二人の関係

 

最後の戦いは熾烈を極めた。
柳生を倒したものの、すでに黄龍の力は溢れ出し、巨大なうねりとなってその器を求めてまずは自我をなくした渦王須に入り込む。彼を倒したのもつかの間、入り込んだ黄龍の力は強大な奔流となって僕たちに襲い掛かった。
「チッ…!小蒔、青いの頼む。翡翠ッ!オマエは赤いの!」
龍麻は指示を出しながら動いていく。
「美里ッ!如月と京一に力天使!」
僕はまず美里君から術をかけてもらって、それから赤い玉を重点的に攻撃していく。僕と一緒に指示を出された桜井君は射程ぎりぎりから青い玉を狙っていた。
壬生と龍麻が組んで黒い玉に向かっていき、比良坂さんが歌をうたって白い玉を狙っていく。残る蓬莱寺達はその間をすり抜けて僕達、属性攻撃をしている人間の援護や手伝いにと奔走していた。
「飛水流奥義ッ!瀧遡刃ッ!」
最後の赤い玉を撃破して、僕は龍麻の元に急いだ。壬生と龍麻は切り込んでいって、美里君の回復が届かないところまで入り込んでいる。美里君は他の人の回復に手一杯でとてもじゃないが龍麻たちのほうまでは向かっている余裕がない。
「龍麻ッ、壬生ッ!」
僕は二人に薬を飲ませるとすぐに下がる。僕は耐久力が低い方だから、攻撃を受けたときのダメージが酷い。だけど、もとから行動力はあるし、龍麻が旧校舎で拾った狼の紋章をもたせてくれているのでこうやって、一度下がってから、また龍麻たちに薬を与え、攻撃を受けないところまで避難して、といった行動がとれる。幸い、薬は旧校舎の鍛錬のときに入手したものが沢山あるからしばらくは底をつく心配がない。
「サンキュ!」
僕が下がると全回復した龍麻が再度宝玉に攻撃を仕掛けていく。壬生もそれに続いて攻撃をしかけていく。表裏の龍と言うだけあって二人の攻撃は息もあっているし、攻撃力もある。
そうして、幾度攻撃をしただろうか。
龍麻の渾身の秘拳黄龍をまともにくらって、ついに黄龍はぐおおおおっというものすごい轟音ともに、倒された。それでも最後に残った気が龍麻の方に向かい、龍麻に入り込んだが、それは最早龍麻の敵ではなかった。残った黄龍の気は龍麻に静められ、浄化され、そして東京には平和な朝が戻る。
「あー、終わった。」
朝日を見ながら、まるで試験でも終わったかのように龍麻が言うのを聞いてみんなが笑った。僕も一緒に笑う。
「ひーちゃん、打ち上げしよ、打ち上げ。」
嬉しそうに蓬莱寺が龍麻の側にまとわり付いていたが、思ったよりも美里君や桜井君の体力の消耗が酷く、とくに美里君にいたっては少しふらついてもいる。
「今日のところは真っ直ぐ家に帰ったほうがよさそうだぜ。…男連中はともかく、美里とかは家の人に内緒で抜け出してきたんだろう?」
龍麻の言葉にこくりと美里君たちがうなづいた。
「なら、とりあえず急いで帰らないとな。…どっかで、車を探さなきゃ。」
「龍麻。車なら館長が手配してくださっている。」
そう言ったのは壬生。
「おっ、じじい、たまには気ィ利くじゃんかよ。」
壬生の案内で寛永寺の裏手に回ると車が何台か止まっている。そのなかの1台に美里君、桜井君を乗せ、一緒に蓬莱寺と醍醐も乗るように促した。
「ゆっくり休め。打ち上げは明日、夕方から如月んちでやろう。いいよな?」
僕のほうを振り返って龍麻が尋ねる。
「ああ、かまわないよ。」
「ってことで。」
龍麻はドアを閉める。
「ひーちゃんは?」
新宿方面に向かう車に同乗しない龍麻を心配して桜井君が声をかけるが、にんまりと笑ってウインクをする。
「俺がいないと寂しい?」
「もうっ!そんなコト言ってないっ!」
桜井君が真っ赤になって怒り、その声が少し離れたところにいる僕まで聞こえてきた。
「あはははは。俺、これから入手アイテム整理するからさ。」
龍麻はおかしそうに笑いながら、運転手に行くように目配せをし、みんなに手を振って車が走り去るのを見送った。残りはみんな方角がばらばらなので1人1台ずつに乗せて、それぞれ見送ってからそこには僕と龍麻、壬生の3人が残された。
「…龍麻。」
壬生がどうするかと視線で尋ねれば、薄く唇の端を上げて微笑んで壬生にもひらひらと手を振った。どうやら拳武館にもすぐには報告に行く気はないらしい。壬生は苦笑して、そのまま車に乗り込んでさっさと葛飾方面に帰っていく。
「さぁて。帰ろうぜ。」
龍麻は全員を送り出した後、僕にそう言い、僕が乗る王子へ向かう車に一緒に乗り込んだ。
車が谷中の方に向かって走り出すと、龍麻はちら、と僕を見る。
「疲れたか?」
「大丈夫だよ…。」
僕が返事すると、龍麻はどさ、と背もたれに体を預けてようやく緊張をといた。
「…終わったな。」
独り言のように、まっすぐ前を見たままで龍麻が呟く。
全て終わった。龍麻はもう自由だ。未だ黄龍の器ではあるけれど、黄龍の力は霧散し、また黄龍の力を悪用しようとするものも消えた。龍麻は自身が望みもせずに課せられた宿命から解き放たれたのだ。もし、これから龍麻が望んで関わろうとしない限り、龍麻の黄龍の器という特性は彼の人生に何ら作用することがないだろう。
…もう僕にできることはない。
玄武としての僕も相変わらずで、東京を護るという使命も相変わらずだけど、玄武として黄龍のために何もすることがなくなってしまったのだ。
戦いが終わり、黄龍の力は器のみを残して霧散してしまった。そして、その器はきっとこれからも黄龍となることを望まないだろうから。
何も彼のためにできなくなった僕はこれからどうなるのだろう。龍麻はこれからどうするのだろう。僕らはどうなってしまうのだろう。
将来を思うと怖い考えが頭の中をよぎる。考えまいとするけれど、僕はその考えを完全に捨て去ることが出来ない。僕は、そこまで彼にとって有用な人物ではないのだから。
無意識に腿に置いた手が何時の間にかきつく握りこぶしを作っていて、知らぬ間にそれが真っ白になるまで力をこめていた。
「如月…?」
龍麻に声をかけられてはっと我に返って手を開くと、手のひらの、少し爪が伸びていた小指のあたったところがぷつりと切れて血が滲んでいた。
「な、なに?」
慌てて返事をすると、僕の顔を覗き込む。
「…大丈夫か?顔色、悪いぞ?」
「平気だよ。」
ふぅっとため息をついて僕は車窓に目を移す。夜明けの東京は、龍命の塔が起動したことなど嘘のように平和で、その平和を護ったのが他でもない自分達であるということがまだ信じられない。
だけど、同時に僕は大事なものを失うかもしれなかった。


車を降りて、龍麻と一緒に玄関に回ると、門扉の前に何やら荷物が置かれているのに気がついた。それは宅配便などではなく、誰かが直接ここへ持ってきたもの。おそらく玄武の結界が張られているためにこの中には入ることが出来ずにここに置いてあるのだろう。クラフト紙で包まれた大き目の箱と、箱にはがれないようにセロハンテープでしっかりと止められた厚みのある封筒。とりあえず火薬のにおいがしないことを確かめて、薬液でもなさそうなことを確認した。
それを持って、次は郵便受けを確認してから家の中に入る。
居間は不思議なほど普段と何も変わらない。龍麻はどかっと座ると柱にかかっている時計を見て、それからヒーターを点火する。その間に僕は台所に入って、お茶の支度をして居間に戻ってきた。
「はい、お茶。」
「サンキュ。」
龍麻はぐいっと、一気に温いお茶を飲み干し、すぐにお代わりを差し出した。さっきよりも少し熱めのお茶を入れると今度はゆっくりと息をつぎながら飲んでからふうっと息をつく。
「あー、落ち着いた。」
考えてみれば飲まず食わずで戦ってたのだからお腹も減る。
「何か食べるかい?お雑煮なら10分で支度できるけど。」
「それよりも。それ、見てみた方がいいんじゃないか?」
龍麻に促されて先ほど門扉の前に置いてあった荷物を自分の側に引き寄せて包みをとく。中からは白い箱が出てきて、開けると王蘭学院の女子の制服が入っていた。
「女子の…?」
慌てて封筒を開くと中には一筆箋に見覚えのある祖父の字で短いけれど、なにやら書き付けられていた。
『好きにするがいい。』
一緒に入っていたのは王蘭学院の書類のコピーが二通。一つは王蘭学院を退学する届けともう一つは転入の願書。その二通とも後見人に学院長の認印がすでに押されている。つまり、これは原本が院長のところにあり、その意思があれば連絡して手続きをし、試験を受ければいいようになっている。無論、試験に合格しなければ入学が出来ないのだが、まぁ、まず落ちることはないだろう。
認印があったことでこれを届けてくれたのが王蘭学院の院長であることが想像できた。院長は祖父の数少ない親密な友人の一人で、如月の家が飛水流であることは知らないが、僕が女の子だと知っている数少ない人間のうちの一人である。おそらく祖父が院長に時期がきたらこれを渡すように依頼していたのだろう。
一緒にあった女子の制服と、一筆箋と、2通の届書を見比べて僕は困惑した。これは、女の子に戻っても良いと、そういうことなのだろうか。
「なんて書いてあった?」
尋ねられて僕はその手紙と届けを龍麻に見せた。龍麻はそれを読むと笑って僕の隣まで来て僕を抱き寄せる。
「今のままでも好きだけどね。…どっちでもいいよ。」
僕はじぃっと龍麻の顔を見つめる。
戦いが終わって、もう役には立つことが出来なくなった僕でも、まだ好きでいてくれるだろうか?女性としては全く自信がないから、戻ってもすぐに別れてしまうことになるかもしれない。それでも、少しだけでも龍麻の隣に大手を振って女の子としていたかった。
「僕は…ずっと龍麻が好きだよ。…もう僕は…なんの役にも立たないけど…でも、ずっと好き。」
じわ、と涙が滲んで龍麻の顔がぼやけていく。
「ばかばかしいかも知れないけど、…僕、やっぱり龍麻と一度でいいからデートしたいよ。」
僕よりも少し上にある滲んだ龍麻の顔をみながら言うと湛え切れなくなった涙がぼろぼろっと目尻から毀れていく。
「…あのな、翡翠。」
くすくすと笑いながら龍麻が僕を抱きしめる腕に力をいれる。
「それを言うなら、俺だろう?俺こそ戦いが終わって、もうなんでもないただの男子高校生だぜ?」
そう言って龍麻は僕の首筋に顔を埋める。
「黄龍じゃない俺なんて捨てちゃう?」
悪戯っぽく尋ねる龍麻に、僕は全力で、しかも速攻で返答する。
「捨てないっ!」
その返事に龍麻は声をあげて笑い、つられて僕までおかしくなってしまった。
戦いは終わって、龍麻と僕がみんなの前で保ってきた黄龍と玄武という関係も終わりを迎える。
だけど東京の平和が変わらないように、僕らの関係も変わらない。
ううん、変わらないんじゃない。僕らの関係はこれからなんだ。
これから、どこにでもいる普通の、彼と彼女としての関係が始まる。
「…とりあえず、このまま押し倒していい?」
耳元で嬉しそうに囁く龍麻に、僕は遠慮なく瀧遡刃をくらわせた。
「…ひっでぇ…。」
「もうっ、どーしてそういうコト言うのっ!?知らないッ!!」
普通…かな?
ちょっと派手な喧嘩をするかもしれないけど、とりあえず普通、ということにしておこう。



                                                                                                        END

 

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