それはいわゆる一目ぼれ。
今年の桜が連れてきた、僕の待ち人。
小さい頃から聞かされてきた。徳川亡き今、玄武が身を呈して仕えるべき主君。黄龍の器。
目が眩みそうなほどのオーラを長身に纏い、それが見える者ならば、尊敬と畏怖の念を抱くであろう、この上もないほど強く気高い澄んだ気。
それとは対照的に、優しげな黒目勝ちの瞳が長い前髪の奥から覗いていて、通った鼻筋と穏やかな弧を描いて笑みを作る唇は、世間的に言うカッコイイ部類に必ず入るもの。整った顔立ちの割には冷たい印象はなく、どちらかといえば人懐こい笑顔に大きくどっくんと心臓が跳ねて、僕はらしくもなく平静を失った。
傍目から見たら普通に見えるだろう挙措は、普段の自分から見たら随分と浮ついていた。
彼は、一緒にいた誰よりもずっと真摯に武器や薬の類を見ていた。
この店に売っているものの本当の価値がよくわかるようだ。骨董品店、いわゆる芸術的価値や経年を重視するものだが、うちでは武器や薬に限っては実用を重視している。
彼は一緒にいた4人の友人の装備品を真剣に考えているようで、僕にいくつか質問を投げかけてくる。そしてその一人一人の特性に合った武器と装備品を揃えて、残ったお金でいくつかの薬を買い揃えた。その買い物から彼らがどんな能力を有し、どのような特性をもってるかがよく分かった。
彼は馬鹿じゃない。むしろ、戦略家としてのしっかりとしたビジョンを感じた。ひとつひとつの装備品を吟味して、どれがどのようなことに向くのか、誰に何をつければ有効かを考えるその能力に頼もしくも思った。
まさに玄武が仕えるべき主に相応しい。
「ありがとう。また来てくれよな。」
そう言ったのは愛想ではなく本心。彼はその目を細めて朗らかに笑うと、うなづいて店を出て行った。そのときの笑顔は普段の男前な顔とは違い、身長の割には少年らしい、可愛い笑顔で僕はどきどきとする心臓を抑えるのに随分と苦労した。
それからというもの、彼のことが頭の中から離れなくなった。
力の覚醒はしているものの、手持ちがないせいかあまり強い武器は買っていかなかった。
手甲。都内はおろか首都圏の武具屋を回っても数が出ない種類の武具は、きっとしばらくすればまた彼がここに来店するであろうことを教えてくれる。先祖からの財産がある分、うちは首都圏でも一番の手甲の品揃えではないかと思う。
それ以来、彼が来店するのを心待ちにし、気まぐれで開けていた店も毎日開店するようになったのだ。
彼は1週間に1,2度の割合で店を訪れるようになった。いつも友達と一緒で、楽しそうに話をしている。最初の来店の時に来た5人の他にも他校の生徒と一緒のときもあり、それは僕が全く見知らぬ人だったり、知っている人だったり。
しかし、必ず自分の武具は後回しで、他人の武具、薬を優先する。心配した友人が自分の武具を買うように勧めるが、彼はいつもにこやかに笑って言う。
「俺、まだ余裕あるから。」
優しくて強い人なんだ。そう思うとまた、とくんと心臓が大きく鼓動をうつ。
彼の来店は嬉しくて、それを顔に出さないようにするのに必死だった。
でも、一つ気になることもあった。
それは、いつも一緒に来店する少女。彼女の噂は聞いたことがある。真神学園の聖女。いつでも一緒で、それもかなり親しげに、一緒に商品を見て回る。彼女は、その綺麗な、まさに鈴を転がすような声で彼の下の名前を呼んでいた。そう呼ぶ声が聞こえるたびにちりちりと胸の奥に微かな痛みが走る。
もう一人の、活発な女の子は『ひーちゃん』と渾名で呼ぶが、彼女は、とても情感の篭もった声で甘く優しく囁くように呼ぶのだ、…『龍麻』と。
並ぶと似合いの二人である。しかも、彼女はその苗字から考えて紛れもなく菩薩眼の少女。この絶対的な対の前には入り込む余地などはない。
買い物を終えて帰る彼らを見送るとひとつため息をつく。
彼女と張り合うつもりなんかない。僕は、彼の前では女でもないのだから。
こんな形をしているからきっと僕を男だと認識しているだろう。無論、男だと回りに思わせるためにこんな形をしているし、事実、学校にも男として通っている。
だけど、本当の性別は女。
女であることをこれほど嬉しくも厭わしく思ったのは初めてだ。
今まで男として生活するのに何の疑問も苦労も感じなかった。
お前は玄武なのだから、男になれとお爺様から言われたのは王蘭学院を受験するとき。玄武としての使命を全うするには女という性別は邪魔にこそなれ得にはならないと、そういわれたのだった。黄龍の器は男。その黄龍の器を守護するのに女性では護りきれぬと、お爺様は思ったようだった。
確かに、女に護られるのは男としてのプライドが傷つくかもしれない。それを考えるとお爺様の考えは間違いでないと僕だって思う。
きっと、こんな気持ちを抱くのがそもそもの間違いなのだろう。そんなことは分かっている。
だけど、どうしても。
心の中にある殺しきれない女の部分が反応してしまうのだ。それは、もう無意識に。
それと同時に、この思いは決して叶うことのない思いであることも分かっているから…。だから、何も言えずに、ただ彼が訪れてくれるのを待つばかり。
無であれ、中庸であれと僕に教えたお爺様。その考えは玄武の黄龍を護るという宿星と矛盾があることを分かってしまったから、もう無ではいられない。
護ること、すなわち、そのものを失わせてはいけない、傷つけてはいけないという執着に他ならない。そしてその宿星は、もう重くのしかかっていた。
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