鳥になった時

4.イグジット



 飛行機はこの雲の山を巧みに避け、大きな輪を描くようにして上昇してゆく。
 再び下へ目を転じると、雲による谷間の下にはコバルトブルーの海と、緑の大地が見え隠れする。もうすでに相当な高さになっているようだ。
 そう思っているところへ、インストラクターが高度計を見せてくれた。針は既に8000フィートを越え、もうすぐ10000フィートに届かんとしている。日本で一番高い山である富士山、それに匹敵するような高度に達しようとしている。何も言われなくても、もうすぐジャンプするのだろうと思うと緊張が高まってくる。飛行機はすでにほとんどの雲を見下ろす程の高さを飛んでいた。

 飛行機のエンジンを絞ったらしく、音が小さくなった。パイロットが何か叫ぶ。とたんに機内の動きが慌ただしくなった。私の後ろにいるインストラクターが何やらごそごそし始める。後ろから引っ張り、お互いのハーネスをしっかりと繋ぎあわせるための作業をしているらしい。この接続状態こそが、我々の命綱。絶対外れることのない丈夫な金具で固定されているのは分かっていても、落下中にインストラクターと別れ別れになったらどうしよう、などとつまらぬことを考えてしまう。しかしさっきインストラクターに拙い英語で「私はパラグライダーのパイロットである。」などとハッタリかまして慣れた風を装ってしまった手前、不安そうな仕草は見せまいと勝手に思っていたのだった。
 機内の動きが一層慌ただしくなった。いよいよだ! ついにジャンプの瞬間がやってきた。

いよいよジャンプ  一番搭乗口に近いところにいる2人組が、その開きっぱなしの開口部へと近づく。インストラクターがゴーグルを付けるように指示し、それが終わると開口部の両側に手を掛け、外へ身を乗り出した。
 そこから一番遠い位置にいる私の目には、開口部の外に広がる青空と白い雲が見える。

 インストラクターがいくぞ、というような顔をしてこちらを向き、声を出してアピールする。
 そして間髪を入れずに勢いを付けて機外へと飛び出した!

 二人の姿は瞬く間に視界から消えた。
 私を含め、残った体験者3人の口から声にもならぬ溜め息のようなものが漏れた。

 しかし怖気づいている暇もなく、二組めが開口部から身を乗り出す。呆気に取られている私をよそに、かれらも瞬時に視界から消えた。そして三組め。落下中の撮影は彼女で行うことになっているので、カメラマンも一緒に飛び降りる。まずカメラマンが機体につかまりながら外へ出て待機し、続いて出てくる二人を待ち受ける。そしてインストラクターとタイミングをとるようにして飛び降りていった。

 さあ、いよいよ最後、私の番だ。私が前、インストラクターが後ろという配置でしっかりとハーネス同士が接続されており、この状態のままで開口部へと近づき、身を乗り出した。
 視界が一気に開ける。下には白い雲が所々にあり、その間には珊瑚礁の海が見える。エンジン出力を絞ったとはいえ、飛行機はかなりの速度で飛んでいる。近くに対象物がないために直接その速さを確認する術はないが、顔に当たる風の音で充分それは推測できた。

 改めて下を見てみる。このぐらいの高度になると返って人は恐怖心を感じないものだと思っていたが、それでも全身の血が渦巻くような緊張感・迫力を感じる。しかし、以前バンジージャンプで経験したような、激しい恐怖感は不思議となかった。
 後ろのインストラクターが叫び、飛び出すタイミングを私に知らせるために体を前後させる。心の中でカウントダウンが始まった。
 「レディ! セット! ゴーー!」
 さあ、大きな空へ向かってイグジット!!

イグジット!1

イグジット!2

 飛行機から身を躍らすように、我々は飛び出した。

 透明な空気の壁にぶつかるような感覚で、体が運ばれる。直接見えはしなかったが、今まで我々を乗せてくれていた飛行機が上方へ飛び去ってゆく感覚がする。
 同時にものすごい力で下へ引っ張られているが如く、体がぐんぐん加速してゆく。ジェットコースターの比ではない。凄まじい勢いだ。
 しかしやがてそれも次第に弱まり、私が下、インストラクターが上の状態での、安定した落下姿勢に入っていく。


PHOTO: SKYDIVE SAIPAN INC. STEVE V/S


ページ最終更新:1998/4


もどる  次へ