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『diary』雑感(1)
siteSakamotoの8月10日と8月22日付けのdiaryをうけて、これまでのdiaryのTEXTすべてを読み返してみる気になった。一体あれらの太字の記述を読んで、漠然としたイメージ以外のものを受け取ることができるだろうか。坂本龍一も、伝達不可能なことを書いているな、と自覚しているように見受けられる。なにか確かな根拠があったわけではないけれど、diary全体を読み返してみようと思った。しかしながら、読み返す際、内容自体には焦点を当てはしなかった。なるべく坂本龍一がdiaryを書く際の意識の構えみたいなものを捉えるように勤めた。そういう角度から切り込んだ方がより収穫があるような気がしたからである。

diaryの類は、webページのコンテンツとしては、割とありふれたものだ。有名無名を問わず、これをwebページのコンテンツに適用する人は多い。日常生活の中で、感じたこと考えたことを気ままに記して、ネット上に公開するというものだが、少し考えると結構滑稽かつ奇怪な感じもする。匿名性ですらない不特定多数のアクセス者に向かって、その種のことを露出し、発信してみるというのは、正直言って、まともなコミュニケーションの体をなしていない。誰にでも露出趣味的な願望はあるものだが、これもちょっとした妄想世界である(^^;;もっともサイバー・スペース全体が無数の妄想体系の散在なのだ、と言うこともできよう。僕のTEXTにしたってその誹りを免れまい。

さて、いくら匿名性ですらない不特定多数のアクセス者に向かって、diaryを記述するにしても、なんらかの「読者(=他者)の像」を想定しなければ、誰人も一行も文章を書くことはできない。純粋に自問自答の世界に完結している作業ならば、何もネット上に公開する必要もないし、すべきではないだろう。坂本龍一の「書いている時の意識の構え」が変化したなら、言い換えれば、彼がdiaryを記す時に想定している読者との距離の取り方が変わったということである。

今回、僕がdiaryを読み返してみる際に特に留意したのも、その点だった。というのも、ある新たな想念がついに揺るぎない信念に固まっていくにつれて、記述者の読者への距離の取り方も微妙に変化するはずだ、と思ったからである。記述者が特異な信念を持つにいたったならば、「匿名性ですらない読者」との間に一層遠く距離をとるようになるだろう。なぜなら、その人は不可避的に伝達不可能性を自覚させられ、まして、「匿名性ですらない読者」を相手に問題を共有することは到底できないと感じるだろうから。もっとも最初に白状してしまえば、これといって系統的な意識変化の過程を提示することはできそうにもない。

僕はsiteSakamotoをまるまるハードディスクに保存している。今のところ全部で13MB足らずである。電話代を気にせずにじっくり吟味できるので、お勧めだ。現在siteSakamotoに収録してあるdiaryは、およそ三年ほど前のWed.19960910から始まっている。アルバム『1996』(5/16)を発表し、『the trio world tour』が行われた時期だ。このあたりの記述内容は、「書いている時の意識の構え」という視点からみれば、まだ呑気な感じで、奇異を衒わずに、ただつとめてさりげない表現で日常の彼の情理を表出してみせることのみを留意しているように感じられる。趣味のデジカメの美しい画像が貼ってあり、文字通り屈託のない絵日記である。同時に、その屈託のない感じが、彼独特の素朴さ、優しさを醸し出していて、この時期のdiaryの魅力となっている。

その頃のdiaryは、更新のペースもほぼ毎週水曜日に行うというまめさだ。しかし、それも1997を境にペース・ダウンしていく。単に面倒になったということもあるようだが、より本質的には、「匿名性ですらない読者」に向けて、屈託なく自己表白することが徐々に難しくなっていった、ということじゃないだろうか。とぎれがちのdiaryの間に存在する重い沈黙も饒舌以上に何かを語りかけているように感じられる。さらに屈託のない自己表白が困難になってからは、沈黙を破る度に「読者」との新たな距離感覚を坂本自身の中で創出する必要に迫られていたようにも思える。

『今朝5時頃、ガラスの割れるようなすごい物音で目を覚ました。(略)正面玄関のドアがけ破られて開いている。とめてあった、買ったばかりの自転車が消えている。あぜんとする。警察に電話(911)する。(略)家が破られた、安全ではない、という精神的なショックは大きい。安全対策を真剣に考えないと。一瞬、やはり銃を購入して射撃を習いに行こうか、などと考えた。ぼくたちは「New Yorker」になった。(^^;』(Wed.19961003)

上に引用したのは、96年のdiaryの典型的な叙述表現だ。坂本龍一としては、余程インパクトのある事件だったらしく、簡潔な文章で書かれてあるdiaryの中でも長文に属する。選択された記述内容自体に話題性がある上に、割合こと細かに状況を「想定している読者」に伝えようというサーヴィス精神もあるように思う。その時の彼の心情についても第三者に了解できない部分はないように書かれてある。この頃、坂本龍一の中で「想定している読者」との距離感覚は密接である。

『5時、整体に行く。夜、三宿の道でなんと20年ぶりに友部正人と会う。20年も会わなかった人間が同じ時間に同じ道を歩くという偶然はとてもおもしろい。15年間仕事をしてこなかった大貫さんとまたこうして仕事をしているというのも、これは偶然ではないけれど、何かに導かれているようで興味深い。ぼく自身、何かが変わろうとしているのだろうか?体に聴け、という言葉を思い出す。勘、という言葉もある。』(Wed.19961021)

内面の劇的な変化の予感をストレートに表白している。しかし、それはまだ真の深刻さへの突入には到っていない。坂本龍一自身の中で、それが現実のものとなり、真に深刻なかたちで心に根を下ろすと同時に彼の記述は微妙な屈折をみせ始めた。

『最近6時間しか寝れない。野口氏の著書によれば、睡眠は時間の長さではないとのこと。体の要求にそっていればいいし、短くても深く寝れればいいだろう。』(Wed.19961108)

なんでもない一節だが、僕は、坂本と「想定している読者」との距離がちょっと開きつつあるのを感ずる。 「野口氏」とはWed.19970302のdiaryに登場する野口晴哉なる整体師を指すと考えるのが妥当のように思う。一読して、この人物が坂本龍一の衛生にとって重要であることが推察できるが、「想定している読者」は、この人物が一体何者なのか、このTEXTが掲載された時点では、それを具体的に特定することができない。しかし、坂本龍一は、そうした不備を訂正せず、無意識のうちに「読者」を少し突き放す結果になっている。ここに象徴されるような距離感覚は、屈託のない絵日記を脱した後のdiaryの基調を成してきたものだ。僕個人の感想としては、この距離感覚は適切のように思われる。

『今日はアメリカではVeteran's Day。ヴェトナムでナパーム弾から裸で逃げた少女がCNNに出ている。涙が出る。現在のAfricaでのCrisisにも涙が出る。子供を苦しめる行為をする者は、全て処罰されるべきだ。人間同士がこのように殺し合っても、依然として鳥は美しく鳴くし、空も美しい。同じように音楽もあるべきではないか?』(Wed.19961112)

これは、モラルではない、ヒューマニズムでもない、まして政治的な発言ではない。そういうものが発生する以前の坂本龍一の感性や情感のありのままの表出である。坂本龍一は、Tue.19990810のdiaryで明確に示唆的なメッセージ性を明示するまでは、社会的な悲劇に対しても、おおよそ「感性的」なままで通していたのだ。2週間後のdiary(Wed.19961126)には『いよいよ作品にとりかかる。』という記述がみられるので、既に心境的には、『Untitled01』作曲モードに突入していると想像してよいだろう。

この感性と情感のありのままの表出が、ついには今回ある種の理念性を帯びた言説として立ち現れることになったわけだ。しかし、それはdiaryという様式を借りての表出としては、不可避的にやむを得ず失敗に終わっている。それは後述するとして、モラルやヒューマニズムなどのなんらかの近代理念に基づいた価値判断が付される以前のより未分化な感性をありのままに表出することができるかどうかは、芸術家としては、不可欠な心的作用上の条件である。

日常の社会生活で交わされる会話の中の言動は既になんらかの価値判断の粉飾をふくんでいる。情報バラエティーのコメンテーター的な浅薄なモラルなどなど。日常的な会話の中で、ある経験について語られる時、なんらかの価値判断の付される以前の純粋な心的状態にまで遡ることはまずない。 しかしながら、芸術というのは、まず経験の全過程のうち一端なんらかの価値判断の生ずる以前のいわば無垢な生命状態にまで遡るという作業を経なければ生まれないように思う。

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