アンビヴァレンス〜ambivalence〜

 

いるだろうか、いないだろうか。
入ろうか、入るまいか。
オレ様はもう5分も逡巡していた。
別に、会うのが目的で来たわけじゃない。だから気にする必要なんてこれっぽっちもねぇ。そう決心して年代モンのガラスの引き戸に手をかけようとした瞬間に、中からがらりと開けられる。
「いいかげんにしないか。営業妨害だ。」
そう言って笑ったのはこの店の主、如月サン。
「あ、ドモ…。」
「さっさと中に入りたまえ。お茶が入ってる。」
おかしそうに笑いながら言うと踵を返して店の中に入っていく。その後に続いて店に入り、相変わらず誰が買うのか見当もつかないようなモンを沢山置いてある店内を通り抜け、奥にある座敷に向かう。
会いたい、会いたくない。
期待と不安が入り混じる気持ちでそっと座敷の中を覗いてみた。
座敷の中には一人だけ先客がいる。それはあの人ではなかった。ほっとするような、残念なような奇妙な気持ちを抱えて先客に短く挨拶をする。
「ちわ。」
壬生サン。去年、顔見知りになった本物の暗殺者。そういう人間は漫画とか、ハードボイルド小説とかだけの話っていう固定観念をあっさりと覆してくれた人。無口で、無愛想の古武道の達人。オレ様の姿を認めると、口は開かず、目だけで挨拶を返す。まぁ、挨拶を返してくれるだけまだマシか。気に食わない人にいたっては無視すンだよな、この人。
「で、今日はどうしたんだ?」
卓袱台の向こうから温和な笑顔で如月サンに尋ねられる。
「あ、ああ。今日は、ライブ決まったンで、チケットを持ってきましたッ。」
「いつだい?」
「来週の土曜。」
チケットを胸ポケットから出して如月サンの前にずずいと差し出した。
「夜ならあいているよ。」
そういいながら如月サンは男の人にしては細い指先で卓袱台の上のチケットを引き寄せて表を見る。
「渋谷、ね。前回と同じところでいいんだね?」
確認してからチケットを小さな引出しにしまいこんだ。
「如月さん、ロックなんて聞くんですか?」
意外そうな顔で横から壬生サンが尋ねる。
壬生サンは無愛想で無口だけど、どういうわけか如月サンとは至極仲がいい。如月サン自身、仲間内では嫌っている人がいない、誰からも好かれる温和な人だけど、冷たそうな外見でかなり恐れられている壬生サンとの取り合わせが妙といえば妙、合っているといえば合っている。
「雨紋のなら、ね。まぁ、悪くない。」
穏やかな笑顔を浮かべて壬生サンに言った言葉が、如月サンなりの誉め言葉であることは1年ほどになる付き合いの中で充分に分かった。およそ普段からロックなんて聴かない人がそう言ってくれるのはかなりの誉め言葉のはずだ。
「へぇ。…意外ですね。如月さんなら演歌とか民謡を聞いているのかと思いましたよ。」
あっさりと言い返す壬生サンの言葉に如月サンの眉がぴくりと動く。
「壬生。君は僕をなんだと思ってるんだ?」
「若年寄。」
その言葉にオレ様は飲みかけたお茶を危うく吹きそうになった。
ぴきぴきと普段は温和な笑顔を崩さない如月サンのこめかみに血管が浮く。それとは対照的に思いっきり失礼な言葉を言い放った壬生サンはすました顔で茶を飲んでいる。
「壬生−」
如月サンが文句を言いかけたときだった。店の扉がからりと開いた音に、如月サンはマッハの速さで反応して店先を振り返った。オレ様もさすがに如月サンよりは遅かったけど反応して店先のほうを見た。
「こんにちは。」
聞こえてきた涼やかな声に思わず胸の鼓動がどくんと大きくなる。入ってきたのは龍麻サンだった。
文句を言おうとしていた如月サンは、急いで立ち上がると店先まで迎えに出て行き、壬生サンはつまらなさそうな顔でその背中を眺めていた。
「あれ?誰か来てる?あ、紅葉だね。…もう一人、えっとー。雷人だ!」
龍麻サンは店先で弾むような声で言いながら座敷のほうにひょこっと顔を出す。最初に会った頃よりも伸びた髪がふわりと揺れて、本人はあまり自覚してないらしいケド、可愛らしさに一層磨きがかかったようだ。
「あたりだ。」
年上には見えないような可愛い顔で嬉しそうに微笑んでから靴を脱いで座敷に上がってくる。以前は真神学園のセーラー姿しか見たことがなかったけど、卒業して大学へ進学してから当然私服。ここで勉強を兼ねたアルバイトをしている今、動きやすいためにほとんどがシャツにジーンズというラフな格好ばかりでちょっともったいない。龍麻サンは勝手知ったると言う感じで定位置にぺたりと座るとまずは壬生サンを見る。
「今日はどうしたの?」
「別に。龍麻の顔を見に来ただけさ。」
にこりと、無愛想で通っている暗殺者は普段の彼からは信じられないような笑顔を浮かべてさらりととんでもない口説き文句を口にする。大体、この人、タッパはあるんだし、顔もかっこいい部類に入るから、普通の女はこんなこと言われたらまずオチる。なのに、龍麻サンは天下無敵の鈍感で、ここまであからさまな愛情表現を心配性の兄弟子、という一言で片付けるとんでもない天然なことをしていたのだった。
「あ、おじ様に頼まれたんでしょ?もう、心配性だよねー?」
にこにこと、罪のない笑顔を浮かべてそう切り返されてはさすがの超一流暗殺者も形無しだった。
笑いをかみ殺し、肩を揺らしながら如月サンは龍麻サン専用のくすんだ桜色の湯飲みにお茶を入れてだしてやる。龍麻サンは小さく礼を言ってから今度はオレ様のほうを見る。にこにこと微笑む顔にさらに心臓の鼓動は激しくなる。
「雷人、久しぶりだね。んーと、3月にあって以来だから1ヶ月ぶり?元気だった?」
可愛らしい声でそんな風に聞かれるとさらに鼓動は早まるばかりで。
「ああ。龍麻サンも元気そうだな。」
「それだけが取柄だもんねー。」
えへへへと恥ずかしそうに笑ってから、ちょっと小首を傾げてオレ様を見る。
「最近、あんまりここに来てないから何かあったのかなぁって心配しちゃった。」
そ、そんな心配してくれてたんすか、龍麻サン!!思わず抱きしめたくなるような可愛いことを言ってくれて、眩暈がしそうだった。
けれど、嬉しい反面、側にいる如月サンの視線も痛くてつらい。
「いや、バンドが忙しくって。…そうそう、さっき如月サンにも渡したんスけど、今度ライブやります。」
そう言って、胸ポケットから再びチケットを取り出した。
「わ、いくいく。いつ?来週の土曜?勿論開いているよー。」
嬉しそうにそのチケットを手にとって微笑んだ。
「紅葉も行かない?」
「僕は…。」
ちらりとオレ様を見て返事を躊躇する。
「ぜひ、顔を出してくださいよ。客が入ンないとかっこ悪いし。」
そう言ってチケットを1枚、壬生サンに差し出すと、困ったように笑ってそれを受け取った。やっぱ龍麻サンが来るとなるとロック好きかどうかは別な話になるのだろう。
「亜里沙ちゃんとか、舞子ちゃんも誘ってみようかなぁ?」
「じゃあ、もう2枚。他の人も来るようだったらソッコーチケット持ってきます。」
「うん、ありがとう、雷人。楽しみだなー。勿論、翡翠も行くんだよね?」
「ああ。」
如月サンがにっこりと龍麻サンに笑いかけると、龍麻サンも嬉しそうに微笑み返す。そんな二人を見ているとちくりと胸に痛みが走る。
龍麻サンの笑顔を見るのは大好きで、蓬莱寺サン達4人の次に仲間になったオレ様は、援護で呼び出されるたびに密かにその笑顔を見ては無上の喜びをかみ締めていた。オレ様の名前を呼ぶ声に、オレ様を見る瞳に、何度心を震わせたことだろう。けれど、その嬉しいはずの龍麻サンの笑顔が如月サンに向けられるたびに心はちくりと痛む。
去年、一番好評だった曲は龍麻サンを思って作った曲だったというのに、その肝心の彼女はちーーーーっともオレ様の思いになど気付いてくれないばかりか、いつしか気付くと、如月サンを切なそうに見つめるようになっていた。
そりゃあさ、俺だって如月サンはすげぇと思ってる。顔もよくって、性格も温和で、頭もいい。その年齢に似合わない落ち着きぶりからさっきみたいに若年寄とか、ジジイとか、揶揄されることはあるけれど、成人もしていないのに自立して生活してるなんてすげぇなぁと思う。そんな人だから、龍麻サンが隣に並んでもなんら遜色はなくって、むしろ似合いだよなって納得する。
けれども。
納得はしているのに、心のどこかで納得しきれないでいる。本当は龍麻サンの隣に立ちたい。男として護ってやりたい、そう思うオレ様がいる。龍麻サンは黄龍の器で、オレ様なんかよりもはるかに強いのは分かっているけど、本当はどこにでもいる普通の女の子で、ちっちゃなことに泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだりする。その龍麻サンをもうこれ以上変な目にあわないようにこの手で護ってやりたかった。
「雷人?どうかした?」
はっと気付くと、心配そうな顔をした龍麻サンがこっちを見ていた。
「いや、なんでもないス。ちょっとね、ここんとこ忙しくって、疲れてて。」
慌てて言い訳するけれど、それが返って心配を煽る。
「大丈夫?具合悪いのなら少し休んでいけば?」
「ああ。奥に横になれるように布団でも敷いておこうか?」
如月サンまで心配して立ち上がりかけたのを、オレ様は慌てて制止した。
「いや、大丈夫。今日は早く帰って寝ます。」
「そうしたほうがいいわ。ゆっくりと休んでね?」
龍麻サンに見送られて座敷を出るときに壬生サンがぼそりとつぶやいた。
「お大事に。」
少し、笑いを含んだその言い方にはっとして壬生サンを振り返ると、珍しくも苦笑していた。多分、オレ様の気持ちをわかっているんだろう。
「そうします。」
短く答えて店の外に出る。
「早く直してね。来週のライブ、楽しみにしてるんだから。」
店先で、そんな可愛らしいことを言われて今度こそ本当に鼻血がでそうになる。わざわざ見送ってくれるのが嬉しいのと、せっかく会えたのにもう帰るのが寂しいのとで奇妙な気持ちのまま如月骨董品店を後にした。


翌週、ライブ会場には沢山のお客サンが入った。
ステージ脇からこっそりと客席を覗くと、龍麻サンがいるのがすぐに分かった。今日はいつものシャツとジーンズではなく、水色のサテンのスリップドレスに白いカーディガンを羽織っている。首にはスリップドレスと同じ生地のチョーカー。可愛いッスよ、龍麻サン!その出で立ちにどくん!思わず心臓が跳ねる。わざわざ俺のライブのためにそんなおしゃれをしてきてくれたのかと思うと、愛しさが募る。ステージを前に、もう、テンションのメーターはレッドゾーン。
だけどその隣に如月サンの姿を見つけたときに、少しだけテンションが下がってしまう。
しょうがないよなぁ。
呟いてみるけど、テンションは戻らない。
落ち着いて龍麻サンの周りを見回すと如月サンがいる反対側の隣には壬生サンが無表情で立っているのが目に入る。ある意味、最強のボディガード。
感心しながらさらに視線を動かすと、今夜も相変わらず派手に着飾った藤咲サンが寄って来た男を適当にあしらっているのが見える。そして、その隣では高見沢サンも誰だかよく分からない男をあの不可思議な言動でケムに巻いている。相変わらずな人たちだ。
ステージ中、いつもはなるべく視線をとめないように、均一に視線が行くように散らしているけど、今日ばかりはやはり龍麻サンのほうにどうしても視線が行ってしまう。嬉しそうににこにこと笑顔で、しかもノッて歌を聞いていてくれることになんともいえない幸福感を味わっていた。今、この瞬間は如月サンじゃなくってオレ様をみていてくれる。そう思うと誇らしげな気持ちになれる。まだ少しは望みがあるんだろうか?心配してくれたり、おしゃれをしてきてくれたり、オレ様の歌にノッてくれる。
もしも龍麻サンが緑茶をすするよりコーラを飲むほうがホントは好きだとしたら?
龍麻サンが如月サンを好きだってみんな知ってるから、みんなは泣く泣く手をひいた。だけど、壬生サンみたいに諦めないで、側にいたらいつかはチャンスが回ってくるだろうか?黄龍を守護する玄武でもなく、表裏の龍でもない、ただのオトコのオレ様でも、チャンスはあるのだろうか?
ステージが終わって、ソッコーで後片付けをして客席を覗く。でも、そこにはもう誰の姿もない。
帰っちまったか?
慌てて外に出てみると、店の前には藤咲サン、高見沢サン、龍麻サンが立っていた。
良かった。
ほっとするのと同時に如月サンと壬生サンの姿を探してしまう。
「あれ?二人とも、ドコいったんすか?」
「さっきねぇ、ダーリンが嫌がってるのにぃ、無理にナンパしようとした人たちがいてぇ、今、片付けに行ってるのぉ。」
高見沢サンがにこにことしながら物騒なことを教えてくれる。
「雷人、悪いけど龍麻のボディガードをしてやってくれる?大丈夫だとは思うけど、一般人殺さないように釘をさしてくるから。」
うふふふと妖艶に含み笑いをしながら藤咲サンは路地に入っていく。なるほど、二人とも龍麻サンがナンパされてたとあっては平静でいられないだろう。藤咲サンのその台詞に妙に納得してしまった。
「あたしもぉ、二人とも防御が弱いからぁ、念のため治療にいってくるぅ。ダーリンをよろしくねぇ?」
高見沢サンも藤咲サンのあとに続いて路地に入っていく。あとにはオレ様と龍麻サンだけが残されてしまった。龍麻サンは二人の後姿を悲しそうに見送っている。
「なんでナンパ…?二人ともいたンでしょう?」
「トイレ、行ったの。で、出てきたら男の子に声をかけられて。やだって言ったんだけど、周り囲まれちゃって。…さすがに店の中で暴れられないし。」
「相手、何人ぐらい?」
「10人もいなかったかな。…ほんとは、私が援護に出たいけど、二人とも絶対に来るなって。」
龍麻サンはそう言ってつまらなそうに俯いた。
そりゃそうだろ?自分が嫉妬して怒っているところなど惚れたオンナにゃ絶対に見せたくないだろうし。
二人の気持ちがわかるオレ様は、慌てて話を切り替える。
「ライブ、どうでした?」
「あ、うんっ、すっごく楽しかった!!」
さっきまでのつまらなさそうな顔が一瞬でにっこりと、花が咲いたように綺麗に微笑んで大きくうなづいて弾むように言う。どくん、どくん。心臓が急に大きく鳴り出す。
「そっか、楽しんでくれて嬉しいッスよ。」
その答えに龍麻サンが満足そうに笑う。
「雷人の声っていいし、すごく好きなの。」
どっくん。心臓は『すごく好き』に反応して、人生でこれ以上ないくらいに血流量を増やした。
「龍麻サン…。」
オレ様の呟きに、なぁにと小首を傾げる仕草が可愛くて、このままどっかにかっさらっていってしまいたい。そうして、誰の目にも触れないように大事に護って、誰のものにもならないように龍麻サンの全てを奪いたくなる。
けれどもオレ様は龍麻サンには男としてどう映っているだろう。
「俺って、男として…どうですか?」
言ってしまってから、自分でもかなり変なことを口走ったと気付いて紅くなる。でも、急におかしなコトを聞いたのに龍麻サンは笑いもせずに、うーんと唸りながら真剣に考えてくれる。
「うん、イイ男だと思う。かっこいいよね?私よりも年下なのにずっと大人だし。」
イイ男!再び心臓がばくんばくんとフル活動する。もしかして、本当に、脈ある?
「お、俺、龍麻サンのことが…。」
「うん?」
黒目がちの瞳を大きく見開いて、不思議そうに首をかしげたままオレ様の言葉を待つ龍麻サンは天使のように可愛くて、悪魔のように魅力的で。思わず、オレ様は口に出すつもりもなかった感情を吐露させられていた。
「すっげー、好きです。」
1年にわたる思いを伝えると、龍麻サンはふわりと柔らかな微笑を返してくれる。
「うん、私もスキだよ?」
や、やっっっったぁっ!!!!心の中でガッツポーズ。
いざ、この手に龍麻サンを抱きしめようとしたときだった。
「終わったよぉ〜!!」
緊張感のない高見沢サンの声に、龍麻サンに伸ばしかけた腕がかくんと落ちた。くぅっそーっ!いいトコだったのにっ!
内心舌打ちをするオレ様の前で、龍麻サンは一瞬心配そうな強張った表情を浮かべて視線をオレ様の背後に走らせる。振り返ると、高見沢サンと一緒に如月サンたちも戻ってきた。
「翡翠!」
龍麻サンは慌てて如月サンの方に駆け寄った。
「け、怪我ない…?」
おろおろとしながら、怪我がないか全身をチェックする。
「ああ。簡単なもんだ。」
一般人相手に怪我することはないだろう。如月サンがふっと短く笑って答えると、龍麻サンは徐々に表情をくしゃっとゆがめていく。
「よ、よかった…。ごめんね、私がちゃんとしてればよかったのに…。」
泣きそうな顔をしている龍麻サンに如月サンは誰に向けるよりも優しい笑顔を浮かべると右手でそっと頭を撫でる。
「大丈夫。怖い目にあったのは龍麻のほうだろう?」
龍麻サンはとうとう泣き出し、如月サンは微笑みながら慰めるようにその細い肩を抱きしめて、ゆっくりと背中をさする。如月さんにすがってひくひくと肩をしゃくりあげているその様子に藤咲サンはやれやれといったように肩を竦め、高見沢サンは微笑んでいる。壬生サンは機嫌悪そうに、でも半ば呆れたように笑っていた。
自分のことよりも他人のことを心配してしまう性格は相変わらずで、そーいうトコ見ると、やっぱ龍麻サンだなぁって思って嬉しくなるけれど、同時に如月サンだから泣いてしまうほどに心配だったということが余計に心の痛みを酷くする。
そう、きっと龍麻サンのオレ様に対する好きは友達としての好き。肝心の龍麻サンの彼氏としてはどうかというと、おそらくそんなことは全く龍麻サンの頭の中にはないのだろう。龍麻サンの頭の中には常に如月サン一人だけが彼氏としての存在を許されてる。
壬生サンのようにそれに耐えて、なおも彼氏の座を狙うか、それともいい友達になるのか。それは難しい選択。あの壬生サンでも龍麻サンの天然の前には手も足もでないのだし。
そう考えながらオレ様はきっと呆けた顔をしてたのだろう。壬生サンはこちらをちらりと見るとさも愉快そうにくくっと笑う。
やっぱりばれてる。オレ様は軽く肩を竦めて見せた。
如月サンに宥められて龍麻サンは泣き止んだようで、時折しゃくりあげながらもなんとか眩しい笑顔を取り戻していた。
あきらめなきゃ。あきらめられない。
ずっと抱いてきた気持ちをそう簡単には捨てられない。だけど、いつかはこのアンビヴァレンスもなくなる日が来るのだろうか。
早くその日が訪れて欲しいような、ずっと訪れて欲しくないような。
数々のアンビヴァレンスを抱えたまま龍麻サンと如月サンを見つめていた。


                                                                                                 END

 

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