FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1


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「瑛里華、この後の事だけど」 「ごめんなさい、孝平。ちょっと行かなくちゃ行けない所があるから今夜は」 「そっか、わかった。気をつけてな」 「ふふっ、私が何に気をつけるのかしら? 私が気をつけないといけないのは  孝平だけよ?」 「それ、どういう意味だ?」 「さぁて、ね」  冗談を言ってお互い笑いあう。  そんな幸せな時間。  だけど、これから行く場所は刻が止まった場所。  孝平には教えてない、私の罪がある場所。  その場所には・・・ ・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.0「罪と罰 序章」  修智館学院の裏山のはずれからいける、逆に言えば修智館学院を経由しないと  行けない、珠津島の地図に載っていない場所。  千堂本家。  私は定期的に本家へと戻る。  昔は母様に呼び出されて戻ることがあったが、今は別の理由だった。  周囲に注意し、気配を探る。 「・・・」  孝平はついてきていない。それを確認する。 「孝平にはこれ以上背負ってもらいたくないから・・・」  だって、これは私が背負わなくてはいけないことだから。  夜道を歩く、跳んだ方が速いのだがそうはしない。  万が一見つかる事も考慮して・・・は言い訳。  今の私が千堂本家に行くときの、心を落ち着かせるために時間をかけて  いるにすぎない。 「・・・」  道が開けた先に、千堂家の建物が見えた。  母様が寮に入っているので、今は維持に来てくれる東儀の使用人が日中  いるだけの、無人の家。  そのはずれに向かう、そこは昔私が閉じこめられていた離れがある。  今の私は自由だ、この部屋に閉じこめられては居ない。  だけど、心の一部はあの時からこの部屋に閉じこもっていた。  私は部屋に入り、奥の寝台に横たわっている人物に声をかける。 「こんばんは、白」  もちろん、返事はない。白は眠っているからだ。  部屋の窓を開けて空気の入れ換えをする。  そしてベットの横の椅子に座って白を見る。 「・・・」  白は死んではいない、でも生きているかどうかはわからない。  なだらかな胸はかすかに上下をしている、呼吸がある証拠だ。  だからといって生きてるかどうかの証明にはならない。 「・・・白、まだ目を覚ましてくれないの?」  そう問いかけても白は目を覚ましそうにはない。 「ごめんね、白・・・私・・・わたし・・・」  泣いてはいけない・・・けど、私の視界は滲んでいく。 「ごめんね・・・白」  今の私には謝ることしか出来ない。でも、それはただの自己満足。  ねぇ、白・・・私、ちゃんと貴方に謝りたい。  だからお願い・・・早く目を覚まして!  願いはむなしく、夜空に消えていった。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.1「罪と罰〜伽耶〜」 「くっ・・・」  千堂家のある山の裏に妾達は追いつめられていた。 「っ、たく・・・何処の何奴だよ、俺達を追いつめるだなんて」 「兄さん、母様・・・」  妾の横には伊織と瑛里華しかいない。  妾達の体制を整える為に孝平と桐葉は敵の目を引き受けている。  ・・・敵、そうだ。妾達の敵が妾達を襲ってきた。  一体誰が?  吸血鬼たる妾達に匹敵する戦闘力を持つのは間違いなく人ではない。  では「人ではない」者、では一体なんなのだ?  妾と同じ吸血鬼は今ここにいる伊織と瑛里華しかいないはずだ。  しかし、同じような存在がいないとは限らない。 「・・・静かになったな。ちょっと様子を見てくるか」 「兄さん、一人で大丈夫?」 「あぁ、俺なら大丈夫だ」  そういって伊織は跳んで行った。 「・・・母様」 「瑛里華・・・すまないな、守ってやれなくて」 「・・・いえ、私は大丈夫です。逆に母様を守ります」 「瑛里華・・・」  妾はどうなっても瑛里華と伊織は守ってやらないといけない。  それは母としての勤めだ。 「・・・兄さん、遅いわね」 「伊織・・・」  その時、視界の端に何か動く者があった。 「誰だ!」 「・・・瑛里華、伽耶さん」 「孝平!」  瑛里華の悲鳴が上がる。  そこには全身傷だらけの孝平が立っていた。 「逃げて・・・伊織さんが敵を引きつけてる内に・・・」 「孝平!」  瑛里華が孝平に駆け寄る。 「だ・・・だいじょうぶだ。もう少しすれば傷もふさがるだろう」  確かに眷属である孝平なら何れ傷もふさがるだろうが、失った  血液や体力の回復にはまだ若干時間がかかるだろう。 「瑛里華、孝平をつれてこっちへ」  その時瑛里華がはじき飛ばされた。 「え?」  はじき飛ばしたのは孝平。  そしてその孝平の左胸から・・・腕が生えていた。  背後からの一撃だった。  そしてそれは眷属であっても、致命的な一撃だった。  生えていた腕が抜かれ、その穴から大量の血液が噴き出す。 「いや・・・孝平・・・いやぁぁぁぁ!」 「瑛里華!」  孝平が目の前で殺されたのを見た瑛里華は錯乱してしまっている。 「瑛里華、早くこっちへ!」 「いやぁぁぁぁ!、孝平、孝平!!」 「瑛里華!」  妾が瑛里華の元へ向かおうとしたとき、瑛里華の正面に何かの影が潜り込む。 「っ!」  瑛里華の背中から先ほどと同じように腕が生えてきた。  先ほどと違うのは、その手に握られた蒼い珠。 「瑛里華っ!!」  私の叫び声をあざ笑うように、その珠が握りつぶされた。 「がはっ!」  瑛里華が大量の血を吐く。 「瑛里華!!」  蒼珠を抜かれた、それは吸血鬼としての力を奪われた事になる。  眷属でも吸血鬼でも無くなったそれは、人。  そして人は身体の中心に貫通する一撃を受けて、生きてはいられない・・・ 「母様・・・孝平・・・」  瑛里華はその場に崩れ落ちた。 「・・・ふっ」  誰かの笑う声が聞こえた。 「・・・おのれ、おのれっ!」  私は全ての力を込めて敵に向かう。  敵は私と同じくらいの体格のようだ、私より若干速く動いている。  そのため体格くらいしか判別できない。  だが、それで充分だ。  仇を打つ、ただそれだけのために妾の身体は突き動く。  その時一陣の風が吹いた。  夜空を覆っていた雲が少しだけ晴れた。  淡い月の明かりが一面を照らす。 「な・・・に?」  その月明かりに照らされた敵の姿、それは・・・ 「わら・・わ・・・なのか?」  鏡に映したように思えるほど妾そっくりの敵。  妾の驚きに敵は笑うと、目に止まらぬ速さで妾に迫ってくる。 「しまった!」  かわしきれない、そう思ったとき妾は誰かにはじき飛ばされた。 「ぐっ!」  地面にたたきつけられた妾はすぐに振り返ると・・・ 「ま・・・まさかな、俺が・・・」  身体の中央を腕に貫かれた伊織が・・・ 「い・・・伊織?」 「ふっ・・・俺もヤキがまわった・・・な」 「あ・・あぁ・・・やめろ・・・やめて・・・やめて!!」  妾の目の前で、伊織の蒼珠が砕け散る。 「何故だ・・・何故なんだ・・・」 「気にくわないからだ、そうだろう? 伽耶よ」  妾そっくりの敵は妾と同じ声でそう答えた。 「何故・・・」 「気にくわないのに理由などない、おまえがそうしてきたように」 「っ!」 「ふふふっ、はーはっはっはっ!」  妾そっくりの敵が笑う。  妾は・・・ 「っ!」  声にならない悲鳴をあげて妾は目を覚ました。 「はぁはぁはぁ・・・」  全身が悲鳴をあげてるようだった。寝間着が汗を吸収しきれないためか  肌触りが最悪だった。 「・・・」  落ち着いて周りを見回す、そこは今まで住んでいた部屋ではない。  妾がつくった学園の、学生寮の一室だった。  枕元にある携帯電話を慌てて手にとって、瑛里華に電話をかける。  何度かのコールの後に、相手がでた。 「もしもし・・・母様、こんな夜中にどうしたの?」 「瑛里華、無事なんだな?」 「・・・今そっちに行くわ」  そう言うと電話は切れた、そしてすぐにベランダに瑛里華の気配を感じる。 「瑛里華・・・無事だったんだな・・・」 「母様・・・また見たの?」 「・・・そのようだ」 「そっか・・・一緒に寝ましょうか」 「ありがとう、瑛里華・・・」  妾がしてきたこと。  瑛里華や伊織、孝平や桐葉が許してくれた事。  だからといってそのことが消えるわけではない。  妾が一生背負っていくそれは、罪と罰・・・ 「母様、私は何があっても母様の味方だからね」 「瑛里華・・・」  娘のはずの瑛里華に、妾は記憶にない母の面影を重ねて眠りにつく。  少なくとも今夜は、悪夢に苛まされる事はない、そう確信しながら・・・
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.2「罪と罰〜伊織〜」  放課後の監督生室。 「・・・また見たのか?」  監督生室に入った俺が最初に見た光景は、瑛里華の背中におぶさるように  抱きついてる母上の姿だった。  瑛里華は後ろから抱きつかれたまま、椅子にすわって書類を読んでいた。 「なんていうか、親って感じがしないよなぁ」 「う・・・」 「こら、兄さん。あんまり母様をいじめないの」 「おーおー、仲良くなったら母上の味方ばかりだよな、瑛里華」 「いいなじゃない、私は母様が大好きだもの」 「瑛里華・・・」  言葉だけ聞いてれば感動の場面かもしれない。  ただ、実際は背中に抱きついてるのが母上でそれをあやすようにしてるのが  娘という、立場が逆転してる光景だった。 「まぁ、いっか。母上、仕事の邪魔だけはしないでくれよ?」 「それくらいは弁えてるぞ」 「いや、すでに十分瑛里華の邪魔してる気がするんだが・・・」 「あら、私は邪魔だとは思ってないわよ?」 「瑛里華もこう申しておるぞ、伊織」 「はいはい」  俺は自分の椅子に座って目の前の書類をかたづけることから始めた。  今から数十年前。  俺達は母上と和解した。  きっかけは支倉君だった。いろいろと俺を楽しませてくれる支倉君が  まさか俺達家族を和解させるとは思っても見なかった。  これ以上東儀に迷惑がかからなくなるのならそれはそれで良いと思ったが  俺は「母」という存在とどう接すればいいかわからなかった。  今までは憎むことで接してきた女が母になったのだ。  和解してしばらくは俺もどうすればいいかわからない日々が続いた。  そんなある夜だった。 「なんだ?」  俺は大きな悲鳴で目が覚めた。  今まで聞いたことの無い悲鳴だった。  俺はすぐに悲鳴のする方向へ向かう、そしてその悲鳴の主は簡単に見つかった。  布団の上で瑛里華に抱きかかえられていた、母だった。 「だいじょうぶよ、母様。私はここにいるわ、どこにもいかないわ。  ほら、兄さんも無事よ」 「伊織、無事なんだな! 生きてるんだな!」 「あ、あぁ・・・だいじょうぶだ」  いつも簾の奥にいた、強い存在で憎むべき女が、瑛里華の腕の中に収まるほど  小さく、弱くなっているのを見て俺は驚いた。 「瑛里華・・・」 「兄さん、話は後で」 「・・・」  俺はそっと母上の部屋から去った。  母上が落ち着くまで数日かかった。  その後瑛里華が俺に顛末を話してくれた。  その内容は、悪夢だった。  俺達が母上の目の前で殺される、そんな夢だそうだ。 「ったく、夢の中だからって勝手に殺すなよ。俺がそんな簡単に殺されると  思ってるのか、あの女は・・・」 「兄さん・・・母様の夢の中で私たちを殺したのは、母様よ」 「なに?」 「ううん、正確に言えば母様と同じ姿形をした、吸血鬼よ」 「・・・そうか」  悪夢の正体は過去の自分なのだろうと、すぐに理解した。  あの女は、母になった。  今まで自分の気まぐれで奪うだけの存在が、今は守るべき人がいる存在になった。  守るべき人がいる、そういう立場になって初めて奪われる恐怖を知ったのだろう。  母上は生粋の吸血鬼。  他に同じ存在がいるかどうかはわからないが、母上が本気になれば俺達を  守ることは造作もないだろう。そのためには相手を殺す事もあるだろう。  しかし、過去の自分からは俺達を守れない。  過去の自分が今現れて俺達を殺すなんてあり得ない話だが、母上はそれを  夢として見てしまった。  そして知ったのだ。奪われる怖さを・・・ 「自業自得だな、今までそうしてきた報いを受けるときが来ただけの事さ・・・」  そう思いながら俺は笑った。 「兄さん・・・」  俺の顔を見て瑛里華の顔がゆがむ。  それは俺に対して怒ってる、わけではない。  きっと、悲しんでいるんだろう。瑛里華は俺の笑いの意味を理解したから。  俺は憎むことでしか母を感じることが出来なかった。  その俺が、もう母上を憎むことが出来なくなった。  俺はこれからどうやって母上に接すれば良いんだろう?  100年以上もそう過ごしてきた俺に、今更やり方を変えることなど出来ない。  どうすればいい? そんな俺自信が呆れた笑いだった。  伊達に長生きはしていない。  接し方なんていくらでもある、俺は今までと同じスタンスという仮面を  かぶることで俺自身を安定させることにした。  憎んでいるふりをして、でももう憎めなくて。  母上が過去の自分の行いに苦しんでいるのを、ただ見ることしかできなくて。  誰にも心の内を見せることなく、俺は一人で苦しむしかない。  それが、俺の生き方なのだろうから。 「しっかしまぁ、可愛くなったよね、伽耶ちゃんは」 「伊織、母に向かってちゃんづけはなんだ!」 「いいじゃない、母様。可愛いのは本当なんだし」 「え、瑛里華!」 「伽耶、ほめられてるんだから素直に受け取っておきなさい」 「ほ、ほめられてるのか?」 「んなわけないだろう、伽耶ちゃん」 「兄さん、母様をからかわないの!」 「へいへい、俺はちょっと職員との打ち合わせに行って来る」 「言ってこい、伊織、もどってこなくて良いぞ?」 「寂しがり屋の伽耶ちゃんのためにお菓子でも買ってこようか?」 「いーおーりー」  反撃を受ける前に部屋を後にする。 「・・・ま、いっか」  深く考えるのはまたの機会にしよう。俺にはまだ時間はたくさんあるのだから。  だから在学してる後2年は、おもいっきり楽しむことにしよう。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.3「罪と罰〜白〜」  伊織先輩と兄様が卒業してから、監督生室の人は減ってしまった。  新たに会長になった瑛里華先輩や副会長の支倉先輩が人材を捜そうと  思って何度かスカウトしているのだけど、長続きする方がいなかった。  瑛里華先輩目当てや支倉先輩目当ての人も何人かいらっしゃったのですが  お二人の関係を目の当たりにすると、あきらめて去って行かれました。  そして何より、吸血鬼の問題が、生徒会の増員を拒んでしまいます。  このことを隠しながら一緒に作業出来る方がいらっしゃらないのが現状です。 「このままでは来年一人になってしまいます・・・」  かといって無理に増員出来ずに、瑛里華先輩も支倉先輩も引退する時期を  越えて、生徒会活動に参加してくださっています。  そう、引退する時期を越えて手伝っていただいた先輩も、もうすぐ卒業。  卒業されてしまうと、いくらなんでも手伝いは無理。 「私は一人になってしまいます・・・」  そう、一人に・・・  それは遠くない将来に起きる確定した出来事。  伊織先輩と瑛里華先輩は吸血鬼で、支倉先輩と紅瀬先輩は眷属。  兄様ももしかして・・・ 「みんな私をおいて行ってしまわれるのでしょうか?」  口に出して、その事実に寒気を覚えた。 「私はどうすればいいのでしょうか?」  ・・・どうすればいいのかなんて、最初からわかっていることだった。  東儀の使命を全うすればいい。  そうすればみなさんとずっとずっと一緒にいられる。  ずっと友達でいられる、そして、一人になる事なんて無くなる。  なら・・・  私は瑛里華先輩に相談する事にした。  思えばこのとき、私は何かを焦っていたのかもしれない。  今となっては後悔も出来ない事ですけど・・・ 「瑛里華先輩、お願いがあります。私を眷属にしてください!」  監督生室に瑛里華先輩がやってくると、私はいつもお願いする。 「何度も言うけど、それは出来ない相談だわ」  そしていつも断られる。 「どうして駄目なんですか?」 「白は普通の人として生きていくのが一番なのよ? 眷属なんて  好んでなるものじゃないわ」 「私が私の希望で眷属になりたいと言っても駄目なんですか?」 「駄目よ」 「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」  支倉先輩はお茶をいれてもってきてくれた。  私ったら、お二人にお茶を出すことを忘れていたなんて・・・ 「ありがとうございます、支倉先輩」 「瑛里華も、ほら」 「ありがとう、孝平」  先輩が煎れてくれたお茶を飲む。  暖かい味がする。この味も先輩が卒業したら味わえなくなってしまう。 「支倉先輩、お願いします。支倉先輩から瑛里華先輩を説得して  いただけないでしょうか?」 「・・・白ちゃんが眷属にこだわる理由はわからないけど、俺に説得は  無理だな。これは瑛里華の問題なのだから」 「そういうこと、孝平に言われても私は白を眷属にするつもりはないわ」 「・・・私は眷属になりたいんです、そしてお二人と、みなさんとずっと一緒に  いたいんです。ずっとお友達でいたいんです」 「白ちゃん・・・」 「何も卒業してあえなくなる訳じゃないわ。しばらくは島内の大学に通うんだし」 「でも、瑛里華先輩」 「白!!」 「ひゃぁ!」  瑛里華先輩が大声で私の名前を呼ぶ。 「貴方は普通の人として人生を送って欲しいのよ。幸せに生きて欲しいの。  それが私と孝平と、兄さんと、そして誠一郎さんの願いなのよ?  それをどうしてわからないの?」 「・・・わかりません」 「白?」 「わからないって言ったんです!」 「白ちゃん?」 「瑛里華先輩が言う私の幸せって何なのでしょうか? 東儀の分家から結婚相手を  無理矢理決められて東儀家を存続させることが私の幸せなのでしょうか?」 「白・・・」 「あ。あぁ・・・ご、ごめんなさい!」  私は何を言ってるのだろう?  この場にいられなくなった私は監督生室を飛び出した。 「白ちゃんっ!」  後ろから支倉先輩の呼ぶ声が聞こえたけど、振り返ることは出来なかった。 「私は・・・一人になってしまった・・・」  瑛里華先輩を怒らせてしまった。  支倉先輩を困らせてしまった。  私は・・・わたしは・・・ 「私は・・・何処に行きたいの?」  どうすればいいの? 「・・・兄様」  今は卒業し、家に戻ってる兄様の顔を思い浮かべた。  この話をしたら兄様はどんなお顔をされるのだろう?  きっと・・・落胆されるかもしれない。  でも・・・兄様の顔を見たかった。  なんて言われても良い、兄様の声が聞きたかった。  気がつくと学院の外にいた。  どうやって門を抜けたのか覚えていない。  どこをどうあるいたのかも覚えていない。  でも、もうすぐ東儀の家につく事だけはわかる。 「・・・」  私は無言で歩みをすすめる。 「危ないっ!」  誰かの声が聞こえた。  誰の声だろう? 何が危ないんだろう?  そう思って声の方を振り返ろうとしたとき 「えっ?」  目の前に大きな何かがあって、その何かに吹き飛ばされた。  ゆっくりと私は宙を舞う。  私の目には大きく広がった、夕焼け空が見えた。 「白っ! 白っ!!」  大好きな人の私を呼ぶ声が聞こえる。  ・・・私は、この人に謝らないといけない。 「・・・」  声が出なかった。 「白、しっかりして! 白っ!」  ・・・これは罰なのかな、私のわがままの。  視界がぼやけてくる。  兄様、伊織先輩、瑛里華先輩・・・支倉先輩・・・  支倉先輩の顔が浮かんだのを最後に、私は何も考えれなくなった。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.4「罪と罰〜瑛里華〜」 「白ちゃん!」  孝平が呼び止める声にも振り返らず、白は監督生室から駆けだしていった。  私はそれを見てることしかできなかった。 「・・・ふぅ、仕方がないわね。今日は二人で仕事を片付けちゃいましょう」 「・・・」 「孝平?」 「今日はやめにしよう」 「え? 何言ってるのよ。今日の仕事を片づけないと明日が大変よ?」 「それはそうだけど、瑛里華。仕事に手がつかないだろう?」 「う・・・」  確かに、さっきのことで仕事に手がつかないかもしれない。 「それにさ、瑛里華は追いかけたそうな顔をしてる」 「え?」  私が? 白を追いかけたい?  でも、追いかけて・・・どうすればいいの? 「あのさ、瑛里華。白ちゃんの幸せってなんだろうな」 「それはもちろん・・・」 「俺にはわからない」  私の答えを遮るように孝平はそう答えた。 「だってさ、俺は白ちゃんじゃないからな」 「当たり前じゃない、孝平は孝平、白は白・・・」 「そう言うこと」  孝平の言いたいことがわかった。  私は私の幸せを白に押しつけていただけなのかもしれない。  征一郎さんや兄さんが大事にしてきた白ちゃん。  その二人の願いを白の幸せだと、私は思いこんでいた。 「孝平・・・ありがとう」 「わかったら瑛里華がすることは一つだよな」 「えぇ、行って来るわ!」  私は監督生室を飛び出した。 ANOTHER VIEW 支倉孝平 「まさに突撃副会長・・・いや、突撃会長だな」  瑛里華が出ていった扉を見て、俺はそう思う。 「・・・でも、眷属になりたいっていう、白ちゃんの願いが  正しいかどうかは別だよな」  瑛里華の前で言えなかった言葉だった。 「・・・それよりも」  俺は机の上に散らばった書類を見てため息をついた。 「やっぱり、少しでも終わらせておくべきか・・・」  このとき俺が一緒に白ちゃんを追いかけなかったことは  後悔することになった・・・ ANOTHER VIEW END  全力を出して走りたい。  でもそれをするわけにはいかないから、人として走れる早さで走る。  その早さがもどかしい。  私は寮の白の部屋に行く。 「白、いる?」  ノックしながら白に訪ねるけど返事はない。  思い切ってドアノブをひねると扉は簡単に開いた。 「いない・・・どこにいったのかしら」  教室棟も捜したけど何処にもいない。 「白・・・どこなの?」 「あ、千堂さん。そんなにあわててどうしたの?」  美化委員会の活動をしている悠木さんが声をかけてくる。 「悠木さん! 白を見なかった?」 「せ、千堂さん落ち着いて」  私は気付くと悠木さんに肉薄するように近づいていた。 「あ、ごめんなさい・・・ちょっと急いでいるので」 「白ちゃんならさっき見かけたけど、様子が変だったかな?」 「変?」 「うん、ふらふらしてるような感じで、私が声をかけても  だいじょうぶです、としか言わなくて・・・」 「それで白は?」 「門の方へ歩いていったけど、何かあったの?」 「事情は後で説明するわ、ありがとう、悠木さん!」  私は正門へと走った。  私は外へ出て走った。目的地は東儀家。  白は兄に呼ばれたという事で特別外出をしたらしい。  本来はあり得ない事だった。  外出には事前に許可が必要であり、急であっても職員室へ行かなくては  許可は出ない。  だが、白は「東儀」だった。  この珠津島で「東儀」は特別な家系。その東儀の当主に呼ばれたとなれば  特例も認められるかもしれない。 「でもなぜ?」  白はそこまでして東儀家へ行く理由があるのだろうか? 「・・・っ、もしかして兄さん?」  卒業してから兄さんは東儀の家にいることが多かった。  その兄さんに眷属にしてもらう為に? 「・・・そうよね、決めつけるのはまだ早いわ」  まずは白に会って、ちゃんと話をしないと・・・・  もうすぐ東儀家へとつながる道に入る直前に白を見つけた。  道の端をふらふらと歩いていた。  そのとき、私のすぐ横をトラックが通り抜けていく。 「白!」  白はふらふらしながら、そのトラックの目の前に歩みを進める。 「危ない!」  私は全速力で、セーブしていた力すべてを解放して白に向かう。  「えっ?」 「白っ!!」  私の手は白に届かなかった。  まるでスローモーションの用に白はゆっくりと宙を舞う。 「白っ!!!」  地面にたたきつけられる前に、白を抱きかかえる。 「白っ! 白っ!!」  白をそっと抱きかかえながら呼びかける。 「・・・」  白の口がそっと動くけど、あの綺麗な声は聞こえなかった。 「白、しっかりして! 白っ!」  開いていた白の目が閉じられる。 「嫌・・・いやっ! 白、目を覚まして!!、白っ!!」
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.5「罪と罰〜征一郎〜壱」 「何だと?」  俺は自室でその知らせを受けた。  白が交通事故にあった、と。  頭の中が真っ白になる、だがそれは一瞬のこと。  冷静に状況を判断し始める。  なぜ学院にいるはずの白が交通事故にあうのだろうか。  それは白が外出をしたから・・・ 「そんなことよりも」  思考しようとする意識を総動員して、止める。  どちらにしろ、ここで考えるだけ無駄だ。  まずは白に会わなくては! 「瑛里華」 「征一郎さん・・・ごめんなさい、私・・・私・・・」 「落ち着け、瑛里華。何があったんだ?」 「ごめんなさい、助けられなかった・・・」 「瑛里華?」 「征」 「・・・伊織」  瑛里華の横には伊織がいた。そのことに気付かなかった。 「俺が詳しく話そう」 「・・・あぁ、頼む」  伊織は瑛里華をなだめながら、事の顛末を語ってくれた。  白が学院から外出したこと。  その目的は東儀家に帰ること。  その帰り道に事故にあったこと。  白を追いかけてきた瑛里華は目の前で白が轢かれるのを見たそうだ。  吸血鬼の身体能力をもってしても助けれない距離だったそうだ。 「・・・そうか」  今の話を聞く限りだと、白の不注意が原因だった。  ならば、この結果も白の招いたこと。 「・・・」  俺は眼鏡のフレームを手で押し上げる。  そう、白の不注意の結果なのだ。だから・・・ 「・・・」  だから、何なのだ? 「征・・・白が家に帰ろうとした理由、わかるか?」 「・・・わからない」 「そうか。実はな、数日前だが白ちゃんは隠れて俺の所に来たんだ」 「何?」 「どうすれば瑛里華の眷属になれるのか、って聞きに来たんだ」 「眷属・・・だと?」  白が眷属に? なぜだ?  今更瑛里華の眷属になる理由など全くないはずだ。  瑛里華は支倉という眷属を得て、今は自由の身。だから白が眷属に  なる理由など何処にもない。  伽耶様も白は普通に生きて良いと仰ってくれた。  東儀のしきたりの事もあるが、普通に生きて普通に嫁いで、そして  普通の幸せを得るはず、なのに・・・ 「白ちゃんが眷属になりたがる理由は俺にはわからないが、白ちゃんの  決意は本物だった」 「・・・」  俺は考えがまとまらず返事が出来なかった。 「私が・・・眷属にしてあげれば事故にはあわなかった」 「瑛里華?」 「私が・・・私が白を」 「それは違う、瑛里華」 「征一郎さん?」 「白の事故は、不慮の事故だ。瑛里華のせいじゃない」 「でも!」 「瑛里華、まずは落ち着け。白ちゃんが助からない訳じゃないんだから」  伊織が瑛里華をなだめてる時、医師が俺達の前に現れた。 「多臓器不全・・・」  白は集中治療室に移され、治療を受けている。  車に轢かれた外傷は全くないそうだ。轢かれた衝撃で地面に叩きつけられる  前に瑛里華が抱き留めてくれたおかげだろう。  だが、身体が受けた衝撃はかなりの物だった。 「今は肺だけらしいが、他の臓器も機能が低下し始めてるそうだ」  ショックにより急性循環不全。 「このままだと意識も戻らずに遠くない将来、死に至る」  伊織の言葉が俺に冷たく刺さってくる。 「どうする、征?」 「・・・」  伊織の言いたいことはすぐに理解した。  今の白を助ける方法は現代医学では無理だ。普通の状態なら死を待つしかない。  だが・・・ 「ここには不死の化け物がいる。そう言うことだ」 「・・・」  俺はどう答えればいい?  今回の事故は白の不注意が招いた事だ。その結果死に至るのならそれも白の  招いた結果だ。 「・・・」 「征一郎さん、兄さん。白を・・・私が白を殺すわ」 「瑛里華?」 「私が白を眷属にする」 「っ!」  瑛里華の顔を見た俺は声が出せなかった。  その顔に浮かんだ決意の表情。怒りと悲しみと、嘆きと・・・  言葉に出来ない負の感情。それが混じり合ってるようだった。 「瑛里華、おまえはもう一人背負えるのか?」 「正直わからないわ。後で白に恨まれるかもと思うと身体が震えてくるもの。  でも・・・私はもう一度白と話がしたい。ちゃんと話を聞きたいの。  私は、白の幸せをちゃんと知りたい。でないと、私は先に進めないの!」 「瑛里華・・・」 「・・・」 「だから、私が白を眷属にする、私の意志で白を殺す」  瑛里華の目はすでに紅く輝いている。 「・・・」  ここまで来て俺はまだ迷っているのか?  白の事をすべて瑛里華に背負わせるのか? 「・・・すまない、瑛里華。白を頼んでも良いか?」 「・・・ごめんなさい、征一郎さん。白をこんな目に遭わせて」 「瑛里華が謝ることじゃない。目が覚めたら俺がちゃんと白を叱ろう」 「そうね、私も怒ろうかしら」 「・・・瑛里華、急ごう。白ちゃんの容態はいつ悪化してもおかしくない。  征、おまえは東儀家での受け入れの体制を」 「あぁ、わかった。伊織、瑛里華。あとは頼む」
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.6「罪と罰〜孝平〜」  監督生室で一人仕事をしている俺に電話がかかってきたのは  白ちゃんと瑛里華が出てからかなりの時間がたっていた。  てっきり瑛里華からかとおもったのだが、ディスプレイに表示された  名前は「千堂伊織」だった。  めすらしいな、伊織さんからだなんて。  俺は電話にでる。 「もしもし」 「支倉君、簡潔に言おう。白ちゃんが交通事故にあった」 「え?」 「・・・意識不明の重体だ」 「そ、そんな・・・白ちゃんは今どこに!」 「病院の集中治療室だ。今は征と・・・瑛里華がついている」 「俺も行きます」 「駄目だ」 「どうしてですか!」  俺は怒鳴り返す。 「支倉君、瑛里華は白ちゃんの事故を目撃してしまった」 「瑛里華が?」 「あぁ・・・目撃したのだが助けられなかったそうだ。  この意味わかるかい?」  事故を目撃して、助けられなかった。  瑛里華のことだ、人目を気にせず吸血鬼としての力を使った事だろう  それでも間に合わなかったとすれば・・・ 「たぶん、支倉君の思ってる通りだ。瑛里華は自分を責めている」 「瑛里華・・・」  直前の白ちゃんとのやりとりを俺は知っている。  それ故に、ちゃんと白ちゃんと話が出来なかった瑛里華の心境は・・・ 「そこでだ、支倉君。このことは学院にも連絡が行くだろう。  その事をお願い出来るかい?」 「・・・」  言いたいことはわかる。白ちゃんが交通事故にあった事を聞けば  クラスメイトやいろんな人が心配するだろう。  そのとき関係者が誰もいない状態では、みんなの心配は何処に向かうのか。 「正直に言おう、瑛里華もしばらく使い物にならない。だから学院を  休ませるつもりだ」 「・・・わかりました、俺は学院に残ります」 「すまないね、支倉君」 「いえ、伊織さん。瑛里華と白ちゃんがいない学院、俺が守ります」 「あぁ、頼んだよ」  電話が切れた。  夜の監督生室が突然静かになってしまった気がした。  電話が鳴る前も今も一人でいることには変わらない。なのに・・・ 「白ちゃん・・・」  俺は白ちゃんの笑顔を思い浮かべる、それは簡単だった。  だっていつも笑顔でいてくれていたから。  その笑顔が失われたと思うと、俺の胸の中に黒い空洞が生まれた。 「くっ!」  その冷たさに俺はうずくまる、そう、あの時胸を貫かれたときと  同じ感触に・・・ 「まだ、白ちゃんが死んだ訳じゃないんだ、だいじょうぶさ、きっと」  それが楽観的な考えだということは俺自身が一番よくわかっている。 「それに、瑛里華がいるなら・・・いるなら何なんだ?」  眷属にすればいい・・・ 「っ!」  その考えに、俺は戦慄した。  何を考えてるんだ、俺は! 確かに白ちゃんは眷属になることを望んで  いたじゃないか、だからといって眷属にして良いという訳じゃない。 「・・・瑛里華」  そのとき気付いた。当たり前だが俺には人を眷属にする能力は無い。  しかし、それを持つ者が今の状態を目の前にしたら・・・ 「俺は・・・瑛里華の笑顔をまた失うのか?」  翌日は大変だった。  白ちゃんが事故にあって入院してることはすぐに伝わった。  情報を求めて、監督生室前に生徒がたくさん集まってくる。  俺は、その対応に追われた。 「公式に発表されてること以外今はなにも情報はありません」 「支倉先輩! お見舞いには行けないんですか!」 「・・・集中治療室の中だから、会うことは出来ない」 「せめて病院まで」 「駄目だ、東儀家からそう、言われてる」 「先輩はなんとも思わないんですか!」 「・・・」 「あ、先輩・・・その、ごめんなさい」 「いや、いいんだ。俺はこうしてここにいることしか出来ないんだから」 「お疲れさま、今お茶いれるわね」 「・・・ありがとう、陽菜」  人手がいなくなってしまった監督生室に陽菜が心配しに来てくれた。 「・・・」  俺は手近な椅子に座ると背もたれに寄りかかる。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」  俺は陽菜が煎れてくれたお茶を飲む。 「・・・ねぇ、孝平君。自分を責めちゃ駄目だよ」 「そんなことしないさ」  だって俺は何もしていないし・・・何も出来なかったんだから。  そう、あの時瑛里華と一緒に白ちゃんを探しに行っていればもしかして・・・ 「・・・孝平君」  陽菜が悲しい顔をする。 「・・・」 「瑛里華さん、ごめんなさい」  陽菜がそう言うと・・・ 「えっ?」  俺は陽菜の胸に抱かれていた。 「私じゃ何もしてあげれない・・・けど、今の孝平君を見ているのは辛いよ・・・  だから・・・今だけでいいから、泣いてもいいよ」 「陽菜・・・」  俺は陽菜の背中に両腕を回す。 「ごめんな、陽菜。ちょっとだけ・・・いいか?」 「いいよ、孝平君」  俺は陽菜の胸に顔を埋める、そして声と涙を流さずに泣いた。
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.7「罪と罰〜征一郎〜弐」  白が事故にあい、意識不明の重体となったのはつい先日。  そして瑛里華が白を眷属にしたのは昨日だった。  白が望んでいた、だが周りは誰も望んでいなかった眷属化・・・  いったいどうしてなんだ、白?  白が目を覚ましたら問わねばならないだろう。東儀として、いや、兄として。  だが、その前にやらねばならぬ事がたくさんあった。 「ほぉ、あの小娘が事故に、か」 「はい」 「それでどうしたのだ?」 「・・・瑛里華が白を眷属にし、助けました」  パチッ、と扇子が閉じられる音がした。 「動機はともあれ、瑛里華も吸血鬼らしくなってきたの。これで伊織も眷属を  増やせば安泰なのがな」 「・・・」 「下がって良いぞ、征一郎。それと、小娘が・・・いや、白が目覚めたらここに  連れて参れ」 「はっ、失礼します」 「・・・」  伽耶様が白の名前を呼ばれるのを初めて聞いた。  その事実が、白が眷属となった確固たる現実となって俺に襲いかかる。 「・・・くっ!」  軽い目眩がする。 「まだだ、まだしなくてはいけないことが!」  ここで、倒れる訳にはいかない・・・ 「征、少し休めよ」 「伊織・・・か。この程度なら問題ない」 「確かに身体は問題なかろう、だが精神が持たない」 「この程度で壊れるほど柔ではない」 「・・・ふぅ、全く強情だな」 「伊織とつきあうならこれくらいになる必要もあるだろう」 「・・・征、今日は休め。・・・命令だ。」 「な・・・に?」  伊織の目が紅い光を放つ。 「くっ! 伊織、何故・・・」 「今日明日どうなることでも無かろうに、少し休んでおけ」  ・・・意識が闇に飲まれていくのがわかる。  強制睡眠と、主による強制。相乗効果による睡眠に逆らうすべは俺には無かった。 「起きたか?」 「・・・目覚めは良くないな」  自室の部屋で目覚めた俺は、今の日時を確認する。 「悪い話と良い話・・・いや、どっちも良くない話だな。どこから聞きたい?」 「どうせすべて聞かせるんだろう? すべて話してくれ」 「あぁ、白ちゃんの休学の件は東儀の名前で手配しておいた。  回復してもすぐに通わせる訳にはいかないだろう」 「・・・そうだな」 「それとだな・・・征。起きたばかりで悪いが病院まで来てもらえるか?」  白はすでに集中治療室から出ているとのことだった。  ただ、状況が状況なので、隔離されている。  その病棟自体が関係者以外立入禁止になっているので、面会は出来ないように  なっている。  何重にもロックされてる扉をくぐり病棟へと入る。  その奥にある病室、いや、ここはサナトリウムと呼ぶべき場所なのだろうか。 「白ちゃん、入るよ」  伊織はノックもせずに扉を開ける。 「瑛里華?」  そこにはベットで安らかに眠っている白と、やつれた表情の瑛里華が居た。 「おまえ、まだ帰ってなかったのか?」 「・・・兄さん、白が目覚めないの」 「どういうことだ、伊織」 「あぁ・・・白の身体は瑛里華の血を飲むことにより完全に回復した。  いや、完全に眷属となったと言うべきだな」 「そうか」 「ただな・・・目覚めないんだよ、あれからずっと」 「っ!」  言葉が出なかった。 「征、これを」  伊織が渡したのは白のカルテだった。  このカルテを見ると、白はある日を境に急激に快復してることが書かれていた。  その日は瑛里華が血を与えた日だろう。 「支倉君の時はあれだけの致命傷でありながら2日で完治し目覚めた。  それにあわせればもう目覚めてもおかしくないんだが・・・」 「目覚めない訳、か・・・」 「兄さん・・・孝平の時は目が覚めたのに、白は・・・どうして?」 「眷属のことは未だ何もわかっていない。支倉君の時と白ちゃんの時とでは  状況も違うんだ」  確かに状況は違うが・・・ 「・・・血が足りない、きっとそうだわ。私が与える血が足りなかったんだ」 「瑛里華?」  瑛里華が目を細める、そしてそこから紅い光が漏れ出す。 「待て、瑛里華。血を与えすぎるな、その意味はおまえも知っているだろう?」 「目が覚めないのは私の血が足りないからだわ・・・きっとそう!」 「瑛里華!」  伊織の目も紅く光った。 「っ・・・」  瑛里華は伊織の腕の中で気を失っていた。 「まったく、世話が焼ける妹殿だな・・・征、すまなかったな」 「・・・いや」 「それで、どうする、征。いずれは目覚めるだろうが・・・」  伊織の言いたいことはわかってる。 「もう少し様子を見るか?」 「・・・そうだな、それからでも遅くはないだろう」 「それじゃぁ俺は瑛里華を連れて行くよ。頭が冷えたら学院に戻しておく」 「頼む」 「・・・征、すべては白ちゃが目覚めてからだ、な?」 「・・・」  伊織が瑛里華を連れて退室した。 「・・・白」  ベットで眠る白の顔は安らかだった。 「学院はちゃんと卒業させてあげたかったのだが・・・」  最悪のことも考えておかねばならない。 「・・・白」  すべては白が目覚めてから・・・か。 「白、俺は東儀家の当主としてすべきことをしてくる。  叱るのは、その後だ。だから・・・」  ・・・  俺は病室を出る。  当主として兄として、やるべき事をするために・・・
・FORTUNE ARTERIAL Another Short Story Re, Episode 1.8「罪と罰 終章」 「っ!」  俺は自分の悲鳴で目を覚ました。 「今更・・・今更なんだよっ!」  声を出しても心は落ち着かない。  ・・・俺は玄関へと向かうとスニーカーを手に取りベランダへと向かう。  ベランダに出てから目を閉じ集中する。  別に集中しなくても意図的に眷属の力は出せるが、俺は自分を切り替えるときに  わざとこうすることにしている。  普段聞こえない音が耳に届く、普段感じない気配を感じれるようになる。 「・・・だいじょうぶだな」  誰もが眠っている時間、俺はベランダの手すりをのりこえ、寮の庭に降りる。  今の俺の部屋は2階、だが眷属の身体を持ってすれば造作もない。  そして庭に降りた瞬間に足のバネを使って真上に飛び上がる。  あっという間に寮の屋上へとたどり着いた。 「・・・やっぱり向こうに行くか」  俺は眷属の力を解放したまま、寮の屋上から飛び降りる。  普通の人の目でとらえられない速度で、教室棟の屋上へと移動する。  空中庭園のように整備されてる教室棟の屋上も、人気の無い夜は寂しい  場所となっている。  最近の俺は何かあるとここで仰向けに寝ころんで空を見上げている。 「あれは初めての別れだったな・・・」  先ほどまで見た夢・・・いや、記憶の事を思い出す。  まだ俺が修智館学院を卒院する前の事だった。  瑛里華と白ちゃんのちょっとしたトラブルとすれ違いがあった。  そしてすれちがったまま、白ちゃんが事故にあい・・・  事故から1週間後、白ちゃんは帰らぬ人となった。  白ちゃんが死んだということは、眷属にはしなかったということだ。  瑛里華はそのことで悩み、悔やみ、後悔し、別人のようになってしまった。  葬儀は東儀家の人だけで行われ、俺は参加出来なかった。  その後の白ちゃんは、両親と同じ墓に葬られたそうだ。  あの時の俺は何も出来ず、失う悲しみに押しつぶされてた。  瑛里華も笑顔を失い、何もかもが終わったような気持ちになっていた。  俺はそんな瑛里華を見て、俺が落ち込んでいては行けないとわかった。  俺が一番失いたくないもの、それは瑛里華の笑顔。  その笑顔を取り戻す為にいろんなことをした。 「やっと取り戻した瑛里華の笑顔は綺麗だったな・・・」  その笑顔を今度は俺自身が壊すとはこのとき思っても見なかった。  それから数年後、俺達は失踪した。  加齢しない身体だからこそ、同じ所にずっといるわけにもいかなかった。  大学を卒業までは良かったが、就職は出来ず、その後失踪。  詳しい話は聞いてないが両親も親友も俺達のことを捜してくれたそうだ。  死とは違う別離。もともと吸血鬼である瑛里華は覚悟はあっただろうが  俺には覚悟が足りなかった。  記憶にある電話番号に電話すれば、親友が出てくれる。両親も出てくれる。  俺はここで生きているのに、会うことが出来ない。  父さんに母さん・・・かなでさんや陽菜、司・・・  どんなに心配させてしまったんだろう、そう思うと失踪の理由を説明しに  行きたくなる。  しかしそれはできない、みんなを巻き込むことは出来ないのだ。 「あの時は瑛里華がずっと俺のそばに居てくれた。俺が酷いことを言っても  何処にも行かず、ずっとそばで・・・」  壊れていく俺を瑛里華はずっと支えてくれた。  あんなにも酷いことを言い、酷いことをしたにも関わらず、瑛里華はずっと  そばに居てくれた。 「いいの・・・孝平がしたいようにして。そしていつかは私を救ってくれた  あの孝平に戻ってね・・・」  白く汚れた瑛里華の、それでも神々しい笑顔を見た俺は、このとき本当の、  俺の生きるべき理由を思い出した。  俺は、瑛里華の笑顔をずっとみていたいんだ。  だから、強くならなくちゃいけないんだ。  だから・・・俺は過去の記憶を自分で封じ、割り切った。 「つもりだったんだよな・・・」  2度目の修智館学院に入学して、封じたはずの記憶がよみがえる。  そのたびに俺は壊れていくのだろう。  でも、壊れるわけにはいかない、壊れたら瑛里華の笑顔をみられなくなるから。  俺は瑛里華を救ったつもりで傷つけていた、それが罪なら。  今の俺の苦しみは罰なのだろう。  眷属という、永遠の刻にとらわれた俺の・・・いや、俺の弱さが招いた罪と罰。  この先どんな苦しみが待っているのかわからない。 「でも・・・俺は瑛里華の為にここにいる。俺には瑛里華がいるんだ」  どんなことでも乗り越えてみせる、瑛里華のために。 「・・・孝平」 「え?」  気付くと屋上に一人の人影が・・ 「え、瑛里華?」 「・・・」  ものすごく気まずい空気が漂っている。 「あ、あの・・・瑛里華、いつからそこに?」 「ついさっき、孝平が出ていった気配があったから追ってきたのだけど・・・」  顔を赤くしている瑛里華。  それを見て俺は確信した。 「もしかして・・・聞こえた?」  だまって頷く。  うわぁ・・・恥ずかしすぎる!  俺の決意の言葉だったのだが、瑛里華に聞かれるとは・・・ 「ねぇ、孝平・・・もう一度、言ってくれる?」 「な・・・」 「お願い」  ・・・俺は、強くなくちゃいけないんだ。  一度深呼吸をしてから、瑛里華の目をはっきりと見る、そして。 「俺は瑛里華の為にここいる、そして俺には瑛里華がいてくれる」  思いを込めて瑛里華に伝えた。 「私もよ、私は孝平の為に生きてるの、そして私には孝平がいる」 「瑛里華・・・」 「孝平・・・」  俺は瑛里華を抱きしめて口づけをする。  この日俺は自分自身に誓った。  俺の罪と罰を受け続けよう、瑛里華と今を生きるために。
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