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「公正競争阻害生の再検討----優越的地位の濫用を中心に」

                             舟田 正之

 

* 本稿は、雑誌「公正取引」公正取引67149頁以下(20069月)に掲載したものの拡大版である。上記の掲載論文では、紙幅の制約から掲載できなかったので、ここに全文を掲載する次第である。

 

一.独占禁止法の目的

独占禁止法の直接的目的は、いうまでもなく「公正かつ自由な競争」の維持である。しかし、「競争は、それ自身のために保護されるべきものではない、ということには異論がない。競争は手段にすぎない。競争システムによって実現されるべき目的が問題である」。[]

そして、競争の維持は、同法1条の法意として、経済全体の効率性と経済の民主化、言い換えれば、「望ましい経済成果と民主的な経済秩序」をもたらすとされ、この2つが独占禁止法の究極的目的である。[2]このうち、後者(「民主的な経済秩序」)に「基本的な価値」が認められると考えられるが[3]、その意味については、以下のように簡単に述べておく。

わが国の独占禁止法は、戦後の「経済民主化」に向けられた諸改革の中で制定された。その背景には、経済的な力が、社会的・政治的にも影響力を持ってきたことへの批判があった。当時の「経済民主主義」の理念は、政治上の民主主義とセットになって、日本の新しい経済社会像を提示するものであった。

経済的な力は、それによって他者の自由な判断・行為を抑圧し、それらを支配し動かすことによって、自らの意思を実現することを可能にする。もちろん、近代憲法・私法の下では、すべての経済主体は、形式的には自由・平等であり、したがって、そこにおける経済的な力の不当な行使・利用は、他者の形式的自由を前提と、しかし、実質的にはそれを侵害するような形態において行われる。

独占禁止法は、このような経済的な力の形成を阻止し、または既に成立している経済的な力が不当に行使されることを防止し、それによって、すべての経済主体(取引主体)の経済的自由を実質的に確保しようとするものであると理解することができる。独占禁止法は取引主体を「事業者」と「消費者」に分けて多様な規定を置いているが、これら取引主体の実質的な「取引の自由」[4]、換言すれば主体性の確保が「民主的な経済秩序」の基礎となるのである[]

その第一の形態は、反競争的な方法・行為によって市場における支配力を形成し行使することの規制であって、私的独占の禁止、企業結合規制、不当な取引制限の禁止などがこれに当たる。第二の形態が、市場支配力にまで至らないが、取引の相手方または競争者に対して一定の経済的な力を有する事業者が行う反競争的な行為の規制であり、本稿で取り上げる不公正な取引方法はこの類型に当たる。前者に共通する市場要件が「競争の実質的制限」であり(ただし、企業結合規制は「こととなる」要件にモディファイされている)、後者に共通する市場要件が「公正競争阻害性」である。

 

二.公正競争阻害性の理論構成

1.不公正な取引方法の固有の意味

独占禁止法の中で不公正な取引方法をどのように位置づけるかについては、従来、萌芽理論、「予防的ないし補完的規定」論など、前掲の第一の形態(「競争の実質的制限」)に関する規制に従属する、いわば付随的ないし第二次的規制であるとする議論が有力であった。

これに対し、不公正な取引方法はそれ独自の意義を有し、固有の性格を持つものと捉える議論も有力であり、本稿もこの立場に立つものである。今日の問題は、その先にあるのであって、どのような意味で、不公正な取引方法は前掲の第一の形態に属する諸規制と異なるのかを明らかにすることにあると考えられる。

 

2.公正競争阻害性についての2つの考え方----三条件説と濫用説

公取委・独禁法研究会報告書「不公正な取引方法に関する基本的考え方」(1982年)は、「@自由な競争、A競争手段の公正さ、B自由競争基盤の確保の三つの条件が保たれていることをもって公正な競争秩序と観念し」、これらを「阻害するおそれ」を、

@「競争の減殺」、A「競争手段の不公正さ」、B「競争基盤の侵害」として整理している(以下、「三条件説」という)[]

他方で、同報告には、右の理論構成と並んで、次のような意見も付記されている[]「能率競争」を理念型[]とする「公正な競争」の「阻害」とは、ある事業者の力の濫用によって、取引の相手方または競争者が、価格と品質によって商品・役務を選択する可能性を奪われ、あるいはその選択の判断が歪められることである。さらに、公正な競争を阻害する「おそれ」とは、上記の意味での力の濫用(裏から言えば、取引の相手方・競争者の取引の自由の侵害)がなされる抽象的一般的危険性が認められることである(以下、「濫用説」と呼ぶ)。

これを分解して示せば、@ 取引の相手方または競争者に対して一定の経済的な力を有する事業者が、A その力を濫用し、B 取引の相手方・競争者の取引の自由を侵害することをもって、「公正な競争が阻害されるおそれ」と捉えることができる。

これを分解して示せば、@ 取引の相手方または競争者に対して一定の経済的な力を有する事業者が、A その力を濫用し、B 取引の相手方・競争者の取引の自由を侵害することをもって、「公正な競争が阻害されるおそれ」と捉えることができる。

ただし、上は公正競争阻害性についての理論的把握のレベルの議論であって、一般指定14項の法解釈としては、これを踏まえながらも以下のように整理すべきである。すなわち、同項の優越的地位の濫用に該当するとするための要件は、(a)取引上の優越的地位、(b) 五つの行為類型、(c)公正競争阻害性(=「正常な商慣習に照らして不当に」)の3つである。「濫用」とは、上の(b)(c)であって、そこには既に公正競争阻害性のある(不当な)行為という評価が含まれている。[]

 

3.力の濫用

上の@は、ドイツの競争制限禁止法(以下、GWBと略記することがある)における理論的概念を借用したものであり、特定の者に対してのみ成立するという意味で相対的市場力(relative Marktmacht)と呼ばれる[10]。これに対し、市場支配力は、市場全体に対する支配的な力という意味で絶対的市場力(absolute Marktmacht)と呼ばれている。

経済的な力は、このように市場支配力と相対的市場力に分けられるが、いずれも実態に係わって構成された概念であるから、それらは有るか無いかではなく、程度問題であり、また現実には、両者の境界も不明確であり、多くの場合は流動的である[11]

 前掲のA(力の濫用)とB(取引の相手方・競争者の実質的自由の侵害)は、同じことを行為者と相手方の両面から言っているに過ぎない。市場においてある程度有力な事業者が、上の意味での相対的市場力を持つことがあるということ自体は必然であるが、それを濫用して取引の相手方・競争者の取引の自由を侵害することは違法となる、というのが、不公正な取引方法の基本的趣旨である。

なお、市場支配力を有する事業者は、同時に相対的市場力をも有していると考えられるから、その濫用行為も不公正な取引方法に当たるが、ほとんどの場合は私的独占にも該当するであろう(これは私的独占における「排除」と「支配」には、市場支配力の濫用も含むかという問題であり、別の機会に検討する)。

 

4.実質的概念としての取引の自由

この考え方の特徴は、不公正な取引方法について、それに当たる行為を行う主体ではなく、行為が向けられた者の取引の自由が侵害されたことを基本とする、という点にある。

不公正な取引方法に当たるかどうかが問題になる行為の多くは、行為者の何らかの競争志向的な戦略に基づくものであるから、行為者側から見ている限り、それが反競争的な性格のものか否かは判断し難い。しかし、これを行為が差し向けられる相手方(競争者・取引の相手方)から見て、彼らが公正な競争秩序の中で自由に判断し行為することがどのように制限されるかという観点から判断することが肝要であると考えられる。この観点は、次に述べる解釈論にも繋がるものである。

 なお、力の濫用は、不公正な取引方法についての基本的理解にかかわる理論的概念であるから、実定法化された諸既定の具体的な解釈という次元においては、必ずしもこれに当たらない場合も違法となることがあり得る。不当廉売や不当表示などは、一般的な理論としては力の濫用としての性格を有する行為であるが、具体的に経済的力がない事業者によるこれらの行為も、当該規定についての解釈においては公正競争阻害の「おそれ」があるとされることがある[12]

以上の基本的理解を踏まえて、不公正な取引方法についての解釈論を以下の3点に絞って述べる。

 

三.公正競争阻害性の具体的な解釈論

1.「競争の減殺」と相対的市場力の濫用

(1)前記の三条件説は、本稿の採る立場(前記の付記意見=濫用説)からも、公正競争阻害性に関する具体的な解釈ないし事実認定の際の物差し、あるいは判断の視点という点で、ある程度有益・有効であると思われる。

これは特に「競争の減殺」に関して妥当する。例えば、流通・取引慣行ガイドライン(第1部第四2。第2部第二等も参照)は、「市場における有力な事業者」が、「例えば次のように、取引先事業者に対し自己又は自己と密接な関係にある事業者の競争者と取引しないよう拘束する条件を付けて取引する行為---又は取引先事業者に自己又は自己と密接な関係にある事業者の競争者との取引を拒絶させる行為を行い、これによって競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるおそれがある場合には」、一般指定2項(単独の間接の取引拒絶)、11項(排他条件付取引)又は13項(拘束条件付取引))に当たる、とする。

ここでは、第一に、取引拒絶等の行為要件が挙げられている他、第二に、当該行為者が「市場における有力な事業者」であり(「有力事業者基準」と呼ばれる。シェアが一〇%以上又はその順位が上位三位以内が「一応の目安」とされている)、さらに第三に、「これによって競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるおそれがある場合」、という2つの判断要素が提示されている。

本稿の立場からは、これらの行為は、競争者に対する相対的市場力の濫用によって、競争者の実質的な取引の自由が侵害される可能性があるものである(同時に、取引の相手方に対する力の濫用としても問題になり得るが、この点は前注11で簡単に触れた)。そして、上記の考え方(濫用説)を前提にし、それらが公正競争阻害性があるか否かの具体的な判断に当たっては、上の第二、第三の判断要素を用いることが妥当であると解される市場である程度以上のシェアを有するなら、競争者に対し相対的市場力を有しているであろう、また、競争者の取引先転換が容易ではないということは競争者の「取引の自由」が実質的に侵害されたのであろう、と考えることができるからである。

(2)ところで、取引の相手方に対する相対的市場力は、優越的地位の濫用についての諸事例からもその存在と内容はある程度理解し易いものでるといえよう。これに対し、競争者に対する相対的市場力という概念は、極めて理解しにくい、かつ、実定法に定着し、解釈・運用することが困難なものである(不可能という意味ではない)

ドイツにおいても、競争者に対する相対的市場力に関しては、多くの錯綜した議論の末、これに基づいて1973年の競争制限禁止法(GWB)第2次改正によって競争者の不当妨害規定(当時は、GWB37a1項。現行法では、204項)が新設されたが、うまく機能しているとはいえないようである。また、同様の性格を有するとされる不当廉売については多くの規制事例があるが、これも議論が錯綜している[13]。ただし、不当廉売や妨害濫用(GWB1941号。市場支配的地位にある事業者による、競争者に対する濫用)などは、それらの規制の性格(4すなわち、競争者に対する相対的市場力の規制)と存在意義については広い支持があり、購買力の濫用規制は1980年のGWB第4次改正においても強化された(当時は、GWB37a3項)

 そこでの不当廉売に関する議論を参考にして述べれば、公正な競争とは、各競争者がその企業努力に基づく成果(業績=Leistung)を市場に提示し、それが取引の相手方による比較に晒され選択されるという過程で実現されるべきものである(業績競争の理念型)。しかし、ある事業者が、自己のコストを無視して、それとは別個の戦略的観点から廉売行為を行うときは、上記の業績競争はその基盤を失うことになる。したがって、それが他の競争者を市場から排除するか否かということ以前に、そのような性格を有する不当廉売行為をそれ自体として違法としなければならない。

 前述の排他条件付取引についていえば、例えば、あるメーカーが専売店を広範囲に獲得し、他の競争者が販売ルートを次第に減少させる場合、当該メーカーの商品それ自体の価格・品質(多様なサービスを含む)についての企業努力ではなく、どれだけ有力な販売店を抱え込むかの努力に傾注することによって、競争が行われることになる。これによって、取引の相手方は、多くのメーカーの商品を比較した上で選択するための商品へのアクセスのチャンスさえ失うことになる。

 以上は、業績競争の理念型に基づく議論であり、これを具体的な解釈論の次元に移そうとする場合には、主としてどのような要件を満たす場合に不当とするかに関し困難かつ意見の分かれる問題が多く存在することはドイツでも前記の通りであり、日本の独占禁止法においても同様である。

(3)本稿と同様の立場から、「競争の減殺」に対して、これは公正競争阻害の「おそれ」という要件と矛盾するという批判がなされている[14]。しかし、「有力事業者基準」は、競争減殺の実際上の効果をそれ自体として対象とするものではなく、また、「一応の目安」であるに過ぎない。したがって、例えばこれ以下のシェアを持つ事業者でも違反となることはあり得るし[15]、上記の第三の判断要素も考慮する必要がある。さらに第四の判断要素は、上記引用の冒頭にある「例えば次のように」とある部分であり、そこに例示されているような特定の競争上・取引上の状況の中で取引拒絶等の行為が行われたことについて総合的に公正競争阻害性の有無を判断することになる。

なお、上の議論は、有力事業者基準に限らず、公取委・独占禁止法研究会報告書や流通・取引慣行ガイドラインなどをそのまま妥当な見解として採用しているわけではない。これらは、何らかの法的位置づけがなされているわけではなく(公取委規則でもない)、単に公取委に設置された研究会の見解、あるいは行政庁である公取委が公表した見解に過ぎない[16]。また、その具体的内容には疑問の点も少なからず存在すると思われる[17]。しかし他方で、公取委は独占禁止法の行政的執行を担う専門的機関であるから、それが公表した見解は独占禁止法の解釈にとって重要な参考になるということも否定できないのである。

(4)他方で、本稿で採る濫用説に対しては、「具体的にどのような場合に公正競争阻害性が認められるかが明確ではない」との批判がある[18]

しかし、第一に、独禁法における諸要件は、公正競争阻害性の含め、幾つかの不確定概念を用いており、次の第二以下で述べるような解釈についての手掛かりはある程度は有用とはいえ、結局はケース・バイ・ケースで判断せざるを得ないのであり、これは他の法領域でも見られることである。

第二に、公正競争阻害性の判断についても実際の判例・審決が次第に蓄積されてきつつあり、公取委のガイドライン、公表された行政相談事例などを参考にすることができる。

第三に、前記の有力事業者基準は、公正競争阻害性についての判断につき、「一応の目安」に過ぎないが、1つの手掛かりを与えているとは言えるであろう。この他、各類型毎により具体的な判断基準を少しずつ作っていく作業が審判決研究等や公取委ガイドラインによってこれまでにも行われてきたし、今後も進めていくべきことである。本稿で以下検討することも、その作業に寄与することを目的としている。

 

2.公正競争阻害の「おそれ」と民法上の権利侵害・違法性

(1)「公正な競争を阻害するおそれ」という要件における「おそれ」は、「一般的・抽象的危険性」で足りる、とするのが通説で、これにはほとんど異論はない。その意味は、問題となる行為につき、具体的な競争への影響の有無や程度を問題にしているのではなく、当該行為が当該取引・市場の状況の下で、一般的にどのような性格(反競争的か否か)を持つか、また持ちうるかという判断が要請されている、ということである。

このことは、特に競争減殺型について実務上も重要である。例えば、排他条件付取引によって、どのような具体的な競争阻害が生じたかを立証する必要はなく、どのような内容、範囲、そしてどのような行為者の意図・目的によるかを推察し得る状況の下で、当該排他条件付取引がなされたかを立証することで足りる。

(2)ただし、多くの審決等の事例では、上の意味での「おそれ」にとどまらず、実際に公正な競争を阻害しているという場合が扱われている。しかし、実際に、「一般的・抽象的危険性」のレベルで「公正な競争を阻害するおそれ」があると事実認定がなされる場合には、不公正な取引方法に当たるが、不法行為の要件である「権利侵害」ないし「違法性」を満たさないと解される可能性があるように思われる。必ずしも適切な例ではないかもしれないが、不当表示がなされ、しかし、これを信じて取引がなされたという事実がまだない場合である。

 これに対しては、独占禁止法違反行為は、直ちに民法の不法行為においても違法と評価されるという立場もあり得るところであるが、これは不法行為論の領域であるので、ここでは立ち入らないこととし、以下の三点を指摘しておくにとどめる。

(3)第一に、「一般的・抽象的危険性」のレベルで不公正な取引方法のある類型に当たるとされた場合は、「損害」もないとされる場合がほとんどであろう。これに対し、このレベルを超えて、現実に競争阻害が生じている場合に不公正な取引方法に当たるとされれば、原則として不法行為の各要件を充足すると解されるのであろう。

(4)第二に、「一般的・抽象的危険性」のレベルで不公正な取引方法に当たるとされると、差止請求はどうなるか。これも、先の「損害」要件と同様に、独禁法24条には「その利益を侵害され--」があるから、ここで外れることになるから問題ない、と考えてよいのであろう。

(5)第三に、理論的に最も重要なこととして、この「おそれ」要件は、不公正な取引方法、あるいはより広く独占禁止法が確保しようとしている法益について示唆を与えている。

前述の独占禁止法の目的をふまえれば、同法の中の重要な諸規定は、「公正かつ自由な競争」秩序を保護法益としているとともに(ここまではほぼ異論がない)、同時に、市場参加者に対し、「公正かつ自由な競争」秩序の中で取引する権利を保護法益としている、と理解すべきものと考えられる。後者は本稿の用語では「取引の自由」であり、これは「公正かつ自由な競争」秩序という客観的な価値と一体であるが故に、主観的権利であるだけでなく、客観的・秩序的性格を有している[19]。「公正かつ自由な競争」秩序とは、そこで活動する市場参加者(事業者と消費者)がそれぞれの「取引の自由」を十分発揮できるような環境であるともいえよう。

この取引の自由は、「公正かつ自由な競争」が実現していれば可能なはずの、自主的な判断ないし行為を行う自由のことであり、逆から言えば、ある独占禁止法違反行為は、「公正かつ自由な競争」の下であり得たであろう、主体的な判断・行為を制限し不可能にしてしまうという意味で、取引の自由を違法に侵害しているのである。

不公正な取引方法が公正競争阻害の「おそれ」を要件としていることから、それによって保護される取引の自由は、「公正かつ自由な競争」秩序の中で判断・行為するチャンス、可能性という性格を持つことになる。例えば、不当表示で取引条件を示されたこと、すなわち購入するかどうかの判断の際の情報が故意に歪められているということ自体で直ちに公正競争阻害の「おそれ」があるとされるのであって、特定の消費者がこれを信用しなかったかどうかは問題とならない。

優越的地位の濫用の事例で言えば、納入業者は協賛金を取られるとか、無償での店員派遣の要請に応じたことで、後の取引において結局得をしたということもあるかもしれないが、協賛金等を強要されたこと自体で公正競争阻害の「おそれ」があると判断される。

すべての取引条件は、当事者双方にとって利益があると判断されるから実施されるのであって、特に濫用行為を受ける側の事業者の利益をいわば裸のままで問題にすると、どの範囲まで利益考量を広げるか、またこれは事業者の個別事情によって異なるとか、他の外的条件も左右する場合はどうするかなど際限のない判断要素を取り込むことになる[20]

 

四.優越的地位の濫用

1.競争者との関係における有利・不利

優越的地位の濫用規制の公正競争阻害性の理論的な内容としては、「競争原理が働かないことを利用しての、優越的地位の濫用であること自体」に求めざるを得ないという考え方[21]が通説であるが、事業者の競争機能の自由な行使が制限され、それがなければ受けることのない不利益を強制されることであるとする少数説(濫用説)もあり、これまでのところからも明らかなように本稿はこの少数説に従っている[22]

前出の独禁法研究会報告書は、優越的地位の濫用規制の公正競争阻害性について、「取引主体が取引の諾否及び取引条件について自由かつ自主的に判断することによって取引が行われている」ということが、自由競争の基盤を侵害することに当たるとするので、その限りでは少数説と同じである。

 ところが、この報告書の立場から、取引主体の自由で自主的な判断による取引というにとどまらず、「第一に、不利益を押しつけられる相手方は、その競争者との関係において競争条件が不利になり、第二に、行為者の側においても、価格・皮質による競争とは別の要因によって有利な取扱を獲得して、競争上優位に立つこととなるおそれがある」と説かれることがあり[23]、この点は疑問である。

 優越的地位の濫用は、取引主体の自由・自主性(本稿の用語では「取引の自由」)を不当に侵害すること自体に公正競争阻害性があると考えるべきであって、その結果、競争者との関係で上記引用のような影響が出るということまで公正競争阻害性の内容とすべきではない。

たしかに、公正競争阻害の「おそれ」であるから、抽象的には、競争者との関係で有利・不利ということは言えるのかもしれないが、これは具体的な判断基準として用いられる危険性があり[24]、それは明らかな誤りである(議論の次元が異なる)と考えられる。

また、岐阜商工信用組合事件(最判昭和52620民集314449)における両建預金などの場合は、当時はほとんどすべての金融機関が信用力が劣る借り手に対して要請していたのであり、両建預金の強制は借り手・貸し手の双方にとって、競争上不利にも有利にもならない、などのやや奇妙な議論も成立する余地があるようにも思われる。

そもそも、優越的地位の濫用規制は、競争の前提である取引の相手方の取引の自由が不当に侵害されないことを確保しようとするものであり、俗な表現を用いれば、どれだけ相手方から搾り取れるか、叩けるかをめぐる競争は、独占禁止法が維持しようとする「公正な競争」とは無縁のものであり、この場面で、優越的地位の濫用に当たる行為によって競争者との関係で有利になるから不当であるという議論をする余地もないはずである。前記の三条件説における「競争基盤の侵害」という表現は、優越的地位の濫用規制がまさに競争の基盤を侵害するという意味で妥当な認識に基づいているといえよう。

 

2.「不利益」

(1)前出の独禁法研究会報告書には、前記引用のすぐ前に、「その地位を利用して相手方に不当な不利益を与えることにより」という部分があるが、これは誤解を招きやすい記述である。

第一に、解釈論のレベルでは、この「不当な不利益」は、少なくとも一般指定14項1号・2号の場合には要件ではない(これに対し、3号・4号は「不利益」が明示の要件である)。したがって、押し付け販売(1号)や協賛金の強要(2号)については、それらが「不当な不利益」に当たるか否かを認定する必要はない。例えば、押し付け販売で買わされた商品が市場価格から見て妥当な代金だったとしても、購買を強制したこと自体が優越的地位の濫用に当たると解される。

第二に、「不当な不利益を与えることにより」ということが理論的レベルにおける議論であるとすれば、相手方の取引の自由を不当に侵害していること自体が不利益なのであって、不利益を強制するから取引の自由の侵害に当たるというのは論理が逆転している[25]

(2)しかし、ここには、「不利益」とは、金銭的に評価される意味のそれなのか、それとも公正競争阻害性の「おそれ」という点から引き出される、より抽象的な不利益、すなわち、「公正かつ自由な競争」秩序の中で判断・行為するチャンス、可能性が侵害されることなのか(前述、三.2参照)、という問題が現れている。

本稿では、後者の理解に拠るべきであるとしているので、前述の、相手方の取引の自由を不当に侵害していること自体が不利益である、ということになる。

この理解に立って、一般指定143号・4号の要件である「不利益」の解釈に当たっても、当該取引条件等を単に金銭的に評価して利益が均衡しているか、取引の相手方に不利益になっているかだけを見るべきではないと考えられる。

もちろん、納品の不当受領拒否や下請代金の不当値引きなどにつき、金銭的に評価して取引の相手方に不利益を課している場合は、「不利益」要件を満たすと解すべきことはいうまでもない。しかし、客観的に見て、金銭的に評価して利益が均衡しているとも思われる場合であっても、当該行為を受ける取引の相手方にとっては、自主的な判断を妨げられ、対等な当事者間では拒否したであろう取引条件をのまされたということ自体が「不利益」であると解すべきもののように思われる。

(3)例えば、下請代金の不当値引きについては、事前の取引条件と異なる取引条件を押し付けられ、値引きを了承せざるを得なかった場合も濫用に当たると解され、下請法413号(「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに,下請代金の額を減ずること」)に当たるという運用が行われているが、これは一般指定143号の解釈としても妥当である。

この場合、下請事業者は後の契約条件変更を了承しているのであるから、民法上は当該変更後の取引条件は有効と解される余地があり、また、客観的に見て(市場価格などから)値引きされた後の下請代金は妥当なものと評価されることもあり得よう。

しかし、下請事業者にとっては、例えば、既に当該下請事業のために原材料を購入し、あるいは設備投資をした後に契約条件変更を申し入れられ、断ることが困難な状況にある場合、まさに下請代金の値引きは強要されたのであって、通常の対等な取引ではあり得ないことである。

(4)また、相手方にとって不利益かどうかは、実は判断がつきにくい場合もある。優越的地位の濫用に当たる行為は、たしかに多くの場合は明白に不利益を与える行為である。しかし、これも適切な例ではないかもしれないが、例えば、押し付け販売は、当該商品が価格・品質等の点で実際に相手方の利益になる場合もあり得るであろうし、テレビ会社による番組制作会社に対する不当な「やり直し」の強制は、それによってより良い番組になって番組の価値を高め、後で番組の二次利用をする際に高い価格がつくことも少なくとも理屈上はあり得よう[26]

(5)同様に、不利益かどうかの判断がつきにくいことにつき、より深刻な事例として、店員派遣が納入業者にとって「利益」になる場合は違反にならない、という問題を挙げることができる。

ドン・キホーテ事件の審判開始決定(平成17年4月5日)は、「被審人は,負担額及びその算出根拠,使途等について,あらかじめ納入業者との間で明確にしていなかったにもかかわらず」,協賛金を要請し、また、「あらかじめ納入業者との間でその従業員等を派遣する条件について具体的に合意することなく」、店員派遣を要請したと述べる。

問題は、これらの事実認定が要件充足のためになされたかであるが、本審判開始決定では、法の適用において、以下のように述べられている。

「百貨店特殊指定の第6項ただし書に規定する場合に該当しないにもかかわらず自己の販売業務のためにその従業員等を派遣させて使用しているものであり,これは,百貨店特殊指定の第6項に該当」する。

「納入業者に対し,自社の棚卸し,棚替え等のためにその従業員等を派遣させて役務を提供させており,また,自己のために金銭を提供させていたものであり」、一般指定第14項第2号に該当する。

ここで挙げられている百貨店特殊指定は、平成17年から「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」(略称、「大規模小売業者特殊指定」)に改定されているので、この該当条項(大規模小売業者特殊指定7項ただし書き)を見ると、以下の通り規定されている。

 

「一  あらかじめ納入業者の同意を得て、その従業員等を当該納入業者の納入に係る商品の販売業務(その従業員等が大規模小売業者の店舗に常駐している場合にあっては、当該商品の販売業務及び棚卸業務)のみに従事させる場合(その従業員等が有する販売に関する技術又は能力が当該業務に有効に活用されることにより、当該納入業者の直接の利益となる場合に限る。)

  派遣を受ける従業員等の業務内容、労働時間、派遣期間等の派遣の条件についてあらかじめ納入業者と合意し、かつ、その従業員等の派遣のために通常必要な費用を大規模小売業者が負担する場合」

 

本項本文は、「次の各号のいずれかに該当する場合を除き」とあるので、この2つの場合のいずれかに該当する場合は、派遣店員の要請が違法とならないことになる。前記事実認定が、これらを踏まえたものであることは明らかであろう。

これら例外許容の規定は、本改定の際の意見でも、「より要件を厳格にするなどして、限定的にすべきではないか」、「合意があることが違反行為の抜け道とならないよう、合意の事情、背景、経緯などを十分検証」すべきである、などがあったということである[27]。これらの意見は、優越的地位の濫用の本質を言い当てていると考えられる。これを、本7項の1号について簡単に検討する。

前記の例外許容の要件は、(1) あらかじめ納入業者の同意を得ていること、(2) 当該納入業者の納入に係る商品の販売業務のみに従事させること(括弧書きは省略)(3) 当該納入業者の直接の利益となること、の3つである。このうちの(3)には、ここで問題としている「利益」(裏から言えば、納入業者の「不利益」にならないこと)が要件として顔を出している。

この例外許容については、結論から言えば、アパレル業界などに見られるように、派遣店員には納入業者の利益になるという判断から、納入業者側から希望して受け入れられるというケースもあり、これを禁止する理由はないから、この規定振りには一定の合理性が認められると思われる。

しかし、それは、第一に、納入業者の「利益」になっても、他の要件を満たさなければ違法となること、第二に、この(1)にある「同意」とは、前記意見にあるように、「合意の事情、背景、経緯などを十分検証」し、当該納入業者が実質的には大規模小売業者による強い要請、強制に屈して合意したということではない、ということが認められる場合を指す、と理解されるからである。

納入業者の「利益」になるか否かは、納入業者の同意が実質的なものであることの1つの徴表であると見るべきであって(利益があるのだから同意したのであろうという推測)、それ自体が許容の根拠になるものではない。優越的地位の濫用は、取引の相手方に利益になるから許されるというものではなく、相手方の自由な経営判断を押さえつけて、自己の判断を強要する点に悪性があると考えられるからである。

(5)さらに、具体的に不当な不利益を課したか否かは、公正競争阻害の「おそれ」の解釈論として排除すべきであることは前述した通りである(三2.末尾)。

上に述べたことを要約すれば、優越的地位の濫用の理論的把握において「不利益」は取引の自由を侵害したこと自体を意味する、また、一般指定143号・4号の解釈における「不利益」は当該行為に限って判断され(長い目で見て利益になるか否かという判断であれば、納入業者が濫用を甘受した以上、すべて「不利益」はないことになる)、しかも、強制の徴表としてとらえるべきである、ということになる。

 

3.「優越的地位」と「濫用」の関係

(1)優越的地位の濫用規制に対しては、ある行為が濫用に当たるか否かの判断に際し、優越的地位にある者しかなし得ない行為だから濫用に当たる、という理由付けをすると、「優越的地位」と「濫用」の関係はトートロジー(同義反復)、循環論法ではないか、という批判が古くからなされてきた[28]

一般指定14項においては、「濫用」は、公正競争阻害性があると認められる特定の行為要件を満たす行為であるから(この点については、本稿二.2.末尾の叙述を参照)、これは優越的地位と公正競争阻害性に関する事実認定の仕方の問題であるとも言える。

優越的地位の濫用に関する公正競争阻害性は、前述のように、被行為者の「取引の自由」を不当に侵害すること自体であるとしても、具体的な解釈の次元では、一般的には、優越的地位がなければ行われなかったであろう行為か否か、あるいは「対等な当事者間において通常付せられるであろう条件との比較を中心として判断される」という他はない[29]。したがって、優越的地位と濫用(=公正競争阻害性を有する行為)は相関連して判断されることにならざるを得ないのである。

(2)ただし、より具体的な解釈・事実認定に当たっては、以下のような接近方法も有益であるように思われる[30]

 例えば、押し付け販売や恣意的な協賛金の要請のように、特定のタイプの行為は、本質的に抑圧的、恣意的な力の濫用であると評価できるから、それらは優越的地位を前提にしてはじめて可能な行為であると「事実上の推定」をすることができると考えられる。この場合には、優越的地位と公正競争阻害性とがいわば同時に事実上推定されるのである。

すなわち、一般指定141号・2号の挙げる協賛金と押し付け販売、「当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること」(1)、および「自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること」(2)に該当する行為は、優越的地位を前提にした濫用行為であると「事実上の推定」をしてよいと思われる[31]

これへの反証については、大規模小売業者特殊指定6項、およびその運用基準[32]にあるように、押し付け販売等をする必要があるという具体的な事実を示すことで行われるべきである。

 

大規模小売業者特殊指定6項(押し付け販売等)

「6 大規模小売業者が、正当な理由がある場合を除き、納入業者に自己の指定する商品を購入させ、又は役務を利用させること。」

運用基準 第2、6

「(2)ア 「正当な理由がある場合」の例としては、大規模小売業者が納入業者に対してプライベート・ブランド商品の製造を委託する際に、当該商品の内容を均質にするなど合理的な必要性から、納入業者に対して当該商品の原材料を購入させるような場合が挙げられる。

 「自己の指定する」とは、例えば、自己の指定する商品であれば、大規模小売業者が自ら販売する商品だけでなく、自己の関連会社の商品を指定して購入させる場合も含む。」

 

ここでは、「当該商品の内容を均質にする」などの客観的な合理性・必要性が問題になるので、反証すべき事柄は明白である。

(3)これに対し、協賛金については、多様な形態があるようであり、慎重に考えなければならない。

大規模小売業者特殊指定8項は、以下のように規定する。

 

(不当な経済上の利益の収受等)

「8 前項に規定するもののほか、大規模小売業者が、自己等のために、納入業者に本来当該納入業者が提供する必要のない金銭、役務その他の経済上の利益を提供させ、又は当該納入業者が得る利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えて金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。」

 

 また、これに対応する運用基準では、以下のような記述がある(第2、8)

「ウ また、本項の「納入業者が得る利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えて」提供させる「金銭、役務その他の経済上の利益」とは、具体的には、例えば、納入業者の商品の販売促進に一定程度つながるような協賛金や多頻度小口配送(配送の小口化とそれに伴う配送回数の増加)、納入業者のコスト削減に寄与するような物流センターの使用料等であっても、納入業者が得る利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えていれば、これに該当する。

「納入業者が得る利益等を勘案して」の「等」には、大規模小売業者が金銭等を提供させる目的や金銭等の内容(協賛金や物流センターの使用料であればその額、多頻度小口配送であれば配送の頻度)及びその算出根拠、納入業者との協議の状況等が含まれる。例えば、広告協賛金のように、広告に納入業者の納入する商品を掲載するため、広告を作成・配布する費用の一部を求めることは、納入業者にとってもその広告により自己の納入する商品の販売促進にもつながることから、直接の利益があるといえる。しかしながら、その広告に係る費用を超えて納入業者に金銭の負担を求めることになる場合には、合理的であると認められる範囲を超えた金銭の負担となる。」

 

上のように、協賛金については、a. 「納入業者に本来当該納入業者が提供する必要のない金銭、役務その他の経済上の利益を提供させ」るタイプと、b. それ以外に分かれ、前者はそれ自体違法であり、後者については、それに応じることによって「納入業者が得る利益」が合理的な範囲で認められるかどうかで不当かどうかで違法か否かが判断されることとなっている。

ここでも出発点は、前述の「不利益」についての考え方であり(四.2.参照)、仮に納入業者にとって不利益にはならないとしても、協賛金を強制すること自体が、納入業者の自由な経営判断を妨げるのであって濫用に当たる、ということである。

これが解釈論としてそのまま妥当するのが、前記a.のいわば本質的に抑圧的・威圧的なタイプに属する協賛金である。例えば、創業何周年記念とかイギリス・フェアとかの名目でなされる協賛金はこのタイプである。この点につき、運用基準は、以下のように述べている。

「本項の『本来当該納入業者が提供する必要のない金銭』とは、具体的には、自己の利益を確保するために用いる決算対策協賛金等の協賛金や、納入業者の商品の販売促進に直接寄与しない催事、売場の改装、広告等のための協賛金等をいい、納入業者の商品が含まれていない催事や広告のための協賛金、納入業者の商品が置かれている売場とは関係ない場所での売場の改装のための協賛金等がこれに該当する。」

これに対し、大規模小売事業には、当該店舗を利用する納入業者との共同事業という側面があることも否定できないのであり、例えば、物流センター、売場の全面改装などは、すべての納入業者の協力が必要であるなど、客観的に合理的な理由がある場合もあることは否定できない。これが前記b.のタイプの協賛金である(これは、物流センター使用料など、本来は別の名称にすべきであろうが)。

この場合は、利益の有無、算定の合理性などを考慮し、濫用には当たらないと解する余地がある。すなわち、これらの協賛金は、本質的に抑圧的・威圧的ないし恣意的とされるタイプには属しないから、納入業者との共同事業にとって必要であるとされる場合で、かつその実質的な意味での合意の下でなされるのであれば、それは不当な強制ではないと解される。ここでも、前述の派遣店員についての限界についての議論が妥当するのである。

したがって、これらの場合には、当該協賛金が合理的な算定方法によって要請されていること、かつ、納入業者に対し、協賛金に見合う利益を具体的に算定した形で約束したなどの交渉の中での諸事実があるということを反証として提出することが許されると考えられる。

このように、前記a.b.の両タイプに分けて考えるとしても、両者の境界線上には多様な形態があるようである。

例えば、広告協賛金について、ある納入業者は、当該納入先の小売事業者の広告とは別個に、独自の広告戦略をとることにした場合、それを理由に広告協賛金を拒否することは当然のことであって、これを無視して、小売事業者がそれ相応の利益があるはずだから広告協賛金を出すように強制することは濫用に当たると考えられる。

しかし、運用基準は、以下のように述べて、合理的な範囲での広告協賛金の要請を違法ではないとするが疑問である。

「例えば、広告協賛金のように、広告に納入業者の納入する商品を掲載するため、広告を作成・配布する費用の一部を求めることは、納入業者にとってもその広告により自己の納入する商品の販売促進にもつながることから、直接の利益があるといえる。しかしながら、その広告に係る費用を超えて納入業者に金銭の負担を求めることになる場合には、合理的であると認められる範囲を超えた金銭の負担となる。」

さらに、より緩い解釈として、大規模小売事業者が各種のイベントを企画し、そのための協賛金を要請する場合、当該イベントで当該納入業者には、過去の実績からそれに関連した売上増が見込まれることが合理的に推測される場合、また特別の販促スペースや広告で目立つ地位を与えるなどの利益がある場合には違法ではない、という立場も考えられよう[33]。さきには、創業何周年などの名目をこじつけたイベントのための協賛金などは本質的に抑圧的であり、前記タイプa.に属すると述べたが、歳末大売り出しなど、各種イベントには前記タイプb.に属するとしてもいいようなものもあるかもしれない。しかし、これらの場合に、恣意的ではない、客観的な算定基準があり得るかどうか、やや疑問がのこるところである。

以上のように、優越的地位と濫用につき、ともに「事実上の推定」をすることができる行為類型として、押し付け販売と協賛金のタイプa.があるとすることができるのではないか。

 これに対し、一般指定3号・4号該当行為は、さらにより子細に見る必要がある。例えば、代金の不当減額や支払遅延は、下請事業者に全くの責任のない場合であるから、もっぱら親事業者の一方的な都合(コストダウンなど)によるのであり、このような行為は優越的地位を前提にした行為であると「事実上の推定」をすることができると考えられる。

 他方で、「買いたたき」や不当返品はやや微妙である。不当に安く買うことは、その時の需給関係の反映かもしれず、取引の対価そのものへの評価であるから、様々な考慮をしなければならないのかもしれない。また、返品は、アパレル商品などの納入業者が自己のブランドの信用維持のために大規模小売業者に頼むということもあると言われており、個別の事情を判断しなければならないとも考えられる。

今後、どのようなタイプの行為について、前述のような「事実上の推定」をすることができるかについての、より具体的な細かい類型化とその評価、また、その反証はどのように行われるかなどについての検討が行われるべきであろう。

 

3.行為の(影響の)広がり

前記の独禁法研究会報告書は、優越的地位の濫用における「不当性については、個別ケースごとに、行為者が属する業種とそこにおける取引の慣行及び態様、問題となる不利益の程度、行為の広がり等を考慮して判断する」と述べる。この最後に挙げられた「行為の広がり」は、公取委の事件選択の際の考慮要因としてはあり得るものであろうが、一般指定14項の解釈としては疑問である[34]

ここで「行為の広がり」とは、具体的には、当該行為が多数の納入業者に対して行われたものであることを意味しているようであり、ドン・キホーテ事件の勧告・審判開始決定でも、「納入業者に少なくとも延べ約3,600人の従業員等を派遣させ,使用している」、また、「これらの要請を受けた納入業者の多くは,ドン・キホーテとの納入取引を継続して行う立場上,その要請に応じることを余儀なくされ, 平成16年7月ころまでに,少なくとも,総額約2億9200万円を提供していた」という事実認定が記載されている[35]

あるいはこれとは別に、当該行為者が広い範囲で事業展開していることを意味しているようでもあり、ドン・キホーテ事件では、小売店舗を101店舗展開し、「我が国の総合ディスカウントストア業者の中で最大手の業者である」という記載がある。これらはドン・キホーテ事件に限られず、ほとんどの大規模小売事業者の一般指定14項または大規模小売事業特殊指定違反事件において、同様の事実認定がなされているところである。

流通・取引慣行ガイドライン第二部第5の2によれば、優越的地位にあるか否かにつき、「その判断に当たっては、当該小売業者に対する取引依存度、当該小売業者の市場における地位、販売先の変更可能性、商品の需給関係等を総合的に考慮する。」とされているが、ここにおける「当該小売業者の市場における地位」は、当該小売業者に対して優越的地位にあるか否かを判断する1つの材料として挙げられているのであって、それ自体が必要条件とされているわけではない。

上記の「行為の広がり等を考慮」することは、前記(四.1)の、優越的地位の濫用行為によって、競争者との関係で有利・不利などの影響が出るということまで公正競争阻害性の内容としたことと関連しているのであろうが、これについて疑問があることは前述の通りであり、さらに、これを立証すべき要件とすることは根拠のないことであると考えられる。

 

 

4.優越的地位の認定について

(1)継続的取引

 一般指定14項では、1号・2号においては、「継続して取引する相手方」という要件があるのに対し、3号・4号は、この要件を外している。しかし、ホールドアップ関係以外の場合に優越的地位はあり得ないという立場から、継続的取引関係に限ると解する立場がある[36]

しかし取引の実態として、欧米ではスーパーマーケットが納入を希望する卸売事業者に対し「取引開始金」を徴収する慣行も見られる[37](岸井・ドイツUWGの事例も)。日本では、この種の慣行があるかどうかは不明であるが、運用基準には、「店舗の新規オープンに際し」協賛金を要請するということが挙げられており、推測として十分あり得ることであろう。

 また、消費者取引における濫用行為の多くは、1回限りの取引であり、実例として、前掲の岐阜商工信用組合事件などもこれに当たる。

解釈論として継続的取引関係に限る理由はない。1回限りの取引でも、「優越的地位」は成立し、また「濫用」もあり得ることであり、これに対し一般指定14項を適用しない理由はない

継続的取引関係に限って一般指定14項を適用すべきとする理由は、ホールドアップ関係がないなら、濫用行為を受けたら断れるはずだということであろう。しかし、岐阜商工信用組合事件に見られるように、どの金融機関でも融資を受ける以上は必ず歩積両建預金を強制されるという場合や、消費者取引などにおいて、要求された取引条件が不当な不利益を課すものであることがよく理解されていなかったという場合も多いのである。

また、フランチャイズ契約を結んでコンビニを経営しているフランチャイジーが、経営悪化に陥り、回復の見込みがないと判断し、フランチャイザーを変更する例も多い。理由は様々であるが、近隣に同じフランチャイズの店舗が開店したというケースや、フランチャイザーによる各種の拘束(排他条件付取引、商品陳列の拘束など)や取引条件が不当に厳しいと思われるケースなどがあるといわれる。しかし、このようなケースで、フランチャイジーが、別のフランチャイズ契約に変更しようとした場合に同様の、または別種の不利益な取引条件を課される例もある。

これらの場合は、一部は取引開始の際に適正な情報提供を受けなかったということを問題にすべきこともあるが、前述の岐阜商工信用組合事件などにように、取引条件の実体上の問題も取り上げるべきケースもあると思われる。

 

(2)取引依存度と依存性

公取委の大規模小売事業者の優越的地位についての従来の運用においては,ほとんどの場合,行為者の事業規模と、被行為者の取引依存度(濫用を受けた事業者の売上の中における、優越的地位にある事業者との取引の割合)を頼りに認定している(流通・取引慣行ガイドライン第二部第5の2を参照)

しかし,優越的地位にある事業者に対する依存性はあっても,数字に表れる取引依存度ではかれないケースもある。

 優越的地位の認定に当たっては、「事業経営上大きな支障をきたすため、当該小売業者の要請が自己にとって著しく不利益なものであっても、これを受け入れざるを得ないような場合」で足りる(流通・取引慣行ガイドライン第二部第5の3)

 これを更にブレイクダウンし、綿密な検討を行った近年の研究業績として、岡野純司「優越的地位の認定---大規模小売業者に対する規制を素材として」がある[38]。そこでは、優越的地位は,(1)依存関係が強く、かつ、(2)取引先の転換可能性が低い場合に認められるべきであると主張されている。

そこにおける詳細な分析には傾聴すべき点が多いが、上記の (1)(2)を必要条件とし、それらについての事実認定を強く要求する論旨には疑問がある。

特に、(1)の強い依存関係が仮に小さくとも、大規模小売事業者から不当な要請を拒否して、その者の取引を切られるのは、その分だけ損失になり、それを他の小売事業者との取引を開拓して回復するのは困難であろうし、特に取引担当者にとっては失点になるから、濫用を受け入れることもあろう。この場合は、(2) の取引先の転換可能性が低い場合のことだともいえるが、大規模小売事業者と納入業者の関係において、納入業者にとって、取引先の転換可能性が十分にあるということは、実態としてほとんどあり得ないように思われる。

このことから、(1) の強い依存関係があって、(2) の取引先の転換可能性が高い場合ということは、あまり現実性がないのであるが、仮にそのような場合があるとしても、当該地域の大規模小売事業の業界では、他の大規模小売事業者も同じような濫用行為を行っているとすれば、取引先を変えても同じだと判断することもあり得る[39]

結局、優越的地位は,上記の(1),(2)を中心として、取引対象商品の需給関係等を総合的に考慮するとしかいえないものである[40]

また、優越的地位は,あるかないかの2者択一ではなく、いわば程度の問題であること、また、具体的に行われた行為との関連で見る必要があることにも留意すべきである。

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[] W.メッシェルの著書からの引用であるが、競争は自己目的ではない、ということはドイツでよく説かれることである。舟田「取引における力の濫用(2)」立教法学286頁(1987年)参照。

[]  同様に、ドイツの競争制限禁止法(GWB)政府案理由書は、「競争経済が、経済秩序の最も効率的な、また同時に最も民主的な形態であ」る、と明言している。舟田・前注(1) 立教法学2810頁参照。

[]  根岸・舟田『独占禁止法概説』(有斐閣、第3版、2006年)31頁参照。

[]  この文脈で、ドイツの競争制限禁止法に関する議論では、「競争の自由」、「経済的自由」、「行動の自由」などの用語も使われているが、ここでは「取引の自由」という用語を用いた。舟田・前注(1) 「取引における力の濫用(1)」立教法学27号(1986年)1頁以下、7頁等、その他、11頁注12に挙げた諸論考を参照。

念のために述べておけば、不公正な取引方法においては、「取引」だけではなく、それに関連する諸行為、例えば表示のように顧客を誘引する行為なども対象とされている。

[]  金井貴嗣「現代における競争秩序と法」『現代経済法講座1 現代経済社会と法』(三省堂、1990年)89頁以下、特に125頁以下は、消費者の権利だけに着目すべきことを説く。そこでは、私の論考に対し、「『積極的自由』の主体に法人企業を含めてしまってよいのかという疑問が残る」として、「生きている人間」である消費者に限定している。

これは重要な指摘であって、法人企業に積極的自由・実質的自由を享受することを認めることがどのような意義を持つかは更に検討すべきである。しかし、市場におけるプレーヤー(参加者)の中で、消費者には特別の法的意義を認めるべきであるとしても、その積極的自由に限定するのは、独占禁止法の構造から無理な理解であると思われる。次の問題は、積極的自由を認めるべき法人企業のあり方を考えるべきであり、ここに経済法と労働法との接点もあり(「企業内民主主義」とでも呼ぶべき関係が要請されている)、また社会的責任論を踏まえた企業像を構想するとも繋がると思われる。なお、私が経済法の研究を始めた1960年代末には、企業による公害問題が深刻化しており、その後、石油危機を契機として企業の社会的責任が問われたが、これらをも競争秩序の形成の中に組み込むような経済法理論が要請されていると思われる。

[]  同報告は、公正取引三八二号・三八三号(一九八二年)、あるいは田中寿編『不公正な取引方法』(商事法務研究会、一九八二年)一〇〇頁以下に掲載されている。本報告書における三条件説に対しては、以下のような疑問がある。第一に、これら3条件を並列的に、相互に関係ないものとして並べることになっていないか、3者の相互関係をどう整理するか。第二に、「競争の減殺」は、競争の実質的制限の程度が低いというだけでいいのか。公正競争阻害の「おそれ」は、「一般的・抽象的危険性」を意味するとされていることと矛盾しないか。第三に、「競争手段の不公正さ」は、どういう根拠ないし価値判断から「不公正」となるのか(同義反復ではないのか)。第四に、「競争基盤の侵害」は、少なくとも現象的には弱者を助けるになるが、「独占禁止法の目的は、競争者の保護ではなく、競争の保護である」といわれる場合の前者=「競争者の保護」とどこが違うのか。これらに対し、前記独禁法研究会報告書でも一応の解答が用意されている点もあり、その後もこれらに触れた議論もあるが、ここでは詳論は割愛する。三条件説を支持する議論として、根岸哲「不公正な取引方法と独占禁止法」・同『独占禁止法の基本問題』(有斐閣、1990年)153頁以下を参照。

[]  当時の委員であった私1人が主張した意見であり、本稿で後に述べるような考えもあって、「反対(または少数)意見」などではなく、付記意見として加えていただいた部分である。既に20年以上の前のことであるから明らかにしてもよいと考えた次第である。

[]  不公正な取引方法の指導理念は、「公正な競争」の実現であり、これは一般に、「能率競争」、すなわち良質廉価な商品または役務の提供を唯一の手段として、顧客を獲得しようとすることであると説明されている。ただし、前注4に挙げた私の以前の論考では、ドイツにおける「業績競争」概念をめぐる論争が下敷きになっている。金子・実方・根岸・舟田共著『新・不公正な取引方法』(青林書院新社、1983年)63頁以下(2節 西ドイツ。舟田執筆部分)、舟田「不公正な取引方法と消費者保護」加藤・竹内編『消費者法講座 第3巻』(日本評論社、1984年)99頁以下、「差別対価・差別的取扱い」経済法学会編『独占禁止法講座V』(商事法務,1985年)103頁以下、「消費者取引における価格の適正化」遠藤浩・林良平・水本浩監修『現代契約法大系 第4巻』(有斐閣,1985年)133頁以下等を参照。

[]  この点で、高橋岩和「優越的地位の濫用と公正競争阻害性」公正取引6262頁以下、5頁(2002年)の「濫用」についての叙述は疑問である。

[10]  正田彬『経済法講義』(日本評論社、1999年)140頁以下参照。同氏が古くから説いている「個別的従属関係」は、これとほぼ同一の意味である(支配と従属は裏返しの関係にある)。正田彬『全訂独占禁止法T』(日本評論社、1980年)109頁以下、不公正な取引方法との関係については、293頁以下を参照。相対的市場力については、前注(1),(8)所掲の私の以前の諸論考をも参照。

[11]  舟田・前注(1)立教法学275頁以下参照。

なお、取引の相手方に対する相対的市場力と競争者に対する相対的市場力の関係も、実際には互いに関連していることが通常である。極めて常識的な言い方であるが、ヨコの力とタテの力は互いに関連しているのが通常である。例えば、流通における垂直的制限の場合、販売事業者を強く拘束することができるメーカーは、メーカー間の競争においても一定の市場力を有していることが多い。稀に関連していない場合、例えばタテの力はあるが、ヨコの競争関係では全く無力である場合もあり得るのかもしれないが、社会全体として、取り上げるに値しないことが多いであろう(そうでなければ、当該取引が社会的にある程度の広がりと重みをもっていて、かなり有意であり、いわゆる「小さい市場」としてアプローチすべき問題なのかもしれない)。

上のことから、ある行為が、取引の相手方に対する相対的市場力の行使と競争者に対する相対的市場力の行使の両面を持っていることも多く見られる。例えば、コンビニ本部が、コンビニ店舗に対し、排他条件付取引、拘束条件付取引を課すという行為に対しては、上記の2つの面から公正競争阻害性の有無を判断しなければならない。ごく小規模なコンビニ本部であれば、競争者に対する相対的市場力はないから、一般指定11,13項における「競争減殺」には当たらないが、14項の優越的地位の濫用に当たる可能性はある。

ここで、一般指定の各号該当行為が、取引の相手方に対する相対的市場力の行使と競争者に対する相対的市場力の行使のいずれについての問題かを以下示しておく。

A.     取引の相手方に対する相対的市場力の行使-----優越的地位の濫用(14項)

B.     競争者に対する相対的市場力の行使----不当廉売(6), 不当高価購入(7項)

C.     両者のいずれにも当たることがある類型-----上記以外の各号

なお、独占禁止法上の理論的概念である「力の濫用」(Machtmissbrauch)と民法上の概念である「権利の濫用」(Rechtsmissbrauch)についても簡単に触れておく。「力の濫用」という概念は、そこにおける「力」が第一次的には事実概念であり、この点で既に、その出自からして法的概念から生まれた「権利の濫用」とは性格が異なる。ただし、「力の濫用」は不公正な取引方法の理論的根拠である限りでは、事実概念であるにとどまらず法的概念であるが、それは直ちに具体的な解釈論に用いられる道具概念ではなく、理論的概念にとどまるものである。

[12]  この濫用説の提唱者が、「取引主体の取引活動の自主性と自由が、一定の相対的市場力によって制限される場合が典型」である等々と述べているのは、この趣旨であろう。正田・前注10『経済法講義』142頁等を参照。

[13]  わが国における研究として、柴田潤子「ドイツにおける不当廉売規制の最近の展開」香川大学法学部創設20周年記念論文集101頁以下(2003年)、東田尚子「ドイツにおける仕入原価割れ販売の規制」一橋論叢125117頁以下(2001年)等がある。

[14] 正田彬「流通取引ガイドラインにおける公正競争阻害性の検討」公正取引63951頁以下、56頁以下等(2004年)。

[15]  流通取引ガイドラインは、引用した部分の後に、一種のセーフ・ハーバー条項を置いており、そこでは上記の有力事業者基準に該当しない場合は「違法とはならない」と述べられているが疑問である。

そもそも、ガイドラインは、公取委が独占禁止法を運用する際のガイドラインであって、客観的な法解釈とは区別されるのであり、上のセーフハーバー条項もそのような行政上の指針と理解すべきであろう。正田・前注11公正取引63953頁参照。

[16]  正田・前注13公正取引63953頁など、正田氏が繰り返し注意している点である。

判例

[17]  流通・取引慣行ガイドラインに対しては、古くは、金井「流通・取引慣行ガイドラインをめぐる独占禁止法上の論点」ジュリスト99299頁以下(1991年)など、最近のものでは、正田・前注13などが厳しい批判を展開している。本稿でも、例えば前注14では同ガイドラインについての疑問を提示した。

[18]  例えば、横田直和「優越的地位の濫用行為に係る公正競争阻害性の再検討」公正取引56513頁(1997年)参照。このように批判しても、これに代わる「明確」な判断基準は提示されていない。同論文では(17頁)、当該行為が「経済社会において是認されないものであること」という基準が突然出てくるが、独占禁止法にとって外在的な基準を持ち込むことには慎重であるべきであり、疑問である。

[19]  これは、ジュース表示事件=最判昭和53314(民集322211)以来、古くから議論されてきている点と関わっている。

なお、一般に、「自由」が客観的性格を持つことがあることについては多様な議論があるところであるが、ここでは割愛する。また、戦後のドイツで、競争制限禁止法の法目的は、「制度保護」(制度としての競争保護)か「個人保護」(競争の自由の保護)かの論争があったことについては、舟田・前注1立教法学283頁以下を参照。

[20]  例えば、以下のような興味深い問題提起がある。すなわち、競争減殺型の取引において、「拘束的な条件を付けて取引契約をするけれど、その契約当事者の間では十分にペイされていて、対価が支払われている」ような場合にあっては、契約当事者間での私益侵害は生じていない。「競争減殺型のものにおける取引の悪性というものを、公序違反として問えるのかという問題が」出てくる。座談会「特集・独占禁止法と民事法(上)」民商法雑誌124巻4=5号466頁以下(2001)(森田修発言)。

民法の問題(「公序違反として問えるのかという問題」)は別として、独占禁止法上は、契約当事者の間でペイされているかどうかをそのまま問題にすべきではない(「そのまま」と書いたのは、場合によっては考慮要素とすべき場合もあるからである)。例えば、再販が広範囲に厳格に行われば、当事者間ではペイしていることが多いのであろうが、拘束を受ける販売業者の価格決定の自由は侵害され、さらに消費者の「取引の自由」も侵害されている。

損害賠償でも、独禁法違反行為による損害は、「差額説」でなく,「現実的損害説」によるとすれば,保護法益は,「公正かつ自由な競争によって形成された価格で商品を購入する利益」である(吉田克己「競争秩序と民法」厚谷記念『競争法の現代的諸相(上)』(信山社,2005年)31頁以下,42頁)。これは既に,以下のもので説かれていたことである。淡路剛久 「独占禁止法違反損害賠償訴訟における損害論」経済法学会年報348頁(1982年),舟田「消費者による石油価格カルテルの損害賠償請求」昭和60年度重要判例解説221頁以下(1986年),同「カルテルと損害賠償請求(2)−−鶴岡生協事件」独禁法判例・審決百選(第四版)248頁以下(1991年)等を参照。

[21] 今村成和『私的独占禁止法の研究(六)』(有斐閣、1993年)179頁、同『独占禁止法』(有斐閣,新版,1978年)146頁以下等を参照。

[22]  正田・前注10『全訂独占禁止法T』409頁以下を参照。以上について、簡単には根岸・舟田・前注2『独占禁止法概説』283頁以下を参照。

[23]  田中寿編・前注6『不公正な取引方法』89頁(これは報告書それ自体ではなく、公取の担当者による解説の部分である)。高橋・前注9公正取引626号4頁以下も同旨。

これと同様の説明は、公取委の文書で時折見られる。例えば、「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」の運用基準(平成17年6月29日公正取引委員会事務総長通達第9号)の「はじめに」1では、大規模小売業者による優越的地位の濫用行為によって、「納入業者は,取引における自由かつ自主的な判断をゆがめられるとともに,あらかじめ計算できない不利益を受け,他の納入業者との関係で競争上不利となり,一方,不当な行為による利益を享受する大規模小売業者は,他の小売業者との関係で競争上有利となるなど,納入業者間及び小売業者間の公正な競争が阻害される」とある。

また、流通ガイドライン第二部第5の1(1)では、小売業者による優越的地位の濫用行為につき、「優越的地位の濫用の規制は、このような行為によって小売業者間あるいは納入業者間等における公正な競争が阻害されるおそれがある場合に当該行為を排除しようとするものである」と述べる。

このように優越的地位の濫用を競争者との関係で説明し直すということは、おそらく故今村氏に由来するのであろうが、そこでは、「本号の趣旨を全面的に活かすために,この要件(「公正な競争を阻害するおそれ」---舟田)の方を歩み寄らせるとすれば」として,述べられているに過ぎない。この文章は、無理に競争との関係を強いて,こじつけて説明してみれば、というように読むべきものと思われる。今村・前注(20)『独占禁止法』148頁。この箇所は既に、『経済法・独占禁止法』(有斐閣,改訂版,1967年)129頁にもある。

[24]  横田・前注17公正取引565号17頁は、「例えば市場メカニズムが適正に機能するための前提とされているリスクの負担を他者に転嫁するような手段を用いることにより、競争者より有利な立場に立つ可能性があるのであれば、公正競争阻害性がある」とする。この前段も議論の余地があると思われるが、後段の、「競争者より有利な立場に立つ可能性があるのであれば」という部分は、より明確な判断基準を持つべきだという趣旨から出ているようであり、具体的な行為ごとにこのような判断が要請されるとしているように読める。

[25]  舟田・前注(1)立教法学2831頁以下では、戦後のドイツ民法理論において、近代市民法を修正し、優越的地位にある者の力の不当な行使を抑制しようとする中で、2つの方向があるとした。すなわち、一方では、それらの法規制は、相手方たる経済的弱者の実質的自由の侵害に対してなされるものとする傾向(実質的自由志向)があり、他方では、相手方が本来享受すべき利益の侵害に対してなされるものとする傾向(個別的成果志向)がある。本稿の立場が、前者(実質的自由志向)に親近性を持つものであることはいうまでもない。

[26]  やり直しの要請については、公取委「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する占禁止法上の指針」(平成16年改定)4(1)を参照。

[27]  粕渕功「『大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法』の告示について」公正取引6552頁以下(2005年)6頁以下参照。

くだいて言えば、以下の発言が妥当であると考えられる。「合意があったら何でもいいかというと、やはりそうではない。合意があっても、著しく不合理な不利益を押しつける場合はやはり問題である」根岸哲(発言)・座談会「最近の独占禁止法違反事件をめぐって」公正取引65614頁(2005年)。本文で述べることは、これを理論的に整理し直そうという試みである。

なお、近年の公取の優越的地位の濫用についての運用では、取引の内容そのものでなく、取引条件成立の過程に着目する方向にあるとの指摘がある(平林英勝『独占禁止法の解釈・施行・歴史』(商事法務,2005年)299頁以下)。これは傾聴すべき観点であるが、他方で、「どれだけ下請事業者から真に自由な合意が得られた上で発注書面が交付されているか疑問なしとしない」(同上310頁)との指摘も重要である。

同様の観点から、舟田「放送産業と経済法」日本経済法学会編『経済法講座第1巻 経済法の理論と展開』(三省堂、2002年)306頁以下では、交渉は「アリバイ工作」となると、委託取引ガイドラインを批判した。

[28]  最近のものでは、岡野純司「優越的地位の認定---大規模小売業者に対する規制を素材として」中大・大学院年報335281頁以下、298頁(2006年)を参照。

[29]  正田・前注(10)『全訂独占禁止法T』416頁、418頁参照。

[30]  なお、岸井大太郎(発言)・前注27公正取引65615頁を参照。

[31]  これらの行為は、正田・全訂独占禁止法T418頁以下の「取引に固有な条件以外についての不利益が、条件として課される場合」に当たる。

[32]  「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」の運用基準(平成17年6月29日公正取引委員会事務総長通達第9号)

[33]  米国のメイシー事件(1964)におけるFTC審決では、協賛金要請は本質的に抑圧的・威圧的であり、明白な圧力の行使を立証しなくとも違法とした。これに対し、控訴裁では、抑圧的・威圧的か否かは立証不要であり、買い手が比例的平等の原則に反して経済的利益を不当に受領し、競争上有利になる点を問題にした。

控訴裁判決における、競争上有利になるという論理については疑問であり(四.1.参照)、FTC審決における、協賛金要請は本質的に抑圧的・威圧的であるという論理が妥当である。しかし、本文で述べたように、本質的に抑圧的・威圧的とされるタイプには属しない、個別の根拠のある協賛金であって、適正ないし合理的な算定根拠に基づくものは除かれると解される。

R.H.Macy & CO.,Inc. v. Federal Trade Commission, 326 F.2d.445(2nd Cir. 1964). 本件については、金井貴嗣「連邦取引委員会法5条と購買力の規制−−ロビンソン・パットマン法との関係を中心にして」経済法学会年報3号107頁(1982年)、松下満雄『アメリカ独占禁止法』東京大学出版会255頁以下(1982年)、細田孝一「諸外国における不公正な取引方法の規制の概要(3)終」公正取引384号61頁以下(1982年)、栗城利明「独占禁止法における取引上の優越的地位濫用規制に関する考察(2)」公正取引55248(1996年)等を参照。

 

[34]  田中編・前注6『不公正な取引方法』34頁(根岸発言、ただし公取委が規制する場合の考慮要因として)、35頁(実方発言)、89頁(解説部分)、実方謙二『独占禁止法』(有斐閣、第3版、1995年)340頁、横田・前注17公正取引565号14頁、金井ほか『独占禁止法』(弘文堂、第2版、2006)320頁以下。

なお、同様のことは、ぎまん的顧客誘引についても主張されている。田中編・前注6『不公正な取引方法』59頁以下、金井ほか・同前272頁。

さらに、川越憲治編著『実務 経済法講義』(民事法研究会、2005年)241頁(川越執筆部分)は,「行為者が市場ないし準市場において強力な地位を持っており」と述べ,本規制は私的独占につながる性格とするが,本稿の立場からは疑問である。

[35]  例えば、以下の発言は、公取の事実認定においては妥当な見方であると考えられる。「今までは、三越などの事件では、個々の納入業者に対して優越しているというのではなく、納入業者の群に対して三越が相対的な優位にあるのだという感じだったと思うのですが」楢崎憲安(発言)・前注27公正取引65615頁。

[36]  滝川敏明「優越的地位の濫用---限定基準と事件例」公正取引65529頁以下、31頁(2006年)は、その趣旨のように読める。ホールドアップについては、大録英一「ホールドアップ問題と優越的地位の濫用」公正取引487号〜492(1991年)を参照。

[37]  杉浦市郎「イギリスにおけるスーパーマーケットのコード・オブ・プラクティス」愛知大学・法経論集16851頁以下(2005年)、同「イギリス競争委員会のスーパーマーケット報告書」公正取引65536頁以下(2005年)

[38]  前注 286頁)

[39]  (2)を要件とすることへの批判は、根岸・舟田・前注3『独占禁止法概説』284頁以下をも参照。

[40]  同旨、公取委・独占禁止法研究会「不公正な取引方法に関する基本的考え方」(1982年)、流通取引慣行ガイドライン第1部、第五の2、注13

この他の要素を考慮すべき場面として、技術にロック・インされた後の優越的地位の濫用の問題などがある。和久井理子「技術標準化、パテントプールと独禁法」日本工業所有権法学会年報2641頁以下(2002年)45頁注22に所掲の文献を参照。

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