夜明け

 

出会いは最悪だった。
緋勇という名前について館長から以前に聞かされたことがある。陽の龍の武道を伝える一族で、ここ拳武館で教えている武道とは対を成す武道であると。まさか、あんな形で出会うことになるとは思わなかったのだ。ターゲットと、暗殺者。それが僕と龍麻の出会いだった。
地下鉄のホームで、龍麻と戦ったときに僕は身震いを覚えた。見かけは普通の、どこにでもいる女子高生なのに、その華奢な体から繰り出される技の数々は驚くほどの破壊力を秘めていて。次々と自分に襲い掛かる相手をなぎ倒していく様は見惚れるほどにしなやかで綺麗だった。その彼女の全身から溢れる鮮烈なオーラは、まるで光背のようで神々しくもあり、火焔のように荒々しくもあり、激しいほどのその煌きはまさに陽の龍の名にふさわしい。
そして、実際に彼女と戦って、さらにその技の速さと鋭さにも驚く。何よりも僕が驚いたのは、戦っている僕に対して、彼女は始終悲しげな表情を浮かべていたということだった。やりとりする技のラッシュの中から、彼女の気持ちが流れてくるような錯覚さえ感じる。
それはエポックメイキング。
龍麻に負けた瞬間から、僕は変わった。もっと側にいて、その全てを見ていたい。だから、僕は敢えて八剣たちと戦うことにしたのだ。
無論、龍麻を殺す気などは最初からなかった。副館長派を一掃出来るような出来事だったから命令に従ったし、正直に言って陽の龍の武道にも興味があった。けれども、すぐさま僕の興味の対象は、龍麻が継承している武道やその技から龍麻自身へと向けられることになった。
一緒に戦ってみて、さらにもう一度驚かされたのは、八剣たちと戦っているときの彼女は、先ほど、僕と戦っているときとは全くの別人のようであったということだった。今の彼女はさながら鬼神の如く激しく、容赦なく畳み掛けるように彼らに技を浴びせ、反撃の余地も与えずに冷たい石の床に彼らを沈めた。
彼女は、僕を最初から敵とはみなしていなかったようだった。
僕は彼女の敵だったはずなのに。どうして、そう許すことが出来るのだろう。人を殺めて生きている男に、それを咎める事もせず、ただ、笑って手を差し出し、助力を願うなんて。
「よろしくね?」
彼女の後ろには、僕をねめつけるいくつかの視線があったけれど、もはや僕にはそんなことは関係がなくなっていた。
「多かれ、少なかれ、人は他人を犠牲にして生きてるのよ?私だって、母を殺してまで生を受けたんだから。」
そう言って、微笑んだ彼女には、迷いはない。その瞳は強く、それを見つめているうちに僕は世界が開けていくような気がした。
特段に仕事のことで悩んでいたわけではなかった。人を殺すのは悪いことだとわかってはいる。けれども、人を殺して糧を得るのも仕方がないと思っていた。そう思わないと続けていける仕事ではないから、僕は必要悪なのだと、そう割り切っていたが、心のどこかでいつも怯えていた。本当にこれでいいのだろうか。世の中全ての人が僕を殺しに来る夢を何度も見続けていた。誰か、誰か助けて。僕は他人に対して弱音を吐くことも許されず、そして何よりも母に対してこの事実を隠蔽しなくてはならなかった。その重責に耐え切れず、行くところを失い、彷徨っていた。
龍麻が、手を差し伸べてくれる。
誰でもいいから、僕を肯定して欲しかった。その肯定が嘘でもいいから、僕を責めずに、ただうなづいて欲しかった。
「緋勇さん…。」
「なぁんてね。ちょっと偉そう?」
照れ隠しなのか、わざとおどけて笑う彼女の笑顔がかなり可愛いことに気付いたのはそのときだった。
「龍麻、でいいよ?えっと、壬生君?」
「僕も、紅葉でいい。…いつでも力になるよ。」
「ありがと。」
地下鉄の駅から地上へでると、既に夜は明けつつあり、闇の帳が薄らいで街中が蒼く染まっている。晩秋の明け方の冷気はぴりぴりと身に染みて。
それでも、夜はすぐに明けていくだろう。



                                                END

 

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