夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if-


*このページに直接来られた方へ、TOPページはこちらです。

・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.0「Wheel of Fortune」 another view ... 「――様、このたびまた陛下を悩まされたそうで」 「別に悩ませた訳じゃないわ。私は私のしたいことを伝えただけよ」 「その内容が陛下の頭を痛ませてる訳ですね」 「もう、カレンったら意地が悪いわよ?」 「申し訳ありません」  カレンが軽く頭を下げる。 「それで、私がカレンを呼んだ理由は」 「はい、察しております」 「助かるわ、それじゃぁお願いするわね」 「お任せ下さい」  一礼して部屋を出ていくカレン。  私はそれを見送ってから部屋の窓へと向かった。  この時期頭上にはずっと蒼い色をした惑星が浮かんでいる。  本当に浮かんでいるのは私たちの方なのにね・・・  私たちの祖先はあの青い星で生活していた。  そして新天地を求めてこの衛星にやってきた。  人が住めない星を開拓し住めるようになった。  だが、星と星の距離は隣の国との距離とは違う。  考え方の違いが国交を断絶させ、その断絶の長さからお互いを  信じられくなり、結果何度も戦争が起きて、お互いの技術力は衰退。  国交は最低限の物に抑えられお互いがお互い相手を牽制しあう  そんな関係になってしまった。  母様はそんな関係はおかしいと常々仰ってた。 「笑いながら手を取り合える、そんな関係にしてみせるわ」  いつか言われた母様の言葉と、そのときの顔を私は一生忘れない。  その母様は今はいない。  あらぬ疑いをかけられ、表舞台からおろされた母様は城の自室に軟禁され  窓からあの青い星を見上げていた。 「――、これを」  母様の手の中には青い色の宝石が納められていた。 「母様?」 「これを貴方にあげるわ。何も残せなかった私が貴方に送る未来、よ」 「未来?」 「えぇ、この宝石はきっと貴方の未来を照らす物になるわ。  私にはわかるの、貴方が作る未来は私が望むものと同じだって事が」 「私が望む、未来?」 「貴方は、貴方の望む未来を歩んでね。」  その数日後、母様は眠るように息を引き取った。  母様から渡された宝石は今は私のドレスの胸の所に納められている。  もちろん普段はレプリカの宝石をつけている。  その宝石を包んでいる布をそっとほどく。  私の手の上で宝石が淡い光を放つ。  それは宇宙に浮かぶ青い星の光を吸い込んだような、そんな瑠璃色の光。 「母様・・・」  数日後、カレンは例の件をまとめ上げた。 「さすがはカレンね、ご苦労様」 「いえ、まだ決まっていないことが多いので油断はできません」 「そうね」  クリアしなくてはいけない条件はまだたくさんある。  そのすべてをクリアしないといけない。 「最大の問題は相手の家庭です。普通の家庭では王族という立場を意識しすぎて  家族ではなく客として受け入れてしまうでしょう」  そう、私には立場がある。  その立場が今回の件では最大の障害となってしまっている。 「立場・・・」  そのとき私は一人の女性の顔を思い浮かべた。  その女性は母様が健在の頃、留学生として招かれてしばらくの間、月で  いろいろと学んでいった人だ。  私は今でも忘れない、あの人の笑顔を思い出していた。 「私の家にはね、貴方と同じ年頃の男の子と女の子がいるの。  その二人と貴方が笑いながら遊べる関係を作りたいと思ってここにきたの」  留学生の誰もが月と地球の国交を良くするため、という教科書通りの  答えしか持ってない中、その女性だけはそう答えてくれた。  そのときの女性の微笑みは、母様と同じ物だった。  地球から来たその女性だけが、私を姫という立場ではなく、一人の女の子として  接してくれた人だった。  その女性の家族なら・・・ 「ねぇ、カレン。一人だけ私にも心当たりがあるのだけど」  ・・・  ・・・ 「わかりました、調整をしてみます。」  名前を告げたときカレンは少しだけ驚いた顔をしていた。  でもその直後には納得したような表情になっていた。 「それじゃぁカレン。よろしくね」 「はっ」  まだどうなるかわからないけど、カレンなら安心して任せられる。  すぐにはいけないだろうけど、私はまたあの星に降り立つ。 「・・・私と同じ年頃の男の子、か」  初めて地球に行ったとき私と遊んでくれた男の子も同じくらいの年だったと思う。  出来ればもう一度あって、あのときの事を謝りたい。  会える保証なんてないけど・・・ 「もしかして私が行くことになる家にいる・・・そんなの出来すぎよね」  あの男の子には今の生活もあるのだし、男の子が覚えていないかもしれない。  それは悲しいけど仕方がない、住んでいる場所が違うのだから。 「・・・あの男の子は今どんな暮らしをしてるのかしら」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.1「The Lovers」 another view 鷹見沢菜月 「おはよう、菜月」 「おはよう、菜月ちゃん。待たせちゃった?」 「ううん、そんなことないよ。」  いつもの朝、家を出たところで私と達哉と麻衣と3人で登校する。 「それじゃ行くか」  そう言って先に進む達哉の横を麻衣が一緒に歩いている。  その手はつながれている。  私は麻衣がいないほうの達哉の横を歩く、それが最近のポジションだった。 「それでね、菜月ちゃん。お兄ちゃんったら・・・」 「麻衣、その話は勘弁してくれよ」  何気ない会話をしながら学院へ向かう。  麻衣はずっと手をつなぎっぱなしだった。  以前そのことを聞いたときはお互いに迷惑がかかるから、という理由で土手を  歩き終わる頃には手を離していたが、最近は学院の近くまで手をつないでいる。  そのことで学院で噂が立った。 「兄と妹の禁断の恋」というありがちな噂だった。  ありがち故に広まるのは早く、収まるのも早かった。 「仲の良い兄妹ならこれくらい普通だよ?」 「俺がシスコンなのは認める」  という二人の発言もあったことが噂の終息を手助けもした。  確かに手をつないでいる仲の良い兄妹以上には見えないからだった。  そのはずなのに・・・  私にはそれ以上の関係に見えてしまう。  達哉と麻衣を近くで見ているから?  それとも私が余計な感情を踏まえて見ているから?  兄妹以上の関係って、やっぱり・・・禁断の恋?  もし二人が愛しあってるのなら、もうそんな関係に・・・?  ぼんっ! 「うわぁ、菜月ちゃんが!」 「菜月?」 「なな、ナンデモナイヨ」 「・・・なんで発言が片言なんだ?」 「菜月ちゃん、だいじょうぶ?」 「だから、だいじょうぶだって」 「でも顔が真っ赤だぞ? 今は遠山もいないんだし沸騰する理由が  ないだろう? 熱でもあるのか?」 「え?」  そういうと達哉は私の額に手をあてる。 「熱はなさそうだけど・・・」  ぼんっ! 「わわわ、菜月ちゃんが!」 「おい? 菜月、調子悪いなら今から帰るか?」  達哉と麻衣が何かを言ってるのがわかるけど、その内容まではわからない。  私は達哉に触れられた額に熱を持つのがわかった。 「はぁ、朝から何をしてるのかな、君たちは」 「あ、遠山先輩。おはようございます」 「おはよう、麻衣。それに朝霧君と・・・菜月?」 「あ、あぁ、おはよう」 「あちゃ、菜月は完全にいっちゃってるね〜、朝霧君何かした?」 「いや、特に何も・・・」 「はぁ、意識しないでしたのなら天然だよね」 「どういう意味だ?」 「まぁ、それはおいといて、菜月を回収しながら学院に行きましょう。  麻衣、悪いけど菜月の腕持ってくれない?」 「あ、はい」  ・・・気づくと私は翠と麻衣に両腕を抱えられた状態で学院の入り口にいた。 「あ、あれ?」 「おはよう、菜月。道の真ん中でいっちゃうのは良くないよ?」 「あれれ? なんで翠がいるのよ?」 「・・・はぁ、とりあえず教室行きましょう。麻衣、ありがとね」 「いえいえ、どういたしまして。それじゃぁまた帰りにね、お兄ちゃん」 「あぁ、また後でな」  そう言うと麻衣はスカートのすそを翻しながらかけていった。 「それじゃぁ俺達も教室に行くか」 「そうだね、朝霧君。菜月も気がついたのなら歩けるわよね?」 「え? あ、うん。だいじょうぶ、ありがとう」  達哉を挟んで私と翠が並んで昇降口へ向かう。  誰も手をつながずに歩く3人。  私と達哉と、翠と。  麻衣がいないだけで、私は日常を取り戻したような気がした。  ・・・麻衣がいないだけで?  麻衣がいたって日常には変わりがない。  なのに麻衣がいないことに私は安堵している。  何で?  もしかして私は・・・ 「だめっ!」 「「菜月?」」 「え? あ・・・」  心配そうに私の方をみる達哉と翠。 「・・・ごめん、突然大声出して。だいじょうぶだから」 「そっか。菜月、無理をするなよ?」 「・・・」  言葉をかけてくれる達哉と何も言わない翠。 「大丈夫だから教室行きましょう」  私は二人の前に立って先に進んだ。  そう、だめなの。  その答えを出すのが怖いから、知ってしまうと壊れてしまうから。  将来私はみんなの元を離れるのだから、その先の答えを知ってしまうと  今の関係を、そして私が壊れてしまうから・・・  私はここで思考を止めた。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.2「The Moon」 another view 遠山翠  授業中、菜月の様子をそっと見る。  特にいつもと変わりなく真面目に授業を受けているようだった。 「・・・」  最近の菜月は変だった。  元から朝霧君の事になるとおかしい所はあったけど、最近それが際だっている。  いつものようにからかわれての瞬間沸騰もさることながら、突然勝手に沸騰して  自滅することが増えてきた。  そのときは決まって朝霧君の方を見ている。  今まで以上に朝霧君を意識している、という事だろう。  そのくせに自分のことを全く考えてない。  端から見れば菜月が朝霧君を好きだって事はばればれなのだ。  そのことに気づいていないのは朝霧君と、菜月本人。  ・・・たぶん、菜月は気づかないふりをしていたのだろう。  幼なじみが恋人に変われるかどうかはどんな物語でも危険をはらんでいる。  もしお互いが通じ合えばハッピーエンドだけど、もしすれちがったのならば  その先はバットエンドでしかない。  幼なじみという近さ故にしばらくの間は気まずい関係になってしまうだろう。  だからこそ、菜月は気づかないふりをしている。  気づいてしまえば、先を求めてしまうからだろう。  キーンコーン・・・ 「今日はここまで、号令」  先生のその言葉で我に返る。 「・・・あ。」  考え事をしてたせいで、ノートを取ってないことに気づいた。 「後で菜月に借りなくちゃ」 「ねぇ、菜月。今日の放課後時間ある?」 「うん、バイトの間までなら大丈夫だよ」 「それじゃぁちょっとつきあって欲しいんだ」 「どこへ行くの?」 「それは、秘密。というか相手次第なんだけどね」 「?」  菜月との約束はとった。後は相手次第、かな? 「お待たせ、お兄ちゃん。」 「今日は部活は大丈夫なのか?」 「うん、先生がお休みだから部活もお休みになったの」 「そうか、それじゃぁ帰るか。」 「ごめん、達哉。翠に誘われてるから今日は一緒に帰れないの」 「わかった、それじゃぁまた後でな」 「うん、また後で」  朝霧君と麻衣と菜月の会話が終わってから私は菜月の所へ現れる。 「翠、おまたせ。それでどこに行くの?」 「お昼の時にも言ったけど、相手次第だよ」 「相手次第?」 「そう、朝霧君次第かな?」 「達哉次第?」 「そう言うわけで行くよ、菜月」 「お兄ちゃん、商店街寄っていってもいい?」 「あぁ、かまわないぞ。夕食の買い物か?」 「それもあるけど、ちょっと調味料が少なくなったから買っておきたいの。  重いけど頼んで良い?」 「もちろんいいぞ」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「仲良いねぇ、あの兄妹」 「・・・ねぇ、翠。やっぱりやめようよ」 「だーめ、私は噂は信じないの。この目で見たことが真実なんだから」 「だからって尾行するのは良くないよ?」 「菜月は気にならないの? 朝霧君と麻衣の関係」 「そ、それは・・・仲の良い兄妹だし・・・」 「ならそれを確認しないことには先に進めないから」 「っ!」  菜月が息をのむ音は聞こえなかったことにして尾行を続ける。  私が先に進むと、菜月はしぶしぶながら後ろをついてきた。 「朝霧君って以外に紳士なんだね〜」 「そう?」 「うん、必ず車道側を歩いてるよ。一緒に歩く人のことをちゃんと  考えてる証拠だね」  朝霧君は必ず麻衣を安全な道の端の方を歩かせている。  そして歩くスピードは気持ち遅め、つまり麻衣に合わせている訳だ。  たったこれだけのことだけど、それを自然に出来ている朝霧君は  すごいと思う。 「達哉だからね」 「おー、さすがに旦那のことは良くわかってるんだね」 「翠、私たちはそんな関係じゃ」 「菜月、声大きい!」 「・・・ごめん」 「折角だからアイスも買っていくか?」 「駄目、今日はそんなにお金持ってきてないし、私のお小遣いも」 「いや、俺が食べたいだけだから俺の金でいいさ。麻衣、美味しいの  選んでくれないか?」 「・・・いいの?」 「だから、俺が食べたいんだって。麻衣にもお裾分けするから、  そのかわり美味しいの頼むぞ?」 「うん、ありがとう! 今一番美味しいの選んであげるね!」 「・・・うわ、朝霧君ベタだね」 「でも、達哉らしいね」 「あんなに朝霧君がベタだったなんて・・・」 「翠?」 「惚れちゃうかも」 「え?」 「やだなぁ、ちょっとしたジョークだって。ここはつっこみいれる  ところだよ? 菜月。」 「あ、ごめん・・・」  危ない危ない、ついいつものような冗談が出てしまった。  そう、冗談・・・  この後朝霧君と麻衣は家へと帰っていった。 「買い物の荷物、全部朝霧君が持ってたね」 「・・・うん」 「朝霧君って優しいんだね」 「・・・うん」 「それと、麻衣は愛されてるね」 「・・・」 「あれだけ仲の良い兄妹だと、その絆にはそうそう割り込めないね」 「・・・え? 翠?」 「まだ菜月は気づいてないのならそれはそれでいいよ。  でもいつまでも気づかないのなら・・・私も手を出そうかな?」 「翠・・・?」 「冗談よ、でもどうとるかは菜月次第だよ?」 「・・・」 「菜月、今日はつきあってくれてありがとう。それじゃぁまた明日ね」 「・・・」  何かを考え込んでいるようで返事の無い菜月。  私は返事を待たずにその場を後にして自分の家へと向かう。  ・・・これでよかったのだろうか?  別に菜月をけしかけた訳じゃない。今回の尾行は菜月のためでも無く  私が知りたかっただけ。 「やっぱり・・・私は・・・」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.3「The High Priestess」 another view 朝霧麻衣 「お兄ちゃん、商店街寄っていってもいい?」 「あぁ、かまわないぞ。夕食の買い物か?」 「それもあるけど、ちょっと調味料が少なくなったから買っておきたいの。  重いけど頼んで良い?」 「もちろんいいぞ」 「ありがとう、お兄ちゃん」  腕を組みたいけど、それは我慢。手をつなぐだけにして商店街を進む。  お兄ちゃんにつきあってもらっての商店街での夕食の買い物。  ほんのちょっとだけだけど、家の外でも恋人らしく出来るお兄ちゃんとの  お買い物が私は大好き。  スーパーに入るとお兄ちゃんは買い物かごを持ってくれる。  私はお兄ちゃんのちょっと先を歩きながら今日の晩ご飯のお買い物もする。 「ねぇ、お兄ちゃん。今日の夜は何がいい?」 「んー、そうだな・・・カレーが食べたいかな」 「おっけー、カレーで決まり! となると・・・あ」 「ん? どうした?」 「ううん、なんでもない」  カレーの材料を探そうと見回したとき、ほんのちょっとだけど絶対見間違い無い、  菜月ちゃんと遠山先輩の姿が見えた。  もう一度同じ方向を見ても二人の姿は見えない。 「・・・」 「麻衣?」 「あ、ごめん。普通のカレーじゃだと芸がないよね。何いれようかな〜」  別に菜月ちゃんと遠山先輩がスーパーにいたっておかしくはない。  けど・・・もし、それ以外の用事でいたとしたら? 「・・・そうだ、野菜いっぱいのカレーにしよっと♪」  カレーの材料を選びながら、私は一つの可能性を考えていた。 「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」 「これくらい大丈夫だよ」  そう言うお兄ちゃんが持ってる買い物袋にはカレーに使う野菜と、  補充のため買った砂糖や塩などが入っている。  かわりに私はお兄ちゃんの鞄を持っている 「折角だからアイスも買っていくか?」  私がいつも使うアイスクリーム屋さんの前でお兄ちゃんが思いだしたように  私を誘う。 「駄目、今日はそんなにお金持ってきてないし、私のお小遣いも」 「いや、俺が食べたいだけだから俺の金でいいさ。麻衣、美味しいの  選んでくれないか?」  お兄ちゃん・・・私のために、って思ってもいいのかな? 「・・・いいの?」 「だから、俺が食べたいんだって。麻衣にもお裾分けするから、  そのかわり美味しいの頼むぞ?」 「うん、ありがとう! 今一番美味しいの選んであげるね!」  お薦めのアイスを買って、家へ帰ろうとしたとき。 「っ!」  やっぱり、私たちの後ろの方に菜月ちゃんと遠山先輩がいる。  買い物をして、菜月ちゃんと一緒に帰る途中って言えばそうかもしれない。  でも、それならなんで私たちと一定の距離以上離れてるの? 「・・・」 「麻衣、疲れてるのか?」 「ううん、なんでもない。お兄ちゃんこそ重くて疲れてるんでしょう?」 「・・・そんなことないさ、さぁ帰ろうか」 「くすっ、そう言うことにしておくね」  両腕がふさがってるから手をつなぐことが出来ないのが残念だけど  今はそれでいいのかもしれない。  私は・・・とある可能性を確信していた。 「ただいまー、さすがに重かったな。リビングに運んでおけばいいか?」 「・・・うん」  お兄ちゃんは先にリビングへ向かう。  私もその後に続く。 「とりあえず机の上に置いておくぞ」 「・・・」 「麻衣?」 「・・・お兄ちゃんっ!」  私は我慢できなくなってお兄ちゃんに抱きついた。 「麻衣?」 「ねぇ、お兄ちゃんを気持ちよくしてあげるね」 「突然どうしたんだ?」 「お兄ちゃんを気持ちよくできるのは私とお姉ちゃんだけなの」 「麻衣?」 「だからね、お兄ちゃん。してあげる」 「麻衣!」  お兄ちゃんの厳しい声に私はびくっと震える。  お兄ちゃんの顔を見れなくなって私はうつむいて目を閉じる。 「・・・あ」  そんな私をお兄ちゃんはそっと抱きしめてくれた。 「麻衣、何をそんなに不安になってるんだ?」 「お兄ちゃん・・・」 「俺が好きで愛してるのは麻衣と姉さんだけだよ」 「・・・ごめんなさい、ごめんなさいっ!」 「俺こそごめんな、麻衣を不安にさせて」 「ううん、そんなことない! 私が勝手に・・・んっ」  私の言い訳はお兄ちゃんの唇でふさがれた。 「・・・信じてくれるか?」 「最初から信じてるから・・・」  私はお兄ちゃんを抱きしめる腕に力を込めて・・・ 「・・・お兄ちゃん?」  私のおなかの所に固い物が当たった。 「・・・あのな、その・・・ごめん」 「ううん、お兄ちゃん私を抱いてそうなったんでしょう?」 「・・・麻衣の匂いが、そのな・・・」  照れて目をそらすお兄ちゃんがすっごく可愛い。 「お兄ちゃん、そのままだとバイト辛いでしょう?  私がちゃんと気持ちよくしてあげるね」 「・・・あぁ、でも俺だけじゃ嫌だな」 「お兄ちゃん?」 「麻衣も気持ちよくならないと嫌だ」 「うん♪」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.4「The Empress」 another view 穂積さやか  博物館での執務中、大使館からの呼び出しを受けた私はすぐに  月王国大使館へと向かった。  入り口では用件を伝えられている衛兵が私を案内してくれた。 「突然の呼び出し、申し訳ありません。」 「いいのよ、カレン。それで何の用事なの?」 「はい、でもその前にお茶にしましょう」  大使館付きのメイドがちょうどお茶を運んできた。  お茶請けにクッキーも出された。  大使館で出されるクッキーは月麦製、昔留学したときのことを思い出す。  私は「いただきます」、と断ってからお茶を頂く。 「では、お話させていただきます、穂積王立博物館館長代理」 「・・・はい」  緊張が走る、私の役職を略さず言うときのカレンは私の友人ではなく、  月王国の大使館駐在武官であると同時に秘書官という立場の時だ。 「今、スフィア王国では留学の話が出ています。」 「留学?」  私も数年前に月に留学して学んだことがある。また地球から留学生を  月に受け入れるのだろうか? 「えぇ、今回は逆です。地球側が留学生を受け入れます」 「まぁ、月から来るのね。すばらしいわ、カレン!」  留学はお互いの暮らしや知識を学ぶには最適だった。  私も月に直接行って月の暮らしや知識をたくさん学んできた。  短期間の留学では学びきれなかったくらいだ。  そんな月から、地球のことを学びに来てくれる。  それはとてもすばらしい事だ。 「まだ企画段階で正式には決まってませんし、クリアしなくてはいけない  問題が多すぎます」 「・・・そうよね」  自分が月に留学したときのことを思い出す。  月人のほとんどが地球人を嫌っている。もちろんカレンやセフィリア様や  フィーナ様みたいに友好的にしてくださった方もいらっしゃる。  そんな月人が地球に留学に来る事自体あり得ないことだと思う。  それでも今回の留学の話があるということは、誰かが希望したということ。  その一人でも、地球のことを学んでくれれば、月との友好の架け橋に  なってくれるだろう。 「月人の安全を考えると、留学地はここ、満弦ヶ崎になるでしょう。  何かあったときに月人居住区と大使館が護ってくれるはずです」 「そうよね、月人居住区に逗留すれば安全よね」 「・・・そのことなのですが、今回の留学では先方がホームスティを  希望されてるのです」 「ホームスティ?」 「えぇ、だから問題がありすぎるのです」  月人が地球人を嫌うように、地球人は月人を嫌う・・・まではいかないが  あまり良い印象を持っていない。  いくら満弦ヶ崎が月と最も近い都市であっても住民すべてが月に友好的な  印象を持っていない。 「普通の家庭じゃ難しいわね、きっと」 「えぇ、ですからホームスティ先は以前月に留学した人が候補に挙がってます」 「そういうこと、ね」  ここまで言われれば私だってわかる。  つまり、私の家がホームスティ先の候補に挙がってるという訳だ。 「でもカレン、まだ留学自体の話が決まった訳じゃないんでしょう?」 「えぇ、正式には決まってませんが水面下ではすでに動き始めています」 「それじゃぁこのことはみんなで相談して・・・」 「穂積館長代理」 「・・・そういうこと、か」 「ごめんなさい、さやか」  私を役職名で呼ぶときは私は月関係者になる。  つまり、守秘義務が発生するわけだ。 「それで、もし留学が決まったとしたらいつ頃になる予定?」 「えぇ、おそらくは新年度に入ってからだと思います。  ・・・まだ少し先の話ね。  少し先だからこそ、辛いと思う。  家族のことは相談して決める、というみんなとの約束を守れない事が  続くのだから・・・ 「話は終わりです、わざわざご足労ありがとうございました、穂積館長代理」 「・・・えぇ」 「・・・本当にごめんなさい、さやか」 「いいのよ、カレン。私たちは友達でしょう?」 「・・・はい」  カレンの微笑む顔を見て、私は言えない事を我慢する決意をした。 「だいじょうぶ、ほんのちょっとの間だけだから」  でも・・・もしホームスティが決まったら相談せずに決まったことを  言わなくちゃいけない。  そのときの達哉君と麻衣ちゃんは一体どんな顔をするんだろう? 「・・・」  考えたくない事は、頭からなかなか消えてはくれなかった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.5「The Magician(Reverse)」 「ただいま〜」 「夜分遅く失礼します」 「カレンさん? それに姉さん・・・飲んでたの?」 「ただいま〜、愛しの達哉君♪」 「すみません達哉さん、外に車を待たせてあるのでさやかをお願いします。」 「はい、カレンさんありがとうございました」  俺はお礼を言ってから姉さんに肩を貸す。 「・・・さやかを支えてやってください」 「え?」 「夜分遅く失礼しました、それではおやすみなさい、達哉さん」  カレンさんはそう言うと去っていった。 「麻衣、水を・・・いや、冷えた特濃緑茶の方がいいか?」 「うん、お茶いれるからちょっとだけ待ってて」  リビングのソファに姉さんを運んでから、麻衣に飲み物を頼む。 「姉さん、飲んで遅くなるのなら一言連絡くれても良かったのに」  もうすぐ日付の変わる時間なのに、姉さんから連絡はなかった。  仕事の都合で連絡がない時もあったが、カレンさんと飲みに行って遅く  なるときは必ず事前に連絡があった。 「ごめんなさいねー、どうしても飲みたかったの〜」 「・・・姉さん、何かあった?」 「どうしてそう思うの? 私だって飲みたいときくらいあるわよ〜」 「・・・」 「お兄ちゃん、お待たせ」 「はい、姉さん。これ飲んで」 「いただきまーす」  麻衣から受け取った特濃緑茶を姉さんが飲み干す。 「・・・」 「どう? お姉ちゃん」 「姉さん?」 「・・・ごめんね、連絡しなくって」 「今日も仕事で大変なのかなって心配しちゃったよ」 「ごめんなさい、麻衣ちゃん」 「・・・姉さん?」 「ごめんなさい、達哉君。ちょっと気分が良くないから休ませてもらうわね」  姉さんは少しだけふらつきながら、自室へと戻っていった。 「お兄ちゃん、今日のお姉ちゃん変じゃなかった?」 「あぁ・・・俺もそう思う。今度聞いてみるか」  姉さんがおかしかったのはこの日の夜だけだった。  翌朝俺達にもう一度謝ると、それからはいつもと同じ姉さんに見えた。  ・・・表面上は。  今思えば、このとき俺が感じた異変の一つだったのだとおもう。  翌朝の通学路。 「おはよう、菜月」 「菜月ちゃん、おはよう」 「・・・」 「菜月?」  いつもの場所で菜月と一緒になった俺達だったが、菜月が俺達に反応しない。  でも、菜月の目線は俺達の方を向いているから見えてない訳じゃないだろう。  俺は菜月の目の前まで行き、手をひらひらさせる。 「菜月?」 「え、ひゃぁ!」 「うわ」  突然驚いた菜月の声に俺まで驚いた。 「わわ、達哉。いつの間に」 「さっきから目の前で呼んでるのになんで気づかないんだ?」 「え? あ、そうだったの? ごめん、考え事してたから」 「道の真ん中で考え事はやめておけよ? 危ないぞ」 「あ、うん、ありがとう、達哉」  そのやりとりを黙ってみていた麻衣が、俺の手を強く握ってきた。  俺は麻衣を見てみると、不安そうな顔で菜月を見ていた。  菜月の様子がおかしいのが不安なのだろう。 「だいじょうぶだ、麻衣。菜月はいつもと変わらないから」 「え? あ・・・そうだね」  そう言うものの、麻衣の握る手の力が弱まらなかった。 「ふぅ・・・」  教室の自分の椅子に座って一息つく。  今朝の麻衣の不安そうな様子と、菜月の様子を思い出す。  通学途中も菜月は急に無口になる、そのときは決まって俺達の方を  見ているようだった。  いや、本当に見ているのだろうか? 俺が話しかけてもすぐには反応しない。  よほど深い考え事なのか、それとも・・・  そしてその様子を見る麻衣は俺と別れるまでずっと強く手を握っていた。  どちらもおかしい。  まさか菜月に俺と麻衣の関係がばれた?  ・・・いや、そんなわけはない。外では仲の良い姉妹のままだ。  ばれる要因は全くない。  ならば・・・ 「何が原因なんだ・・・」 「おはよー、朝霧君。」 「おはよう、遠山。」  いつものように元気良く俺達に挨拶をする遠山、だけど菜月はそれに  気づいた様子が無く、返事をしていなかった。 「あちゃぁ、菜月遠くの世界に旅立ってるよ」  遠山の言い回しが的を得てる気がした。 「なぁ、遠山。最近の菜月の様子が変なんだけど何か心当たりない?」 「・・・朝霧君が私にそれを聞くかなぁ」 「遠山?」 「え、あ、ごめんごめん。いくら親友でも菜月のことすべて知ってるわけじゃ  ないよ? 幼なじみの朝霧君の方が詳しいと思うし」 「そうだよなぁ」  一緒にいる時間は遠山より俺の方が長いんだしな。 「こりゃ菜月も苦労するわね、そして私も、か・・・」  このときの遠山の独り言を俺は聞き逃していた。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.6「Justice」 「寒いね、お兄ちゃん」 「寒いんだったら家で留守番してれば良かったんじゃないのか?」 「これだけ寒いのなら腕組んでいても不思議じゃないよね」  そう言うと麻衣は今まで以上に俺にくっついてきた。  姉さんに急に仕事が入ったらしく、今日は帰れないと電話があったのが  俺がイタリアンズの散歩の間だった。  その電話を受けた麻衣は、姉さんの夕食をお弁当にし、今日の着替えを  小さな鞄に詰めて俺の帰りを待っていた。  事情を聞いた俺はすぐに姉さんの待つ博物館に行くことになった。  それに麻衣がついてくるとは思っていなかったが・・・ 「・・・それが目的か?」 「それだけじゃないよ、夜のデートもいいかなぁって・・・駄目?」  麻衣が不安そうな顔で俺の方を見上げる。  ・・・だから、その上目づかいに俺は抵抗できないんだってば。 「・・・駄目も何ももう腕組んでるだろう?」 「えへへ、お兄ちゃんありがとう♪」  しばらく麻衣と腕を組んで博物館への道を歩く。  傍らの麻衣は上機嫌。  こんな麻衣を見れるのなら夜のデートも悪くはないな。  月人居住区の中に入ったとき、ふと視線を感じた。  俺達の関係を隠す為に人前では仲の良い姉妹でいなくてはいけない。  俺は慌てて麻衣の腕をほどこうとして・・・でも間に合わなかった。 「あの・・・すみません」 「え?」  麻衣が驚いた声をあげる。 「あ、すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」  そういって街頭の明かりの中に出てきたのは、思わず見とれてしまうほどの  美少女だった。  コートを羽織っているが合わせ目から紺と白を基調とした洋服が見える。 「あの・・・道をお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか?」 「えっと、私でわかる範囲でよろしければ」  何も答えれない俺に変わって麻衣が答える。 「ありがとうございます。礼拝堂への道をご存じないでしょうか?」 「礼拝堂・・・って、月博物館の隣だったよね、お兄ちゃん」 「あぁ、確かそのはずだ。」 「それなら道は同じだから一緒に行きましょう」 「いえ、道だけ教えていただければ・・・」 「旅は道連れっていいますから、一緒に行きましょう!」 「・・・はい、ありがとうございます」  こうして俺と麻衣と、道に迷った少女の3人で月人居住区の中を歩く。  もともと広くない場所だけに、すぐに目的の礼拝堂の前についた。 「よかった・・・ありがとうございました」 「いえいえ、通り道だったから大丈夫ですよ」 「いいえ、本当に助かりました、ありがとうございました」  何度もお礼を言う少女。 「是非お礼をさせてください」 「お、お礼だなんてそこまでするほどのことじゃないですよ」  慌てる麻衣をよそに少女は手に持っているバックから何かを取り出した。 「ここに上ってきてから最初に編んだ御守りです。貴方の大切な彼に  思いを込めて贈ってあげてください」 「え? 彼?」 「はい、大切な方への健康や安全を祈願する御守りですから」  この少女に俺と麻衣の関係を勘違いされてるようだ。  いや、実際には勘違いではなくあっている事だ。  あっているからこそ・・・否定しなくてはいけない。 「えと、ごめんなさい。お兄ちゃんなんです」  俺より先に麻衣がそう訂正した。 「あら、兄妹でしたか。私の勘違いでしたのね、失礼致しました。」 「でもありがとうございます、この御守りはお兄ちゃんにあげようと  おもいます。大切なお兄ちゃんですから」  微笑みながら麻衣はそう言った。  その麻衣の顔を少女はまぶしそうに見つめている。  その少女の顔、どこかで見たような気がする・・・ 「それでは、私はこれで。夜道ですからお気をつけて。  あぁ、お世話になっておいて名前を名乗らないなんて大変失礼致しました。  私はエステル・フリージア。この教会で司祭の任を受けております。  何か困ったことがありましたら是非お越し下さい」 「ご丁寧にどうも・・・」 「くすっ、別に私は聖職者だからといって緊張されなくても良いのですよ?  聖職者であるまえに、私は貴方と同じ人なのですから」  どうやら俺の曖昧な返事は緊張してると思われたようだ。 「それでは、失礼いたします」  そう言うと少女、エステルさんは礼拝堂の中へと入っていった。 「・・・あ」 「どうした、麻衣?」 「名前教えてもらったのに私たち名乗らなかったね」 「そういえば、そうだな」 「失礼、しちゃったかな?」 「仕方がないさ、麻衣。それよりも姉さんの所に急ごう。  おなかすかせてるぞ、きっと」 「お姉ちゃんはお兄ちゃんと違ってそんなに意地汚くないよ?」 「そうだな、でも急ぐか」 「うん!」  俺達は博物館へ急いだ。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.7「Justice(Reverse)」  イタリアンズの散歩をしていたら、俺はいつのまにか月人居住区の近くへ  来ていた。  いつも行く物見が丘公園はこの先だからいつものルートといえばそうなの  だけど、今日は何故か居住区入り口の所まで来てしまった。 「・・・別にどうってことないはずなんだけど」  散歩をしながら考え事をしていて、気づいたらここにいただけのこと。  なのに、俺が今思い浮かべた事は先日の出会いのことだった。 「何か困ったことがありましたら是非お越し下さい」  少女の言葉を思い出す。  確かに俺は困っている。  数日前から姉さんの様子がおかしい。気をつけないと気づかない程度だけど  だからこそ気になる。  そのことを姉さん本人に聞くかどうか未だに決めかねている。  麻衣も時折不安定になる。以前の麻衣に戻ってしまったようにも思える。  そのときは抱きしめてやると安心してくれて落ち着くのだが、何かの後は  やはり元に戻ってしまう。  こちらも本人には聞けないだろうな・・・  家族以外では菜月も最近様子がおかしい。  遠山も菜月の様子がおかしいせいか、いつもの明るさを感じられない。  遠山は菜月が元に戻れば一緒に戻るとは思う。 「だからといって何も関係ない人に相談するなんて・・・」  関係ない人だからこそ、相談できるのかもしれない。  俺達家族の関係を秘密にしてるから、おやっさんや仁さんには相談できない  事も多い、というかほとんど相談できない。 「そんなところでどうしたのかね?」 「え?」  突然声をかけられた。  気づくと目の前に初老の男性が立っていた。 「・・・ふむ」 「あの?」 「何を悩んでいらしたのかな?」 「っ!」 「何故わかったのか、と勘ぐっておられるのかな?  それだけ真剣に考えてる顔をすれば誰でもわかると思いますよ」  そんなに俺は考え込んでいたのだろうか? 「宜しければ教会まで来られせんか?」 「え? その、見ず知らずの方にそこまで・・・」 「確かに私と貴方は今会ったばかり。だが迷える人を放っておけない老人に  つきあってはくれないだろうか? 人助けと思って、いかがかな?」  人助けに悩みを聞いてもらうなんて聞いたこと無い。  けど、この初老の男性になら・・・と思ってしまう。 「・・・すみません、行くだけになるかもしれないですけど」 「えぇ、かまいませんよ。おいで下さい」  そう言うと俺の前を歩きだした。  俺はイタリアンズと共にその後についていく。 「挨拶が遅れてしまいましたね、私はモーリッツ・ザベル・フランツと申します」 「・・・朝霧達哉です」 「それでは参りましょうか」  教会の敷地の外にイタリアンズをつなぐ。  そうして招待された教会の中に入る。 「・・・」 「何もないところですけどね」  その中の風景はテレビや雑誌で見たことのある教会と同じだった。  正面にステンドグラスがあり、オルガンがあり、信者が座るための  長椅子がたくさん並んでいた。  室内に入ったので暖かいはずなのに、そこは身が引き締まるような空気に  満たされていた。 「お帰りなさい、モーリッツ様。あら? 貴方は・・・」 「エステル、朝霧さんとお知り合いなのか?」 「アサギリ・・・お名前は伺ってませんけど、先日道を案内してもらいました」 「そうでしたか。朝霧さん、その節はエステルがお世話になりました」 「い、いえ、ただ道を案内しただけですから」 「その節は大変お世話になりました、私からももう一度お礼を言わせてください」  そう言うとエステルさんは頭をさげる。 「そんな、大したことしてないですから頭を上げてください」 「アサギリさんはお優しいのですね」 「いえ、だから、その・・・」 「エステル、暖かいお茶を持ってきてくれないか?」 「はい、少々お待ち下さい」  そう言うと奥の扉の中へとエステルさんは去っていった。 「朝霧さん、私は無理に貴方の悩みを聞き出そうとは思っていません。  暖かいお茶を飲んだらお帰りなさい」 「え?」  てっきり悩みを聞かれるのかと思ってたので、拍子抜けした。 「貴方はまだ自分の中で整理しきれてないだけでしょうから、それが出来れば  自ずと問題は解決する事でしょう」 「・・・あの、全部は言えないのですけど、聞いてもらっても良いですか?」  家族が何かを悩んでいること。悩みを聞くかどうかさえわからずに、  家族の力になれないこと。俺は家族の悩みを解消させてあげたいと言うことを  話した。もちろん、名前や関係は一切話してはいない。 「貴方はとてもまっすぐで良い目をされている、そしてまっすぐな人だ」 「・・・」 「まっすぐすぎるが故に、回りを見る余裕が無いのでしょう」  回りを見る余裕? 「そうですね・・・貴方が何かの悩みを抱えたとしましょう。その悩みは  貴方自身しか解決できないとします。もちろん誰にも言えません。  そんなとき、家族が貴方が悩んでいることを知り、手助けしたいと言いました。  貴方はどうしますか?」 「・・・心配させたくないから大丈夫って言うと思います」 「では、その逆の場合は?」  逆の場合・・・悩んでるのが家族で手助けしたいのが俺で、でも家族はそれを  言えなくて悩む・・・? 「!」 「相手の気持ちになって考えるというのはとても難しい事です。そしていくら  考えても正解にたどり着けるかどうかはわかりません。  でもそれをしなくてはいけないのです」 「・・・ありがとうございました、たぶん俺はまだ理解してないと思うけど  なんとなく、何をすべきかわかった気がします」 「お役に立てて光栄です」 「お待たせしました」  そのときエステルさんがお茶を持ってきた。  目の前にティーカップが並べられる。 「あ、すみません」 「さぁ、朝霧さんお飲みなさいな。暖まったら家族の元へお帰りなさい。」 「はい、頂きます。帰りは川沿いを通るので助かります」  そう言って紅茶を一口飲もうとしたとき、エステルさんの態度が変わった。 「川沿い?」 「えぇ、だいたい居住区の入り口から20分程度で・・・」 「っ! ということは貴方は!」 「エステル、落ち着きなさい。彼は月人じゃない、地球人だよ」 「なんで地球人が月人の居住区の、それも神聖な礼拝堂の中に!」 「エステル! 落ち着きなさい」 「モーリッツ様、でも」 「でもも何もありませんよ、エステル。お前は相手が地球人なら放っておいて  よいのかね?」 「でもっ!」 「エステル、今のお前は何なのだ?」 「・・・取り乱して失礼いたしました、気分が優れないので失礼致します」  そう言うとエステルさんは去っていった。 「気分を害されて申し訳ない、朝霧さん」 「・・・いえ」 「月人の地球人に対する印象の、これが現状なのですよ。もちろんすべての  月人がそうは思っていない。」 「えぇ、それは知っています。」  姉さんの友人のカレンさんは月人だ。そして地球人を悪くは思っていない。 「そう言ってもらえると助かります。」 「俺は・・・月人も地球人も関係なく、人だと思ってますから」 「・・・やはり貴方はまっすぐな方だ。  貴方のような人が月にもっと多くいれば・・・いや、今のことは聞かなかった  事にしてください。」 「はい・・・ごちそうさまでした、あの、エステルさんに美味しかったと伝えて  下さい」 「はい、必ず伝えておきます」 「それでは家族が心配するので、そろそろ失礼します」 「えぇ、もし機会があればまたいらしてくれませんか?」 「え、でも、俺は地球人で・・・」 「先ほど貴方が仰ったではないですか、月も地球も関係ない、人だって」 「・・・はい」 「それとエステルのことを悪く思わないでやってください」 「はい、それは大丈夫です。それでは、失礼します。  モーリッツさん、ありがとうございました」  俺はそう言ってから外へと通じる扉をあけて・・・ 「え?」  教会の庭でエステルさんがイタリアンズとじゃれて遊んでいた。 「エステルが大変失礼しました」 「いえ、そんなことはないですよ。イタリアンズが楽しそうでしたし」 「・・・」  俺とモーリッツさんの会話にエステルさんは入ってこない。  俺には顔を向けようともしない、それだけ嫌われたのだろうか・・・  と思ってしまいそうになる。  ・・・実際はエステルさんはイタリアンズの方を名残惜しそうに見つめて  いるから俺の方を見ないだけだった。 「犬、好きなんですね」 「えぇ・・・い、いえ、そんなことはないです!」  俺の問いかけに肯定してから否定するエステルさん。 「うぉん?」 「う・・・」  アラビの鳴き声に反応してるエステルさん。 「朝霧さんは犬がお好きなのかな?」 「えぇ、好きです。それに放っておけないから」 「放っておけない?」 「はい、この子達は捨て犬なんです」 「なんて酷いことを! こんなに可愛い子達を捨てるなんて・・・  地球人は野蛮なのですね!」  エステルさんが妙なところで反応する。  確かに犬を捨てるのは良くないことだから俺は反論はしない。 「・・・その捨て犬を朝霧さんが拾った訳ですな?」 「えぇ、見捨てておけなくて・・・餌代は家族に迷惑がかからないよう  自分でバイトして稼いでいます」 「ほぉ・・・若いのにしっかりされてる」 「・・・そ、そのことだけは感心致しますわ」 「さて、話はこの辺にして、朝霧さんもお帰りなさい、もう遅い時間ですし」 「え!」 「・・・エステルさん?」 「い、いえ、なんでもありません。早くお帰りなさい!」 「ありがとうございました、モーリッツさん、エステルさん」 「また、散歩の時にでもお寄り下さい」 「でも・・・」 「朝霧さんが教会の中にいる間、その犬たちはエステルに見させますから  大丈夫ですよ」 「モーリッツ様がそう仰るのなら是非!」  ・・・わかりやすい人なんだな、エステルさん。  それに、悪い人じゃない。 「わかりました、それではまた」 「お気をつけて」  モーリッツさんとエステルさんに見送られて教会を後にした。  姉さんや麻衣の気持ちになって、か・・・  それで原因が分かるかどうかといえば、きっとわからないだろう。  でも、自分のわがままで二人を困らせることはしないよう、注意  しようと思う。  そして俺が出来ることはして行こう。 「よし、帰るか!」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.8「The Empress(Reverse)」 another view 穂積さやか 「行ってきます」 「いってらっしゃい、お兄ちゃん」  達哉君はイタリアンズの散歩に出ていった。 「・・・はぁ」  麻衣ちゃんは達哉君が出ていった扉をずっと見つめていた。 「麻衣ちゃん?」 「・・・」 「麻衣ちゃん?」 「え? なに、お姉ちゃん」 「どうかしたの? ずっと扉を見つめて」 「私、ずっと見つめてた?」 「えぇ・・・達哉君に話したいことでもあったの?」 「・・・」  考え込む麻衣ちゃん。 「ううん、たぶん無いと思う」 「そう、それじゃぁ私と一緒にお風呂はいろっか?」 「え?」 「たまには達哉君抜きで裸のつきあいも良いと思わない? 麻衣ちゃん」 「えっと・・・」 「ほらほら、準備して二人で暖まりましょう」  私は無理矢理麻衣ちゃんをお風呂にさそう。  そう、「お姉ちゃん」が「妹」の為に出来ることをするために。 「・・・やっぱりおっきいなぁ」  麻衣ちゃんが私の胸を見てそうつぶやいた。 「麻衣ちゃんだってすぐに大きくなっちゃうわよ、達哉君にいつも  愛情込めて揉んでもらってるのだから」 「そうだとすると私が大きくなる頃にはお姉ちゃんはもっと大きく  なってるよ?」 「ん・・・そうなるの、かな?」  麻衣ちゃんはまだ成長期だしこれからだけど私はまだ大きく  なるのかしら? これ以上大きくなると肩こりが酷くなりそうだけど  ・・・達哉君が望むならいい、かな。  二人で身体の洗いっこしてから麻衣ちゃんを背中から抱きしめる形で  湯船につかる。  たまに達哉君と3人で入ることがあるけど、そのときと比べると  ずいぶん浴槽に余裕を感じる。 「麻衣ちゃん、暖かいわね・・・」 「うん・・・お姉ちゃんも暖かい」 「それで、麻衣ちゃんは何を悩んでるのかな?」 「っ!」  びくっとする麻衣ちゃん。密着してるからその驚きは素肌越しに伝わってくる。 「・・・」 「お姉ちゃんに言えない事だったらいいわ。でも言えることなら言って欲しいな」 「・・・お姉ちゃん」  麻衣ちゃんは少し考えてから話してくれた。 「お兄ちゃんね、学院で人気あるの。本人は気づいてないようだけど」  達哉君が学院で人気がある・・・確かにそうなのかもしれない。  私は一緒に学院に行ってる訳じゃないから学院での事は知らないけど  達哉君は格好良いしいざって時の行動力もある。  顔もスタイルも良いしもてないわけはない。  ・・・少し身内びいきの考えしてるかな、私。  そう思う私は麻衣ちゃんの言葉で現実に引き戻された。 「お兄ちゃん、学校でラブレターもらったことあるんだって」 「ラブレター?」 「うん、そのときはちゃんと断ったからって話してくれたんだけど・・・」 「・・・」 「ねぇ、お姉ちゃん。もしお兄ちゃんが他の女の子から告白されたら・・・  私たちは大丈夫なのかな?」 「だいじょうぶよ、麻衣ちゃん。」 「でもでも、もしもお兄ちゃんが知ってる女の子から告白されたら・・・  菜月ちゃんから告白されたらお兄ちゃんは・・・」 「菜月ちゃんが告白したの?」 「ううん、まだだと思う・・・でも最近の菜月ちゃん、すごくお兄ちゃんを  意識してるの。もしかするとって思って・・・」  達哉君にとっての幼なじみの菜月ちゃんが達哉君に好意を持ってる事は  私だって知っている。でもそれは幼なじみの物だって私は思ってた。  でも、いつまでもそうとは限らない。  私の想いや麻衣ちゃんの想いがそうであったように、菜月ちゃんの想いも  変化していくことだろう。  もし、恋心に気づいたのなら菜月ちゃんはどうするのだろう?  告白するのだろうか? 告白した時、達哉君はどうするのだろう?  学院の知らない子からのラブレターや告白は、達哉君はきっと断るだろう。  でも、菜月ちゃんなら断れるのだろうか?  達哉君は優しすぎるから・・・ 「麻衣ちゃん、達哉君を信じてあげましょう」  私は麻衣ちゃんに言葉をかける。それと同時に胸の奥が痛む。 「お姉ちゃん・・・」 「信じて待つってすごく辛いと思うけど、私たちにはそれしかできないわ。  それに、私たちが愛して、私たちを愛してくれる達哉君は信じられない?」 「ううん、そんなことない!」 「だから大丈夫よ、まだ菜月ちゃんがどうするかなんてわからないんだし  私たちはいつも通り達哉君を信じて愛しましょう。」 「・・・うん、お姉ちゃんありがとう!」  麻衣ちゃんが笑いながら私にお礼を言う。 「やっぱりお姉ちゃんはすごいね、相談して良かった」  麻衣ちゃんのまぶしい笑顔に、私は目をそらしたくなる。  そんなことはないのよ、麻衣ちゃん。私は良いお姉ちゃんでいることで  私自身をごまかそうとしてるだけなのよ。  今も麻衣ちゃんのためを思って良い姉を演じることで、私自身を保とうと  しているだけなの・・・  この先家族にとって重大な事があるかもしれないのに、仕事上で発生する  守秘義務という枷のために、家族に黙っていなくちゃいけない・・・  家族を裏切る好意をしてしまってる私を保とうとしているだけなの。  その思いとは裏腹に私は麻衣ちゃんに答える。 「私は達哉君を信じてるもの」 「うん、私もお兄ちゃんを信じる。もちろん、お姉ちゃんもね」 「ありがとう、麻衣ちゃん」  麻衣ちゃんの言葉に再び胸の奥が痛んだ。  ・・・今の私はちゃんと笑っているのだろうか?
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.9「The Tower」  イタリアンズの散歩をしているときから・・・いや、もっとその前からだろう。  嫌な予感がしていた。  教会で話を聞いてもらってから1週間以上たって、姉さんのことは結局何も  進展しなかった。  麻衣の方はというと、だいぶ落ち着いてきたようで今は心配は要らないだろう。 「うぉん?」 「あぁ、なんでもないさ。そろそろ戻ろうか」  心配そうに見上げるイタリアンズに笑いかけながら家への道を戻る。  イタリアンズ達に心配されるほど俺は深刻な顔をしてたのだろうか?  ・・・駄目だな、こんなんじゃ逆に姉さんに心配されてしまう。  ぱしっ、と俺は自分の頬を両手ではさむ。 「よし、帰るぞ」 「ただいま・・・姉さん?」 「おかえりなさい、達哉君」  リビングに入ると、そこにはお風呂上がりの姉さんがバスローブ姿でいた。  ソファに座って何かを飲んでいる。 「それは?」 「今日帰りに買ってきたの、達哉君も飲んでみる?」  ワインだろうか、お酒を飲んでいる姉さん。 「姉さん明日は仕事でしょう? 飲み過ぎないようにね」 「明日はお休みになったのよ、だからだいじょうぶよ」  そういう姉さんの顔はまだ酔っているようには見えない。 「それにね・・・一人じゃ美味しくないの」 「・・・わかった、つきあうよ」 「さすがは達哉君ね、さぁ、ぐいっといってね」  姉さん、ワインはそうやって飲むものじゃないよ、と心の中でつっこみをいれた。  姉さんと二人で静かにワインを飲む。  机の上にはおつまみなどはなく、ただ静かに飲むだけの時間。 「ふぅ・・・暑いわね〜」  バスローブの胸元を大きく開ける姉さん。意識しないようにしてもその胸元に  目が行ってしまう。 「・・・」  俺は自分をごまかすように手元のグラスのワインを一気に飲み干した。 「達哉君すごわいね〜、ついであげる」  俺の横に座った姉さんは俺に寄りかかって、それからグラスにワインを注ぐ。 「・・・」  俺は無言でグラスに口を付ける。 「ねぇ・・・達哉君。今夜は時間、ある?」 「予定は無いけど・・・」 「達哉君・・・えっちしよ?」 「姉さん?」  姉さんはバスローブの胸元を両手を使ってはだけさせていた。 「ね、達哉君・・・しよ?」 「・・・姉さん!」 「え、きゃっ!」  俺は姉さんの両手首をつかんで頭の上にあげさせる。そしてそのままソファに  押し倒した。 「た、達哉君?」  両腕を頭の上で押さえつけられ俺にのしかかられてる姉さんは身動きがとれない。  はだけたバスローブからは姉さんの胸が完全に見えていた。 「あのね、お姉ちゃんは達哉君が望むなら、その・・・そういうのも良いと思うけど  やっぱり優しい方がいいかな・・・ね?」 「姉さん!」 「んっ!」  俺は無理矢理姉さんの口を奪う。  いつもの甘いものではなく、相手を奪うように、陵辱するように激しく、激しく。  俺が目を開くと姉さんも目を開いてた。 「ねぇ・・・どうしたの? 達哉君。なんか怖いわよ?」 「姉さん・・・えっちな事したいんだろう?」 「そ、それはそうだったけど・・・」 「だからさ、俺は姉さんを犯すんだ!」 「っ!」  姉さんが息をのむ。 「姉さんが悪いんだ! 俺を誘うから・・・俺の気持ちをわかってくれないから!  ・・・姉さんの気持ちがわからないから!!」 「た、達哉君。こんなの・・・いや」 「そう言ってもこれはなんなんだ?」 「あんっ!」  バスローブの下には何も着ていなかった姉さんの秘部はすでにびしょびしょに  なっていた。 「興奮してるじゃないか、こんなにも!」  俺は濡れた手を姉さんに見せつける。 「い、いや・・・見せないで」 「こんなに乳首も固くしてるじゃないか!」  姉さんの愛液で濡れた手で姉さんの胸の先を思いっきりつまむ。 「っ!」 「姉さんが望むように、俺は姉さんを犯す」 「や、やめて・・・達哉君・・・あぁぁぁぁぁ!」  ・  ・  ・ 「はぁはぁはぁはぁ・・・んっ」 「・・・」  我に返った時、俺は姉さんを組み伏せたままだった。  姉さんは息も絶え絶えで・・・ 「お・・・俺は・・・俺はっ!」  逃げたくなった、逃げ出したくなった。  俺は一体何をしてたんだ?  そんなこと聞くまでもない、姉さんを犯し続けただけだ。  嫌がる姉さんをずっとずっと・・・ 「うぅ・・・あぁ・・・」 「た、達哉君・・・」  姉さんの力のない手が、俺を引き寄せる。 「自分を責めないで、達哉君・・・私は大丈夫だから」 「・・・うぅ、俺はっ!」  姉さんに抱きしめられながら俺は泣いていた。 「ごめんなさい・・・姉さん、ごめんなさい・・・」 「達哉君も苦しかったのね、気づいてあげれなくてごめんね」  姉さんはずっと俺の頭を撫でてくれた。 「ごめんね、達哉君。そんなに思ってくれてた事に気づけなくて」 「・・・姉さんは悪くない、結局俺はまだ子供だったんだ」  そう、俺は未だに姉さんや麻衣に守られているだけだった。  守れるよう強くなろうとして、強くなれなかった。 「でも、達哉君の気持ちはわかるわ。見守るだけが一番大変なことだって  私は知ってるもの。だって、私はそれが出来なかったんだから・・・  見守るだけができなくて、達哉君に告白しちゃったんだもの」  ・・・姉さんもそうだったんだ。 「私はお姉ちゃん失格だわ、達哉君を苦しめちゃったのだから・・・」 「・・・」 「ごめんね、達哉君」 「姉さん、俺こそ取り返しのつかないことを・・・  謝って済むことじゃないけど・・・ごめん」 「いいのよ。ちょっと怖かったけど、私は嬉しかったから」 「姉さん?」 「達哉君がストレートにまっすぐ私にぶつかってきてくれたことが  嬉しかったの。今まではどこかで遠慮してたでしょう?」 「・・・わからない」 「くすっ、達哉君らしいわ」  そう言って笑う姉さんの顔はすごく穏やかだった。 「でも、そうね・・・今日はちょっと激しすぎたわよ?」 「えっと・・・ごめんなさい」 「たまには刺激的で良いかもしれないけど、やっぱり優しく愛してもらう方が  いいわ、だからそれだけは注意してね、達哉君」 「・・・はい」 「それと、達哉君には責任をとってもらおうかな」  責任・・・俺はそう言われることのほどをしたのだから何を言われても  従うつもりだった。 「達哉君、私をお風呂に連れて行ってくれる?」 「・・・はい?」 「このままじゃべたべたして寝れないでしょう? 汗とか流したいの」 「・・・えっと?」 「達哉君。私ね、今身体に力が入らないのよ・・・だから責任とってね」  その後のリビングの掃除もしっかり責任の一つに入っていた。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.10「Judgement」 another view 穂積さやか  月王国大使館。  以前来たときはカレンに呼ばれた時だったわね。  そしてこの件の話を聞かされてそれから悩んでしまって・・・ 「ほんの少し前の事なのに、もうずいぶん昔の事に思えるわ」  そう思えるということはそれだけいろいろあったということだ。 「・・・ふぅ」 「さやか、お待たせしました」 「ごめんなさいね、カレン。忙しい時に」 「いえ、大丈夫です」  カレンと一緒に大使館付けのメイドさんが入ってくる。  お茶を置いて一礼した後、部屋から退出する。 「それで用件とは?」 「留学生の受け入れの話、お断りに来ました」 「・・・さやか、理由を聞いても良いかしら?」  少しだけ驚いたカレンは、たっぷり間を空けてから理由を尋ねてきた。 「月と地球の交流の為に、月人がホームスティをするのはすばらしいと  思うわ。でもね、そのために何かが犠牲になっちゃいけないの」 「・・・家族、ですか?」 「えぇ」  カレンは私が抱えてる問題を的確についてくる。  さすがはセフィリア様直属だっただけのことはある。 「ホームスティの話、決定するまではいろんな問題があって誰にも  話せないでしょう? それは仕方がないことと私もわかってるの。  でもね、だからといって家族にまで直前になるまで秘密ということに  私は耐えられなかったのよ」 「・・・話してしまったのですか?」 「いえ、話してないわ。でも達哉君や麻衣ちゃんにずっと心配されたままよ」 「・・・」  カレンは目を閉じて考え込んでいるようだった。 「こんなことって思われるかもしれないけど、私にとっては重要な事なの。  だから、今回の話はお断り致します、責任は私がとるわ」 「・・・責任をとる必要なんてありません、さやか」 「でも」 「まだこの話は非公式の段階です。非公式なので責任問題にはなりませんし  何より正式に依頼してません」 「・・・ごめんなさいね、カレン」 「謝らないでください、さやか。まだ早すぎたのかもしれませんから」  それは嘘だと思う。  カレンがこうして打診してきた段階でホームスティが実施されるかどうかは  別としてホームスティ先など絞り込まれている段階だったと思う。  本当に申し訳ない気持ちになる。でも、仕事の為に家庭を顧みない事だけは  したくはないから・・・ 「それではこの件、一度白紙に戻させていただきます」 「お願いします」  私は深く頭を下げる。 「・・・さやか、最後に聞いても良い?」 「何?」 「月人の地球へのホームスティ、どう思う?」  答えは決まっている。 「すばらしいと思うわ、今回のホームスティを望む月人がたくさん増えれば  きっと将来良い仲になれると思うわ、その第一歩ですもの」  お互いを一番遠い隣国と思ってる月と地球、お互いのことを知ろうともしない。  でも、こうして理解しようとする人が増えていけば、きっと今より良い未来が  訪れると思う。だからこそ、私は今の仕事に就いたのだから。 「ありがとう、さやか。時が来たら協力をお願いします」 「えぇ、カレン。この埋め合わせはちゃんとするわね」 another view カレン・クラヴィウス  さやかが帰った後の執務室。 「・・・ごめんなさい、さやか」  居なくなった相手に謝罪する。  すでにホームスティの話は白紙にするなんて出来ないほど進行して  しまっている。  今更理想に敵うホームスティ先を探すなんて不可能なほど・・・ 「一度白紙にした、真っ白な紙に書く内容が白紙にする前と同じ・・・」  私は嘘は言っていなかった。  ホームスティの受け入れの件を白紙には戻す。  ただ、戻った紙に書かれる内容は、おそらくは前と全く同じ。 「これじゃぁ詐欺ね」  親友さえ騙す詐欺。セフィリア様の片腕とまで言われた私の手法。  このことをしったらさやかだって騙されたと思うに違いない。  できる事ならホームスティ先を変えれれば良いのだけど・・・ 「――様が望まれてる」  そう、誰よりもホームスティする――様がさやかの家を望んでいる。 「これも月のため、そして長い目でみれば双方のため・・・」  そのときさやかの言葉を思い出した。 「そのために何かが犠牲になっちゃいけないの」  私一人の犠牲で双方にとってよりよい未来が来るのならば。  さやかの言うことは正しかったとしても。  それでも私は割り切るしかなかった・・・
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 5.11「The World」 「んー、お茶が美味しいわね〜」  左門での夕食が終わった後のリビング。  姉さんは麻衣に入れてもらったお茶をとても美味しそうに飲んでいた。 「お姉ちゃん、今日何か良いことあった?」 「いつも通りよ?」 「そうかなぁ、なんか良いことあったような顔してる」 「そうかしら?」  そういって微笑む姉さんの顔は確かにここ数日と比べると明るい。  それは、良いことがあったのではなく、たぶん・・・ 「姉さん、問題は解決したの?」  姉さんは俺の言葉に一瞬固まった。 「・・・達哉君にはお見通しなのね」  そして照れた顔をしながらそう答えた。 「別にお見通しって訳じゃないよ、なんとなく、かな」 「お姉ちゃん、何か悩み事あったの? 私全然気づかなかった」 「大したことじゃないのよ、それに今は解決してるから」 「でも、私は気づかなかったし、そんなときに悩みを聞いてもらって・・・」 「麻衣が悪い訳じゃないさ、それだけ姉さんが問題を俺達に隠し通せただけだよ」 「でもお兄ちゃんは気づいたんでしょう?」  ・・・確かに気づいた事には気づいたけど、そのときしてしまったことに  ついては後悔してる。成り行きとはいえ姉さんを無理矢理犯したのだから・・・  だけど、それを隠すつもりはなかった。 「実はな、麻衣・・・」 「そんなことがあったんだ・・・」  麻衣のその言葉を俺は黙って聞いた。  あったことを淡々と告白し、言い訳は一切していない。  悪いのは俺なのだから・・・ 「でもね、あのときの達哉君すごかったわぁ」 「そうなの? お姉ちゃん」 「えぇ、理性のたかがはずれた達哉君は狼さんそのものだったわ。  私何度もいかされちゃったし、いくらいっても許してくれなかったし。  いつもと違う世界へ連れて行かれちゃった」  ・・・なんか話が違う方向へ流れてる気がするんですけど。  それに麻衣は頬を赤らめながら姉さんの話に聞き入ってる。 「でも、麻衣ちゃんはそう言うふうに誘っちゃ駄目よ?」 「なんで?」 「だって麻衣ちゃんは普段からいきやすいでしょう? 狼モードの  達哉君に襲われたらすぐに気絶しちゃうわよ?」 「うぅ・・・すぐは嫌だなぁ。いっぱいっぱい愛されたいし」 「だから、普通に愛してもらうのが一番よ? やっぱり少し怖かったし」  あのとき姉さんを怖がらせていた事に心が痛んだ。  そのことを改めて謝ろうと思って口を開こうとしたとき 「でも、くせになっちゃいそう」  ・・・謝るに謝れなかった。 「だから、今度は合意の上にしましょうね、達哉君」 「・・・俺、イタリアンズの散歩に行ってくる」  こういうときは逃げるに限る。 「あー、お兄ちゃん逃げようとしてる♪」  麻衣の楽しそうな声が俺の後ろから聞こえる。 「だーめ、達哉君。今日は逃がさないわよ? 麻衣ちゃん、一緒に散歩  行きましょう」 「うん!」 「帰ってきたら3人一緒にお風呂に入って、3人一緒に寝ましょうね」  俺も本気で逃げる気などは無いから、姉さんの意見に賛成した。  一人一匹ずつリードを持って物見が丘公園まで散歩に行って。  狭いお風呂に三人一緒に入って・・・我慢出来ずにつながって。  3人同じ布団に入って横になる。 「・・・」  寝付けなかった。  俺の横には愛しい人たちが眠っている。  俺の右手は麻衣と、左手には姉さんと手をつないだままで。 「・・・」  妙に頭が冴えてくる。  現実が俺に襲いかかる、いつまでこの関係を続けるつもりだ? と。  何度も考えたけど、未だに良い未来が浮かんでこない。  3人一緒に幸せになれる未来が・・・  それでも俺はあきらめるつもりは無い。  今では俺の一部と言えるほど大切な存在の二人。  その二人無しで俺の幸せは考えられない。  姉さんも麻衣も、そう思ってくれてるだろう。  だからこそあきらめない、絶対3人で幸せになってやる! 「達哉君・・・」 「お兄ちゃん・・・」  二人が寝言で俺を呼ぶ。 「・・・愛してるよ、さやか。愛してる、麻衣」  身動きがとれないのでキスが出来ないのがもどかしかった。  その変わりにつながった手にそっと力を込める。  絶対3人で幸せになる!  この日、俺は人生を書けた目標を見つけだした。  見つけたからこそ、目指そう。そして達成するんだ。  さやかと、麻衣と、俺とで・・・
 Next Episode 夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6 index 夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- index
[ 元いたページへ ]