夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if-


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・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.0「動き出した運命」 「・・・はい、では先方に確認をとりに参ります」  私は通信を終える。 「とうとう来たわね、この時が・・・」  執務室の椅子に深く座り直して目を閉じる。  わかってはいた事だった。なぜなら私がそうするように手配したからだ。  ホームスティの受け入れ場所の選定。  家族がある程度月に理解を持っている事が良い。そのため月に留学した  人物の家庭を第一候補とする。  防犯上の観点からある程度の部屋を持つ一戸建ての家を持つ事が前提。  学院に編入するため、同世代の家族がいるのが望ましい。 「この条件を満たす所なんてあるわけ無いわ」  私は最初そう思った。  ただ、この直後本人からの希望を聞かされたとき、すべてのピースが  収まった。  家族が月に理解があって、家主が月留学経験者、そしてカテリナ学院に  家族の二人が通っている、一戸建ての家に住んでいる人。 「穂積さやか」  すぐに調査が極秘裏に行われた。  親友を調査するなんてすごく嫌なことではあったが、私の仕事上の事は  割り切らないと行けない。  保護者がさやかだけなのが問題だが、片親の子供二人として見るのなら  何も問題は無い、ホームスティ受け入れ条件はすべてクリアされていた。  そしてこの件はさやかに一度伝えられた。  しかし、さやかはこの件を辞退した。  詳しい話は聞いてはいないけど、家族に対する思い入れが大きいさやかの  事だ、守秘義務に関する事で悩んだのだろう。  悪いことをしてしまったと思う。  そして私はもっと悪いことをしようとしている。  一度白紙になったホームスティの件。その白紙に書き込むことは、白紙に  する前と全く同じ内容だった。 「・・・さやか、きっと怒るわね」  さやかの怒る顔を私は想像できない。  それほどみせたことのない表情だからだろう。  私はそれをみたいとは思わない、けど見ることになるだろう・・・ 「これからは一人で飲みに行かないといけないかしらね」  ・・・そう考えるととても寂しい。  それでも月のため、そして地球との友好のために・・・ 「・・・ふぅ」  私は深呼吸してから館員を呼び出そうとして・・・やめた。  この件は私がすべて行わないといけない、たとえ呼び出しを頼むだけで  あっても・・・ 「いえ、礼を尽くすのなら私から伺うべき」  私は机の上の電話を手に取る。  短縮ダイヤルで呼び出す相手は・・・ 「はい、月博物館館長室です」 「こんにちは、さやか」 「あら、カレン。どうしたの?」 「突然申し訳ありません、今夜時間とってもらいます」 「え? 飲みに行くの? でも今夜は定時で帰れるかどうか・・・」 「手配しますので、今夜さやかの家に伺ってもよろしいですか?」 「・・・わかったわ、私の仕事が終わったら連絡するわ」 「よろしくお願いします」  賽は投げられた。  私は月の武官として、セフィリア様の想いを継ぐものとして  最善の選択をしていかねばならない。例え親友を失う事になっても・・・
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.1「かみ合わない歯車」 「・・・」 「・・・」  部屋の中に空気が重い。  直接話し合っていたのは姉さんとカレンさん。俺と麻衣は同席しているだけに  なってしまっている。 「・・・」 「・・・」  部屋の中の沈黙が重い。  隣に座ってる麻衣は不安そうな顔をしている。  当たり前だ。話の内容が内容だ、不安にならない訳がない。  姉さんは、表情が無かった。  怒ってもいないし悲しんでもいない、ただそこにあるだけのような顔をしている。  カレンさんはいつもと同じ表情だが・・・  きっと内面苦しんでいるのだろう、なぜだか俺はそう確信している。  ・・・俺はどうすればいい?  頭の中で起きた出来事を順番に思い返す、そして考えるんだ。 「ほら、カレンも一緒に」 「いえ、私は・・・」  左門で夕食の準備が整った頃に姉さんはカレンさんを連れて帰ってきた。 「カレンさん、せっかくだから食べていかんかね? 一人くらい増えても  だいじょうぶだし、何よりさやちゃんのお友達を待たせるのは忍びない」  おやっさんの一言でカレンさんを交えた夕食となった。  このときはまだ何もおかしくなっていなかったっけ・・・  まかないの夕食後、俺達はカレンさんと一緒に家に戻った。  麻衣が人数分のお茶を煎れてくれてから、俺の横に座る。 「カレン、そんなに改まってどうしちゃったの?」  確かにカレンさんはいつもより緊張してるように見える。 「わざわざお時間とらせてしまって申し訳ございません。さやかと・・・  みなさんにお話があります」  姉さんの言葉に返事を返さず、本題に入っていこうとする。  その姿勢に姉さんも背筋を伸ばす。 「今から話す事は部外秘でお願いします。よろしいですか?」 「あの、カレンさん。そんなに大事な話なら私たちはいない方が良いと  思うんですけど・・・」 「すみません、麻衣さん。麻衣さんも達哉さんもいてください」 「・・・カレン、話を続けてくれる?」 「・・・はい。実はスフィア王国から地球へ留学し地球の事を学びたいと  仰るお方がいらっしゃいます」 「カレン・・・それってあの時の?」  姉さんが驚いている。 「そのお方は地球のことを深く理解したいと思ってらっしゃいます。  そしてそのお方はホームスティを希望しておられます」 「ホームスティって、あのホームスティの事ですか?」 「えぇ、普通の家庭に家族として迎えるホームスティの事です。  我々はホームスティ先を捜すことになりましたが、地球の国間の留学とは  訳が違います。そのため難航してたのですが、ホームスティを望むお方が  さやかを指定してきました」 「姉さんを?」 「はい、達哉さん。さやかは以前月に留学しております。そのときの  さやかを覚えてらして、是非にと・・・」 「私は・・・月で特別なことは何もしてないわ」 「あのお方はそうは思ってません」 「・・・」  俺はのどがからからになってしまい、机の上のお茶を飲み干した。  話の内容が俺の想像を上回りすぎている。  月からのホームスティだなんて、今の地球じゃ信じられない話だ。  それだけでも驚きの話なのに、姉さんが全く喜んでいない。  月と地球が仲良くなるために、そのことを思って仕事をしている姉さんなら  この第一歩を喜ぶはずだ。  なのに表情が硬い。どうしてなんだ? 「ホームスティは5月の中旬から8月いっぱいを予定しております。  こちらのスケジュールはまもなく調整が完了いたします。  後は、朝霧家で受け入れをしていただくだけになりました」  俺はここに来てこの話がおかしい事に気付いた。  月からの留学という大事にしては準備期間が短すぎる。  5月の中旬といえば、もうすぐの話だ。それなのに直前まで連絡が  無いのはおかしいし、何より家が受け入れをすることが前提で話が  進んでいるように感じる。 「・・・カレン、この話は白紙になったはずよね」 「えぇ、一度白紙にしました。そしてその上でこうなりました」 「白紙にした上に、白紙にする前と同じ事を書いた、という事ね」 「えぇ・・・」 「カレン、どういうことなの!」  姉さんが声を大きくする、普段からは想像できない声だった。 「さやかならわかると思います」 「そういうことなの?」 「えぇ、そういうことです」 「・・・」 「・・・」 「あの、カレンさん。良いですか?」 「はい」 「ホームスティの話ですけど、誰が来るんですか?」 「今はまだ言えません、受け入れていただけるのならお話出来ることも  増えるのですが」 「まだ俺達にははなせない、部外秘ということですね」 「はい」 「なら、まだ俺達は引き返せる場所にいると言うことですね?」 「達哉君?」  俺の言葉に姉さんが顔を上げる。 「・・・はい、そう言うことになります」  カレンさんは表情を変えることなく俺の問いに答える。 「なら、話はまず俺達で相談してから決めたいと思います。  受け入れるか断るか。返事はいつまで待てますか?」 「出来るだけ早いほうが良いです。願わくば明日までに・・・」 「全然時間が無いじゃない!」  姉さんが反論する。けど、俺はそれでも十分だと思う。 「わかりました、カレンさん。明日まで待ってください」 「ありがとうございます、達哉さん。それでは私は今日は失礼いたします」  カレンさんはすっとソファから立ち上がる。 「そこまで送っていきます」 「いえ、お気遣い無く」 「玄関まで送るくらいはさせてください」  俺はそう言いながら俺もソファを立つ。 「お休みなさい、さやか、麻衣さん」  カレンさんは一度もリビングを振り返らずそう挨拶をし去っていく。  俺は無言でその後ろについていった。 「ここまでで良いです、達哉さん。ありがとうございました」  玄関を出てすぐにカレンさんは俺にお辞儀をする。 「カレンさんらしくないですね・・・それとも俺が知らないだけで  本当はこうなんですか?」 「そう思ってくださってもかまいません」 「・・・カレンさん」 「はい」 「間違ってたらすみません。でも・・・ありがとうございます」 「え?」  いきなりのことにカレンさんが驚いている。 「わ、私は達哉さんにお礼を言われるような事は何もしてません。  逆に恨まれるようなことをしてるのですよ?」 「・・・そう言うことにしておきます」 「お、大人をからかってはいけませんよ・・・」 「すみません、でも俺は間違ってないと思います」 「・・・」 「カレンさん。カレンさんが望む答えが出せるかはわかりません。  けど、それが俺達の答えなら胸を張って明日報告します」 「・・・ありがとうございます、達哉さん」  そういって微笑むカレンさんの顔はさっきまでとは違ってとても  穏やかで、綺麗だった。 「さやかが羨ましいです」 「え?」 「いえ、何でもないです。それでは私はこれで失礼します」 「お気をつけて」  去っていくカレンさんの背を見送ったあと、俺は夜空を見上げる。 「今夜は長い夜になりそうだな」  頭上には月が浮かんでいた・・・
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.2「非日常の日常」 「どうしたらいいか」  カレンさんを見送った俺はその場から動けなかった。  ホームスティの話の衝撃もそうだが、なにより姉さんの状態が心配だった。  どういういきさつでこうなったかは先ほどの話からしか想像できないが  姉さんはカレンさんにマイナスの感情を持ってしまっているのは確かだ。  こんな状態じゃ何を話しても実りのある答えなんて出ない。 「・・・俺も頭を冷やした方がいいかもな」  時間をおく事も大事だろう。  まずはイタリアンズの散歩でもして。 「・・・そうだ!」  部屋に戻ると姉さんはソファに座ってうなだれていた。  麻衣はどうして良いかわからずに不安そうな顔をしている。 「お兄ちゃん・・・」 「姉さん、麻衣。久しぶりに3人でイタリアンズの散歩いかないか?」 「え?」  突然の提案に驚いた声をあげる麻衣。 「・・・ごめんなさい、達哉君。私はそんな気分じゃ」 「よし、決定。3人で行こう!!」  俺は麻衣と姉さんの手を取る。 「きゃっ、お兄ちゃん!」 「た、達哉君。私は!」  二人の言葉を無視して玄関から表にでる。 「よし、今日はみんなで散歩いくぞ!」 「わふっ!」 「わんっ!」 「わう!」  3匹とも嬉しそうにしっぽをふっている。 「今日はみんなで行くからな、おまえ達誰と一緒がいい?」 「わふっ」 「わん」 「わうっ!」 「あらあら?」  3匹とも姉さんの所によっていった。 「・・・俺って飼い主の威厳ないんだよな」 「ふふっ、そんなことないわよ」  姉さんの顔がほころぶ。 「そうだよ、お兄ちゃん」  ・・・関係ないところで落ち込んでしまった。 「もぅ、仕方がないわね。お散歩行きましょうか」 「わぅ!」 「わん!」 「わふっ!」 「・・・」  やっぱり姉さんは大人気だった。 「ただいまー」 「ただいま」  みんなで散歩から帰ってくる。  俺は散歩の途中で考えた案を実行するかどうか悩んだけど  ・・・後には引けないな。 「姉さん、麻衣。今日は一緒にお風呂入らないか?」 「え?」 「・・・えぇっ!」  盛大に驚かれた。 「た、達哉君と一緒に?」 「おおお、お兄ちゃんが誘ってくれた?」 「・・・」  なんだか恥ずかしくなってきた。  考えてみればえっちしようと言ってるようなものだよな・・・ 「俺、先に入ってるから待ってる」  その場から逃げ出すように脱衣所に逃げ込んだ。  軽く汗を流してからすぐに湯船につかる。 「ふぅ・・・」  散歩の前に自動でお湯をはっておいたので湯加減は最高だった。 「・・・」  俺は考え込んでしまった。  何をするにもまずは姉さんと麻衣を落ち着かせることだろうと思い  散歩にむりやり連れ出して、お風呂まで誘った。 「まぁ、風呂はやりすぎたかもな」  これで二人とも落ち着けば・・・いや、一番落ち着かなくてはいけないのは  俺自身だろう。 「・・・」  身体が暖まり、心が落ち着いてきても考えは浮かばない。  いきなり月の人がホームスティにやってくる、そう言われても全然実感が  わかない。  なにより、この朝霧家に俺達3人以外の誰かがすむだなんて全く想像つかない。 「問題は、俺達自身・・・」  そう、俺達の家族の形は他とは違う。そこにホームスティしてくる全くの  他人が、俺達を知ってしまう事になれば・・・ 「駄目だ、考えが先に進みすぎている」 「何の考えかしら?」 「それはホームスティを受け入れ・・・てっ!?」  俺は返事をしつつ、声をかけられた事実に思わず驚いて後ずさる。 「おまたせ、達哉君」 「お兄ちゃん、おまたせー」  俺の目の前に一糸纏わぬ二人がいた。  二人とも均整が取れた身体をしている・・・って何見てる?  俺は理性を総動員して、顔を背ける。 「せ、せめてバスタオルくらい・・・」 「お兄ちゃん照れてるの?」 「達哉君が誘ってくれたって、そう言うことじゃないのかしら?」 「えっと、俺は普通にお風呂で裸のつきあいを・・・」 「なら、問題ないじゃない。達哉君、頭洗ってあげるからこっちにいらっしゃい」 「それじゃぁ私は背中流してあげるね」  俺は椅子に腰掛け前屈みになっている。  目の前で姉さんが俺の髪を洗ってくれている。  背中は麻衣が力を入れて洗ってくれている。 「・・・気持ちいいな」 「そう? 私力無いからどうかなって思ったけど、よかった」  背後から麻衣の安心する声が聞こえた。 「達哉君、かゆいところある?」 「ううん、べつに・・・」  俺は閉じていた目を開けて、目の前に姉さんの大きな胸があることに気付き  あわてて目を閉じた。  さっきとは別の意味で考えがまとまらなくなってきていた。  これは天国なのか地獄なのか・・・ 「達哉君、お湯かけるわよ?」  頭の上からシャワーを浴びせられる。姉さんの手がそっと俺の頭から泡と  汚れを落としていく。 「ありがとう、姉さん。麻衣」 「・・・お礼を言うのは私の方よ」 「姉さ・・・」  俺の言葉を待たずに、姉さんはその胸に俺を抱き寄せた。 「達哉君なりの、気遣いだったんでしょう?」 「そ、そんなことは・・・」 「あんっ、しゃべらいで。くすぐったいわ」 「・・・」  そう言われると何も言えなくなってしまう。 「お兄ちゃん・・・私はもう大丈夫だよ」  背中から麻衣が抱きついてくる。  小さいながらも柔らかい二つのふくらみと、その先端の堅さを背中に感じる。 「私ももう大丈夫、冷静に考えれるわ。だからみんなでちゃんと考えましょう」 「うん、みんなでちゃんと考えよう、ね、お兄ちゃん」 「・・・あぁ」 「でも。達哉君・・・頭は冷えたけど身体は熱を持っちゃったの・・・」 「はい?」  そういえば、俺は姉さんの胸に抱かれた状態で、気付くと俺の視界の端には  硬くなった胸の先が見えている。 「お兄ちゃんが求めてくれたの、嬉しいの・・・だから」  麻衣は自分の胸をそのまま背中に押しつけてくる。先ほどより二つの堅さが  増してきている気がする。 「「身体の熱も、おさめてね」」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.3「形」 「はい、お兄ちゃん」 「ありがと・・・」  麻衣から冷たい麦茶をもらい、一気に飲み干す。 「ふぅ」 「もういっぱいいる?」 「あぁ、頼む」 「ちょっと待っててね」  麻衣は空のグラスをもって冷蔵庫へと戻っていった。 「・・・なんで二人ともそんなに元気なんだよ」  風呂上がり、俺はぐったりとしていた・・・ 「達哉君、始めましょうか」 「あぁ」  リビングのソファに3人集まる。 「それでは、家族会議を始めたいと思います」  ホームスティに関する家族会議が始まった。 「ホームスティを受け入れるかどうかが今日の議題です。  率直に、どう思うかみんなの意見を聞きたいと思います」 「・・・」 「・・・」  麻衣は不安そうな顔で、俺達の意見を待ってるようだ。  姉さんも落ち着いてきたとはいえ、カレンさんのしたことに受けた  衝撃はまだ残っているだろう。  でも。 「もうみんなのなかで、答えは出てるんだろう?」 「・・・そうね」 「・・・うん」 「月の王族の人が地球に興味をもってくれる、それだけじゃなくてこの  地球で生活してみたいと思ってくれてる。  私は、受け入れてあげたいわ」 「私も、かな。どんな人が来るかわからないのはちょっと怖いけど  月にお友達ができるなんてとっても凄いことだと思うし楽しいと思う」 「俺は・・・」  姉さんと麻衣が俺を見つめる。 「俺は、正直言うと反対だった」 「え?」 「うそ?」  二人とも驚いている。それはそうだろうな。 「カレンさんが来たとき、その場で反対してればきっと受け入れは無かったと  思う。でも反対出来なかった」 「・・・」 「二人の意見を聞きたかったのもあるけど・・・この程度の障害を乗り越えれない  のなら、先はないと思ったんだ」 「達哉君・・・」 「確かに俺達の家族の関係は他とは違うし、将来のことはわからない。  手探りで少しずつ先に進んでいるようなものだ。  だからこそ、俺はこれを乗り越えないといけないんだ」 「お兄ちゃん」 「きっと何かを得れると思う、その何かが将来につながると思うんだ。  だから今は反対はしない」 「達哉君・・・いつのまにかこんなにも頼れる男の子になってたのね」 「姉さん」  姉さんはそっと俺の横に座り直した。 「私はいつも頼ってばかりだけど・・・今度も頼って良いの?」 「いつでも頼って良いんだよ、麻衣」  麻衣も俺の横に座り直す。  俺はそっと二人の肩を抱く。 「・・・私、明日カレンに伝えるわ」 「うん」 「今日の会議はもうお終いね」 「そうだな・・・姉さん、麻衣。今夜は一緒に寝ようか」 「お兄ちゃん・・・まだしたいの?」 「・・・今夜はもう勘弁してくれ」 「そうよ、麻衣ちゃん。これ以上されちゃうと明日立てなくなるわよ?」 「はーい。私も実はそう思ってました。お風呂場でのお兄ちゃん、凄かったし」  確かにちょっと激しくしたかもしれない・・・ 「・・・今日は姉さんの部屋にしようか?」 「私は達哉君の部屋がいいわ」 「私も!」 「わかった」  俺の部屋で3人が寝るとき、まず隣の家に通じる窓を完全に閉じる。  窓の目の前に菜月の部屋があるからだ。  道路側の窓はいつも通りカーテンが閉められるだけ。  そのカーテン越しに月の淡い光が降り注いでいる。 「・・・」 「達哉君、眠れないの?」 「姉さんこそ」 「・・・うん、やっぱり考えちゃうのよ」 「・・・私もだよ」 「麻衣?」 「今度のことも、私は達哉君と関係を持ってなかったらって思って」 「私も、お兄ちゃんとの関係が・・・」 「それは違うよ、姉さん、麻衣」 「達哉君?」 「お兄ちゃん?」 「俺は俺の意志で二人を好きになって、愛して、抱いたんだ。二人とも  それを受け入れてくれた。だから」 「達哉君、それは違うわ」 「そうだよ、お兄ちゃん!」 「違わくなんて無いさ」 「お願いだから達哉君だけ悪者にならないで」 「そうだよ、お兄ちゃん。私たちの意志でもあるんだから」 「それに、今の達哉君の話だと、私たちの思いはどうなるの?」 「私だって、お兄ちゃんが好きで愛してるから抱いてもらったんだよ」 「・・・そうだったな、ごめん」 「まったく、達哉君は頼れる男の子になったかと思ったら、まだまだ  駄目みたいね」 「姉さん・・・」 「だから、お兄ちゃん。私やお姉ちゃんにも頼ってよね」 「麻衣・・・」  それが今の俺達の家族の形。  当たり前のことなのに忘れてしまう、俺達の形。 「さやか、麻衣。これからもよろしく」 「もちろんよ、達哉君。ずっとずっと一緒よ」 「お兄ちゃん、末永くよろしくお願いします」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.4「親友」 「行って来ます!」 「いってきまーす!」 「いってらっしゃい、気をつけてね」  達哉君と麻衣ちゃんが元気に出ていった。 「さてと、私も準備しなくちゃ」  ガスや戸締まりの点検をする、異常なし。  今日の仕事に使う書類も鞄にしまってあるし、後は。  ピンポーン。  まるで私が出かけるタイミングにあわせるようにインターフォンがなる。  ううん、カレンの事だからきっとタイミングあわせたのだろう。  玄関を開けるとそこにはカレンがいつものように背筋を伸ばして立っていた。 「おはようございます、さやか」 「・・・ふふっ、おはようカレン」  私はカレンの様子を見て思わず微笑んでしまう。  見た目は全く変わらないいつものカレンだけど、いつもより少し緊張してるのが  わかる。 「博物館まで送ります」 「えぇ、よろしく」  車の後部座席に私は乗り込む。 「今日は自分で運転するのね」 「えぇ、それでは参ります」  車はそっと動き出す。  歩いてもそんなにかからない博物館までの距離、車ならあっという間だ。  だから私はすぐに話を切り出す。 「カレン、例の件だけど、今大丈夫? それともついてからの方が良い?」 「・・・答えの内容によります」 「そうよね・・・それじゃぁ館長室でお話しましょうか」 「わかりました」  カレンの車は博物館の来客用駐車場に止められる。  私とカレンは従業員用入り口から博物館の中に入り、そのまま館長室へと  向かう。 「着替えてくるからちょっと待っててね、飲み物は」 「おかまいなく」 「そう? それじゃ着替えてくるわ」  博物館の制服に着替えた私は、館長室の扉をロックした。  取り扱う物が取り扱う物だけに、セキュリティは万全になっている。 「さて、カレン。ホームスティはいつ来るの?」 「え?」 「私たちの方で準備することってあるのかしら?」 「さやか・・・それでは」 「ふふっ、ちょっと意地悪だったかしらね。答えはYesよ」 「でも」 「そうね・・・カレンのしたことは貸しにしておくわ。今度カレンのおごりで  チャラで良いわよ」 「さやか・・・ありがとう」 「たくさん飲むから覚悟してね?」 「なら私のとっておきの栓を開けましょう」 「え? いいの?」 「はい、これくらいでも返せないですから」 「ありがとう、今から楽しみだわ」 「・・・さやか」 「なに?」 「ごめんなさい」  カレンが丁寧に頭を下げる。 「カレン、貴方が一番辛い場所に居てくれたのでしょう? 私の代わりに」 「そんなことはありません、でもさやかをだました事には・・・」 「だから、とっておきのお酒、飲ませてくれるんでしょう?」 「・・・わかりました、とっておきを出します」 「約束よ、カレン」 「えぇ、事が落ち着いたら招待します」  そういったカレンの顔は穏やかだった。  先ほどまでの緊張した雰囲気はなく、安心してる、いつもの私の親友の  カレンだった。  昨日の夜はあんなに遠かったカレンが、今はいつもの距離に感じる。  達哉君のおかげ、かな。私の頭を冷やしてくれて・・・  その後はおもいっきり熱くさせられちゃったけどね。 「それで、詳しい打ち合わせは大使館の方が良いのかしら?」 「はい、まずは報告とスケジュールの調整から始めます。その後に朝霧家の  みなさまに正式にホームスティの依頼をさせていただきます」 「それで、誰が来るの? 男の子、女の子?」 「さやか、それはみなさんの前でお話した方が良いのでは?」 「もぅ、もったいつけるわね。でも、確かにそうね」 「それではなるべく早い内に打ち合わせの為にお伺いいたします」 「えぇ、連絡待ってるわね」 「それでは失礼します」 「気をつけてね、カレン」  カレンは立ち上がる。私は館長席に戻り、ロックを解除する。  扉の所まで行ったカレンは振り返る。 「あら、忘れ物?」 「さやか・・・本当にありがとう」  私は笑顔でそれに答えた。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.5「お姫様がホームスティ?」 「今回のお話、受け入れてくれたことを感謝いたします」  カレンさんのその言葉からホームスティの説明が始まった。 「まず、ホームスティに来られるお方ですが、女性が二人となります」 「女の子?」 「えぇ、麻衣さん。年が近いのでいろいろとお願いしますね」 「はい」 「期間はおよそ三ヶ月、ですが最後の一月は公務となるのでみなさんと  一緒に過ごす時間はほとんどなくなるかと思います。」  ・・・あれ? 今聞き慣れない単語が聞こえた気がする。 「カレン、公務って言うことは、貴族階級の人が来られるの?」 「・・・ここで秘密にしても意味がありませんものね。  さやか、ホームスティを希望されたお方は、フィーナ様です」 「・・・え?」  姉さんが驚きの声をあげる。 「ねぇねぇ、お兄ちゃん。その、フィーナ様って偉い人なの?」 「俺もよくわからないよ」 「カレン、もしかしてフィーナ様って、フィーナ・ファム・アーシュライト様?」 「え?」  俺は驚きの声を上げる。  フィーナという名前に心当たりは全くないが、アーシュライトという名前には  心当たりがあった。 「お兄ちゃん?」 「アーシュライトって、月を統治してる現王家の・・・ってことはフィーナ様って  王女様か?」 「え、えぇぇぇ!」  今度の驚きの声は麻衣だった。 「おおお、王女様がホームステイに?」 「麻衣さん、落ち着いてください」 「お、お兄ちゃん、どうしよう?」 「とりあえず落ち着け、麻衣」  そういって俺は麻衣の頭をなでる。 「ん・・・」  人前だけどこれくらいは仲の良い兄妹でもやることだろうし、何より  姉さんのスキンシップでもある。カレンさんならそのことも知っているだろう。 「地球でのホームスティを望まれたのは第一王女。  フィーナ・ファム・アーシュライト様です。将来の事をお考えになられ、  地球での生活を学ばれたいそうです」 「フィーナ様が・・・」 「姉さん、フィーナ様に会ったことあるの?」 「えぇ、私が月に留学したとき宇宙港で会った、女の子よ」  その時のささやかなエピソードがきっかけで、姉さんは月に居る間何度も  フィーナ様と話す機会があったそうだ。 「紆余曲折ありましたが、姫様のホームスティの話は進められ、以前さやかにも  打診させていただいてます。一度は断られましたが、私どもはそれであきらめる  わけにはいかなくなったのです」 「・・・」  姉さんは無言で話の続きを促す。 「フィーナ様が、さやかの家を希望なされたのです」 「フィーナ様が?」 「えぇ、月でさやかと仲良くなっていく内に、一度お会いしたくなったそうです。  さやかの家族に」 「そうなんだ・・・」 「あの、姉さん。月で俺達の話なんてしてたの?」 「えぇ、だって自慢の家族ですもの」 「うぅ・・・お姉ちゃん、恥ずかしいよぉ」 「なんで?」  ・・・この件はおいおい問いつめるとして。 「だいたいわかりました、それでいつからなんですか?」 「そのことなのですが・・・一つ問題がありましてまだ日程が正式には  決まっておりません」 「問題?」 「はい・・・みなさんにはお話しておきます」  カレンさんの話はフィーナ様の名前について、ということだった。  フィーナという名前は地球ではなじみが薄いので何も問題ないのだが  月王家の名前「アーシュライト」は影響力が大きすぎるそうだ。  確かに俺もフィーナという名だけではわからなかったが、月学を学んだことが  ある人ならアーシュライト王家の名前は知っている。 「私どもは偽名を使う案も考えましたが、フィーナ様がそれを拒まれました。  なにもこそこそせず堂々としていればいい、と仰ったそうで・・・」  カレンさんの顔が楽しそうだ。難題のはずなのに、それに挑むのが楽しいという  感じがする。 「フィーナ様は他にもいろいろと私どもの計画を変えてしまいました。  SPの配置を良しとせず、お供にメイド一人のみを連れてホームスティすることに  王を説得してしまいました」 「メイド・・・って、身の回りを世話する人のことですよね?」 「はい、地球連邦ではなじみが薄いでしょうが、王制であるスフィア王国では  今でもたくさんの者がこの職についてます」  教科書で学ぶスフィア王国は確かに、中世の頃の雰囲気だったがここまでとは。 「日程が決まってないと言いましたが、スケジュールは組み上がっております。  その日までにこの問題をクリアしなくてはならないのですが、フィーナ様を説得  できるかどうか・・・」 「あの、カレンさん。フィーナ様は名前を偽るのが嫌なんですよね?」 「はい」 「なら別に偽る必要なんてないじゃないですか」 「達哉君?」 「名前を偽るのではなく、立場を少しだけ変えればいいんじゃないかな?  カレンさんには申し訳ないけど、俺達地球の人はスフィア王国の体制を良く  知らないんです。それを利用して、アーシュライト家の末席とか関係者とか  そういえば、第一王女よりは安心できるんじゃないかな・・・」 「しかし、嘘はフィーナ様が」 「カレンさん、今のアーシュライト家は王以外に誰か居ますか?」 「・・・王以外はフィーナ様のみです」 「なら末席というのは間違いないですね。関係者というのも嘘ではないですよ」 「・・・」  カレンさんは何かを考えてるようだった。 「これくらい受け入れられないような器ならその程度だって言うことですよ」 「達哉君、それは言い過ぎよ!」 「わかってる、姉さん。でもさ、押すだけじゃなく引くところは引かないとね」 「・・・達也さん、貴方は将来政治家に向いてるのかもしれませんね」 「え? そこまでは考えてないですけど・・・」 「ありがとうございます、参考にさせていただきます」 「はぁ・・・」 「それでは、そのほかのことですが・・・」  説明を終えてカレンさんは帰っていった。 「ふぅ、なんだかいろいろありすぎて疲れちゃったわ」 「私、もう何がなんだか」 「でも達哉君があんなこと言うなんて思っても見なかったわ」 「え?」 「いつのまにか達哉君があんなにずるい子になってただなんて・・・  お姉ちゃんショックだわ」 「でもあの時のお兄ちゃん格好良かったよ」 「そうね、成長したっていえばそう言うことなのよね」 「・・・なんか誉められてるのかけなされてるんだか」 「どっちもよ、ね、麻衣ちゃん」 「そうだね、お姉ちゃん」 「・・・姉さん、麻衣。これから大変だと思うけど家族3人でどんな  事でも乗り越えていこうな」 「えぇ」 「うん!」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.6「結界」  家の敷地の外へでる。  振り返ってみると、当たり前だが我が家がある。  ちゃんと見えるし、人がいる気配もちゃんとある。 「本当なんだろうか・・・」  話は先日のカレンさんの説明までさかのぼることになる。 「他には、この朝霧家に結界を張らせていただきます」 「けっかい?」 「えぇ、一種の防御機構ともいうべき物です」 「セキュリティか何かかしら?」 「そう思ってもらえれば結構です」  確かに一国のお姫様が泊まるならそれなりのセキュリティは必要に  なるだろう。 「でもカレンさん、工事とか今からで間に合うんですか?」 「設置自体は大したことはありません。おそらく数分で工事も終わります」 「そんなに簡単なんですか?」 「はい。ロストテクノロジーを使わせていただきます」  ロストテクノロジー。  月と地球が戦争を起こす前の高い文明があった時代のいろんな装置。  今では再現不可能といわれてるものだ。  そんなものを家に? 「今回の結界に関してご説明いたします」  俺の不安をよそに、カレンさんは説明を始めた。 「今回の結界は、セキュリティというよりプライバシーを守るための物です。  この結界が張られた後、この朝霧家は結界の外からはどんな記録装置をもって  しても記録できなくなります」 「どういうこと、カレン?」 「はい、マスコミやその他の悪意を持った人がフィーナ様を撮影されたり、  盗撮されることも考えられます」  確かにそれだけの価値はあるのかもしれない。 「しかし、この結界は機材を通さない物なのです。結界を張った後は  目視でしか、中の様子を認識できないのです。  音声も同じく、直接聞く以外の方法では一切記録出来ません」 「・・・よくわからないんだけど、要するに外から中の様子は一切わからなく  なるっていうことですか?」 「いいえ、厳密には違います。全ての機械を通しての撮影、録音、盗撮等は  一切できなくなりますが、普通に家に近づけば音は聞こえますし中の様子は  見ることもできます」 「つまり、対マスコミ用の装置と思えばいいのね」 「はい」 「なんていうか・・・便利な機械ですね」 「私どももどういういきさつでこのロストテクノロジーが作られたのかは  わかりませんが・・・」  カレンさんの話だと、人が住める場所が少ない入植当時の月での、王家の  プライバシーを守るための物ではないかという事らしい。 「工事は明日にでも行わせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」  そして結界が設置された朝霧家。  特に何も変わったようには見えないが、敷地の四方にロストテクノロジーが  埋め込まれてる。 「お兄ちゃん、何やってるの?」  縁側に通じるドアを開けて、麻衣が顔をだした。 「実際どう見えるか試してみたくてな」  俺は手に持ったデジタルカメラを見せる。 「カレンさんの話だと、お兄ちゃんの位置からだと私は写らないんだよね?」  昨日のカレンさんの説明の時は黙ってた麻衣。  黙ってたのは理解が追いつかなかったからだそうだ。  俺も理解しきってないが・・・ 「そのはずだ。麻衣、撮るけど良いか?」 「いいよ、可愛く撮ってね」 「写ればだけどな・・・」  俺はデジカメを構えて・・・すぐに気付く。 「フレームに麻衣が居ない」  そう、デジカメのモニターの中には確かに朝霧家が写っているし、縁側の  扉もあいている。  しかし、そこにいるはずの麻衣は写っていなかった。  あわてて麻衣を直接見ると、そこには不思議そうな顔をした麻衣が立っている。 「麻衣、ちょっとこっちに来てごらん」 「うん」  サンダルを履いて麻衣が俺の所まで来る。 「麻衣、デジカメのモニターを見ててごらん」  そういってデジカメを渡した俺は家の敷地の中に入る。 「あっ! お兄ちゃんが消えちゃった!」 「そういうことらしい」  麻衣が俺の所まで駆け寄ってくる。 「あ、お兄ちゃんが写った!」  家の敷地の中、結界の中にはいると普通に撮影はできるようだ。 「機材を通してのみ見ることの出来ない結界か・・・」  昔の月は、こんな機械を生み出さないといけないほどの環境だったのか。  俺の知らない月の世界を見た気がした。  リビングまで戻ってきた俺は麻衣にお茶を煎れてもらった。 「ねぇ、お兄ちゃん・・・外から見えないってことは何しても平気なのかな?」 「だめだろう、機材を通さなければ見えるんだから」 「そっかぁ、もし見えないのなら何も気にすることなく出来るのにね」  何を・・・とは聞けなかった。  それは麻衣の顔をみればわかることだからだ。 「ねぇ、お兄ちゃん。三ヶ月・・・ホームスティは三ヶ月もあるんだよ・・・  私、そんなに長い間お兄ちゃん無しできっと我慢できないよ」 「・・・俺だって難しいよ。でも乗り越えないと行けないんだよ」 「うん・・・わかってる、けど」 「大丈夫だよ、麻衣。抱きしめるくらいは出来るとおもう」 「抱きしめてくれるだけ?」 「・・・」 「・・・ごめんなさい、お兄ちゃん」 「なんで謝るんだ」 「困らせたかったわけじゃないの、ごめんね」 「謝ることは無いさ、俺だって・・・我慢できるかどうかわからないしな」 「我慢しなくていいよ、お兄ちゃん。私はいつだっていいんだから」 「でも、ホームスティの間はそうはいかないだろう。これも試練さ」 「・・・」  麻衣が沈んだ顔をしてしまう。  俺は麻衣のこんな顔を見たくはない、けど何度もいうように俺はこの試練を  乗り越えなくちゃいけないんだ、今後の為に・・・ 「大丈夫よ、麻衣ちゃん」 「あ、お姉ちゃん。おはよう」 「おはよう、麻衣ちゃん、達哉君」 「姉さん、大丈夫って何が?」 「実はね、博物館の館長室の裏には館長専用の宿泊施設があるのよ。  それに、館長室も鍵はかかるしその性質上防音はしっかりしてるの」 「・・・」  なんとなく姉さんのいいたいことがわかったきがする。 「だから、麻衣ちゃん。どうしても我慢出来なかったら博物館にみんなで  行きましょう」 「うん、ありがとう! お姉ちゃん」 「・・・いや、それは本末転倒って気がしないでもないんだけど」 「達哉君は、私たちとするのは嫌なの?」 「そんなこと無いよ、俺だって姉さんや麻衣をいつでもどこでも愛したいよ」 「なら問題ないじゃない、いつでもどこでもいいんでしょう?」 「・・・」  何故か、負けた気がした。 「大丈夫よ、麻衣ちゃん。三ヶ月ずっと家にいられる訳じゃないし、今から心配  しても始まらないわ」 「うん、そうだね・・・」 「だから、今のうちにたくさん愛してもらいましょう」 「・・・え?」  どうしてそう言う流れになる? 「それじゃぁ達哉君、麻衣ちゃん。みんなでお風呂入りましょうか」 「うん、入ろうよ、ねぇお兄ちゃん」 「えっと・・・?」 「達哉君、私たちと一緒にお風呂はいるの、嫌なの?」  ・・・姉さんにそう言われて断れる訳がない。 「お兄ちゃん、しよ♪」  麻衣の上目づかいの瞳に俺は耐えられない。 「ホームスティが始まる前に」 「我慢できるように」 「「いっぱい愛してね」」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.7「偽り」 「お兄ちゃん、朝だよ」  麻衣の声に起こされるいつもの朝。 「・・・」  ではなかった。いつもはここでいろんな事が起こる朝だけど、今日の麻衣は  おとなしい。 「ほら、早く起きないと遅刻しちゃうよ?」  いつもと違う反応にとまどいながら俺は上半身を起こす。 「おはよ・・・」  麻衣の顔を見た瞬間、俺の心が締め付けられる。  いつものまぶしい笑顔は無く、仮面を付けたような笑顔だった。 「朝ご飯の用意できてるから、早く降りてきてね」 「麻衣!」  部屋から出ていこうとする麻衣の手をつかむ。  だが、麻衣は俺の手をふりほどく。 「駄目だよ、お兄ちゃん・・・」 「麻衣?」 「だって・・・私たちは兄妹なんだよ?」  そう言って麻衣は部屋から出ていった。 「・・・」  当たり前の言葉に、俺は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。 「達哉君、顔色悪いけどだいじょうぶ?」 「だいじょうぶだよ、姉さん」  朝食の席、俺は思ったより酷い顔をしてたらしい。  しきりに姉さんに気を遣わせてしまった。 「ごちそうさまでした」 「麻衣ちゃんも・・・ううん、なんでもないわ」  麻衣はあまり朝食が進まないようだった。 「それじゃぁ私学園に行って来るね」 「麻衣!」 「いってきまーす!」  麻衣はリビングを出ていった。 「・・・」 「ふぅ・・・後かたづけは私がして置くから達哉君も支度して」 「あぁ・・・姉さんは時間大丈夫なの?」 「今日はお休みですもの」 「そっか・・・それじゃぁお願いするね」 「まかせておいて」 「・・・」  ここ数日、毎日の用に一緒に登校してた通学路。 「ねぇ、達哉。麻衣と喧嘩したの?」 「してないよ」  今日は麻衣がいなかった。 「なんでも朝練があるとかで先に行っただけさ」  そう、それだけのことなのに・・・ 「ふぅん・・・でもさ、早く謝った方がいいよ?」 「・・・菜月、俺の話をどう受け止めればそうなるんだ?」 「だって、麻衣と喧嘩だなんて絶対達哉が悪いに決まってるじゃない」  喧嘩してないっていってるのに、菜月の中では喧嘩したことになって  いるようだった、それも悪いのは俺のようだ。 「謝って済むようならそうするさ。だけど喧嘩じゃないから・・・」 「・・・」  菜月も口を紡ぐ。さすがにこの問題は家族以外ではどうしようもない。 「ほら、いくぞ!」 「あ、まってよ達哉!」 「ねぇ、朝霧君。ちゃんと麻衣に謝らないと駄目だよ?」  教室に入ってきた遠山の最初の言葉がこれだった。  俺ってそう言うふうに見られてるのか?  ・・・ちょっとショックだった。 「ただいま」 「おかえりなさい、達哉君」 「姉さん、麻衣帰ってる?」 「まだ帰ってないけど、一緒じゃなかったの?」 「朝から一度も会ってないんだ・・・」 「そう・・・心配だけど、達哉君は達哉君の事をしなくちゃだめよ?」 「・・・わかってる」  麻衣だって子供じゃない、それに今は自分を捨てて探しに行くときじゃない。  だから俺は俺の事をするだけだ。  そう言い聞かせながらバイトへと向かう。 「タツ、だいじょうぶか?」 「はい、だいじょうぶです」 「ならもう少し気合い入れろ!」 「はい!」  バイトで失敗はしていない、身体は覚えてる通りに動いてくれる。  それでも俺の出す雰囲気は良くない物だろう。 「・・・よしっ!」  バックヤードへ一度入ってから自分の頬をはたく。 「これじゃぁ姉さんや麻衣に心配させちゃうからな」  気合いを入れ直して、俺はホールへと戻った。 「こんばんは、左門さん」 「こんばんは」  閉店してから姉さんと麻衣が店にやってくる。 「・・・」  麻衣はちゃんと家に帰ってたようだ。よかった・・・けど、麻衣の顔に  いつもの笑顔はなかった。 「麻衣ちゃん、どうした?」 「え? なんでもないですよ」  そういって微笑みながら椅子に座る麻衣。 「・・・」  それを心配しながら見ている姉さん。 「・・・仁、今日のメインは俺が作るぞ」 「お任せしました親父殿!」 「仁はあれをだしてやれ」 「了解!」  いつもよりちょっとだけ豪華なまかないに、仁さん特製の採算がとれない  試作品。だけど俺は味が全然わからなかった。  麻衣も、きっと姉さんもそうだと思う。 「ありがとうございました、左門さん」 「力になれずに悪かったな、さやちゃん」 「いえ、そんなこと無いですよ。美味しかったですし」 「・・・がんばれよ、さやちゃん」 「左門さんにはお見通しなんですね・・・がんばります」 「あぁ。タツ、後かたづけは良いから帰って良いぞ」 「え、でも」 「ほら、達哉は帰った帰った、邪魔よ?」 「菜月・・・」 「達哉君、これは貸し1ということで」 「兄さんの事は良いからほら、早く帰るの!」  そういって背中を押してくれる菜月。 「・・・ありがと。お先にあがります!」 「おぅ、お疲れさま」  朝霧家のリビング。  そこに集まったものの、誰も口を開こうとしない。 「・・・」 「・・・」 「・・・」  おやっさんや菜月に・・・それと仁さんにも心配させてしまった。  そのことが俺に重くのしかかる。  きっと麻衣も姉さんにものしかかってることだろう。 「もう・・・駄目ね」 「っ!」  姉さんの言葉に麻衣がびくっと肩をふるわせる。 「そうよね、達哉君・・・もう、終わりにしましょう」 「・・・そうだな、終わりにするか」  ここまで良く持った方だと俺も思う。 「終わりにしよう」  俺はそう、宣言した。  ・  ・  ・ 「お兄ちゃん♪」 「達哉君♪」  宣言した直後、俺の左右に席を移した姉さんと麻衣は、俺に抱きついてきた。  そしてそのままずっとべったりだった。 「んふふ〜、お兄ちゃん♪」  麻衣は反動が大きく時折頬ずりまでしてくる始末だった。 「麻衣、ほどほどにしておいてくれないか?」 「えー、だって今日1日とっても苦しかったんだよ?」  そう言われると許してしまいそうになる。 「そうよ、達哉君。私だって我慢してたんだから」 「姉さんはそうは見えなかったけど?」 「私は前からずっと我慢してたから、そのくらいの演技はできるわよ。  それに、私はお姉ちゃんですもの」  そう言いながら麻衣と同じように頬ずりしてくる。  今回の騒動は、みんなで決めたシミュレーションだった。  ホームスティを受け入れてる間は俺達は前の関係に戻らなくちゃいけない。  妹の麻衣と、従姉の姉さんとの、3人家族に。  その練習を、というのが今日のことだった。  しかし想定外の事も起きてしまった。 「姉さん、おやっさんに心配させちゃったね」 「えぇ、悪かったと思ってるわ。でも、謝ることは出来ないわ・・・」  そう、謝るにはその理由も必要となってくる。  その理由は今は言えないし、その根本にある関係の事も今は言えない。 「今度はもう少し上手くやらないとな」 「え? またやるの? 私嫌だな」  麻衣が驚いた声で反論する。 「それでもやっておかないとな、いきなり本番で失敗するわけには  いかないだろう?」 「うん・・でも、苦しいよ・・・」  わかってる、麻衣の苦しい顔を見たくはない。  でも・・・それでも・・・ 「ねぇ、麻衣ちゃん。苦しさを我慢する方法、教えてあげようか?」 「お姉ちゃん、そんな方法あるの?」 「えぇ、私が今日試してみたの」  そんな良い方法あるのなら俺も参考にしたいな。  俺も姉さんの方法が気になった。 「あのね、麻衣ちゃん。がんばった後にはご褒美があるのよ」 「ご褒美?」 「そう、達哉君がたくさん、愛してくれるの」  ・・・はい? 「本当! お兄ちゃん!!」  麻衣がすごい勢いで俺に聴いてくる。 「姉さん・・・それって俺のご褒美にはなるの?」 「えぇ、なるわよ。だって私と麻衣ちゃんが達哉君をたくさんたーくさん!  愛してあげるもの。ね、麻衣ちゃん」 「うん、お兄ちゃんをいっぱい愛してあげる! だから私をいっぱい愛して!」 「・・・」  なんか上手く丸め込まれた気がしないでもない。  でも、そんなご褒美ならみんなでがんばれるかもしれない。 「そうだな、それでいいのならそうしようか」 「うん!」 「それじゃぁ達哉君、今日のご褒美・・ちょうだい」 「え?」  今日の・・・って今日からか? 「お姉ちゃん、その前にお兄ちゃんに気持ちよくなってもらおうよ」 「そうね、達哉君のご褒美から始めましょうか」  そう言って俺に抱きついたまま二人は立ち上がる。  俺は両腕を引っ張られる形で立ち上がった。 「あの・・・どうされるんでしょうか?」  思わず丁寧に質問してしまう俺。 「まずは身体を綺麗にしましょうね」 「お兄ちゃん、お風呂一緒にはいろう! お兄ちゃんの身体洗ってあげる」 「達哉君を綺麗にしたら、私たちを綺麗にしてね」  なんかつい最近も同じような展開だった気がするんですけど・・・ 「達哉君」 「お兄ちゃん♪」  二人の嬉しそうな、偽りではない本当の笑顔。  その笑顔を見たら、何でもしてあげれそうな気がした。 「よし、がんばるぞ!」 「やん、お兄ちゃん、お手柔らかにお願い、ね?」 「ふふっ、達哉君今日はやるき満々ね」  あ・・・ 「いや、その、この後の事じゃなくてホームスティでの事をがんばるぞって  言おうと思っただけなんだけど・・・」  あわてて訂正する。その言葉を聞いた二人は 「達哉君、今夜はがんばってくれないの?」 「お兄ちゃん・・・」  悲しそうな顔をする。これが演技だってわかっているのに・・・  あー、もう、どーにでもなれ! 「今夜は二人とも覚悟して」 「受けてたつわ、達哉君」 「私もだよ、お兄ちゃん!」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 6.8「月光」 「お兄ちゃん、よろしくお願いします」  ぺこっと頭をさげてから、麻衣はフルートを口元に運ぶ。  ほどなくして、いつもの音色が聞こえてくる。  俺は芝生に寝ころびながら、麻衣のフルートの演奏を聴いていた。 「・・・」  心地よい、麻衣の演奏を聴きながらいつもの俺なら眠ってしまっているだろう。  でも、今日は眠くはならなかった。  青空を見上げると、そこに白い月が浮かんでいた。  もっとも遠く、本当の意味での異国が月にある。  その月の王家のお姫様が、我が家にホームスティに来ることが正式に決まって  ほんの数日、目立たないようにあわただしく準備は進められて来た。 「お兄ちゃん?」 「ん? あぁ、ごめん。考え事しちゃってた」 「そっか」  そういうと麻衣も俺の横に座った。  作:ブタベスト様 「制服汚れるぞ?」 「寝転がってるお兄ちゃんがそれを言うの?」  そういって笑う麻衣。 「不思議だよね、あのお月様のお姫様が来るだなんて、まだ信じられないよ」 「そうだな、俺もこの目で見るまで信じられないかもな」  二人で青空に浮かぶ月を見上げる。 「どんな人が来るのかな?」  あの後、俺は自分なりにいろいろと調べようとした。  しかし、フィーナ姫の名前は見つかるものの写真や映像は見つからなかった。  唯一肉親の、前の王女であったセフィリア王女の写真だけが、月学の教科書に  載っていただけだった。  セフィリア王女の写真はとても美しかった。その娘となるときっと美人に  違いない・・・と、客観的に思う。  俺は横に座ってる麻衣の顔を見る。 「なに? お兄ちゃん」 「・・・なんでもない」  俺は視線を月に戻す。  どんな女性が来ても関係ないさ、俺には麻衣と姉さんが居てくれるのだから。 「ねぇ、お兄ちゃん。私、王女様とお友達になれるかな?」 「・・・それは難しいかもな」 「そうだよね・・・」  俺の答えに苦笑いしながら麻衣は顔を伏せる。  その仕草をみて、麻衣の勘違いしてるのがわかる。  だから、俺は願いを込めて麻衣に言う。 「友達じゃなくて、家族になるかもしれないんだしな」 「え?」 「ホームスティってそう言うもんだろう?」 「・・・なれるのかな、私たち、家族に」 「大丈夫だよ、麻衣」  麻衣の心配は尤もだった。  特殊な俺達の関係、そのことを隠しながら家族と言えるのだろうか?  答えは否だ。  本当の家族なら隠し事はしないし、したくないと俺は思う。  それが俺達の家族の形だから。  それでも・・・ 「王女様がホームスティしてる間だけは、間違いなく家族だと俺は思うよ」 「そうだよね。お兄ちゃん、ありがとう」 「まぁ、先方がどう思うかはわからないけどな」 「もぅ、お兄ちゃんったら」 「こればかりは俺にはどうしようもないからな。それじゃぁ帰るか」 「うん!」  数日後、月のお姫様のホームスティが始まった。  このとき、俺の過去とフィーナが関わっていただなんて、夢にも思わなかった。
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