橋の上から空を飛ぶ

1.意気込み



吊り橋

 ニュージーランドを代表する観光地クイーンズタウンの郊外に、深い谷にかかる大きな吊り橋がある。その吊り橋のほぼ中央部分に設けられた飛び込み専用の踊り場の上に立った時、こんなことするんじゃなかったと、少しだけ…いやかなり後悔した。


 初めての海外旅行の行き先にニュージーランドを選んだのにはちょっとした理由がある。
 その時は9月。東京では真夏は過ぎたとはいえ、昼間はまだ蒸し暑さが残り汗ばむような気候である。
 しかし赤道をまたいだ南半球の国ではまだ冬。どうせエコノミークラスの狭い席に乗って遠い国へ出掛けるなら環境も気候も全然違った方がいい、そう思ったのと、私の趣味のひとつであるスキーが楽しめるからなのである。
 日程も海外旅行初心者らしく、有名観光地を巡り、スケジュールに追われる添乗員付きのパックツアーで参加してもよかったのだが、まあそういう旅行は年寄りになってからでもできるということで、空港→ホテルの移動以外はすべて自由時間のコースで申し込むことにしたのだった。

 いよいよ出発の日。ガラガラと盛大な音を立てる大きなトランクを引きずって成田空港へ向かう。この日のために用意したパスポートを時々確認しつつ、心はすでに南半球ってな具合だ。
 飛行機は夕方、暗くなってからの離陸だった。せっかく窓側をキープしたのだからせいぜい遠ざかる街の灯りでも見て楽しもうと思い、ぼんやりと外を見つめていた。

 搭乗が終了すると飛行機はゆっくりと動き出した。いつも思うのだが、500人+その荷物を乗せたこの重くて巨大な飛行機が本当に飛ぶなんて、分かってはいるけどちょっと不思議だ。
 そんな考えをよそに、飛行機は滑走路上に出ると4つのジェットエンジンが轟音を発し、同時に軽くシートに押さえつけられる加速度を感じる。初めてジャンボ機に乗った時、この巨大な乗り物がこんなにも鋭い加速をするものなのかと仰天したもんだが、その感想は今でも同じだ。どんどん飛行機は加速し、窓から見える空港の施設もかなりの速さで後ろへ流れてゆく。
 そろそろ滑走路も終わってしまうんじゃないかと思った頃に、飛行機はゆっくりと機首を上げ、今度は下方向へのGを感じると同時にタイヤから伝わってくる振動もなくなり、離陸する。私はこの瞬間がたまらなく好きだ。この巨大な乗り物に乗っていて唯一、飛んだ!という感覚を味わえるからだ。何となく空気の重さというものが感じられ、飛行機に乗っているんだという実感が味わえる。
 無骨な音を立てて車輪が格納されているだろう音が聞こえ、飛行機は巨大な機体を傾かせて旋回しながら上昇してゆく....

 さて、外の景色を見るのも飽きたところで機内に目を転じてみる。思った通りエコノミークラスの席は狭い。同じボーイング747でも、北海道スキーで何度も乗った羽田−千歳とはだいぶ違う。なんてったって北海道は1時間半。離陸して水平飛行に移った後スチュワーデスのきれいなおねえさんがエコノミークラスの我々にエサを撒くように置いていく菓子とコーヒーを飲み、トイレに行ってる間に目的地に着いてしまう。
 それに比べてこっちは10ウン時間だ。シートはほんのちょっとしかリクライニングしないし、席の間隔が狭いから前の席に膝が当たってしまう。到着までの時間は、まさに退屈と窮屈そのものだった。

 それも何とか我慢し、少しは睡眠も取りつつやっと飛行機は目的地、ニュージーランド・クライストチャーチに到着した。外に出てみると、さすがに気候は日本と正反対で結構肌寒い。ここからは国内線に乗り換えてクイーンズタウンに向かう。クイーンズタウン空港は世界でも屈指の離着陸の難しい空港らしく、ジャンボ機は発着できない。行ってみて納得した。周囲には山脈がそびえ立ち、空港自体もそれに囲まれるような台地の上にあるからだ。
 しかし我々を乗せた小さな旅客機は何事もなかったかのように空港に到着した。そしてその日は街の散策と飛行機の中で覚えた日常英会話の披露?をして過ごしたのだった。

 さて、自分で立てたスケジュールはスキー中心だったが、現地に行ったらぜひ挑戦してみたいと思っていたものがあった。それが、バンジージャンプだった。何といってもクイーンズタウンはバンジージャンプの本場。当時日本ではこれが出来るところがほとんどなかったし、パラグライダーで空を飛んでいるのだから高い所は慣れてるはずだ。多少は恐いかも知れないがまあ平気平気、きっと面白いに違いない!? そう考え、スキー場通いの合間に行くことにし、予約を入れたのだ。
 バンジージャンプというものを知らない方のために少しだけ説明すると、体にゴムロープを結び付け、高い所からまっさかさまに飛び降りる遊びだ。ゴムロープがあるのでそのまま下に激突することはなく、ぶつかるぎりぎりの所で止まってくれるのでケガしたりする心配は全くない。飛び降りる場所は高い所ならどこでもいいわけで、クレーンや特製のやぐらの上からでもいい。そんな、物好きのための遊びだ。

 予約した時にもらったクーポン券には英語で「エアーチケット」と書かれていた。その言葉の意味することはそのとき十分に分かった。そしてその時、何故か予約してしまったことをほんの少しだけ、後悔した…




ページ最終更新:1998/3


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