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2000/9/24(
Vol.4
   えのしま
江ノ島

鎌倉目次   高徳院

 神奈川県の志賀島(しかのしま)、江ノ島。(←コラコラ(^^;)
 でも本当に共通点があるんですよ。
 江ノ島は龍神伝説が残る所。神社も、お寺も、水族館も、
 植物園も、ヨットハーバーもある盛りだくさんの島なのです。
 
 ▼軒先から海まで砂の道
 ▼魅惑の参道3人の女神達
 ▼ピンクとヌード夕日はどこへ?
 ▼わな・ワナ・罠・WANNA?


このページの先頭 上 下 このページの最後 軒先から海まで
2000形とレトロ電車 鎌倉から藤沢までをつなぐ江ノ島電鉄。
略して「江ノ電」の創業は 1900(明治33)年。
1世紀にも渡る古い歴史を持っています。
 
鎌倉・湘南をウロウロしたいという人に
お勧めなのが、江ノ電1日乗り放題チケット「のりおりくん」。
施設の割引特典も付いているのでお得です。
私達もこのチケットを買い、鎌倉を満喫しました。
 
TVや雑誌で採り上げられることが多い江ノ電。
500形 あのお馴染みの、濃いグリーンとクリーム色の
ヨーロピアン調の車両をイメージしていましたが
鮮やかなブルーのレトロ電車
グッドデザイン商品に選ばれたという
近代的な車両もあり、少しビックリ。
 
そしてそれらは、商店街や家の軒先をかすめて
走り抜けたと思えばを車窓に映しながら走る。
また、鉄橋やトンネル、高架線、車と同じ道を走ったりと
約 10km の距離の間に様々な景色を私達に提供してくれます。


このページの先頭 上 下 このページの最後 砂の道
江ノ島駅 山小屋風の江ノ島駅を降りて江ノ島へ向かいます。
ちょっと距離があるのですが
島への道も楽しそうなので歩いてみましょう。
 
江ノ島は周囲約 3km、最高海抜60.4mの平坦な島で
大昔(13万年前?)には海中にありました。
そして8万年前、海から出てきたのだそうです。
その時はまだ、海に浮かぶ島でした。
 
やがて、島に進路を妨げられた沿岸流が砂を運んで
砂州(さす)という地形を造り、陸続きになったのです。
砂州で繋がった島を陸繋島(りくけいとう)、
江ノ島大橋と江ノ島弁天橋 その砂州のことを陸繋砂州またはトンボロといいます。
 
福岡市の海の中道も同様で、
幅50m、長さ4kmの大きさがあり
鉄道も走り、海浜公園などもあります。
ちなみに北海道函館市、和歌山県串本町、鹿児島県里村は
日本三大トンボロ(陸繋砂州)として知られています。
 
さて、江ノ島へ渡る江ノ島大橋の長さは約 600m。
歩行者は江ノ島弁天橋を渡ります。
左右に広がる海や、歩道の端にある
サザエの壺焼き屋を横目に歩きます。
海の色が茶色なのが気になりますが・・・


このページの先頭 上 下 このページの最後 魅惑の参道
青銅の鳥居 江ノ島に着いてまず目にするのは
新鮮な海産物を売る店。
あぁ、ここが福岡の自宅に近いなら買うのに!
 
そして青銅の鳥居が建っています。珍しいですね。
鳥居の奥にも色々な店が並んでいます。
土産物屋、飲食店、旅館などを覗き見ながら歩いていると
ハマグリ なんだかいい匂いが・・・磯の香りと
醤油の香ばしい香りが鼻をくすぐります。
 
おおっとぉ〜、ハマグリだぁ!
これは買うしかないでしょう。食べなきゃダメでしょう。
焼きたてのアツアツを2人で頬張ります。
海のそばって、いいですよね。


このページの先頭 上 下 このページの最後 3人の女神達
江島神社入り口 参道の奥に建つ赤い鳥居と瑞心門。
これが江島(えのしま)神社への入り口です。
 
辺津宮(へつのみや)、中津宮(なかつのみや)、
奥津宮(おくつのみや)を併せて江ノ島神社といい
それぞれ女神様が祀られています。
海の安全大漁を祈願したのが始まりでした。
 
どうせなら、全部の女神様にお会いしたかったのですが
瑞心門 この後の予定もありますし
ちょっとした階段があるようなので
入り口に1番近い辺津宮だけを参拝することにしました。
 
でも一応、階段を上る「エスカー」という
有料の乗り物があるので時間がある方は利用されるといいでしょう。
乗り物というか、エスカレーターみたいなんだけど・・・
上りだけがあって下りがないので、半分だけ取って
「エスカー」と言うとか言わないとか・・・ホント?


このページの先頭 上 下 このページの最後 ピンクとヌード
ピンクの絵馬 田付津比売命(たきつひめのみこと)が
祭られている辺津宮。
1206(建永元)年に創建され、古い歴史があるのですが
現在建っている社殿は1976(昭和51)年に改築され結構新しいです。
 
それより気になったのは、このピンクの絵馬
縁結びの神様としても知られているそうなので、納得。
財天堂  
この弁天堂と呼ばれる建物の中で
妙音(みょうおん)弁財天という
の弁天様に会うことができます。
 
芸能などに御利益があるとのことですが
全裸で(多分)琵琶を手に持つ弁天様は
江ノ島からの眺め とても色っぽく、真っ白なお肌も美しいのです。
皆様にお見せしたいと思ったのですが
写真撮影禁止だったので、悪しからず。
 
さて、なんとなく歩いてここまで来ましたが
いつの間にかこんなに高い所まで登って来ていました。
駅から歩いて来た道があんなに遠くに・・・


このページの先頭 上 下 このページの最後 夕日はどこへ?
稲村ヶ崎 かながわ景勝50選のひとつである稲村ヶ崎(いなむらがさき)。
桑田佳祐監督の映画「稲村ジェーン」の舞台として
ご存知の方も多いと思います。
岬にある展望台は、富士山をバックに
相模湾に浮かぶ江ノ島が見えるという
絶景ポイントとか。ふふふ、富士山!? そりゃー、行かなやろ!
 
・・・って、あれれ。もう夕方。
かながわ景勝50選 それじゃ富士山を拝む(?)のは無理だわねー。
では海に沈む夕日でも見ましょうか。
・・・って、あれれ。もう夜だ。
夕日も見られなかったってこと? がびーん。(←死語)
 
公園内にある、ボート遭難の碑を見つけました。
1910(明治43)年の冬、12人の学生が乗っていたボートが
沖で転覆、遭難しました。全員が死亡するという、
ボート遭難の碑 とても痛ましい事故でした。
 
海の底で、小学生の弟を抱いた兄弟の遺体が
見つかったことから、慰霊碑としてその像が建っています。
 
湘南といえば夏の海やサーフィン、
おしゃれな店が並ぶ海岸線など
明るいイメージしかありませんでしたが、過去には
こういった悲しい事故の舞台でもあったということを
考えさせられました。


このページの先頭 上 下 このページの最後 わな・ワナ・罠・WANNA?
極楽寺坂切り通し? 海がある南方を除き、全て山で囲まれた鎌倉。
頼朝は山を切り崩し、各地と繋ぐ要路を造りました。
それが切り通し(きりどおし)です。
要路は7つあるので七切り通し、
または七口(ななくち)とも呼ばれます。
 
この要路は単なる交通路だけではなく
鎌倉への敵の侵入を防ぐ役割も担っていました。
切り通しは、道幅も狭く険しいし
も仕掛けられていたそうです。
頭上から岩を落とすこともあったとか。怖いですねぇ。
 
・・・で、この写真なのですが。一体何でしょう?
一体何なのでしょう? 実はこれ、
極楽寺坂(ごくらくじざか)切り通し辺りのはずなのです。
なぜ「はず」なのかというと、真っ暗になってしまって
本当にここが切り通しの近くなのか自信がないのです。
 
さすが自然いっぱいの鎌倉、夜が来ると辺りは
看板や標識か何かを探しましたが
暗くて何も見えません。あ〜あ・・・
ちなみにこの極楽寺坂切り通し、藤沢方面や
京都を結ぶ道だったのだそうです。
 
さて、これで鎌倉旅行記は終了です。
日帰りのため、駆け足での観光でしたが
とても楽しく、盛り沢山の1日でした。でもきっと、
鎌倉について私達が知ったことはほんのわずかな、
表面的なことだけだと思うのです。


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