の京一と村雨がいなくなっては翡翠もさぞかし寂しいことだろう。 「さぁ。みんな、ラーメン食いにいこうぜ。」 京一の号令でみんながうなづいた。 それにしても、翡翠はどうしてここに来たのだろう。アン子ちゃんに広告料でも払いに来たんだろうか。ああ、そういえば、会ったらお礼を言わなくちゃ。そんなことを考えながら校門のところまで来た。如月の回りには遠巻きにしてうちの学校の女生徒が囲んでいる。 「やぁ。」 私たち一行の姿を見つけると、翡翠は微笑んで片手を挙げた。 「よう。」 京一が返事をする。 「こんにちは、如月君。」 「こんにちは。」 「久しぶりだったな、如月。」 みんなそれぞれに挨拶をする。 「あの、ひさしぶりです。」 私はできるだけ自然に挨拶をしようとしたが、どうにもぎこちなさが出てしまう。 「ああ、そうだね。」 翡翠の顔がにこりと、柔らかく微笑んだ。その瞬間に胸をきゅううっとつかまれたように苦しくなる。神様、やっぱり、この人が好きです。 「じゃ、行くか。」 「ああ。」 ぞろぞろとラーメン屋に向かって歩き始める。如月も別に何を聞くでもなく、自然に一緒についてきた。女の子たちの名残惜しそうな視線を残したままで。 「翡翠もラーメン屋?」 「ぼくはいかないよ。」 どういうことだろう?いまいち、理解できずにいた。京一も、醍醐君も、葵も小蒔も、別段不思議ともなんとも思わないようだ。当然のような顔をして一緒に歩いている。 「ここらへんでいいかな?」 急に京一が立ち止まった。 「ああ、そうだね。」 如月もうなづいている。一体、なんのことだろうと思っていると、急に京一が私の背中をとんっと押した。 「うわっ。」 よろりとよろけて2,3歩翡翠のほうへ行ってしまう。転びそうになったが、なんとか踏みとどまると私はきっとした顔で京一のほうを見た。 「じゃあ、確かに渡したからな。如月。」 「ああ。ありがとう。」 翡翠が急に私の手を取った。 「ひーちゃん、またね。」 小蒔が手を振る。 「また、会いましょうね。」 にっこりとその横で葵も。 「龍麻、またな。」 醍醐もおかしそうに笑いながら言った。そうして、3人は早足でラーメン屋の方へ歩いていった。あとに残された私は、ボーゼンとして、何がなんだかわからないままにそこに立ち尽くしていた。一体、何がどうなっているの? 「龍麻。悪いが、花園神社につきあってくれないか。」 私の腕をとったまま、翡翠はにっこりと微笑んで言った。 「え、あ、うん。」 「行こう。」 そのまますたすたと、半ば私を連行するような形で花園神社の方向に歩いていく。えええ?みんなとラーメン食べに行くはずだったのに?どうしてこんなことになってるの?私は頭の中でパニックを起こしたまま、引きずられるようにして花園神社まで連れて行かれた。 「お礼参りに来たんだ。」 花園神社で翡翠は言った。その言葉に、先日貰ったお札やお守りのことをようやく思い出した。 「あっ、そうだっ!翡翠。ねぇ、湯島天神のっ、あれ翡翠だよね?」 「ああ。」 「ありがとう。とっても嬉しかった。」 お礼を言うと、翡翠はなんだかちょっと困ったような顔をして、それからふいっと顔をそむけて返事をする。 「あれくらいで、そんなにお礼を言われるほどじゃないよ。」 「でも、すごく嬉しかったんだよ。」 翡翠はこっちに背を向けたまま、まっすぐに拝殿に向かって歩き始めた。なんだか、怒ってるのだろうか? 「翡翠…?」 慌てて後を追って、ようやくおいついた。 「僕が人のために祈るのは、湯島で2回目だった。最初は、正月に、ここで君の無事を祈ったんだ。」 独り言のように翡翠が呟く。 「どうか一緒に春を迎えることができますようにって。そして、できることなら最後の戦いに側で君を守ることができますようにって。」 そういって、翡翠は私のほうを見た。 「こうして、今日、一緒にいられて、本当に良かったってそう思うよ。」 なんだか、翡翠の様子がいつもと違う。芒洋とした、いつものような感じじゃなくって、もっと切実な、切迫した様子だった。 「最初は君に振り回されるのがわずらわしいように思ったけれど…今では、それも悪くないと思ってる。いや、むしろ、僕は振り回されるのを楽しみにしているのかもしれない。」 それって、私が今まで通りに迷惑をかけてもかまわないってことかなぁ?ああ、そうか。また、いつでも店に行っていいってことだよね。受験も終わったし、恩返しに蔵の整理を手伝うつもりだったんだ。 「こんなのは…龍麻には迷惑なだけだね。」 自嘲気味に笑う翡翠に思わずぶんぶんと首を振る。 「そっ、そんなことないよ。えっと、今までずっと迷惑かけてきちゃったし、少しは恩返しもしなきゃだし…。」 あせって言うと、くすりと翡翠が小さく笑った。 「恩返しか…。」 呟くように言ってから、またこちらを向き直る。 「龍麻。これから時間はあるかい?」 「あ?うん、かまわないけど。」 「だったらうちにおいで。もう少し、ゆっくりと話したいこともあるから。」 なんだか、やっぱり今日の翡翠はおかしい。ゆっくり話なんて、別にどこでもできるのに。それに、そういいながら、随分とそわそわとしているようにも見えるし。 花園神社から駅に戻って、そのまま翡翠の家に向かう。その間、ずぅっと何も喋らなかった。ただ、時折、困ったような、なんだかすごく複雑な表情を浮かべている翡翠と何度も目が合った。どうしてそんな顔をしているのだろう。何か、困ったことがあったのだろうか。 翡翠の家につくと店先には「臨時休業」の札がかかっていた。普段、わりとまめに店を空けている翡翠にしては珍しい。 「今日、休み?」 「あ、ああ。」 「どうしたの?あ、3月だから棚卸とか?」 「いや。ただ、なんとなくね。」 店から中に入ると久しぶりの店内はほとんど変わっていなかった。若干、亡くなった品物や増えたものがあるけれど、そう大差ない。 「今、お茶を入れるよ。」 「ありがと。」 2ヶ月ぶりの邸内はほとんど変わってない。庭に目をやると、寒緋桜が花を咲かせているのが目に入る。本当に、もう春なんだなと実感できる。 「お待たせ。」 翡翠が台所から戻ってきた。久しぶりの湯飲みと、今日のお茶菓子をもってきたようだ。 「わ、桜餅?」 「ああ。長命寺の。」 「わぁい♪大好き。」 桜餅なら長命寺。新宿からは遠くてなかなかいけないけれど、たまに紅葉や藤咲や劉が差し入れてくれる。 「いただきまぁす。」 私が喜んで桜餅にかぶりつくのを翡翠は嬉しそうに微笑んで見ていた。 「そういえば。バレンタインの時には、和菓子をどうもありがとう。」 言われたとたんに私は食べていた桜餅を噴出してしまいそうにおどろいて、その驚きのあまりにごほごほとむせてしまった。 「ああ、急いで食べるからだよ。お茶を飲んで。」 言われて慌ててお茶を飲む。 「どっ、どうしてわかったのっ!?」 「わからないわけないだろう?龍麻の気は強いんだ。誰よりも清冽で、まばゆい。そんな気が近づいてきたら寝ててもわかるさ。」 私は恥ずかしさのあまりにどっかに穴掘って入りたくなってきた。 「嬉しかったんだ。」 「え?」 聞き返す私に、翡翠は恥ずかしそうに少しだけ頬を赤らめて、続ける。 「来ないって言ってたから、きっともらえないって思ってた。」 「だって…翡翠、たくさん貰うじゃない。」 「どうせなら自分が好きな人から貰いたいからね。」 早口で、ぼそりと呟いて、翡翠は照れたように顔をそっぽ向けてしまう。 「だって、翡翠、同じ学校の人と付き合ってるんじゃ…?」 「同じ学校…?ああ、橘さんのこと?」 こくりとうなづくと、彼は慌てて弁解に入る。 「誤解だよ。彼女はクラス委員だから、あれこれと用事をいいつかってくるんだ。」 「でも、きっと彼女は翡翠のこと好きだよ?」 「それは…。」 翡翠はぐっと詰まってしまった。きっと、翡翠も彼女の気持ちはうすうすでも感じていたのかもしれない。 「でも、僕がすきなのは龍麻なんだ。」 翡翠の口から毀れた言葉は嬉しいはずなのに。でも、きっとそんなの嘘だ。翡翠は優しいからそんなことを言う。私を傷つけまいと、気を使ってくれるのだろう。 「嘘だと思うかい?思われても仕方ないけれどね。」 そんな私の心の中を見透かすように言ってから、ふぅっと大きなため息をついて、翡翠はお茶を一口飲んだ。 「僕は臆病だった。小さい頃からずっと僕が大切に思う人は皆いなくなっていくから。もし、君を大切に思ったら君まで離れていくかもしれないって思ったら、いえなかった。」 辛そうに、その美貌を泣きそうにゆがめて翡翠が笑った。 「それでも、やっぱり君はいなくなってしまった。あえなかった2ヶ月の間、気が狂いそうだった。こんなことなら言えばよかったのかと後悔もした。」 こんなに悲しそうな翡翠の顔を見たのは初めてだった。 「この前、壬生や蓬莱寺に言われたんだ。いらないのなら貰っていくと。龍麻が進路を変えてまでおまえについていこうとしているのに、おまえは一体何しているんだって特に壬生にはこっぴどく怒られた。」 「なっ、なんで紅葉がっ…。」 瞬間にあっと気づいた。そうだった。鳴瀧さんに口止めしておくのを忘れていた。ある意味、最短距離で翡翠にばれるじゃないか。私はかーっと真っ赤になって、もうそのまま溶けてしまいそうになるくらいに顔が熱くなってきた。 「みすみす壬生や蓬莱寺に譲る気はなかったし。それに、このまま失ってしまうよりも、ちゃんと気持ちを伝えようと思ったんだ。それで、口実を作りに湯島くんだりまで出かけたくせに、勇気がでなくて龍麻に会えなかった。」 それは受験の前日にうちのあたりにいた数分間のことなのだろうか。 「だから、蓬莱寺に頼んだんだ。どうしても、今日、一緒に帰りたいからって。もし、龍麻にふられるのでも、ちゃんと気持ちを伝えてからふられようって、決心したんだ。」 そこまで言って、翡翠はようやくすっきりしたように綺麗に微笑んだ。それは思わず見とれちゃうほどで。 「もしも、龍麻さえ良ければ、これからもちょくちょく店に遊びに来て、一緒にすごして欲しいんだ。」 普段は色白な顔を真っ赤にして言ってくれた言葉に、うれしくって、涙がぽろぽろと毀れてきた。 「た、龍麻。」 急に泣き出した私に普段の冷静さはどこへやら、おろおろとして、それからようやく気づいたようにポケットからハンカチを取り出して、涙をぬぐってくれた。 「ご、ごめ…ありがとう。」 「いや、その、大丈夫?」 こういうとこ、結構純情で。いつものあの雰囲気からはまるで想像できなくって、なんだか少しおかしくなってくすっと笑うと翡翠もほっとしたように微笑んだ。 「翡翠、大好き。」 そっと翡翠の耳元に囁くと、こくりとそのまま翡翠の黒髪が縦に揺れた。そのままゆっくりと翡翠の腕が私の体を抱きしめる。 「…よかった。」 翡翠がほっとしたように呟くのが耳元に聞こえた。 「また来年のお正月も花園神社に行こう。それでまた一緒に春を迎えて、ずっと一緒にこの桜をみよう。」 彼の囁きにうなづくと、春の風が穏やかに吹いて寒緋桜の花びらを縁側にそっと送り届けてくれた。 END |