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ryuichi sakamoto

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1988-The Last Emperor
清朝最後の皇帝溥儀の波瀾万丈の生涯を描いた作品。 ベルトリッチ監督としては、歴史を忠実に再現するというよりも、 時代に翻弄される男を描きたかったのだ。 そして、西欧人の絢爛豪華な中国王朝への憧れ。

坂本龍一の映画音楽作家としての名声を不動にした作品。 受賞した賞をあげてみる。アカデミー賞オリジナル作曲賞受賞。ロスアンジェレス映画批評家会最優秀オリジナル作曲賞受賞。 ゴールデン・グローブ賞最優秀作曲賞受賞。 グラミー賞映画、テレビ音楽賞受賞。 映画のドラマ性と音楽の融合の度合いという点では、戦メリを上回る成功をおさめている。 坂本龍一は、この作品で完全に映画音楽という音楽のスタイルを掴んだと思う。 そうして、映画と音楽の融合の実現には、 制作現場での監督と作曲家自身の信頼関係や相互理解が成り立っていることが必要なんではないかと思う。 そしてベルトリッチと坂本龍一は、この作品の制作を通してよい関係を築けたようだ。 その後もこのコンビでの映画制作は続くことになるのだから。

作品の冒頭、巨大な紫禁城に居並ぶ盛装の役人のなかを、 幼児の皇帝がよちよち登場するシーンでながれる豪奢な管弦楽で、我々はたちまち心を奪われてしまう。 僕個人は、「戦メリ」より「ラストエンペラー」や「嵐が丘」の方がピアノヴァージョンを含めて好きだ。 教授自身「戦メリ」ばかりピアノで演奏するもんだから、 聴衆の耳にすんなり入っていくサントラといえば、まず第一に「戦メリ」ということになってしまったが。

1990-The Sheltering Sky
ベルトリッチ監督とのコンビによる2作目。 歴史物の大巨編(マクロから)の後は、男女の心情の機微(ミクロへ)へ視点が移行。 ベルトリッチの創作意欲はそんな風に変化していく。 歴史的大事件を扱う歴史物ではどうしても登場人物が多くて、 ドラマ全体のダイナミックなうねりを描くことに主眼を置かねばならず、 じっくりと人物を描くことに専念することはできないもの。そんなところにストレスが溜まったりするのだろうか。 それにラストエンペラーは特殊なひとだ。

坂本龍一もそんなベルトリッチ監督の要請に充分こたえて、 登場人物の哀切を細密に音楽で表現している。アンニューイで、しかもうちに激しい愛憎の針を隠している。 同時に背景となる砂漠地帯の心細くなるほどの広がりをもった空漠感もよく出ているような、そんな曲たち。

1992-High Heels
映画「Hight Heels」は、スペインのペドロ・アルモドヴァルという監督の作品だそうだ。 「だそうだ」というのは、僕はこの映画監督をよく知らないし、 「Hight Heel」の映像も視たことがない。日本非公開ではないか。 ライナーノーツに掲載された映像の一部から映画の雰囲気を想像するほかない。

Main Themeは、身をよじるような憂愁に満ちた、 割とシンプルなメロディーを分厚い弦楽で奏でていく。敢えて弦楽だけで演奏しているらしく、 ちょっと弦楽セレナーデっぽい印象を与える。Main Themeの主旋律は、 ソロアルバム「Heart Beat」で「Song Lines」という曲でそのまま使われている。

僕が特に注目すべきだと思うのは、「Tacones Lojanos」という2分あまりのピアノの小品。「洒脱」の極致みたいなもの。 おしゃれで、機知に富みフランスの印象派音楽の巨匠が戯れで作ったようなピアノ曲である。 これはエリック・サティの曲です、と言い張っても疑いをもたれないだろう。 サル真似なら、サティかラベルの「真似」だろう、と言われるだろうが、 スタイルこそ後期フランス印象派のそれでありながら、 旋律は全く新しく発想されているため、まさに印象派音楽の巨匠の誰かの「新作」のように錯覚してしまう。 こんな曲を作れるひとは、まず坂本龍一をおいて他にいない。

しかも、彼は、こうしたスタイルの映画音楽を中心に作っているわけではないのだ。 坂本の音楽活動全体のごく一部にすぎない。 (あまりに広範なため余程のファンでないとわけがわからなくなってしまうということもあるが) 恐れ入りました!、ほんとに凄い才能だ。 教授のカッコイイ曲をお探しならここにも2曲ほど見つかる。「EL CUCU #1」と「EL CUCU #2」
(日本で上映されてたぞ、という目撃証言をメールで頂きました。テレビでの放映はつい最近ありましたね。2/7 '99)

1992-Wuthering Heights
(邦題)嵐が丘
エミリー・ブロンテ原作の小説「嵐が丘」の映画化。 この小説に、今までなんと多くの演劇人や映画人が感性の触手をのばしてきたことだろう。 あっちこっちで芝居にされたり、映画化されたりするタイプの小説のひとつ。 ストーリーは、性格の強い男と女が、たがいに惹かれあいながらも、性格の強さゆえに、 現世ではついに「愛し合う男女」の形をとれないというもの。 小市民的な脇役達とのコントラストによって、一層彼と彼女の奇妙な悲劇を浮き立たせる。

名曲、そして名演奏!オーケストラの技量は、これまでのなかで一番優れている。 なにしろ、演奏は、クラッシック・ファンなら知らない人はいない名オーケストラ、ロイヤル・フィルによるものだ。 超絶的に明澄なアンサンブル。演奏がよければ名曲も活きる。 演奏が悪ければいくら名曲でもそれが伝わらない、という自明の理を改めて実感させられる。 すべての一流のオーケストラのアンサンブルがそうであるように、 音色が音色に留まるのでなく、深い魂の声となって流れてくる。

Main Title(Main Theme)。序奏部は、数奇な運命の予感を遠くから静かに告げるよう。 主題にはいって、主人公の激情のぶつかり合いや葛藤を、苦しくとも、 後期ロマン派的(ワーグナーのように)に肯定する感じに重厚な管弦楽の嵐が吹き荒れる。 中間部で、容赦なく破滅の予告がなされるような響きが現れるが、 またすぐにそれを止揚することによって、乗り越えながら旋律が進んでいく。終結部は、不吉な不協和音の低音で終わる。

坂本龍一は、この曲によって、ニーチェが言う意味での「悲劇」のための音楽を、 書くことができる音楽家であることを世に知らしめた。 すなわち、ただただ苦しいだけの人間の葛藤を、 音楽の世界で別次元の美しい光景に昇華することをやり遂げた。 円熟! 僕は、坂本龍一のサントラのなかでは「Wuthering Heights」のMain Themeが一番好きだ。

ところがである。映画総体としては、私見として言えば、成功しているとは言い難い。 スタッフも俳優も超一流がそろっているが、それぞれの思い入れが強すぎるのか、 すべてがバラバラの感じで、しっくりとしたまとまりがない。 教授の曲も映画音楽としては、音楽の独立性が強すぎる、というより合せようがないかも。


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