「平和問題ゼミナール」
(旧)ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)
選んでください!
最終更新 0:08 98/10/29
第8回配信
空爆騒動のあとさき

旧ユーゴ大地図にリンク
ベオグラード
   すわ空爆!?   

   NATOのユーゴ空爆(?)騒動で忙しくしていました。一部の方にはご心配もおかけしたようですが、日本のテレビの取材通訳を務めたりしながら何とか元気にやっています。で今回はわが町ベオグラードの近況を中心に書きますが、この空爆の話の背景になっているコソヴォ紛争に関しては前回のレターで少し詳しく書きましたので、併せてお読みいただけると幸いです。
   おそらく皆さんもご存知だと思いますが、コソヴォ紛争が長引きなかなか政治交渉が始まらない中、業を煮やした欧米が北大西洋条約機構(NATO)によりセルビア警察・ユーゴ軍の施設をミサイル・空軍兵力によって破壊する形の介入を示唆したのが事の始まりでした。地元紙が「アルバニア人のいるコソヴォではなく、主要軍事施設(対空兵力やレーダー施設)のあるベオグラードなどセルビア本国が空爆対象」と書いてからが大変でした。9月末ごろのこちらのチャットで専らの話題は空爆、気の早い知人の中にはパニック状態に陥る人々も出てきました。「まだNATOもすぐ動ける状態じゃないし、政治的にまたミロシェヴィッチ・ユーゴ大統領がグタグタ長引かせているだけだよ」と言っても、「でもCNNやBBCのインターネットサイトでは軍事介入へ、なんて書いてるわよ・・・」。
  市民が買いだめたものは  

  地元紙の報道によれば、この騒動のあった10日間でセルビアの最有力国営系スーパー「Cマーケット」ではひと月分の売上に相当する量の食用油63万本が売られました。この間同スーパーの総売上も20%増を記録、油の他にも小麦粉、乾燥食料品、缶詰、クッキー、水などの基本食料品が多く売れたといいますから、最悪の事態を考えた市民がいかに多かったかが分かります。
  米CNNの報道によれば、セルビア中部では第二次世界大戦時のシェルターをまた掘り出して防空壕に使おうと考えていた人がいたとか。

   ところが10月第2週に入るとどうも状況がシャレでは済まなくなってきました。公共施設や国営企業では空爆時のための緊急避難や備蓄についての行政指令が出るし、市民レベルでも買いだめに走る人が出てきました。欧米諸国に続いて日本の外務省も退避勧告を発令。アメリカはボスニア和平の立役者ホルブルック次期国連大使を特使として派遣、NATO出撃に青信号の出る中、ミロシェヴィッチ・ホルブルックの土壇場での会談が連日深夜まで続き、13日の合意に至って何とか空爆が回避されたわけです。
   私はボスニアの戦争の時にも大使館から退避勧告を受けて従わなかった「前科者」ですが、また居残ってしまいました。退避勧告は行政指導で法的拘束力はありませんので何か特別悪いことをしているという思いはありませんが、逆に危険を承知で勇敢なことをやっているという変なヒロイズムにひたるつもりも、このページで宣伝するつもりもありません。もし外務省か在ユ日本大使館の方がこのページを読まれたら悪く取らないで下さいね。
最近の週ごとの動き(8月、9月の動向はこちらを参照して下さい)

10月第1週(9月28日ー10月4日)  セルビア議会は「テロリスト掃討終了」宣言を採択、警察特殊部隊撤退、臨時行政府設立を決定。南部スーヴァ・レーカ付近で小規模戦闘継続。コソヴォ人権自由委員会は最新の統計を発表(8月第5週参照)「1月14日以降死亡1472名、うち女性162、子供143」。中北部ドーニェ・オブリーニェでアルバニア人18人の虐殺死体が発見される。CNNなど米英メディアでセルビア叩きの機運再び高まる。ヒル特使再びベオグラード、プリシュティナへ。露議会は「安保理決議なき軍事介入に反対」。イワノフ露外相、ユーゴ軍要人と会談。米英西の在ユーゴ各大使館は退避勧告。

10月第2週(5日ー11日)  軍事介入をめぐり政治的緊張高まる。アナン国連事務総長報告は判断保留、NATOは準備を進め軍事的には出動OKの段階へ。米ヒル、ホールブルック両特使はベオグラード、プリシュティナで外交努力継続、マラソン交渉となる。ブラトヴィッチ・ユ首相「戦争の危機に直面しているが戦争状態宣言(非常動員体制)は見送る」。ベオグラード公共機関で準非常時体制、年末までの臨時増税により食品等平均2%値上げ、中立系メディア「ラジオ・センタ」、「ラジオ・インデックス」事実上の放送禁止。露政府は安保理決議に拒否権発動へ、露軍上層部は空軍演習を行いセルビア支持、反NATO色を鮮明に。欧米各国外交関係者がベオグラードを退避、日本外務省も家族等退避勧告に続きユーゴ在留邦人退避勧告。

10月第3週(12日ー18日) NATOは指揮権を中央に委譲、形式的にも出動OK、土壇場でのミロシェヴィッチ・ホールブルックのマラソン交渉続く。NATO、セルビア政府に96時間の猶予(のち27日まで再延長)。ミロシェヴィッチ・ホールブルック合意発表、コソヴォにOSCE監視団派遣、NATOが上空から哨戒飛行、など。合意を受けソラナ、クラーク(NATO)、ゲレメク(OSCE)ら要人がベオグラードで調印。解放軍とデマチは玉虫色の反応。NATO哨戒飛行開始、OSCE先遣隊到着。中立系日刊紙「ナーシャ・ボルバ」「ダナス」「ドゥネヴニ・テレグラフ」発禁処分。

10月第4週(19日ー25日)  コソヴォで解放軍、ユーゴ軍を攻撃。セルビア勢力の撤退続くが一方各地で小規模戦闘。セルビア体制系タンユグ通信記者、解放軍に誘拐さる。デマチは解放軍の徹底抗戦を強調。米「セルビア勢力の撤退は全面的ではないが評価できる」見解を発表。ホールブルック、ソラナら欧米要人は「まだ安保理決議による義務が実行されていない」旨ミロシェヴィッチに警告。国連安保理はコソヴォに関する新決議(#1203)を採択、初めて言論の自由の阻害についてセルビア当局を非難。中立系メディアの禁止処分に各紙記者ら抗議集会。

   ミロシェヴィッチの夜郎自大   

   13日のホルブルック・ミロシェヴィッチ合意の結論は詳細までは分かっていませんが、ホルブルックの記者会見やその後の動きを総合するとおよそ以下の通りです。

  • セルビア勢力の撤退を義務付けた国連安保理決議(#1199)が履行されるまでNATOによる「最後通告」が発令されたままの状態は続く。
  • コソヴォへの全欧安保協力機構(OSCE)の監視団2000人の非武装展開を認める。任期は1年。ロシアはこれに積極参加。
  • NATOの軍用機が非武装で(当初合意は非軍用機)上空の哨戒に当たる。
  • ユーゴ側は監視団の安全と移動の自由を保障する。

   結局これはミロシェヴィッチの政治的敗北ではないか。この春には「コソヴォでの外国監視団の展開を認めるか」という国民投票(結果は否決)までやってコソヴォで強硬な政策を推し進めてきたのですから。今後は監視団の展開下でセルビア警察もユーゴ軍も滅茶苦茶なことはできませんし、何よりコソヴォの広範な自治権か独立がかかった政治交渉を始めなければなりません。
   しかし、13日の国営テレビに現れたミロシェヴィッチの短い演説は、自分の政治的勝利をうたう強弁そのものでした。自分こそは最初から平和的にやろうと思っていた。けしからん欧米の武力威嚇を自分が退けた。そう言わんばかりです。

  ミロシェヴィッチ演説(要旨)  

  市民の皆さん、コソヴォ問題に関して、平和的、政治的に解決すべく合意に達しました。これによりわが国に軍事介入がなされる危機は去ったのであります。 合意内容は、コソヴォのあらゆる民族・市民の平等を強調するものです。近日まで私たちは大きな圧力を受けていましたが、問題はやはり政治的に解決される方向に定められました。これはセルビアとコソヴォの住民全員の利益と国益に合致いたします。問題の政治的解決とわが国の経済復興の推進が今後の課題です。私たちの主権と尊厳、領土の保全を支持してくれた世界の皆さんに感謝いたします。
翌14日の新聞は保守系(ポリティカ=左)、野党系(ナーシャ・ボルバ=右)とも1面にミロシェヴィッチが登場、勝ち誇る内容の演説が掲載されたが・・・

   騒動のとばっちりと市民の感覚   

   この騒動の最中、セルビア・ユーゴ両議会で非常時の情報体制に関する政令が可決されました。うかつにも私も事の重大さに気がついたのは上の合意があった後だったのですが、今はこの空爆騒動のとばっちりが大きな問題になっています。
Ljubaznoscu g. Predraga Koraksica-Corax-a
実際の力関係はこんなもんでしょう(コラックス画=アメリカのトマホークに潰される?ミロシェヴィッチ)

   ラジオ自由ヨーロッパ、英BBC、ドイチュ・ヴェッレ(ドイツの声)など、冷戦時代に反共プロパガンダを目的として西側メディアが東欧諸国の言語で流していた短波放送が今でも健在なことは前にもこのページで書きましたが、これを短波ラジオを持っていない人のためにいくつかのFMラジオ局(主に中立系)が番組として流していました。まずこの番組の放送が禁止され、続いて体制に批判的なラジオ局が閉鎖処分、さらに代表的な日刊紙「ナーシャ・ボルバ」、「ダナス」、「ドゥネヴニ(日刊)テレグラフ」などが相次いで発禁となりました。一昨年、昨年の反体制デモで頑張ったラジオB92や週刊誌「ヴレーメ」はまだ健在ですが、これでは日刊紙に関しては全部翼賛体制です。
   私も慌てて問題の政令(のちに法律としてセルビア議会を通過)を読んでみました。

   NATOによる武力攻撃の脅威が続く条件下での特別対策
  第7条
 報道は領土の全体性と主権、独立を守る市民の権利・義務に沿って為されなければならない。
  第8条 脅威が続く間、国益に反し恐怖やパニック、敗戦主義を広めるような、あるいはセルビア、ユーゴ市民の非常時準備に否定的影響を及ぼす外国報道の再放送、掲載を禁ずる。
    報道機関は放送・掲載によって敗戦主義を広めたり、民族・国家の利益を体現する議会決定に反する活動を行ってはならない。このような他報道機関の活動があった際は放送・掲載内容によって対抗する義務を負う。
  第10条 第7条を履行しない報道機関は活動を一時禁止する。

   NATOの脅威が続く間、という条件がついて、しかも一時禁止となっているところがミソで、また国際的な圧力が高まれば撤回できるようにはなっていますが、それにしても日本の戦時中の情報統制と変わらないではありませんか。ウォッチャーの間では、この統制はミロシェヴィッチの西側への譲歩、政治的敗北を知らせない(一般市民に意識させない)がための操作だという見方が一般的です。
   この法律が有効なのはセルビアだけなので、モンテネグロの中立系日刊紙「ヴィエスティ」が早速「ナーシャ・ボルバ」「ダナス」を中に閉じこむ形にしてベオグラードでも発売を始めました。「ダナス」紙は近くモンテネグロで再登記して発行する見込みです。
   「日刊テレグラフ」のチュルヴィヤ主幹ら中立系メディアの代表者は連日のように会合を開き、「思想と言論の自由が妨げられている」と抗議しています。このページを応援してくれている諷刺漫画家のコラックス氏(第7回配信参照)も主にこうした中立系メディアに作品を発表していましたが、「第二次大戦の時の情報統制なんかは映画で時々出てくるけど、これは映画よりひどいね」と憤りを隠しません。また民主党などを中心とする中道系・親欧米系野党(一昨年選挙をボイコットしたため現在議会には全く参加していない)は先日「ミロシェヴィッチの政治的敗北を認めさせ、選挙へ向けて運動していく」ことで合意しました。が、この問題に対する抗議はまだまだ大きな市民の声となるには至っていません。セルビアではしばらく報道の暗黒時代が続きそうです。

  何で郵便局までが祝電を打たなければならないのか!  

  セルビアの保守系論調を代表する日刊紙は「ポリティカ」ですが、最近のミロシェヴィッチ礼賛一辺倒にはちょっと呆れてしまうものがあります。左の写真はこの夏の同紙の一頁ですが、アルバニア北部から「テロリスト」(コソヴォ解放軍)への武器の流れが地図入りで大々的に解説されています。それはそれで分かるのですが、もう少し民族間の憎悪を押えるような書き方は出来ないのかな、と読むたびに思ってしまいます(あまり進んで読もうと思っていませんが)。
   13日の合意の翌日の同紙にはセルビア各地からミロシェヴィッチに寄せられた祝電、祝辞が何と2ページ半にわたって掲載されました。与党社会党の地方支部や青年部だけではなく、電力・郵便などの公社や南部のプラスチック工場、北部の住居公団などからも送られてきています。中部クラリエヴォの電力公社長「3300人のわが従業員を代表し、ミロシェヴィッチ大統領の先見の明にあふれる賢明な政策の成功をお祝いいたします。これによりわが国の領土と独立は守られました・・・」他にも大衆紙などがありますが、レベルは似たり寄ったり、と言ったところです。

息子を兵隊に取られないようにするには

   息子が18歳になった夫婦。来年この息子は徴兵で軍にいかなくてはなりません。コソヴォに配置になれば前線に送られるかもしれないし、全然関係ない北部でも今度はNATOの空爆対象になるかもしれません。大学へ入れば徴兵猶予がありますが、高校の成績は惨憺たるものでしたし・・・(内容はもちろん冗談ですが実際にあった会話をもとに構成しています)
「まだ戦争前の話だけど、新興宗教団体×××の人が、教義上の理由で武器は手にできないから、って武器を触らずに徴兵を終えたそうよ。他の人よりは長期間だったらしいけど」
「でもウチの子は洗礼も受けた正教徒だぜ」
「思いっきり太って250キロぐらいになれば不適格になるんだけど」
「だったら医者にコネをつけてニセの診断書を書いてもらうほうが早いな。精神病院はオレも行きたくないから腎臓ぐらいにしておこうか。近所に内科の医者がいただろう。」
「でも袖の下に渡すお金もウチはないしねえ。あ、そうだ、私が行ってあの内科医にコビ売って来るわよ。ひと晩帰らないかもしれないけど大目に見てね。」

   私自身は外国人、そして報道関係者という立場ですから、空爆があればあったで、特別な憤りも「ざまあみろ」の感情もなしに仕事を続けたと思うのですが、私の周囲の友人たちにとっては違う問題だということが今回は特に感じられました。NATOの力は強大ですが、空爆やミサイル攻撃が必ずしも正確なものではないことはボスニアでも実証されていますし、ベオグラードの近くにも軍事施設があるのですから友人の家族や親戚に誤爆の被害が及ぶかもしれません。またミロシェヴィッチのシンパでなくても、自分の家族が徴兵で兵舎にいる人もいるでしょう。その意味では、友人に囲まれてベオグラードで暮らしている私個人にとっても、空爆が一応回避(まだNATOの最後通告は有効ですが)されたのは良かったと言えます。
   しかし一方で、空爆をされそうになるような政治に対する批判の声があまりにも今のセルビアでは弱いことも確かです。コソヴォがセルビア人の歴史感情、民族感情に触れるデリケートな問題であることは前回書きましたが、その感情が「アルバニア人=悪」「NATOと欧米社会=敵」というような悪政の側の単純な情報操作に飲み込まれてしまい、身内の敵が見えなくなっているのが現状です。自分が住んでいるからこそ、もっといい国、住みやすい国になってほしいと思います。でもセルビア人に軽い幻滅を覚えていることも確かです。(98年10月下旬)


カリカチュア(諷刺漫画)の権利は作者プレドラグ・コラクシッチ=コラックス氏に属します。無断転載はご遠慮下さい。転載ご希望の方は本人宛てにメール(英語かセルビア語)をお願いします。掲載を許可いただいたコラックス氏に謝意を表します。
Zahvaljujem gospodinu Predragu Koraksicu - Corax-u za dozvolu za koriscenje karikature. Zabranjuje se svaka upotreba bez ovlascenja.


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