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11/06
MIU awakening


『LIFE』の公演終了を待っていたのか、結構なリリース・ラッシュである。アルバムだけでも、9月29日には教授と矢野顕子女史の愛娘・坂本美雨のデビュー・アルバム『DAWN PINK』、10月27日には待望のLIVEアルバム『RAW LIFE』各ヴァージョン、11月10日には中谷美紀のニュー・アルバム『私生活』、さらにサントラ『御法度』が控えている。一体、教授はいつの間にこんなに仕事をしていたんだろう?といぶかってしまう。

僕が単純に違和感を抱いたのは、どうして他ならぬ『LIFE』の構想と同時にこんなに次元の違うことをやれるのか、ということである。ともかく、現在の僕にとっては、坂本龍一は『LIFE』の作者なのだ。そんな音楽家が相変わらず、高度資本主義社会の産物である音楽業界の潮流に準じたかたちで音楽を作り続けていることが、勝手に、素朴に、不思議だったのである。つまりは、思い込みに過ぎなかったのだが。

とりあえず、僕の予測はこうだ。『御法度』以外は随分前にそのほとんどが出来ていて、『LIFE』公演の終了を待ってのリリース・ラッシュ・・・・いや待てよ。そもそも昨今の売れっ子プロデューサーの多産ぶりにくらべれば"ラッシュ"という言葉自体、適切ではないかもしれない。その上、坂本美雨や中谷美紀の面倒をみるのは、行きがかり上、ほとんど坂本龍一の義務といってよいだろう。そう。音楽機械サカモトの当たり前の日常が再び再開されたに過ぎない。

というわけで、坂本龍一に関しては、『LIFE』モードの僕にしてみれば、教授の新作といっていいアルバムめじろおしとは言え、正直なところ軽く冷めているわけである(笑)さらにめちゃくちゃ個人的な事情に立ち入れば、行きつけのレコード店のスタンプ・カードの空欄があとひとつということになっていた。これが埋まれば2000円の割引サービスが受けられる。そんじゃ、ひとつ『DAWN PINK』でも買って、割引サービスでYMOのリマスタリング・アルバムを頂こうかな、という寸法だったのだ。

しまった!

ここまで書いていて気づいたのだが、損してるじゃん。最初に1800円のリマスタリング・アルバムを買って、スタンプ・カードを埋めてから、『DAWN PINK』を割り引いてもらうか、同時に2枚とも差し出した方が、支払い金額の合計が2800円余りだから、200円得したハズ。son of a bitch!ぬかったな。リマスタリング・アルバムが全額割引という見かけ上の華やかさに目がくらんだか・・・・200円あったら何が買えるだろう?30円足せば、バドワイザーとか。

・・・・失敬。

『DAWN PINK』は周知のように"デビュー・アルバム"ということになっている。事実上の処女作『aquascape』は、"可能性未知数"ということで、デビュー・アルバムということじゃないらしい。ジャケットの坂本美雨は目をつむっていたし、スポーツ紙に掲載された写真でも教授が娘の両目を手のひらで隠していた。一方『DAWN PINK』のジャケットでは開眼とばかりに思いっきり見開かれた瞳がこちらを凝視している。すごいわかりやすい。いや、ちょっとストレートすぎるかも。で、可能性は?相変わらず未知数と言わねばならないだろう。プロデューサーの教授をはじめ曲提供者におんぶにだっこという感じで、坂本美雨の独自性は見えてこない。

従って、皮肉なことに『DAWN PINK』は坂本龍一自身による趣味のいい軽音楽として楽しめる。なんだか、坂本美雨に関してネガティブなことばかり書き連ねている気がするが、ぶっちゃけた話、彼女が音楽雑誌のインタビュー記事の中で、LUNA SEAやGLAY(20万人コンサート?そんなの音楽じゃないよ。)が好きとか発言している時点で、「あっしにはかかわりのねぇことでござんす。」というのがホンネなのだ。webページとかやってなかったら、しばらく楽しんでから、CDラックの片隅に置かれ、いつのまにか忘却の彼方へという成り行きだったに違いない。買うかどうかも怪しいもんだ。

いっそのことレコード・セールス上の戦略からいっても、トータルにLUNA SEAあるいはGLAYの活動圏内でアルバムを制作した方がスッキリするんじゃないだろうか。彼女の感性と「坂本龍一プロデュース」は馴染まない。そこが教授の音楽に私淑して師事していく中谷美紀の場合との決定的な違いだ。また、坂本龍一流のJ-POPは、LUNA SEAやらGLAYファンのティーン・エイジャーにはまず支持されないだろう。たぶん彼らの多くは『energy flow』にすら関心を払わなかったに違いない。その逆も言えるわけで、GLAY好きの女の子の感性で「坂本龍一プロデュース」を歌われてもこちらは戸惑うばかりである。

その点は、坂本龍一も察しているのか、『PIANO』誌によれば"早く崖から突き落としたい"などと千尋の谷に我が子を突き落とす獅子の説話にちなんだ物騒な発言を述べたそうである(笑)これは単に親に頼るなという意味だけではあるまい。違うのだ、追求する音楽が。いずれは、それぞれが違う道を歩むしかないのだ。(ほんとは、それ以前の問題なんだけど・・・・わかる人にはわかるっしょ。)

それにしても、恵まれてるよなぁ〜。デビュー・アルバムのプロデュースは坂本龍一で、なんだかんだいってもおやじだから、プロデューサーの機嫌をそこねないように妙にしおらしく振る舞う気遣いもいらない。LUNA SEAが好きだといえば、コネつかってSUGIZO氏とコンタクトをとるは、母親の矢野女史のみならず大貫妙子にまで歌唱指導を受けるは、特権的な待遇を受けてないといえばウソになる。小さなライブハウスで頑張ってるバンド少年や過酷なコンテストを勝ち抜いてきたアイドルにしてみれば、羨望の的だろう。もっとも苦労すればいいというものでもなかろう。腰を低くして"上の人"にペコペコしてのし上がってきた、みたいな世俗的な苦労がかならずしもよい音楽をつくる上でプラスになるとは限らないことは、昨今の日本のミュージック・シーンを鑑みれば明瞭だ。世間離れしてることは、音楽的には充分魅力になりうる。

周辺的なコメントばかりして、乗り気じゃないのが、バレバレ(^^;;いい加減、作品に触れる。無論、素晴らしい出来である。そして良質である。専ら中谷美紀向けに書くことで切り開かれた、現在の坂本龍一のJ-POPは、えげつない音楽表現で大衆の感性を益々貧困にしている粗悪な音楽商品が横行する日本歌謡界にあっては、ほとんど珠玉のような存在である。ポップだけど、いいものを作ろうという坂本龍一の音楽家としての良心がひしひしと伝わってくる。昔のように分厚いポリフォニーやこれ見よがしの複雑な書法はないけど、勘所はちゃんと押さえてある。これはもう一種の匠の境地でしょう。

『DAWN PINK』から、お前の好きな曲を一曲挙げろと問われれば、僕は迷わず『awakening』を選ぶ。(実は、処女作『aquascape』に収録されているヴァージョンの方がずっといいのだが。)この曲の序奏に坂本龍一の達人ぶりがよくでている。ピンとこなかったら、エレキ→笛の泣き→ローズ・ピアノ(音が左右にパンするやつ)っぽいエレピ的な音色。この序奏を繰り返し、聴いてみー!ほんの数10秒だけど、それだけで曲全体の価値が決まることもある。後に続く坂本美雨の美声も、まるで世紀末の闇を浄化する女神が現れたような荘厳さ。今、試しに『aquascape』に収録されている方を実際に聴いてみたら、やっぱり数段こっちの方がいい。

<ついでに付言しておくと、― これまでもずっとそうだったんだけど ― プロデュースやサントラの仕事って、教授のように内心に20世紀音楽史の行き詰まりを抱えているような音楽家にとっては、なかなか都合のいい非難場所なんだと思う。人に頼まれたからやっているんだって自分に言い訳ができるから。たぶん今、教授が一番怖いのは『ソロ・アルバム』ということじゃないかなぁ・・・・・なんてね。>

むー。坂本美雨のメジャー・デビューは、いろいろな矛盾を抱えてる。僕には彼女が何をしたいのか、今のところさっぱりわからない。ヴィジュアル系アイドル・バンドに傾倒しながら、全面的に坂本龍一の音楽性の影響下でデビューって、なんじゃそりゃ。楽観的な展望を描くとすれば、彼女を掛け橋に教授とヴィジュアル系のクロスオーバーがある得るかも。でも、それって、面白いかなぁ?・・・・・あっしにはかかわりのねぇことでござんす(笑)

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