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フリックは山道を急いでいた。つい先日も通った道。旧知の者の道案内も断って、一人での道行である。
 無論、道は知っているからというのがその理由であるが、多分、いらいらした自分を見られたくなかったのだろう。
 八つ当たり状態で道々出くわすモンスターと戦いながら国境まできて、あとは平穏なグレッグミンスターまでの山道を急ぎながらそんなことを考えていた。
 今、誰かに何かを言われたらこの心の中に燃え立つ怒りをぶつけてしまうかもしれない。
 その怒りを静めるためにこうして一人でいるのだ。
 誰に対して怒っているわけではない。自分に対してなのだ。
 彼女の「ホーム」になれなかったことを、何もしてやれなかったことを、そして黙って去られてしまったことを、自分に対して怒っていたのだ。
 先日のロックアックスの攻略で、勝ちはしたものの、同時に2つの犠牲を払った。
 副軍師であるクラウスの父のキバ将軍と、軍主シェイの姉、ナナミを。
 ナナミを失ったとき、同時に酷い怪我をしたのは彼女だった。
 何に変えても守るべき人を、守れずに、ましてや自分を守るために傷を負ったのだ。
 それも酷い傷だった。鏃に猛毒が塗られており、そのときに持参していた毒消しでは到底追いつくものではなく、結果として城に戻ったときにはかなり衰弱していて、一時は意識もなくなるような状態だったのだ。
 面会謝絶が4日も続き、もしや、3人目の犠牲者か、とか、トランとの国交はどうなるかとの噂話まで飛び交うほどだった。
 結局、最悪の事態は免れたものの、彼女はトランからの迎えで突如として帰国してしまったのだ。これは軍師であるシュウは知っていたらしく、彼女が戻った翌日に問いただしたら、あっさりと治療のための帰国ということを教えてくれたのだ。
 戦争状態にあるデュナンよりもトランのほうが遥かに良い治療が受けられるのはわかるが、それでも、戻っては欲しくなかった。側にいて、少しでも看病をしたかったのだ。
 俺のせいで傷ついた彼女を、少しでも。
 その思惑が外れたばかりか、何かあったときに頼ってもらえるものだと思っていたのに、そうではなかったことが追い討ちをかけていた。
 そして、いまさらながらに彼女が決して俺に寄りかかっていないことに気づかされたのだ。
 再会してから今日までのことを思い返してみる。
 いつでも、遠慮がちに一歩引くような形で、戸惑うような瞳で、悲しそうに口元だけが笑っている。それはいわば泣き笑いといったような表情で。
 その表情のわけを知りたくて、こうして急いで歩いているのだ。
 やがて市街地に入り、にぎわう町を政庁舎に向かって歩いていくと、マクドール家が見えてくる。相変わらずのでかい家の重厚な玄関の扉についたノッカーを鳴らすと、すぐにクレオが応対に出てきてくれた。
 「…フリックさん…。」
 困惑した表情に、ファロンに何かあったか、もしくは通常の状態ではないことを悟る。
 「…ファロンは?」
 「…外出されています。」
 「あの傷でか?」
 「…はい。」
 「馬鹿な。…なんだって、こんな時に…。」
 クレオは顔をしかめて逡巡し、そしてしばらく考えた後にようやく口を開く。
 「…明日なら…レナンカンプにいらっしゃると思います…。」
 レナンカンプなら今から急げば今夜には到着できるだろう。俺は、そのままクレオに礼を言うとすぐさま向かった。
 
 
 久しぶりのトラン協和国内はすっかりと平和になっていた。時折、モンスターの類に出くわすが、デュナン近辺のより遥かに倒しやすい。
 いちいち戦ってたらきりがないので、そのまま素通りして、一気にレナンカンプを目指す。昔はさほど気にならなかった距離が今は酷くもどかしい。最近はずっとまたたきの手鏡での移動に慣れてしまっていたからだ。なかなか進まぬ徒歩での道行にいっそのこと早馬で進もうかとも思ったが、今日の足取りをつかめない以上、それは無駄なことのように思われた。
 そう思いながら進んでいくと、やがて日の落ちる頃にはレナンカンプ近辺に到着した。
 レナンカンプは元のアジトがあったところで、一応副リーダーだった俺はそれなりに町の人に名前も顔も知られている。
 逆に騒ぎになっても良くないと判断した俺はレナンカンプに入るのは明日にして、今夜のところは近郊の村で宿泊することにした。
 少し、頭を冷やしたほうがいいかもしれないというのもその理由だった。
 安い宿を探して部屋に入ると、一気に疲れがでてきて倒れこむようにしてベッドに転がる。しみだらけの天井をみつめながらぼんやりと考える。
 明日なら、とクレオは言った。今日は一体どこにいっているのだろうか?そして、どうしてあの傷でふらふら出歩くのだろうか。途中で何かあったらどうする気なのだろうか?それが心配だった。
 面会謝絶が解けてから、1日しかたっていない。
 グレッグミンスターに戻るのだって充分に長旅なのにさらに足を伸ばすなんて、到底尋常ではないのだ。
 そこまでして出かけることに、なんの必要性があるのだろう?
 それほどに大事な何かとは一体なんだったろうか。
 それはもしかして、俺よりも大事なこと、なのだろうか。
 トラン解放軍にいたときには、ファロンの動向は他の誰よりもよく知っていたつもりだった。一緒に行軍している時間も長かったし、その他のことでもリーダーと副リーダーだったから顔を付き合わせることは多かった。
 だから、ファロンがどんな状態なのかよくわかっていたし、どうすればいいか、自分で考えることもできた。
 それなのに、今は、ファロンの側にいてもファロンのことがわからない。
 一体、どうして分からなくなってしまったのだろう。
 離れていた間にファロンが変わったのか、俺が変わったのか。
 ファロンが変わったとしても、俺はファロンの側にいたい。
 どういえば、分かってもらえる?
 そんなことを考えているうちに、シーアン城からの強行軍のせいか、泥のように意識をなくしていった。
 
 
 
 
 
 
 
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