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Amman#1 アンマンその1空港からバスで30分くらいで、アンマンのアブタリバスステーションに到着。バスからの風景は予想通りの砂と岩だらけ。それでもアンマンに近づくと家が増えてきて、 人間臭さくなってくる。市内は小さな丘があちこちにあって、覆い尽くすように砂漠と同じ色の建物が建っている。 ちょうど昼に到着したので、荷物を置いて初日は市内観光に徹する事にする。ローマ劇場。完全復元されていて、庶民の憩いの場(「歩き方」より)。しかし暑い。アジアの ねっとりとした暑さより一歩つきぬけたような感じだけど、日陰に入ると涼しいのが救い。少年が体重計を傍らにおいて客寄せしていた。こちらでは体重計が不足気味だろうか? 近くにマクドナルドを発見したので入ってみる。客が少ないのは庶民には割高なためか、それともエアコンがないから?「ロワイヤル(チーズバーガー)」のバリューセットを注文。 日本と価格はいっしょだが、ハンバーガーは約1,5倍、ポテトとコーラはLサイズを越えるの大きさで、ポテトを食べただけでお腹いっぱい。 腹ごなしにダウンタウンをうろつく。アジアと違って外国人への注目度が低い。もっと子供の物売りとかが、ガッと寄って来ると思ってた。ガッと。ちょっと肩透かし。 ふと、リコンファームをしていないことを思い出した。近くの電気屋(のような店、お菓子とか売ってた)でテレカを買い、アエロフロートにオフィスに電話してみた。 海外旅行初の電話。どこかの国の言語でテープが流れた。お留守? Petra ペトラぺトラの遺跡はアンマンの南約200キロ。早起きして、ぺトラ行きのセルビス(乗合)タクシーやパスの発着する、アンマン南部にあるバスステーションに向かった。 「歩き方」ではワヘダットと書いてあるが、タクシーの運転手に通じなかったので、「ペトラ、ペトラ」と言ってやっとわかってくれた。 セルビスタクシーで4時間。ぺトラの入り口に到着。意外と整備されている公衆電話のおかげで、ここでリコンファームをすることができた。ひと安心。ゲートの先は歩くか、割高の馬に乗って 行くしかない。ゲートから岩の割れ目まで約10分。岩の谷間は日があまり射し込まず涼しい。この数十メートルある岩はさまざまな色の層に分かれており、先に進むにつれ、太陽が位置を 移すにつれ、徐々に視界の色を変えていく。 そしてその光景を十分堪能した末、日の当たらない岩盤と岩盤の隙間に、日光に照らされて輝くエルハズネが姿をあらわす。前に歩を進めると、徐々にその姿が視界に広がり、ついに その全貌を見た時、「もう旅行、完了!オッケイ!」と思うくらいの感動がある。しかし、「インディージョーンズ」の場面とは違い、内部はただの部屋でなんにもない。なあんにも。ぺトラの遺跡は遠くから見た方がいい。 エルハズネの横道を奥に進んでいくと、視界が開ける。盆地の周囲の壁面に墓や建物が多数彫ってある。「歩き方」に書いてある通りの登山コースを進んだが、水分補給 していてもかなりへたってしまう。時間もかかり、博物館を見学する時間がなくなってしまった。登山コースへ行くなら、現地で1泊できる人だけにお勧めしたい。 1泊できない人は、山道に入らずに直進、食事して博物館によって、王家の墓に登るくらいがちょうどいいと思う(結果論)。 ゲートに戻り、ぐったりして約束していたセルビスを待っていたが、来ない。ちっとも。きっと別の客を拾ったのだろう。しぶしぶタクシーでアンマンまで帰る事になった。 7時。ハイウェイを走行中、運転手が急に車を路肩に止めた。「Sorry,I'm pray」と言って車を降り、お祈りをはじめた。夕日の沈んだ砂漠と運転手の姿が印象的だった。 Hotel#1 アンマンのホテル 1泊目ヨルダン2日目の朝。前日の夜はすぐ寝てしまったので、ちょっと早めに起きてシャワーでも、と蛇口をひねるけどお湯がでない。チェックインの時、「Hot shower,24hours」 と言ってた奴は誰だっけ?と思い出しながら、冷水の方の蛇口をひねってもやはりでない。もしかしたら、1週間に一度の断水日?砂漠の街だし可能性はある(ないと思うけど)。 さっそくシャワー抜きとは縁起がいい。昔の羊飼いは何十日も水浴びしないでいることもあったであろう。そう考えるとたいしたことない(前向きな考察)。そして 三つ星以下のホテルはゲストハウスと呼ぶべきだとか考えた(衝動的な考察)。 Hotel#2 アンマンのホテル 2泊目ヨルダン3日目の朝。今日はお湯はでた。が、シャワーヘッド(プールに入る前の洗浄用に浴びるシャワーでよく見かけるひまわり型、でわかるだろうか?)までお湯を押し上げる 水圧はない。しぶしぶ膝まづいて蛇口からのお湯だけで髪を洗う。「歩き方」も3年更新されていないので情報が狂っているのかなあ、と思ったけど(ヨルダン編は1999年11月に 改訂版がでるらしい)、時間がないので特にクレームもつけずチェックアウトした。二度と行きません、「シャヒーンパレスホテル」! (確認情報:改訂版は発売済みです) Al Salt ソルト微妙な時間が残った最後日。ジェラシュや死海にはちょっと時間がない。アンマンをうろつくにも飽きた。そこで、車で30分、ソルトの街に行くことにした。現地で「ソルト」では通じず、「アル ソルト」が一般的らしい。 ソルトはアンマンに首都が移る前の首都で、日本の鎌倉みたいな感じだろうか。谷沿いに建物をびっしり建てているので、アンマンを凝縮した印象がある。 この街は非常に気に入った。ペトラやパルミラのように明確な観光地ではないのでツーリストプライスではなく、恐ろしく物が安い。そして、建物の様式もアンマンより 古く、モダンなものが多い。そしてその貴重な建物だとまったく意識せずに住んでいる住人達。人もなつっこい。子供は異人(私)を見て、自分達から写真を取られに寄ってくる。 「カメラ持ってるだろ?、撮ってよ!」である。横道に入った路地を歩いていると、道に座り込む老人が声をかけてくる。「いやいや、良くいらっしゃった、わしの英語はうまいじゃろ?あんたドイツ人?」 しかし残念なことに、「歩き方」にソルトで唯一掲載されていたソルト・ザマンというレストランはすでに閉じていた(看板と建物はまだある)。急な傾斜を登った苦労は報われなかった! ぜひ、改訂版では閉店したことを載せて欲しいものだ。 (確認情報:改訂版では、この店の情報は完全に抹消されていた・・) お勧めのソルトの歩き方。とにかく人の通れる階段、路地、家の裏庭を歩き回る。美しい建物の装飾や人間の生活臭さを一気に体験することができる。ただし捕まらない程度に。 Amman#2 アンマン その2シリアから戻ってきた日程最後の日。シュメイサーニの喫茶店の横にあったインターネットルームで30分利用する(60円)。ヤフーメールで会社の人にメールを送り(後でアドレスの 誤っていたことが発覚)、右から表記するアラビア語のWordに感動した。 ソルトから帰ってきて、城壁に登って街を見下ろし、坂を下りた後は、閉館までローマ劇場でのんびりする。閉館後、ダウンタウンに土産を探しに繰り出した。まず、ヨルダンNo.1の歌手、アムロディアスのテープを買う。 テープ屋の店主は「マスターだ」と言い張るが明らかに生テープだ。まけさせた。それからアラビックコーヒー。おそらくキングファイサル通りだと思われる通りにある、でかい コーヒー豆煎り機が回転している店でアラビックコーヒーを購入。袋に詰めてもらう。この店の店員は、日本にも2度来たことのある空手家で「ニダン、ニダン」と店主と2人で連呼していた。次にお茶。ファイサル 通りをモスクの逆に進み、雰囲気のいい(こきたない)穀物店で袋にはいっているものを買った。 キングフセインモスク周辺は夜になって人通りがいっきに増す。周囲の店とモスクの照明で昼のような明るさで、異国でひとりでいるのに不安を感じさせない。 意外だったのは、イスラム教徒でも、あまり時間通りにお祈りをしている人は見かけなかった事。モスクには当然いるけど、街の人々は全然しない。キリスト教の様に宗教に対してクールな ところがでてきているのかなと思う。まあ、宗教をもたない民族がそんなこといえた義理はないけれど。 |