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心貧しき者。がらんどうの心をひっくり返して、裏返して、洗い清めて、何もないことを再確認すべきではないのか。ものに感じる力を呼び戻すために、がらんどうであることをもう一度認めなければならない。真実でないものを詰め込んではならない。誤魔化してはならない。誰かを愛することで柔らかく深まっていく心の襞があり、それは共鳴する力だと思う。
誤魔化さず、孤独で、豊かに共鳴する心を獲得する手段、方策、手順としては、樹木の世話、部屋の掃除、大いなる力と万象に跪き祈ること、美しいものを見ること、とりあえず思いつく限り並べてみたが、まずは、心の貧しさを自覚することだ。思い付きではなく、深く自覚することだ。
鶴瓶の家族に乾杯に出ていた少女、かえさん、ドラマチックな顔をしている。上蒲刈島の中学校を卒業したばかりの十五歳の少女で、まだあどけない顔をしていると言うことも出来るのだが、何かドラマを思わせる顔だ。かえさんを主人公にした小説を書いてみいと思うような顔である。映画かなあ。日常の常識人と一歩隔てた位置にいる少女の設定か。生活の臭いがしないと言うことか。マイペース少女、ふわっと生きる女、かな。
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