告白〜翡翠side〜

 

龍麻と付き合い始めたのは今年の春先。
それから9ヶ月。いろいろとあったけど、龍麻のことを思う気持ちは少しも衰えておらず、むしろ日に日に思いは強まるばかり。
だけど、たった一つだけ、不満がある。
それは、龍麻が友達に自分の交際相手が僕だということを隠していること。


「本当にごめん。」
僕は朝から龍麻に謝り続けていた。
「いいよ、仕方ないもの。お仕事なんだから。」
龍麻は笑って手を振って、気にしないように、と言ってくれる。それが返って本当に申し訳なくって、また僕は謝ってしまう、ということの繰り返しだった。
そもそもの始まりはこうだった。
付き合い始めてから最初のクリスマス。12月24日はずっと一緒に過ごすつもりで、僕は何をプレゼントしようか、普段一緒に出歩くことができないからどこかへ遠出をしようか、どんな料理を作ろうか考えていた。何しろ、去年のイブは柳生に斬られた傷がようやく塞がって退院したばかりで何もできなかったし、何よりもその頃はまだ僕と龍麻は付き合ってもいなかった。だから今年は去年の分も含めてとにかく豪勢にしたかった。
しかし、どういうわけかそういう日に限って、骨董屋仲間の寄り合いでどうしても顔を出さなければならなくなって、折角の計画は全て流れてしまったのである。
クリスマスに恋人と一緒にいたいと思うのは、龍麻ぐらいの年頃の女の子ならば当然のこと、その希望を叶えてやるのは恋人として当たり前のことなのに、それさえもできない僕を龍麻は罵倒するどころか、僕に自分に気兼ねなくちゃんと仕事をしてくるようにと言う。
その心遣いが嬉しいのと、本当に申し訳ないのとで、僕は朝から何度も龍麻に謝っていた。
「本当に気にしないで。…次の日だっていいの。」
にっこりと、龍麻は微笑んで言ってくれた。
今回の寄り合いは組合の幹部の選挙だからどうしても出ないわけにはいかない。欠席して変な役目を負わされたりしたら、それこそ龍麻との時間を削られる羽目になる。だから、たとえ龍麻がごねたりしてもなんとか機嫌を直してもらってでも出なくてはいけないのだが、あまりにも物分りのいい龍麻にいささか拍子抜けしていたのも事実。
「…じゃあ、25日にしよう。」
「うん。えへへへ、翡翠と一緒にクリスマスなんて嬉しい。」
日延びになっても本当に楽しそうに笑う龍麻に良心が咎めていた僕は救われる。
だけど、申し訳なさは薄れるわけはなく、プレゼント、少し水増ししておこうと密かに心の中で誓っていた。


そうして特に何の出来事も起こらないまま何日かが過ぎた。
龍麻は相変わらず僕の店にやってきて、商品を磨いたり陳列を手伝ってくれたり、お客さんの対応などの手伝いをしてくれる幸せな日々が続く。毎日龍麻の顔が見れるのはとても嬉しい。
今日もそうして一日を終え、店を閉めた後に龍麻と夕食をとっていた。
「あ、そうだ。…あのね、翡翠。…24日にね、お友達と一緒にお食事会に行くことになったの。」
龍麻は急に思い出したように、僕に恐る恐る言い出した。
「お食事会?」
「うん。みんながね、暇なら一緒に食事でもしようって。」
僕の用事のために予定がなくなってしまったので友達がその代わりをしてくれようというのだろうか。
「…夜?」
「うん。…あんまり遅くならないように気をつけるけど…。」
じぃっと、僕を上目遣いに見てまるで許可でも求めるように言う。
僕に止める権利はない。
「気をつけるんだよ。…どこでやるんだい?」
「多分、新宿。」
「そうか。」
本当は、もしも寄り合いが早く終わったら龍麻に会おうと思ったけど、それなら仕方がない。友達が一緒、ということは僕と付き合っているのは内緒だから終わったあと会うのはほとんど無理ということになる。少しでも会えるようになんとか都合がつかないかと考えていたのでとても残念なことだった。
もともとこんな日に用事ができてしまった僕のほうが悪いのだから。
それに反対などしたら、龍麻はせっかくのクリスマスイブを一人で過ごさなくてはならなくなる。それはさすがに可哀想だ。
「ごめんね、翡翠はお仕事大変なのに。」
「いや、構わないよ。…楽しんでくるといい。」
精一杯、微笑んで申し訳なさそうに縮こまっている龍麻に言うと、ほっとしたように安堵の表情を見せた。


龍麻が新宿で食事をする、というのに僕は多少不安を覚える。
それはここのところ新宿の治安が悪くなってきているからだった。
蓬莱寺や醍醐、村雨がいた頃は何かコトが起こると誰かがその中に首を突っ込んで事態を収拾していたのだが、蓬莱寺は中国へ、村雨はアメリカへ、醍醐はプロレスの練習であのあたりをうろつかなくなったため、最近新宿は無法地帯に近くなっていると村雨の舎弟たちが嘆いていたのだ。
それでも以前は男たちばかりで縄張り争いのような小競り合いだけだったのに、最近では一般の女性にも被害が及ぶようになってきて、タチの悪いものがあのあたりを闊歩している。もちろん、女性全部がそういう被害にあうわけではない。
だけど、龍麻は被害に会う可能性が高い。
本人はまるっきり自覚してないが、他校の生徒にもファンができるほど龍麻は可愛い。自分の彼女をそういう風に言うのは手前味噌な気もするが、これは去年仲間として戦った男どものほとんどが彼女を狙っていたことからも容易に証明できる。
つまり、それほどの玉を、そういうタチの悪い人間が放っておくわけがないのだ。
しかも、龍麻は去年蓬莱寺や醍醐とつるんでいたのは周知の事実であるし、そのときにやられた者たちが仕返ししようと思ってもなんら不思議はないのである。
無論、龍麻がそういう奴らにやられるわけはない。
むしろ返り討ちにしてしまうだろう。
だけど。
一緒にいる友達は一般人なのである。
もしも友達に何かあったら、龍麻は自分の命よりも友達を優先するだろう。それは去年の一連の事件の最中もそうだったのだから。
だから、僕は不安になる。
龍麻に何かあったら、と。
そしてその可能性の高さに身震いがする。
だけど、どうしてもその日は龍麻の側にいることができない。
僕の用事と、龍麻の友達が一緒であることが邪魔をしている。
きゅうっと知らず知らずに噛み締めた唇がぷつりと切れて口の中に血の錆臭い味が広がる。
どうしたら龍麻を守ってやることができるのだろう。
僕はしばらくの間思考を巡らしてから、携帯電話を取り出し、メモリを検索して電話をかけた。


そうしてクリスマスイブが来た。
僕は仕方なく寄り合いに出席した。
最近、不景気ではあるが、むしろこういう不景気のときにこそいい物を仕入れるチャンスとあって、みんな情報交換に余念がない。おかげでいつもはなかなか集まらない参加者も珍しくすぐに集まり、しかも名を上げんがため七面倒な役員を買ってでもやる輩がいてさほど揉めずに役員はすんなりと決まる。僕を役員に押そうとした人間がいないでもないが、老舗ではあるが、僕はまだまだ若輩者であることと、学生の身分であるからそっちを優先したいと都合のいいコトを言ってそれをかわすことに成功した。
寄り合いが終わると僕は速攻で新宿に向かう。
龍麻がいると思しきエリアでタクシーを降り、龍麻のいる辺りへ足を向ける。無論、龍麻に気づかれることのないように気を隠して。
「早かったですね。」
憮然とした表情で壬生が言う。
僕は龍麻を守る手段として壬生に身辺警護を依頼したのだ。不本意であるけれど、壬生に頼むのが一番確実で安全な方法である。
龍麻を守るということ自体壬生が反対するわけもなく、すんなりと僕の依頼を受けてくれた。最近の新宿の事情は壬生の耳にも入っていたらしく、龍麻の危険は彼にもよくわかったのだろう。高い報酬を覚悟したのだが、意外なことに無料で彼はそれを請け負ってくれた。
「急いできたんだよ。…異常は?」
「ありませんよ。」
黒いレザーのコートに、夜だというのに黒いサングラス、黒いレザーのパンツに黒の靴と黒ずくめの壬生が言う。
「友達と思しき女性が4人。一緒に中に入って食事中ですよ。2時間前に入りましたから、もうそろそろ出てくる頃でしょう。」
壬生がそう言うのとほぼ同時に、ビルのエレベーターから龍麻を含む女性のグループが降りてきた。楽しそうに笑っている龍麻と、その友達はそこで少し話をして、お茶でも飲もうということになったのか、みんな連なって歩き出す。
新宿駅から少し離れたこの地区は多少の喧騒はあるが、駅の周辺ほどではない。近道をしようと思ったのか、先頭を歩く女性が裏道の方に入っていくのを僕らは嫌な気分で眺めていた。確かにこちらの道を通った方が早いが危険すぎる。
僕らは互いに目を合わせてうなづきあうと、龍麻たちとの距離を少しつめた。これならば何か危険があってもすぐに飛び出していける。
しばらくそうして歩いているうちに、僕と壬生はおかしな一団を見つけた。
男性ばかり4、5人のグループがいくつか、いつの間にか龍麻たちを取り囲むようにして歩いている。総勢で20人強だろうか。
「少し様子を見ましょう。」
壬生の言葉に僕はうなづいて彼らにも気づかれぬように後をついていくと、それらのグループは龍麻たちとの間を詰めていく。龍麻もようやくその異変に気づいたようでぴたりと立ち止まって自分の周りに友達を寄せた。
「なに?」
状況を理解できない友達は何か大事な話でもあるのかと龍麻の側に集まる。龍麻は困惑した顔でみんなを寄せたままぐるりと周りを取り囲むようにして立っている男たちを見回した。
僕と壬生はいつでも援護に出られるように身構える。
あれぐらい、龍麻だったら余裕で蹴散らすことができるが、友達4人を抱えたままだと動きづらいことは明白である。
「よう。…俺たちを忘れちゃいないよなぁ?」
男たちの一人が龍麻に声をかける。
「…えーと……誰だっけ?」
龍麻は本気で思い出せないらしく、首をひねる。
何しろ、龍麻が去年戦ったのはかなりの数で確かにいちいち覚えてなんていられない。その中には新宿近辺で悪さをしているごろつきも含まれていた。おそらく、相手はそうした類の人間だろう。
「覚えてなきゃ、思い出させてやるぜっ!」
そう言って一人が龍麻に襲い掛かるが、それをすんなりとかわしたついでにアッパーカットを入れ、一人を倒す。
「このアマッ!」
激昂した男たちが一斉にかかろうとするのを龍麻は黄龍で吹き飛ばし、のしていく。
振り向きざまもう一度黄龍を放ち、近寄ろうとする男たちを跳ね飛ばすが、いかんせん数が多い上、友達が周りを囲んでいるために攻撃レンジが狭い接近戦主体の龍麻には不利である。
そして、そのうち友達の一人が男に捕まった。腕をとられ、ひきづられる様にして友達は男のそばに寄せられた。
「おい、てめぇ、友達がどうなってもいいのかよ?」
「くっ…。」
龍麻が悔しそうにぎりぎりと唇をかみ締めた。人質をとられてしまっては龍麻にはどうにもできない。
「壬生!」
僕が言うよりも先に壬生は動いていた。
「わかってます。」
ひらりと、コートの裾をなびかせて、闇に紛れて男たちに近づいていく。
それからは、ほとんど話しにならないほどあっけなかった。
壬生は友達を捕まえていた男の背後に忍び寄り友達を捕まえている腕を取ると、ごきんと、僕の方まで聞こえるほどの音を立ててその腕を容赦なくへし折った。
壬生に襲いかかろうとしたものはみな文字通り彼の足技で蹴散らされ、気がついてみれば誰も壬生にも龍麻にも触れることなく道端に転がっている。
ほっとしたのと同時に、僕はひどく悲しくなった。
友達がいる手前、僕は助けに行ってやれない。本当は僕が行って龍麻を助けてやりたかったのに。
龍麻は嬉しそうに壬生に礼を言い、捕まった友達に怪我がなかったか気遣っている。
こんなときに何もできない。
龍麻の希望だから仕方ないけど、本当はみんなの前で龍麻と僕が付き合っていると宣言をしたかった。そして龍麻が危ない目にあったら助けてやりたかったし、何よりも、誰にも構うことなく一緒に出歩きたかった。
龍麻がどうして僕と付き合っていることを内緒にしているかわからない。
僕は龍麻を愛している。
それだけじゃ、龍麻の彼としては駄目なのだろうか。
どうすればいい?何をしたら認めてくれる?
壬生は龍麻の感謝に、普段の彼からは予想もつかないような極上の笑顔を浮かべてそれにこたえていた。親しげに会話する二人を見るのはとてもつらい。
そして、龍麻にも気づかれないような素早さで僕の方をちらりと見ると、別れ際、龍麻の左頬にキスをしたのだ。
「飛水流奥義、瀧遡刃!」
それを見ていた僕は今まで気を隠していたのもすっかり忘れ、逆上して、思わず壬生に向けて奥義を放っていた。
射程ぎりぎりにいた壬生はひらりとそれをかわすと笑いながらこちらに人の悪い笑みを浮かべて言う。
「いいじゃないですか、口にしたわけじゃなし。」
「口なら玄武変でもう一度奥義だ!」
「仕事料だと思ってください。」
そう言って、では、と薄笑いをしながら走って新宿の裏通りに消えていってしまった。
残された僕は、龍麻の視線をもろに受け、非常にやばい状態だった。
何しろ、あれほど龍麻が友達には内緒だといっていたのに、あろうことかその友達の前で壬生のキスに逆上し『無』の境地をすっかり忘れ、奥義を放ってしまった。
なんとも言い訳のできない状況だ。
さぁ、どうしよう。
なんとかうまくごまかす方法を考えようと、頭をフル回転させ始めるのとほとんど同時に龍麻はこっちに走ってきて僕に抱きついた。
「た…龍麻?」
僕はびっくりして、ぎゅうっと僕に抱きついている龍麻を見た。
「ごめんなさい…。」
友達の前でこんなことしたら、ばれてしまう。
僕はなんとか龍麻を剥がそうと考えるが、頭が少々パニックを起こしていてうまく考えがまとまらない。
「と、とりあえず駅までみんな送っていくよ。」
少なくともこの場は早く離れたほうがいい。20人もの男が倒れている様は誰がどうみても大事件だから。僕は龍麻を抱えるようにして慌てて龍麻の友人たちを引き連れて表通りへ戻った。あとはなんとかなるだろう。壬生のことだからこの件はすでに鳴瀧館長のところへ報告してあるだろうから警察沙汰になることもないだろうし。
表通りに戻って、新宿の雑踏の中で襲撃される心配がなくなったし、僕らに気兼ねしたのか、友達たちはそこで別れて駅に向かっていった。
僕は念のため龍麻をマンションまで送っていくことにした。


「…お茶でも…。」
無事に部屋に送り届けて帰ろうとした僕の袖をきゅうっとつかんで彼女はそう呟く。
「いいのかい?」
「うん。」
夜分遅かったので躊躇ったが、龍麻がいいというので遠慮せずにお邪魔することにした。付き合って9ヶ月になるけど龍麻の部屋にお邪魔したのはほんの2、3回しかない。大体は龍麻がいつもうちに来ているし、帰りにここまで送ってきても時間が時間だから部屋の中に入ることはしなかった。
女の子の部屋、という割にはシンプルな、飾りのあまりない部屋に置かれた小さなテーブルのところに座って待っていると、龍麻が玉露を入れてくれる。
いい香りに、おそらくずいぶんと高い葉を使ったのだと分かって嬉しくなった。そんなことでも僕のことを大事にしてくれるから。
しばらく龍麻は無言で俯いていたけど、やがて顔をゆっくりと上げて僕を見る。
「…今まで…ごめんなさい。」
そう言って深々と龍麻は頭を下げた。
僕は何を謝られているのかが分からずに、首をかしげる。
「…ずっと、付き合っているの内緒にしてきたこと。」
急に何を言い出すのかと僕は分からずにまだ首をかしげたままでいる。
「さっきね。紅葉に言われたの。…どうしてここにいるのって聞いたら、依頼があったって。」
壬生!僕はチッと舌打ちする。依頼の件をしゃべるなんて暗殺者としては失格だ、と苦い顔でそんなことを考える。別に暗殺を頼んだわけじゃないけれど。
「…友達に内緒だから翡翠は出れないんだって。…ほんとは紅葉に頼むの、嫌だったんでしょう?」
泣き出してしまいそうな龍麻にそういわれて、僕は取り繕うこともできなかった。
壬生に援護を頼むのは本当に嫌だった。だけど、自分のプライドよりも龍麻の安全が大事だったから、それを一番確実に確保できるのが壬生だったから敢えて頼んだ。
「龍麻が安全ならいいんだよ。」
「よくない!」
珍しく龍麻が怒る。
「そんなの…よくないよ。…私がいけないのに…。」
そう言って龍麻は再び俯いた。
「…私…ね。…自信ないの。…なんで翡翠が私なんかを彼女にしてるか、わかんないの。…そりゃ…黄龍の器だけど…ほかに…なんの取り柄もなくって。」
ひく、ひくと僅かに龍麻の肩がしゃくりあげている。
「翡翠、もてるから。…私、釣り合わないって言われるの怖くて…。」
ぽとぽとっと龍麻のひざに涙がこぼれる。僕は思わず龍麻を抱き寄せていた。
「…私っ…自分が傷つくの嫌でっ…、翡翠を傷つけてたっ…!」
ぎゅうっと握り締めた龍麻の手は白くなるほど。それほどまでに、龍麻は自分を責めていた。龍麻が悲しい思いをするなら、僕は秘密のままでよかった、いくら傷ついても構わないのに。
龍麻の気持ちも分からずに、そんな些細なことで悩む僕が浅はかだった。
「龍麻…。」
僕は龍麻が少しでも楽になるようにどうしたらいいんだろう。
「僕はね…龍麻が笑っていてくれれば、それでいい。」
ゆっくりと、龍麻の髪を撫でながら言う。腕の中の龍麻は泣きながら首を左右に振る。
「駄目だよっ!…そんなの、駄目!」
「いいよ。」
龍麻は僕の襟をぐっと握って僕を見上げる。
「だって…私だって、翡翠が笑ってくれるほうがいいっ!翡翠が嫌がることなんてしたくないっ!」
そう思ってくれることはすごく嬉しいけど、でも僕も同じ気持ち。
どうしたらいいだろう。
僕は少しの逡巡の後、小さくため息をついて、龍麻に黙っていたことを話し始める。少しでも龍麻が楽になるのだったら。
「…龍麻は…わかってないんだよ。」
龍麻はきょとんとして僕を見る。
「ほんとは、龍麻だってかなりもてるんだよ。…君の学校で僕が噂になるのと同じように、僕の学校でだって、龍麻は噂になっているんだから。『東都女子の緋勇さん』って僕の友達も騒いでいるよ。」
龍麻は目を真ん丸くして僕を見上げる。その顔も可愛らしくていいんだけど。
「それだけじゃない。王蘭でもね、君と付き合いたいって言っていたやつもいたんだよ。…僕と釣り合わないなんて、龍麻の誤解だと思うよ。…それに、去年、僕らが龍麻に力を貸したのは、みんな龍麻が好きだから、気に入ったから力を貸した。そうじゃないのかい?」
好き、が女性としての好きであることはこの際触れないでおこう。壬生や村雨や蓬莱寺を筆頭に、みんな本気で龍麻に惚れていた事も。
にっこりと微笑んで、龍麻を見ると信じられない、といった顔をしている。
「それにね、龍麻は自信がないっていうけど、僕だって一緒だよ。どうして龍麻が僕を選んだのか、いまだに分からない。」
龍麻が自分の魅力に気づいていないから、僕は彼として付き合ってこれたけど、自分がもてると分かった龍麻は目移りするかもしれない。
でも、それは仕方のないことだ。僕の努力も魅力も足りないってコトだから。
だけど、龍麻は真っ赤になって嬉しい力説をしてくれる。
「だってっ!翡翠、かっこいいし…!優しくって、いっつも私を助けてくれてっ!それに、冷静だしっ!」
「それなら、壬生だって同じだろう?」
少し意地の悪い質問を投げかけてみる。すると、龍麻は困った顔をする。
「…紅葉は…確かにかっこいいし、優しいし、助けてくれるけど…。だけど…紅葉じゃないの。」
そう言って龍麻は潤んだような瞳で僕を見つめる。
「翡翠なの。……翡翠じゃなきゃだめなの。」
そんな可愛いことを言われて平静でいられるわけはない。
そっと龍麻にキスをひとつ落とすと、龍麻は耳まで赤く染まる。
「僕だってそうさ。…龍麻じゃないと駄目なんだ。…一緒にいてほしいのは龍麻だけだよ。」
耳元でささやくと、龍麻の顔がさらに赤くなる。
「…うん。」
龍麻は真っ赤なままうなづいて、僕の胸に顔をうずめる。
お互いに、僕らは同じ気持ちでいたことに気づかなかった。
自分は相手に相応しくないかもしれないと、そんなことに怯えていたんだ。
もっと早く互いの気持ちを告白すればよかったのに、相手を信頼すればよかっただけなのに、そんな簡単なことも分からないでいた。
「龍麻。…絶対に離さないよ?」
「うん。…私も、絶対に離れないよ?」
見詰め合って微笑んでキスを交わせば、窓の外には、クリスマスツリーを模った高層ビルのイルミネーションが瞬いていた。



                                   END

 

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