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長い夢をみていた。その夢の間中、何かが物足りなくって、酷く寂しくって、泣きそうになりながらはっと気付くと見知らぬところにいた。
 ここはどこ?
 体を動かそうとすると途端に鈍痛が走って動かない。手も足も首も全てが重くて錆付いてしまっているかのようだった。それでも一生懸命に首をめぐらすと、点滴のビニールパックや心拍を刻む機械からそこがどうやら病院らしいということがわかった。
 それでようやく自分の身に起こった事を思い出す。新宿中央公園。私は柳生という男に斬られたのだった。
 あれから一体どのぐらい経ったのだろう。今は昼間のようで病室は電気もついていないのに明るい。他に何か今の状況が分かるものはないかと首をゆっくりとめぐらせると、ベッドに突っ伏して寝ている人を見つけた。誰?もう少し、視界にその人が入るように首をずらすと、独特の髪型と制服からすぐに紅葉だということがわかった。
 心臓が飛び出そうになるほど驚いて慌てて起き上がろうとするが体は全く言うことを聞かずに激痛が全身を襲う。
 ホンモノ?私はおそるおそる手を伸ばしてみた。さっきの夢の続きかもしれない。どきどきしながら指をそろりそろりと這わせていくと、ぴくりと紅葉が動いた。やばい、起こしちゃった?紅葉はわずかに顔を上げると眠そうな顔でこっちを見る。なんだか、眠そうな表情が可愛いくって笑いがこみ上げてくる。すぐに紅葉は表情を改めて嬉しそうに笑った。その笑顔は私の大好きな笑顔。それを見た瞬間、じんわりと心が潤ってくる。ああ。やっぱり、私は紅葉のことが好きなんだ。夢でも現でも、紅葉だけ。
 「何かしてほしいことは?」
 労わるように、優しい声で尋ねられる。
 「手、握って?」
 紅葉は戸惑ったようだけど、それでもそばまで伸ばしていた手を取って軽く握ってくれた。大きくて暖かい手の感触が夢ではないことを教えてくれる。紅葉の手の感触をもっと感じたくて指に力を入れる。うん、やっぱり夢じゃない。確かめて安心して、無意識にためていた息をほうっと吐き出した。
 「紅葉の手、あったかい。」
 紅葉とつながってるそこだけが暖かくって気持ちよくって安心する。ああ、そういえばこの間、紅葉が抱きしめてくれたときもそう思ったんだっけ。紅葉が私にくれるものは体温も、心も、笑顔もみんなうっとりとするほどに気持ちよくって、暖かい。
 「ねぇ、紅葉も私が死ぬと思った?」
 3日間、ずっと目を覚まさなかった私をみんなが心配していたという。特に斬られた直後の傷はひどく、衰弱も著しかったために仲間の中にはどうやら死亡を覚悟していた不届きモノ(だいたい誰だか想像つくけど)もいたようだ。紅葉はどうだったんだろう?聞いてみると当然のような顔で返事が戻ってくる。
 「思わないさ。約束しただろう?」
 そういうところがやっぱり紅葉で。そこが嬉しい。おじさまに報告をするために病室を出ていく紅葉を見送ってほうっとため息をつく。
 嫌われてないよね?好きでいていいよね?
 まだ数は少ないけど時折見せてくれる笑顔と、いろいろな表情をこれからも見ていけたら。そんなことを思いながら再びとろとろとまどろみの中に溶けていった。
 
 
 END
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