旅のミニ情報局 〜 インド分室 〜



悠久のガンガーの流れ
バナーラスへ汽車に乗っていこうと、バスだろうと、自前の足で歩いていこうと、おびただしい人々と、その間を運ばれていく死者たちに迎えられて、旅人はこの世界の底にある町へ入り、永遠なるガンガーに全身を浸すことになっている。 インドに興味をもつ人で「ベナレス」の名を知らない人はいないだろう。 ただしこの名は英語名ベナリースBenaresの日本語読みだから現地では通じない。 独立後の正式名はヴァーラーナスィーVaranasiだ。 ただ、この名前は発音するのが難しい。 本書の表記バナーラスBanarasのほうが発音しやすいし、現地でも確実に通じる。 Vanarasiの名は、この町が北と南をワルナー川Varunaとアッスィー川Assiに挟まれていることに由来している。 地図・駅・時刻表などの表記はこのVanarasiになっている。 もうひとつ、巡礼の聖地としての名のカーシーKashiがある。 これは「霊的な光にあふれた町」の意味だとも言われている。 この名を言ったら、インド人は「あれ、知ってるな!」という顔でキミを見ることだろう。 ついでにガンジス河Gangesも英語名。 やはりこの聖河はガンガーGangaと呼ぼう。 河そのものが神格化された女神Gangamataji(母なるガンガー様)として崇められている。 ヒマーヤラの水を集めたガンガーが悠々と平原を流れ、シヴァ神の額にかかる三日月形に曲がるところに、この古い町はある。 3000年以上の歴史を持つヒンドゥーの聖地中の聖地、シヴァ神の聖都だ。
古くからインド文化のひとつの中心地だったが、12世紀にイスラームの勢力下に入った。 その後1738年にヒンドゥーの支配に戻ってからは、破壊された寺院も再建され、巡礼地としての賑わいを取り戻した。 イギリスの植民地支配に入ってからも大きな変化を受けず、インドの民族精神を育てる地としての役割を果たした。 バナーラスはガンガーなしでは考えられない町だ。 ここでの時の流れは、ガンガーそのもののように壮大な輪廻をたどっているようだし、すべての小道は河辺に通じていて、さまよっていると、いつも間にかガンガーの河辺にたどり着いている。 ヒンドゥーの信仰によれば、ガンガーの聖なる水で沐浴すれば、すべての罪は浄められ、ここで死に、遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得るという。 これはヒンドゥー教徒にとって最高の幸福といえる。 この町に年間100万人を超える巡礼が訪れ、そのなかでここで死ぬことを目的にしている人さえいるのはこのためだ。 不幸にも、ここで死ぬわけにはいかない事情を抱えている旅人としては、せめて一度は日が昇るころガンガーへ沐浴しに行ってみよう。 意外にヒヤッとしたガンガーを全身で感じることは、どこか魂に触れる経験として忘れられないものとなるだろう。 ここではあまり急いでもらいたくない。 短期間にあれもこれも見て回るというプランは捨て、朝に昼に夕にガンガーと対面し、ここに集まる人々の営みを見て欲しい。 バザールの狭い路地に並んだ小店、巡礼、物乞い、聖者、子供たち、うろつく牛、屋根を渡るサル、燃え上がる屍体、食べ物、また排泄物のにおい、生と死のカオス――そのすべてを呑みこみ流れ続けるガンガー。 何もかもがあからさまに共存しながら、しかも平静な調和の内にある地、バナーラス。 これが、実は自分の魂の内にある風景なのだと感じられた人は、ここに何ヶ月いても飽きることはないだろう。 (「地球の歩き方」より)


バナーラスの街並み
アーグラーから、ヤムナー河そして合流するガンジス河に沿って下ること約650km、バナーラスに到着する。 所要時間は乗車する列車によっても異なるが、停車駅の少ない特急でも12時間はかかる。 景色を楽しみたいところだが、ここは時間のロスが少ない夜行寝台を利用するのが一番だ。 アーグラー〜バナーラス間の運賃は2Aで約900Rs(約2520円)、SLで約200Rs(約560円)。 自分の体力と貧乏旅行度で決めよう(笑)。 バナーラス駅に到着すると、駅前のロータリーからリクシャワーラーがものすごい勢いで客引きに来る。 奴らは、我々旅行者がバナーラスがガンジス河沿いにある町だと知っていることが分かっているので、「洪水で川沿いの地域が水没している」「川沿いは蚊が大発生していて危険だ」等と言って自分にバックマージンが入るホテルに宿泊するよう勧めてくる。 だが冷静に考えてみると、本当に流域が洪水になっていたら、バナーラスに入る前からニュースや人の話で大騒ぎになっているだろう。 それに、確かに川沿いは細い路地が多く小規模の古い安宿が多いが、夜行動する時は虫除けスプレーを使用し、寝る時は蚊取り線香でも焚けば(東南アジアを旅行する人で心配性な人はこれくらいやっておいた方がいい)まず心配は要らない。 やつらの話は無視して、自分が本当に宿泊したいところに連れて行ってもらおう。 それでもしつこいようなら、ロータリーを出たところから流しをつかまえよう。 駅からガンガーへは2〜3km離れている。オートリクシャで20Rs(56円)位が相場。 地方から巡礼しに来る人が多いのか、街はリクシャだらけである。


ガンガー・ボートトリップ
バナーラスでの最大の目的、ガンガーへは早朝しかも日の出前に行こう。 巡礼者が沐浴しているという聖地の一番象徴的なシーンを見るのには、人数が多いこの時間帯が適しているし、ガンガーの対岸から朝日が昇るという感動的なシーンも拝めるからだ。 ちょっと規模の大きい安宿ならば、ガンガーへの往復の足と1時間くらいで主要なガート(沐浴場)をめぐるボート料金がセットで75Rs(210円)位からツアーを組んでいる。 または自分で川沿いにいるボート漕ぎのおじさんと交渉するという手もある。 小さなボートならば1時間50Rs(140円)が相場。一人でチャーターしてゆったり乗るのもいいだろう。 主要なガートは流域1.5km位に集まっており、1時間チャーターすれば回ってもらえる。


ガンガーから登る朝日
ガンガーから昇る朝日。対岸はなぜか一転して人の寄り付かない湿地帯が広がっている。 ガンガーを吹き抜ける風はまだ涼しくて心地よく、静かでゆったりとした気分になれる。


沐浴風景その1
ガート(沐浴場)はこのように階段状になっていて、ガンガー沿いに何十も設置されている。 個人であったり集団であったり、とにかくおびただしい人々がガンガーの流れに身を浸している。 この集団は目を閉じて、思い思いに祈りを捧げていた。 一方またある人は、腰まで水につかって熱心に体をこすっていた・・・ってただの水浴びじゃん!(爆) またちゃっかり洗濯している人までいる。さすがはインド、民衆の生活臭があちこちで感じられる。


沐浴風景その2
この集団は杖を振りながら激しく祈り続けていた。 男性はパンツ一丁、女性は白い衣装、例えて言えば海女さんみたいな格好で沐浴している人が多かった。 そして、パラソルの下ではチャイを飲み、のんびり過ごしている人もいる。 さて、私もせっかくであるから沐浴してみた。 水はお世辞にもきれいとはいえないし、階段は泥でぬるっとしている。 それでも周りにある熱心な信仰の姿に感化され、自分の身が引き締まり、清められた気がしてくる。 ビーチサンダルであっても履物のまま水に入ることは禁止なので注意しよう。 また人々の中には水を口に含む人も多いが、それはまねしない方がいいと思う。


ダシャーシュワメード・ガート
バナーラスでもっとも栄えたところにあるガート、ダシャーシュワメード・ガート。 ここへと続く道沿いには市場ができており、多くの人が集まっている。 ただあまりにも観光客やその他の人々が多く、またボートが多数繋留してあるので、きちんとした沐浴者をあまり見ることができない。 インドでも灯篭流しと同じような風習があるのだろう、物売りの少女が葉っぱで作った船と小さなろうそくを売って歩いていた。




NEXT