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最初から気に食わないと思っていた。アジトが急襲され、オデッサを失ったとわかった時に、あいつが、酷く済まなさそうな顔をしていて、それがやたらと癇に障った。
 オデッサが死んだのはファロンのせいじゃないってわかっていたけど、それでも、怒りの矛先を彼女に向けてしまったのは、自分の未熟さのせいだってわかっている。
 もっとファロンが気をつけていてくれれば、オデッサは死なずに済んだかもしれない。
 そんな考えがちらりと頭の中をよぎったのも事実。
 だけど、オデッサがオデッサである限り、それはもうどうにもならないことで、たとえファロンが気を付けていたとしても、いつかはこうなってもおかしくはないと、心のどこかで覚悟は決めていた。
 だから、カクに戻って一息ついて冷静になったところで、ファロンに酷いことを言ってしまったと少しだけ反省もした。
 いつかはオデッサの隣に立っても見劣りのしない男になってやると誓ったけれど、もうそれは叶わない夢になってしまって。永遠にオデッサの隣に立つこともなく、右側にいるはずの人の気配を失って俺はなんとも言えない空虚な気持ちを抱えていた。
 新しいリーダーとなったファロンはまだほんの子供で、グレミオやパーン、クレオと言った小さい頃からのお付に守られているようなお嬢ちゃんで、それがなおさら俺の癪に障っていたりもした。
 何の苦労もなく育ったお嬢ちゃんに、この戦いの意味がわかってたまるものかと、ましてや父親が敵側についているような人間のどこが信用できるのかと最初のうちは思っていたが、一緒に戦って行くうちに、それは誤解であることに気付き始めた。
 戦えば、まるで舞姫が優雅に舞うような体捌きで、次々と相手を倒していく。本人は息ひとつ乱さずに、優雅な動きに俺はしばしば見とれてしまうほど。
 本拠地には、俺が西へ逃げていた間に、彼女が集めた仲間たちがいて、みんな随分とファロンのことを慕って、そのつながりの強さが半端じゃないことを伺わせる。
 エルフやドワーフ、コボルトといったものまでファロンを尊敬して信頼している。
 ヒトにはあまり懐かないような種族にまで好かれているファロン。
 だけど、彼女はそれを意識することなく、当たり前のようにしているのは彼女の器の大きさのせいなのだろうか。
 
 
 リコンを訪れた時のこと。
 ファロンは道具屋に青い花のたねがあるのを知って、それを買い求めていた。
 一体、そんなものをどうするんだろうと尋ねて見ると、彼女はそれを花壇に蒔いて育てるのだと言い放った。
 「おまえなー。…そんな暇あるかよ。」
 ファロンののんきな発言に頭痛を覚えた俺が言うと、当の本人はきょとんとして返事をする。
 「暇…5分くらいでできると思うんだけど…。」
 「あのな…毎日、城へ帰れないだろ?」
 「…そしたら、ワインのビンに水を入れて、コルク栓に小さな穴を開けたヤツをはめて花壇にさしておけばいいんだよ。水は急には出ないけど、ぽとぽとと少しづつ出るでしょう?」
 その反論に確かにそうかもしれないと一瞬思ったけど、それでも苦い顔をしてた俺に慌ててファロンが付け加えた。
 「あとは瞬きの手鏡とかあるしね。ビッキーもいるし。」
 にこにこと脳天気に答えるファロンに、再び激しい頭痛を覚えた。
 「つーか、戦いのさなかにそんなことやってんじゃねぇっ!」
 「戦い、だからだよ。」
 怒鳴るおれにファロンは酷く冷静で真面目な顔で返答した。
 「…心が、荒んじゃうでしょ?心のバランス崩すと、考え方にも影響が出るし、戦いにも影響がでるから。…戦いばかりしていると感覚が麻痺してくるもの。何が正しくて、何がいけないのか、見失わないようにしなくちゃいけないよね。綺麗なものは綺麗、悪い物は悪いと、感じられるようにしておかないと、みんなついてきてくれないから。」
 その言葉に俺は虚を突かれ、言葉も出なくなった。
 横暴を重ねる帝国を打ち倒すための解放軍。それを指揮するのに、豊かな人間性を失ってはいけないのだった。
 お嬢ちゃんとバカにしてたファロンから当たり前といえば当たり前のことを教えられ、そのショックはまるでハンマーで頭を殴られたときのよう。
 「これね、竜胆も入っているんだって。…竜胆、知ってる?」
 ファロンはそんな俺の様子には全く気付かないようで、ニコニコとしながら尋ねてくる。
 「リンドウ…?…ああ、あの青紫の…。」
 「うん。…私ね、リンドウ大好きなんだ。…綺麗な色だよね。青の花って綺麗だし。」
 「青、好きなのか?」
 何の気なしに聞いた言葉に、ファロンは嬉しそうに大きくうなづいた。
 「大好き。」
 初めて見る満面の笑顔でそういわれ。
 俺は、ナニをトチ狂ったのか、まるで自分のことを大好きだといわれたように照れてしまった。
 「な、なにを…。」
 「赤い服着てるけど、ほんとはね、青が一番好きなの。」
 うふふと悪戯っぽく笑う顔にさらに心臓の鼓動はビートアップする。
 「…青い服、着りゃいいじゃないか。」
 どきどきと高鳴る心臓をなんとか押さえながらぶっきらぼうに言う。
 「そうしたいけどね、これ、父さんからのプレゼントだし。…それに、グレミオがこーんな眉吊り上げて『ファロン様は女の子なんですから、赤をお召しください。ただでさえ男の子に間違えられるんですから』って言うんだもの。」
 不満そうに唇を尖らせてグレミオの口真似をするファロンに思わず噴出してしまった。その真似があまりにそっくりなのと、グレミオならば確かにそんなことを言いかねないからである。
 「今の、グレミオには内証ね?」
 ファロンはそう言って笑ってから、大事そうに花のたねを自分の荷物の中にしまう。
 「…リンドウ…ちゃんと咲くといいな。」
 そう言うと、ファロンはにっこりと微笑んだ。
 「咲いたらあげるよ。…リンドウ、好き?」
 「ああ。好きだよ。…楽しみにしてる。」
 「うんっ!」
 嬉しそうな返事をして、ファロンは再び荷物を片付け始めた。
 その小さな背中を見ながら、ふと思う。
 もしかしたら、本当にファロンならオデッサの悲願を叶えることができるのかもしれない。
 種族を越えたものたちにも愛されるファロン。
 リーダーたる器を本人の意識しないうちに備え、その大きさは俺の思いなど遥かに越えているかもしれない。いや、きっと大きいに違いない。
 なによりも、あのオデッサが見込んだ人間なのだから。
 
 
 
 
 
 END
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