○環天頂アーク


 夕方や早朝、頭上に逆さになった虹が出現することがある。環天頂(かん てんちょう)アークと呼ばれる比較的珍しい気象光学現象だ。

 アークというのは弓形や円弧といった意味で、その言葉どおり、環天頂アークは空の一番てっぺんである「天頂」を中心とした環に沿うように、観測者の目には下側が凸になった円弧状になって現れる。
 出現高度角は約46度以上で、これはかなり高い場所だ。人間の目の視野は横に比べて縦が狭いこともあって、環天頂アークが出現していても、それに気付かないことが多い。

 この現象は内暈幻日と同じく、主に5000メートル以上の高空にある氷晶が見せている。氷晶というのは空中を漂う小さな氷の粒のことで、いわゆるダイヤモンドダストと呼ばれているやつだ。多くは右下の図のように六角形の柱状をしている。

 冒頭に、環天頂アークは逆さになった虹と書いたが、正確に言えば虹とは全く違う原理で現れる。
 虹は球形の雨粒に太陽光が入射して起きる現象で、太陽とは反対側の空に現れる。一方、環天頂アークは六角柱の氷晶が見せる現象で、太陽の上方に現れる。




 環天頂アークが出現するためには、空に氷晶がたくさん浮いていて、しかもその形が図のように平べったくて、平らな面が地面と水平に揃っている必要がある。

 この氷晶の平べったい上面に太陽光が入射して、側面から出る経路をとったとき、環天頂アークが現れる。

 このときの光の辿る経路について、理屈で考えてみよう。

 下の左側の図で、空気の屈折率をn1、氷の屈折率をn2として、光が入射角θ1で入射したとき、
屈折の法則(スネルの法則)より
 n1sin(90-θ1) = n2sin(θ2)

 上式を変形してθ2を求めると
 θ2 = asin(n1sin(90-θ1)/n2)

光が側面から射出するときでも屈折する。
そのときの入射角と射出角θ3との関係は
 n2sin(90-θ2) = n1sin(θ3)

上式を変形して
 θ3 = asin(n2sin(90-θ2)/n1)

 よって、氷晶の上面に光がθ1の角度で入射したとき、側面から射出される時の角度θ3との差(偏向角)は、
 θ4=θ3-θ1

となる。
 空気に対する氷の屈折率は1.309なので、n1=1, n2=1.309を代入して入射角θ1と偏向角θ4の関係を計算したのが、下のグラフ。(氷晶の平らな部分は地面とほぼ水平なので、入射角θ1=太陽高度となる)


 

 このグラフからわかることは、次の2つだ。
 ひとつは、太陽高度が約32度以上では環天頂アークは出現しないということ。これは、氷晶内を進んだ光が側面に当たる角度が浅くなり、光は全て反射してしまって外に出てこれないためだ。最も太陽高度が低くなる冬至周辺はほぼ一日中32度以下ではあるものの、それ以外の季節は早朝または夕方でないと太陽高度は32度以下にならない。環天頂アークは朝か夕方のみ見られる現象なのだ。

 ふたつめは、環天頂アークは太陽から46度以上、上の空に現れるということ。冒頭で書いたように、ほとんど頭上に感じる位置だ。このページ一番下にある、ビルの間から撮った写真からも、太陽からはるか上の空にあることがお分かりいただけるかと思う。環天頂アークがその位置に出現することを知っていないと、なかなか気付かない場所だ。


 以上で環天頂アークが出現する高度はわかったけれど、ではなぜ、下が凸になった弓状の形状をしているのかというと、それにはもうひとつ別の仕組みがあるのだ。

 今度は光の経路を上から見てみよう。左図に示すように、氷晶の上面から入射した光は側面から出るときに、氷晶の回転具合によって様々な方向に曲げられる。
 この曲げられ方は、横からみた鉛直方向の角度は一定だけれど、上からみた水平方向の角度は様々だという特徴的なもので、その結果として観測者から一定の高度角の円周上にある氷晶からの光が目に届く。それが観測者から見れば下が凸になった弓状の形状に広がって見える、というわけだ。
 (なお、参考書等によると水平方向の広がりは約108度とのことですが、私は80度程度だと思うのですが.... なぜ108度なのか、詳しい方教えてください)





 環天頂アークが現れるような条件のとき、つまり高空に氷晶がたくさんあるような時は他の暈現象もいっしょに現れることが多い。
 例えば上の写真は画面の対角線方向で180度の画角をもつ魚眼レンズで撮影したもので、まず太陽をとりまく22度の円周に沿って左側に幻日が、上に「上部タンジェントアーク」という光学現象が現れている。そして、画面上部中央には、下から赤→紫の順に並んだ環天頂アークが見えている。

 また、写真で気付かれた方もおられるかもしれないが、内暈や幻日など、氷晶のつくる色々な暈現象の中で、環天頂アークは最も鮮やかな色を出す。
 もちろんそれには理由がある。光は、赤や青などの色ごとに屈折率が異なるために色づくのだが、例えば以前紹介した内暈の場合、様々な方向に射出される光が比較的集中する角度(最小偏向角)に暈ができるので、他の色も混じってしまう。
 しかし環天頂アークは最小偏向角による現象ではなく、観測者から見て空の決まった場所にある氷晶から決まった角度で屈折した光が届く現象なので、違う色同士が混じることがない。だから環天頂アークは、ときに雨上がりの虹よりも、透明感のある鮮やかな虹色を見せる。





○撮影データ(ページ上の写真より)
・1段目  日時:2009年3月29日 15:59  場所:東京都江東区
 カメラ:ペンタックス K10D  レンズ:SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC (撮影時18mm)
 その他:プログラム露出 F8 1/750秒 ISO100相当 RAW現像
環天頂アークは太陽高度が低いときにのみ現れます。私の経験では、朝よりも夕方の方が出現しやすいように感じています。

・2段目  日時:2009年5月3日 16:58  場所:千葉県松戸市
 カメラ:ペンタックス *istDS  レンズ:PENTAX DA FISH-EYE 10-17mm F3.5-4.5 ED
 その他:プログラム露出 F8 1/750 ISO200相当 RAW現像
写真では、太陽の周囲約22度に内暈が微かに見えていて、太陽の左横には幻日が、真上には上部タンジェントアークが見えています。内暈と地平線の位置関係から、太陽高度はおよそ20度。画面上部中央、太陽から約46度上にあるのが環天頂アーク。内暈や幻日などよりも鮮やかな虹色をしているのがわかります。

・3段目  日時:2009年3月29日 16:18  場所:東京都江東区
 カメラ:ペンタックス K10D  レンズ:SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC (撮影時22mm)
 その他:プログラム露出 F8 1/500 ISO100相当 RAW現像
ビルの間から見上げる環天頂アーク。ほとんど頭上に見えます。



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