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border#1 国境を越えるその1ダマスカス行きのセルビスタクシーはアブダリバスステーションから随時出発している。あからさまににきょろきょろしていると、近くの人が寄ってきてダマスカス行きを教えてくれた。 親切な人が多すぎて、涙が出そうだ。日本人も見習うべきだ。本当。 アンマンからシリアの首都ダマスカスまで200キロ。それなのにたったの700円。安い〜。運転手はサングラスの似合うオヤジで、客は僕と、足の悪い人、食料品をレバノンへ 買出しにいく若者2人。客が5人で出発なので、なんとかもうひとりゲットしようと、ぐるぐる回って客を探したが、結局見つからず(オヤジはくやし顔)出発。 国境まではただ砂と岩の砂漠。エジプトや鳥取砂丘に連想される細かい砂の砂漠はなく、ただ、茶色でごつごつした大地が続いている。 おんぼろセルビスは、国境前の商店でとまり、謎の黒いビニール袋の荷物を車に乗せる。しかも足元とかに。中身はいったい・・?怖くて聞けない。 さらにその先の両替商の小屋でとまり、ドルを(他の人はヨルダンディナールを)シリアポンドに交換。通常よりレートがいいので疑う僕に、車内でみんなが納得させようと いろいろ教えてくれた。多くもらう分にはいいだろう。オッケィ。 ヨルダン側イミグレーション到着。出国税を払い、判を押してもらうだけ。簡単。外国人カウンターは全然人がいなかったので、即終了。ここで黄色い紙を2枚もらった。これはシリアの入国と出国届で、同じ内容を書くが、1枚を入国時に出し、1枚は受け取り、出国時に渡すらしい。 逆にヨルダンの人用窓口は人集りができていた。並ぶ気など毛頭なさそう。 国境を越え、今度はシリア側のイミグレーション。係官に「タクシーのナンバーは?」と聞かれたが、ナンバーは記入しなくていいと、運転手に言われていた。そこで運転手のオヤジに聞きに行くと彼はその係官と握手し、話をして、記入なしでオッケーにしてしまった。 ますます怪しいぞ。とにかく、入国手続きは終わったので、他の人達(ヨルダンの人用の窓口に殺到している人集りのうちの何人か)を待っていた。意外とあっさりと済んでしまったので驚く。壁には「英雄」フセイン・イラク大統領の写真。 セルビスの車内ではダマスカスに着くまでいろいろしゃべった。どこに行ったとか、シリアは物騒だとか。また、仕事とか宗教とか質問されたがうまく答えられず、最低限自分の自己紹介くらい英語で話せるようにしとけば良かった後悔した。 中央分離帯に独特の形をした照明が現れはじめるとダマスカス。セルビスの溜まり場らしきところで降り、オヤジと握手してお別れした。 Damascus ダマスカス「ひでえところにきちまった」と思った。ダマスカスの第一印象。汚れた空気の下の街の喧騒は、道路に溢れかえった、黒煙をあげて走る車が主な要因だろう。 運転手も気ままに走るから、歩行者も隙を見て道路を横断する。見たところ、信号は警官が交通整理でいる時だけ有効らしい。 城塞の側にあるダウンタウンに行ってみる。そこには、アンマンのそれよりも歴史を感じさせる街並みと、そこで商売をする活気のある人々がいた。おそらくフランス 統治時代のものと思われるモダンな建物が並ぶ。現在ではその面影だけ残し、ダマスカスの市民の住居や商店になってる。その建物が向かい合うスークでは、香辛料やコーヒー、 お茶の葉の臭気が漂い、決して写真や映像では体験できない、リアルで濃厚な記憶を焼き付けてくれる。 夕食でも食べようとうろついていると、アレッポ出身だという男と、アフリカからの出稼ぎの男に会い、シャワルマとレモンジュースをおごってもらった。ご馳走様でした。 本当にいい人ばっかりだ! bus プルマンバスせっかくシリアまで来たのでパルミラに行こうと思い、翌日のバスのチケットを購入するため、ヒジャーズ駅近くの旅行代理店に行った。たまたまその代理店では買えたのだが、 どうやらシリアでは、乗り物のチケット購入には身分証明書が必要らしい。ホテルにパスポートを預けることを考えると、国際免許証とかを持って行くと便利だったかもしれない。 ヨルダンにしろ、高速バスはチケットさえ取れれば大変重宝する事に(やっと)気がついた。高速バスは快適だ。冷房付きで水と飴のサービスがある。ビデオでシリア版投稿ビデオの 番組をやってるし。からくりテレビみたいだ。 カルナック(国営)もプルマン(私営)もほぼ同様のサービスが受けられると思う。ただ、プルマンはピンキリのようなので、 事前にバスの写真とか見せてもらったほうがいいかもしれない。中古のマイクロバスを崖から落として拾ってきたようなのも走ってたし。 Palmyra パルミラバスは砂と岩の砂漠がずーっと続く道を走る。ダマスカスから3時間後、砂漠の中に荒廃した遺跡が現れる。道沿いに遺跡があるというか、遺跡の中に道をつくったような。 パルミラで降りたのは僕だけで、他の人達はその先、ユーフラテスの川沿いまで行くのだろう。シリア中暑いのだが、ただの砂漠であるパルミラはもっと暑く感じる。 遺跡までは歩いていこうと思ったけど、クラクラしてきたので、一度断ったタクシーに頼んで遺跡の近くまで乗せてもらった。 ひと通り周囲の点在する遺跡をガイドしてもらう。遺跡の一部には朝のみ開いているものがあり、すでに入れない場所もあった。こうなると、やはり1泊しないとすべてのスポットを 回れないことになる。ディオクレティアンの神殿で降ろしてもらい、そこから中央の通路を遺跡の入り口までゆっくりと歩いた。 とにかくまわりは砂漠なので暑い。ひとつ飛びぬけた暑さだ。こんな暑いところにわざわざ都市を作っていた古代の人達の気が知れない。でも、今は崩れてしまっている柱の ひとつひとつがかつては立ち並び、屋根がつき、草木が十分生い茂っていたと考えると、感慨もひとしお。四面門(Tetrapylon)は、遺跡の中央にそそり立ち、現在の 周囲の状況を見ると、非常に目立つ。しかし、これも当時は通り沿いに柱が並んでいた事を想像すると、あまり目立つ存在ではなかっただろう。 そして、ここにも円形劇場。おそらく演劇が大好きな西洋人たちがまっさきに直すから、どこでも目に付くのだろう。ヨルダン川周辺地域にあるローマ人の遺跡には確実に円形劇場が ある。しかもほとんどが修復済み。 やっと記念門(通常の入り口)へ到着。門に着くころにはミネラルウォーターは飲み干し、疲労と空腹にため息をついた。門のところで駱駝に乗らないかと寄ってきた若者がいた。 彼にアラブ方面対日本人旅行者向け勧誘文句「駱駝は楽だ」を教えてあげた。 Syrian food シリアで食べた物ヨルダンのマクドナルドを除けば、食事はずっと現地のものを食べていた。特に街頭で削った羊肉をナンのようなもので巻くシャワルマはひどくお気に入りで、シリアでもヨルダンでも 食べまくった。店によってアレンジがあり、サワークリームをのせたり、巻いた後に更に焼きを入れたり。それからケバブ。シシカバブー?日本でも結構メジャーだと思う。 でも、シャワルマもケバブももともとトルコ料理なんだよなぁ。 気になるのは、注文した料理といっしょにでてくる、オリーブオイルのかかっている豆のペーストと漬物とサラダ。この豆ペーストだけはちょっとだめだった。食感は駄菓子屋のヨーグルト、 そして味は豆、それがたっぷり盛られてでてくる。これが普通のレストランに行くと必ず出てくる。食べないのは負けを認めるようで悔しいので、ちょっと食べるけどやはり全部はきつい。 飲むヨーグルトは牛乳より店でみかける。味は辛酸っぱく、本物っぽい。健康によさそうだ。 Hotel ダマスカスのホテルヒジャース駅前のオリエントパレスというホテルに泊まった。ダマスカスに到着した日、モスクワ以来ひさしぶりにシャワーを浴びて寝る。しかも、 バスタブ付き、そしてタオル有りだ!こ、これはゴージャス! しかし、チェックアウトで(いつも通り)フロントで一悶着。チェックインの時に少し安くしてもらったのに、平常料金を請求してくる。 中東のホテルに泊まって分かったのは、早朝は、フロントに事情をしらない(英語がうまくない)人間がいることが多いことだ。(ゲストハウスはたいてい自分より先に主人が 起きてたよなぁ)これからは、早朝チェックアウトのときはチェックインの時にメモを書いておいてもらうようにしようと思った。 border#2 国境を越えるその2ホテルをチェックアウトして、ヨルダン方面のバスターミナルへ。本当はセルビスタクシーに乗ろうと思って近くにいた軍人に「セルビス!」言っているのに、シリア国営のバス乗り場に案内された。 でも、ちょうどアンマンへ行くみたいなので乗せてもらった。冷房はあるし、結局こっちのほうがよかったみたいだ。バスでは2日前にセルビスでいっしょだった若者2人にまた会った。 再会を喜びつつ、国境を越える時には、彼らの免税オーバー分のたばこを鞄に入れてあげる。 再度国境へ。イミグレーションの建物はちょうど対の形の建物で、中央に係官がいて、その端に入国手続き用窓口と出国手続き用窓口がある。まったく問題なくシリアの 出国手続きを終えたが、バスなので、他の人達が終わるのを待たなくてはならない。ひとりバスに戻らない奴がいて、出発が遅れる。その間、イミグレーション横の商店で買い物。 この店、入国側からも出国側からも入れて、国境によくありがちの緊迫感がぜんぜん感じられない。 緩衝地帯を越えて、ヨルダン領内。らくらく入国。空路と陸路のスタンプは違うようだ。荷物検査もないので、これでは、何でも持ち込めちゃうじゃん。 バスは昼近くにアブダリの近くの長距離バスステーションに到着。ここで乗り降りしている人を見ても、シリアの人とヨルダンの人の見分けがつくわけもなく、国籍が違うのに、 平気で国境を行き来して、生活したり、商売をしているのは、なんか、すごい新鮮だ(島国育ちだから?)。 |