もうすぐクリスマス。
昼間、店番をしていると指輪や一輪挿しなどのプレゼントになるような小物を買っていくお客さんが増えた。おそらくそれらはプレゼントなのだろう、中にはラッピングを頼んでいく人もいる。
誕生日も過ぎて、もうそんな時期になったのかと煌びやかなネオンが瞬く街を見ながら実感をし、今年はどうやってクリスマスイブを過ごそうかと考えを巡らせる。
去年は、あの宿星に導かれた事件の最中で、しかも新宿中央公園で柳生に斬られたために桜ヶ丘に入院していた。ようやくイブに退院でき、翡翠にも会えたけど、まだその頃は付き合ってもいなかったし、体調がそんな状態であったために病院から少し寄り道をして家まで送ってもらって、そのお礼にお茶を飲んだだけで終わってしまった。
それだけでも、とてもドキドキして、翡翠が穏やかに微笑むのを見ているだけで胸が破裂しそうなほどだった。
それはそれでいい思い出なんだけど、今年は何かしたい。
例えば、いつも翡翠にご馳走になっているから、クリスマスくらいは私が料理するとか、どこかに出かけるとか。それよりもプレゼント、何あげようか。
思っている矢先に翡翠が非常に申し訳ないような顔で言う。
「クリスマスイブなんだけど…骨董組合の役員選挙があって、そっちに出なくてはいけなくなったんだ。」
正直なところ、すごく残念だった。だって、翡翠と過ごす初めてのクリスマス、一緒にいられると思ったのに。
だけど、仕事じゃしょうがない。
「うん。わかった。」
うなづいて笑ってみせる。
「本当にごめん。」
「いいよ、仕方ないもの。お仕事なんだから。」
さらに謝る翡翠に、気兼ねなくお仕事に行くように言うけれど、私の表情が強張っていたのか、翡翠は何度も何度も謝った。
わかってる。お仕事は翡翠が生計をたてるために必要なものだってこともちゃんとわかってる。
「本当に気にしないで。…次の日だっていいの。」
「…じゃあ、25日にしよう。」
「うん。えへへへ、翡翠と一緒にクリスマスなんて嬉しい。」
一緒にいられるのなら嬉しいから。
こんな私を選んでくれたから、それだけで過ぎた幸せだし、充分に嬉しいから。
わがまま言って困らせたくない、何よりも嫌われたくない。聞き分けのない女だって思われて呆れられるのは嫌だから。少しでもいい彼女でいたいから。
私が嫌いでそう言っているんじゃないってことも分かってる。
だから、言えない。
ホントは一緒に過ごしたかった…って。
「ひーちゃん、どうしたのぉ?」
頭上から降ってきた声に気がついて顔を上げれば、そこには怪訝そうな顔の級友が立っていた。
年末休暇が近い学食。女子大らしく、学食とは言えどもカフェ風の明るいフロアは晴天の日差しが窓から燦々と入ってきて、さながらビニールハウスのように暖かい。
午前中の授業が終わって、午後の授業がない私は翡翠の店に顔を出す前にぼんやりと一人で食事を取っていた。
いや、とっていた、のではなく、とろうとしていたの方が正しいかもしれない。
買い求めていたミックスサンドは既に時間が経過してぱさぱさになっており、紅茶もすっかりと冷めていてカップにはくっきりとお茶の渋が線となっている。
「あ、ごめん、ぼんやりしてた。」
「やぁねぇ。」
級友はそういいながら向かいに座る。
「どしたの?一人?」
「うん。…みんな、美術史のセンセんとこ。」
「あ、レポート?」
「うん。再提出だって。」
先日、課題として出された美術史のレポートは採点が辛く、ほとんどの人が再提出となっている。幸い、私は分からないところなどは翡翠に聞いたり、調べたりしていたので再提出を免れていた。
「ひーちゃん、大丈夫だったんだ?」
「なんとか、ね。」
曖昧に笑ってから、ぱさぱさのミックスサンドを口に運ぶ。口の中でごわごわとした食感が広がる。
「珍しいね、ひーちゃんがぼんやりしてるなんて。」
「え?そうかなぁ?」
「うん。どうしたの?」
「…なんでもないよ。」
「またまたぁ。何、カレと喧嘩でもした?」
瞬間にぴくっと反応しちゃう自分が悲しい。それを目ざとく見つけられて級友はおかしそうに笑ってからさらに身を乗り出して突っ込んでくる。
「ナニナニ、どうしたの?何があったの?」
こうなるともう話すまでは引いてくれない。
小さく息を吐いてから、なるべくなんでもない風を装って答える。
「…クリスマスイブ、仕事で会えなくなったの。」
「仕事ォ?なんだってまた…。どっちの?ひーちゃん?カレ?」
「カレ。」
「うわー、最悪。」
アイスティにミルクを入れながら友達は笑った。
「クリスマスに誕生日にバレンタインは3大イベントでしょう?そんな日に会えないでどうするよ?」
「そんなこと言ったって…。」
「そんなカレ、別れちゃいな。」
「だって仕事なんだから仕方ないよ。」
「甘いっ!」
級友はびし!と私に指をさす。
「甘やかしたら、ダメよ!ちゃんと言わないと。仕事より、私が大事でしょって。」
「そんなもんかなぁ。」
ごわごわになったサンドイッチを冷えた紅茶でもう一口流し込む。
「大体ね、ひーちゃんももう少し色気出しなよね。せっかく土台はいいのに、いっつもこんな色気のないシャツとジーンズだし。」
始まった。
私は肩を竦める。
みんな、今日日の女子大生で、流行の服を着こなしている。そういう服、着たいなぁって思わないこともないけど、着る機会もない。
でも、蔵の整理とか庭掃除にスカートなんて汚れちゃうし、仕事手伝うのに不便だし。
…こんな色気のない服装ばっかりしていると翡翠もあきちゃうんだろうか?
「あ、ひーちゃん、いたんだ?」
美術史のレポートを提出しに行った友達たちが戻ってくる。
「うん。ご飯食べて帰ろうと思って。」
「ちょっと、聞いてよ。」
座っていた級友は鼻息も荒く、みんなに嬉々として報告する。
「ひーちゃん、クリスマスイブ、カレと会えなくなったんだって。」
「うわー、可哀想。」
「ほんと。最低ねぇ。」
戻ってきた友達は持っていた飲み物をテーブルにおいて私たちの周りに座る。
「だから、仕方ないんだって。仕事なんだもん。」
「ひーちゃんのカレって、ちょっと冷たそうだもんね。」
一人の言葉に私はびっくりした。翡翠と歩いているの、見られちゃったんだろうか。
背中にたらーりと冷や汗が流れる。
「アレでしょ?学園祭に来てた、背の高い、黒尽くめのかっこいい人。」
………それって…もしかして紅葉のことだろうか?あの時、違うって言ったはずなんだけど。
「それ…違うよ。」
そう言うと、友達たちはにんまりと笑って私の肩をぽんぽんと叩く。
「またまた!」
「あーんな美形のカレだから、隠しておきたいのはわかるけど。」
「普通の顔がすごく冷たそうな顔をしてるのに、ひーちゃん見た途端ににっこりと笑ってたじゃない。」
いや、それはそうだけど。そりゃ、妹弟子だし、表裏の関係だし、私が一番紅葉に縁があるからだし。
「いいわよねー、あんな美形のカレ。」
「ほーんと。若様と並んでいい勝負だったわよね。」
勝手にみんな暴走している。それに確か学園祭でも紅葉は否定していたはずなのに。人の話しなんか聞いちゃいないし。私はため息をついてこれ以上の否定を諦めた。
「じゃあ、ひーちゃんも暇なんだったら食事でも行かない?」
友達の一人が言い出した。
「食事?」
「私もカレがいるわけじゃなし。どうせ一人寂しいイブなんだったら、一緒に食事に行かない?」
うーん。やっぱり一人でイブもつまらないし。
きっと翡翠は寄り合いが終わったあと、組合の人と一緒にどこかに繰り出すだろうから。お店、終わったあとなら大丈夫かなぁ?
「一応、聞いてみるね?」
「やぁねぇ。ひーちゃんにあってくれないカレに許可求めることなんかないって。」
「うーん、でも、心配するから。」
翡翠はお仕事で忙しいのに遊びに行くなんて悪いと思うけど、やっぱり一人で過ごすのは寂しいから。これぐらいだったら、いいかなぁ?
それとも…やっぱり呆れられちゃうだろうか。
クリスマスイブ。
学校は5日前から年末年始休暇に入っている。
早い人はもう帰省をしていたが、私の友人たちは首都圏にある実家からの通学なので帰省とは無関係だった。
結局、友人たちとイタリア料理を食べに行き、女同士でささやかにクリスマスを祝う。
翡翠といれなかったのは残念だけど、女同士も女同士なりの面白さがあって楽しかった。
携帯にはひっきりなしに去年の、あのときの仲間からクリスマスメッセージが入ってきて、それも寂しさを紛らわせてくれた。
お腹一杯、幸せ一杯でお店を出るとひやりと冷たい空気。
「どうする?もう少し時間があるから駅に近いところでお茶しようか。」
「駅って、どう行けば近いかなぁ?」
「何よ、ひーちゃん、新宿に住んでいるのに知らないの?」
「だって、うちは反対側だもの。」
「こっちよ、こっち。」
みんな先導にしたがって歩き始める。ここから新宿駅までは徒歩15分ぐらいかかるだろうか。近道であるらしい裏道に入ると道を歩く人の数が激減する。
「暗いね、この道。」
なんか嫌な気配を感じて呟くと友達は少し笑って言う。
「裏道だからね。」
そりゃそうだろうけど。
だけど、さっきから誰かに見られている気配がする。
少し歩くと、さっきまで誰もいなかった道に、男ばかり何人かが現れ、私たちの前後を取り囲むようにして歩いている。
おかしい。
これは、何か、変だ。
私はぴたりと立ち止まった。
「どしたの?ひーちゃん?」
友達が急に立ち止まった私に声をかける。
同時に私たちの周りを歩いていた男たちが立ち止まった。やっぱり、明らかに私たちをつけてたんだ。
「みんな、ちょっと集まってもらって、いい?」
目的はなんだろう?私は怪訝そうな顔をして集まる友人をそばに寄せた。
「なに?」
友達を寄せてから周りを取り囲むようにしていた男たちを見回した。
「よぅ。…俺たちを忘れちゃいないよなぁ?」
その中の一人、体格のいい男がにやにやと笑いながら言う。
やっぱり、私関係だろうか。
でも顔を思い出すことができずに思わず首を傾げてしまう。ヒントでもくれないだろうか。
「…えーと……誰だっけ?」
恐る恐る聞いてみると、逆上したカレは殴りかかってくる。
「覚えてなきゃ、思い出させてやるぜっ!」
それでようやくこの人たちは多分、どこかで自分がのしたことのある人たちだと予想はついた。おそらく、復讐なのだろう。
自分一人だったら訳はないのに、都合が悪いことに友達が一緒だから動きにくい。どうするか。逡巡している暇はなかった。
周りを取り囲んでいた男たちが一斉に襲いかかってくるのを、まずは正面を中心に黄龍で吹き飛ばす。そうして振り返るともう一度黄龍で残り半分を吹き飛ばした。
だけど、多勢に無勢。いや、それよりも接近戦主体の私に、友達をかばいながらの戦闘はやや不利になる。黄龍の攻撃範囲外にいた男たちがじりじりと間合いを詰めてきた。
まずい。
八雲で散らしていたのに、ほんの一瞬の隙に友達が一人、捕まってしまった。
喉元にナイフをつきつけられてしまった。
「おい、てめぇ、友達がどうなってもいいのかよ?」
しまった…。
最近の鍛錬不足で友達を危険な目に合わせてしまったことを悔いても遅かった。
どうにかして取り戻さないと。
そう思った瞬間だった。
ふっと、まるで、闇から浮かび上がるようにして友達を捕まえている男の背後から人影が浮かび、友達を捕らえている腕をつかむ。
そして、なんの躊躇いもなしにその男を人間の関節の可動範囲とは違うような覚悟に折り曲げた。
ごきんっ!
鈍い音とともに、男の悲鳴が上がって友達を捕らえていた男が道に転げ回っている。男のいた位置には無表情の紅葉が立っていた。
「あ…!」
紅葉はその長い足で文字通り男たちを悉く蹴散らしてしまい、そこにはすぐに20人ほどの男がごろんごろん転がっていた。
片付け終わると、紅葉はサングラスをはずしてにっこりと微笑む。
「ありがとう、紅葉!」
「どういたしまして。…それよりも、怪我は?」
「ない。…大丈夫、怪我なかった?」
慌てて男に捕まった友達に尋ねるが、友達は怪我は全くしていないようで、大丈夫とうなづいてみせた。
「紅葉、どうしてここに?」
「仕事。」
もしかして、暗殺、なのだろうか。
顔が強張る私に紅葉はフッと短く笑って答える。
「今日は龍麻の警護だよ。…依頼を受けてね。」
私の警護!?どういうこと?鳴瀧のおじ様が依頼したのだろうか?
どうして私が警護されなくちゃいけないんだろうか?
頭上にクエスチョンマークを乱舞させている私に紅葉は再び短く笑って答えてくれる。
「如月さんだよ。…この辺は去年君が蓬莱寺たちと散々暴れたところだろう?恨みを持ってる奴がいても不思議じゃない。」
それでようやく私は去年新宿界隈で何回か立ち回りを演じたことを思い出した。
「…でも、私、大丈夫だよ?」
「…龍麻一人ならね。…それに、実際はそうじゃなかっただろう?…龍麻はいつも周りの人の安全ばかり優先する。それは去年から変わらないから。」
そう言われてぐうの音も出ない。言葉に詰まった私を紅葉は僅かに唇の端を上げて笑う。
「でも、翡翠がどうして?」
なんとか話題を変えようとして紅葉に尋ねると、ふふっと意地悪く微笑む。
「今日は君を守ることが出来ないから。…よっぽど嫌だったんだね。僕に依頼するときに、如月さん、額の血管をぴくぴくさせてた。」
紅葉はそう言ってから、今度は少しまじめな顔をする。
「友達に紹介しないのって…、如月さんがカレだと恥ずかしい?」
ぼそりと呟いた紅葉の言葉に私はあっと声を上げてしまった。そんな私の様子に紅葉は満足そうに微笑んで、ぽんと私の肩に手を置いた。
「さて。任務完了だ。報酬をもらおうかな。」
そう言うが早いが、すっとかがんで私の左頬に掠めるようなキスをした。
そして、それに私が驚きの声を上げるのとほぼ同時にざざっと水流が押し寄せる。
紅葉はそれが来るのをあらかじめ予測していたようにひらりとかわすと遠くの方に向かってにやにやと笑いながら言う。
「いいじゃないですか、口にしたわけじゃなし。」
すると闇の中からすぅっと浮かび上がるように、見慣れた人影が現れる。
「口なら玄武変でもう一度奥義だ!」
不機嫌そうに言うのはやっぱり翡翠で。
「仕事料だと思ってください。」
紅葉はそう言って闇の中に消えるようにしてかけて行ってしまった。
後に残ったのは、きまづそうな顔をしている翡翠。
おそらく寄り合いから直接ここに来たらしく、濃い灰色の紬を着ている。
紅葉と一緒にいたと言うことは、きっと紅葉に警護を依頼したけど、心配で自分も一緒についてきていたのだろう。
去年のことを思い出す。
いつでもそうだった。私に危険がないように、いつでも私を守ってくれていた。気がつくと、優しい笑顔がそばにあって、それだけで安心して。
さっきの紅葉の言葉を思い出す。
自慢のカレのはずなのに、自分が悪口を言われるのが嫌で、いつの間にか翡翠にひどいことをしていた。
そんな私に、翡翠は文句ひとつも言わずにこうしてそばについていてくれるのに。
困ったような笑顔を浮かべている翡翠に、私は思わず走り寄って抱きついていた。
「た…龍麻?」
「ごめんなさい…。」
こんな言葉だけじゃ翡翠を傷つけた分、取り戻せるとは思わないけど。
「と、とりあえず駅までみんな送っていくよ。」
翡翠はらしくない慌てた様子で私たちを先導して駅の方に向かっていく。表通りまで出て、襲撃の心配もないことから、一緒にいた友達は気を聞かせてくれたのか、みんな私たちと別れて駅に向かって行く。
「ひーちゃん。休み明けに事情、ちゃんと説明してもらうからね?」
別れ際、ささやかれた言葉に私はひくつきながらうなづいた。
当然、ただで済むとは思ってないけど…。
「龍麻。マンションまで送っていくよ。」
翡翠はそう言って駅の反対側に抜ける地下通路に足を向けた。
翡翠に謝らなきゃって思っても、何をどうして謝っていいか分からずに、無言のまま歩き続け、マンションに到着してしまった。
部屋の前まで送り届けてくれた翡翠は、当然のことのように帰ろうと踵を返す。
でも、私、まだ謝ってもいない。
慌てて、エレベーターの方に歩き出した翡翠の袖をきゅうっと握って引きとめた。
「…お茶でも…。」
我ながらなんてアホな言葉だろう。
それでも翡翠は笑わずに、むしろ、嬉しそうに眦を下げる。
「いいのかい?」
「うん。」
慌てて鍵を出して玄関を開けて翡翠を招き入れる。
こんなことなら、ちゃんと掃除しておけば良かったよぉ。
心の中でそんな反省をしながら、とりあえずお茶を入れにキッチンにはいる。
とっておきの玉露を出して、翡翠がいつもそうしているように、お湯を冷まし、お茶を急須に入れ、50度くらいになったお湯を注ぐ。2分くらい待つんだよね。
そうして入れたお茶を翡翠に出したけど、やっぱりなんて言っていいか思い浮かばずに、私は黙り込んでしまった。
本当にいっぱい、翡翠を傷つけてきた。
別に翡翠がカレだということは恥ずかしいことじゃない。私が翡翠の彼女だって言うことが恥ずかしいのに。
だけど私がやってきたことはまるっきり逆のことで、まるで翡翠を紹介するのが恥ずかしいことのようになっていた。
翡翠はいつも、僕の友達に紹介しても構わないって言ってくれていたのに。
「…今まで…ごめんなさい。」
それが一番の私の正直な気持ちだった。
だけど、翡翠は私の非を責めるでもなく、きょとんとして首を傾げている。
「…ずっと、付き合っているの内緒にしてきたこと。」
でも、今度は何を言い出すのだろうと、不思議そうにしている。
「さっきね。紅葉に言われたの。…どうしてここにいるのって聞いたら、依頼があったって。」
そこまで言って、翡翠は何を言われているのか分かったようで、困ったように笑う。
「…友達に内緒だから翡翠は出れないんだって。…ほんとは紅葉に頼むの、嫌だったんでしょう?」
男だから自分の彼女を守るのは当たり前だって、いつも言っていた。それに、翡翠はいつも私にはそれと気づかせずに私を守ってくれている。当然のことのように、見返りを求めるでもなく。
「龍麻が安全ならいいんだよ。」
翡翠は優しく笑ってくれるから、それが余計に辛くて。
「よくない!」
翡翠に嫌な思いなんてさせたくないのに。
「そんなの…よくないよ。…私がいけないのに…。」
何も返してあげられないのに。何もできないから、何かの役に立ちたくて、それで少しでも相応しくなりたかったのに。結局はいつも傷つけるだけで。
「…私…ね。…自信ないの。…なんで翡翠が私なんかを彼女にしてるか、わかんないの。…そりゃ…黄龍の器だけど…ほかに…なんの取り柄もなくって。」
どうして、もっといい子になれなかったんだろう。どうしてこんな人間なんだろう。
今まで何度となく繰り返してきた愚かな問いに涙が浮かぶ。悲しくて、悔しくて。
だからせめて嫌われないように、わがまま言わないようにしてきた。
翡翠の前ではできるだけいい子でいられるように、少しでも長く好きでいてもらえるように。
「翡翠、もてるから。…私、釣り合わないって言われるの怖くて…。」
ぼろぼろっと涙がこぼれていく。ホントのことだから、こわかった。
「…私っ…自分が傷つくの嫌でっ…、翡翠を傷つけてたっ…!」
いつか、捨てられるかもしれないって思う恐怖。だって、こんな夢みたいなこと早々あるわけないから。だから、夢みたいな時間に少しでも浸っていたくて、現実を見てなくて。それが翡翠を傷つけてたなんて分からなかった。
「僕はね…龍麻が笑っていてくれれば、それでいい。」
翡翠は、それでもゆっくりと穏やかにそう言う。
「駄目だよっ!…そんなの、駄目!」
「いいよ。」
「だって…私だって、翡翠が笑ってくれるほうがいいっ!翡翠が嫌がることなんてしたくないっ!」
少しでも私といて楽しいって思ってくれたら。もっと、私といてくれるかなって、浅はかだってわかってるけど、それしか考えられなかった。
「…龍麻は…わかってないんだよ。」
翡翠は小さなため息をついてからぽつりと言った。
「ほんとは、龍麻だってかなりもてるんだよ。…君の学校で僕が噂になるのと同じように、僕の学校でだって、龍麻は噂になっているんだから。『東都女子の緋勇さん』って僕の友達も騒いでいるよ。」
…緋勇さんて…私のことだよねぇ?
どうして噂になるんだろう?
「それだけじゃない。王蘭でもね、君と付き合いたいって言っていたやつもいたんだよ。…僕と釣り合わないなんて、龍麻の誤解だと思うよ。…それに、去年、僕らが龍麻に力を貸したのは、みんな龍麻が好きだから、気に入ったから力を貸した。そうじゃないのかい?」
そりゃ、そうかもしれないけど、だけど、それはみんなと利害関係が一致したからだし。
「それにね、龍麻は自信がないっていうけど、僕だって一緒だよ。どうして龍麻が僕を選んだのか、いまだに分からない。」
寂しそうに笑う翡翠に私は思いっきり力説する。
「だってっ!翡翠、かっこいいし…!優しくって、いっつも私を助けてくれてっ!それに、冷静だしっ!」
「それなら、壬生だって同じだろう?」
う。確かにそうかもしれないけど。
だけど、やっぱり紅葉への気持ちと翡翠への気持ちは違うから。
「紅葉は…確かにかっこいいし、優しいし、助けてくれるけど…。だけど…紅葉じゃないの。」
紅葉への気持ちは、多分、お兄さんみたいな気持ち。兄妹弟子だし、何よりも心配性のおじ様が大切にしている弟子だし。翡翠に対する気持ちとはかけ離れている。
「翡翠なの。……翡翠じゃなきゃだめなの。」
その言葉に、翡翠は優しく笑うと、そっと触れるだけのキスをしてくれる。
それだけで幸せで、顔まで赤くなっちゃうから。
「僕だってそうさ。…龍麻じゃないと駄目なんだ。…一緒にいてほしいのは龍麻だけだよ。」
耳元でささやかれて、顔がさらに赤くなって熱を持ち始める。
「…うん。」
それだけでもう十分だから。その言葉を信じよう。
そして、少しでも翡翠の役に立てるように、もっと好きになってもらえるようにがんばろう。それしかできないから。
「龍麻。…絶対に離さないよ?」
「うん。…私も、絶対に離れないよ?」
神様、どうかすこしでも長く翡翠と一緒にいさせてください。
窓の外に見えるクリスマスツリーを模った高層ビルのイルミネーションに密かにお祈りをした。
END
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