私はこの加速と、全身に感じる空気の感覚により作り出される圧倒的なこの体験に呆れてしまった。それは今まで経験した全てのものを上回る迫力を持っていた。
インストラクターが私の肩を叩く。前に組んでいた手を広げろという合図だ。
![]() 車で高速道路を走っている時、窓を開け、手を出してみたことがある。驚くような力で見えない空気の力を感じた。バイクで走っている時も全身でそれを感じた。まただいぶ前、ブラックバス釣りに凝っていた頃に200馬力のエンジンを積み、時速100キロで滑走できるボートを運転し、息もできないような空気の圧力を感じたこともある。しかし今度のはその倍のスピードだ。しかも落下しているのだ。
思っていた程ではないが、風を切る音がゴォーーッと響く。我々の体は地球の引力に引かれ、加速しながら落下しようとしている。しかし、時速200キロというスピードにより生じるこの風圧により、これ以上加速することはない。空気抵抗という透明な壁に支えられているのだ。それでいて空気に「押さえつけられている」という感覚もないし、息苦しくもない。(もっとも、息ができなかったとしてもたったの30秒なので、どうってことはないのだが。)
この時実は密かに、このままあの白い雲に突入したらどんな感じなのかな、と少し期待していたのだが、幸か不幸か下方に雲はなく、珊瑚礁の薄青緑色の海に縁取られた陸地が広がっていた。
何度かの減速Gを感じたあと、ふと気づくと体を包んでいた風の音が無くなっていた。上を見上げるとカラフルな四角いパラシュートが奇麗に開いている。ああ、良かった、ちゃんと開いている。 パラシュートが開かないなどという事態は滅多にあることではなく、万が一そんな事態になった時のため予備のパラシュートまで装備しているこのスカイダイビングでは、そのまま地面に突っ込むなんていう可能性は皆無に近い。それは充分わかってはいるのだけれど、やはりこの時はほっとする瞬間だった。 落下していた時間は、正確に時計で測ったわけではないが、約30秒といったところだろう。落下速度を時速200キロ一定とすると、その時間で約1700メートルを一気に降下したことになる。それでも、まだ地上まで1000メートル以上の距離を残している。
我々のパラシュートは、ゆっくりと空に浮いている。今までとはまるで違った静かな空中散歩の時間だ。このパラシュートはインストラクターの両肩のあたりに接続されており、別に設けられている左右のトグルを引くことにより自由に進行方向を変えられる。この点、私がいつも楽しんでいるパラグライダーとそっくりだ。いや、正確には、パラグライダーがスカイダイビングのパラシュートにそっくりなのだが。
感心しながら周りを見回していると、インストラクターがトグルを渡してくれた。自分で操縦してみろと言う。早速やらしてもらうことにする。片方のトグルをぐっと引くとバンクがつき、いつも乗ってるパラグライダーに比べてかなり大きな沈下を感じると共に、旋回してゆく。この感覚、少し昔のタイプのパラグライダーと一緒だ!
しばらく右へ左へとその操縦感覚を確かめた後、片方のトグルをそのまま引き続けて連続旋回に入れてみる。パラシュートは同じ方向へぐるぐる回り出した。トグルを引くのに思ったよりも力が必要なので遠慮がちにやっていると、インストラクターが手を添えてさらに引き込んだ。途端にバンク角が深くなり、回転速度が早まる。パラシュートのあたりを軸にして、ぶら下がっている我々が紐の先に付けた玉のように振り回され出した。同時に強い遠心力を感じる。パラグライダーでは「スパイラル」と呼ばれるこのスリルたっぷりの連続急旋回は、主に急激に高度を下げたい時に使用する。このパラシュートでも、同じように回転しながらどんどん高度を下げてゆく。
驚いたことに、我々より一組先にジャンプしていっただけのカメラマンがすでに着地していて、我々を撮影していた。
それになぜか、タンデムでは一番最後にイグジットしたはずの我々が最初に着地している。どうやら急旋回ばかりやっていたため他の組を追い越してしまっていたようだ。
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ページ最終更新:1998/4
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