「ひーすーいーちゃんっ。」
龍麻が普段絶対にしない呼び方で僕を呼んで嬉しそうに擦り寄ってくる。こういう時は大抵、龍麻が何か頼み事をしたい時だということを僕は出会ってから半年の間にもう学習していた。
ここは僕の店の座敷。外は薄暗くなってて、そろそろ店じまいをしようかというところ。
僕と龍麻が秘密裏に付き合うようになったのはほんの数日前。いろいろあったけど、無事(?)互いの気持ちを確認した。で、僕の風邪がまだ抜けきらないから心配だと言って、龍麻は様子を見にうちにきている。もっとも、龍麻はその前から家によく来てるけど。
僕に何かを言いかけて、ふと龍麻は帳台に置きっぱなしにしてあった本に目を落とす。そして、ぱっと、輝くような笑顔を昇らせて僕を見る。
「なぁ、なぁ、この本、おまえのか?」
そう言って龍麻はその本を手にとった。それはとても古い本。背表紙などはもう日に焼けてしまって文字が掠れているような。
「正確に言うと僕のではないけど、うちの本だ。」
それは父の本で内容は古代ケルトのことについて書かれた物。さっきそれで調べ物をしていて、そのまま置きっぱなしにしていたのだった。
「これ、俺、読みたかったんだぁ…。なぁ、なぁ、大事に扱うから貸してくんない?」
僕の顔色を伺うように龍麻が尋ねる。
「それはかまわないが…龍麻はケルトに興味が?」
すると龍麻は破顔して弾んだ声で答える。
「ケルトに限らないけどね。…ああ、そうか。如月には言ってなかったか…俺さ、世界史も日本史も大好きでさ。…まぁ、できれば将来は考古学者になれればいいなぁって思ってんだ。」
考古学者。その言葉に僕は思わずぴくりと眉を動かした。だけど龍麻はそれに気付かずにそのまま手に持った本をぱらぱらと嬉しそうに眺めている。
そんな嬉しそうな龍麻に冷めた声で僕は言う。
「考古学者で食っていくのは大変だよ?」
「あー、まぁ、そうなんだけどね。」
龍麻は子供っぽいと笑われかねない夢をついつい話してしまった恥ずかしさに照れ笑いをして、ぽりぽりと頭を掻いた。
「でも、好きなんだ。」
そう言って笑った龍麻の顔は、目がキラキラと輝いていて、それ以上は何もいえなくなった。ため息を一つついて僕は立ち上がって龍麻についてくるように促す。
「なに?」
龍麻は不思議そうな顔をして後をついてくる。
家の北側に小さな部屋がある。そこは今まで誰も通したことのない部屋だった。和室には不似合いな木製の大きな本棚が壁一面にしつらえてあり、そこには埃り臭くなって、相当に古い本から新しい本までありとあらゆる本がぎっしりと並んでいる。
部屋を開け放つと独特の古書の香が立つ。
北側の部屋に本を集めたのは父だった。自分の持っている希少な本を日焼けさせたくなくってそうしたようだが、もう既にひどく日焼けして、背表紙も判別できないようなのも沢山ある。
「好きに読んでいい。」
龍麻はその壁一面の蔵書の数に驚いた顔をして、恐る恐る中に入ると本棚に近寄って背表紙をひとつひとつ丹念に確認する。
「うあ!これ、シュリーマンの記録?あっ、こっちはハンムラビ法典!ええと、これは…。」
龍麻はまるで子供のように嬉しそうにその本を手にとって眺めている。
「すげー!こんなの、図書館だってなかなかお目にかかれないぜ。」
「一度に持ち出すのは1冊にしてくれ。」
「おう!」
龍麻がそのうちの1冊を手にとって一緒に座敷に戻ってくる。
それですぐさま本を読むのかと思いきや、龍麻は座るとにこにことまたあの人懐こい笑顔を浮かべて僕を見た。
「なに?」
「さっき言いかけたんだけど…頼みがあんだ。」
龍麻は上目遣いに、僕の顔を見て、こちらの様子を伺っている。
「どんな頼み?」
「うちの体育祭のときにお弁当作ってほしいんだけど…」
そういえば、真神学園の体育祭が来月にある。日程としては丁度僕のところの体育祭と学園祭が終わった後で、僕が暇かどうか昨日聞かれたのを思い出した。思えば、それは今日のこのお願いへの布石だったのだろうとくすくすと笑いながらうなづいた。
「ああ、わかった。」
「マジ?」
僕の返事に龍麻はぱっと一瞬で顔が明るくなる。甘すぎる、と自分でも思うのだが、でも僕の料理を喜んで食べてくれるから、それに僕が龍麻にできる数少ないことの一つだから。
「昼頃、届けよう。丁度その日は僕は休みだからね。」
「わぁ、サンキュ。なんかさー、一人でパン買うのも切ないしねー。」
そうして龍麻はから揚げがいいだの、卵焼きは砂糖を入れるなだのと注文をつけてくる。それをひとつひとつ聞きながら僕は龍麻に甘い自分を少し反省したりもする。でも、まぁいいか。龍麻が喜んでくれるから。
それに、一人暮らしの彼は体育祭のときにもいつものようにパンを買うのだろう。さすがにそんな日までパンというのはかわいそうな気もするし。
龍麻は鞄の中からプログラムを取り出して僕にくれた。それを覗き込むと競技名やら予定時刻が細かく書かれている。
「龍麻は何に出るんだい?」
「俺ねー、結構大変なんだよな。」
笑いながら龍麻は隣に回りこんで一緒にプログラムを覗き込む。
「まずは、100m、それから二人三脚、障害物競走。それから午後に応援合戦と、騎馬戦、男子リレー、混合リレー。」
ひとつひとつを指差しながら説明してくれる。それにしても随分と参加するようだ。
「随分と出るんだね。」
「俺、こーゆーの好きなんだ。あ、そうそう。午前中の二人三脚は京一と出るんだ。名前の順で、俺と蓬莱寺って続きなんだよ。」
「ああ、そうか。緋勇と蓬莱寺、か。」
「そうそう。俺が前な。ふつーは背の順なんだけどさ、ウチの学校、背の順に並んだことないからわかんねぇんだよ。頭、突っ立ってるのもいるしさ。あ、そうそう、騎馬戦は醍醐も一緒。」
「龍麻が上?」
「もちろん。俺たちが大将だから絶対に負けらんねぇの。」
それはもう嬉しそうに言う。体育祭での龍麻の活躍が今から目に浮かぶようで、なんだか微笑ましくなる。
「そうか。じゃあ、龍麻が元気になるようなものを作っていこう。」
すると顔を一段と明るくして彼は喜んだ。
普段だったら他校に立ち入るのさえ面倒なんだけど。まぁ、旧校舎もぐりで通いなれた真神学園であることと、何よりも龍麻の日常が見たくて、僕は弁当づくりを承諾した。
当日。空はよく晴れてまさに体育祭日和。
僕は休日だというのに朝っぱらから弁当の準備に追われていた。結局、龍麻のわがままを全部聞いていたら3段重ねの弁当になることは確実で、しかも全部聞いてやる義理もないのに、僕はバカ正直に言われたとおりに準備していた。
喜ぶだろうか?
ドキドキしながら、一人のときは割と適当にしてしまう味付けもじっくりと慎重になる。早い時間から準備を始めたはずなのに、支度が終わって出かける準備が整ったのは10時を回った頃だった。どこまで競技は進んだのだろう。プログラムを見て急げば午前中の競技が見れるかもしれないと、慌てて戸締りを始める。
結局3段のお重にぎっしりと詰め込んだお弁当は、最近の料理の中で一番手がこんでいる。これ以上のものを求められてもちょっと出来ない。
重いお弁当箱を抱えて真神学園の正門に到着したのは11時少し前で、校門まで湧き上がる歓声が聞こえてくる。
急いで校庭に入ると何かの競技が行われていてかなり盛り上がっていた。龍麻の姿を探そうと、3年の席を探していると不意に歓声がひときわ高くなる。
「緋勇せんぱーい!がんばってぇ!!」
龍麻だ!慌ててトラックを見ると、龍麻はスタート地点で腕組みをして前の組のレースを眺めている。今、行われているのは障害物競走のようで、龍麻は次の組に出るためにスタンバイしているところらしい。普段は前髪で隠している額にはちらりと黄色のはちまきが巻かれているのが見え隠れしている。クラス対抗だといっていたから龍麻のクラスは黄色なのだろうか。
どうやら体操着は学年で色が違うようで、龍麻は白いシャツに紺の短パンを着用している。スタート地点に並んでいる誰よりも立ち姿はすっきりとしていて、やっぱり見惚れてしまう。ふと気付いて先ほど龍麻に声援を送っていた子の方を見れば、みんなカメラ片手に龍麻を撮っていた。
そうか、人気があるんだな。
無理もない。勉強も出来て運動もできて、しかも姿があれだから。多少俺様的なところがあるにせよ、それはもっぱら男だけに発揮される性格で、女の子にはいたって優しい。だから女の子にもてないはずはない。
前の組がゴールをしたらしい。龍麻はクラウチングスタートの構えを取る。
野次のように野太い声が飛ぶ。
「緋勇〜期待してるぞ〜!」
それは3−Cと書かれた看板の下の席からで、龍麻のクラスメイトからの声だった。
スタートのピストルがなると一斉にスタートする。
「緋勇せんぱーい!」
下級生の女の子からの声援を受けながら龍麻が2番手に走っていく。要領がいいのか、最初の網くぐりで先頭を行く生徒のわきの下から苦労もなく一緒に網をくぐっていく。団子状態で網を抜け出し、次の平均台に移動した。2本あるうちの一つに飛び乗ると一層、声援が高くなる。
龍麻はすぅと深呼吸をするとそのまま平均台に手をついて、体操の選手よろしく回転を始める。そういえば、身長の割には身軽なんだった。
僕は苦笑しながらフィニッシュを決めて次の跳び箱にかかる龍麻を眺めていた。
跳び箱を跳馬の如く1回転ひねりまで加えてクリアするとあちこちから拍手が起こる。その様がいかにも龍麻らしい。
マットをこれまた床体操のように決めて、最後の麻袋までなんなくこなして、龍麻はトップでゴールする。その時の誇らしげな顔といったら、まるで子供のようで、僕はなんだかおかしくなってくすくすと一人で笑っていた。
ゴールした龍麻は係りの女生徒から赤いリボンを貰うと席の方に戻っていく。その後を人ごみに邪魔されながら僕はついていった。
席に戻った龍麻を出迎えたのは美里君と桜井君で、赤いリボンを誇らしそうに見せてから無造作に短パンのポケットに突っ込んだ。席に座ると、蓬莱寺がどこかから戻ってきて龍麻の頭を拳でぐりぐりとやってじゃれている。
それは真神学園の日常。僕は入ることの出来ない世界。側まで来ていたけれど、声をかけることが出来なくなって、そのまま僕は立ち竦んでいた。
僕も真神学園に入りたかった。
そのときほど、本当にみんながうらやましく思えたことはない。一緒のクラスでなくとも、セーラー服でなくっても、同じ制服を着て、一緒に何かをしているだけでよかったのに。
考えても仕方のないことだけれど、心底羨ましかった。
「あれ?如月〜!」
ぼうっと立っている僕に気付いたようで、龍麻が席でこっちに向かって手を振った。それに気付いた蓬莱寺たちも振り向いて僕を見る。
僕は気付かれないように、小さな息を吐き出して龍麻たちの席の方に寄っていく。
「もう来てたんだ?」
屈託なく笑う龍麻は楽しそうで。
「ああ。さっきね。」
「じゃあ、俺の障害物競走見た?」
「見せてもらったよ。…相変わらず身が軽い。」
「まぁね。」
にこ、と無防備に笑ってから僕の荷物に目を落とす。
「これ、約束のもの?」
「ああ、そうだ。君の要望に応えていたら思いのほか大きくなったけど。」
「いーよ、いーよ、俺、全部食べれる!」
「僕の分もあるんだけどね?」
「あ、そか。」
龍麻が嬉しそうに笑うから、僕はそれだけで幸せになる。
「珍しいね、如月クンが他の学校に足を向けるなんて。」
桜井さんが茶化すように龍麻の隣から言う。
「ああ。お弁当を作るって約束をしてしまったからね。」
「それ、もしかして、全部お弁当?」
信じられないという顔で僕の下げていた風呂敷包みを桜井さんが見た。そりゃそうだろう。普通、3段重ねのお弁当なんて花見とか、大勢いるときにしか目にしないだろうから。
「そうだよ。あれこれと注文が多くてね。」
「うわー、すっごいねぇ…。」
作るのに2時間半もかかったからね。僕は内心そう思いながらわずかにうなづく。
「なぁ、如月と、ひーちゃんって…そんなに仲が良かったのか?」
蓬莱寺の漏らした言葉に思わずぎくりとする。
「そーだよねー?考えてみれば、いつの間にそんなに親しくなったの?」
桜井君も意外だとでも言うように小首を傾げて僕と龍麻に尋ねる。
「俺、夏休み中ずっと日中は如月の家にいたんだ。」
龍麻は平然とそんなことを言ってのけ、却ってこっちのほうが驚いてしまって、それが顔に出ないように、努めて冷静を装っているのが大変だった。
「なんで?なんかあったのか?」
蓬莱寺は不満そうに僕を見ながら龍麻にその理由を問いただす。
彼は龍麻の相棒と公言して憚らず、実際に戦闘の時も旧校舎潜りでも常に龍麻とともに戦ってる。龍麻の方も性格だから口には出さないけれど随分と彼を頼りにしていて、他のメンバーには戦闘中の行動を指示するけれど蓬莱寺には一切口を出さないのだ。それを蓬莱寺自身も誇りに思っているようだが、彼は最近、ひとつだけ気に入らないことがある。それは、僕が彼らと青山霊園で会ったとき、龍麻が僕に土下座をして一緒に戦うよう説得したこと。それ以来、僕もずうっと休みなく戦闘や旧校舎潜りに呼ばれていることだった。
龍麻にしてみれば、土下座の一つぐらいなんでもないことだが、蓬莱寺にしてみれば龍麻が土下座してまで僕に仲間になってほしいと請うたのが面白くないらしい。言うなれば、やきもち、なのだろう。
「なんかって、別になんもないよ。…そうだなぁ…如月の家って、すっげー涼しいから。」
けろりと簡単に理由を吐く龍麻に絶対嘘だと頭から信じてない蓬莱寺が執拗に食い下がる。
「フツー、それだけでわざわざ北区まで行くかよ。」
「あー…あんま、言いたくなかったんだけどさ…。」
龍麻が渋い顔をすると、蓬莱寺はとうとう口を割るかと嬉しそうに身をさらに乗り出してその理由を聞こうとした。
「如月が食わしてくれるメシ、すげーうまいから。」
期待する蓬莱寺を尻目に龍麻はあっさりと言い、あまりに期待はずれの言葉に蓬莱寺はずる、とみっともなく椅子から滑り落ちそうになる。しかし龍麻は真剣な顔で蓬莱寺に続けた。
「おまえはダメ。あれは俺、独り占め〜。如月、こいつ来ても何も食わせなくっていいからな。京一はラーメンだけ食ってりゃいいんだから。」
な?といって最後に僕に同意を求めた龍麻に僕は苦笑しながらうなづいた。
安心するといいよ、蓬莱寺。別にね、僕は相棒の座を奪おうなんてこれっぽっちも思ってやいないから。
「ほ、ほんとにそんだけ?」
「他に何があるんだよ。お前らはみんな部活動だの生徒会で忙しかったみたいだけどさ、俺、なんの部活もやってないんだもん。暇なことこの上なかったんだぜ?」
それでようやく蓬莱寺は納得したらしく、それでも、相変わらず僕を睨みつけたままだった。
「折角だから、みんなで弁当食わないか?これから女子リレーが終わったら昼食の時間になるしさ。」
龍麻の提案にようやく蓬莱寺の視線から開放され、僕はゆっくりとうなづいた。もちろん、龍麻の弁当が僕のと一緒な以上、龍麻の提案に従わなければならないんだけど。その提案にみんながうなづくと、龍麻は満足そうに笑って、桜井さんと美里さんに向き直る。
「さ、そうと決まったら、まずは桜井、美里、リレー頑張ってこいよ。」
「あ!もう集合か。行こ、葵。」
「え?ええ…。」
美里君もなんだか、納得できない顔をしていたが、それでも桜井君に連れられて二人は連れ立って入場門のほうに歩いていった。
昼食はそのまま校庭の木陰でみんなで取る事にした。醍醐が家から持参したという青いシートをひいてめいめいにその上に座る。体の大きい醍醐や龍麻や蓬莱寺が座るとかなり大き目のシートなのに急に小さく感じられる。
シートの真中に僕の作ってきたお弁当を広げると、そこだけ花見といった風情になるのがおかしかった。
「すっげ…。」
さしもの蓬莱寺もその気合の入った弁当には驚いたようで、呆気にとられてしばらくは言葉も出なかった。それで龍麻の言う「メシがうまい」もなんとか納得したようで、龍麻の御執心のからあげ(実際には竜田揚げなのだが)に手を出そうとして思いっきり龍麻に黄龍を食らって吹き飛ばされたりしていた。
「これ、如月クン一人で?」
「ああ。時間はかなりかかったけどね。…約束だから仕方あるまい。」
桜井君の問いに僕は喜んで作ったのを悟られないように苦い顔を作るけど、隣で龍麻がにやにやと笑っている。おそらく、僕の気持ちなんて全部ばれているんだろう。
弁当を見た龍麻はそれはもう、嬉しそうに笑って、さっそくリクエストの太巻きを右手に、『からあげ』を左に持ってすごい速さで食べ始める。
「そんなに急ぐと、喉に詰まらせるよ。」
僕が隣から水筒に入れてもってきたお茶を差し出すと、龍麻が受け取って飲み干してからカラのコップを僕によこす。おかわり、という意味らしい。
僕が龍麻のお茶をコップに注いでいるとどこからかパシャっというカメラのシャッター音がする。顔を上げるとそこには遠野さんがカメラを片手に立っていた。
「いつも一緒の5人はいいとして、珍しいわねー。如月くんが他の学校にいるなんて。」
そりゃそうだろう。自分でもそう思う。
「如月は、俺が呼んだの。」
隣から龍麻がそう言うとさらに彼女は驚いた顔をする。
「龍麻くん、如月君とそんなに仲が良かったの?」
そんなに僕と龍麻が一緒にいるのは珍しいだろうか?桜井君といい、蓬莱寺といい、なんでこんなに驚くのだろうか。
「ああ。こいつの店、面白いから通いつめてんの。」
龍麻はそういってニコ、と微笑む。
「で、このお弁当…まさか、如月君?」
「あったり〜。翡翠の手作り〜。」
「すごい…。」
「あ、遠野、ついでだから1枚撮って!体育祭、昼休み記念に。」
そう言って龍麻は隣に座っていた僕の首を右手で抱え込んでぐいっと引き寄せた。
パシャ。シャッター音がして、龍麻に首を抱えられたまま写真に写ってしまった。ああ、きっとすごい変な顔で映っているに違いない。それよりも顔が赤くなっていなかっただろうか?
「龍麻〜!!」
怒って睨みつけると、はいはいと宥められ、そのまま遠野さんに向き直ってにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「アン子。それ、売り物にするなよ。」
「あら、やだ。そんなことするわけないじゃない。」
とぼける遠野さんにさらに龍麻が突っ込む。
「どうだかな。ネガ、明日貰いに行くからな。売り物にする気がないなら、持っていっても構わないだろう?」
にやにやと笑いながら言われて遠野さんが悔しさに悲鳴をあげる。
「もうっ…。」
してやったりと龍麻が満足そうに微笑んで、また昼食に戻る。きっと毎日こんなやり取りをしているのだろう。
「龍麻は、いつもはパン?」
尋ねるとこくこくとうなづきながら口の中のものをちゃんと飲み込んでから返事をする。
「大体ね。たまに早く起きると弁当作るけどさ。パンのほうが気楽だし。」
「あれぇ?だって、ひーちゃん、女の子からお弁当の差し入れ貰うんじゃないの?」
桜井君がにやにやと笑いながら龍麻に言う。そうか、やっぱりもてるから差し入れなんてしょっちゅう貰うんだろう。
「あ、あれ、全部丁重にお断りしてる。」
「え?なんでー?」
意外だというように桜井君が聞きなおす。横で美里君も小首を傾げて龍麻を見つめていた。
「俺は京一と違ってデリケートなお腹してんだよ。」
「なんだよっ…俺だってなぁ…。」
「おまえ、食い物なら何でもオッケーだろ?」
言いかけた蓬莱寺が龍麻に封じられて黙り込む。どうやら図星らしい。確かに蓬莱寺は丈夫そうだ。
「大体、誰か分からないやつの差し入れなんてそう簡単に口に出来ないだろ?それから、誰かのを受け取ったら、じゃあ、私もってなっちまうからな。俺はデリケートだからそうそう沢山は食えないの。」
「という割には、この量はなんだ?」
醍醐が呆れた顔で目の前に広げられた僕のお弁当を見て呟く。
「如月のは特別。これは美味いから。いっくらでも食べれるの。それに如月のなら特別扱いしても誰も文句は言わないだろう?」
そういいながらばくばくとお重の中のものをすごい勢いで口に入れていく。
結局、彼はほとんどを食べ尽くし、僕はカラになったお重を風呂敷に包みなおした。
「ご馳走様。やっぱ如月のメシ、うまい。」
にかっと、嬉しそうな顔で言われたら、僕は赤くなりそうなのを必死にごまかすしかない。今のところ、僕ができることで龍麻に喜んでもらえるのはこれぐらいしかなくって、だからこんなことでも、誉めてもらえるのがすごく嬉しかった。
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