夜中にふと目が覚めた。
ふんわりと、暖かな温度を感じて、幸せに浸る。その暖かさが気持ちいい。
うっとりと眠い目を暖かさを感じる方向に向けると翡翠の喉元が暗闇の中に見える。男の人にしては細くて白い首、そこから肩を通して続く筋肉質な腕は片方は私の頭の下に、もう片方は私を抱きかかえるようにして背中に回っている。
布団から出ている翡翠の左肩にそっと触れると氷のように冷たかった。夏が近いといっても夜中にはまだ随分と冷える。布団を少し引き上げて翡翠の肩まで掛けてやると、暖かくなったのか身じろぎをした。
首を少し仰向けに動かして眠っている翡翠の顔を見る。私と違って、転寝なんか絶対にしない翡翠の寝顔を見るチャンスはすごく少ない。閉じられていてもすっきりとした瞳、通った鼻筋、幾分微笑んだように弧を描いている唇。本当に造作が整ってる。白馬の王子さまとかっていうよりも、若殿って感じ。気品あるし、かっこいいし。うちの大学でも噂になるほどの美青年で、学校でもしょっちゅう女の子から学食や教室、果てはキャンパスの道ばたなどでも声がかかるらしい。私の通っている大学は、学校は違っても同じ芸術系の学部だからなのか、翡翠の噂は入学して1ヶ月もしないうちに入ってきた。東京美術大学の超美形新入生。東美の若様。それが今度の翡翠の名前だった。
その若様が、今、隣で眠っている。
高校の時、翡翠がまだ王蘭のプリンスと言われていた頃は翡翠がもてるという実感がなかった。確かにうちの高校でも翡翠のファンはいたけれど、それ以前に共に戦う仲間であったから、翡翠の飛水としての能力や、骨董品屋としての才能、玄武としての使命、そっちのほうが重要で、仲間としての感覚しかなかったからだった。
それがいつからだったろうか。ふと気付くと翡翠を視線で追いかけている自分がいた。
普段はにこやかに微笑んでいるのに、時折ひどく寂しそうな顔をする。本当はとても優しいのに、照れてごまかしてしまったり。そんな小さなことに気付いてしまったら、目が離せなくなっていた。
戦いが終わって、春から翡翠と付き合い始めた。とても嬉しくて、毎日が幸せで。でも、幸せだからこそ時々不安にもなる。どうして、私などを選んだんだろう。
仲間の中には葵やさやかちゃんをはじめ、いろんなタイプの美人やかわいい子がたくさんいた。それなのに、どうして私なんかを選んでくれたんだろう。翡翠ほどの人ならばもっと釣り合う子がいたのにね。
こうして背中に回された手も、腕枕をしてくれる腕も、嘘じゃない、現実なんだけれど。
きりきりと胸が痛む。もっと自分に魅力があったらよかったのに。そうすれば、翡翠の噂を聞いても平然としていられるのに。
『如月君ね、彼女いるんだって』
学校の友人が聞きつけてきた噂。翡翠はちゃんと宣言してくれているけど、それでも安心できない自分がいる。そして、同時に釣り合わないこともよくわかってる。翡翠に頼んで、私のことを言わないでもらっている。傍から見たら、きっと似合わないって言われるだろうから。
そのうちに飽きられてしまうかもしれない。黄龍じゃない私は、魅力なんてないただの女だから。翡翠よりも料理が下手で、掃除も適当で、顔も体も十人並みで。翡翠ほどの人がそんな女、ずっと好きでいるほうがおかしいじゃない。
でも、どうしたらずっと好きでいてくれる?どうしたら、捨てないでいてくれる?聞いても、きっと優しい顔で『そのままでいいよ』って言うだろう。でも、その言葉に素直に甘えていられるほど脳天気じゃない。
そぉっと翡翠の唇に自分の唇を重ねてみる。柔らかで、暖かくてしっとりとした感触が触れる。
「ずぅっと、好き。」
小さな声で呟いてみる。深夜の告白の相手は寝ているけれど。
「どこにも…いかないでね。」
こんなお願いをしてはいけないってわかってる。私には翡翠を縛り付ける権利はない。だから、こんな時でもないと言えない言葉。寝ているときならいいでしょう?そんなわがまま、起きているときには言わないようにするから。
もっと翡翠の近くにいたくて、起こさないように気をつけながら擦り寄ってみる。胸に耳をあてると、とくんとくんと心臓の音が聞こえた。
ごめんね、翡翠。もっと好きになってもらえるようにがんばるから。今夜はちょっとだけわがまま言っちゃった。ごめんね。
心の中で呟きながら、翡翠の心音を子守唄に再び眠りに落ちていった。
END
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