深夜の告白〜翡翠〜

 

「ずぅっと、好き。」
ふと、唇に柔らかなものが触れる感覚と、続いて耳元で可愛らしい声がして、眠りの淵から立ち返る。目は開けないまでも、その声が腕の中で眠る愛しい恋人の声だということはすぐにわかった。僕もずっと好きだよ。まだはっきりとしていない頭の中で呟く。
「どこにも…いかないでね?」
続いた言葉に、僕の頭は急に覚醒した。
腕の中の恋人は、その華奢な体を僕に擦り付けるようにして眠りの位置を定め、そのままじっとしている。そうして甘えるように僕の胸に頭を寄せていたけれど、10分もしないうちにことりと首の力が抜けて胸から頭が離れる。眠ってしまったようだった。
どこにも、いかないで、か。
それは僕の方が言いたいセリフなんだけどね。あどけない顔で眠っている龍麻を見ながら考える。
一緒に戦った仲間のうち、男たちはほぼ全員がライバルだった。それをなんとか蹴散らして、ようやく龍麻の彼という立場を手に入れたのは春の頃。
しかし、安心はできない。
まだ最強のライバルである壬生は龍麻を諦めてはいない。そして、龍麻はわかっていないのだ。自分の持つ魅力というものを。
龍麻がよく僕の噂を学校で聞くという。しかし、それは逆もあるのだ。女性が男性の噂をするように、男性だって女性の噂をするものだ。僕の通っている東京美術大学でも都内の他の芸術系大学の生徒の噂話がよく出る。目下、僕のクラスの男子生徒の一番の噂は『東都女子の緋勇さん』であった。
一緒に戦った仲間たちもそうであったように、龍麻はいつのまにか周りの人を惹きつけてしまう。無論、容貌も人目をひくが、話をしているうちに、いつのまにか龍麻の側にいたくなる、癒し系という安っぽい流行の言葉では片付けられない何かがある。
龍麻は付き合っている人がいると、公言してくれているが、それが僕だということは隠している。僕としては、堂々と、龍麻と付き合っていることを公言したいのだが、どうしても彼女はそれを嫌がっていた。理由を聞いても言わないので、無理強いして聞き出すこともできず、そのままにしている。僕では役不足なのか。それとも、何かの予防線か。悪い考えに囚われそうになっている僕を君は憐れむだろうか?笑うのだろうか?
彼なんて立場は案外、脆いんだろう。世の中に何組カップルができて、そのうちの一体何パーセントが本当に結ばれているのだろう。龍麻にとって、僕が単なる通過点である可能性だって否定できない。龍麻が自分の魅力に気付いてしまったら、僕は一体どうなるんだろう。
どこにも行かないでくれと、龍麻に頼むのは僕の方なのに。
そのためなら、きっと僕はなんでもするだろう。どうか、僕の側にいて。こうして、腕の中で眠っていて。初めて誰かに執着したから、繋ぎ止めておく方法なんかわからないけど、それでも精一杯、僕のできることをするから。
龍麻がいないことなんか、考えられないから。
「側にいて。」
そっと龍麻の耳元で囁く。君に笑われても、それが僕のたった一つの願いだから。



                                                END

 

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