2012/02/29 最近読んだ数学本の読書メモ 主に「ゲーデルの不完全性定理」関連

 ここ数ヶ月「ゲーデルの不完全性定理」について書かれた一般向けの数学本を何冊か読んだのでメモをまとめておく。ここ数年「ゲーデルの不完全性定理」関連で、かなり読み易い本が出ているので、入門者や再度挑戦しようという者には好機と言える。
 「ゲーデルの不完全性定理」は1930〜1931年にドイツの数学者クルト・ゲーデルが発表した数学基礎論に関する定理である。この定理について、前提や条件、適用範囲を理解せずに意訳された文章だけ読むと、その言葉がセンセーショナルに感じられるため、数学の外の世界で「数学は不完全だ」とか「理性の限界」とか言われる事も多い。こうした言説は概ね誤解が含まれているので鵜呑みにしてはならない。「ソーカル事件」ではないが、哲学的に見える言葉を使いたがるエッセイストは多い。
 こうした誤用については、(私は未読だが)トルケル・フランセーン著『Godel's Theorem: An Incomplete Guide to its Use and Abuse』2005が詳しいらしい。和訳は『ゲーデルの定理 利用と誤用の不完全ガイド』トルケル・フランセーン(著) 田中一之(訳)(みすず書房)2011 になる。仙台ロジックセミナーの資料ページ で訳者あとがき[pdf]が読める。
 不完全性定理への誤解については『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』でも何度も注意が出て来る。


今回読んだ本
『不完全性定理 数学的体系のあゆみ』野崎昭弘(著)(ちくま学芸文庫)2006
『ゲーデル 不完全性定理』林晋/八杉満利子(訳・解説)(岩波文庫)2006
『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』結城浩(著)(ソフトバンククリエイティブ)2009
『はじめての現代数学』瀬山士郎(著)(ハヤカワ文庫NF)2009
『論理学をつくる』戸田山和久(著)(名古屋大学出版会)2000
『数学の20世紀 解決された30の難問』(青土社)2009
まずは各書の印象を簡単に記述する。


『不完全性定理 数学的体系のあゆみ』野崎昭弘(著)(ちくま学芸文庫)2006
 読み易い。論理学や集合論を知らない人でも読める。
 サブタイトルに「数学的体系のあゆみ」とあるように1〜2章で歴史的な流れを追っている。数学の成り立ちから、抽象化、理想化、定義、公理化、体系化、形式化と20世紀に到る。
 207頁に「なお『完全』というのはまぎらわしい言葉で、私が知っているだけでも5〜6通りの違った意味がある。」と書かれている通り、この「完全」という言葉の用法こそが世間の「不完全性定理」への誤解の大元と思われる。
 第6章で「完全性定理」から「第1不完全性定理」「第2不完全性定理」と順に説明されており、「モデル」や「形式(シンタックス)と意味・内容(セマンティクス)」をきちんと理解していれば、「完全性定理」と「不完全性定理」の違いが理解できる。
 本書には索引が無くやや不便である。
 本書は『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』巻末の参考図書の「高校生向け」のリストに入ってる。
 「排中律」や「直感主義論理」、「シンタックスとセマンティクス」については後述の『論理学をつくる』が詳しい。
 ちくま学芸文庫のサイト
 http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480089885/


『ゲーデル 不完全性定理』林晋/八杉満利子(訳・解説)(岩波文庫)2006
 第I部はゲーデルの論文そのものの訳なので、多くの人は第II部から読み始めた方が取っ付き易い。但し、第II部序盤の1.1と1.2に書かれた不完全性定理の解釈についての文章は難解。
 解説となっている第II部だが、その多くをヒルベルトの物語が占めている。歴史に沿って書かれているので、幾つも出てくる理論が今でも通用する理論なのかどうかが判り難い。後述の『論理学をつくる』戸田山和久(著)を先に読んでおいた方が良い。
 不完全性定理の本では、不完全性定理が登場して締めくくられる本が多いが、本書は不完全性定理以後の話、ゲーデルやゲンチェンによる無矛盾性の証明についても書かれている。
 本書にも索引が無く不便である。
 『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』巻末の参考図書の「大学生向け」のリストに入ってる。
 林晋さんのサイト http://www.shayashi.jp/各刷の正誤表が公開されている。
 岩波文庫のサイト
 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/0/3394410.html


『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』結城浩(著)(ソフトバンククリエイティブ)2009
 数学ガールシリーズの第3作だが、この巻だけ読んでもそう問題は無いだろう。高校生が登場人物の寸劇がある。タイトルと、このライトノベル部分で抵抗を覚える人も居るかも知れないが、数学部分はかなり真面目。原作シリーズではラノベパートの割合は控え目なのでそんなに気にはならないかと思う、何なら読み飛ばす手もある(漫画版はラノベパートがメインのようだ)。
 前半で、論理学だけでなく、集合、無限、極限、ε-δ論法についても初学者向けに説明している。本文中に入門者との対話が入るので、概ね親切に書かれているが、ゲーデルの証明を追う第10章はやや駆け足である。勿論、駆け足と言っても元の論文よりは丁寧である。
 本書には索引がある。
 数学ガール 公式サイト
 http://www.hyuki.com/girl/

 ソフトバンク クリエイティブのサイト
 http://www.sbcr.jp/products/4797352962.html


 『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』の328頁に「表現定理」という定理が出て来る。『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫)の訳では直接「表現定理」という名前は出て来ないが、『ゲーデル 不完全性定理』の26-27頁が対応しているものと思われる。


『はじめての現代数学』瀬山士郎(著)(ハヤカワ文庫NF)2009
 幾何、代数、解析の歴史から始まってトポロジー、形式化、現代数学までの道のりが解り易く書かれている。これを読んでようやく20世紀初頭までの数学の流れが把握できた。
 数学の歴史については、『不完全性定理 数学的体系のあゆみ』でも古代ギリシャから始まる数学の歴史が記載されているが、公理系に絞られている。また『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫)だと歴史の記述は更に19世紀からの形式化に絞られている。
 本書にも索引が無いが、目次と見出しで事足り、そんなに困る事は無いだろう。数式も殆んど無いが図表は多く解り易い。逆に数学好きには物足りないかもしれない。
 本書『はじめての現代数学』でもゲーデルの不完全性定理が解説されている。ここまでの4冊ともそれぞれ筆者が異なるため、大筋は同じでも少しずつ異なった解説がされている。或る説明で理解出来なくとも4種類も読むと1つぐらいはしっくり来る説明がある(トンデモには注意する必要があるが)。一旦1つの説明で理解できると他の説明についても見えてくるものがある。
 44頁に「実数論の無矛盾性はまだ完全には解明されていない」と記述されているが、やや誤解を招きそうな記述である。
 ハヤカワ・オンラインのサイト
 http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/90346.html


 不完全性定理の証明でも使われる対角線論法については、『はじめての現代数学』と『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』が詳しい。前者は不完全性定理の証明での対角線論法の使われ方の大枠が掴み易く、後者は対角線論法のひねったQ&Aが出てくるので理解が深まる。


『論理学をつくる』戸田山和久(著)(名古屋大学出版会)2000
 上記の4書より先に読むべきであった。
 良書、読み易く且つ面白い。論理学がこんなに豊かとは知らなかった。本書は初学者向け、丁寧に書いてあるので独習できる。パラパラめくると記号が多く出て来て難しそうに見えるが、最初から順を追って読めば中高生でも読めるだろう。前提として必要となる数学の知識は特に無い。
 「ゲーデルの不完全性定理」界隈で出てくる「述語論理」「モデル」「シンタックスとセマンティクス」「コンパクト性定理」「完全性」「排中律」「直感主義論理」「第1階の算術の理論」「第2階の論理」等が丁寧に説明されているので、「ゲーデルの不完全性定理」の勉強の前段階にお薦めする。「ゲーデルの不完全性定理」自体は出てこないが、第12章は「第1階の論理については成り立っていた、完全性定理、コンパクト性定理、レーヴェンハイム・スコーレムの定理がことごとく第2階の論理については成り立たないのだった。」という記述で締められている。
 論理学の本には読んだ時、狐に化かされたような気分になる本も多いが、本書は誤解しやすい場所で、きちんと注意を書いたり、整理して書いているので誤解を避けやすいと思う。この手の本は新しい方が最新の知見が入って広い視野から書かれていることが多い。値段は上記の4書より高い(3,990円)が教科書としては普通だろう。内容も豊富なので損はしない。
 「多値論理」は知っていたが「様相論理」は本書で初めて知った。
 本書には索引がある。
 名古屋大学出版会のサイト
 http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN4-8158-0390-0.html


 ここまで読んで「ゲーデルの不完全性定理」が多少把握できたと思う。学生の頃は「数学の勉強に歴史的な経緯は不要」と思っていたが、この辺りは歴史的文脈も理解の助けになる。『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫)の83-84頁にも「数学論としての不完全性理論は、人文・社会科学の理論同様に、歴史的文脈から切り離すとその意味が半減するのである。」と書かれている。
 余談になるが、何かを勉強する際は複数の記述を調べるのが肝要である。1冊だけでは間違った記述に遭遇する事がざらに有る。間違ってなくとも、翻訳の仕方や日本語の書き方でミスリードを招く文章はよく有る。また書き方によって理解できる場合も理解できない場合もある、自分に合った資料を見つけられると幸せである。
 逆に多くの試験勉強については1つの教科書を隅から隅まで理解した方が良い。この違いは「試験問題の殆どには正答例がある」ということから来ている。勿論その1冊は良い教科書である必要があるが、メジャーな試験なら定番の参考書が有るだろう。閑話休題。


 不完全性定理の証明そのものについては『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫)や『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』が詳しい。証明の解説は両書に譲りここでは結論の概略のみ整理する。

 まずは用語を整理。

命題(propotion)
 平叙文、または平叙文の「内容」あるいは「意味」。言語の文である必要はなく、論理式の記号列等でも良い。真や偽といった値を持つ。変数を含まない。
 「鯨は哺乳類である」や「1+1=2」等。

命題論理(propositional logic)
 変数を持たない単純な命題のみを扱った論理。

述語(predicate)
 変数を含んだ文。命題の関数。
 「xは素数である」や「yは映画監督である」等。

述語論理 (predicate logic)
 命題だけではなく述語も扱う論理。
 変数の範囲を決める「∀」「∃」というった記号も追加される。この記号の意味はそれぞれ「全称記号:∀〜:全ての〜について成り立つ」「存在記号:∃〜:である〜が存在する」。「∀」「∃」は「量化子」と呼ばれることもある。物理における「量子化」とは直接関係は無い。


1階述語論理(first-order predicate logic、FOL):
 述語の引数を単純命題のみとする述語論理。

2階述語論理(second-order predicate logic):
 1階述語論理に加え、述語についての述語を導入した述語論理。

高階述語論理(higher-order predicate logic):
 述語についての述語についての述語……についての述語を許す述語論理。

第1階算術:
 自然数と同型なモデルを扱う第1階の形式的理論。集合の概念が無い。集合論を含まない純粋の自然数論。
 第1階算術の例:ロビンソン算術、第1階のペアノ算術

第2階算術:
 自然数と自然数の集合を扱う第2階の形式的理論。実数を扱う事ができる。
 第2階算術の例:第2階のペアノ算術

ラッセルの型理論、階型理論、分岐的型理論、可述的型理論
 複数の階を持つ理論について、順位を導入して、自己言及や循環論法を禁止した理論。「x∈yのとき、yの型はxの型より1つ大きい」という条件が加わっている。
 しかし可述的型理論では無限算術化を再現できなかった。型理論に還元公理(=集合論の内包公理)を加えることで無限算術化を再現できたが、還元公理は非可述的だった。
 ゲーデルの不完全性定理の証明では、内包公理が入っているため、型理論によって自己言及を禁止したつもりでも、「ゲーデル数」によって自己言及文を作る事ができた。 還元公理=集合論の内包公理:「集合uは論理式aで定められる。」


公理系の健全性と完全性
 シンタックス(形式)とセマンティクス(意味)の関係における性質。
 健全性: 公理系から作られた論理式は、トートロジー(妥当式、恒真式)である。
 完全性: その系のどんなトートロジーも、公理系から作る(証明する)ことができる。

論理学で言う「完全性」は複数ある。

意味論的完全性(内容的完全性):
 形式論理体系で恒真である命題が必ず証明できる性質。
 「公理系の健全性と完全性」「シンタックスとセマンティクスの関係」で言う「完全性」はこの意味論的完全性。
 「ゲーデルの完全性定理」が証明したのは、一階述語論理の意味論的完全性。
 二階述語論理や高階述語論理は一般に意味論的完全性を持たないが、「Henkin semantics」を伴う二階述語論理では、完全性定理やコンパクト性定理が成り立つ。これは、「Henkin semantics」を伴う二階述語論理が、一階述語論理とほぼ等価であり、表現能力も一階述語論理と同等のためである。

形式的完全性(構文論的完全性、証明論的完全性):
 形式論理体系で表現可能な任意の文の肯定または否定が証明できる性質。
 「ゲーデルの第1不完全性定理」が否定したのは、自然数論を含む述語論理(1階でも2階でも高階でも)の形式的完全性。


矛盾:
 論理学における「矛盾」とは「『Aである』とその否定『Aではない』が同時に成り立つこと」である。

形式的無矛盾性:
 形式的体系において「どんな命題Mについても、Mとその否定¬Mとが同時に証明されることがない」という性質。
 体系に矛盾があるとどんな命題でも証明できてしまうので、その体系は無意味になる。このように「矛盾性」は最悪なものである。それに対して「不完全性」はそこまで困った性質ではない。

ω無矛盾性:
 不完全性定理の証明でゲーデルが導入した、通常の無矛盾性よりも条件の強い無矛盾性。ω無矛盾ならば無矛盾、逆は常には成り立たない。
 1936年に、ジョン・バークリー・ロッサーが、「ω無矛盾性」ではなくただの「無矛盾性」でも不完全性定理が成り立つ事を証明した。


 「ゲーデルの不完全性定理」は2つ有る。また「ゲーデルの完全性定理」も有る。

第1不完全性定理:
 「自然数論を含む述語論理の体系Zは、もし無矛盾であれば、肯定の証明も否定の証明もできない命題をつくることができる」Zは1階でも高階でも何でも良い。
 形式的完全性の否定。
 他に「体系Zが無矛盾ならば、(或る解釈のもとで)正しいのに証明できない論理式Gがある。」といった表現も見られるが、その表現だと「正しい」が未定義なので適切とは言い難い。
 日常語に近付けると「十分豊かな数学体系が、無矛盾かつ完全であることはない」ぐらいだろうか。但し、ここで言う「完全」とは、その体系において「どんな命題も証明されるかその否定が証明されるかのどちらかである」という性質であり、日常生活で言う「完全」とは少々異なる。「形式的完全性」と言う。「証明も否定もできない命題が存在する」という事で「不完全」と言っている。
 「自然数の足し算のみの体系」等、完全な体系も存在するが、そうした体系は、自然数論全体を表現できるほど豊かではない。

第2不完全性定理
 「十分豊かな数学体系の無矛盾性は、その数学体系だけからは証明できない」
 「体系Zが無矛盾ならば、Zの無矛盾性をZの中で証明することは不可能である」  第2不完全性定理が述べているのは、「数学的体系はそれ自身の無矛盾性を証明できない」という事で、上記の「意味論的完全性」とも「形式的完全性」とも異なる「不“完全”」である。
 「ゲーデルの第2不完全性定理」は、自然数論を含む無矛盾で再帰的な体系が「体系内で自身の無矛盾性を証明できない」の意味で完全な体系に成り得ない事を示している。

ゲーデルの完全性定理
 「一階述語論理では、恒真である命題は必ず証明できる」
 「一階述語論理では、或る論理式が論理的に妥当ならば、その論理式の有限な演繹(形式的証明)が存在する」
 定理名だけだと「不完全性定理」と相反するように聞こえるが、「完全性」の意味が異なるので相反はしない。また、適用される対象の範囲も異なる(一部重なる)。
 ここで言う「完全」は、全ての論理的に妥当な論理式の証明に追加の公理や追加の推論規則を必要としないという意味である。この「完全性」の逆は「健全性」であり、この場合「その論理式に証明が存在するならば、その論理式は論理的に妥当である」というごく当然の内容である。この両方が成り立つと「論理的に妥当」と「形式的証明が存在する」が同値である事になる。
 古典1階述語論理は健全かつ完全(形式的完全)である。
 「ゲーデルの完全性定理」は、二階以上の述語論理では必ずしも成り立たない。

 第1不完全性定理の例としては、エピメニデスのパラドックス「クレタ人のエピメニデスが『全てのクレタ人はいつも嘘を言う』と言った」等の自己言及のパラドックスやラッセルのパラドックスが近い。
 第2不完全性定理についてはあまり良い例えではないが、「自分の靴の靴紐を引っ張って自分自身を持ち上げる事はできない」という事をイメージすれば良いだろうか。
 こうした例をイメージすれば、不完全性定理をもって「数学は“不完全”だ」と言うのは適当ではないという事が理解できるかと思う。
 また不完全性定理は、個々の形式的体系について言っているものであり、数学という学問全体について言っているものではない。

 不完全性定理の証明について、循環論法ではないか?との疑問には、『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫)20頁の註15が答えている。

そのような命題は、見かけに反して循環論法的ではない、というのは、その命題は最初のうちは完璧に指定されたある論理式の証明不可能性を主張する『だけで』あり、そして、後になってようやく、その論理式がもとの命題自身を記述しているものに他ならないことが、(いわば、偶然に)わからるのだからである。


1928年ボローニャで開催された国際数学者会議でヒルベルトが提示した4つの問題(岩波文庫 238頁)
 1.第2階算術の無矛盾性  ← 体系内での証明は第2不完全性定理が否定
 2.高階の理論の無矛盾性  ← 体系内での証明は第2不完全性定理が否定
  2.1.選択公理の無矛盾性   ← ZF公理系と独立であることが示された
 3.第1階算術の(形式的)完全性   ← 第1不完全性定理が否定
 4.第1階述語論理の(意味的)完全性 ← ゲーデルの完全性定理が肯定的に証明

無矛盾性の証明
 体系内での証明は「第2不完全性定理」が否定。
 ゲーデルが、「ヒルベルトの有限の立場=体系A(RPA)」による無矛盾性証明の可能性を否定。直感主義による無矛盾性証明の可能性も否定(1933年)。
 ゲルハルト・ゲンツェン(G.Gentzen)が、第1階算術の無矛盾性を、超限帰納法を使った条件付きで証明(1936年)。第2階算術についても同じ手法で条件付き無矛盾性が得られる。
 ゲーデルが、第1階算術の無矛盾性を、高階関数(汎関数)を使った条件付きで証明(1938年の講義、1958年ベルナイスの70歳記念誌)。

PRA(Primitive Recursive Arithmetic)
 すべての原始再帰的関数の定義と数学的帰納法を持つ理論、それを形式系にしたのがPRA。
 おそらく最小の「有限の立場」、PRAより小さいと数学論で何の役にも立たない。

 『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫)226-227頁

「『有限の立場』とは何か」という問いは「人間に許されている確実な推論方法とは何か」という哲学的な問いである(数学の範疇を超える)。


 第2〜高階算術の無矛盾性は、集合論の無矛盾性と言う事もできる。

 数学は有限の論理学だけからは作れない、無限を扱う集合論が必要。
 これまでの通常の数学のほとんどは、公理的集合論に還元する事が可能なようだ(経験則)。

選択公理と一般連続体仮説の独立性
 1940年、ゲーデルが、「ZF公理系が無矛盾ならば、ZF公理系に選択公理と一般連続体仮説を加えても無矛盾である」を証明した(発表は1940年、メモは1937年)。
 1963年、ポール・コーエンが「ZF公理系+選択公理と一般連続体仮説は独立である」と「ZF公理系と選択公理は独立である」とを証明した。「独立である」とは後者の例について述べると「ZF公理系が無矛盾ならば、ZF公理系に選択公理加えても無矛盾、ZF公理系に選択公理の否定加えても無矛盾」という事である。

ゲーデル-クライゼルの定理:
 算術的命題、すなわち一階算術で記述可能な命題に関しては、選択公理を使った証明があればそれを使わなくても証明できる。

 実数論が無矛盾ならば、ユークリッドの幾何学も無矛盾。(ヒルベルトが証明)

 ユークリッドの幾何学が無矛盾ならば、ボヤイとロバチェフスキーの(A型)非ユークリッド幾何学も無矛盾である。(クラインが証明)
 ユークリッドの幾何学が無矛盾ならば、リーマンーの(B型)非ユークリッド幾何学も無矛盾である。(ポアンカレが証明)


ゲーデルの成果
 メタ数学をきちんと数学として議論できるようにした。数学基礎論の数学化。また形式化により数学基礎論や計算機科学を数学的に進めた。
 ヒルベルトやゲーデル、フォン・ノイマンの実務的な偉業は「形式化」にある。
 コンピュータプログラムの概念を知る我々には、数学の形式化はごく素直に受け入れられる。順序が逆なのだから当たり前と言えば当たり前である。当時の人には先の見えない概念であっただろう。

 『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』367頁

「不完全性定理が証明されたからといって、これまで数学で証明された定理が、定理でなくなるわけじゃない。また証明も反証もできない命題が数学者の研究の邪魔をしているわけでもない。(中略)不完全性定理によって、数学が穴だらけになったというよりも、数学の新しい沃野が拓かれたと考えるべきだろう」

 第1不完全性定理は数学の多様性を示したとも言える。
 例えばユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学のように。ユークリッド幾何学も非ユークリッド幾何学も対象としているモデルが異なるだけで、どちらも無矛盾である。他にも「連続体仮説」「選択公理」がZF公理系と独立である事が知られている。
 或る問題が解かれても次の問題が現れる。数学には無限のフロンティアが広がっている。


『数学の20世紀 解決された30の難問』ピエルジョルジョ・オディフレッディ(著) 寺嶋英志訳(青土社)2009
 巻末に「ヒルベルトの問題」やフィールズ賞やウルフ賞の受賞者のリストがあるが、全てではなくこの本で扱っている問題と受賞者だけの歯抜けのリストであり不親切。今どき、ネットで検索すれば出て来るリストではあるが、それだけに逆に何故歯抜けにしたのか疑問。
 読み進めるには或る程度知識が必要(能力ではなく)。『はじめての現代数学』(ハヤカワ文庫NF)を事前に読んでおくと良い。
 数学的な解説は極僅か、且つ説明のところどころに疑義を覚える。文章も今ひとつ、元の文章が悪いのか、訳が悪いのか。しかしながら、20世紀の数学の全体の俯瞰を得るには良さそうである。
 そこそこ売れた本のようなので、今なら図書館や新古書店にも置いてあるかもしれない。
 青土社のサイト
 http://www.seidosha.co.jp/index.php?%BF%F4%B3%D8%A4%CE%A3%B2%A3%B0%C0%A4%B5%AA


 読み物としては『世界でもっとも美しい10の科学実験』ロバート・P・クリース(著)(日経BP社)2006の方がお薦めできる。尤もこちらは数学ではなく物理分野であるが。
 日経BPのサイト
 http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/P82870.html


 ベストセラーと言えば、『ゲーデル、エッシャー、バッハ あるいは不思議の環』D.R.ホフスタッター(著)(白揚社)1985 が在る。私が最初に「ゲーデルの不完全性定理」に触れたのもこの本である。読み物としては面白いが、不完全性定理の勉強には向かない。
 白揚社のサイト
 http://www.hakuyo-sha.co.jp/cgi-bin/search.cgi?mode=detail&mode2=search&id=317


『数学基礎論』新井敏康(著)(岩波書店)2011
 読みかけ。
 序文「vii」にゲーデルの成果が書かれている。
 岩波書店のサイト
 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/4/0055360.html



その他 関連サイト

 ヒルベルトのプログラム - 仙台ロジックセミナー
 https://sites.google.com/site/sendailogichomepage/home/ref/ref_06


 鴨浩靖さん
 書評(数理論理学)
 http://taurus.ics.nara-wu.ac.jp/staff/kamo/shohyo/logic-2.html


Google ブックスでプレビュー可能な本。
 『ゲーデルの世界 完全性定理と不完全性定理』廣瀬健・横田一正(著)1985
 http://books.google.co.jp/books?id=TQQj7EG6p70C

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