夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if-


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・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.0「暗転」 side Sayaka 「行ってらっしゃい、気をつけてね」  達哉君と麻衣ちゃんを送り出してから、私はソファにすわる。  そしてクッションを抱きしめて、そのままソファに横になる。  誰もいないのだけど、誰にも見られないように顔をソファに埋める。  「・・・私、何をしちゃってるんだろう」  今の私はきっと顔中真っ赤になってると思う。  朝が弱いのは私自身知っている、ぼーっとして、頭がすっきりするのにすごい  時間がかかる。  でも、その間の記憶がなくなる訳じゃない。  寝ぼけて達哉君に抱きついたこと、胸元のボタンがはずれてはだけていたこと、  そしてデートに誘われたこと、しっかり覚えてる。  お姉ちゃんでいなくちゃいけないって、今ならしっかりとわかってる。  その理性が無い時は本音で行動してしまうことが今朝わかった。 「気をつけないと、壊してしまう」  そう、今の関係は薄い氷の上を歩いてるようなそんな関係。  何がきっかけで歩いているところが割れて壊れてしまうかわからない。  それを壊すわけには行かない。 「ここまでやってこれたのだもの、だいじょうぶよね」  その問いかけに答えてくれる人は誰もいない。 「洗い物しちゃわないと」  朝ご飯の後かたづけは私が任されたのだからちゃんとしなくちゃ。  のろのろとソファから起きあがって、私はキッチンに向かう。 「・・・デートのお誘いだったら嬉しかったんだけどなぁ」  そのとき私自身気づかずに漏らした独り言は、すでに危うい道を歩き始めている  事実だ、ということにまだ気づかなかった。 side Mai 「気をつけなくっちゃ」  私は何もないように振る舞ってたつもりだった。  でも朝お兄ちゃんやお姉ちゃんに感づかれそうになった。  私が抱えてる問題は私自身の問題。  お兄ちゃんやお姉ちゃんを巻き込むわけには行かないから。  もし巻き込んだとしたら、今の関係が変わってしまうから・・・  私の居場所を失いたくない、私ががんばればいいだけのことだから。  そのときホームルーム開始のチャイムが鳴る。  私は気持ちを切り替える、いまは勉強の時間だ。 「・・・よしっ!」  大丈夫、切り替えはうまくいった。  今日も1日がんばるぞ、ううん、がんばらなくっちゃ! side Tatuya 「ねぇ、朝霧君。ちょっといい?」 「遠山、何?」 「あのさ、最近の麻衣ちょっと変じゃない?」 「・・・」 「あ、やっぱり朝霧君も思うところあるんだ」 「いや、正直よくわからない。違和感を感じる気がするんだけど・・・」 「・・・そっか。あのさ、最近の麻衣のフルートなんだけどさ。  聞こえてくる旋律が以前と違うの」 「違う?」 「うん、楽器っていうのはその人の状態を音で表してしまう物なの。  最近の麻衣は楽しんでフルートを吹いている時とね、音が微妙に違うの」 「・・・麻衣は楽しんでいない?」 「ううん、そうじゃないの。楽しんでいるのは間違いないんだけど・・・  その、旋律に迷いがあるっていうか・・・あー、私も良くわかんないの!」  遠山も何か引っかかってるようだ。 「ただね、絶対何かが違うのだけはわかるの。だから朝霧君に聞いて  みようと思ったのだけど」 「ごめん、俺も良くわかんないんだけど、今夜話してみようと思ってるんだ」 「そっか、朝霧君も考えてたんだね。」 「なんだか普段何も考えてないような言われようだけど?」 「や、やだなぁ、気のせいだって」 「目線そらしての言い訳に説得力は無いと思うぞ?」 「そ、そんなことは、ないよ?」 「・・・まぁいいさ。」  今は遠山の態度より麻衣のことが気になっていた。  お昼休み、菜月と食事をとろうと思ったら、教室からいつのまにか  いなくなっていた。また職員室に行ったのだろうか?  専門校への推薦を受けるのも大変なんだなぁ。 「今日は一人で食べるとするか」  そう思ったとき、菜月が教室に駆け込んできた。 「達哉っ!」 「菜月?」  ただならぬ気配に教室中が静かになる。 「麻衣が倒れたの! 早く保健室に!」  目の前が真っ暗になった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.1「境界 T」 side Tatuya 「待って、達哉」  後ろから菜月が追ってくる気配がするが、そんなことはどうでもいい。  今は一刻も早く麻衣の元へ行くことが先決だ。  廊下を走って階段を駆け下りて保健室まで後少しという所で菜月に  追いつかれた。 「達哉!」 「菜月、邪魔するな。麻衣の所へ行かなくちゃ!」 「達哉っ!!」  菜月は俺の両頬に両手を添えた。 「達哉があわてるのはわかるけど、落ち着いて」 「落ち着いてなんていられるか」 「・・・ふぅ。じゃぁ麻衣のことを考えてみて」  考えるまでもない、倒れて保健室で寝ているだろう麻衣に今すぐに会いに  ・・・寝ている麻衣に? 「落ち着いた?」 「・・・あぁ、済まない。」 「まったく、あのままの勢いだと保健室のドアを麻衣っ!って叫びながら  扉を開けての突撃、みたいだったわよ」 「ごめん」 「麻衣は倒れたのだから安静にしないといけないのだから静かに、ね?」 「ありがとう、菜月はすごいな」 「え?」 「俺は何がなんだかわからなくなったのに、菜月は落ち着いていられるんだから」 「そ、そんなことないわよ、私だって最初に聞いたときは慌てちゃったもの。  でもね、慌てる達哉をみたら逆に落ち着いちゃった」 「そっか」 「はい、落ち着いたら麻衣の様子を見に行きましょう」 「・・・でさ、菜月」 「何?」 「いつまで俺の頬を押さえつけてるんだ?」 「・・・」 「・・・」  ぼんっ! 「ごごごご、ごめ、ごめんなさいっ!」  慌てる菜月をみて、あぁ、そう言うことか。  人が慌てる姿を見るとこうも冷静でいられるのか、と納得した。  コンコン 「失礼します」  ノックをしてしずかに保健室のドアをあける。 「あら、妹思いで有名な朝霧君なら名前を呼びながら駆け込んでくると  思ったのに、ちゃんとしてるわね。二重まる♪」  部屋の中にいた保健の先生は胸の前で人差し指でくるっとまるを2回書いた。  いつもならその仕草に苦笑いしているところだが、実際先生の言うとおりに  してたかもしれないと思うと笑うに笑えなかった。 「先生、麻衣は?」 「今はベットで眠ってるわ。」  俺の問いかけに先生は少し真面目な顔をして答えてくれた。  そっとカーテンをあけて覗くとベットの中で眠ってる麻衣の姿があった。 「よかったぁ、なんともなさそうで」  今まで静かにしてた菜月が泣きそうな顔をしながら安心してた。 「えぇ、今は安定しているから安心よ」 「・・・先生、今はって言うことは」 「あら、ちゃんと私の言葉を理解してくれたのね。二重まるっと」 「先生っ!」 「でもあわてん坊さんなのは減点かな。落ち着いて、朝霧君。  はっきり言うわよ、今の貴方は出来ることは無いのだから」  それは俺の一番嫌いな言葉だった。  出来ることが何もない・・・  俺は麻衣のベットから離れて椅子に座り込んだ。 「あら、ちょっとショック大きかったかしら?」 「先生、からかうのは止めてください」 「鷹見沢さん、私は事実を言ったまでよ」 「でもっ!」 「そうね、じゃぁ鷹見沢さんに出来ることをしてもらおうかしら」 「朝霧さんの状態を説明するわね。いい?」 「・・・はい。」 「倒れた症状は軽い貧血よ」  軽い貧血・・・良かった。何か重い病気になった訳じゃなかったんだ。 「貧血になった理由は私にはわからないわ。ただ、朝霧さんは思った以上に  弱っている、その上で何かあったのだと思うの」  麻衣が弱ってる? 衰弱しているっていうこと? 「過労というよりはおそらく心労ね。それ故に私も医者にかかっても  どうしようもないわ。その原因を突き止めて解決しないかぎりは、ね」  先生が説明してくれた内容は頭では理解した。  だが、心が理解してくれなかった。  あれだけ元気な麻衣が、精神的にまいっていたという、そのことに俺は  全く気づかなかった。  俺の知らないところで倒れるところまで進行していただなんて・・・ 「とりあえず今日は早退させます。私が車を回すから送っていくわ」 「・・・はい、ありがとうございます」  そのときドアをノックして菜月が入ってきた。 「先生、お待たせしました」 「ご苦労様、鷹見沢さん。残念だけど鷹見沢さんは早退は無理だから教室に  戻りなさいね」 「はい。達哉、麻衣のこと頼むわね。それとバイトはお休みになったから」  そう言いながら二つの鞄をわたしてくれた。 「俺の鞄と・・・麻衣の?」 「うん、先生に言われて準備してきたの。早退の手続きも終わってるから」 「・・・ありがとうな、菜月」 「達哉、あんまり自分を責めちゃだめよ?」  その菜月の言葉に返事が出来なかった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.2「境界 U」 side Sayaka  昼休みの館長室、今日はカレンと一緒だった。 「カレン、今回のことありがとうね」  月をもっと良く知ってもらうために、博物館ではいろんな展示をしている。  そして今度貴重な資料を月の王宮の資料室から借りてこれることになった。  その橋渡しをしてくれたのがカレンだった。 「私は適正な仕事をしただけです、王宮にさやかの熱意が伝わったのが一番の  成功の理由だと思います」 「そうだと嬉しいわね〜、それに成功って言うのはまだちょっと先よね」  今日この後大使館員との会議があって、そこで正式に決まる事になるだろう。  決まれば博物館での特別展示が行われ、また忙しくなるだろう。 「館員達にはまたちょっと苦労かけちゃうわね」 「さやかは本当にそう思ってる?」 「・・・実はかける苦労はちょっとだけじゃないと思ってました」 「まったく、さやかったら」  二人で笑いあう。 「ともかくこの後の会合次第、さやかの腕の、いえ、熱意の見せ所ね。」 「えぇ、がんばるわ」  突然携帯の呼び出し音が聞こえてきた。 「あら?」  私はハンドバックから携帯を取り出す、達哉君からだった。 「なにかしら・・・カレン、ちょっとごめんなさいね」 「いえ、おかまいなく」 「もしもし、達哉君?」 「・・・姉さん、落ち着いて聞いて欲しいんだ」  ただならぬ達哉君の声を聞いて私は緊張した。 「学園で麻衣が倒れたんだ」 「え? 麻衣ちゃんが倒れた?」 「今先生に送ってもらって家に帰る途中の車の中なんだ」 「麻衣ちゃんの様子はどうなの? だいじょうぶなの?」 「保健の先生の話だと、軽い貧血だって・・・」 「そう、酷くなくて良かったわ。私もすぐに戻るから」 「姉さん」 「タクシー呼ぶからすぐにもどるわね」 「姉さんは・・・戻らなくて大丈夫だよ」 「達哉君?」 「麻衣は俺が見てるから、姉さんは仕事の方をちゃんと・・・」 「何言ってるの! 麻衣ちゃんが倒れたのよ?」 「姉さん、落ち着いて。麻衣のことも考えて・・・」 「麻衣ちゃんの事を考えてます! 戻らないわけにいかないでしょう?」 「だから姉さん」 「すぐに戻るから!!」  私はそう言うと携帯のスイッチを切った。 「さやか、麻衣さんが倒れたという話ですが・・・」 「軽い貧血だって達哉君が言うけど、心配だから私は帰るわ」 「・・・さやか、この後の会議はどうするつもりですか?」 「っ!」  そうだ、この後博物館の展示に関する会議が・・・ 「・・・仕事よりも麻衣ちゃんの、家族の方が大事だわ」 「それは今のさやかの考えなの?」 「えぇ」  仕事なら挽回する機会はいくらでもある、今は倒れてしまった麻衣ちゃんの  ためにそばにいてあげたいから。  ・・・そう、私は間違ってない。 「失礼!」  パシッ!  私はカレンに頬を叩かれた。  その衝撃ははたかれただけの、軽い物ではあった。  だけど、受けた精神的な衝撃は大きく、私はよろよろとソファに座り込んだ。 「おちつきましたか?」 「・・・」 「貴方は仕事より家族の方は大事と言った、それは貴方にとって本当に  正解なのですか?」  私をまっすぐ見据えてくるカレンのアメジストの瞳に私は何も言えなかった。  つい先ほどまで間違ってないと言えた自信は、今の私には無かった。 「普通の仕事をしてる人なら間違ってない選択かもしれない。でも貴方は違う。  貴方は地球人でありながら月王宮の仕事をしてるのですよ?」  王立月博物館の館長代理、それが私の役職。 「貴方の行動一つが月と地球の関係に影響を及ぼすことは重々承知してるはず。」  確かに私の迂闊な行動は政治的にも何かしらの問題を起こす可能性がある。 「今回の会議、誰が誰のために行われるものか、わかってるはず」  月王宮から貴重な資料を借りるための準備の会議。  私の、博物館で働く人が、月と地球の懇談を深めるためと信じての・・・ 「そして家族である達哉さんと麻衣さんの思いを、もう一度思い返して」  ・・・きっと麻衣ちゃんや達哉君は私が仕事を放り出すことに賛成はしない。  それどころは自分の所為で、って思ってしまうだろう。 「話を聞く限りでは、軽い貧血ということなら、今はだいじょうぶです。  何より安静が一番ですから」 「・・・ありがとう、カレン。目が冷めたわ」 「出過ぎた真似をしてしまい失礼しました」 「ううん、いいの。ありがとう、カレン」  私はカレンにお礼を言うと、すぐに携帯を取り出す。  かける相手は達哉君。 「もしもし、姉さん?」 「ごめんね、達哉君。私はすぐに帰れそうにないの」 「大丈夫、麻衣は俺に任せて。だから姉さん、安心して」  達哉君のいつもと違う力強い言葉に私は心から安心する。  達哉君がいれば大丈夫。 「えぇ、麻衣ちゃんの事をまかせるわね。でもなるべく早く帰るわね」 「うん、わかった」  よし、今は私のなすべき事をしなくちゃ。  そして早く仕事を片づけて、お見舞いのケーキを買って帰らなくちゃ。 「さやか、もうすぐ会議の時間です。大使館に行きましょう」 「えぇ、わかったわ。絶対資料を勝ち取らなくっちゃ!」 「大事な資料を月から奪う気ですか?」 「ううん、それくらいの意気込みって事よ。」 「ふふっ、頼もしいです」 「さぁ、行きましょう!」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.3「境界 V」 side Mai  あれ・・・なんで真っ暗なんだろう?  私はどうしたんだろう?  ・・・  ・・・この暗闇は・・・夢?  暗い、真っ暗・・・またこの夢なの?  これは夢、だから違う・・・?  いつもの夢なら周りにいろんな人が出てくるのに、今日は誰も出てこない。  お兄ちゃんもお姉ちゃんもお父さんもお母さんも出てこない。  ただ、ただ、暗いだけ。 「寒い・・・寂しいよ・・・お兄ちゃん、お姉ちゃん・・・」  誰かが去っていくのも悲しいけど、誰もいないのも悲しいよ。  私はやっぱり独りなの? 「お兄ちゃん・・・え?」  そのとき背後から誰かに抱きしめられた。  抱きしめてくれた人の腕は私の胸の前であわされる。  私はその手に自分の手を重ねる。 「・・・暖かい」  周りは暗い闇のまま、だから誰が抱きしめてくれてるのかわからない。  だけど今までの寒い雰囲気は無くなっていた。  たった一人の人が、この暗く寒い世界を暖かくしてくれた。 「暖かい闇っていうのもあるんだね」  そう、これは暖かい闇。  誰かの中に受け止めてもらえてる、それ故の闇。  生まれる前に感じたことがあるかもしれない、包まれている感覚。  私はこの暖かさをくれた人物を確信し、想いを込めてお礼を言う。 「ありがとう、お兄ちゃん・・・大好き、愛してる」 「・・・あれ?」  気づくと見慣れた天井が目に入ってきた。  ここは・・・私の部屋。なんで部屋で寝ているの?  理由を思い出そうとして、記憶が混乱していることに気づいた。  私はベットから起きあがろうとして・・・右手が誰かに包まれている事に  気づいた。  私の右手は、お兄ちゃんが握っていてくれた。 「お兄ちゃん・・・」  私のベットにうつぶせになって眠っている。  そのお兄ちゃんの寝顔を見て、私はすべてを思い出した。  学園で倒れたこと、そして倒れてる間ずっとお兄ちゃんが手を握っていて  くれたことに。 「やっぱりお兄ちゃんだったんだね、私を包んでいてくれたの」  お兄ちゃんの寝顔を見てると、胸に暖かくなる。  コンコン  ドアをノックする音が聞こえた。 「麻衣ちゃん、起きてるかしら?」 「お姉ちゃん?」  私は枕元の時計を見た。もう夜になっていた。  今まで気づかなかったのが不思議だった。 「麻衣ちゃん、具合はどう?」 「うん、ちょっとだるいけど大丈夫」 「良くなったのね、安心したわ」 「・・・ごめんね、お姉ちゃん。心配かけて」 「いいのよ、そんなこと」 「・・・あの、お姉ちゃん? もしかして仕事休んじゃった?」  いつもならお姉ちゃんはまだ帰ってくるような時間じゃない。 「そうしようと思ったんだけどね、達哉君に怒られちゃった」 「お兄ちゃんに?」 「そう、麻衣ちゃんのためにも仕事をがんばって欲しいって、麻衣ちゃんは  俺に任せろって」  お姉ちゃんはにこにこしながらそのときの様子を説明してくれた。 「その達哉君が眠っちゃってるんだから・・・まかせておけっていったのにね」  そう言うとお姉ちゃんは眠ってるお兄ちゃんを見つめた。  私はお兄ちゃんを見つめるお姉ちゃんの目を見てしまった。 「・・・ううん、お兄ちゃんのおかげで助かったよ」 「そう? よかったわ」  ・・・気のせいだと思いたかったけど、たぶん気のせいじゃないと思う。  お姉ちゃんは・・・お姉ちゃんも・・・ 「おかゆ作ったけど、食べれる?」 「・・・ううん、もうちょっと寝ても良い?」 「えぇ、良いわよ。達哉君は」 「お兄ちゃんもこのままで良いよ、疲れてるみたいだから・・・」 「麻衣ちゃんがそう言うのならいいわ。お粥はおなかがすいたら食べてね」 「ありがとう、お姉ちゃん」  おなかはたぶんすいてると思う。  だけど、今は・・・  今だけはお兄ちゃんのぬくもりに抱かれていたい。 「ごめんなさい、お姉ちゃん・・・でも、今だけでも・・・」  後悔の念と、今得られてる幸せの気持ちとが混ざり合いながら  私は再び、暖かい闇の中に落ちていった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.4「境界 W」 side Tatsuya 「まかせてって行っておいて寝ちゃってるんですものね、達哉君は」 「・・・面目ございません」  麻衣も起き出しての夕食の席での俺はただ小さくなるばかりだった。 「そんなことないよ、安心して眠れたから、お兄ちゃんありがとう」 「それならいいんだけどな」  俺がいることで麻衣が安心し眠れるのならいた甲斐があったと思う。 「ごちそうさまでした」  3人の声がそろう。 「あ、麻衣ちゃんは今日は何もしなくて良いから先にお風呂はいって  ゆっくり休んでね」 「そうだな、麻衣。今日はもう休むと良いよ」 「うん・・・あの、お兄ちゃん。さっきのお話だけど・・・」 「今日だけだからな? 後で準備するから」 「うん、ありがとう! それじゃぁお風呂入ってくるね」  そう言うと麻衣は2階の自室へと戻っていった。 「とりあえず後かたづけしちゃおうか、姉さん」 「えぇ」  二人でキッチンに立つ。  俺は洗い物をしながら、背後の気配を探る。  麻衣が2階からおりてきて、脱衣所に入る音がしたのを確認してから  姉さんに話しかけた。 「姉さん、そのまま聞いて。今日の麻衣の事だけど」  姉さんは一瞬からだをぴくっとふるわせた。 「電話で話したと思うけど、麻衣は軽い貧血で倒れたんだ」 「えぇ、重い病気じゃなくて良かったわ・・・でも、それだけじゃ  ないんでしょう?」 「うん・・・」  貧血は倒れた時に起きた症状。  その貧血が起きるには何かしらの事情がある。  血液内の酸素を運ぶ赤血球が足りなくなって身体機能を維持できないのが  一般的な貧血の定義。  普通に生活していれば麻衣みたいに健康な人なら貧血は起きない。 「・・・つまり、麻衣ちゃんは貧血が起きるほど衰弱しているということなのね」 「保健の先生の話だと、過労か心労かは断定できないって言ってたけど」 「どっちもあり得る訳ね・・・」 「麻衣が何かに悩んでいるのかもしれない、それとなく聞いてみるつもりだけど」  それで解決するとは限らない。  今まで元気に生活してた麻衣がこうなった原因を解決するしかない。 「俺に何が出来るかわからない、けど出来ることはしていこうと思う」 「私も出来ることを探していくわ」 「ありがとう、姉さん」 「いいのよ、達哉君。私たちは家族でしょう?」 「そうだね、姉さん」 「お兄ちゃん、お風呂あがったよ〜」  麻衣がリビングに入ってきた。 「じゃぁ、次は姉さんの番だね。後が使えてるから早く入ってね。  あ、でも、ゆっくり暖まって来てね」 「達哉君、早くゆっくりってどっちなのよ?」 「どっちも、かな。麻衣、俺が風呂あがってからな。眠かったら  寝ちゃっていいぞ?」 「ううん、せっかくだから起きてる。部屋で待ってるね」  そう言うと麻衣は2階へあがっていった。 「よし、姉さんがお風呂入ってる間にイタリアンズとちょっと散歩してくる」 「あの、達哉君。麻衣ちゃんと何か約束してるの?」 「麻衣が手を握ってると安心して眠れるっていうから、今日は麻衣の部屋で寝る  約束だよ」 「え?」 「大丈夫、布団はちゃんと持ち込んで別々に寝るから」 「あ、そうね。本当に仲の良い兄妹よね〜、お姉ちゃんうらやましわ」 「そうかな?」 「そうよ、本当にうらやましいわ」 「じゃぁ、姉さんも一緒に寝る?」 「え、えぇ?」 「冗談だって、そんなに驚かなくても」 「そそ、そうよね・・・私お風呂入ってくるわ」  姉さんも2階へあがっていったようだ。 「・・・ちょっとからかいすぎたかな? さてと、散歩行って来るか!」  いつもより早めに散歩を切り上げて帰ってきた。  姉さんはもうお風呂あがってるようなので、風呂に入ることにした。  風呂上がりにお湯を抜いて、身体をふいてパジャマに着替える。  そして自分の部屋から布団を麻衣の部屋に運び込む。 「何も麻衣もベットから布団をおろす事はないだろう?」 「だって、てをつないでくれるんでしょう?」 「あぁ、約束だしな」 「だったら同じ高さじゃないと手をつなげないでしょう?」 「そういえば、そうだな」 「えへへ♪」 「麻衣、なんだか楽しそうだな」 「お兄ちゃんと一緒なの久しぶりだし、なんだか良く眠れそうな気がするの」 「そ、そうか・・・」  昔は同じ布団で眠ったこともあったっけ。  いつ頃かは覚えてないけど、別々に寝るのが当たり前になってしまった。  それは兄妹であっても当たり前の事・・・  俺達は兄妹であるまえに、男と女でもあるのだから。 「それじゃぁ、電気消すね」 「あぁ、よろしく」  パチっというスイッチの音と共に部屋が暗闇に包まれる。 「お兄ちゃん・・・手、いい?」 「あぁ、いいぞ」  隣同士に敷かれた布団。俺の右手と麻衣の左手が結ばれる。 「・・・やっぱりだ」 「何が?」 「お兄ちゃんが包んでくれると暖かくて守ってもらってるみたいで安心するの」 「・・・そうか?」 「うん、そうだよ。これなら安心して眠れそう。ありがとう、お兄ちゃん」 「こんな事で良いのならいつでもするから、今日はゆっくり眠るんだぞ?」 「うん、おやすみなさい、お兄ちゃん」 「お休み、麻衣。」  しばらくすると麻衣の寝息が聞こえてきた。  やっぱり身体が疲れてるのだろう、すぐに眠ってしまったようだ。  俺は麻衣の手を握りながら、先ほどの会話を思い返していた。 「これなら安心して眠れそう」  確かに麻衣はそう言った。  つまり、麻衣はいつも安心して眠れてないということだろうか?  寝不足が原因で身体の調子を崩して倒れた。  これなら今回の倒れた事すべてに納得行く説明となる。  じゃぁ何故眠れなかった?  麻衣が眠れないほど何かに悩んでいたのだろうか? 「ごめんな、麻衣。俺は何も気づいてやれなくて・・・」  このことを聞いて麻衣は話してくれるだろうか?  きっと麻衣の事だから、なんでもないって言うのだろう。  結局どうすればいいのだろう?  何の解決法も思い浮かばなかった・・・ another view 穂積さやか  今頃隣の麻衣ちゃんの部屋で達哉君が一緒に寝ている。  ただの添い寝だってわかっているのに・・・  達哉君が麻衣ちゃんと一緒に寝ているという事に・・・  私は嫉妬している。  そして嫉妬している私に驚いた。  やっぱり血の繋がりがある家族の絆は強い。  私には達哉君達との血の繋がりは遠い。親戚であるから全くない訳じゃ  無いのだけど、やっぱり遠い。 「だめね、麻衣ちゃんが倒れるほど苦しんでいるのに、私はもっと  別なことで・・・こんな事で悩むだなんて」  達哉君の話を聞いて、麻衣ちゃんの喜んでる顔を見て胸が少し痛んだのは  ・・・きっと嫉妬だけじゃない。  私はやっぱり達哉君を家族以上の目で見てしまっている。  一度そうとわかってしまえば、もうどうしようもない。 「私はこのままだと家族を壊してしまう・・・私はいつまでお姉ちゃんで  いられるのかしら・・・」  千春さんと琴子さんから預かった大事な家族を私は壊したくない。  例え私が壊れることになっても・・・  それでも・・・  この想いはどこへ行けばいいの? another view 朝霧麻衣 「ごめんな、麻衣。俺は何も気づいてやれなくて・・・」  お兄ちゃんの言葉が暗い室内にはっきりと響いた。  私はその言葉に鼓動を早くする。  お兄ちゃんに手を握ってもらうのが恥ずかしく、でも嬉しくて・・・  眠れそうにないのだけど、安心してもらおうと思って寝たふりをして。  そしてすぐに聞こえてきたお兄ちゃんの謝罪。  違うよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは何も悪くないよ。  私はそう伝えたかった、けど出来なかった。  優しいお兄ちゃんはきっと自分をもっと責めるから、私は何も言えなかった。  そしてお兄ちゃんの寝息が聞こえてくる。 「・・・お兄ちゃん」  暗闇の中に浮かぶお兄ちゃんの寝顔を見つめると心が温かくなる。 「お兄ちゃん・・・今日だけで良いから、夢の中じゃなくて・・・」  私はお兄ちゃんの布団に潜り込む。 「今だけ、私を抱きしめて、お兄ちゃん・・・」  私はお兄ちゃんの身体に抱きついた。 「・・・お兄ちゃんの鼓動が聞こえる」  胸に耳をあてるとお兄ちゃんの音が聞こえる。  暖かくゆっくりと刻むお兄ちゃんの鼓動。  その鼓動が私を夢の世界に誘う。 「お兄ちゃん・・・お休みなさい」  今日は悪夢を見ることはない、そう確信しながら私は暖かい闇に包まれていった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.5「仮初」 side Tatsuya 「お姉ちゃん、今日も遅いの?」 「たぶん遅くなると思うわ、もうすぐ追い込みで泊まり込みになるかも」 「姉さん、無茶はしないでね?」 「大丈夫よ、達哉君。それじゃぁ行ってきます」 「いってらっしゃい」  いつもの朝の光景。  月から貴重な資料を借りることに成功した姉さんは、博物館での  特別展示のための準備に入った。  最初の内は会議での調整から始まり、今は館内の展示スペースの  準備に取りかかって来ている。  そうなると時間との勝負になるわけで、姉さんが博物館にいる時間が増えてきた。  それは、逆に言えば家に帰ってこれる時間が減ってきた訳だ。 「いつものこととはいえ、姉さんも大変だな」 「そうだね、でもお姉ちゃん生き生きとしてるよ」  確かに特別展示などで忙しくなるとき姉さんは生き生きとしている。 「でも・・・」 「なに?」 「いや、なんでもない。俺達も学園に行く準備しないとな」 「うん、お兄ちゃん一緒に行こう」  麻衣が倒れてから数日が過ぎた。  いつもの朝を迎えて、いつものように学園に通い、バイトをして1日が終わる。  平凡な日々が戻ってきたように錯覚してしまう。  だが、二つほど俺が気になる問題が起きてきていた。 「ほら、お兄ちゃんも手伝って」 「あぁ、わかった」  麻衣と並んで夕食の後かたづけをする。当番制ではあるが、俺が料理を作る  事はほとんどないため、後かたづけの手伝いはする。 「姉さん、テーブルの上の・・・」 「・・・」  姉さんの顔から表情が消えていた。 「姉さん?」 「なぁに、達哉君」 「・・・えっと、テーブルに洗い物残ってないよね?」 「大丈夫よ、テーブルは拭いて置くわね」 「ありがとう、姉さん」  時折姉さんの表情が消えていることに気づいたのは、麻衣が倒れた後からだった。  いつもにこにこしている姉さんの表情が無い顔を初めてみたとき、  俺はショックを受けた。あの姉さんの顔とはとても思えなかったからだ。  麻衣に相談したかったのだが、麻衣はまだ病み上がりに近い状況だから、  これ以上負担をかけるわけにはいかない。  俺が一人で考えるしかなかった。  そしてもう一つは、麻衣が甘えてくるようになったことだった。 「お兄ちゃん♪」  バイトが休みの日、ソファに座ってテレビを見ているとき突然後ろから  抱きつかれた。 「・・・こら、麻衣。ふざけるんじゃない」 「いいじゃない、これくらい。兄妹のスキンシップだよ」 「そうかもしれないけど、年齢を考えろって」 「歳なんて関係ないよ?」 「いや、そういうわけじゃなくってだな・・・」  兄妹とはいえ男と女、後ろから抱きつかれると麻衣の柔らかい二つのものが  背中に当たってしまうから。 「ねぇ、お兄ちゃん。お姉ちゃん今日は泊まり込みになるんだって」 「とうとう泊まり込みが始まったか」 「うん、だから後でお夜食持っていこうとおもうの」 「いいんじゃないか、姉さんも喜ぶだろうし」 「うん、だからお兄ちゃんも一緒に行こうね」  夜、暗い河原の土手を俺と麻衣は手をつないで歩いている。  麻衣から自然につないできた手は、ずっと結ばれたままだった。   少し前までなら一緒に歩くことはあっても手をつなぐことはなかった。  俺も恥ずかしいし、何より麻衣も恥ずかしいだろうと思ってたから。  だが、今はこうして当たり前のように手をつなぐ。 「お兄ちゃん♪」 「なんだ?」 「なんでもない、えへ♪」  楽しそうにしている麻衣をみると俺は手をつなぐ事を止めることが出来なかった。  手を離す事で、あのときの、倒れた時の麻衣の顔をみてしまうのが怖くて・・・  突然麻衣から手を離した。  俺はその理由を察知する。近くに知った顔がいるからだろう。 「あ、菜月ちゃん」 「あら、麻衣に達哉じゃない。こんな夜にどこへ?」 「お姉ちゃんにお夜食届けに行くの」 「達哉はそのお供って訳ね」 「まぁな」 「そっか、二人とも気をつけてね」 「ありがと、菜月ちゃん。お兄ちゃん、行こう!」  そう言うと俺の手を引っぱって歩き出した。  手をつないでるわけじゃなく、手を引っぱっただけ。  そのとき後ろで菜月が何かを考え込んでいる顔をしていることに俺は  気づかなかった。 「ねぇ、お兄ちゃん。その・・・夜だけど、一緒に・・・」 「・・・あぁ、わかったよ麻衣。だからそんな顔をするなって」  不安そうに、捨てられた子犬のような顔をする麻衣を俺は放ってはおけない。  姉さんがいるときはこんなお願いはしてこないのだけど、姉さんが泊まり込む  ようになってから、一人で眠るのが怖いそうだ。  あのとき倒れた原因、心因性からくる貧血は、俺は睡眠不足から来る物だと  あたりをつけていた。  倒れた日の夜の「安心して眠れそう」という麻衣の話からそう思った俺は  なるべく麻衣の要望には応えるようにしていた。 「うん、それじゃぁ一緒に寝よう、お兄ちゃん♪」  ただ気になるのは、麻衣が俺の布団に潜り込むこと。  気づくと麻衣が俺に抱きついて寝ているのに最初は理性を抑えるのに  必死だった。妹とはいえ年頃の女の子、俺だって男だからこういう状況に  なったら暴走しかねない。  その俺を抑える俺に課した一つの約束は、「麻衣を守る」事。  だから麻衣を傷つけるようなことはしてはいけない。  そう思うと純粋に麻衣が愛おしくなる。  こんな俺でも麻衣を守ってやれている、そう思うと麻衣が抱きついてくる  事にも抵抗は感じなくなっていた。  いつものように布団を並べて麻衣の部屋で眠る。  手は、つながれたままで。  そして朝は一緒の布団で目が覚めるのだろう。  いつまでこんな状態が続くかどうかはわからなかった。  少し変わったけど、戻ってきた平凡な日々を、麻衣と姉さんといつも通りに  過ごせることが嬉しかった。  しかし頭のどこかで、何かが進行していることには気づいていた。  その何かはわからない、けど大丈夫、きっと取り戻せると、俺は思っていた。  しかし、裏側で進行していたものは、すでに超えてはいけない境界の  すぐそばまで来ていたことには、気づいていなかった・・・
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.6「追憶」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.7「暗闇」 side Tatsuya 「お兄ちゃん、今日も左門さんの料理美味しかったね」 「そうだな、姉さんも今頃舌鼓打ってる頃かもな」  博物館の特別展示の準備が佳境にさしかかってきている今、姉さんは家にいる  時間より博物館にいる時間の方が長くなっていた。  今日も帰れそうにないという連絡はバイト中に携帯にメールが届いた。  それを見たおやっさんが 「折角だからさやちゃんにお弁当作ってやるか。タツ、届けてこい」 「ありがとうございます、おやっさん。終わったらすぐ行ってきますね。」 「終わる前でも良いだろう、今日はお客様が少ないからな。今準備するから  できあがったらひとっ走り行って来い」  というわけでクローズ作業の前に届けてくることになった。 「左門さんにありがとうって言っておいてね」  との伝言をもらって帰ってきたのがちょうど9時の終わりの時間。  麻衣も合流してのまかないの食事も終わった所だ。 「お兄ちゃん、今日はイタリアンズの散歩はいいの?」 「あぁ、時間あったからバイトの前に行って来た。今日はもう良いだろう」 「それじゃぁゆっくりお茶でも飲もう」 「そうだな、そうするか」  家に帰ってまず戸締まりをする。  それからリビングに行くと麻衣がお茶を入れて待っていてくれた。 「はい、どうぞ」 「ありがと、麻衣」  麻衣は自分のマグカップを持って、俺の隣に座る。 「お茶、美味しいね」 「そうだな、食後のお茶は美味しいな」 「うん♪」  ゆっくりと時間が流れる。  ここ最近あわただしくて、こんなにゆっくりとしたのはいつぶりだろう?  考えるべき事はいくらでもあるし解決していない事も多いと思うけど、  今は麻衣とこの時間をゆっくりと過ごすのも良いだろう。 「麻衣、そろそろ風呂入っておいで」 「たまにはお兄ちゃん先でもいいよ?」 「いや、俺は最後でいいさ。麻衣も疲れてるだろう? ゆっくり暖まっておいで」 「うん、わかった」  麻衣はリビングから出ていった。着替えを取りに行ったのだろう。  バタン、と脱衣所へ通じるドアが閉まる音がした。 「ふぅ」  ぬるくなったお茶を飲む。  そのとき突然暗闇が襲ってきた。 「な、なんだ?」  突然の暗闇に目が全く見えなくなっていた。  俺は慌てず一度目を閉じて深呼吸してから目を開く。  窓の外を見ても明かりが見えない、どうやら停電のようだ。 「そういえば、麻衣は大丈夫だろうか」  少し心配になったけど見に行くわけには行かない。  けど、やっぱり心配だ。 「中に入らなければ大丈夫だろう」  俺はリビングを出た瞬間、目の前で脱衣所に通じるドアが開いた。 「お兄ちゃん!」 「麻衣?」 「お兄ちゃん!!」  麻衣は俺に飛び込んできた。  慌ててバランスを崩した俺はそのまま尻餅をつく形になった。  そして麻衣は俺の胸の中に顔を埋めていた。 「お兄ちゃん、お兄ちゃん」 「麻衣、落ち着けって。俺はここにいるから」 「お兄ちゃん、どこにも行かないよね? お兄ちゃん!」  何かに興奮してるようだった。  理由はわからないけど、今は麻衣を落ち着かせる事にした。  麻衣の背中に手を回してそっと抱き留めて・・・ 「え?」  背中に服の感触は無かった、タオルの感触もなく・・・  これは間違いなく素肌の感触。 「麻衣?」 「お兄ちゃん・・・」  麻衣は俺の胸に顔を埋めて、小さく震えている。  ・・・俺は覚悟を決めて麻衣を抱きしめる。  そしてそっと頭を撫でる。 「麻衣、俺はどこにも行かないからな」 「お兄ちゃん・・・」 「もう怖くないよ、麻衣。だから落ち着いて」 「・・・うん」  俺はしばらく抱きしめたまま、頭をずっとなで続けていた。  カチッ  そんな音がしたと思ったら部屋の電気がついた。  停電から復旧したようだ。 「麻衣、もう大丈夫だよ」 「・・・」  まだ麻衣は俺の胸に抱きついたまま離れようとしなかった。 「そうか、もう少しこのままで・・・」  いて良いよ、と言おうとして俺は固まった。  明かりの下にさらされた麻衣の姿は、生まれたままの姿だった。  俺に胸に顔を埋めているため、俺の視界には麻衣の背中と柔らい丸みを  描くお尻が丸見えだった。 「麻衣、そのな・・・、俺はどこにも行かないからさ、その・・・  せめてタオルをまいて欲しいんだけど」 「・・・え? わ、わぁ、お兄ちゃん見ないで!」  俺は慌てて目を閉じる。 「見ないから、見てないから」 「う、うん・・・」  しかし麻衣は俺から離れようとしない。  目を閉じてしまってるため、否応なしに麻衣を意識してしまう。 「くしゅん」  麻衣の可愛いくしゃみが聞こえてきた。  当たり前だ、裸で廊下にいるのだから身体が冷えてきてるのだろう。 「麻衣、大丈夫だからせめて風呂場に戻ってくれないか?」 「でも・・・」 「大丈夫、停電なんてそう何度も起きないから」 「・・・お兄ちゃん、一緒にいて」 「あぁ、一緒にいるから今は風呂場に戻ってくれ」 「じゃぁ、一緒に来て」 「・・・え?」 「お願い、今日だけでいいから」 「いや、今日だけだからって・・・その」  妹とはいえ、年頃の女の子と風呂場に一緒にってのは非常にまずい。 「お兄ちゃん・・・」 「・・・わかった」  男と女である前に、兄として守ると約束した妹だから。  大丈夫・・・だとおもう。  俺は麻衣と一緒に立ち上がる。 「あんっ」 「ご、ごめん!」  立ち上がらせようとしたとき、俺は麻衣のお尻に触れてしまった。 「ううん、私こそごめんなさい。変な声だして」 「いや、俺こそゴメン」 「いいの。お兄ちゃん・・・」 「わかった、一度言ったことは守るから」  麻衣の身体を見ないように、一緒に脱衣所に入る。  麻衣はかごから大きめなバスタオルを身体にまいた。 「もういいよ、お兄ちゃん」 「そ、そうか」  俺の視界にバスタオルをまいた麻衣の身体が飛び込んできた。 「それじゃぁ俺はここで待ってればいいんだよな」 「・・・ねぇ、一緒じゃ、だめ?」 「だめだ、ここから麻衣を見てるからそれで我慢してくれないか?」 「・・・お兄ちゃん、見られてるのって恥ずかしいよ」 「じゃぁどうすればいい?」 「・・・一緒に入って」 「っ!」  麻衣の大胆な発言に言葉を失った。  昔は一緒に入ったこともあったが、それは小学生の低学年の頃の話。  今はそうも行かないだろう。 「くしゅん」  麻衣の可愛いくしゃみが聞こえた。 「・・・わかったから先に浴室に行っててくれ。」 「お兄ちゃん、どこにも行かないでちゃんと来てくれる?」 「約束する」 「うん♪、早く来てね」  麻衣は浴室に入るとそのままお湯の中に身体を沈めた。 「どうしてこんなことになったのだろう・・・」  俺は麻衣の視界から隠れるようにして、洋服を脱いで腰にタオルを巻く。  ・・・もってくれよ、いろいろと。 「お兄ちゃん、背中流してあげるね」  麻衣は上機嫌で俺の背中を洗ってくれる。 「気持ちいい?」 「あぁ、気持ちいいよ。一人じゃこうはいかないからな」 「そうなんだぁ、じゃぁこれから私が背中を流してあげるね」 「・・・程々にお願いします」 「うん♪」  確かに麻衣に背中を流してもらうのは気持ちいい。  手が届かないところも洗ってくれるのはありがたい。  けど・・・、これが毎日だと思うと気が抜けなくなるだろうなぁ。  シャワーで背中の石鹸を流してくれた。 「お兄ちゃん、一緒に暖まろう」 「・・・」 「ね?」 「・・・わかった」  俺は浴槽に身体を沈める。  麻衣は続いて俺の身体に背中を預けてくる。  そして俺の両腕を取ると俺を背中に背負うような形で手を組み合わせる。  俺からすると麻衣をすっぽりと抱きかかえてるような形だ。 「うーん、暖かい♪」 「・・・そうだな」  俺は必死になって押さえようとしているが、そうも行かない部分もある。  間違いなく麻衣はそれに気づいてるはずだ。  でも何も言ってこない・・・なら俺もそう振る舞う事しかできない。 「本当に暖かい」  麻衣は俺に身体を預けてくる。 「・・・さっきの停電、怖かったの。真っ暗になって、起きてるのに夢の  中みたいで、暖かくもなく冷たくもない暗闇だったの」 「麻衣」 「そうしたらね、とっても不安になっちゃって・・・  お兄ちゃん、わがままいってごめんなさい。困らせてごめんなさい。」  俺は麻衣の頭をかるく叩く。 「麻衣、何を謝ってるんだ。俺は困ってなんかいないぞ?」 「だって」 「だってもなにもない」  俺は麻衣を安心させるために抱きしめる腕に少し力を入れる。 「いいんだよ、わがままでも。どんなわがままでも俺は麻衣と一緒に  いるって決めたんだから。それにこれくらいで俺は困らないさ。」 「・・・お兄ちゃん、ありがとう」 「そうだな、謝るんじゃなくてお礼を言うのが正解だ。」 「うん、本当にありがとう、お兄ちゃん。」 「それじゃぁそろそろ出るか。麻衣、一緒にいてあげるけど、着替えの時  くらいは一人でも大丈夫だよな?」 「・・・うん」 「それじゃぁ先に着替えておいで。俺は後から出て一度部屋に戻るから」  着替えの準備をしてきていない俺は部屋に戻るしかない。  麻衣が先に脱衣所にもどる。 「麻衣、もう良いか?」 「うん、いいよ〜」  俺は浴槽からでる。そして身体を拭いてから改めて腰にタオルを巻いて  脱衣所に出ると・・・ 「どう、似合う?」  麻衣は俺のYシャツを着ていた。  ズボンははいていないからYシャツだけの格好、袖が長いから手の半分以上が  隠れてる。  シャツの切れ目から麻衣のふとももが見えていて非常に危険な格好だ。 「・・・それ、洗濯物だろう?」 「うん、あとでちゃんと洗って返すね」 「いや、そういう意味じゃなくて・・・もう、いいか」  何かを言ってもたぶん麻衣に言いくるめられる、そんな気がしたので言うの  を止めた。 「着替えを取りに行ってくるな」 「私も一緒に行く」  そういって部屋までついてくる麻衣。 「麻衣、せめて着替えるまで外で待っててくれないか?」 「うん、着替えが終わったら呼んでね」  バタン、と扉が閉まる音を聞いて俺は一息つく。 「ふぅ・・・今までのは天国なのか地獄なのかどっちなんだろう」  客観的に見れば天国なんだろうな、でもどっちかというと気持ちの良い  地獄だったのかもしれない。 「お兄ちゃん、もういい?」 「もうちょっと待って」  慌ててパジャマに着替える。 「いいよ、麻衣」 「失礼しまーす」  麻衣は何故か大きな枕を抱きかかえていた。 「お兄ちゃん、今日一緒に寝ても、いい?」  1日が終わろうとする時間に、まだ終わらない1日を感じた瞬間だった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 2.8「思い、想い」 side Tatsuya 「思ったよりあるんだな」 「えぇ、最近館員達も忙しいでしょう? なかなか整理してる暇がなくって」  日曜日、俺は博物館の書庫の中で姉さんの説明を受けながら  あのときのことを思い出す。 「姉さん、最近忙しいんだよね?」 「えぇ、もうすぐ始まる特別展の準備も佳境だから大変よ」 「あの・・・姉さん、何か俺に出来る仕事とかないかな?」 「お仕事? うーん・・・今の仕事は部外者を使う訳にはいかないのよ」 「特別展の仕事じゃなくてもいいんだ」 「どうしたの? 急に」 「え・・・あ、そうそう。ちょっと短期でバイトしようかなって」 「バイト?」 「そうそう、ちょっと入り用で。おやっさんの所はシフトの問題ですぐには  増やせないからさ」 「でも、博物館での短期バイトって時給安いわよ?」 「それは問題ない・・・じゃなくて、うん、だいじょうぶ」 「・・・そう言うことにしておきますか。後で調べて置くから返事は今度ね」  ・・・絶対俺がバイトする理由がばれてる。  忙しい姉さんのために少しでも出来ることをしたいとおもって無理に頼み込んだ  博物館での短期のバイト。  素人で部外者でも出来るのは雑用と力仕事だけ。  姉さんから紹介されたのは書庫の整理の手伝いだった。 「担当の館員さんにわからないことがあったら聞いてね」 「わかった、姉さん」 「それじゃぁよろしくね、達哉君」  姉さんは館長室に戻っていった。 「さてと、はじめるか」  たくさんある資料の本を元の棚に戻すだけの単純作業。  しかし持ち出された本の数が多い事と、一冊事の厚みがあって重い事もあって  大変な重労働になりそうだ。 「でも、これで館員さんの仕事が・・・姉さんの仕事が少しでも減るなら」  家に帰ってこれない日が減るだろう、そう信じて仕事を開始した。 「お疲れさま、達哉君」  お昼の休憩時間、仕出し弁当とペットボトル1本を受け取って休憩室での  昼食、のはずだった。  俺が午前中に作業に没頭してしまい、休憩時間に入ったことに気づかず、  それを心配して見に来てくれた姉さんの誘いのまま、館長室での食事と  なった。 「館長室で食事してもいいのかな」 「今から休憩室いっても人が一杯でいるところ無いわよ」  そう言われてみればそうかもしれない。 「達哉君もご飯食べないと、午後がきついわよ?」 「そうだな」 「結構大変でしょう? 特別展の前は使った資料を戻す手間も惜しいのよ。  展示が終わった後の後かたづけ、結構大変なのよ。少しでも今の内に  かたづけておけば楽になるわ。達哉君、ありがとう」 「いや、おれこそ短期のバイトを無理矢理させてもらって、ありがとう」 「うん、そう言うことだったわね」  姉さんはいつも以上ににこにこしている。  ・・・やっぱり俺がバイトをした理由ばれてるかな。  以前姉さんに直接言ってしまった事を思い出す。 「俺、姉さんから見ればまだ子供だけど・・・俺に出来ることは何でも  するから、あったら何か言って欲しい」 「まだまだ子供だな」 「達哉君、何か言った?」 「いや、なんでもないよ。こういうお弁当も姉さんと食べると悪くないなって  思っただけだよ」 「達哉君・・・お世辞いってもバイト料はあげられないわよ?」 「いや、そういうつもりじゃ・・・」 「くすっ、冗談よ」  正直言えばバイト料なんていらない。姉さんの手伝いが出来ればいいのだから。  そう姉さんに伝えることが出来てれば良かったのだけどな・・・ 「ごちそうさま、姉さん」 「お粗末様でした」 「それじゃぁ書庫に戻るね」 「もう少し休んでても良いのよ?」 「途中で放り出しぱなっしは嫌だからさ、すぐにはじめたいんだ」 「まったく、達哉君ったら・・・無茶はだめよ?」 「大丈夫だって、それを言うなら姉さんの方じゃない?」 「私だって大丈夫よ、まだまだ若いんだから」  それでも心配だから、と心の中で返事をする。 「それじゃぁ、また後でね」 「いってらっしゃい、達哉君」  午後5時、バイトが終わる時間。なんだけど・・・ 「半分も終わらなかった・・・」  カートを使ってかたづけているのだが、量が多いのでなかなか進まなかった。  最初の内はしまう棚の場所を探しながらだったので時間のロスも大きかった。 「・・・とりあえず姉さんの所に報告に行かないと」 「そう言うわけであんまり進みませんでした」 「あれだけの量があるんだもの、全部は終わらないわ。」 「・・・」 「でも、助かったわ。達哉君ありがとう。はい、これがバイト代ね」 「ありがとう、姉さん・・・」 「無駄遣いしちゃだめよ?」 「だいじょうぶ、使う予定は無いから」 「あら? 入り用じゃなかったの?」 「え、あ、そうだった。」 「ふふっ」  姉さんは楽しそうに笑っている。  この笑顔を見れたのだから、今日はこれで良かったのかもしれない。  だけど・・・ 「姉さん、相談があるんだけど」 「何かしら?」 「バイト代はいらないから、手伝いにまた来ても良い?」 「え? バイト代はいらないって?」 「うん、今日の仕事終わらなかったからさ、やりかけって俺はいやなんだよ。  今度は俺の勝手で手伝いたいからバイト代はいらない」 「達哉君、正当な労働には正当な報酬を払うのが義務なのよ?」 「でも俺のわがままだから」 「・・・くすっ、それじゃぁ今度はいつ来てくれるのかしら?」 「いいの?」 「えぇ、そのかわりちゃんとバイト代は受け取ってね?」 「でも」 「それが出来ないのならもう雇わないわよ?」 「・・・わかった、今度の木曜の午後と、その次の日曜、その次の」 「ストップ、達哉君。それじゃぁ達哉君が休む日がないじゃない?」 「でも」 「達哉君ががんばってくれるのは嬉しいけど、それで無理して身体壊しちゃ  元も子もないわよ?」  姉さんの言うことも正論だ。 「わかった、とりあえず次の木曜の午後と日曜に、でいい?」 「そうね、それくらいで良いと思うわ。」 「その2日間で書庫の整理は終わらせるよ、姉さん」 「わかったわ、お願いするわ。それじゃぁ今日はもうあがって良いわ」 「お疲れさま、姉さん。今日は帰ってこれる?」 「今日は大丈夫そうよ、9時には戻れると思うから麻衣ちゃんに伝えておいてね」 「わかった、家で待ってるね」 「えぇ、気をつけて帰ってね」  帰り道、もらったバイト代から姉さんの好物のお菓子を買って帰った。  別に無駄遣いじゃない、もともと姉さんのためのバイトだったのだから・・・ 「よし、後2日で終わらせるぞっ!」  後で知ったことだが、今度の日曜日は姉さんは休みの予定だったそうだ。  それを俺が来ると言うことで休みを返上してしまったそうだ。 「いいのよ、達哉君がいてくれると思うとお姉ちゃんがんばれるから」  そう言って俺の頭を撫でてくれる姉さん。  いつか、姉さんの頭を撫でてあげれるような男になれるのだろうか?  いや、きっとなってみせる。そのために出来ることをしていくんだ。  そう自分に誓った。  そう誓ったすぐ後に、俺が強くなる前に、弱いまま姉さんの頭を  撫でることになろうとは思いもしなかった。
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