「平和問題ゼミナール」
(旧)ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)

最終更新 99/04/19 0:20

第16回配信<ユーゴ戦争便り・第3弾>
反NATOで「団結」


ベオグラード(ユーゴ連邦議会)
   4月11日は正教暦のイースター、この週末も空爆を受けた町はあったのですが、ことベオグラードに関しては夜の空襲警報こそ発令されたものの、静かに復活祭を迎えることが出来ました。面白かったのは11日の早朝に娯楽放送のTV「パルマ」(実際には国営系の放送局なのですが、形態だけ民間にしている「ニセ民放」のひとつです)で、スピルバーグの映画「シンドラーのリスト」をやっていたことです。
   現在衛星放送を受信出来ない家庭で見られる地上局は国営5局と民放5〜6局で、事実上の市営放送局「スタジオB」(政治的には市議会で多数を取った政党の御用放送になる運命にあり、現在は大政翼賛体制に入ってしまった元野党・セルビア再生運動=ドラシュコヴィッチ連邦副首相の管理下にある)以外では全て国営放送のニュースを流していますし、独自製作の番組が減ったため、もともとあまり面白くなかったテレビのチャンネル選択の余地がさらに少なくなった感があります。  
4月11日の正教暦イースター(復活祭)はJの実家で迎え、ウンザリするようなニュースのフォローで疲れていた私もホッと一息つけた。Jの母とイースターエッグをコツン!
   そんな中で、準国営のパルマが(この時間帯ではたぶん一番面白い番組でした)、第二次大戦中数多くのユダヤ人の生命を救った男の話とは言え、平時ならともかくなぜ今敵国アメリカのこの映画を流したのかを考えると、また見ているセルビア人がどんな思いにかられたかを考えるとそれ以上に面白かったです。  
   まあ恐らくパルマの意図としては「けしからんNATO(北大西洋条約機構)がやっていることはナチのファシズムと同じなんだから、反ナチの視点に自分たちを重ねて感情移入してもらって」という程度のことなのだと思います。しかし見ているセルビア人にとってはそれほど一筋縄ではなかったのではないでしょうか。  
   ある人は「ああ、アメリカ人が見ているセルビア人のコソヴォでのアルバニア人いじめはナチの強制収容所みたいなイメージなんだろうな」と思ったかも知れません。ある家庭では「アメリカがナチなのか、セルビアがナチなのか」という議論もあったことでしょう。あるいは映画の痛烈なオチ(終戦を迎えたチェコのユダヤ人たちはソ連赤軍によって「解放」される)に、ロシアに救ってもらうセルビア人の姿を重ねていた人もいたかも知れません。   

(左)14日のジャコヴィッツァでのアルバニア人難民誤爆を伝える翌日付各紙。NATO批判の格好の材料になった(右)今週から財政難を理由にまた週1回発行に戻った中立系の「ヴレーメ」は少し精彩を欠いている感
   ほぼ全国営化したセルビアのテレビを見ていると、「団結」がキーワードになっていることに気付きます。前回書いたノヴィサドでの歌手の発言「橋は失われたが、セルビア人の団結は強まった」というのが典型例ですし、連帯、一致といった言葉を聞かない日はないくらいです。セルビア人は団結して侵略に抵抗するんだ、ハンガリー人もジプシーも、平和を願うアルバニア人も一致してユーゴの主権を守るんだ、等々。私自身は「みんながみんな」というのは本能的に危ない気がしてしまうのですが、何せこれだけ空爆で軍事施設や軍人以外の被害が出てしまいましたから、反ミロシェヴィッチなんて言ってる場合か、みたいなところでみんな「団結」しています。 
   先週後半からセルビア中部とコソヴォをつなぐ交通の拠点にも攻撃が始まりました。これを受けて前回も書いた橋での「人間の盾」集会はベオグラード(ドナウに掛かる橋1、サヴァに掛かる橋3)、ノヴィサドにとどまらず各地に拡大しました。ベオグラードから東へ50キロほどのスメデレヴォ(ドナウ南岸)とコヴィン(同北岸)でも、ドナウに掛かる橋に集まった人々は「私たち両市の住民が橋なんだ、私たちの心は橋と一体なんだ」と言っていました(13日の国営テレビニュース)。しかしこの橋も15日に攻撃を受け大きな損傷を受けました。ベオグラードではドナウに掛かる橋は一本しかなく、これが破壊されると北部との交通は大混乱に陥ります。私の仕事仲間の運転手Nは北岸に住んでいますが、自分の車を南岸のベオグラード中心部に置いておくことを考え始めています。  

 反戦、厭戦気分は潜在的にはあると思うのです。しかし今のところ「反戦イコール反NATO」で、第14回で紹介したV・マティッチ・B92ラジオ主幹のような良心的な言論にうまくつながってきていないと言っていいでしょう。96年の反体制デモ以来、大政翼賛体制に入らず議会外からの活動を続ける民主党は、中道政党特有のうさん臭さを残しながらもベオグラードなど都市部の良心を引きつけるところがある政党です。しかしこの民主党にしても一番最近の声明は「まず反NATOありき」「団結ありき」で、西側(NATO側)が密かに期待するような反ミロシェヴィッチの声にはなっていません。 

 4月14日付け、民主党S・ヴクサノヴィッチ副党首声明
 
   先日わが国で民間人が犠牲となった事件により、NATOの侵略が非文明的、かついかなる弁解も許されない犯罪であることが明らかになった。すべてのヨーロッパの人々にとって、列車の乗客や自宅にいる市民、工場で働いている従業員を殺してもこの地域を平和にすることはできないのは明らかであろう。逆に、こうした破壊的行動は危機を深め、南東欧全体にまで広げかねないものである。  
   ヨーロッパの人道的に物事を考える人々にとって、罪なき住民への暴力を止め、平和的解決を見出す時が来た。アレクシナツ、チュプリヤ、グルデリッツァ渓谷のおぞましい光景を世界の人々に知らせなければならない。これはセルビア人が受けた被害の証言であると言うにとどまらず、人道的世界にとって大きな屈辱であるからだ。  
   世界に理性が戻るまで、我々に課せられた唯一の使命は民族と市民の連帯、団結を示し、ともに人々と国家の生命を守るため全力を尽くすことである。 

 情報統制の中、体制とは距離を置いたところで頑張ってきた週刊誌「ヴレーメ」、日刊紙「ダナス」(後者はいったんセルビアで発禁になった後モンテネグロで再登記、ベオグラード『支局』が中心になって発行を続けています)にしても同様です。空爆に関しては「敵」「侵略」「犯罪」といった語句が躍り、今までのセルビア当局に対する毒舌は影をひそめてしまいました。野党シンパのある女性は「編集部のメンバーは変わっていないようだけど、B92が潰されたのもあるし自己規制しているんじゃないかしら」と言います。確かにNATOのやっていることはケシカラン、でいいと思うのですが、これでは体制系メディアと変わりません。「ヴレーメ」ならでは、「ダナス」ならではの独自の魅力がなくなってしまいました。



  NATO軍機はミサイルだけではなくビラも撒いているようです。先週から今週にかけてセルビア北部で多数発見されたビラ(写真)はキリル文字で次のように書いてありましたが、これでは反ミロシェヴィッチのプロパガンダと言うよりもNATOの自己満足じゃないかな?皆さんはどう思われますか。

NATO攻撃

  1998年3月、国連はコソヴォ問題の平和的解決を目指しました。それからも国際社会はあらゆる平和的協力のための努力を続けました。1999年3月18日、コソヴォのアルバニア人はコソヴォ解放軍(KLA)の武装解除案に賛同、コソヴォをユーゴ連邦内の自治地域とすることで合意しました。しかし皆さんの政治的リーダーたちはこの可能性を一笑に付し、コソヴォのアルバニア人全体に対する軍事的暴力と抑圧を強めました。
  暫定的政治案
     平和への道
  (裏面)NATOはコソヴォから住民を追い出すために参加している勢力が撤退するまで攻撃を強化していきます。難民の安全な帰還が保証され、皆さんのリーダーが実のある政治的交渉を始めるまでは攻撃を続けます。NATOはコソヴォの弱者を守り抜く決意です。
     NATO    

 
   生活の方は空爆4週間目もまだモノ不足は起こっていません。出し惜しみや不当値上げに対する罰則が強められていることもあり、むしろ空爆開始前よりも基本食料品(小麦粉、食用油、砂糖など)の出回りはよくなっています。コカコーラなどの輸入品に対する不安はもちろんありますけれども・・・。マクドナルド各店は依然休業中。スーパーマーケットは19時まで、衣料品や家電の店舗は15時まで、とやや営業時間を短縮しているのが目立つ程度です。「モノ不足や経済不安から現政権が倒れる」というのは、長期化すればともかく今のところあり得ないシナリオだと言っていいと思います。原油を含むトータルな経済制裁(92年〜95年)に3年以上耐えて、その間も強くなりこそすれ96年の反体制デモまでは揺らぐことのなかったミロシェヴィッチ政権ですからねえ。良質の言論が育つのを待つしかない、という感がします。
   各教育機関は空爆開始時点で「状況が落ち着くまで」無期限休校となりました。16日セルビア文部省は来年度の高校、大学の入試(通常は学年末の6月)中止、日本で言う内申点だけの審査とすることを決定。また暫定措置として学期再開後の学費は当面国家が全額を負担する見通しです。ただベオグラード大学法学部は来週月曜から授業を再開、安全上の理由で出席できない学生には後日補講などの措置を取ります。市内の一部地域では小学校が家庭での補習に教員を派遣する動きもあるようです。

   それにしてもニュースを追いかけていると当局のロシアへの期待が私のような日本人の想像を超えて大きいことが分かります。もともとセルビアは歴史的に親露国ですが、旧ユーゴ紛争でロシアが他の大国と異なり唯一セルビアをバックアップする立場だったことはご存知の通りです。12日は連邦議会が満場一致でロシア・ベラルーシの緩やかな連邦(国家同盟)への加盟を承認。これを受けてルカシェンコ・ベラルーシ大統領(西側では小ミロシェヴィッチ的独裁者という評判ですが)が14日にはベオグラードを訪れました。
   こうした政治最上層の話まで行かなくとも、ニュースでは各地の反応(反NATOデモなど)でもまずモスクワからのレポートが最初に出てきます(今日もモスクワのアメリカ大使館前で抗議行動、ユーゴ支持のコンサートがあった、云々)。ベオグラード市民にとっては「西側製品がなくなってロシア製だけになったらとんでもない」が本音のはずですが、こと政治に関してはロシアしかこの状況の止め役がいない、ロシアだけが頼り、というのもまた事実です。

   COLLATERAL。あまり見たことのない英単語が、NATOの誤爆とともによく知られるようになっています。先週5日はアレクシナッツの中心部にミサイルが落ち当局発表で少なくとも26人の民間人が死亡。NATO当局は「NATO側の技術的ミスによるものか、ユーゴ防空軍側の対空砲火の影響によるものかは不明だが600メートル目標を外した」と結果的な誤爆を認めました。12日にはグルデリッツァ渓谷で橋を破壊しようとしたNATO軍が通りかかった列車にロケット砲を直撃、当局当初発表で少なくとも乗客27人(のち連邦政府は50人以上と発表)が死亡。これもクラークNATO参謀総長が認めています。そして14日にはコソヴォのジャコヴィッツァ付近複数箇所でアルバニア人難民の隊列に誤爆(状況の詳細についてはまだ情報が錯綜していますが、ユーゴ側メディアの発表ではいったん難民化したアルバニア人がコソヴォに戻ってきたところ)、計60人以上が死亡したことは世界的なニュースになりました。  
   こうした誤爆、あるいは目標となった軍事施設に当たった場合でも周囲で市民に及んだ被害をNATO側は「コラテラル・ダミッジ collateral damage(副次的被害)」と呼んでいます。誤爆事件が相次いだ先週から今週にかけて、敏感なセルビア人の間でもこの語のセルビア語版 kolateralna steta が一種の流行語になってしまいました。  
   「黒焦げになったトラクターと荷車。その近くに焦げた死体が1体。少し離れた所には8体が転がっていた。女性の死体には首がなく、少女の死体は両足がなかった」  
   15日の仏AFP電はジャコヴィッツァの現場から身の毛もよだつような描写で惨事を伝えています。70人以上が一度に「コラテラル=とばっちり」で片付けられていいのか。そんな風に死ぬのにアルバニア人もセルビア人もないではないか。いろいろな思いが脳裏をよぎりましたが、まだ私としては言葉でまとめることが出来ません。

(上)ユーゴ防空軍の対空砲火(下)空爆4週間目、ベオグラードでは軍用機の飛来音がすると外に出て様子を見る野次馬的な行動が増えているという。市広報センターは危険なので止めるよう注意を呼びかけている(いずれも15日筆者の自宅近くで撮影)
   ベオグラードでは相変わらず夜になると空襲警報が発令され朝解除、というパターンが続いています。幸い、と言っては他の地域の人々に失礼ですが、今週は私の住んでいる付近ではゴーッという飛行機の飛来音と遠くでの爆音、対空砲のポンポン言う音が時々聞こえる、というだけの比較的静穏な毎日(毎夜?)でした(ただNATOの巡航ミサイルが底をつき始めた、と噂された今週始め頃から短時間ですが昼の警報があったり、夜の警報発令が遅れたり、と少し不規則になりました。私は軍事オタクではないので詳しいことは分かりませんが、NATO側が従来の巡航ミサイルに替わって有人飛行でのロケット砲や爆弾を主力にしてきていることが噂になっています)。   
   前回第15回と今回の原稿だけを読まれた方には、私がミロシェヴィッチ政権のシンパだと誤解されても仕方ないということは承知しています。しかし私がアルバニア人の味方でもない代わりにセルビア当局の応援団員でもないことは、乏しい筆力ですがこの「便り」でも少しずつ書いてきたつもりですし(アルバニア人難民の問題や虐殺疑惑については報じられているレベルでは承知しています)、一人のベオグラード「住民」としてこの国が少しでも住みやすい国になってほしい、国際的にきちんと認められる政治と経済を実施してほしいという思いがまず第一です。  
   ミロシェヴィッチ政権が「悪政」である、と言うことは簡単です。でもこの政権を倒すなら、言論とともに政治的アトモスフィアの変化を受けて選挙という民主主義的なやり方で倒すしかないでしょう。コソヴォ問題を政治的に解決するならやはり空爆という力の行使を続けるのは無理があると思うのです。空襲警報下のベオグラードから「(旧)ユーゴ便り」を出稿するのは3度目ですが、まだこの爆音に対する意味を見出せないでいます。

(99年4月17日)

第14回「ベオグラード(非)中立宣言」      第15回「警戒、警戒!」


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