大学院生の就職活動

 事例にはまだいれていないけれど、この時期にもかかわらず、またいくつかの相談が届いた。大学院の学生、学位のための準備は順調で中間発表もクリア、就職活動の結果来年の就職先も内定を受けた、という時点で、教員の感情を害したためにゼミの出席も許可されず中退をいいわたされている、というものだった。これは、事例の11にあげたトラブルと良く似たシチュエーションともいえる。

 共通しているのは、教員にとって学生が就職活動で研究室を空ける、という事態そのものが我慢ならない場合がある、ということ、そして、それによって教員の心証を害した場合、研究の成果があがっているかどうかとは別の観点から、指導教員として学生の中退を決定してしまう、ということ。さらに、同じ学科の他の教員に相談しても、指導教官と学生の関係には他の研究室の教員は割り込めないということで「残念で気の毒だけれどなにもできない」といわれるだけ、ということ。

 現在、大学院の学生数は一時期に比べると非常に多い。また、修士でも一年次のうちに就職活動を開始しないと就職先をみつけるのが困難な状況もある。指導教員が学生の就職先に強力なコネクションを持っている場合はよいが、それが期待できない場合に学生は生活を研究室と就職活動とにひきさかれることになる。平成の現代でも、自分の研究室から民間企業に就職した学生を一人もだしたことがない(過去の卒業生は全員博士課程に進学して、なんとか研究者になっていったため)教授、といったものまだ残っているのが大学である。そもそも学生が就職を希望する、ということ自体が了解されないような、そのような状況では、学生の行動に対する理解を求めるひとははなはだ困難なこととなる。

 とりあえず、建設的ではないがいくつかのアドバイスはできると思う。数々の事例に接してきて思うこと、共通していることは、学生側は「先生はわかっている」と思い込むことから問題がこじれていることが多い、ということだ。信頼が、隙を産み、足元をすくわれている。しかし、これは、ちょっとした注意によって避けることができる。

 まず、就職活動を行う場合はそのスケジュールを常に指導教官に対して事前に明確にしておくこと。それも、口頭伝達ではなく、紙に書いた物として明示しておく必要がある。多いのは、学生は教員に伝えたつもり、であるのに教員の方は「覚えがない」というものだ。口頭では、たとえ相手の目をまっすぐにみながら何度となく念を押したころで「忘れてしまう」と終わりである。紙の場合でもなくされては終わりだが、とりあえず、他の人の目にもとまれば多少は状況は良い。無断で勝手にいなくなったと思ったら就職活動なんかしていやがった、ということだけは避けるように。

 ゼミ、宴会等の研究室行事には多少無理をしてでも参加すること。できない場合はやはり文書として参加できない旨を明らかにしておく。宴会の場合は幹事役の人にメモを残していく程度でもよい。ゼミの場合は卒業の要件である場合もあるので、事前に指導教員に相談しておく。これも、無断で欠席したと思われないように注意する必要がある。

 その上で、時間がどんなに不規則になろうとも、研究室にはできる限り顔を出して、自分の存在を教員にアピールしておく必要がある。誰もいない時に顔をだしてもあまり意味はなく、「ああ、きているな」ととりあえず教員に印象付ける、ということをするのである。姑息な手ではあるが、往々にして教員の中には学生があげた成果ではなく、集団の一員としてなにかをしている図、の方に安心をおぼえるタイプがいる。極端なことをいえば、研究の結果がほとんどでていなくても毎日研究室の机や実験台の場所にいればそれだけで卒業はなんとかなる、ということすらあるのである。

 もちろん、健全な企業の中には内定後に大学院を中退となっても待遇面では多少落ちるかもしれないがそのまま受け入れてくれる、というところもある。ただ、歴史や人脈を重んじるタイプの会社では、中退となると内定も取り消しとなる率が高くなることを覚悟しておく必要がある。原則としては、中退・留年は内定取り消しと同義であると思っておくほうがよい。さらに、大学に入るのであれば年齢は関係ないが就職の場合は年齢が重視されることもある。学年によっては、留年が著しく就職に不利に働くこともあることを覚悟しなくてはならない。

 現在の日本の大学システムでは、ある研究室で教員と学生との間にトラブルが発生したとしても、それを仲裁するような仕組みは存在していない。大学というシステムの中のフローである存在の学生は、そのまま退学、中退、という扱いを甘受せざるをえなくなることがままある。卒業直前に、「君は態度がまじめではなかった(就職活動にあけくれて研究室に顔をださなかった)から、もう一年やりたまえ」とか、「むいていないから、今からでも他の業界にうつったほうがよいね、中退しなさい」といわれて途方に暮れることのないように、みなさんには周到な就職活動をすすめられることをおすすめする。

1998.06.