案の定、龍麻は嬉々として『からあげ』を頬張っていた。
山のように作ったけど、この分では龍麻がほとんどを処理してくれるだろう。龍麻が喜んで食べてくれるから僕だって嬉しい。もとはと言えばミスだったけど今となってはラッキーだった。
「病院でさー、ずっと寝てただろ?急にハラに入れるとよくないからって、夕べは重湯だけだし、今朝だってお粥だぜ?昼にちょっとおかずがついたぐらいでさ。ロクなもん食ってないから腹へって。」
龍麻はすごい勢いで食べている。育ち盛りの高校生には絶食同様の食事はかなり辛かっただろう。
沢山作ったはずの『からあげ』が綺麗に龍麻のお腹に消えていき、彼はようやく人心地がついたようで、最後にお茶を飲んで口中に溜まった油分を流していた。その顔はいかにも満足そうで、僕は龍麻が喜んでいるのを見てとても嬉しかった。1杯目のお茶を飲み干すと思い出したように持って来た荷物の一つをテーブルに載せる。
「あ、そだ。食後のデザート買ってきたんだ。クリスマスのケーキ。」
「ありがとう。すぐに食べる?」
「うん。」
僕が台所へ行ってナイフとお皿とフォークを持って戻ってくると、龍麻は持って来た荷物をがさがさと整理している。一体、なにをそんなに大荷物できたのだろうと見ていると目が合った龍麻はにかっと笑って言う。
「えーと。ゴメン、腹減ってて後回しになったけど。これ。」
龍麻が出したのは3つの大きな荷物。1つ目は大き目の普通の四角い箱にリボンがかかったの、2つめは変わった形の箱にリボンがかかったの、最後は大きなクラフト紙の袋にリボンがかかったのだった。今日、龍麻が持って来た大荷物はさっきのケーキと、この3つだった。
この中から1つを選べということだろうかと、考え込んでいると龍麻はずずいと、その3つをさらに僕の方に押し出した。
「このうち1つ?」
「いや、これ全部プレゼント。」
僕は差し出された3つのものに面食らってしまった。1つ、じゃなくって3つも?
「こんなに沢山貰えないよ。」
1つならともかく、3つもなんていくらなんでも貰いすぎだと思う。
「1つじゃダメ。3つ貰って。」
だけど龍麻は有無を言わせぬ口調で言い頑として聞かず、僕はしぶしぶうなづいた。だって、龍麻は自分で決めたら絶対にあとにはひかないから、きっと僕が異議を申し立てても即座に却下するだろう。諦めてとりあえず中身を見るだけ見てみようと思い、聞いてみる。
「あけていい?」
龍麻がうなづくのを見て、僕はまず四角い箱からあけることにした。きれいに、花のように細工されたリボンを丁寧に解いて、包装紙を開けると中から白い箱が出てくる。中身の予想がつかなくって、そうっと箱の蓋を取ると、そこには黒の皮のロングブーツが入っていた。
「わ…ブーツだ…。」
サイズを見るとちゃんと僕のサイズにあっている。女性にしてはサイズが大きめなのでブーツとかに限らず女性ものは入手しずらいはずなのだが。
「これ…買うの大変だったろう?」
尋ねると龍麻はにこにこと笑って首を振った。そんなわけはない。だって僕のサイズはそこらへんの店で普通に売っているはずはないのだから。
次は変わった形の箱をとり、水色のリボンを解いて開けてみる。なにやらかさばったものが入っているらしく、ずるりと引っ張り出して広げてみると、それは水色のフードつきのロングコートだった。
驚いて龍麻を見ると、嬉しそうに笑っているだけで。
「龍麻、僕はこんな高価なもの…。」
「いーから、もひとつ、あけてみて?」
僕は促されて残った一つ、クラフト紙の荷物をあける。それはシンプルなラッピングであったのですぐに開けることが出来た。中にはやはりかさばるものが入っていて、中から出すと、白いふわふわの毛の手触りがとても気持ちいいワンピースが入っている。
3つとも誰がどう見たって高そうなもの。
「龍麻。」
咎めるようにきつい口調で言うけれど、全然気にもとめないようで、にこにこと微笑んでいるだけ。
「僕はこんな高価なもの、貰えないよ。」
「ダメ。貰って。」
「だって、高価すぎるよ。…その…誕生日だって…指輪、高かったし…。」
そう、僕は誕生日に16万8千円もする指輪を龍麻から貰ったのだ。その上、こんなにたくさん貰ったら、本当に僕は何も返せない。
事実、僕は何もプレゼントを用意していなかった。
本当は20日過ぎたら何かを用意しようと思っていたのだけど、中央公園での事件があったからすっかりとプレゼントを用意するチャンスを逃してしまったのだ。それに、龍麻はきっともう僕にあってくれないだろうから、プレゼントを用意しても無駄だとも思っていた。
「翡翠が心配するほど高くないよ。このブーツはハーフメイドを激安で売ってる店を聞いて買った。コートは、生地を安く売ってる店で買ってきて、仕立て専門をしてる人にしてもらったし、それにね、このワンピース。」
龍麻はそこでおかしそうにくくくっと笑う。
「これね、紅葉に頼んだんだよ。」
壬生。そういえば手芸部だと聞いたことがあるけど…。
僕は改めてそのワンピースをしげしげと眺める。とても男の人が手編みしたようには思えなくって、もっといえば、既製品よりもかなりよくできている。
「原材料費だけで作ってもらっちゃった。だから安上がり。」
きっと壬生は龍麻にうまく丸め込まれたに違いない。僕は龍麻と一対になってしまった彼の不幸に心から同情した。
「全部、翡翠に合わせちゃったんだよ?もう返品も出来ないし。」
にやにやとしながら言う龍麻にまんまとはめられたのを確信した。絶対に普通じゃ僕が受け取られないと思ってそういう手段にでたに違いない。
「…全く…。」
「な?いいだろ?着てきて。」
龍麻にプレゼントを用意してない弱みがある僕はしぶしぶながらそれらを持って立ち上がる。部屋に戻って和服を脱ぎ、龍麻の持って来たワンピースを着て姿見を覗き込む。頭ぼさぼさでかっこ悪い。慌ててブラシで髪を整えた。
壬生が作ったというそれは驚くほどサイズがぴったりで、大きすぎてだぶだぶだったり、小さすぎて糸がつれているところなどが全くない。とてもよく出来ていて、僕でも少しは女らしく見えるようになる。
さらにコートを羽織ると、足は多少筋肉質だけどちゃんと女の子に見える自分がいた。この姿で一緒に外を歩けたらどんなにかいいだろう。ちょっとはカップルらしく見えるだろうか。
「着替えたー?」
居間の方から龍麻の大きな声がする。僕は我に返って、慌てて廊下に出て姿を見せに居間に入った。
「…。」
でも、龍麻の反応はなくって。僕はやっぱり似合わなかったかな、と少ししょげかえってしまった。スカートだから女の子らしく見えただけで、やっぱり僕には似合わなかったんだろう。色気とかそういうの、自慢じゃないけどないほうだと思うし。
「あ、違う…。」
うなだれた僕に慌てて龍麻が首を振る。
「そうじゃなくって…あんまりにも…かわいくて…見惚れた。」
龍麻は嬉しそうに笑って、まじまじと僕を見る。
「すげー似合う。コート、脱いで。ああ、ワンピースも似合うよなぁ。」
うんうんと龍麻はうなづきながら僕の周りを回って、いろんな角度からじっくりと僕の姿を見つめた。
「今度さ、これ着て一緒にでかけよう?家からこれを着ていくのが恥ずかしいんだったら、どっかで着替えればいいからさ。」
龍麻はにこにことしながら僕にそう言ってくれた。
女の子として一緒にデートできる。僕は貰った洋服やブーツよりそれが一番嬉しくて、思わず舞い上がりそうになる。
だけど、龍麻にこんなにしてもらっているのに、僕には返すものが何もない。
「…あの…龍麻…。」
恐る恐る声をかける
「ん?」
「ごめんね…。僕…プレゼント、まだ用意してなくって…。」
本当に僕はバカだ。いっつもこんな間の悪いところばっかりで、なんてドン臭いのだろう。自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
「でもっ、明日、絶対に用意して待ってるからっ!…そうだっ!龍麻、明日誕生日だし、2つ!クリスマスのと、誕生日と。絶対に、絶対に!」
必死で訴える僕に、龍麻はきょとんとして、でも、ふわりと柔らかく笑って、大きな手を伸ばして僕の頭をゆっくりと宥めるように撫でてくれる。
「あのさ、これ、二人分のプレゼントなんだよね?」
おかしそうにくすくすと龍麻は笑う。
「二人分…?」
訳がわからなくって、聞き返す僕に龍麻は満足そうにうなづいた。
「モノは翡翠へのプレゼント。んで、もう一人分は、これを着たかわいい翡翠が、オレへのプレゼント。」
臆面もなくそう言いきる龍麻は、すっかりといつもの龍麻で、僕はといえば、真っ赤になって、言葉もなく口をぱくぱくさせているだけだった。
ほんとに龍麻にはいつもやられっぱなし。ペースに巻き込まれて、振り回されて、でも、それも嬉しくって、何時の間にか笑って許している自分がいる。
僕は苦笑しながら足元のプレゼントの梱包に使われていたリボンを拾い上げ、そのままヘアバンドのようにかけて、頭のてっぺんでリボン結びを作った。
「…いっとくけど、返品はきかないからね?」
僕の言葉に龍麻はひとしきり大笑いして、それからゆっくりと僕を抱きしめた。
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