1.夢の大陸目指して


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○7月30日(金)

出発前  いよいよ出発の朝を迎える。バイクを出し荷物を積み、空気圧を確認した後、関東地方南部にある自宅を出発する。今日は夜までにフェリーターミナルのある新潟まで行く予定だ。

 天気はどんよりとした曇り。スカーッと晴れて欲しかったが、まあ雨よりマシだ。通勤の車で混む国道を尻目に、遠出の時に良く使う裏道で茨城県・群馬県と順調に走りぬけてゆく。
 たまにポツポツと雨がゴーグルに当たる程度なので天気は持ちそうに思えた。しかし昼前に群馬県の赤城山麓にさしかかった辺りで雨が本降りになったため、路肩にバイクを止め雨具を着る。そのあと雨は降ったり止んだりを繰返すが、いちいち脱いだり着たりするのは面倒なので雨具を着たまま走り続ける。

 この旅の俺の相棒は去年と同じく、200ccクラスのオフロードバイク「セロー」だ。このバイクは車高が低くコンパクトであり、エンジンも低速トルク重視に設計されているので、荒れた林道での走破性が高い。しかしその反面 高速走行は苦手で、最高速度は時速100キロにも満たないのだ。
 いや、100キロ以上だって出す気になれば出せるのだが、単気筒エンジンが死にそうな悲鳴を上げ、悪路を想定して交換したエンデューロレース用タイヤから危険を感じてしまう程の振動が伝わる高速クルージングは、ちっとも快適ではない。
 そんな理由もあって、新潟までの約350kmの行程には高速道路を使わず、一般道を使うことにしていたのだ。

 13時前には新潟県・湯沢の街に入り、さらに新潟目指して進む。
 国道252号を北上し、16時前には守門村にある守門温泉SLランドへ。名前の通り蒸気機関車が置いてある公園で、キャンプもできる野外施設もあるが目的はそれらでなく、温泉だ。去年も北海道に行く時に同じ道を通ったのだが、その時に地図にある「温泉マーク」を見つけ、そこを目指したらここを見つけたというわけ。

 夏の夕方、ようやく一日の暑さのピークが過ぎ、太陽も少し傾き始める夕方前、こういうのんびりできる温泉で一息つくのは至上の幸せだ。
 そして、これから始まる旅のことに思いを巡らせる。今回の旅の日程は北海道への往復を含めて計12日間。「旅」と呼ぶには少々短いとは思うが、サラリーマンなのにこれだけの休暇が取れたことを思うと贅沢は言うまい。実際これだけまとまった休暇は、年に一回でも取れたらラッキーという世界なのだから。
 外にパラつく雨を眺めながらゆっくり暖まる。
 「カナ カナ カナ ……」外に林立する木々の中からは蜩の鳴声が聞える。

 ゆったりした気分になったところで再びバイクにまたがり、新潟へまっすぐ向う。
 新潟のフェリーターミナルには18時30分に着き、舞鶴行のフェリー(19時発)を見送りつつ、予約クーポンを乗船券に換える。
 小樽行きのフェリーの出港は明朝10時30分なので、それまで過ごすための寝場所が必要だ。ちなみにターミナルビルは19時のフェリーが出ると閉鎖されてしまうので、内部に入ることはできない。
 俺の場合、どうするかは既に決まっていた。郊外にある健康ランドに泊るのだ。2000円程度の利用料に加え、800円の追加料金だけで仮眠を取ることができる、ライダーには心強い味方だ。フェリーターミナルからは約8km。入口脇にバイクを止め、中に入る。

 そこにある、いくつもの様々な湯に浸かり、すっかり寛いだ気分になる。風呂とくれば、次は当然ビールだ。少々高い一本(500ml) 500円のビールを買い、2階の仮眠場所(と言うよりザコ寝する空間)へ向かう。

 [本日の走行:364km, 消費ビール1.5L]




○7月31日(土)

 寝過してしまうかも?という心配もあったが、予め用意しておいた目覚まし時計の力を借りることもなく、6時に起床。フロントに預けておいた荷物をバイクにくくりつけ、この健康ランドを後にする。
 道の流れは順調で、コンビニで朝食を済ませたあと、8時前にはフェリーターミナルへ到着する。

 乗船受付はかなり混んでいる。しかし俺はすでに昨日乗船券に引き換えておいたのでこの列に並ぶ必要はなく、ターミナルビル内へ入り 窓から外を眺めていた。やがてしとしと降り出した雨の中、9時に乗船が開始される。
 最初に船に乗り込むのはバイク、そのあと乗船のみの客、最後に4輪車の順だった。

 急な勾配を持つ桟橋を登り、フェリー内へ乗り入れる。係員の誘導に従って、暗く、重油の匂いの漂ってくるその空間の隅にバイクを進める。スタンドを立て、エンジンを止めバイクから降りる。
 海が荒れているせいだろうか、バイクに積み上げてある荷物を床に降ろしておくように指示されていたのでその通りにし、18時間の船旅に必要な身の回りの物を持ち、船室へと上がる階段・エスカレーターへと向かう。その一方で係員が手際良く、タイダウンベルトでバイクを固定する作業を進めていた。

チケット  今回私が予約していたのは2等寝台。カーペット敷きの広間にザコ寝する方がさらに料金が安いのだが、混雑する上に見知らぬおじさん・おばさん・ファミリーに囲まれ、その喧騒の中ではゆっくりできるはずもない。そこでほんの少し高いのだが、この2段式の寝台を選んだのだ。

 出港時刻になると、船は汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き出した。さあ、北海道よ! 今年はどんな夢を俺に見させてくれるのか!
 港内は穏やかだが、外の日本海に出れば、多少波が出てくるだろう。思った通り、しばらくたつと去った台風の影響か、多少船が横揺れを始めた。
 こんな時にぴったりの船酔いの特効薬、それは酒だ。船が揺れていて これは酔いそうだと思ったら、さっさとその前に酒に酔ってしまうに限る。コンビニで買っておいた缶ビール一本+ウィスキー(一番安いやつを買ったので予想はしていたが、まずかった。)を飲む。船の前後のピッチングが心地よい。外は雨こそ降ってないが雲ばかり。たまに青空が少し見えるだけだ。
 夏休み中なので乗客はほとんどが子供連れの家族で、見た感じ ライダーの割合は少ないようだ。

 夕方になっても外は波が強く、船体の動揺を抑える補助舵(フィンスタビライザー)がついているこの大型船でも結構ローリングする。それにピッチングも周期的にしている。
 乗り物酔いには強いと自負している俺だが、さすがに体が少しだるくなってきた。まあ、食欲やアルコール欲はきちっとあるからまだいいのだが。

 [本日走行:9km, 消費ビール:1L]




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