FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,

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・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 0.0「ふたたび」 「またここにこれるとはな・・・」 「えぇ、そうね」  俺と瑛里華は手をつないだまま、大きな門の前に立っていた。  最後にこの門を通ったのはどれくらい前だったのだろう?  一緒に卒業した友人はもうこの世にはいないのかもしれない。  俺はそれを確かめることが出来なかったからだ。 「今度は瑛里華と3年間過ごせるんだな」 「あのときは2年しか過ごせなかったものね」  何度目の転校だったかは覚えてない、でも転校が嫌になって  全寮制の学院に来たのは、修智館学院後期の2年目からだった。  だから卒業まで2年、瑛里華と学院での生活は2年しかなかった。  今まで生きてきた中で一番充実していた2年間だっただろう。 「孝平、中に入ろうか」 「そうだな・・・あ、瑛里華。ちょっと待って」 「何?」 「一緒に入ろう」  そう言ってから二人一緒に門をくぐる。 「「ようこそ、修智館学院へ!」」  二人同時に同じ事を言ってしまう。そうして二人で笑い合った。  これから始まる3年間、たった3年しかないけど今まで以上に  全力で過ごせると思う。 「瑛里華、これからもよろしくな!」 「孝平こそ、よろしくね!」  二人で手をつないだまま、記憶の中にあるのと同じ光景の中を歩いていく。  その先には懐かしい白鳳寮があった。  最初に修智館学院に来た年に俺の人生が180度以上変わった。  素敵な女の子と出会い、でもその子が人じゃなくって・・・  いろんな事件を乗り越えて、乗り越えきれなかったとき、俺も  人ではなくなった。  眷属。  吸血鬼のしもべともいう、吸血鬼ではない、人でもない存在。  寿命による死が無くなり、致命傷でなければ傷は再生してしまう  人ならざる物。永遠の、時の監獄に誘われて閉じこめられた存在。  学院を卒業して瑛里華と大学を卒業するまでは良かった。  ただ、その後俺は就職する事が出来なかった。  別に能力がたりなかった訳じゃない。能力的には眷属の力抜きで  それなりにあったし、そう言う面では就職は困難ではなかった。  ただ・・・  眷属の加齢しない身体をもつが故に、普通の社会での生活が  出来なかったのだ。  眷属でも願えば加齢する事はできる。ただ、加齢した身体は二度と  若返れない。加齢したまま永遠を過ごすことになってしまう。  少しは大人になっても良いかなとも思ったこともあった。  ただ、同じように加齢しない瑛里華と一緒にいるために、俺もあのときと  同じ姿を保つようにした。  その結果・・・俺は社会から消えることになった。  両親との、親友や幼なじみとの離別。同じ時を過ごせないが故の現実。  そして気づけば両親も幼なじみも親友も生きていないだろう、それくらいの  時が流れていた。  気づけば回りに同族しか居ない世界。それが永遠に続く・・・  俺の精神はすり減って摩耗して。  時には瑛里華にあたったこともあった。  その瑛里華は自分の存在を呪い、俺を巻き込んだことを悔やんだ事もあった。  でも、俺達は乗り越えてきた。  すべてのしがらみを乗り越え、今またここに立っている。 「あんまり変わってないわね」  懐かしそうに目を細める瑛里華。 「そうだな、ここ数十年じゃそんなに技術は進歩しないさ」  二人で白鳳寮の中を歩く。  談話室に置いてあるテレビなどは以前と比べ物にならないほど性能が  上がっているようだが、雰囲気自体はあのころと変わってない。 「・・・そういえば、この窓から良く紅瀬さんが外をみていたっけ」  俺はあのときの紅瀬さんと同じように窓によって、外を見てみる。 「あれ?」 「どうしたの、孝平?」 「・・・いま、紅瀬さんが居たような気がして」 「え? どこ?」  瑛里華も窓の外をのぞく、けどそこには誰もいなかった。 「孝平、見間違えたんじゃないの?」 「そうかもな」  長い時間の間に、良いこともあった。  歪んでいた千堂家が普通の形に戻りつつあることだった。  今でも親子の確執は完全に消えてはいない。それでも以前と比べれば  かなり改善されてきている。  千堂先輩はともかく、瑛里華と伽耶さんの仲は改善されており、今では  親子というよりまるで姉妹のようだった。  ・・・どっちが姉かは言わないでおこう。 「瑛里華はこの3年間、どうしたい?」 「もちろん、決まってるわ。私たちを含めて、舞台に立つわ」 「そうだな、俺もまた舞台に立つときがきたんだなって実感してる」 「この3年間を私たちにとっても、学院生にとっても最高になるように  がんばるわよ!」  俺達の修智館学院の3年間が、こうして再び始まった。  このとき、あのときの2年間以上に波乱に満ちた3年間になるとは  二人とも夢にも思ってなかった。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 0.1「摩耗したモノ」 「まずは瑛里華の部屋の家具を片づけちゃおうか」 「そうね、その後孝平の部屋ね」  荷物はすでに搬入されてるはずなので、部屋の片づけを先にする事に  なった。瑛里華の部屋を先にするのは女子フロアは夜になると男子は  入れなくなるからだ。  家具の重さだけなら瑛里華一人でも充分運べるけど、家具は持ちにくい  だろうしやっぱり女の子に力仕事をさせるわけには行かないと思う。 「それじゃぁ、私の部屋に行きましょうか」 「あ、こーへーにえりりん、二人そろってどこ行くの?」 「お姉ちゃん、邪魔しちゃ悪いよ。」 「邪魔なんかしてないもん、寮長として不純異性交遊してないかの  チェックだよ」 「不純異性交遊?・・ってお姉ちゃん何言ってるの? ごめんね、孝平君、  瑛里華さん」 「・・・」 「どうしたの? 急にぼーっとしちゃって・・・もしかして強制睡眠?」 「い、いや・・・何でもない」  部屋を出ようとしたとき、軽い目眩と共に幻を見ただけだった。  それは俺の記憶なのだろう。彼女たちを同じ時間を生きれないことは  とっくに割り切ったはずだったのだが・・・  軽く頭を振ってから、瑛里華と一緒に談話室を後にした。 「ざっとこんなものかしら?」  二人で家具を配置するだけならあっという間に終わった。  持ち込んだ雑貨などの配置も終わり、続いて俺の部屋の片づけも  あっさり終わってしまった。 「さて、今日はこれからどうする?」 「そうね、これからお世話になる所には挨拶に行かないといけないわね」 「そうだな」  望む望まないにしろ、瑛里華は立ち止まるタイプじゃない。  この新しい3年間をただの学生として過ごす気は無いだろう。  となれば、行くところはあそこしかない。  白鳳寮を出て来たときとは別の小径を歩く。  小高い丘の上に、本敷地がある。 「あ、支倉先輩に瑛里華先輩。いまから監督生室に行くのですか?  私も一緒に行きます!」 「・・・」 「孝平?」 「あ、いや、なんでもない」 「嘘言わないの。なんでもないならそんな顔しないでしょう?」 「・・・あぁ、そうかもな。ちょっと思い出しただけだよ」  割り切ったはずだった。  忘れたはずだった。  それなのに、学園に来た途端にあのときの記憶がよみがえる。  大丈夫だと思ったのに、よみがえる記憶が俺の心を乱して壊していく。 「・・・そうね、ここには思い出がありすぎるわね。兄さんも2度目の  時はそう思ったのかしら」 「どうだろう? 伊織さんの場合はそんなに浸らなかったんじゃないかな?」 「そうかもね、だって兄さんだから」 「酷いなぁ、二人とも。俺がそんなに薄情に見えるかい?」  いつの間にか俺達のすぐ近くに、制服を着ている伊織さんが立っていた。 「ようこそ、2度目の修智館学院へ」 「兄さん、人前でそんなこといわないでよ?」 「だいじょうぶだって、瑛里華。これでもTPOはわきまえてるつもりさ」 「伊織さんはそこが怪しいんですよね」 「孝平君も言うようになったよね〜、それと僕のことはお義兄様って  呼んでくれって言ったじゃないか?」 「家でならそうしますよ、でもここは家じゃない」 「もう、いけずぅ」 「・・・ところで伊織さん。ここにいるってことは」 「あぁ、去年から俺が生徒会長をしているんだ」 「はぁ? 4年のときから会長?」  瑛里華が驚きの声をあげている。 「伊織、続きは監督生室でもよいだろう」 「あ、征一郎さん。お久しぶりです」 「東儀先輩、お久しぶりです」 「瑛里華に支倉、久しぶりだな」 「・・・僕は放置かい?」  東儀先輩に案内されて、監督生室に入る。 「こんにちは、支倉先輩。今お茶入れますね」  今度はすぐに頭をふって過去の記憶を追い出す。 「支倉、どうした?」 「いえ、なんでもないです。それよりも東儀先輩は今は副会長ですか?」 「財務だ」 「そうなんだよね、征は副会長は嫌だっていうんだよ」 「適任者が来るのがわかってるのだから俺が入る必要なかろう」 「あの、征一郎さん。今の生徒会ってもしかして・・・」 「あぁ、俺と伊織の二人だけだ」  東儀先輩の話だと、4年から入学した二人はその容姿と実力も相まって  すぐに生徒会にスカウトされたそうだ。  そのときの生徒会に5年生が居なかったこともあり、6年の先輩方が  引退した後伊織さんが会長になったそうだ。 「と、いうわけで瑛里華に孝平君。早速だけどこの仕事お願いできるかな?」 「会長? 普通は先に生徒会に入るかどうかを聞きませんか?」 「聞くまでもないだろう?」 「まぁ、確かに・・・」  もともとその気で来てたのだから会長の言うことももっともだった。 「伊織、今日から仕事を頼むこともないだろう。二人は今日来たばかりの  ようだしいろいろと忙しいだろうからな。始業式が始まったら来てもらおう」 「えー、それまでの仕事はどうするんだよ?」 「お前ががんばれば問題無い」 「うー、せーちゃんのいぢわる〜」  ピシッ!  部屋の空気が凍る音がした。 「伊織、遺言はあるか?」 「あ、ちょっと俺急用思い出したから先に帰る」  素早く逃げ出そうとした会長の首根っこを素早くつかむ東儀先輩。 「すまないな、二人とも。そういうわけでこの続きはまた後にしてくれ」 「はい、わかりました。瑛里華、いこうか」 「えぇ、征一郎さん。兄をよろしくお願いしますね」 「あぁ、わかった。遠慮は無しにしておこう」 「こら、征! 少しは遠慮しろ!」 「それでは失礼します」 「あー、二人とも薄情者!!」  寮へと帰る道。 「変わってないな、あの二人は」 「えぇ、さすがは黄金コンビね」 「・・・」 「・・・」  口には出さなかったけど、あのときと違って足りない人がいる。  願ってももうどうにもならないから、願わない・・・ 「寒いな、部屋に戻ろうか?」 「そうね、孝平。寮に戻りましょう」 「風呂にでも入って暖まるか」 「・・・また女風呂に来ないでよね?」 「了解、女風呂には行かないけど瑛里華の部屋には行くから」 「私の部屋で何をするつもり?」  くすっと笑う瑛里華の顔はその答えをしってるわ、と言っている。  だから俺は正直には答えなかった。 「お互い入学したお祝いさ」 「・・・それだけ?」 「それ以上は瑛里華次第かな?」  俺の言葉を聞いて顔を真っ赤にする瑛里華を思わず抱きしめる。 「こ、孝平。こんな所で・・・」 「だいじょうぶさ、誰も見てないから」 「でも・・・んっ」  瑛里華の言い訳を俺は口をふさぐことで止めた。 another view 千堂伊織  二人が去っていくのを窓から見下ろす。 「まさか瑛里華や孝平君まで来ることになろうとはね・・・物好きだな」 「お前が言うか?」 「俺は好奇心旺盛なだけだよ、征」 「それよりも、あの件はいつ言うつもりだ?」 「あぁ・・・そうだな。秘密にしておこう」  征がため息をついた。 「後でどうなっても知らないぞ?」 「そのときは征に助けてもらうさ」 「自分で何とかしろ」 「つれないなぁ、せーちゃんは」 「・・・」  返事はなく、書類の整理に戻る征一郎。  さて、この後どうなるかな?  あの二人の慌てようが目に浮かぶと、自然と口がほころんだ。  これから2年間、面白くなりそうだ。 another view end
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                  Episode 0.2「よみがえる記憶」  始業式の日、瑛里華と一緒に講堂に入った。 「やっぱり前の席から埋まっていくんだな」 「それが普通じゃないの?」 「普通の学校じゃつまらない話を聞きたくないから後ろから席が  埋まっていくんだよ。前から埋まるのはここくらいじゃないか?」  そう言いながら俺は手近な席に座ることにした。  瑛里華もちょこんと、俺の横に席に座る。  俺は席に座ると天井を仰いだ。 「・・・」  ここ数日思い出してしまう記憶は俺の心をかき乱す。  つい、いるはずのないあのときの親友を捜そうとしてしまう。  いるわけがないのに・・・  楽しい思い出が辛い記憶となってよみがえる中、この学院に来てたった  一つだけある、最初から辛い記憶があった。  それを今思い出してしまった。 「さすがに今回はスポットライトは照らされないだろうな」 「孝平、まだ根に持ってるの?」 「いや、思い出しただけさ」 「そっか。でも今回はさすがに無いでしょうね。私は隣にいるのだもの」  そう言いながら俺の手を握ってくる。  ・・・そうだ、俺の隣にはいつも瑛里華がいる。  瑛里華の笑顔の為に俺は今の人生を選んだんだ。  昔は昔、今は今。だから、この3年間を瑛里華と一緒に駆け抜けよう。  俺はそっと、でも力を込めて瑛里華の手を握り返す。  瑛里華は優しい微笑みで返事をくれた。  理事長や偉い人の挨拶を適当に聞き流しながら始業式は進んでいく。  何度見ても何度聞いてもこの挨拶ってのはお約束みたいな物で言うことは  代わり映えしない。何年、何十年たっても続く伝統のようだった。  眠くなって来た頃、聞き慣れた声が聞こえてきた。 「新入生の諸君、ようこそ修智館学院へ! 在校生のみんな、新たな1年の  始まりだ!」  それは千堂伊織会長の挨拶の始まりだった。 「意外よね、兄さんが真面目に挨拶してるわ」 「・・・俺はトラブルさえ起きなければ何でも良いよ」  過去の経験から真面目に振る舞ってる会長を見ると余計に落ち着かない。  確かに挨拶自体は堅苦しい物ではなく、どちらかというと薔薇を背景に  語りかける甘い物と言った方があってるだろう。  回りを見ると瑛里華以外の女生徒は完全に聞き惚れている。 「これから1年間、最高の学院生活をおくれるよう、俺に力を貸してくれ!」  おとなしい会長の話は最後の方はいつものようなテンションになり  拍手喝采で終わりを告げた。  熱い拍手をしているのは女生徒、男子生徒は社交辞令的な拍手だった。  あのときとの違いは男子生徒の拍手の熱さ。 「そりゃそうだよな」 「何?」 「いやさ、前の時はこの後瑛里華の話に続いたんだよ。だから男子生徒が  そわそわしてたっていう話さ」 「残念? なら次回はもっと盛り上げてみせるわ」 「ほどほどにな、あまり人気が出過ぎるのは困る」 「あら? やきもち?」 「・・・」  俺は瑛里華から視線をはずす。 「ふふっ」  わかってるわよ、というような笑い声が聞こえてくる。 「そ、それよりも無事終わったな」 「そうね、兄さんにしては珍しいかも」  生徒会挨拶を無事終えた事に俺達は半信半疑だった。 「それでは始業式を終了いたします。この後校舎前の掲示板に張り出されてる  クラス表を確認して、各自教室へ移動してください。」 「それじゃぁクラス表見に行くか」  始業式も終わり、これから教室へ移動しようと立ち上がったとき  突然俺の回りだけ明るくなった。  いや、正確に言えば俺にスポットライトが当てられていた。 「あー、言い忘れてた。実は今、生徒会は慢性的な人手不足なんだよ。  だから実力があって人望がある人を募集してるんだ。  そうだろう? 支倉孝平君」 「に、兄さん?」  隣で驚いてる瑛里華。  瑛里華の姿を俺は妙に冷静に見ながら、俺は会長にやられたと思った。 「というわけで、待ってるよ。二人で新たな生徒会を作り上げよう!  待ってるよ♪」  そう言って会長は姿を消した。  スポットライトも消え、変わりに講堂の照明がつけられる。  俺はというと、360度すべての方向から向けられた視線にさらされていた。  どっちの方にも逃げ場はない。  どうした物かと思った直後、すぐに女生徒の歓声があがった。 「もしかしてBL?」 「支倉君って言ったっけ? あの顔は受けよね」 「当たり前じゃないの、伊織様が攻めに決まってるわ!」 「そんなことより私の伊織様とどういう関係なの?」 「誰が貴方の伊織様なのよ!」 「でも支倉君、だっけ? 結構可愛いわね」 「きっと征一郎様と3人で薔薇の世界なのよ!!」 「・・・」 「ね、ねぇ、孝平。今の孝平って」 「言わないでくれ、瑛里華。考えたくないから・・・」  回りの女生徒の言葉の半分以上は理解したくなかった。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                  Episode 0.3「ふれあい」 「ふぅ、酷い目に遭った」 「そうかしら? 女の人に囲まれて良い思いしたんじゃないの?」 「あれが良い思いに見えるのか?」 「支倉君は全く抵抗しなかったわよね?」  う・・・俺の呼び方が昔に戻ってる。  瑛里華は機嫌が悪くなっていた、それは始業式の最後の出来事の後。  360度全方向から襲ってくる視線から逃げようとしたのだが、とある  先輩の一言で雰囲気が変わってしまった。 「私の好み・・・支倉君、私とつきあってみない?」  一瞬の静寂。  そして視線が意味する事が180度変わった。 「あー、だめだよ、最初に可愛いって思ったの私なんだからとらないでよ」 「あら? 別に貴方の物じゃないんだからかまわないじゃない?」 「ちょっと、二人だけで勝手に取り合わないでよ。彼は伊織様の忠実なる  しもべなんだから」 「違うわよ、征様の下僕じゃない?」 「でももったいないわよね、男にとられるなんて・・・いっそのこと私が  もらっちゃおうかしら?」 「私、お姉さんって呼ばれてみたいわ。ねぇ、呼んでみて?」 「・・・」  俺は逃げるタイミングを失っていた。 「私、先に行くわね。支倉君」  そう言って先に出口に向かう瑛里華はにこやかに、ものすごいオーラを  背負っていた。  なんとか逃げ出して瑛里華に追いついたけど・・・ 「なんでそんなに怒ってるんだよ」 「べつにー、怒ってなんかいないわよ? ただ支倉君はもてるんだなぁって  思っただけよ」  おもいっきり怒ってる・・・いや。 「・・・ふっ」 「なによ、なんでそこで笑うのよ!」 「いや、別に何でもないよ。ただ瑛里華が可愛いなって思っただけだから」 「なっ!」  瑛里華は怒ってるのではない、ただやきもちを焼いてるだけだ。 「わ、私はやきもちなんかっ・・・」  瑛里華の反論を素早く触れるだけのキスで封じ込める。 「こ、孝平! 見られたら」 「俺は構わないさ、それよりも知って欲しいくらいだよ。  俺の素敵な彼女の事を、さ」 「孝平・・・ずるい」 「そっか? ずるくてごめんな」 「ふふっ、本当にずるいわよ。孝平」  そう言って笑う瑛里華。 「さぁ、クラス分け見に行きましょう!」 「一緒のクラスになれると良いわね」 「瑛里華、知ってて言ってるだろう?」 「えぇ、でも言ってみたかったの」  後期課程から編入する俺達のクラスは同じになるように手配されている。  理由は俺の特異体質が原因だからだ。  眷属の特異体質で一番やっかいなのは「強制睡眠」だった。  過去に俺と紅瀬さんの二人を調べてもらったが、この強制睡眠が起きる  理由もメカニズムも未だに何もわかっていない。  唯一わかるのは、強制睡眠に入る時に自覚症状が出るということだけだ。  かといって一人じゃどうしようもないときもある。  そのときに事情を知ってる人物を一緒に配置しておけば危険は減る、という  訳だった。 「さてと、私たちは何組かしらね?」  掲示板の前は人だかりが出来ていた。  瑛里華は人だかりの後ろの方で小さくジャンプしたりして一生懸命  掲示板を確認している。  本気を出せばかなり遠くからでも掲示板の名前は見えるのだが、そこは  ちゃんと自制しているようだ。  俺は瑛里華より背が高いから飛び跳ねなくても名前は見ることが出来る。 「えっ?」  横で瑛里華が驚く声が聞こえた。 「どうした? まさかクラスが違うとか?」 「孝平、3組の女子の上の方に紅瀬さんの名前があるわ」 「なに?」  俺は3組のリストの女子の欄を見る。 「・・・本当だ」  そこには確かに紅瀬桐葉の名前があった。 「同姓同名かな?」  自分で言っておきながら、そんなわけは無いかと思う。  そう言えば以前紅瀬さんを見かけた気がしたのだが、もしかして本人  だったのだろうか? 「・・・え、えー!?」  またしても俺の隣で驚く、というより悲鳴が上がった。 「え、瑛里華?」 「・・・」  瑛里華はというとうつむいて肩を震わせている。 「瑛里華?」 「・・・な、なんで・・・母様の名前があるのよ!」 「・・・はい?」  俺は聞き違いをしたのだろうか? 瑛里華の母の名前って事は・・・  慌てて掲示板を見てみると、3組の紅瀬さんの下の方に千堂の名前が  掲載されていた。最初は瑛里華、次に伽耶・・・ 「孝平、クラスに行くわよ。直接問いただすわ!!」 「お、おい、俺のクラスは?」 「どうせ一緒に決まってるわ!」  そう言って俺の腕をひっぱって校舎へ向かう瑛里華。 「ちょっと、瑛里華。力入れすぎ!」 「何か言った?」  振り向いた瑛里華はまたも笑顔だった。恐ろしいほどの笑顔。 「・・・いえ、なんでもありません」  ちょっとだけ怖かった事は秘密にしておこう・・・  上履きに履き替えて3組の教室へと向かう。 「なぁ、もしかして同姓同名ってことは・・・」 「そんな偶然あると思う?」 「・・・いや、ない」  珠津島での「千堂」という名前は特別だった。その特別な名字を持つ者が、  まさか名前まで全く一緒だなんてここではあり得ない。 「それよりもなんで母様が編入してるのか聞いてみないと」  そう言って、クラスの扉の前に立つ。  扉を開けて教室の中に一歩入った瞬間・・・ 「え?」  瑛里華は固まった。 「どうし・・・」  俺も中に入って固まった。 「お、おぉ。ちょうど良い所に来、来たな。瑛里華に孝平・・・  た、助けてくれ」  修智館学院の制服に身を包んだ、明らかに千堂伽耶その人が。  同級生の女の子に抱きつかれていた。 「伽耶ちゃん可愛い♪」 「お人形さんみたい、今度一緒に買い物行きましょう♪」 「ねーねー、伽耶ちゃん今夜一緒にお風呂入りましょう♪」  俺はその一団の少しはずれに紅瀬さんの姿を見つけた。 「久しぶり、紅瀬さん。」 「お久しぶりね、支倉君に千堂さん」 「ねぇ、紅瀬さん・・・その、母様を助けなくて良いの?」 「伽耶は人とのふれ合いをもっと知った方がいいのよ」 「そ、そう言うものなの?」  そう言う意味でのふれあいじゃない気もするのだが紅瀬さんがそう  言うのならそうなのかもしれない。 「それに・・・見ていて面白いじゃない」 「・・・」 「き、桐葉の薄情者〜」 「・・・」  伽耶さんの恨みの声が聞こえたような気がしたが・・・  きっと気のせいだろう。 「瑛里華、とりあえず席に着こうか」 「え、えぇ」
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 0.4「寂しがりや」 「酷い目にあった・・・」  始業式の日は授業もなく、先生の注意事項などの説明のみで終わった。  俺達4人は少し早めの昼食をとることにし、食堂に移動していた。 「瑛里華も支倉も薄情者」 「いいんじゃないかしら、伽耶にはふれあいが必要よ」 「桐葉、その建前は先ほど聞いたぞ?」 「じゃぁ、本音も聞いたのかしら?」 「・・・桐葉の薄情者」  そう言いながら二人で美味しそうに蕎麦を食べている。  伽耶さんは普通の蕎麦で、紅瀬さんのは赤く染まっている蕎麦だった。 「相変わらずだな、紅瀬さんは」 「これくらい平気よ? 支倉君も試してみる?」 「やきそばに七味はあわないだろう?」  俺はやきそば紅生姜大盛りを食べている。  眷属になり味覚が消失寸前のレベルまで低下してしまってる俺だが  舌の記憶とも言うのだろうか、食べたものの味を思い出すことが出来た。  思い出して、その味を感じる錯覚。  錯覚だけど美味しく食べれるのだから問題はないと思う。  さすがに紅瀬さんのレベルまで味付けを濃くすれば記憶ではなく実際に  辛さを感じることも出きるのだろうが、そこまでする必要はないだろう。 「あれ? 瑛里華。食欲無いの?」  ふととなりを見ると注文したパスタに手をつけずにいる。 「・・・孝平、貴方はこの状況どう思うのかしら?」 「状況って、顔見知りと仲良く昼食だろう?」 「・・・その顔見知りが私の母様という事実はどう思うのかしら?」 「・・・」 「・・・」 「そういえば伽耶さんがなんで制服着てるんだ?」 「今ごろ気づいたんかい!」  瑛里華のつっこみが炸裂した。 「実はだな、学園生活というものをしてみたくなったのだよ」  俺達の疑問に伽耶さんはあっさり答えてくれた。 「それにだな、伊織が去年学園に行ってしまって、今度は瑛里華と支倉も  入学すると言い出しただろう?」  去年、伊織さんはまた学園に通って楽しんでくると言って後期課程から  入学してしまった。  それを見た俺達も、もう一度通ってみたくなった。 「二人が寮に入ってしまうとな・・・家が寂しくなる」 「っ!」  瑛里華の息をのむ音が聞こえた。 「支倉、お前はあのとき言ったよな? 妾にはずっと家族と友達と、そして  お前がいるとな」 「言いました、それは嘘じゃないです」  あのとき・・・伽耶さんを説得した時のことだった。 「なのに私を置いて学園に通うとは何事じゃ?」  そう言われると返す言葉が無い。  伽耶さんの事も考えなかった訳じゃない。ただ、紅瀬さんがいるのと週末に  千堂家に帰ればいいかな、と思ってはいた。  幸い敷地内でつながってるので平日でも帰れるし、眷属の能力をフルに活用  すれば誰にも気づかれずに往復できるだろう。 「伽耶はこう見えても寂しがりやなのよ? 出来た絆を遠ざけたくないのよ」  紅瀬さんの言葉に俺達の行動が伽耶さんを寂しがらせていたことを突きつける。 「そ、そんなことはないぞ、桐葉?」 「ふふっ、そう言うことにして置くわね」  顔を真っ赤にして慌てて否定する伽耶さん。 「母様・・・ごめんなさい。母様のお心まで・・・」 「瑛里華・・・妾の事は「姉様」と呼ぶがよい」 「・・・はい?」  しんみりとしていた空気が180度変わった。 「確かに妾は瑛里華の母だが、母と娘が同じ学び舎に通うのはおかしいだろう?」  確かに普通で考えるとおかしい。 「だから妾は姉と呼ぶがよい、そう伝えたはずだぞ?」  ・・・絶対妹の方があってると思う。  そのとき俺の方を見てる紅瀬さんと目があった。 「支倉君もそう思う?」 「紅瀬さんも?」 「えぇ」 「こら、桐葉に支倉。今失礼な事を思っておっただろう?」 「気のせいです。でも伽耶さん、何で姉なんですか?」 「遠縁の親戚ということにしておいたのだ」 「なるほど・・・」 「伽耶ったらこのこと考えるの一生懸命だったのよ?」 「き、桐葉。余計なこと言うでない!」 「でも伽耶さんも紅瀬さんも黙ってるだなんて人が悪いよ」 「黙る? 何をだ?」 「一緒に入学することだよ」 「黙るも何も知ってる物かと思ったのだが・・・」 「そういえば、千堂さんは伽耶のことを最初母って呼んだわよね。  それって事前に姉と呼ぶように伝えてもらうはずだったのだけど・・・」  ピシッ!  そのとき俺の隣の空気が凍る音がした。  俺は恐る恐る横を見る。  そこには瑛里華がうつむいて震えていた。 「そう、そういうことなのね・・・兄さんが裏で糸をひいてたのね・・・」 「え、瑛里華さん?」 「母様のお心まで考えが及ばなかったことは悪いと思います。  申し訳ございません、母様」 「瑛里華、姉と呼ぶように言っただろう?」 「・・・そうでした、姉様でしたわよね。申し訳ありません」 「わ、わかればいいのだ・・・」  あの伽耶さんがプレッシャーに押されてる。  そのプレッシャーの持ち主は・・・ 「ふふふっ・・・何故かしら。無性に兄さんを問いつめたくなったわ」 「え、瑛里華さん、落ち着いて」 「大丈夫よ、孝平。ちょーっと本気、出すだけだから安心して♪」  そう言うと瑛里華は食堂を出ていった。 「瑛里華もまだまだ若いな」 「いや、若気の至りで半殺しにされる伊織さんが」 「不憫?」  紅瀬さんが俺に問いただしてくる。 「・・・自業自得だな」 「そういうこと。伽耶、少し散歩でもしましょうか」 「そうだな、食後の散歩にでも行くとしよう」 「それでは支倉君、また後で」   「さてと・・・」  伽耶さんと紅瀬さんは散歩に行ってしまった。  瑛里華はたぶん、伊織さんの所だろう。 「俺はどうするかな?」  ・・・とりあえず、やきそばを食べるか。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 0.5「ゲーム」 「・・・」 「どうしたのだ、支倉。遠慮はいらんぞ?」 「いや、遠慮して欲しいのはそちらなのですが・・・」  夜になって部屋にいきなり訪れてきたのは伽耶さんと紅瀬さん。  制服ではなく、着物姿であらわれた。  奥座敷の時の十二単とも言えるような豪華な物ではなく、普通の着物と  言う物だった。紅瀬さんも今日はつきあいだからといって着物を着てきた。  その姿には呼び出された瑛里華も驚いていた。  瑛里華が部屋に呼び出されてから何をするかと思ったら、お茶会だった。 「学生はこうして夜に親睦を深めるのだろう?」  というのは伽耶さんの弁。  間違ってはいないとは思うのだけど、微妙に伽耶さんの知識が偏っている  気がするのは俺だけだろうか? 「まぁ、お茶会は楽しいから良いけど・・・母様、いえ、姉様の事だから  それだけじゃないんでしょう?」 「さすがは瑛里華だな。でも急ぐでない。まずはお茶を楽しもうじゃないか」 「どうぞ」  今まで会話に参加していなかった紅瀬さんは横でお茶をたてていた。 「うむ、相変わらず手際が良いの」 「これくらい女のたしなみですもの」 「どこからつっこみをいれればいいのかわからなくなってきたわ」 「奇遇だな、俺も同じ意見だ」  綺麗な動きでお茶をたしなむ二人を見て、俺はため息をついた。 「それでだな・・・そのな・・・」  珍しく歯切れの悪い伽耶さん。 「伽耶、恥ずかしがっちゃだめよ?」 「桐葉、そうは言ってもだな・・・」  一体何が始まるんだ? 「お、おぉ。そうだ。支倉に瑛里華。ゲームをしよう」 「えっ?」  いきなりゲーム? 「ふふっ、伽耶ったら」 「・・・まずはゲームだ」 「ゲームって」  隣で瑛里華が嫌そうな顔をする。  伽耶さんは長い間を生きてきた、その退屈しのぎに数々のゲームをしてきた。  というか、仕掛けてきた。  その中には紅瀬さんに対して酷い仕打ちもあったと俺は思う。  紅瀬さん自身がそう思ってるかどうかは俺にはわからないが・・・  俺達とうち解けた後も、このゲームを仕掛ける癖、そう、癖は全く治らず  いろいろと巻き込まれた。 「姉様、それで今度のゲームは何するの?」 「・・・」  顔を真っ赤にしてる伽耶さん。 「母様?」 「そのな・・・その、支倉の奪い合いだ」 「はい?」  俺の奪い合い? 一体何のためにどうして? 「伽耶はね、支倉君の事が気に入っちゃったのよ」 「き、桐葉っ!」  慌てて紅瀬さんの口をふさごうとする伽耶さんだけど、体格差のためか  なかなか口に手が届かない。 「初めてだったものね、あそこまで親身になって怒ってくれた異性って」  それはもう数年・・・いや、数十年前になるだろうか。  俺は瑛里華の家族関係を改善する計画を立てた。  千堂・東儀を巻き込んでのこの計画は、いろいろあった末に伽耶さんを  説得する事に成功した。  俺はこのとき、本当の家族を得た。これから永遠と続くかもしれない俺の  人生の中で必要な「家族」を。  その時の説得の時に・・・まぁ、その格好をつけすぎたのかもしれない。 「人の親を泣かせないでよね、それと私の母様を口説かないで」  そう瑛里華に言われたっけ。  俺にはそんな気は無かったはずなんだけど・・・ 「ちょ、ちょっと! 何よそれ!!」  固まっていた瑛里華が再起動したようだ。 「孝平は私の彼なのよ? なんで母様が奪おうとするのよ!」 「別に良いではないか」 「良くないわよ!!」 「瑛里華、お主は自信がないのか?」 「っ!」  瑛里華は返事をしなかった。  ・・・瑛里華、まだ俺に負い目を持ってるのか。  まったく、それは負い目じゃないって何度も言ってるのに。  後でまた言い聞かせておかなくちゃな。 「千堂さん、伽耶はあなた達の関係を壊そうと思ってる訳じゃないわ。  どっちかというと、一歩先に踏み込もうとしてるだけよ」 「紅瀬さん、それはそれで問題があると思うんですけど・・・」  俺達の関係に踏み込むって、昼メロじゃあるまいし。 「は・・・支倉・・・私は、愛してくれるのなら側室でも構わないぞ・・・」 「側室?」 「出きれば正室の方がいいのだが・・・」  いつの時代の話ですか・・・それよりも 「あのですね、今の時代に正室側室だなんてものはないですよ。倫理的にも  問題あるだろうし」 「支倉、お主、一つ勘違いをしておるぞ?」 「え?」 「我らの社会に人の倫理なぞ関係ない」  ・・・そういえば、吸血鬼に眷属でしたね、今ここにいる人すべてが。 「そう言うことなら、私も参加しなくちゃね」 「く、紅瀬さん?」  瑛里華の驚く声。 「よろしくね、千堂さん、支倉君」  ・・・この後3人による討論というか、言い合いが始まった。  俺はというと部屋の隅で経緯を見守る事しかできなかった。 「人でなしっ!」  そういう瑛里華の叫び声に、ここにいる全員が「人ではない」なと  ぼんやりする頭で考えてしまう。  あぁ、今すぐに強制睡眠が起きないだろうか?  そう都合良く眠りが来るわけではなく。 「こんな親子げんかが出きるほど関係が回復したんだな・・・」 「支倉君、普通の親子はこういうけんかをするものなの?」 「・・・」  紅瀬さんのつっこみに反論できなかった。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 0.6「扉ひらいて、ふたり未来へ」  ・・・寝付けないな。  別に寝なくても良い身体ではあるけど、人としての習慣なのか夜は  普通に眠くなる。  激動のお茶会も終え消灯時間を過ぎた寮の自室で、俺は寝付けないでいた。  再び訪れたこの学園で、入学してまだ1日しかたってないのに、ここ数年では  激動といえるほどの時間を過ごした。  それに・・・ 「ゲームか・・・」  伽耶さんが俺に対して向けている感情は本当に恋いなのかはわからない。  人との交わりの中で生きていけなかった伽耶さんにとって、今の感情は  もしかすると恋いに恋する少女、というのが当てはまってるのかも・・・ 「・・・それはごまかしだな」  そうであって欲しいという俺の考えが、そう思わせているのだろう。 「・・・ふぅ」  ベットから起きあがる。  廊下への扉へ向かい、気配を伺う。  消灯時間が過ぎているので廊下には人はいないようだ。  玄関からスニーカーをもち、ベランダへでる。  春先とはいえ、まだ夜は冷え込んでいるので、上着を羽織る。  そして目を閉じて、集中する。 「・・・」  集中して身体能力を眷属としてのレベルまで意図的に引き上げる。 「・・・誰もいないな」  それを確認して、俺は手すりを軽く乗り越える。  落下する恐怖感と共に、2階の俺の部屋から1階の庭へと飛び降りる。  音も立てずに庭へと降りると同時にかがみ込み、バネのように飛び上がる。  そしてそのまま寮の屋上へ着地する。 「・・・もう少しいくか」  集中して進路に人がいないことを確認してから、軽くかがむ。  そして 「はっ!」  俺は跳躍する。  今日は歩いて通った通学路の空を駆ける。  そして教室棟の屋上で足を止める。  普段は解放されてる教室棟の屋上は緑が多く植えられていて、まさに  空中庭園とも言えるような風景だった。  ただ、夜の空中庭園はよく言えば神秘的、悪く言えば不気味だった。 「ふぅ」  俺はそのまま芝生の上に仰向けになって倒れた。  視界いっぱいに広がる星空を眺める。 「・・・」  ・・・  寮を出てから俺の背後にあった気配。  その持ち主が俺の頭の上に現れた。 「遅かったな、瑛里華」 「・・・孝平」 「月が綺麗だな」 「今日は月は見えてないわよ」 「・・・白か」 「っ!」  慌ててスカートを抑えて後ずさる瑛里華。  室内着とはいえ、スカート姿で俺の頭の近くに立たれると、どうしても  目がそこに行ってしまうわけで・・・ 「・・・」  いつもなら怒ったり、たしなめたり、誘ったりする瑛里華。  でも今夜はおとなしい。  俺は上半身を起こした。 「ベンチにいくか?」 「・・・えぇ」  誰もいない教室棟の屋上のベンチ。  俺と瑛里華は並んで座っている。俺は背もたれに身体を預け、夜空を  見上げる。 「来ると思ってた」  俺は瑛里華を見ないまま、話しかける。 「今思いついたでしょう?」 「あぁ」 「まったく・・・」 「・・・どうしたんだ、瑛里華」  俺は瑛里華の目を見ながら問いかける。 「・・・わからないのよ」 「伽耶さんの事か?」 「えぇ・・・ゲームだからって孝平を奪い合うだなんて」 「伽耶さん流の照れ隠しだろう?」 「それでも・・・」 「不安?」 「・・・えぇ」 「そうか」 「・・・」  言葉のない時間が流れていく。 「・・・俺はさ、伽耶さんとも仲良くしたいな」 「っ」  瑛里華が驚くのがわかる、いや、驚くと言うより何かを我慢している  そんな感じだ。 「紅瀬さんとも、伊織さんとも、東儀先輩とも仲良くしたいな。  同じ時を生きる家族だもの」  同じ時を生きる家族なのだから。  俺達だけじゃだめ、瑛里華の母親である伽耶さんもいなくちゃだめだ。  だから俺は伽耶さんを説得した。 「孝平は私を懐柔したのだぞ? 責任をとる必要もあるだろう?」  お茶会での伽耶さんの言葉を思い出す。 「でも・・・」 「なぁ、瑛里華。俺が今の生き方を受け入れた時のこと覚えてるか?」  否応が無しに眷属になってしまったが、俺はその時はなんとも思って  なかった。  眷属という事を思い知らされたのは、知人や家族との別れの時だった。  加齢しない身体の眷属は、普通の人と同じ時間では生きていけない。  わかってはいたつもりだが、実際死んでもいないのに親友と、家族と  永遠の別れをしなくてはいけない事は思った異常に俺の精神を痛めつけた。  もしかすると時の重さに精神崩壊をしていたかもしれない。  それを救ったのは瑛里華の笑顔だった。  そうだ、俺は瑛里華の笑顔を見ていたいから、あんな無茶をして。  そのことを後悔したくなかったから。 「瑛里華が辛そうにしてるとな、俺の生きてる意味がないんだよ」 「でも」 「瑛里華が笑ってくれないと、今までの俺が無意味になるんだよ」 「でもっ!」 「瑛里華がいてくれないと、俺は駄目なんだよ」 「・・・」 「泣きたいときには泣いてもいい、でも最後は笑っていて欲しい」 「孝平・・・」 「瑛里華、胸を張りなさい!」  俺はあのときの言葉を瑛里華に思いを込めて帰す。 「うん・・・わかった。でも・・・ちょっと胸を借りても、いい?」 「あぁ」 「ありがとう、孝平・・・」  そう言うと瑛里華は俺の胸に顔を埋めてきた。  泣いてるのか? と思ったがそうではない。 「・・・甘えん坊だな」 「いいの、孝平の前でだけだもん」 「光栄だな」  俺は瑛里華の頭をそっと撫でる。 「自信もてよ? 俺が保証する」 「くすっ、孝平の保証って大丈夫なの?」 「・・・どうなんだろう?」 「孝平こそ自信もちなさいよ、私が保証するわ」 「瑛里華の保証って何年持つんだ?」 「永遠、よ」 「・・・」 「・・・」 「「ぷっ」」  おかしくなって二人で笑いあった。  新たな扉を開いて、俺達は新たなステージへと、未来へと進んでいく。  たとえ人の道ではなくても、それが俺達の進むべく道なのだから・・・  と、格好良く締めたかったのだが・・・ 「・・・孝平?」 「ごめん、瑛里華。眠くなってきた・・・」 「えっ? まさかこのタイミングで強制睡眠?」 「そのようだ・・・」 「なんでこのタイミングなのよ! これからがロマンチックになる場面  じゃないの!」 「そうは言ってもこればかりは・・・」  確かにしまらない締まりかたかもしれないけど 「俺達らしくていいんじゃないか?」 「・・・もう、そう言われると何も言えないじゃないの」  呆れた顔をする瑛里華。 「それで、瑛里華。すまないけど後はよろしく」 「了解、どうにかしておくわ。だから今は・・・お休みなさい」  そっと俺達が重なる。  瑛里華の甘い唇の感触を感じながら、俺は闇の中へと落ちていく。  目覚めたとき、きっと素敵な笑顔の瑛里華が待っている。  そう、確信しながら・・・
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