さそり座の男〜1〜

 

1月2日午後11時。
「今年の私の運勢は、人間関係良好だって。」
如月家の居間に腹ばいに寝そべって、雑誌を見ている龍麻が嬉しそうに声をあげた。
龍麻が雑誌や飲み物やお菓子を抱えて家に現れたのは7時頃。どうやら今朝方の激しい戦闘のあと、一眠りして、興奮がまだ冷めていないらしい。一人でいるのはつまらないとぼやきながらうちにきたのだった。うちではやはり同じようにして約束したわけでもないのに、蓬莱寺や村雨や壬生が来て暇つぶしにマージャンをしているところだった。
マージャンに混ざらない龍麻は僕らの側で寝転んで持参した雑誌を読んでいる。
「なんだ、何の話だ?」
村雨が龍麻の雑誌を覗き込む。
「星占いの話。」
「ひーちゃん、俺は?」
「えーと、京一は水瓶座だよね。恋愛運あんまりよくないってさ。」
「なんだよ、それ。」
マージャンを打っていた蓬莱寺が不服そうに言う。
「先生、誕生日はいつなんだ?」
「12月17日、射手座だよ。祇孔は?誕生日いつ?」
「7月7日だ。」
「七夕か、蟹座だね。恋愛運まぁまぁ、それから金運良好。」
「へっ、あたるのかねぇ、そんなもん。」
「あたるも八卦、あたらぬも八卦っていうでしょう?」
「違いねぇ。」
村雨が笑いながら牌を捨てる。
「翡翠はぁ、今年も忙しい年になりそうですってさ。」
「その、『今年も』の『も』が気にかかるね。」
僕はため息混じりに呟いた。確かに去年は忙しかった。またこの忙しさが続くのかと思うとうんざりするが、龍麻が絡むのならば多少楽しみでもある。
「そういや、如月の旦那、誕生日は?」
「10月。」
答えると今度は蓬莱寺が首を突っ込んでくる。
「何日だ?」
「25日。」
あまり言いたくはないけれど。
「翡翠はねー、さそり座なんだよね。」
龍麻がおかしそうに笑うと村雨もにやりと唇の端をあげて笑った。
「っつーと、あれか?あの歌か。」
絶対に言われると思った。僕はこれを言われるのがイヤで男に、特に演歌好きにはあまり星座の話はしたくない。さそり座と聞くと大体この歌が返ってくる。言う方は初めてかもしれないが、聞く方はもう何度も、耳にタコができるほど聞いているのだ。いい加減にして欲しいと思う。
「僕は男だ。」
怒りながら言うと村雨は手をひらひらとして怒った僕を宥めにかかる。
「まぁまぁ、そんなに気色ばんなって。」
宥めるのにそんなに笑いながら言うことはないじゃないか。不機嫌さを顔に思い切り出していると横から龍麻が占いのページをめくりながら言う。
「さそり座って、いて座とあんまり相性が良くないんだよね。」
実は僕が一番さそり座が気に入らない理由はそれだ。もともと僕はそんなに星占いに詳しかったわけではないが、旧校舎に潜る時、みんなで待ち合わせをした時に女性陣が誰と誰が相性がいいかっていう話をしているのを漏れ聞いたのだ。それによると、僕と龍麻はあわないらしい。
「くっくっくっ、そうか、旦那は先生と相性がよくないのか。」
村雨がおかしそうに笑っていた。
「じゃあ、先生は誰と相性がいいんだ?」
「えーとねぇ。」
龍麻がうーんと考え込む。僕が記憶している限りではおひつじ座としし座が龍麻と相性がよく、劉がおひつじ座で一番相性が良かったはずだ。下らないと思ってはいても、少し気になってしまいちょっとだけ調べたのだ。
「弦月かな。おひつじ座だったし。あ、でも最近知り合った人は誕生日がわかんないんだ。祇孔、御門の誕生日知ってる?」
そういえば僕も年末から忙しくて、最近仲間になった人間の誕生日までは知らなかった。
「御門か?あいつぁ、9月だったかな。」
「じゃあダメか。あとは、ええっと、…そうだっ、紅葉っ!」
名前を呼ばれて、話に加わらず真剣にマージャンの手を考えていた壬生が顔を上げる。
「紅葉は?誕生日いつ?」
「4月9日。」
壬生は返事をしながら牌を捨てる。
「ほんとっ?じゃあ紅葉も相性いいんだねっ。」
なんだと?僕の胸の中にはもくもくと暗雲が立ち込めていく。


去年の12月はじめ。
藤咲さんの犬を探していた蓬莱寺が行方不明になるという事件が起こった。自称相棒の行方不明に誰よりも仲間を思う龍麻が心配しないわけはなく、心当たりのところを自ら探し回り、その疲労のために倒れそうになったほどである。
どうしても見つからず、そのうちに蓬莱寺を始末したという意味に取れる手紙が龍麻たちのところに舞い込んだ。その手紙を差し出したのは拳武館高校の暗殺組。
僕は拳武館高校の裏の顔を以前より知っていた。近年、その仕事の完遂率が以前にも増して上がっているのも知っていたから、もしかしたら蓬莱寺は本当にだめかもしれないと、そう思っていた。
龍麻たちが呼び出された場所に行くというので、心配だった僕はこっそりとつけていった。場合によっては援護の要請が入るかもしれない。その予想は当たっていた。早速援護に駆けつけると地下鉄のホームで人知れず戦闘が行われていたのだ。
その場所に行った時のあの感じは忘れやしない。
龍麻の持つ黄金の気が誰かの気と共鳴して、低い唸りをあげていた。一体、これはどういうことだ?僕は慌てて龍麻の気と共鳴を起こしているもうひとつの気を発する人間を探した。そこにいたのは、冷たい目をした長身の男。龍麻の持つ気が鮮烈な金ならば、その男の気は重厚な金。よく似た気質は互いに反応していくら力を持っていても疎い人にはわからないほどの低い共鳴を起こしている。
雑魚を片付けながら、僕はその男から目が離せなかった。一体、どうして龍麻の気と共鳴を起こしているのだろう、どうして気が似ているのだろう。敵だと名乗ったはずなのに、龍麻もその男もまるでただの試合の如く遣り合っている。そして何よりも、敵だったはずのその男を打ちのめすと、それまであったことはまるで忘れたかのように、龍麻はその男に手を差し出したのだった。
男がその手を取った瞬間、僕はなんとも嫌な予感がした。
「翡翠、明日、店は開いてる?」
結局、拳武館の内紛に絡む事件で、彼と対立する勢力の男を2人ほど倒して事件は解決した。戦いが終わった後、龍麻は僕に尋ねる。
「ああ、もちろんだよ。」
新しい仲間が増えると龍麻はいつも僕の店にその仲間を連れてきて装備を補強する。壬生と名乗ったこの男にも装備を与えるつもりなのだろう。
「じゃあ、明日行くから。ええっと、彼は足技だよね?黒崎と同じでいいのかな?」
彼の身なりを見た龍麻が僕に尋ねた。
「多分ね。手には何もなかったし。…シューズなら旧校舎で入手したものが店にある。」
「そうだったね。じゃあ、明日よろしく。」
「ああ。」
ともかく、明日本人をよく見定めてみよう。すぐに判断を下すのは得策とはいえない。ぼくは得体の知れない不安を抱えたまま、その時はおとなしく家に戻ることにした。


地下鉄のホームで彼と戦った翌日の午後、龍麻は夕べ言ったとおり壬生を連れて店にやってきた。
「紅葉、こっちは如月。昨日、会ったよね、覚えてる?」
壬生は珍しげに店の中をぐるりと見回していたが、龍麻に声をかけられて僕のほうに視線を戻す。
「水の技を使う人ですね…?」
彼からは少し離れたところで集中した雑魚を相手に戦っていたはずなのだが、彼の目にはしっかりと入っていたらしい。
「そういえば、変身…とでも言うのでしょうか。あれは、珍しい技ですね。一体、どんな…?」
「翡翠は特殊体質なの。」
龍麻がおかしそうに笑いながら言うと、要領の得ない彼はいぶかしげな顔をして横で笑う龍麻を見下ろした。
「それじゃ誤解を受けるだろう?」
自ら進んで言うような話ではないが、どうせそのうちに蓬莱寺あたりから漏れるから、おかしな尾ひれ背びれがつく前に僕の特性を明かすことにした。彼は大変に興味深そうに聞いている。
「なるほど、生まれ持った才能なんですね。」
「端的に言ってしまえば、な。」
「僕にとっては興味深い技です。今度、もう一度よく拝見させてもらいます。」
丁寧な言葉遣いでそう言った彼は決して冷やかしではなく、おそらく武道そのものにとても興味があるようで、僕の玄武変や醍醐の白虎変に関心を示していた。そのほかにも僕の愛用している忍者刀、玄武も珍しげに眺めていた。態度は悪くない、いや、むしろ他の者にも見習って欲しいくらいである。
「さて、君の装備なんだが…、龍麻、このあたりでどうだろうか?」
僕が壬生のために出したのは幸魂の靴だった。真神の旧校舎で入手したのだが、黒崎はすでに同じものを装備していたので予備用にとっておいたのだ。無論、ものは悪くない。僕の知っている限りではシューズのラインナップでは2番目にいい品物のはずだった。
「そうね、このくらい必要でしょうね。これから紅葉には毎回来てもらうことになりそうだから。」
そう言った龍麻の言葉に僕は内心穏やかではなかった。
旧校舎潜りも実戦もほぼ毎回参加しているのは僕だけだった。それは入手したアイテムを引き取るついでにであったけれど、たとえそれだけの理由だったにせよ、それは一種の特権だったから非常に誇らしかったし、龍麻にあえるという点でも有益だったのだ。
それなのに。
僕は一気に足元が崩されていくような感覚を覚えていた。
夕べ僕が感じた嫌な予感、不安は現実のものになりつつある。
「どうして、壬生を?」
僕の声は動揺のためにわずかに掠れていたが、龍麻はそれに気づかないようだった。
「技はきれるし、相手に与えるダメージも大きい。だけど、レベルが低いからしばらくはレベル上げを兼ねて壬生の都合のつく限り全部に出てもらおうと思ってる。」
龍麻はそう言いながら靴以外の装備品を物色し始める。当の本人である壬生は、僕らの会話に興味を示さずに、ただ店内の物品を珍しそうに眺めているだけだった。
僕はため息をついて一度台所へ入ってお茶の支度をした。そろそろ龍麻が騒ぎ始める頃だから。
「せっかく来たんだからお茶でもどうだい?」
支度が済んでそう声をかけると待ってましたとばかりに龍麻は嬉々として座敷に上がりこみ、壬生は一瞬驚いたような顔をして、そしてうなづいた。
壬生は『お邪魔します』と挨拶をしてから座敷に上がり、振り返って靴をきちんと揃えるあたり、武道をやっている人間らしく礼儀正しい。
「…家の方は出掛けているんですか?」
壬生が僕に尋ねる。
「ここは僕一人で住んでいるんだ。僕は両親がいないからね。」
すると、壬生はバツの悪そうな顔を一瞬浮かべる。
「あ…すいません。」
「いや、気にしないでいい。もう随分と前のことだから。」
無愛想ではあるが、人に対しての気使いをする気持ちは持っているようだ。僕はそこまでで、壬生というこの男の印象が夕べよりも随分と好ましいものに変化していることに気がついた。
「この店も翡翠のもの。だから気兼ねなくものが買えるんだけどね。普通、高校生が麻痺の治療薬やらなにやら買いあさったら怪しいでしょう?」
龍麻の言うとおりで、僕だって普通の客、それも高校生などに薬などを売ったりはしない。そもそも僕の店の中でも薬がある棚はそうおいそれと人が近づけないようになっている。僕の、玄武の結界が施してあるのだから。
「僕でも、売ってくれますか?」
尋ねた壬生を見ると、思いのほか真剣な目とかちりと視線が合った。彼のその仕事の性質上、もしかしたらこういうものが必要になるのかも知れない。
「君が品物を手に取れるのなら。もっとも、君も力を持っているわけだからそんなこと造作もないだろうけどね。」
僕がそういうと、壬生は緊張した顔をほっと緩める。
「紅葉、翡翠はまけてくれないからね。」
「あたりまえだ。僕も生活がかかってるからね。」
その言葉に壬生の頬がわずかにほころぶ。
「ありがとうございます、如月さん。」
まったく、壬生のこの態度、いつも龍麻とうちにくるあの彼にも見せてやりたい。僕は心の中でそう思っていた。

 

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