夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if-


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FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,Extend Episode「吸血鬼の殺され方?」(2010/08/30)Extend Episode「つながる日々」(2010/07/12)Extend Episode「禁句」(2010/05/17)Extend Episode「if」(2009/12/02)Extend Episode「十三夜」(2009/10/30)Extend Episode「そんな春の一日」(2009/03/22)Appendix Episode「しあわせのかたち」(2008/11/21)Extend Episode「思いはせて」(2008/10/19)Extend Episode「鬼ごっこ」(2008/10/16)Extend Episode「秋空」(2008/09/21)Extend Episode「リアライズ」(2008/08/25)Extend Episode「わからない気持ち」(2008/08/24)Extend Episode「パジャマパーティー」(2008/06/22)Extend Episode「しきたり」(2008/06/20)Extend Episode「それぞれの夜」(2008/03/30)
FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 0
8月30日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「吸血鬼の殺され方?」  食事が終わると、紅瀬さんと瑛里華が後かたづけを始める。  俺はたまに手伝ったり手伝わなかったり。  今日はどうするか? 「支倉、少し呑もうではないか?」  伽耶さんが一升瓶を2本持ってきた、俺はそれを断る理由は無い。  縁側に並んで座り、お互いのコップに酒を注ぐ。  俺のコップに注がれた日本酒は、かなりの辛口で、紅瀬さんが探し出して  来た銘柄だった。  それを口に運び、喉に流し込む。  感じるのは微かな辛み。以前伽耶さんが試しに舐めてみて、涙目になるほどの  辛さのはずなのだが、俺にはそう辛く感じない。  眷属故の味覚の消失、いや、鈍化だった。  俺はコップをあおると夜空を見上げた。  伽耶さんも同じように夜空を見上げる。  会話は無い、だけどそれが冷たい時間ではなく、心地よく感じる。  慣れたもんだよな、と思う。  あれからもう何十年たったのだろうかとも思い返そうとして・・・止めた。  無意味なことだからだ。 「・・・のぉ、支倉」 「なんですか、伽耶さん」 「・・・注ぐか?」 「お願いします」  俺のコップに酒が注がれる。  そして俺はまだ夜空を見上げる。  今は伽耶さんは見上げていない。  コップの中の酒を少し口に含み、そしてまた夜空を見上げる。  それは、俺ではなく、伽耶さんの為の時間だった。  そう、何かを決意するための、そんな時間。 「・・・なぁ、支倉。何故・・・支倉はここにいてくれるのだ?」 「好きだからです」 「なっ!」  俺の言葉に伽耶さんはコップを取り落とす、俺はそれを瞬時に回収する。 「危ないですよ?」 「支倉が変なことを言うからだぞ!!」 「おかしいこと言いました?」 「当たり前だ、そんなに軽々しく口にして良いことではないぞ」 「でも本心ですから」 「・・・それはわかっておる、瑛里華を好いてくれてるのは」 「瑛里華だけじゃないですよ」 「っ!」  伽耶さんが息を飲む。 「俺は瑛里華と同じくらい、伽耶さんも好きですよ」 「−−−−−−−っ!」  伽耶さんは悲鳴にならない悲鳴をあげた。 「はぁはぁ・・・死ぬかと思った」 「伽耶ったら、そんなに嬉しかったのね」  悲鳴を聞いて駆けつけた瑛里華と紅瀬さんは伽耶さんの横に一緒に座っている。 「なななっ!」 「ほら、落ち着いて」  そういって紅瀬さんは一升瓶から酒を注ぐ。  ・・・あ、それって確か紅瀬さんのお酒じゃ。  そう思ったとき、伽耶さんの悲鳴がまたあがった。 「だいじょうぶ、母様?」 「ひ・・・ひりはっ、ひろいではないか」 「気付けには辛い方がいいのよ?」 「紅瀬さん、別に母様は気を失ってないわよ・・・」 「あら、そうだったかしら?」  伽耶さんをからかって楽しんでいるようだった。 「ふぅ・・・桐葉、覚悟は良いか?」  復活した伽耶さんが桐葉の前に立つ。 「望む所よ、今日は何の勝負にするのかしら?」  紅瀬さんに返事をせず、伽耶さんは俺の方を向く。 「支倉、桐葉の事は好きか、嫌いか?」 「え?」  この質問に紅瀬さんが驚きの声をあげる。  伽耶さんの意図したことがわかった、だからといってそれに乗ろうという事は  思わない、なぜなら答は決まっているから。 「もちろん、好きですよ」 「っ!」  その俺の声に紅瀬さんは顔を真っ赤にした。 「ふふふっ、桐葉もまだまだ青いの、いや、赤いのか」 「伽耶っ!」 「はははっ!」  何故か勝ち誇ってる伽耶さんだった。 「ねぇ、孝平」  お酒を片手に俺の所によってくる瑛里華。続きの言葉を待たずに俺は答える。 「瑛里華、大好きだよ」 「うん♪」 ANOTHER VIEW ... 「いいのか、伊織」 「構わないさ、今さらだからな」  瑛里華達がさっきまで食事をしていた部屋、そこで俺と征は酒を飲んでいた。 「しっかし、面白い見せ物だよな」 「・・・」  あの女のことになると征は言葉を選ぶ。 「母であるまえに、女か・・・そりゃそうだよな。  俺達を創っても産んではいないのだからな」 「伊織」 「何、今さら気にしてないさ。それはおまえも知っているだろう?」 「あぁ」 「しっかし、吸血鬼って殺せるんだ、知らなかったよ。  それも殺したのは支倉君と来た。まったく、瑛里華に続いて二人も殺されたよな。  次は、俺の番かな?」 「それはないだろう」  即答する征。 「その基準なら、おまえはすでに支倉に殺されているからな」 「しまった、すでに俺は死んでいたか! やるな支倉君、さすがは両刀使いだ!」 「・・・」 「なぁ、征。乗ってくれないと寂しいんだけど」 「あぁ、すまない、酒が美味かったものでな」 「そりゃそうか、酒の肴も美味いものな」  俺と征の見る先、そこには楽しそうに騒ぐみんなの姿があった。 「伊織、おまえはいいのか?」 「構わないさ、今さらだからな」
7月12日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「つながる日々」 「ふぅ、良い湯だな」 「えぇ、そうね」  家に備え付けた大きな露天風呂。寮から抜け出してあたし達はここで  汗を流し湯に浸かっていた。 「はい、伽耶」 「お、すまぬな」  桐葉がとっくりからお酌をする、それをあたしのお猪口で受け、口に運ぶ。 「良い味だな」 「・・・二人ともお風呂でお酒はないでしょう?」  その様子を見て呆れてるのは瑛里華だった。 「何を言ってるんだ、瑛里華。湯に浸かりながら月を肴に飲む。風流で良いでは  ないか?」 「昔っていつの時代よ・・・」 「そうね、もう何年も前の話よね」 「紅瀬さん、何百年の間違いじゃないかしら・・・」 「あら、女に歳を聞くのはいけないことなのよ?」 「私だって女です!」 「まったく、瑛里華は風流とはほど遠いな」 「私は風流よりもエレガントの方がいいの!」  ふぅ、と一息つく。  まぁそれもまた瑛里華の生き方なのだから良いだろう。 「それよりも瑛里華もどうだ?」 「私は遠慮しておくわ。お風呂上がりに冷えたワインを戴くから」 「それって、風呂上がりのビールみたいね」 「人をおじさんっぽく言わないで!」 「・・・ったく、やかましいな」 「あら、やかましいのは嫌なのかしら、伽耶」 「そうよ、母様。そんな顔して言っても説得力無いわよ」 「うるさい!」  お猪口の中で揺れる酒、その表面に浮かぶ月。  夜空を見上げてみればその月を直に見ることが出来る。  回りを見る、そこには桐葉が居る。  そこには瑛里華が居る。  それだけだけど、なんと心が落ち着くのだろう。  昔からは考えられなかった、あたしの宝物達。 「ふぅ、ちょっとのぼせそうね」  桐葉が湯からあがり、縁に腰掛ける。  髪をまとめていたタオルを外した桐葉。 「・・・」 「私もちょっと休憩」  同じように縁に腰掛ける、瑛里華は髪を後ろで一つに大きく編んでいるので  タオルでまとめては居ない・・・。 「・・・」  さっきまで心が落ち着いてたのに、今は妙にざわめく。 「あら、どうしたの、伽耶?」 「母様?」  二人が心配そうにこちらをのぞきこむ。  少し前屈みになると、その存在はより大きく、誇示してくる。 「・・・どうしたらそんなに育つのだ」  思わず小声でつぶやいた一言だったが、眷属と吸血鬼の聴力を持ってすれば  聞き逃す事はなかった。 「私の胸は普通よ?」  そう言ってわざとらしく髪をかき上げる。  両腕を背中に回すポーズは、さっき以上に胸を誇示する。 「紅瀬さんが言うと嫌みに聞こえるわね」  そう言う瑛里華だって、桐葉ほどではないが大きい。  あたしは自分の胸を見下ろす。  真っ平ら、ではない。ふくらみはちゃんとある・・・けど。 「それなら、伽耶も成長すればいいじゃない」 「そうね、母様もずっとそのままでいる理由もないんだし良いんじゃないかしら」 「確かにそうだが・・・」  あたし達は全員成長を止めている。不老不死であるあたし達は成長を自在に  コントロールできるはず・・・なのだが。  あたしが瑛里華や桐葉と同じ肉体年齢に成長しても胸が大きくなる保証は無い。  もしかすると小さいままかもしれない。 「・・・まぁよい。あたしは今の身体が気に入っておるからな」  成長して胸が大きくならなかった時のショックを・・・考えたくはない。 「それにな、支倉も今のままで良いと言っておったしな」 「え、孝平が?」 「支倉君にそう言う特殊な性癖があったなんて知らなかったわ」 「そ、そうだったんだ・・・」 「なんだか酷い言われような気がするのだが」 「き、気のせいよ母様」 「そうよ、伽耶。被害妄想は良くないわ」 「・・・まぁよい。時はまだまだあるのだ。今を楽しもうじゃないか」  伊織や瑛里華に誘われて、学院生徒して過ごす今。  せめて、卒業するまで今のままで居よう、そう思う。  今日はあたしの誕生日、実家に帰る前に寮で級友と共に祝いの宴を開いて  もらった。  今だけしか一緒に居られない級友ではあるが、悪くはなかった。  ・・・いや、良い記憶になると思う。  だから、その級友達と、瑛里華と桐葉と、みんなとちゃんと卒業してみよう。 「私はそろそろあがるわね。冷えたワインが待ってるわ」 「バスタオルを捲いて腰に手を当ててワインを飲む、そんな姿を想像出来るわね」 「ちょっと紅瀬さん、そんなこと私がするわけないでしょ?」  桐葉と瑛里華の会話を聞きながら、あたしは残ってる酒をあおる。 「今年も良い誕生日だったな」  来年はどうだろう? 「・・・ふっ、心配する必要などないな」  未だに終わらない桐葉と瑛里華の言い合いを見てればわかる。  しばらくは忙しく楽しい日々が続きそうだ。  そう、来年の今日に続く、日々が。
5月17日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「禁句」  授業が終わり瑛里華と紅瀬さんと3人で生徒会の仕事をするために  監督生棟に向かっていた時だった。 「あら?」  監督生棟の入り口前の階段、その脇に紅瀬さんがしゃがみ込む。 「どうかしたの?」 「薔薇が咲いてるのよ」 「え、本当?」  瑛里華が紅瀬さんの所に歩み寄る、俺も一緒に見に行った。 「これ、薔薇なのか?」  そこに咲いている花は、小さく可憐で美しかったけど、どう見ても  薔薇のイメージにはつながらない。 「これは野薔薇よ」  俺は改めてその花を見る、花は白く、一つの茎からたくさんの花がついて  咲いている。 「別名ノイバラとも言うわ、これも立派な薔薇科よ。秋には実もなるし、その実は  薬にもなるのよ」 「へぇ」  瑛里華は感心していた。 「でもさ、なんでこんな所に咲いてるんだろう?」 「さぁ、種がどこからか運ばれてきたのでは無いかしら?」  あまり興味無さそうに紅瀬さんは答える。 「そういえば、昔兄さんがここに薔薇を植えようって話したことあったわね」 「そうだっけ?」 「えぇ、予算と手間の関係で征一郎さんに却下されてたけどね」 「違うぞ瑛里華!」 「ひゃぅ!」  瑛里華の後ろにいきなり現れたのは、会長こと千堂伊織さんだった。 「確かにあの時予算と手間の問題はあった! だがしかし、そんなことは俺にとって  些細なことでしかないのだよ!」 「っていうか、いきなり私の背後に現れないでよ!」 「実はね、薔薇はたくさん植える計画はあったんだ。でもその計画に致命的な問題が  発覚したのだよ」 「兄さん、話聞いてる?」  瑛里華の問いかけを無視して話を続ける会長。 「ほら、薔薇の館にはお姉さまが居ないといけないだろう?」 「・・・へ?」 「兄さん?」 「赤薔薇とか白薔薇とか黄薔薇とか、そう言うやつだよ!」  何を言ってるか意味が解らなくなってきた。 「伊織、戯言はその辺にしておけ」 「伽耶さん」  会長と一緒に来ていたらしい、東儀先輩と伽耶さんが階段を上がってきた。 「伊織、おまえが言う姉ならここに二人もいるではないか」 「えー、だって伽耶ちゃんは今は瑛里華の従姉なんだろう?」 「伽耶ちゃんっていうな!」 「だから、俺より年下の設定だろ? それに紅瀬ちゃんは姉っていうよりお・・・」 「伊織君?」  その瞬間、会長の動きが止まった。  一緒に居た伽耶さんがびくっと身体を震わせる。  瑛里華は一瞬にして距離を開けていた。  そして俺は、その様子を認識しながら、それ以上身体が動かなかった。 「好奇心もほどほどにしておかないと・・・どうなるか解るかしら?」  俺の元で屈んで野バラを見ているだけの紅瀬さんの発言が、恐ろしく感じる。 「は、ははは・・・猫をも殺す・・・であってらっしゃるでしょうか?」 「えぇ、そう言うこと」  そう言って立ち上がる紅瀬さんからはもう何も感じない。 「さぁ、今日の仕事を片づけてしまいましょう」  優雅に、堂々と紅瀬さんは監督生棟の中に入っていった。 「・・・」  誰も言葉を発せない 「俺・・・生まれて初めて死を感じたかも」 「あたしもだ・・・」 「・・・では行くとするか」  東儀先輩の一言で皆動きだす。 「・・・瑛里華、紅瀬さんにこの話をするのはやめような」 「えぇ・・・そうね。私も注意するわ」  紅瀬さんを怒らせてはいけない、それが今の生徒会の暗黙の了解となった。
12月2日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「if」 「起きたのか?」 「・・・伽耶」  どうやら私は強制睡眠に入ってたようだ。  眠る前の記憶があやふやだった。 「まったく、手間のかかる友人だな」 「私は・・・?」 「あぁ、誕生会の終わりに眠ってしまったのだよ」  誕生日の今日、みんなが私のために誕生会を開いてくれた。  いつものごっこ遊びは学園祭の時期と重なっていたためすぐには出来なかった。 「ん・・・伽耶の膝枕って気持ち良いわね」 「足がしびれてるのだ、いい加減起きないか」  私は伽耶の顔を見上げる。そこにあるのは伽耶の整った顔だった。  ありもしない”もしも”に心がざわめく。 「・・・」 「どうした?」 「・・・もう少し良いかしら」 「仕方がないやつだな」  伽耶がそっと私の髪を梳いてくれる。ざわめいた心が落ち着いてくるのがわかった。 「夢を・・・見たのよ」 「夢だと?」 「えぇ」  強制睡眠は深い眠り、今まで一度たりとも夢など見たことはなかったはず。  もしかすると覚えてないだけかもしれない。  けど、今日は何故か覚えていた。 「私がね、孝平と一緒に過ごしてた夢よ」 「それなら今と一緒ではないか」 「過去の時代の話ね・・・たぶん」 「たぶん?」 「えぇ、私はその夢の中で私ではなく、観客として見てたみたいなの」  私が出演してる劇を私が見る、そんな夢だった。 「夢の中の私が伽耶を見限って孝平と添い遂げてたわ」  伽耶の身体がびくっと震える。 「そんなこと絶対無いのにね、私が伽耶を見限るだなんて」 「そ、そうか・・・すまないな」  伽耶の身体から緊張が抜けるのがわかった。 「楽しい学園生活やその後の生活、夢の中の私は楽しそうだった。  でも、いつも何かに怯えてるように見えたの」 「あたしに怯えてるのだろうな」 「いいえ、違うわ。別れに怯えてるのよ。だって私は眷属、夢の中の  孝平は”人”のままだったわ」  今の孝平は瑛里華さんの眷属、私たち家族と同じ刻を生きる仲間。  だけど彼は最初から眷属であった訳ではなかった。 「これはもしかしてあった”もしも”の話なのかもしれないわね」  伽耶は黙って聞いている。 「そして何れ孝平は歳をとって最後にはこの世を去っていく。私は今の  年齢を維持したまま、それを見ていくしか出来ない・・・」 「最後は・・・どうなった?」 「私は自害したわ」  その言葉に伽耶はまた震える。 「もしかすると、そんな世界もあったのかもしれないわね」 「桐葉・・・」 「でも、大丈夫よ」  私は起きあがると伽耶を抱きしめる。 「私は伽耶を見限ることは絶対無いわ。大好きな友人と、大好きな家族と、  大好きな伽耶を変えてくれた大事な彼と、ずっと一緒よ」 「・・・ありがとう、桐葉」 「礼を言うのは私の方よ。伽耶、今日はありがとう」 「礼などいらぬ、あたしにとって大事な友人の誕生日を祝っただけだ」 「それでもよ、ありがとう」  伽耶の小さな身体を抱きしめる。  私は、私の生が続く限り、伽耶と一緒に生きる。それが私だから。

10月30日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「十三夜」 「よい月だな」 「そうね、伽耶」  俺の横に座る着物姿の伽耶さん、その隣に座る、こちらも同じく着物姿の紅瀬さん。  おもむろに夜空を見上げる。  市街より少し標高が高いこの千堂邸の縁側から見上げる夜空は広く綺麗で、  そしてそこには少しだけ欠けた月が浮かんでいた。 「でもなんで今日、月見なんですか?」 「なんだ、支倉。十三夜の事を知らぬのか?」 「十三夜? 十五夜なら知ってますけど・・・」 「十三夜、それは日本に古くから伝わる風習よ。一説によると昔の法皇がこの  月を愛した事から始まったとか、また昔の天皇が開いた宴の時の月がこの  十三夜だった事から始まったとか、言われてるわ」 「へぇ・・・」  そんな風習あったのか。 「片月見は縁起が良くないとも言われてたな」 「えぇ、そうね」 「片月見?」 「十五夜だけじゃ駄目なのよ」 「何か理由はあるのか?」 「さぁ、理由なんて知らないわ。ただ忌み嫌われる風習だったというだけよ」 「・・・そうだな」  伽耶さんのただの相づち、だけど何故かその言葉に重みを感じた。  昔はその風習が大事だったのだろう、良い風習も悪い風習も。  そんな時代に生まれ生きてきた二人だからこそ、今ではほとんど知られていない  この十三夜の月見もしているのだろう。 「良い月ね」  紅瀬さんのその言葉に、俺はまた夜空を見上げる。  満月から少しだけ欠けた月。 「・・・なんだか趣があって良いって感じてきたな」 「えぇ」 「・・・」 「伽耶さん? どうしたんですか?」  紅瀬さんと月を見上げていたら、伽耶さんがいつの間にかむすっとしていた。 「月を見るのは問題無い」 「なら問題ないじゃない」 「だがな、なんであたしが支倉と桐葉の間に座ってるのだ?」 「何か問題あるのかしら?」  紅瀬さんが聞き返す、確かに座ってる順番に何か問題があるようには思えない。 「おまえらの雰囲気をみてるとな、なんだかあたしが子供扱いされてるような  気がするのだ!」 「そんなこと無いわよ、伽耶」  そう言って伽耶さんの頭を撫でる紅瀬さん。  それって逆効果じゃないのか? 「だから、それが子供扱いだというのだっ!」 「たまにはいいじゃない、伽耶。可愛いわよ」 「可愛い言うなっ!」 「それじゃぁ、伽耶にゃん」 「伽耶にゃんいうなっ!」 「まったく、わがままな伽耶たん」 「そのたん禁止っ!」  なんだか話が危ない方向に進んでる、それだけはわかるけど俺には  止めように無かった。 「そ、それよりも伽耶さん。今日の着物似合ってますね。大人っぽくて」 「そうか? 大人っぽいか、そうかそうか」  心の中で思わず肩をなで下ろす。 「別に支倉の為に着た訳ではないぞ? 月見だから、その為だぞ?」 「はい、それでも似合ってますから」 「そうか」  なんとか機嫌を直すことに成功したようだ。 「風が出てきたわ、中に入りましょうか」 「そうだな」 「ほら、孝平も中に入りなさいな」 「あぁ、そろそろ戻るとするかな」 「戻る必要もなかろう、もう夜も遅いのだ、泊まっていくがよい」 「え? でもそれじゃぁ伽耶さんに迷惑をかけるのでは?」 「あたしが良いと言ってるのだ、文句あるか?」 「孝平はせっかくの好意を無下にするのかしら?」  そう言われると断れない。 「・・・お世話になります、伽耶さん、紅瀬さん」 「よし、桐葉。あれを出せ」 「伽耶ったら・・・ふふっ」 「桐葉、その含み笑いは何だ?」 「聞きたい? 孝平の前で言っていいのかしら?」 「何を言うつもりだったのだ?」 「そうね、伽耶が孝平の・・・」 「き、桐葉っ! 止めぬか!!」 「いいじゃない、ねぇ、孝平?」 「そこで俺に振らないでください・・・」  さっきまでしんみりとしてた十三夜の月見会は、一気に騒がしくなった。  そして振る舞われた”あれ”により翌朝3人そろって二日酔いとなり、俺と  紅瀬さんは「風邪」ということで学院を揃って欠席する事となった。 「ねぇ、孝平? 昨夜はお楽しみだったようね」 「え、瑛里華っ、とにかく落ち着け!」 「なんで私を誘わなかったのかしら?」 「紅瀬さんが誘ってたって言ってたぞ? これなかった瑛里華の都合じゃ  ないのか?」 「・・・紅瀬さんとは一度勝負をつけないといけないようね・・・  孝平がだれの物かをちゃんと教えてあげないといけないわね、ふふふっ」 「・・・」  あぁ、今夜は血の雨が降らなければいいなぁ・・・そう願わずにはいられなかった。

3月22日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「そんな春の一日」 「空が青いな」  あたしは離れの縁側に座って空を見上げていた。  今日は日曜日、授業も無いので特にすることもない。  瑛里華は支倉と共にどこかにでかけてしまい、桐葉はいつのまにか  寮から居なくなっていた。  他のクラスメイトとも時間が合わず、あたしは一人こうして離れで  過ごしている。 「・・・」  過去のあたしはこう言うときどうしてたのだろう?  上手く思い出せない。  それだけ今の生活に慣れてしまったからだろうか。 「こんにちは、伽耶」 「桐葉か、今までどうした?」  庭の外から和服姿の桐葉が歩いてくる。手に何かの包みをもって。 「どうしたって、ただの散歩よ。もしかして寂しかった?」 「そ、そんなことない」 「そうね、誘わなかったのは悪かったわ。ごめんなさいね」 「だから気にしておらぬ」 「ふふっ、私もお茶を飲もうかしら」 「桐葉、聞いているのか?」 「えぇ、伽耶。一緒にお茶しましょう」 「ったく、あたしの言うことを何も聞かぬな」 「えぇ」  桐葉は笑いながら玄関の方へと回っていった。  しばらくするとポットとゆのみをもって縁側に現れた。 「伽耶、おみやげがあるの。一緒に食べない?」 「土産?」 「えぇ、お団子を買ってきたのよ」  そう言って包みを開けて取り出したのは串団子だった。  団子の上にあんこがたくさんのっている。 「どうぞ、伽耶」 「あぁ、すまぬな」  あたしは串を一つ手に取る。 「・・・桐葉、この赤い団子はなんだ?」  そう、あんこの下にある団子は白じゃなくて赤かった。 「新発売だそうよ」 「こんな団子が新発売な訳なかろうに!」  おそらく桐葉の特注だろう、そしてその味はきっと辛いに決まってる。 「あら、きっと美味しいわよ」 「あたしは辛すぎるのは苦手だ」 「食べてみないとわからないわよ?」 「食べなくてもわかる!」 「・・・伽耶は親友の私の差し入れが食べれないのね」 「う゛・・・」  桐葉の表情が陰る。  それが演技だとわかっていても、そうされると心が痛む。 「・・・」  あたしは覚悟を決めて団子を口に運ぶ。 「・・・ん?」  襲ってくるはずの辛さはなく、甘くて美味だった。 「ふふっ」  陰ってた桐葉の顔が、笑顔になっている。  笑顔と言っても悪戯が成功したときの悪い笑顔だった。 「新発売のいちご団子よ。あんこと合うでしょう?」 「騙したな?」 「騙してなんていないわよ? 私は新発売だって言ったわ」  そう言いながら桐葉はもう一つの包みから団子を取り出す。  それは間違いないほど、赤い、いや、紅い。それ異常に赫い。 「ん・・・美味しいわ」 「そ、そうか。それはよかったな」  あたしはいちごの団子を口に運びながら、また空を見上げる。 「空が青いわね」 「そうだな、青いな・・・」  さっきと同じ空だったが、桐葉と見る空はさっきよりとても  澄んで青かった。 「ねぇ、伽耶。この後何か用事ある?」 「無いぞ」 「なら、散歩でも行きましょうか、寂しがらせたお詫びに」 「さ、寂しがってなどおらぬわ!」 「そう言うことにしておきましょうか」 「桐葉!」 「ふふっ。さぁ行きましょう、伽耶」  そう言って手を出す桐葉。  その手にあたしの手を重ねる。 「仕方がないな、桐葉が・・・」 「えぇ、どうしてもよ、伽耶」  あたしの言葉が言い終わらぬ前に先回りされてしまった。 「・・・では、参ろうか」  桐葉と結んだ手をあたしは話さずに縁側を後にする。  穏やかな春の一日だった。
11月21日  部屋の襖をそっと開ける。  薄暗い部屋の中にひかれてる布団の中で寝てるのは支倉君と伽耶。  いえ、旦那様と私の可愛い娘。  音を立てずにそっと近づく。 「ふふっ、二人とも可愛い寝顔」  別々の布団で寝ていたはずなのに、伽耶ったら旦那様の布団に潜り込んで  抱きついて眠っている。  私は無言のまま、携帯のカメラでこの光景を撮影する。  それからそっと二人を起こしにかかる。 「旦那様、伽耶。もう朝ですよ。起きてくださいませ」  そっと身体を揺する。  それでも二人とも起きない。 「旦那様、伽耶」  ・・・やっぱり起きない。  これは以外に手強いわね。こうなったら・・・  私は布団を持つと力を込めて取り上げる。 「ひゃぁ!」 「う・・・」 「目が覚めたかしら、二人とも。顔を洗って来てくださいね」  朝食の席。  私は注意深く味付けをした料理を机の上に用意した。  ご飯にみそ汁、生卵にあじの干物に浅漬けの御新香。  私の生まれた時代ではこんな豪華な朝食など見たことがなかった。  今の時代だと、これでも質素なのだろうとは思う。  でも、私にはこれしか作れないから・・・ 「どうぞ、召し上がれ」 「「いただきます」」  二人の声がはもる。 「・・・」  味覚が鈍い眷属である私は人に料理を作ることが出来ない。  同じ眷属である支倉君・・・いえ、旦那様にあわせた味付けなら  簡単だけど、ここには伽耶がいる。  伽耶にあの味付けは酷という物、だから私は本を読みながらその  味付けを真似してみた。 「・・・どう、かしら?」 「美味い、紅瀬さん」 「あぁ、良い味だぞ、桐葉」 「・・・二人とも、呼び方が違うわよ?」  ほっとした事を表に出さずに、呼び方を直させる。 「ほら、旦那様も伽耶も」 「・・・わかったよ、き・・・桐葉」 「仕方がないな・・・その・・・母上」 「良くできました、さぁ食事を再開しましょう」 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,               Appendix Episode「しあわせのかたち」  それは、私の誕生日から始まった。 「誕生日おめでとう、紅瀬さん!」  部屋に招待された私を待っていたのは、誕生日を祝うために集まった  家族、だった。  親友の伽耶、伽耶の娘の瑛里華さん、そして瑛里華さんの眷属の支倉君。  東儀さんもいた。驚いたことに伊織君もその場にいた。 「んー、紅瀬ちゃんのこの顔を見るだけでもここに来た甲斐はあったね」 「伊織、茶化すな」 「ほら、紅瀬さん。そんなところに立ってないで中に入って!」 「え、えぇ・・・」  私は促されるままに、部屋の中に入る。 「誕生日おめでとう、紅瀬さん!」 「まさか、この歳になって私の誕生日を祝われるとは思っても見なかったわ」 「何を言う、あたしの大事な親友だぞ? 祝わない訳がないじゃないか!」 「今まで祝ってくれなかったのに?」 「う゛・・・」 「もぅ、紅瀬さんったら照れ隠しに母様をいじめないでよ」 「照れてなんていないわ」 「説得力無いよ、紅瀬ちゃん」  確かに私は照れているのかもしれない。  でも、それ以上に嬉しかった。  こうしてみんなで何かを分かち合える事が出来た、その事実が。 「プレゼントだけどな、桐葉。あたしからはこれをあげよう」 「・・え?」  そういって伽耶が差し出した、というか支倉君の背中をおした。 「ちょっと待ってよ、母様。孝平は私のなのよ?」 「俺は瑛里華の持ち物か?」 「娘の物は母の物という諺があるの、知らないのか?」 「あるわけないでしょ!」  母と娘の漫才を見ながら、私は一つアイデアを思いついた。 「伽耶、私は別に支倉君、いらないわ」 「それはそれで傷つくんですけど・・・」  あら、支倉君も可愛いところあるのね。 「まぁ、支倉は冗談だけどな」 「あながち冗談ではないかもしれないわよ、伽耶」 「ん?」 「伽耶、それに支倉君、私の欲しい物、くれるかしら?」  そして、支倉君は私の旦那様役、伽耶は私たちの娘役で1日過ごす。  それが私の欲しいプレゼントになった。 「なぁ、母上。あたしと遊ぼう」  一生懸命に娘役を演じる伽耶。 「そうね、洗濯物が終わったら遊びましょう」  私は洗濯機を動かす。  本当は昔みたいに手で洗っても良かったのだが、せっかくの時間が  勿体ないから。  そう、1日しか無いのだから・・・ 「一番はじめは一宮♪」 「いっちばん、はじめは、いちのみやっ!」 「二は日光、東照宮♪」 「にーは、にっこー、とうしょうぐうー」 「三は讃岐の金比羅さん♪」 「さんっは、讃岐のっ! 金比羅さんっ!」 「桐葉はお手玉凄く上手だな、見とれちゃうくらいだよ」 「えっ?」  支倉君の言葉に思わずお手玉を落とす。 「もぅ、からかわないで」 「いや、からかってないよ。それに比べて伽耶ちゃんは・・・」 「う、うるさい! そんなに言うならはせ・・・父上もやってみてはどうだ?」 「よし、俺の腕前を見せてやろう!」  ・・・ 「二人とも、下手ね」 「うぅ・・・」 「こんなはずでは・・・」 「伽耶ちゃん、紙飛行機って知ってる?」 「馬鹿にするな、それくらい知ってるぞ?」 「それじゃぁ競争しようか?」 「受けて立つぞ」  若干会話が堅い気もするけど。 「二人ともちゃんと、親子してるじゃない」 「今のはあたしの方が飛んだぞ?」 「いや、俺の方が飛んだ!」 「大人げないぞ、父上?」 「う・・・それを言われると辛い」  そうしてあっという間に1日は過ぎていった。 「旦那様、伽耶をお風呂に入れてあげてくださいな」 「あぁ・・・って、ちょっとまった!」 「き、桐葉っ!」 「何?」 「さすがにそれはまずいんじゃないか?」 「そうだぞ、あたしがなんで」 「なんで? 父親が娘とお風呂に入るのに何か問題あるのかしら?」 「そ、それは幼い頃だけだろう?」 「旦那様、伽耶は幼いわよ?」 「・・・」 「・・・」 「旦那様、お風呂にはいってくださいな。伽耶、髪を洗ってもらいなさい」 「・・・」 「・・・」 「返事は?」 「「はい・・・」」  ふふっ、ちょっとやりすぎたかしら?  夕食も終わり、そろそろ寝る時間になってしまった。  私は寝室に3つの布団を敷く。  この布団に入って、眠りについて、朝になればいつもと同じ関係に戻って  しまう。  それが当たり前の関係。  ・・・出来るのなら、この幸せが続いて欲しかった。  だけど、それは敵わぬ望み。  私は人ではないのだから、人並みの幸せは望めない・・・ 「桐葉、伽耶さん眠っちゃったよ」 「あら、伽耶ったら・・・」  寝室に旦那様が伽耶を抱いて入ってきた。 「伽耶をここに」 「あぁ」  真ん中の布団に伽耶を寝かせる。 「ふふっ、凄く可愛い顔してるわね」 「あぁ、これが本当の伽耶さんなんだろうな」  嫌々受けた私の願い、だけど伽耶もまんざらじゃなかったようだ。 「・・・なぁ、紅瀬さん」 「桐葉よ」 「・・・桐葉」 「何でしょう、旦那様」 「・・・」  1日そう呼んできたのに、まだ照れてるのね。  私がそれを指摘するよりも先に支倉君が口を開いた。 「このプレゼントは桐葉のためというより、伽耶さんのために思えるんだけど  違うかい?」  私は軽く驚いてしまった。 「やっぱりな」  私は一度深呼吸してから、思ってることを伝えた。 「支倉君、私の幸せは伽耶が幸せになることなの。私にはそれしか望めないから」 「・・・違うな、桐葉」 「え?」 「伽耶さんの幸せは、みんなで幸せになることなんだよ。桐葉だけ伽耶さんに  幸せを押しつけちゃいけない」 「支倉君・・・」 「伊織先輩も東儀先輩も、瑛里華も桐葉も、そして俺も。  みんなで幸せになるのが、俺達の償いだから」 「・・・」 「だから、桐葉の幸せも見つけよう」 「・・・えぇ、わかったわ」  伽耶を変えてくれた支倉君。  そんな彼は私をも変えてくれようとしてくれる。  私と伽耶の幸せは、支倉君がきっともたらしてくれる、そう確信した瞬間だった。 「あの時の支倉君の言葉、今でも忘れられないわ」 「そう言われると恥ずかしいんですけど・・・」 「何を言う、支倉がそうさせたのだろう?」  2度目の修智館学院での学生生活、その中で迎えた私の誕生日。  週末を使って千堂家に帰り、今年も3人で過ごしている。  あれからどれくらい時がたったのだろう。  それでもあの時の思いは変わらずみんなで幸せに過ごしている。 「ところで支倉君。娘はいつもらってくれるのかしら?」 「ぶっ!」 「き、桐葉っ! いきなり何を言う!」 「そ、そうですよ。伽耶ちゃんは瑛里華の母親ということは俺にとって母でも  あるわけで!」 「そんなこと関係ないわ、私たちは法の外の存在なのだもの」 「・・・桐葉、娘であるあたしよりも、未婚の母である桐葉が先にもらわれる  べきじゃないのか?」 「か、伽耶っ!?」 「まんざらでもなさそうだな」 「も、もぅ、知らない!」 --- ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,            Appendix Episode Plus「しあわせのかたち-if-」 ANOTHER VIEW 孝平 「旦那様・・・いえ、支倉君。今日のお礼がしたいの」  後は布団に入って寝るだけの時間、桐葉がお礼をしたいと言い出した。 「お礼なんていいよ、もとより紅瀬さんの誕生日プレゼントなんだからさ。  それに、俺も楽しんだし」  遊び疲れて俺の横の布団で眠っている伽耶さん。  その楽しそうな寝顔をみれただけでも、紅瀬さんにつきあった甲斐が  あったものだ。 「紅瀬さんもそろそろ寝よ・・・って、ちょっと?」  俺が紅瀬さんの方に振り向いたとき、紅瀬さんは着ていた着物を脱いでいた。  すでに帯ははずされており前がはだけている。 「・・・」  制止すべき言葉が俺の口からは出てこない。  胸元の谷間、お腹の所に見える小さなくぼみと、そこからのなだらかなラインは  淡く黒い草原に続いている。  シュル・・・という音とともに紅瀬さんは一糸纏わぬ姿になった。  瑛里華がフランス人形だとすれば、紅瀬さんは日本の人形というべきか。  それほど美しく、人離れしていると思う。  俺の視線を受け、頬を赤らめながら紅瀬さんはその場に正座した。  俺はその様子をただ見ているだけだった。  大きな胸と、正座した、その足の付け根に目がいってしまう。  紅瀬さんは三つ指を立てて、頭を下げる。 「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」 「あ、いえ、こちらこそ・・・じゃないっ!」 「声が大きいわよ、伽耶が起きちゃうじゃない」  俺は慌てて自分の口をふさぐ。 「く、紅瀬さん、落ち着いて考えようよ」 「私は落ち着いてるわ」 「だからって何もそんなことしなくても・・・」 「支倉君、私がお礼をしたいと言ってるのよ。だから受け取って」 「な、なにを受け取るんだ」 「私の初めて」 「っ」  直球の言葉に俺の鼓動は早くなる。 「女がここまでしてるのに、恥をかかせる気なの?」 「でも・・・」  俺には瑛里華がいる、だから・・・ 「支倉君は今日だけは私の旦那様、今だけは私を見て・・・」 「桐葉・・・」 「お情けを、旦那様」 「・・・わかった、今の俺は桐葉の主人だからな。  でも、ごめん。愛せるのは今だけだ」 「いいのよ、それで・・・一夜限りで・・・」 「桐葉・・・」 「旦那様・・・」
10月19日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「思いはせて」  山の中を駆け抜ける。  全力で、でも追いかけてくる鬼に場所がわかるように。 「ふふっ」 「桐葉、どうした?」 「楽しいなって思ったのよ。またこうして一緒に走ることが出来て」 「・・・そうだな、あたしも楽しいぞ」  桐葉の策略で始まった鬼ごっこ。  最初はあたしへの当てつけかとおもったが、桐葉はそんなことはしない。  ただ単に、あたしと一緒に遊びたかっただけなのだろうと思う。  最初はただ桐葉につきあうだけと思って参加したのだが、こうして  桐葉と野山を駆ける事がこんなにも気持ちが良いとは思わなかった。 「ふふっ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ」  桐葉が楽しそうに、鬼を呼ぶ。  鬼である支倉はあたしたちに追いついて来ていない。 「ほら、伽耶も」 「あぁ、そうだな」  あたしも鬼を呼ぶことにしよう。 「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」  あたしにとってもう鬼なんてどうでもよかった。  ただこうして桐葉と走るだけなのに、この時間がずっと続けば良いと、  そう思った。 「桐葉?」  突然桐葉が走るのをやめて立ち止まる。 「ごめんなさい、伽耶。私はここまでのようね」 「桐葉、もしかして」 「えぇ・・・せっかく楽しい時間だったのに、ごめんなさい」  桐葉の身体が揺れ、倒れそうになる。 「桐葉っ!」  あたしは慌てて桐葉を抱き留める。 「伽耶だけでも逃げて」 「な、何を言う!」 「伽耶だけなら日没まで逃げ切れるわ。だから」 「駄目だ、逃げるなら桐葉も一緒だ」 「ありがとう、伽耶・・・」  その言葉を最後に桐葉は深い眠りについた。 「くそっ!」  人一人がこんなにも重いだなんて思わなかった。  力なら十分すぎるほど備わっているのに、上手く抱けない。 「このままでは支倉に追いつかれる」  支倉に捕まったら桐葉は今夜一晩好きにされてしまう。  勝負の上で決まったのならあたしも桐葉も諦めがつくだろう。  だが、これは勝負以前の問題だ。  その時、近くから気配を感じた。 「・・・追いつかれたか。桐葉、おまえはあたしが守るぞ」 「ふぅ、やっと追いついた・・・伽耶さん?」 「支倉、おまえに桐葉は渡さんぞ」 「・・・」  支倉はあたしたちをじっと見つめる。  明らかに逃げる方が不利の状況、せめて桐葉だけどこかに隠して  あたしがおとりになれば良かった、と今さらながらに思う。  こうなったらあたしが負けを認めて、桐葉だけでも・・・ 「ふぅ、伽耶さん、降参します」 「なに?」  両手を一度あげた支倉はその場に座り込んだ。 「さすが二人には敵いませんよ、俺はもうくたくたです」 「・・・」 「よし、休憩終わり。それじゃぁっと」  そう言って近づいてくる支倉。 「お、おい!」 「もう勝負はついてるから構わないでしょう」  そう言うと支倉は桐葉をそっと抱き上げた。 「それじゃぁ行きましょう、伽耶さん」 「あ、あぁ・・・」  支倉が桐葉を運んだのは、桐葉お気に入りの丘だった。  陽が傾いて来ているが、まだ日の入りまでもう少しの時間がある。 「よっと」  そっと桐葉を寝かせる支倉。 「それじゃぁ先に帰ってますね」 「・・・支倉はいてやらないのか?」 「えぇ、それは俺の仕事じゃなくて伽耶さんにお任せします。  それに、俺はこれから逃げるんですから」 「逃げるだと?」 「えぇ、今夜一晩逃げ切りますから」  それだけ言うと、支倉は歩いて去っていった。 「ん・・・」 「起きたか、桐葉」  あたしの膝の上で桐葉が目を覚ます。 「伽耶・・・ここは?」  倒れた場所と起きた場所が違うのに戸惑っているのだろう。 「伽耶、鬼ごっこは?」 「支倉が負けを認めて去っていったよ」 「支倉君が?」 「あぁ。降参だそうだ」 「・・・そう」  桐葉は身体を起こし、あたしの隣にすわる。  そして沈んでいく夕陽を見つめる。  あたしも同じように夕陽を見つめる。 「支倉君には借りができちゃったわね」 「あぁ、そうかもな」  支倉の紳士的な態度を思い出す。  これはあたしにも借りができてしまったな。 「でも、私たちの勝ちは勝ちよね」 「桐葉?」 「ふふっ、伽耶。支倉君を捜しましょう。私たちの勝ちなのだから  今夜一晩、好きにしましょう」 「・・・良い性格してるな、桐葉は」 「伊達に伽耶の親友じゃないわよ?」 「おい、それはどういう意味だ?」 「そう言う意味よ、伽耶」  なんだか納得行かない。この憤りは支倉にぶつけるとしよう。 「そうと決まれば支倉を捕まえるとするか」 「えぇ、私と伽耶にかかれば支倉君なんてあっという間よ。」 「そうだな、行くとするか」
10月16日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「鬼ごっこ」 「ねぇ、支倉君。時間あるかしら?」  談話室でくつろいでた休みの午後、今日は生徒会の仕事もないし  特に問題もないだろう。 「大丈夫だけど、何かあるの?」 「ゲームをしない?」 「ゲーム?」 「えぇ、鬼ごっこよ」  その言葉を聞いて俺は紅瀬さんの過去の事を思い出す。  といっても聞かされた程度の事しかしらないが、俺が生まれる以前から  永遠と続けられた鬼ごっこ・・・ 「大丈夫よ、支倉君」  どうやら俺の表情から何を考えてるか悟られたらしい。 「それに、支倉君は一つだけ勘違いしてるわ」 「勘違い?」 「えぇ、私も伽耶も、鬼ごっこという遊びは大好きなのよ」 「・・・そうか、なら俺も参加するかな」 「ありがとう、支倉君。それじゃぁ準備してくるから外で待ってて」  そう言うと紅瀬さんは女子フロアの方へと消えていった。  俺は一足先に外にでて、軽く身体をほぐす。 「鬼ごっこか・・・」  単純に身体を動かすのは久しぶりかもしれないな。  眷属としての能力を全て発揮するわけには行かないから、セーブすると  しても、気候が穏やかなこの時期の運動は気持ちがいいだろう。 「誘ってくれた紅瀬さんに感謝しなくっちゃな」  ・・・そう言えば、誰が参加するんだろう?  そう言う話は何も聞いてない。  紅瀬さんと俺だけだとすると鬼ごっこというよりただのおいかけっこに  ならないか? 「まぁ、待ってればわかるか」 「お待たせ、支倉君」  紅瀬さんが出てきた。 「待たせたな、支倉」  伽耶さんも一緒だった。それは想定の範囲だったが・・・ 「なんで二人ともその格好なの?」  体操着姿までは想定外だった。  いくら運動するとはいえ、体操着にブルマでは少し寒そうに見える。 「あら、運動するんだもの。この格好ほど適切な物はないわよ?」 「そうだぞ、支倉。おぬしこそ普段着のままでよいのか?」  俺はシャツにジーンズのラフな格好だ。運動するのに支障はない。 「大丈夫です、ただの鬼ごっこなんですから」 「そう? ならいいわ」 「それでは、ルールを説明するわ」  紅瀬さんが説明を始める。 「あれ? 瑛里華は誘わないんですか?」 「千堂さんは今日は街の方へ出かけてるわ。伊織君は何処にいるか  わからないわ」 「征一郎はこういう物には参加せんだろう。参加したとしても  あいつはあたしに遠慮してしまうからな」  言われてみればそうだな、と思う。 「それじゃぁ始めましょうか」 「支倉君、慌てないの。まだルールを説明してないわ」 「別に鬼ごっこくらい説明されるまでもないですよ。  鬼が他の人を捕まえればいいのだから」 「そうね、それじゃぁご褒美の事を説明すればいいのね」 「ご褒美?」 「えぇ・・・支倉君。貴方が勝ったら今夜、私たちを貴方の好きにしていいわ」 「・・・はい?」  言われたことがよくわからない。 「どういうこと?」 「そのままの意味よ、今夜私たちを好きにしていいわ」  思わず二人を見つめてしまう。  二人とも体操着姿、紅瀬さんの大きな胸が上着の下からこれでもかと主張  しているし、伽耶さんは・・・ 「むっ?」  いや、その、伽耶さんもその慎ましい綺麗な胸が、その・・・  そして二人とも足を露出している。 「その、好きにしていいって・・・」 「これ以上女に言わせるの?」  頬を赤らめる紅瀬さん。それに対して自信満々の顔をしてる伽耶さん。 「伽耶さんは自身ありそうですね」 「あぁ、あたしは負けるわけないからな。支倉、覚悟をしておいた方が良いぞ」 「・・・それって」  どういう意味、と聞こうとした俺だったが、その答えを先に紅瀬さんが説明  してくれた。 「私たちが勝てば、今夜私たちが支倉君を好きにするわ」 「・・・それって」  どう転んでも男の俺に都合が良い展開になる気がする。  普通はそう考えるだろう。  だが、これは普通じゃない。  確かにどっちに転んでも俺には良い展開しかかないように思える。  しかし、その展開は、後に瑛里華にばれたら・・・ 「伽耶、たまには私も追いかけられる立場が良いわ。一緒に逃げましょう」 「そうだな、支倉。ちゃんと追って来てあたし達を捕まえるんだぞ?」 「え? ちょっと待ってくださいって」 「それじゃぁ100数えたら追ってきてね、待ってるわ」 「では、行くとしようぞ」  その瞬間、二人が目の前から消えた。 「二人とも全力だしてるな〜」  ・・・思わず現実逃避したくなる。 「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」 「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」  俺の耳にかすかに聞こえてくる、鬼を招く言霊。 「・・・ふぅ、追いかける側の俺を逃がしてくれないのか」  結果はどうあれ、俺も本気の全力が出せるこの機会。  せっかくのゲームだ、結果はともかく今は楽しむとしよう!  俺は腰を軽く沈め、回りに誰もいない事を確認してから、ためた力を解放した。 「ねぇ、孝平。昨日はお楽しみだったんですって?」  翌朝、俺はいきなり瑛里華の訪問を受けていた。 「何があったのか、たっぷり聞かせてもらえるかしら?」  鬼ごっこは昨日終わったはずだった。  でも、俺の目の前に真の鬼がまだ残っていた・・・
9月21日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「秋空」 「伽耶さん、この後ちょっといいですか?」  昼食の席、支倉があたしに聞いてくる。 「構わないが、何かあるのか?」 「えぇ、ちょっと来て欲しい所があるんです」 「よかろう、食後の散歩がてらに行くとしよう」 「ありがとうございます、伽耶さん」  後かたづけをした後すぐに、あたし達は出かけた。  屋敷を出てすぐに山道を歩く。  この道は・・・千年泉の方へ向かう道だな。 「桐葉、何か聞いておるか?」 「いえ、私は何も・・・でも、あの二人の事だから何かあるわね」  あたしの前を歩く、支倉と瑛里華。  この二人の行動力には感心するときもあれば呆れるほどの、という時もある。  特に支倉。  あたしを変えた瑛里華の眷属。  家族の真の形を取り戻すきっかけを作った男。 「・・・」  気付くと目が追ってしまっている。 「伽耶、どうしたの?」 「・・・いや、なんでもない」  そう、なんでもないのだ。なんでも、ない・・・ 「・・・」  千年泉のほとりに立つ。  ついこの前までただの泉としか思ってなかった。  和解の時、支倉に聞かされたあの話。  それが本当なら、父様が眠られている、澄んだ泉。 「母様、こちらです」  瑛里華が手招きする。  あたしは感傷をふりきって、瑛里華の方へと向かう。そこにあった物は・・・ 「これは・・・何だ」  大きな石が立っていた。  ただあるのではなく、誰かがこの場所に縦に置かれた大きな石。  まるで、それは・・・ 「これはお墓です、伽耶さん」  支倉の声が遠くから聞こえたような気がした。 「誰の・・・」  聞かなくても理解してしまっているのがわかる。  そう、これは間違いなく・・・ 「稀仁さんのお墓です」 「父様の墓だって? だって父様はっ!」 「伽耶さん」 「っ!」  あたしは後ろから、支倉にそっと抱きしめられた。  温かい・・・まるで父様にそうされたように。  混乱しそうだった頭が落ち着いてくる。 「勝手にお墓を作ったのは謝ります、でもどうしても必要だと思ったんです」 「・・・何が必要なのだ?」 「伽耶さんが幸せになるために、です」  あたしが幸せになるために、父様の墓所が必要? 「逝く者が一番気にかかる未練、それは残した家族なんです。  稀仁さんも伽耶さんのために事前に準備をしたとはいえ、伽耶さんを残して  逝くことは後悔してると思います」  あたしは支倉の言葉を黙って聞く。 「それは、俺の中にある稀仁さんのかけらが教えてくれました」 「父様のかけら・・・」 「はい」 「・・・支倉、お主の中に父様はいるのか?」 「いません。でも、想いは受け継ぎました」 「父様の想い・・・」 「でも、それとは別に、支倉孝平の想いがあります。  俺は瑛里華と紅瀬さんと、会長も東儀先輩も。そして伽耶さん。  みんなで幸せに生きていくことです」 「あたしは、幸せにはなれない・・・」  そう、今までしてきた行いの報いを受けなくてはいけないのだから。 「それは俺が許しません」 「・・・何故支倉の許しが必要なのだ?」 「俺のわがままです」 「・・・」 「だから、俺のわがままに一生つきあってもらいますよ、伽耶さん」 「そうか、お主のわがままか・・・これは参ったな・・・」  視界が歪んでくるのがわかる。 「母様・・・私も母様と一緒に幸せになりたいの」  今まで黙っていた瑛里華があたしの正面から抱きしめてくる。 「伽耶、私たちも支倉くんのわがままにつきあってあげましょう」  桐葉も私を抱きしめる。  あたしは・・・あたしは・・・ 「・・・幸せになれるのだろうか?」 「なれるじゃない、なるんです」  あたしは3人に抱きしめられながら、空を仰いだ。  とても高くて青い空が広がってる。 「伽耶、別に我慢しなくてもいいのよ」 「我慢などしておらぬ・・・」 「母様・・・」  瑛里華の声はかすれていた。 「伽耶さん、良いんですよ。ここには家族しか居ないのですから」 「・・・支倉、済まぬが胸を借りるぞ」  ・  ・  ・  あれからどれだけの月日が流れただろうか。  気付けばあたしは学生をしている。  今だけしか分かり合えぬが、友と呼べる人も出来た。  同じ時を歩めない故に何れ別れねばならぬが・・・  でも、あたしには同じ時を歩んでくれる家族がいる。  あの時と同じように、父様の墓の前で空を仰ぐ。  とても高く、とても澄んでいる、青い秋の空。  そして目の前にある墓碑に向かってあたしは報告する。 「父様・・・あたしは今、幸せです」
8月25日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「リアライズ」  最近伽耶が変わってきた。  いや、変わったというのは間違っている。  元に戻ってきてると言うのが正しい、でもそう思えるのは私だけ。  そう、幸せだった幼少期を一緒に過ごした私だけが、そう思えるのだろう。  私は詳しいきっかけは聞いていない。  けど、支倉君が発案したという話は後から聞いた。  伽耶と、瑛里華さん達の仲直り。  結果は・・・言うまでもないわね。今の伽耶を見ればわかることだもの。  性格が歪んでしまった伽耶だけど、伽耶なりに家族を、母というものになろうと  がんばっている、その姿が昔に戻ったと私は感じた。  伽耶は強くなった。  そして、弱くもなった。  昔の、あのころの伽耶に戻ったとしても、歪んだ時を過ごした伽耶は消えない。  それどころかその時してきたことが今の伽耶に重荷としてのしかかっている。  いや、重荷どころじゃない。絶対下ろすことが出来ないそれは、癒えない深い  傷なのだ。  伽耶は良く悪夢を見る。  悪夢は決まって、今の伽耶の守りたい物を奪われる、昔の伽耶の手によって。  現実なら吸血鬼の伽耶に敵う相手はそういない。  でも、夢の中の、昔の伽耶には今の伽耶は敵わないだろう。  倒すことの、許すことも出来ない過去なのだから。  そのたびに伽耶は悲鳴を上げて飛び起きる。  瑛里華さんは伽耶を抱きしめて、落ち着かせる。  伊織君は、それが貴方の背負うべき罪だといって笑う。  でも、その笑い顔は、本心からではない、どちらかというとどうすればいいか  わからない、自分をあざ笑うものだということを私も瑛里華さんも知っていた。  それでも、伽耶は前に進もうとしている。  過去を振り返らないのではなく、過去を背負ったままで。  その姿は、私には見ていられなかった。  せめて、一緒に背負えれば良いのに・・・  その日の伽耶の悪夢は違った。  いつも夢の中での敵は過去の伽耶だった。  でも、今日は今の伽耶だった。  何か変化でも起きたのだろうか? 私は心配になり伽耶に話を聞くことにした。  伽耶の話を聞いて、私はそれが何なのかすぐに思いついた。  それは「恋」と呼ばれる感情だった。  そして、その相手は支倉君だった。  当たり前といえば当たり前だった。今の伽耶の回りにいる、家族以外の男性は  支倉君しかいない。  そして支倉君は伽耶を本気で叱ってくれた数少ない男性だった。  伽耶の父親である稀仁さんは優しい人だった。  生まれた伽耶を凄く可愛がっていた、少なくとも私は伽耶が叱られている所を  見たことがない。  言うべき事はちゃんと言っていたのだと思う、伽耶も素直で良い子だったから  一度言われたことは守っていたと思う。  だからこそ、本気で叱ってくれた支倉君に、興味をもってしまうのは自然の  流れだろう。そして一緒に暮らしていく内に興味は好意になっていく。  最初は父親の代わりを求めているのかと思った。  私はそう思った、年頃の女の子はそう言うこともあるそうだから。  伽耶もそうだったのかもしれない、でも最初はどうあれ今は支倉君に恋する  普通の女の子になっていた。  伽耶に、遅すぎる春がやってきたのだ、私はそれを嬉しく思う。  相手が娘の恋人とい所に、ちょっと問題があるかもしれないが・・・  とある日、瑛里華さんと支倉君はもう一度修智館学院に通うと言い出した。  伊織君と東儀さんが修智館学院へ編入したときからこうなるんじゃないかと  私は思っていた。  伽耶もそれを承諾し、新年度から二人は入学することになった。  その直後の伽耶の悪夢。  手に入らなければ奪えばいい、目の前から消えて無くなる前に奪え。  邪魔者は消せ・・・邪魔者は・・・  悪い兆候だった。せっかく良い方向に進んできているのに、このままでは  どこかで伽耶が壊れてしまう。  どうすればいいか私は考える。みんなで良い方向に進めるように。  そして・・・  作:朝月かすみ様 「似合ってるわよ、伽耶」 「そ、そうか? でもスカートの裾が短すぎやしないか?」 「まわりを見てご覧なさい、みんな同じスカートよ」 「そうは言っても、どうも欧風は落ち着かないのだ」 「だいじょうぶ、伽耶、可愛いから」 「き、桐葉、からかうでない!」  そう、私たちも修智館学院へ通うことにした。  みんなと一緒に楽しい生活を過ごす、そうすれば過去の伽耶を  乗り越えれるのではないだろうか?  そしてこの気持ちの問題に伽耶自身が向かい合い、そして乗り越えていけるのでは  ないだろうか。そう、思ったから。  この3年間で何かが変わる、そう、予感したから・・・  一つだけ誤算だったのは。  私も支倉君に・・・だったということだった。
8月24日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「わからない気持ち」 「伽耶さん」  そう言って笑いかけてくれるのは、瑛里華の眷属。 「駄目ですよ、伽耶さん」  そう言って苦笑いしているのは、瑛里華の眷属である・・・ 「俺だって、伽耶さんの家族ですよ」  そう言って、微笑んでくれるのは、瑛里華の眷属の男。  支倉孝平。  瑛里華が過剰反応した謎の男だった孝平。  ちょうど良い眷属候補だっただけの男。  瑛里華が渋ったので戯れに瑛里華に眷属にさせる為に、一度は手にかけた男。  なのに・・・ 「ほら、孝平ったら」 「あぁ、すまん」 「・・・」  あたしにむける微笑みより、もっと素敵な微笑みを瑛里華に向ける。 「ん? どうしたんですか、伽耶さん?」 「・・・」  同じ微笑みなのに、あたしに向けるそれは瑛里華のとは違う。  その事実が、胸を刺す痛みを伴う。  いらいらする、幸せそうな娘をみると暖かくなる心が、何故か冷たくなる。  もしかすると、これが娘を婿にとられる母親の気持ちというものなのだろうか?  そう、思おうとしても、あたしの中の何かが違うと否定する。  その何かがあたしに囁く。 「欲しいのなら奪えばいい、奪えなければ捨てればいい。  そう、今までのようにな・・・」  その何かは、深紅色の目をした、あたし自身で、その足下に胸を貫かれた瑛里華の  姿が横たわっていた。 「っ!!」  自分の悲鳴で目をさました。  上半身を起こし、荒い呼吸を整えようとする。 「あたしは・・・いったい・・・」  なんてことを・・・してしまったのだ! 「伽耶、どうしたの?」 「桐葉・・・あたしは、瑛里華を・・・この手で・・・」 「伽耶? 落ち着きなさい」 「あたしは!」 「伽耶!」  突然あたしの視界が遮られる。そして身体全部が暖かさに包まれる。 「き・・桐葉?」 「いいから、落ち着きなさい、伽耶」  そっと背中をなでてくれる桐葉の暖かさに、あたしは落ち着いた。 「そうだ、桐葉! 瑛里華は無事なのだな?」 「千堂さん? 今は部屋で寝てるはずだけど」 「本当なんだな?」 「自分の目で確かめる?」  あたしは頷き、桐葉と一緒に瑛里華の部屋へと行く。  扉をそっと開けると、瑛里華はベットの上で眠っていた。 「・・・よかった」 「伽耶、戻りましょう」 「あぁ」 「また夢を見たの?」 「そうなのだが・・・いつもと違っていたんだ。あたしにもよくわからない」 「聞いてもいい?」 「・・・」  話そうかどうか迷ったのだが、桐葉になら話しても大丈夫だろう。 「実はだな・・・」  ・  ・  ・ 「・・・そう」 「あたしは瑛里華を愛している、それなのに・・・」 「ねぇ、伽耶。それはね、貴方が普通の女の子になった証拠なのよ」 「あたしが、女の子に?」 「えぇ、年頃の女の子に良くある感情よ」 「・・・そんな事なかろう、娘の婿にあたしがそんな感情を持つ訳ないだろう」  そう否定するあたしを、桐葉は柔らかい笑みで見つめている。 「伽耶ったら可愛いわ」 「き、桐葉?」 「わかりやすいし」 「む・・・」  なんだか馬鹿にされた気がする。 「あ、あたしは孝平にそんな感情など持つわけがなかろう。瑛里華の婿なのだぞ?」  あたしはそう宣言する。  その時胸に感じた刺すような痛みは、消えなかった。 「伽耶、自分をもう騙さないでいいのよ」 「あ、あたしはあたしを騙してなんかいない!」 「声が大きいわ、伽耶」 「っ」  あたしは慌てて自分の口をふさぐ。 「とりあえず、今日はお休みなさい。なんなら一緒に寝る?」 「大丈夫だ!」 「そう、それじゃぁお休みなさい」 「桐葉!」 「・・・何?」 「その・・・ありがとう」 「どういたしまして、おやすみ、伽耶」  あたしはまた布団に潜り込む。 「・・・」  あたしが孝平にそのような感情を持つだと?  それはあり得ない、あたしが愛する殿方は父様だけなのだから。 「伽耶さん! 貴方のお父さんが今の貴方を見たらどう思うかわかりますか?  貴方は幸せにならないといけないんです!」  初めて父様以外の男に本気ではたかれた時のことを思い出す。 「父様・・・今のあたしは幸せです。でも・・・もっと幸せを求めても  良いのでしょうか?」  あたしのこの想いが今の幸せを壊すかもしれない・・・  今の幸せを失いたく無い、だからあたしは・・・ 「伽耶さん」  そう言ってほほえみかけてくれる、瑛里華の眷属である支倉孝平。 「あたしは・・・」  どうすればいいのだろう?   この気持ちも、この想いも、何処に行くのだろう? 「孝平・・・」  闇に落ちる前に、あたしが口にした名前は父様ではなく・・・  それに気付かないまま、あたしは眠りの闇に落ちていった。
6月22日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                 Extend Episode「パジャマパーティー」  寮の俺の部屋のベランダへ通じる窓。  昔から鍵をしていない。最初は真上の部屋からの訪問者の為。  そして今は・・・ 「孝平、やっほー!」  最愛の人の訪問の為。  なんだけど・・・ 「瑛里華?」 「あら、愛しい彼女の姿を見間違えるのかしら?」  そういって微笑む瑛里華の姿はいつもと違っていた。  ノースリーブの、紅いドレス・・・いわゆるチャイナドレスという物を  着ていた。  腰元のスリットがかなり高い位置にあって、そこから見える素足が  艶めかしい。 「見間違えはしないけど・・・見違える事はあるな」 「んふふ、お気に召したかしら?」 「千堂さん、いつまでもそこにいると邪魔よ?」 「あ、ごめんなさい」  瑛里華の後ろから聞こえた声に、瑛里華は道を空ける。 「こんばんは、お邪魔します」  そう言って入ってきたのは紅瀬さん。  いつものパンツルックなのは変わらないが、上着が瑛里華のと同じチャイナ  ドレスだった。  裾が腰元までしかない、上着だけのチャイナ服は瑛里華と対照的に蒼く、  綺麗な花の模様が描かれている。  思わず見とれてた俺に紅瀬さんは気付いたのか、顔を少し赤らめる。 「ほら、母様もいつまでも紅瀬さんの後ろに隠れてないで」 「え、瑛里華、せかすでない!」 「もぅ、ここまで来たんだから今更照れないの、ほら!」  いつの間にか紅瀬さんの背後に回ってた瑛里華は、その背後に居る人物を  俺の目の前に連れ出した。 「う・・・」  そういって困ったような恥ずかしがってるような、表情の伽耶さんが  俺の目の前に立った。  その伽耶さんもみんなと同じく、チャイナドレスを着ていた。  瑛里華とお揃いの色で、でも肩裾がちゃんとあるタイプで。  腰の裾は長く足下を覆っている、スリットは抑えめで、瑛里華のと比べると  いかにも子供用と言う感じのものだ。  瑛里華と違って、髪を少しまとめて二つのちっちゃなシニヨンがかわいらしい。 「その、な・・・瑛里華がどうしてもお揃いが良いというのでな、その・・・」 「大丈夫よ、伽耶。支倉君は見とれてるだけだから」 「そうなのか?」 「もぅ、妬けちゃうわね。でも母様もとっても可愛いからわかる気がするわ」 「え、瑛里華・・・」 「孝平、何か言ってあげないと母様固まったままよ?」 「・・・ところでなんでチャイナ服なんだ?」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「あれ? 俺何か変なこと言ったか?」 「そうよね、孝平だものね・・・」 「鈍感は美徳とは言えないわ」 「あ、あたしの、この緊張した気持ちは!!」 「・・・」  どうやら機嫌を損ねてしまったらしい・・・ 「通販サイトでね、可愛いチャイナ服のパジャマ見つけたのよ。  だからみんなでお揃いも良いねって」 「あたしは舶来ものは似合わんと何度も言ってるのだがな、瑛里華が  どうしてもと言うから」 「その割に着替えた後上機嫌で鏡の前に居たのは誰だったかしら?」 「き、桐葉!」  要するに新しいパジャマを買ったのでお披露目ということだった。  そして流れのままお茶会になる。 「でも、今日はお茶会というよりパジャマパーティーね」 「そうね、たまには良いわね」 「はむはむ」  変な返事が聞こえた方をみると、伽耶さんはおやつを食べるのに夢中だった。 「でも、パジャマパーティーに男の俺が居ても良いのか?」  それとも俺は男として見られてないのだろうか? 「・・・はぁ」  瑛里華のため息と 「・・・愚鈍」  紅瀬さんの冷たい視線と 「・・・」  伽耶さんはお菓子を食べ終わってお茶を飲んでいる所だった。 「?」  結局答えはもらえなかった。 「そろそろ消灯時間だからお開きだな」 「そうね・・・それじゃぁ紅瀬さん。後かたづけお願いね」 「えぇ、わかったわ」 「私はあれを取ってくるわ」 「あれって?」  俺が訪ねようとしたとき瑛里華はすでにベランダから外へと飛び出していた。  深いスリットから大胆に見える肌に俺は鼓動が早くなる。 「ただいま〜」  程なくして瑛里華は何かを抱えて戻ってきた。  それは毛布だった。 「今日はみんなで寝ましょう」 「え?」 「なによ、孝平は私たちと一緒に寝るのいやなの?」 「そんなことは無いけど・・みんなと?」 「そうよ、家族そろってみんなで寝るの、それだけよ?」 「・・・支倉君は若いわね」 「く、紅瀬さん!」  俺の勘違いを見事に指摘されてしまう・・・確かに俺はこの中では  一番若いけど、見た目はみんなと変わらないぞ? 「・・・ふぁ」  横で欠伸をしてる伽耶さんを見て思ったことを口に出しそうになって  飲み込む。俺だって命は惜しい。 「孝平は真ん中で私はこっち、母様はこっちね」 「うむ、桐葉、今日はあたしの横で寝てくれ。今度は孝平の横を譲ろう」 「えぇ、わかったわ」 「・・・あの、俺の意見って」 「何か問題ある?」  問題、ありまくりの気がするんですけど。  妙齢の美女が俺の横で寝るだなんて・・・一人だけ妙齢じゃない気が  するけど。 「む? 孝平、今不穏な考えを持たなかったか?」  ・・・鋭い。 「ほら、朝は早いんだからもう寝ましょう」 「そうだな、早寝早起きは健康に良いのだからな」 「日が昇るのと同時に起きるのは気持ち良いわよ?」  俺の意見など関係なく話と展開が進んでいく。 「おやすみなさい、みんな」 「おやすみ」 「おやすみなさい」  みんなの挨拶で会話は途切れた。 「・・・」  電気を落とした暗い部屋の中。  俺の横に瑛里華と伽耶さん、その向こうに紅瀬さん。 「・・・」  これはすごい拷問かもしれない、生殺しだ。  瑛里華と寝ることは良くあるが、その時はお互いの気持ちの高ぶりで  抱き合うことも多い。  だが、今日はそうするわけにも行かない。  伽耶さんも紅瀬さんも居るのだから・・・ 「っ!」  その時伽耶さんが俺に抱きついてきた、緊張が走る。 「・・・父様」  伽耶さんの寝言を聞いて、俺の緊張が溶ける。 「母様・・・孝平の事を父様って・・・」 「伽耶・・・」 「・・・紅瀬さん、もう少しこっちにこれる?」 「え?」  少し俺と伽耶さんと距離を取っていた紅瀬さんを誘う。 「俺じゃ役不足だけど、今夜は伽耶さんの父親になるよ。だから紅瀬さんも  こっちに来て一緒に寝よう。」 「・・・ありがとう、支倉君」  そういって伽耶さんの背中にそっとくっつく紅瀬さん。 「瑛里華もおいで」 「・・・うん」  伽耶さんが抱きつく反対側から瑛里華が抱きついてくる。  暖かい心が伝わってくる。 「おやすみ、瑛里華、紅瀬さん、そして伽耶さん。  良い夢をみんなで見よう」 「うん、おやすみなさい、孝平」 「支倉君・・・おやすみなさい」  家族そろっての夜は更けていく。  俺はみんなの暖かい心にふれながら眠りに落ちていく。  きっと良い夢が見れる、そう確信しながら・・・ 「俺だって家族なのになぁ」  翌日、伊織さんがいじけてたのは後の祭りだった。
6月20日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                  Extend Episode「しきたり」 「ふむ・・・征、これどう思う?」 「新聞部か・・・」  会長と東儀先輩が1枚の紙を挟んで思案している。  あまりに真剣な顔をしてるので気になる。 「会長、それなんですか?」 「あぁ、新聞部部長のインタビューだよ」 「正確には俺達生徒会をインタビューしたいという要望書だ」  後期課程初年度から生徒会で活躍している二人は確かに人気がある。  その二人の記事なら新聞部の発行する新聞もほとんどの女子生徒に  よまれるだろう。 「そのインタビュー、何か問題あるんですか?」 「たぶんね、俺の感だけどね。征、ケースEを考えておくか」 「そうだな・・・伊織に任せる」 「ケースイー?」 「あぁ、説明するより見てもらった方が早いだろう。インタビュー当日は  支倉くんも瑛里華も居てもらうことになるだろうしね」 「はぁ・・・」  たかがインタビューで何が起こるんだろうか?  約束の日、新聞部部長が一人で監督生室に訪れた。  初めて見た今の新聞部部長は女性の先輩だった。 「こんにちは、生徒会のみなさん、今日はインタビューを受けていただき  ありがとうございます」 「こんな美しい女性の頼みを断るなんて事は俺には出来ないだけさ」 「お世辞、お上手ですね」 「俺は思ったことしか言えないたちなんだけどね」  ・・・  二人の最初の挨拶だけで、何故か寒気を感じた。  部長さんも会長も何かを隠している、そのことに俺は気付いた。  インタビューは基本的に部長が会長に質問して答えを聞くという感じで  進んでいく、時折東儀先輩がフォローをいれるという流れだ。  俺は瑛里華と横で書類を片付けながら成り行きをだまって見ている。  そう、黙って。  会長に余計な口出しをしないように言われてるからだ。  念を押す会長の意図が今なら分かる気がする。 「ありがとうございました、今度の新聞の記事に採用させていただきます」 「良い記事になるといいね」 「はい」  俺の危惧したような何かが起こることも無く、インタビューは普通に終了した。  部長も持ってきた物を鞄の中にかたづける。 「ところで会長・・いえ、千堂君に個人的に聞きたいことがあるの。  いいかしら?」 「女性遍歴はノーコメントだよ? 一応イメージってものもあるしね」 「いえ、女性の事じゃなく男性のことですから・・・」  新聞部部長は一度深呼吸をしてから、話を切りだした。 「私の知る情報だと、今からかなり前の修智館学院の生徒会に、千堂君がいたと  いう記録があるの。名前も容姿も一緒、この不思議について聞きたいわ」  俺は思わず何かを言おうと口を開きかけて・・・結局声は出なかった。  会長に事前に黙っておくよう言われてた事もあるのだが、結局何を言えばいいのか  わからなかったというのが正しい。  瑛里華も一瞬書類整理の手を止めたものの、すぐに再開した。  俺もそれにならって仕事を再開する。 「んー、不思議については不思議としか言いように無いんだけどなぁ・・・  だってそのころの生徒会って俺が知ってるわけないし」 「そのころの生徒会のメンバーは千堂伊織会長、千堂瑛里華副会長、  東儀征一郎財務の3名です。  メンバー構成も役職も今と全く一緒なのは偶然だと思いますか?」 「・・・ふぅ、そこまで調べてあるならごまかしはきかないか。  出来れば他言無用でお願いしたいんだけどな」 「それは話の内容次第です」 「・・・キミにその覚悟があると?」 「私は・・・新聞部の部長としてもこの謎を、不思議を知りたいんです!」 「そうか、ならその熱意に敬意を払って教えれる範囲で良ければ教えよう」 「お願いします」  教えれる範囲? まさか吸血鬼って事を教えてこの人も? 「とは言っても俺もまだ全部は知らないんだけど、一言で言えば  「しきたり」だよ」 「しきたり?」 「あぁ、千堂家のしきたり。千堂家は名前を受け継いでいくしきたりがある。  長男は伊織、長女は瑛里華。だから俺の父上も千堂家を継いで結婚し、俺が  生まれて、そうして俺が伊織の名前を継いだんだ」 「・・・そうなると千堂君のお父さんの名前も」 「あぁ、俺が生まれるまで伊織だった」 「生まれるまで?」 「伊織の名前が継がれたら、初めてそこで本当の名前をもらえるそうだ。  だから俺にも本当の名前があるはずなんだが・・・まだ知らされてない」 「では、瑛里華さんの名前も?」 「そうだ、継いでいくのだがこっちは形式上のものだな。  次に千堂瑛里華の名前を継ぐのは俺が千堂家を継いで、そこで生まれた女の子だ。  だから、そこにいる瑛里華が子を産んでも瑛里華にはならない」 「結構無茶ですね」 「あぁ、俺もそう思うけど、それこそ旧家のしきたりなんだよ。  それで満足したかい?」 「えぇ、満足かどうかは別として、いきさつはわかりました。  あとは私自身が」 「それはやめてくれないか?」 「・・・何故でしょうか?」 「聡明なキミの事だ、きっとこの先もいろいろと調べていくだろう。  そのうち俺の知らないしきたりの事も調べ上げるだろう。  ただ・・・キミはしきたりを甘く見ている」 「私が甘い?」 「あぁ、しきたりはキミが言うように旧家の古い習慣、それ故に今の世界に  合わないような恐ろしい物でもあるんだよ。  そうだな、たとえば知ってしまった人を消すようなしきたりがあったり  するとなると、キミはどうする?」 「そ、そんな脅しは報道の自由の前では」 「脅しじゃないさ、ただの例えさ。実際俺の知る範囲での千堂家のしきたりに  外部の人を殺すような事は書かれていない」 「・・・外部の人?」 「それ以上は聞かない方がいい。千堂家の子供達は必ず男・女が一人ずつしか  生まれてないのも、まぁ、そういう理由かもしれないな」 「・・・」 「キミも珠津島に住むならわかると思う、この島を取り仕切っている東儀の  分家が千堂だ。それ故に深入りするとキミが酷い目に遭うだろう。  ・・・俺はそれが嫌なんだ」 「会長?」 「キミは俺が守りたい、学園の生徒なんだよ。俺が会長でいる以上、生徒全てが  俺の宝物だ。聡明なキミには、この意味が分かるだろう?」 「・・・えぇ」 「もしキミが千堂のしきたりの深いところに関わってしまったのなら、俺は  全力でキミを守ろう、そのためには千堂の名前も捨てよう。  だが・・・俺がそうしたら瑛里華が千堂に縛られてしまう」 「副会長が?」 「あぁ、瑛里華は最愛の妹だが、俺の守りたい学園の生徒でもある。  キミを守ることで瑛里華や他の生徒を守れなくなる・・・  俺はどうしたらいいんだ!」 「会長・・・私、自分の欲求の為に一人の人を」 「それ以上言わないでくれ、キミの欲求は報道に携わる物として正しい。  知る権利は誰にでもある。ただ、そのために誰かが犠牲になることが  あると言うことを覚えていてくれればいいんだよ」 「はい!」 「聡明なキミはきっと将来、この国を背負う敏腕記者になると思う。  だが、その裏側にあるいろんな事を見極めてくれるような人になって欲しい。  それが、俺の希望さ」 「わかりました、会長! 私、がんばって会長の期待にそえるような記者に  なって見せます!」 「そうか、ありがとう!」 「会長!」 「・・・そんな事実があったんですね」  新聞部部長が帰った後、俺は会長に聞いてみた。 「事実って何のことだい?」 「千堂家のしきたりの事ですけど・・・」 「あぁ、あれは全部でっちあげだよ」 「やっぱり」  さっきの部長の話じゃないが、以前の生徒会のメンバーは今のメンバーと  役職や構成などが全く同じなのだ。  誰かが気付く可能性も無い訳じゃない。 「そのための、しきたりを作っておいただけだ。千堂家が東儀家の分家という  事で同じしきたりを俺達の方でも使えるからな」 「でも、それで本当に納得できるんでしょうか?」  確かにさっきの会話の盛り上がりは異常な物があったけど、いくら会話だけで  本当に納得させられるんだろうか?  納得してもこの話が広まれば、やはり問題があるような気がする。 「孝平、大丈夫よ。さっきの部長さん、兄さんの催眠術にかかってるから。それも  吸血鬼の力を使っての、ね」 「え?」 「兄さんね、催眠術の研究をしてたのよ。吸血鬼の命令という特性を他に応用  できないか、ってね」 「まぁ、時間だけはたくさんあるからね」 「部長さん、ここでの会話は忘れたという訳じゃないけど、きっと誰にも  話さないわ。兄さんとの会話はずっと心に秘め続けるだけ。そういう暗示なのよ」 「俺達は無限の時間を過ごさないといけないからね、でも心は人なんだよ。  人と離れては生きていけない。そのための保険さ」 「先ほどのしきたりの話も実際戸籍上では行われている偽装だ。  だから今ここにいる千堂伊織・千堂瑛里華・東儀征一郎はあの時の3人の  子孫になっている」  ・・・ただ無限の時を過ごすだけと思っていたが、この発達した情報社会の  なかでとけ込んで生きて行くには生き辛い世界だったんだな。  今更ながらそのことに俺は気付いた。  そしてそのことをちゃんと自覚して生きているみんながすごいと思う。 「・・・あれ、そうなると俺はどうなってるんですか?」 「支倉君、聡明なキミなら知りたいことと知って良いことの区別は付くと  思うんだが、どうだい?」 「・・・そう言われると聞きたくないですね」 「じつはね、支倉君は捨て子なんだよ」 「聞きたくないっていってるのに何で話すんですか!」 「千堂家で拾った捨て子、それが支倉孝平君なんだよ。  名前はこっちで適当につけたという事で今の戸籍はあるんだよ」 「・・・」  勝手に捨て子になったショックもあるが、ちゃんと俺が今の世界で  生きていけるようにしてくれてた事を改めて実感する。 「会長、いえ、伊織さん。征一郎さんも瑛里華も、ありがとうございます」 「孝平・・・」 「誤ることはないさ、吸血鬼が生きていくための手段の中に眷属がいただけさ」 「それでもありがとうございます」  俺は深々と頭を下げた。 「ところで支倉君。そろそろ名前を変える気はないかい?」 「名前?」 「あぁ、瑛里華の婿になるってことだよ」 「ちょっと兄さん! 何言うのよ! 私は今のままでも」 「やはり今後のことを考えると、支倉君も千堂のしきたりの中に組み込んだ方が  良いだろう」 「兄さん・・・そこまで考えて」 「伊織、今思いついただろう?」 「うん♪」  ・・・  あ、瑛里華が顔をふせて震えてる。 「ちょっとでも感動した私が馬鹿だったわ」 「尊敬したかい?」 「するかっ!」  いつもの瑛里華の一撃に会長は星になった。  平和な1日だけど、それがとても貴重でありがたいものだと改めて  気付かされた出来事だった。
3月30日 ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re,                  Extend Episode「それぞれの夜」 ・それぞれの夜〜紅瀬桐葉編〜 「やぁ、紅瀬ちゃんじゃない」 「・・・なに?」 「いや、談話室で一人たそがれてるのが絵になったからね。  声をかけてしまっただけだよ」 「・・・そう」  一人談話室にいたのは事実。  いつも一緒にいる伽耶は、今は瑛里華さんの部屋に行っているから。  たまには親子水入らずも良いと思うから。 「それで、伊織君は何のようかしら?」 「いやね、瑛里華も伽耶ちゃんも俺を仲間にいれてくれないんだよ」 「・・・入りたかったの?」 「ご冗談、俺だってまだ死にたくないからね」 「そう」 「それで暇だったから散歩してたら絵になる美少女がいたわけだ。  そこに俺が加わればもっと良い絵になるだろう?」 「・・・」 「あら、否定しないのね」 「えぇ」 「ふっ、紅瀬ちゃんも変わってるね。いや、変わったと言うべきかな。  支倉君の影響で」 「っ」  私は彼の言葉に一瞬とはいえ、動揺してしまった。 「紅瀬ちゃん、あのゲームには本気で参加するのかい?」  ゲーム。それは先日伽耶が宣言した、支倉孝平君を奪い合うゲーム。  奪い合うといっても直接戦闘で、ではない。  いかに楽しい学園生活をおくり、よりよい思い出をたくさんつくった  方が勝ちという、ある意味平和的で、ある意味恐ろしい勝負だ。  伽耶が宣言して、瑛里華さんが参加して、そして私も参加を表明した。 「えぇ、参加するわ」  その返事を聞いて伊織君はふぅ、とため息をついた。 「まったく君たちは・・・」 「あきれた?」 「いや、ずるいなって思っただけさ」 「ずるい?」 「あぁ、俺のいない場所でそんなゲームを始めちゃってさ。  支倉君に最初に目を付けたのは俺だったのに」 「・・・確かに最近はそういう需要もあるようね」 「そうそう、俺の噂は征とだけじゃないしね」  楽しそうに笑う。同姓で噂されて楽しいものなのかしら? 「俺もゲームに参加しようかな」 「・・・好きにすればいいわ」 「うんうん、俺の予想通りの反応で嬉しいね。ちょっとむっとした  表情の紅瀬ちゃん可愛いよ」 「・・・」  別にむっとしたわけじゃない、けど・・・この感情は・・・ 「本当におもしろくなりそうだな」  ・・・私は返事をしなかった。 ・それぞれの夜〜千堂瑛里華編〜 「むぅ・・・この体制、納得いかない」 「しょうがないでしょう、母様。お風呂狭いんだから」  私の部屋の備え付けのお風呂に、なぜか母様と一緒に入ってる。  体格差を考えると、どうしても私が先に入って母様を体の前で  抱える形になってしまう。 「しかしなぁ、母は娘を抱きかかえて湯浴みをするものだろう?」 「そうはいってもこの広さで母様を先に入れたら私が入れません」 「むぅ・・・」  すねたような顔をする母様、でも本当はすねてない。  嬉しいんだって私にはわかる。  少し前まで考えられなかった家族との、母とのふれあい。  私の幼い頃には考えられなかった、母の愛を今私は一心にうけている。  普通の家庭では当たり前の事を私は今になってやっと手に入れる事が  できた。それがとても嬉しかった。 「・・・すまないな、瑛里華」 「え、なに?」 「その・・・ゲームのことだ」  ゲーム、それは母様の悪い癖の一つ。  永遠の時を生きる母様の娯楽としていろんなゲームを思いついて  実行してきた、時にはひどいものもあった。  和解してからは酷いゲームはなくなったのだが、先日孝平をかけての  ゲームを思いついて実行した。 「そのな・・・妾は疑ってる訳ではない。桐葉も瑛里華も孝平もずっと  妾といてくれる、信じているのだ」  本当の友人を理解せず、ゆがんだ形にとらわれた母様にとって、今の  家族と友人は真実。 「知ってしまった触れ合い、感じてしまった温もり・・・もっともっと  ほしくなってしまった、手放したくないのだよ・・・」  その気持ち・・・私だってそうだからよくわかる。 「あのとき・・・妾のことを本気で怒ってくれた。妾のことを本気で  心配してくれた。そして、妾のそばに本気でいてくれると言ってくれた  支倉孝平・・・気づいたら、妾の中に住み着いてしまった・・・」  それは・・・恋。長い間一人で生きてきた母様の初めての恋・・・ 「妾には桐葉がいるのにな・・・」  でも、紅瀬さんは同姓で、孝平は異性。 「その、瑛里華と孝平の関係を壊すつもりは、まったく無いのだぞ?  ・・・でも、その中に・・その・・・入っていければいいなぁ・・・と」  私の腕の中で小さくなる母様。  あの大きな存在だったと思ってた母様がこんなに小さい人だったなんて。 「・・・母様」  私の声にびくっと反応する。 「この勝負、受けてたつわ」 「瑛里華?」 「私は誰にも負けないわよ? 母様にも紅瀬さんにも」 「ふふっ、自身満々よの?」 「当たり前よ、孝平は私にめろめろですもの」 「そうか・・・それでこそ倒しがいがあるな」 「えぇ、でも私は手強いわよ?」 「・・・」 「母様?」 「ありがとう、瑛里華・・・」  私はその一言を聞いて、私は・・・ 「だって・・・母様も大好きだもの」  母様をはなすまいと、抱く腕に力を込める。 「瑛里華・・・妾も愛してる」 「母様、私も愛してます・・・」 ・それぞれの夜〜支倉孝平編〜  俺は寮の屋上に、外側から登っていった。  通常屋上への入り口は施錠されてるからだ。 「・・・」  俺は一人、仰向けになって寝っ転がって星空を眺めていた。  いや、星空の方を見ているだけでなにも見てないのかもしれない。 「・・・ふぅ」  会長のいたずらがあった入学式から始まって、伽耶さんのゲーム宣言。  2度目の学園生活は1度目よりも華やかに騒がしく始まったのだが。 「・・・はぁ」  忘れたはずの、摩耗したはずの記憶がここ数日何度もよみがえる。  それは、最初の学園生活を始めた頃の、まだ人として同じ時間を  過ごしてきた友人たちとの記憶の事・・・  ふとしたきっかけで、俺の目にいないはずの人が見えてしまう。 「先輩、お茶が入りました」  監督生室で、お茶をよく入れてくれた小さな少女。 「こら、こーへー。一人でテレビを占拠するとは何事だ!」 「孝平君、ボタンとれそうだよ、縫ってあげる」  談話室で、一緒に過ごした少女達。  悪友となった人や、これから死ぬまでずっと友人だと思った人達。  その全ての関係を俺は一度精算した。  精算するしかなかったのだ・・・ 「この時間は立入禁止のはずだが」 「東儀先輩!」 「どうした、支倉。こんなところで」 「東儀先輩も、こんな時間にどうしたんですか?」 「・・・ただの散歩だ」 「・・・俺もです」 「・・・」 「・・・」  俺と似たような状況の立場にいる東儀先輩。  だから聞いてみたくなった。  思い出さないんですか? と・・・ 「・・・支倉、生きている長さは関係ない」  俺は思わず起き出して東儀先輩を見る。  先輩は俺に背を向けて星空を仰いでいる。 「どんなに長生きだろうとだらだら生きていれば、輝きはない。  どんなに短かろうが、そのときを精一杯生きていれば、輝いている」 「・・・」 「俺達の生は、輝いているのだろうか・・・」 「東儀先輩・・・」 「支倉、白のことは気にするな。白は短かったが精一杯輝いて生きた」 「東儀先輩!!」 「あれは・・・不幸な事故だ。おまえが気にする必要はない。  過去に捕らわれるな。先へ進め」  言いたいことだけ伝えると、東儀先輩は屋上から去っていった。  東儀先輩・・・貴方は過去を乗り越えられたのですか?
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