FROM TK 2013


2013/12/30
「月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人也・・・」とは、「奥の細道」の序文冒頭ですが、筆者も芭蕉の心情がわかる歳となりました
「展開一番」を携えての旅は十年を超えましたが、目的地はまだ先のようです
今年も残りあと一日となりました、来年も一人旅を続けて参ります、ご支援のほど宜しくお願いいたします
とまれ、皆様もよい年をお迎え下さい



2013/12/04
紅葉には少し早い11月上旬に、妻と京都に出かけました
自宅を7時前に出ると、8時に京都駅、9時に嵯峨嵐山駅に着きます
そこから、天龍寺、野宮神社、龍安寺、下鴨神社と廻り、京都駅に戻ったのは15時前でした
今回は、買ったばかりの「GPSロガー」(一定時間ごとにその場所の経度と緯度を記録する機器)を持って出かけました
龍安寺と下鴨神社の間で迷子になったため、タクシーを利用することにしましたが、目的地までの経路が不自然で釈然としませんでした
帰ってから「GPSロガー」の記録を調べてみると、(鴨川に架かる)出雲橋を渡ってから北へ五百メートル程走り、そこから下鴨中通りに出て南へ走り、下鴨本通りにぶつかるとUターンして北へ同じ距離を戻り、神社の北側に位置する小さな参道入口で降りたルートが記録されていました
タクシーの運転手は、車の軌跡が記録されていたとは夢にも思っていなかったと思います
ところで、筆者は、手帳の日付欄に時間と場所を記入しています(例外的に状況を追加することもあります、例えば、A氏告別式30K、B社懇親会、食事(C/D/E)、F購入156K、終日風邪寝・・・[KはKiloYenで千円のこと])
ほとんどの日は、「10:G社12:20 13:K-Office16:30」のような簡単な記述になっています
30年以上このスタイルで記録を続けていますが、後日、ある日の行動を確認したいとき、これらの情報だけでその日の様子をかなり正確にトレースすることができます
特定の個人が何時何処にいたかの(継続的な)記録だけでも、当該個人のライフスタイルや生活信条が明らかにされると思います
これに、メール等の情報と、お金の流れがリンクされれば、個人のプライバシーは、ほぼ丸裸状態に置かれます
秘密にしておきたいことは誰にもあると思いますが、歳をとると記憶が曖昧になり、なにを秘密にしていたかを忘れるようになります
思い当たることがあったので、、「展開一番」公開時からの「FromTK」を読み返してみたら、2003年9月11日の記録に、「展開一番」の(公式ではない裏の)名前の由来を秘密にすると書いていました
そこで、公開10年を記念して、名前の由来を明らかにしようと思います
TenKai一番 → TK一番 → TosioKomiyama(筆者)が一番、という他愛のないものですが、唯我独尊を公にするのは気恥ずかしいものです
もう一つの名前の由来は、もっと刺激的なので、あと10年したら公開しようと思います
10年後に生きていて、覚えていれば、ということになりますが・・・


2013/08/09
夏休みを取って実家でのんびりしています
この季節になると、父と行った(半ば強制的でしたが)草毟りを想い出します
小さな庭でしたが、苔が生えているため丁寧に雑草だけを取り除かなくてはならず、暑さに加え時間が掛かることから、子供にとっては辛い作業でした
取り掛かる前には、こんなに沢山の雑草を取りきれるかしらとウンザリしたものでしたが、30分経ち、1時間するうちに確実に雑草の量は減ってゆきました
全部の雑草を取り除くのに何時間掛かったのか、今では記憶が定かではありませんが、小さな作業(努力)の積み重ねが重要なことを教えられたと思っています
社会に出てからも、多くの人から、色々なことを学びました
社会常識的な事柄の他にも、例えば・・・
ある先輩の会計士からは、「ハウツー本は読むな」「会計士という職業に就いている限り株取引はするな」などと、教えられました
ある一流企業の経理部長さんは、「面倒だから、あるいは、重要でないからというのは、(会計数値を)訂正しない理由にはならない」と言われ、誤りは正すというそのシンプルで真摯な姿勢に感動したものでした
日本を代表する企業の役員さんと同席したとき(宴席の端に連なっていただけですが)、真夏でも背広(もちろんネクタイも)を着用する理由を説明して下さいました
その後、夏の銀座線の虎ノ門駅で、制服を一分の隙もなく着込んだ将校と思われる英国人に遭遇したときにその真意がわかったような気がしました
筆者も歳を重ね、若い世代を導く立場になりましたが、多くの若者は年長者のいうことに耳を傾けません
「卒啄(そったく)同時」という言葉がありますが、どうもうまく行かないようです・・・そういえば、わからない言葉があればその場で辞書を引いて調べる癖を付けなさいとも教えられましたが・・・

(註)「そったく」の「そつ」は正しくは口偏に卒と書きますが、JIS第三水準の漢字なので便宜上「卒」の字を当てました
卒業式の「卒」ですが、漢字の奥深さに驚かされますね
因みに、「IPAmj明朝フォント」にはこの文字が含まれています


2013/05/27
第二回将棋電王戦において、プロ棋士が将棋ソフトウェアに敗れました
プロ棋士は、四段が二名、五段、八段、九段が各一名の計五名で、五種類のソフトウェアと戦い、結果は一勝三敗一分けでした
チェスに続き将棋でも「人間がコンピュータに敗れた」といった論調でのマスコミ報道が多かったように思います
このような報道から、筆者は以下のことを考えました
第一に、将棋ソフトウェアは、製作者が考えたロジックに従い、与えられた条件から最適解を計算しただけであり、この戦いは人間と人間との戦いであったということで、「人間がコンピュータに敗れた」という表現は正しくないのではないか
そして、非プロがプロに勝てた理由は、膨大なデータを蓄積しこれを瞬時に演算処理するツール(コンピュータ)を利用したからではないかと・・・
因みに、最終戦で使用されたソフトウェアは、800台のPCを連携させて1秒間に2億8000万手を読むことができると解説されていました
第二に、日本将棋連盟はなぜ将棋ソフトウェアとの対戦を認めたのか、そして、その決定は正しかったのか
連盟は、プロ棋士がソフトウェアに負けるようなことがあれば、その権威に疵が付くと考え、対戦を禁止するのが当然であったように考えられます
しかし、連盟は二年前にソフトウェアとの対戦に踏み切っています
筆者の勝手な思い込みですが、その背景には若手棋士の台頭があるのではないかと考えています
将棋の愛好者を増やし、その底辺を拡大するために将棋ソフトウェアを積極的に利用する、一方、ツールに左右されない(人の技量と技量との)勝負に価値を置く人も大勢いる・・・若い棋士はこのように考えているのではないかと思います
若手の考えが連盟の決定に影響を与えたとすれば、それは時代の流れから大きく外れてはいないでしょう(ただし、時代の流れが正しいという保証はありませんが・・・)
現時点ですでに、情報の蓄積、検索、演算、伝達について、コンピュータの利用技術は人間の能力を超えています
これらは、「2045年問題」「技術的特異点」などとして以前から取り上げられています(悲観的になるのであまり考えたくはありませんが・・・)
これからは、人間とコンピュータの役割を峻別し、人間中心の考える社会を構築していくほかないと思います
「展開一番」は、会計業務において必要となるツールの集合体として設計されています、どのように使うかはユーザが決めるという意味において、人間とコンピュータの役割は判然と区別されています
考えることを中心に置いたソフトウェアとして利用していただければ幸いです


2013/02/17
妻と散歩を兼ねて外食することが、休日の通例となっています
筆者が住んでいる近くに、若者に人気のK町があります
冬晴れのある日、たまには変わったところで食事をしようということになり、K町の外れにあるAというレストランを見つけ入りました
そこは北欧料理のお店で、店内に見覚えのある馬の置物が飾ってありました
その赤い馬の置物は、三十数年前に、K町から少し離れたT大学の前にあったDというスエーデン料理のお店の看板になっていたものでした
筆者にとってDは、想い出の深いお店でした、シェフのOさんとは妙に気が合い、テニスをしたり、クリスマスのパーティに招待されたり、メニューにない料理をご馳走になったりしました
DとOさんは、筆者の独身時代の最後を鮮やかに彩ってくれました(なぜ「独身時代の最後」かは秘密です)
そのOさんのお弟子さんのKさんが、Dの閉店後、K町に近い公園の側にGという北欧料理の店を構えました、Kさんとその奥さんにも、筆者の家族は随分お世話になりました
そのKさんも長野県にお店を移し、筆者も一度だけですが食事をしに遠出をしたことを覚えています(Kさんご無沙汰しています、運転が苦手なので食事に行けなくてゴメンナサイ)
ここで話が最初に戻り、AのシェフはGで10年間修行されたと聞いて吃驚し、出された料理を懐かしくいただきました(素材や味の系統は同じでしたが少しだけ甘くなっている印象でした、美味しかったです)
Oさんは福島県の山奥でゲストハウスを経営されています、無事に辿り着けるか不安ですが、昔の味を確かめに行ってみたくなりました
展開一番は今年で10年経ちますが、そのずっとずっと前を想い起こさせてくれた一日でした