雲崗石窟のある炭鉱の町 |
標高1000mの大同は、華北交通の枢軸として、内蒙古観光への玄関口として、そして文化遺産都市として毎年大同は多くの観光客を引き寄せている。 市の面積は2000km2、人口は100万人を越える。 砂漠性の気候で、夏はからっと暑く、冬はぐっと冷え込み、強風が吹く。 大同が城下町の様相を呈しているのは、398年、鮮卑族の拓跋氏がここを北魏王朝の都として築城したためだ。 そしてこの王朝が残した文化遺産として世界的に知られているのが雲崗石窟。 その後も、遼、金といった異民族王朝によりさまざまな文化遺産が残された。 そのため、大同は小さな田舎町にもかかわらず世界的に著名な町になっている。 現在の大同は、石炭の街としても有名。 石窟に向かう途中の道では、石炭を積んだトラックをよく見かける。 少し強く風が吹いただけで、体中が煤だらけになってしまう。 (「地球の歩き方」より) |
北京から約370km、快速列車で山がちな地形を6時間半行くと大同に到着する。 大同は標高が1000mあるので沿岸の都市に比べると気温が低く、9月でも夜は10度以下にまで冷え込む。 また石炭の町なので空はうっすらもやがかかっていてすっきりせず、街並みもどこか煤けているような気がする。 だが、世界遺産の雲崗石窟で有名な町なので足を伸ばす価値は十分にある。 さて、写真は大同駅。 駅構内に中国国際旅行社のオフィスがある。 大同を起点とする観光スポットは、郊外にあって交通の便が悪いもしくは公共交通機関では辿り着けないところにあるので、ここで催行している雲崗石窟と懸空寺の1日ツアーに参加するのが一番手っ取り早いだろう。 費用はチケット代と食事代は別で100元(1500円)だが、複数人参加者が集まらないと中止になってしまう。 その場合は200元(自力で交渉したらもっと高額になる)でタクシーのチャーターを手配してもらうことができる。 |
市内中心部から15km、郊外へ伸びる幹線道路沿いに突如雲崗石窟が現れる。 幹線道路から入場ゲートまでは、道の両脇に土産物屋が続き、そして巨大な駐車場がきれいに整備されている。 こんな調子で石窟自体もきれいに整備(アレンジ)されすぎていたら嫌だなぁと思ったが、さすがは世界遺産。 修復・保護のレベルも高くて、つくられた当時の面影を感じさせるような見事な遺跡だった。 入場料も世界遺産レベルで50元(750円)。 |
武周山断崖の砂岩を切り開き築かれた石窟は、東西1kmに延びている。 おもな洞窟は53窟、彫像は高さ17mのものから数センチのものまで5万1000もある。 ユネスコの世界文化遺産にも登録されており、国内外から多くの観光客がここの石窟を見るために大同を訪れる。 雲崗石窟は、460年(北魏の和平元年)に開削され、494年(北魏の太和18年)の洛陽遷都直前に大部分が完成した。 その後も造営が続けられ、遼金代に最大規模になった。 北魏が鮮卑族による異民族王朝であった影響か、秦漢代の芸術的伝統に加え、中原以外の遊牧民的エッセンスを融合させているところに雲崗石窟の特徴がある。 入場後、まず注目してほしいのが、第5窟と第6窟。 第5窟には、雲崗石窟最大の高さ17mを誇る仏像が穏やかな表情で鎮座している。 その隣にある第6窟では、釈迦牟尼の一生が描かれている。 次に注目してほしいのが、9〜13窟の五華洞。 特に12窟のさまざまな楽器を演奏する伎楽天は、雲崗石窟の芸術的なレベルの高さを感じさせる。 雲崗石窟の中で最も早く彫られ始められたのが第16窟〜20窟で、曇曜五窟と呼ばれ世界的に有名。 この五窟は、高僧曇曜が時の皇帝である文政帝(440―465年)を説き伏せ全身全霊を使って築きあげたもの。 ここでは雲崗石窟のシンボルともなっている第20窟の仏像に注目したい。 (「地球の歩き方」より) |
雲崗石窟は、木造の仏教寺院とその奥に繋がっている崖をくり貫いた仏像で構成されているものもあれば、このように仏像だけが掘られているものもある。 また入口を狭く掘って完全な部屋を作ってそこに仏像が立っている石窟もあれば、壁際に半身だけ浮き出ている仏像もある。 写真は第20窟。 このような大型の仏像から、数センチの仏像が壁一面にまるで模様のように彫られているものまで、数々の仏像が間をおかずにずらっと並んでいる。 |