思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2009年第3期 9月29日 夜明け前より瑠璃色な フィーナ誕生日記念 「Birthday eve」 9月22日 FORTUNE ARTERIAL SSS”ぬくもり” 9月14日 FORTUNE ARTERIAL SSS”わたしの出番” 8月20日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「夏の終わり」 8月15日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory Summer vacation 8月12日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「貴方の望み」 8月10日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”I only of you” 8月7日 FORTUNE ARTERIAL FA楽屋裏小劇場”CDデビュー” 8月3日 朝霧麻衣誕生日SS「伝える想い」 7月25日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory              「楽屋裏狂想曲〜エレガント抱き枕〜」 7月22日 FORTUNE ARTERIAL SSS”日食の日” 7月19日 FORTUNE ARTERIAL SSS"抱き枕" 7月12日 千堂伽耶誕生日SS 「離れていても」 7月2日 FORTUNE ARTERIAL SSS"作法"
9月22日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”ぬくもり” 「戸締まりいいわよ、帰りましょう」  監督生室の戸締まりを瑛里華が全て確認して、俺達は寮へ向かう。 「陽が暮れるの早くなったな」 「そうね、もうすぐ秋本番ね」  そう言いながら瑛里華は自分の両腕をそっとさする。  衣替え直前のこの時期、日中は半袖でも問題ないが、朝夕は涼しいを  通り越して寒いと感じるようになってきた。  瑛里華の夏服も、陽が暮れた今は寒そうに見える。 「ほら、瑛里華」 「なに・・・って孝平の上着じゃない」  俺は手に持っていた上着を瑛里華の肩にかける。 「こうすれば寒くないだろう?」 「ありがとう、でも返すわ」  上着を返されてしまった。 「寒くないか?」 「それを言うなら孝平だって寒くないの?」 「俺は大丈夫だよ、それより瑛里華の方だ」 「私は・・・ちょっと寒いかな」 「なら」  俺は上着をもう一度渡そうとする。 「もぅ、孝平ったらわかってないのね」  なにを、と言おうとするその前に 「えぃ!」  瑛里華は俺の腕に抱きついてきた。 「上着借りたら、こうすることが出来ないでしょう?」 「あ、あぁ・・・」  俺の二の腕に瑛里華の柔らかい感触が押しつけられる。 「これで、暖かいわ。さぁ、帰りましょう」 「おい、あんまり引っ張るなよ」  俺は瑛里華に引っ張られながら、寮への帰り道をゆっくりと歩いた。 「でも上着は孝平に抱かれてるようで良かったかも。ちょっと勿体なかったかな」 「何か言ったか?」 「ううん、なんでもないわ」
9月14日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”わたしの出番” 「ねぇ、こーへー。お話があるからわたしの部屋に来てくれる?」 「ここじゃ駄目なんですか?」 「もぅ、こーへーのえっち!」  思いっきり叩かれた。 「ど、どういう意味なんですかっ!」 「それを女の子の口から言わせるなんて、こーへーったらS?」  これ以上この会話を談話室で続けるのは危険過ぎる、特に俺の立場が。 「わかりました、かなでさんの部屋へ行きます」 「その辺に座って待っててね、いまお茶いれるから」 「おかまいなく」  俺は慣れた手つきで座布団を用意し、そこに座る。 「・・・相変わらずおまえは存在感あるな」  部屋の入り口付近にいる、2体の信楽たぬき。こちらに背を向けて鎮座している。  かなでさんの部屋の扉を開けるとこの2体と目線があうのはどうにかしてほしいと  思うが、人の趣味なのでどうしようもない。 「おまたせ」 「ありがとうございます」 「それで、話ってなんですか?」 「そーそ、こーへー、酷い話なんだよ」 「酷い?」  何かあったんだろうか? 「わたし、また伽耶にゃんに順番抜かされたんだよ?」  順番って何の順番ですか・・・ 「それにさ、おとなのじじょーだからってさ、わたしの番が全然回ってこなかったの。  えりりんが6月14日、きりきりが6月18日、白ちゃんが6月19日。  ひなちゃんが6月20日でしょ? それで伽耶にゃんが7月2日。」  何の話だ? 「シリーズ物なのにあれからもう2ヶ月も立ってるんだよ?  わたし、その間ずっと放置されてたんだよ? 酷いと思わない?」 「えっと・・・俺用事思い出したので戻りますね」  なんだか嫌な予感したので俺は立ち上がり部屋から出ようとして・・・ 「なっ!」  いつの間にか2体の信楽たぬきが通路をふさいでいた。 「逃げちゃ駄目だよ、こーへー。まだお話が終わってないんだから♪」  背中向きなのが何かを語ってるように見えた。 「わかりました、俺は何をすれば良いんでしょうか?」 「うんうん、こーへーは素直に育ってくれてお姉ちゃん嬉しいよ」  そう言いながらかなでさんが渡してくれた物は 「デジタルカメラ・・・ですよね」 「そ、わたしの写真を撮ってもらおうかなって思って買ったんだ。  ・・・2ヶ月前にだけどね」 「・・・」  一瞬にして空気が沈んだ気がした。 「でも、わたしは諦めなかった!!」 「かなでさん?」 「いつ出番が来ても良いように、いろいろとコスチュームを準備したのだ!」  そう言ってベットの上にいろんな服を並べだした。 「こーへーの大好きなしましまの下着でしょ? それに、着物も用意したし  巫女さんの制服も用意できました〜」  巫女装束は制服とは言わない気がするんですけど・・・ 「ちゃんとひなちゃんから美化委員会の制服も借りてきたし・・・」  そこでかなでさんの言葉が途切れた。 「ううん、これだけ用意できたんだ。全部着替えて写真撮ってもらうからね」 「あの、かなでさん。その一番右側の紙袋は?」 「え? 何の事かな〜?」  目をそらして答えるかなでさん。 「せっかくだから全部撮りましょうよ、かなでさん」 「え?」 「かなでさんが用意してくれたんだから俺も撮りたいですし」 「・・・こーへーがそこまで言うなら」  そう言って紙袋の中からとりだしたのは・・・ 「あれ?」  紙袋はからっぽだった。 「あはは・・・だって、伽耶にゃんは最初そうだったって言うから・・・」 「・・・」 「でも、こーへーがわたしのすべてが撮りたいっていうから・・・その・・・  こ、こんなことするのこーへーだけだからねっ!」 「かなでさん・・・」 「こーへー・・・」 「うにゃぁぁぁぁ、わたしったらなんて事を!」  撮影とちょっとした運動を終えた後のかなでさんが床を転がりまわってた。 「良いじゃないですか」  俺はデジカメのモニターに写真を再生してみた。 「見ちゃだめっ!」 「せっかく撮ったんだから」 「没収!!」  かなでさんは俺の手からデジカメを取り上げた。 「そして、風紀シール!」  ぽよよん、という音と共に俺の額にシールが貼られた。 「わたしにもっ!」  かなでさんは自分自身にも風紀シールを貼った。 「もぅ、こーへーがこんなにえっちだなんて思わなかったよ」 「俺はかなでさんもえっちだと思いますよ?」 「わたしは普通だもん!」 「それじゃぁ・・・」 「あ、だめ、まだ・・・んっ!」 「どう、ですか?」 「・・・やっぱりわたしもえっちみたい。だからこーへー・・・」  長い夜はまだ始まったばかりだった。
8月20日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「夏の終わり」 「達哉、私は昼食の用意に行きますね」 「はい、こっちももうすぐ終わります」 「お願いします」  そう言うとエステルさんは礼拝堂から出ていった。 「ふぅ、まだ暑いな」  持っていた雑巾をバケツの中で濯いで絞る。  あとちょっとで礼拝堂の掃除は片づきそうだ。 「お昼までには終わらせないとな」  俺は気合いを入れて椅子の拭き掃除を再開した。 「今日は素麺を茹でました」  ガラスの器に盛られている素麺はとても涼しげに見える。  暑い夏でもたくさん食べれそうだ。 「今日の糧を与え給うことを神に感謝します・・・」  食事の前のいつものお祈り。  俺もエステルさんにならって手を合わせる。 「今日も月と地球が平和であることを、神に感謝します」  いつもながら目を閉じているエステルさんに見とれてしまう。  お祈りを捧げる司祭様に見とれてしまうのは罰当たりかなと  思ってしまうが、こればかりは仕方がないと思う。 「では、いただきます」 「いただきます」  なれた箸使いで素麺をとるエステルさん。  それを見てから俺も箸で素麺をつゆの入った器に移してすする。 「さっぱりしてて美味しいですね」 「そうですね、夏って言えばこれですからね」 「でも、達哉は男性ですから物足りないのではないでしょうか?」  エステルさんが心配そうに訪ねてくる。 「大丈夫ですよ、ちゃんと朝夕しっかり食べてれば夏ばてなんてしませんから。  それよりもエステルさんは大丈夫ですか?」 「私は大丈夫です、ちゃんと健康管理も行ってます」 「なら安心です」 「もぅ、達哉の話をしてたのになんで私の話になるんですか?」 「どうしてでしょうね?」 「もぅ」 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさまでした」  二人で手を合わせる。 「それじゃぁ洗ってきますね」 「いえ、達哉は休んでてください。私が洗ってきます」 「お昼はエステルさんが作ってくれたから洗い物くらい俺がしますよ」 「いえ、そうはいきません。達哉は休んでいてください」  このまま行くと言い合いに発展しそうな流れだな。 「なら、一緒に片づけ物しましょう」 「え? あ、でもお台所は狭いですし二人だと、その暑いです」 「どうして暑いんですか?」 「それは、その・・・一緒だと、み・・・密着してしまいます」  そういって頬を染めるエステルさん。  ・・・やばいくらい可愛い。 「なら仕方がありませんね、一人で洗い物するしかないですね」 「え? そ、そうですね・・・仕方がありませんね」  そう言って安心したような、残念な顔をするエステルさん。 「それとも二人で一緒に暑がりながら洗った方がいいですか?」 「そ、そんなことはありません!」  エステルさんの右手は頬にあてられている。 「な、なにがおかしいのですか?」 「いえ、なんでもありません。それじゃぁエステルさん。一緒に片づけに  行きましょう」 「え?」 「暑くても二人で片づければあっという間です。それくらい我慢できますよね?」 「も、もちろんです! 達哉がそこまで言うなら仕方がありませんね」  そう言うエステルさんの顔は嬉しそうだった。 「ふぅ」  洗い物を終えた俺達はエステルさんの部屋へと戻ってきた。  カラン、と持ってきたグラスの中の氷が音を立てる。 「暑いですね」 「えぇ、でももう夏も終わりです」  そう言うとエステルさんは窓の方へと歩いていく。 「風がとても気持ち良いです、秋が近い事がわかります」  確かに部屋の中に入ってくる風は涼しい、けどなんだか甘い香りがする。  それはエステルさんの髪の香りだろうか?  窓から流れ込む風は、エステルさんの髪を揺らす。  思わず俺はその光景に魅入ってしまう。 「でも、夏が終わってしまうのがちょっと残念に思います」 「そう、ですか?」 「えぇ、暑いのは苦手ですけど、夏には夏の良さがありました。それを教えて  くれたのは達哉です」 「俺、何か教えましたっけ?」 「はい、達哉はいろいろとすばらしい事を教えてくださいました」  何か特別なことを教えた記憶は無いと思う。 「・・・でも、たまにいけないことも教えてくれましたけど」 「いけないこと?」  何だろう? 教えてはいけないこと・・・してはいけない、こと・・・ 「あ、あれのことか?」  エステルさんも心当たりあるのか、顔を真っ赤にしている。 「あの時は無茶させてすみませんでした」 「・・・」 「やっぱり、学園に忍び込むなんて事は駄目ですよね」  以前、学園の中の桜を見せたくて、制服に着替えてもらって忍び込んだことが  あった。あれは確かにいけないことだ。 「は・・・?」  エステルさんは俺の言葉にぽかんとした。 「そ、そうです! 聖職者ともあろうものが忍び込むだなんてもってのほかです!」  なんだか慌ててるエステルさん。その右手が頬にあてられている。 「すみませんでした、今度はもう少し考えて見ます」 「お、お願いします、達哉」 「それで、エステルさんのいけないことって何を思ったんですか?」 「っーーーーーーーーー!」  話が終わったと思って安心してるエステルさんに本題をぶつけてみた。  俺とエステルさんの思ってることに違いがある。  それはエステルさんの癖と、今の反応が教えてくれている。 「なな、なんでもありません!」 「いけないことなら教えてください、俺はエステルさんの嫌なことはしたくないです。  だから注意したいんです」 「嫌なことじゃなんです、むしろ・・・な、なんでもありません!」 「お願いします、エステルさん」 「〜〜〜っ!」  エステルさんは悲鳴にならない声を上げている。  なんだか楽しくなってきた。  俺がもう一押ししようと思ったとき、エステルさんが小声で何かを話した。 「聞こえないです、エステルさん」 「・・・礼拝堂でとか、外とかで」 「エステルさん?」 「ーーーーー、天罰っ!!」  ぴこっ! 「うぉ!」  いきなりピコピコハンマーで叩かれた。  いったいどこから出したんだ、これ? 「ていうか、いきなりなんですか?」 「天罰ですっ!」 「いや、それはわかりますけど・・・」 「達哉がいけないんです、天罰を与えなくてはいけない事を  言わせようとしたからです!」 「言わせようって・・・言うのはエステルさんじゃないですか」 「ですから、私にも天罰を与えてください!」  そう言うとピコピコハンマーを俺に持たせる。 「エステルさん」 「覚悟は出来ています」  そういって目を閉じるエステルさん。  俺は目を閉じているエステルさんにそっと口づけをする。 「っ! ななな、なにを!」 「エステルさんが天罰を受ける理由がありません」 「でも!」 「もし、俺の思いが天罰を受けるものなら、俺は甘んじて受けます。  教団から司祭様を奪うんだから、それくらいの覚悟はあります」 「達哉・・・ずるいです」 「そうですか?」 「えぇ」  そう言いながらエステルさんはそっと俺の胸の中に寄り添ってくる。  俺はそっと背中に手を回して抱き留める。 「達哉、暑いですか?」 「だいじょうぶ、もう秋の風が吹いてるから」

8月12日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「貴方の望み」 「支倉先輩、一緒に泳ぎませんか?」 「ありがとう、でも俺は仕事中だから、俺のかわりにたくさん楽しんで。  そうしてくれると俺も楽しめるからさ」 「は、はいっ! ありがとうございます!」  残暑厳しい夏休み、シスター天池に頼まれて俺達生徒会はプールの監視員の  仕事に就いていた。  本来教師の仕事だが、今日はどうしても人員を割り当てらなかったそうだ。  運動場の横のプールの特設テントの中で俺はぼーっとプールを見ている。 「孝平、後輩にもてもてね」  俺の背後から背筋が凍るような気配と共に学院指定水着を着た瑛里華が  寄ってくる。 「そ、そんなことはないとおもうぞ」  恐怖心からか思わずどもってしまう。 「でも、さっきの後輩の女の子、可愛かったものね〜」 「むっ、それをいうなら瑛里華だってさっき誘われたじゃないか」 「会長、俺達と一緒に遊びませんか?」 「ありがとう、でも誰かが監視の仕事をしてないと駄目なのよ。  だから、私たちのかわりにたくさん楽しんで。  あなた達が楽しんでくれることが一番だから」  そんなやりとりだった。 「あ、あれは関係ないわよ、私の時はグループの中に女の子もいたじゃない。  孝平の時は女の子だけだったでしょう?」 「それはそうだけど・・・」  それでも瑛里華を誘ったのは男子生徒だった、それが気にくわない。 「それよりも、孝平が鼻の下をのばしてたのが気に入らないわ」 「のばしてなんか無い」 「のばしてた!」 「のばしてない!」 「支倉先輩、瑛里華先輩。お茶が入りました」  絶妙のタイミングで、同じく学院指定水着を来た白ちゃんがお茶を持ってきた。  特設テントに常備されてる大きな水筒からいれた、冷たい麦茶だった。 「あ、ありがと、白」 「ありがとう、白ちゃん」  俺達は同時に紙コップに口をつける。  冷たい麦茶が胸を、身体を、そして頭を冷やしてくれた。 「支倉先輩、瑛里華先輩。私たちが喧嘩してると、みなさんが楽しめませんよ?」 「そ、そうね」 「ごめん、白ちゃん」  二人で同時に謝った。 「東儀さん、良かったら一緒に遊ばない?」 「あ・・・」  白ちゃんを誘いに来てくれた女の子は、あの時の、信任選挙の時の事件の時の  女の子だった。 「ありがとうございます、でも今はお仕事中なので」 「白、行って来なさい」 「瑛里華先輩?」 「監視は二人いれば出来るわ。それに白は今日は手伝いの日じゃないでしょう?」 「ですけど・・・」 「白ちゃん、大丈夫だから友達と遊んでおいで」 「でも」 「さっき仲直りさせてくれたお礼ってことで、白ちゃんをよろしくね」 「はい、任されました。ほら、東儀さん行きましょう! みんな待ってるわ」 「あ・・・支倉先輩、瑛里華先輩。ありがとうございます! 行って来ます!」  白ちゃんは友達と一緒にプールに入っていった。 「倦怠期の夫婦喧嘩に子供が仲裁に入る、良い家庭だねぇ」 「せ、千堂先輩! いつのまに!?」」  テントの中に水着姿の千堂先輩が現れていた。 「まったく、君たちはもう倦怠期なのかい?」 「・・・兄さん、星になりなさいっ!」  瑛里華のパンチが千堂先輩に飛ぶ! 「そうはいかないよ、毎回毎回飛ばされてたまるかいっ!」  千堂先輩は華麗に瑛里華の攻撃をかわした。 「あら?」  だが、その勢いを殺しきれずにそのままプールに落ちていった。 「きゃーっ! 会長!」  その直後、プールの中から黄色い悲鳴が上がった・・・ 「それじゃぁ先に更衣室を見てくるわ。孝平はプールをお願いね」 「わかった」  プールの解放時間が終わり、最後の点検を始める。  まだ日は暮れていないが、水面を撫でる風は涼しかった。 「異常は・・・ないかな」  プールサイドを歩きながら、プールの中を見る。  落とし物や忘れ物は見あたらなさそうだ。  プールサイドにも忘れ物は無さそうだし、使われた器具は全て片づけてある。 「問題無しっと」  俺はそのまま更衣室へと向かう。  その時女子更衣室から瑛里華が出てきた。 「遅かった・・・」 「・・・どう?」 「・・・」  瑛里華は水着を着替えていた、学院指定の物ではなく、あの赤いビキニに。 「もぅ、何か言ってよ」 「あ、あぁ・・・瑛里華、似合ってる」 「あ・・ありがと」 「そ、それよりも何で着替えたんだ? もう遊べる時間は終わりだぞ」 「・・・いいじゃない、最後くらい好きな水着来ても」  その時今日の監視の仕事を始めたときのことを思い出した。 「瑛里華、今日は授業じゃないからなにもその水着じゃなくてもいいんだぞ?」 「授業じゃなくても私たちは仕事なの、だから学院指定の水着でいいの」 「そっか、残念」 「何が残念なの?」 「・・・何でもない」 「そっか・・・瑛里華。ありがとうな」 「どうしたの?」 「いや、何でもない」  正直に言うのが照れくさかった、もしかすると俺の顔は真っ赤になってるかも  しれない。 「えいっ!」  顔の火照りをごまかすために、俺はプールの中に飛び込んだ。 「孝平!?」 「瑛里華、せっかくだからゲームをしよう」  このまま今日を終わらせたくない、せっかくの瑛里華の水着姿だ。  もっと一緒にいたい、だからゲームをしよう。 「ゲーム?」 「あぁ、今から俺はプールの中を逃げ回る、瑛里華もプールに入って俺をおいかけて  くれ。捕まえたら俺は瑛里華の言うことをなんでも一つ聞く」 「私が孝平を捕まえられなかったら?」 「そうだな・・・俺の言うことを聞いてもらおう」 「乗ったわ、取り消しは無しよ?」 「あぁ、でも時間制限は付けるぞ? そうだな・・・」  プールの中を全力で逃げ回るのなら・・・ 「あの時のプール開きの時と一緒、5分だ」 「おっけー、覚悟は良いかしら?」 「あぁ、絶対勝ってみせる」 「くすっ、それじゃぁ行くわよ!」  ・・・ 「私の勝ちね♪」 「そんなの・・・ありかよ・・・」  俺はプールサイドで仰向けに倒れていた。  対する瑛里華はその横で仁王立ち、全然疲れを見せていない。  ・・・当たり前だ。  瑛里華は制限時間ぎりぎりまでプールに飛び込んでこなかった。  プールサイドから俺を追いかけていたからだ。  俺はプールから上がるわけには行かず、水の中を逃げ回った。  その差は歴然、疲れ切ったところに飛び込まれてはひとたまりも無かった。 「勝負は勝負よね、孝平」 「・・・」  なんだか納得行かない・・・が、負けは負けだ。  もとより瑛里華に敵うわけ無かった。 「負けは負けだ、瑛里華の望みは何だ?」 「その前に、孝平はどんな事を言うつもりだったの?」 「そうだな・・・」  勢いで決めたことだったけど、特に瑛里華にどうこうして欲しいって  事は考えてなかった。 「瑛里華の望むことを叶えるから望みを教えてくれ、かな?」 「それって結局私の願いが叶うってことじゃない?」 「そうだな」 「もぅ、孝平・・・馬鹿なんだから」 「いいさ、馬鹿で、それよりも瑛里華の望みはなんだ?」 「・・・孝平の望みを叶えてあげるから、望みを教えて」 「・・・」 「・・・」 「ぷっ」 「ふふっ」  二人で大声で笑う。 「ほんと、俺達馬鹿だな」 「そうね、似たもの同士よね」 「だから、相性いいんだろうな」 「そうね」  笑いが収まるまで少し時間がかかった。 「さ、孝平。最後の片付けしちゃいましょう」 「そうだな、腹も減ってきたし、食堂行くか」 「えぇ、一緒に行きましょう」
8月10日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”I only of you” 「すごい・・・」  フィーナは目を細めながら、空を見上げる。 「満弦ヶ崎の空も青かったけど、ここはもっと青いのね」  かぶっている麦わら帽子を押さえながら、フィーナは嬉しそうに空を見上げていた。 「はい、フィーナ」 「ありがとう、達哉」  建物の中に戻って、冷たい飲み物を買って席に座る。  その窓には一面の海と一面の空が映っている。 「海の真ん中にこんな島があるなんて、すごいわ」 「そうだね、とても都心とは思えないよ」  ここは湾内横断道路の真ん中に作られた人工島。  その人工島にパーキングエリアが作られていて、そこでちょっとした観光が  出来るようになっている。  公務で地球に来ていたフィーナのほんの少しだけの夏休みの時間。  俺はここにフィーナを誘って遊びに来ていた。 「雲が海に映ってる・・・こんな風景もあるのね」  真夏の海の上には入道雲がたくさんあり、その白い雲が海に映っている。  普段は見れない光景だった。 「せっかくだから写真撮ろうか」 「そうね、それは良いと思うわ」  俺達は建物から出てデッキへと移動した。  夏の暑い日差しが降り注ぐが、海の上をわたってきた風はとても心地よい。 「フィーナ」  フィーナがこちらを振り向くその瞬間に俺はシャッターを切る。 「た、達哉っ! 急に撮らないで」 「いいじゃない、減るもんじゃないし」 「そうだけど・・・変な顔で写ってるかどうか心配なのよ」 「だいじょうぶだよ、どんな顔でもフィーナはフィーナだからさ」 「それ、フォローになってないわよ?」 「そうか?」 「そうよ、もう・・・くすっ」  そう言って笑うフィーナの笑顔は眩しかった。  この日のデートは時間にして2時間くらいだった。  人工島への移動もカレンさんが用意してくれた車での往復で、その後すぐに  大使館へと戻ることになっていた。 「達哉、さっきの写真のメモリ借りていっていい?」 「え? いいけどまだパソコンに取り込んでないから」 「大丈夫、今度会ったときにはちゃんと返すわ」  今回メモリは新しいのを使ったので他に写真はないし、問題ないか。 「ありがとう、達哉」  嬉しそうにメモリを持つフィーナ。  そうしてフィーナは大使館へと戻っていった。 「お兄ちゃん、フィーナさんから手紙来てるよ」 「ありがとう、麻衣」  麻衣から手紙を受け取った俺は自分の部屋へと戻った。  月との直接回線は使えない為、フィーナと俺の連絡手段は手紙しかない。  いつもカレンさんが間に入ってくれているので検閲無しで送れるから安心して  近況とかちょっとした事とか書いて送っている。 「残暑お見舞い申し上げます、地球では暑い日が続いていると聞いておりますが  いかがお過ごしでしょうか」 「フィーナらしいな・・・あれ?」  封筒の中にはがきが入っている。これはポストカードだろうか?  そのポストカードを取り出してみる。 「これは・・・」  あの時の写真だった。  そしてその写真にはフィーナの手書きのメッセージが一言だけ添えられていた。 「ったく、フィーナは・・・俺も同じだよ」  
8月7日 ・FORTUNE ARTERIAL FA楽屋裏小劇場”CDデビュー” 「ここにいたのね、孝平」  監督生室で一人仕事をしていた俺の所に瑛里華がやってきた。 「休みの今日くらい仕事なんてしなくていいのに」 「そうだろうけどさ、今日は誰もいなかったからな。お疲れ様、瑛里華」  そう、今日は誰もが出かけていなかった。その出かけた先はみんな  同じ、駅の近くにあるという収録スタジオだった。  それはとある日の、いつものような一言だけで終わるはずだった。 「俺の今度の誕生日を記念してCDデビューしようと思うんだ」  会長のその一言に誰も反応しない。 「あれ? どうしたのかなぁ、みんな」 「伊織、戯言を言う暇があったら仕事を進めろ」 「戯言なんかじゃないよ? 修智館学院全美少女が俺の歌声を待って  いるんだぞ? 俺の歌声に酔いな!」 「確かに兄さんの歌声は酔うかもしれないわね」 「そうだろうそうだろう? さっすが我が妹、わかってるじゃない♪」 「・・・はぁ」  瑛里華の酔うと会長の酔うの意味が違う事に気づいてないんだろうか?  いや、会長の事だから気づいていても気づかぬ振りをしているんだろうな。 「というわけで、俺はプロデューサーに会いに行ってくる」 「はぁ?」 「アディオス!」 「まて、伊織」  東儀先輩の制止も間に合わず、会長は部屋から飛び出していった。 「伊織先輩、お茶が入りました・・・あれ? 伊織先輩は?」 「白、気にするな。支倉に瑛里華。こうなったら俺達だけで今日の仕事を  終わらせるぞ」 「やっぱり・・・」  このときは単に会長が逃げ出す為の算段かと思ってた。  だが、会長の行動力は恐ろしく、気づいたら本当に歌のアルバムを出す事に  なってしまっていた。  そして何故か、生徒会をあげて参加する事になったのだが・・・ 「収録どうだった?」 「えぇ、一応楽しかったわよ。スタジオなんて始めてだったし面白かったわ」  そう言う瑛里華だったけど、浮かない顔をしていた。 「でもね、なんで孝平が呼ばれなかったのかが今でも納得行かないわ!」  そう、このアルバムは生徒会では俺以外の全員が呼ばれていた。  一般生徒からも、かなでさんと陽菜がコンビで呼ばれていた。 「仕方がないさ、プロデューサーの判断だろう」  会長がプロデューサーを捜すと同時に歌の手配もしていた。  そうして出来上がった歌は10曲。  この10曲のほとんどが女性が歌う事を前提で作られていた。  男性のソロで歌う曲は存在しない、デュエットはあったのだが何故か  兄と妹というシチュエーションで作られていたため、俺の出番は無かった訳だ。 「私は孝平と歌いたかったのに・・・あ、そうだ! 良いこと思いついた」 「良いこと?」 「そうよ、兄さんと歌った歌。練習用のカラオケあるから一緒に歌いましょう」  良いアイデアね、と瑛里華は満面な笑みを浮かべて頷いている。 「なぁ、瑛里華。その歌って俺と瑛里華が歌っても大丈夫なのか?」 「大丈夫よ、いっそのこと差し替えちゃおうかしら」 「いや、歌うことが問題じゃなくてさ、歌詞的に大丈夫なのかってことだけど」 「あ・・・」 「・・・」 「・・・ごめんなさい」 「やっぱりな」  瑛里華は肩を落とした。  あの歌は兄と妹じゃなくちゃ成り立たないからな。 「なぁ、瑛里華。今度のデート、カラオケに行こうか」  沈んでる瑛里華を見たくなかったから、俺は瑛里華をデートに誘った。 「え?」 「俺さ、瑛里華の歌声を聞きたいな。俺のためだけに歌ってくれないか?」 「そ、そこまで言われちゃ歌わない訳にはいかないわね。良いわよ、孝平」 「よし、決まりだ」 「・・・ありがとう、孝平」 「ん?」 「なんでもないわ♪、今度のお休みが楽しみって言ったのよ」  こうして出来たCDは購買で8月14日から販売されることとなった。  会長は発売を誕生日に間に合わせたかったらしいが、それは間に合わず涙していた。 「なんで私が一緒につきあわなくちゃならないのよ!」 「仕方がないじゃんか、俺の歌がデュエットしかないんだからさ。  ほら、瑛里華。講堂に行くぞ」 「なんでコンサートの直前まで黙っていたのよ!」 「だって、事前に相談したら反対しただろう?」 「当たり前じゃない!!」 「瑛里華、今日の所は諦めろ」 「ほら、征もそう言ってるんだし」 「伊織、後で話がある」 「いやん」 「・・・」  こうして何故か発売記念ライブが突然開かれた。 「寮に残ってる生徒のほとんどが参加したこのライブは後に伝説と」 「なるわけ無いでしょ、馬鹿兄貴!!」
8月3日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「伝える想い」 「麻衣ちゃん、ちょっといいかしら?」 「うん、いいよ」  お姉ちゃんが部屋に入ってくる。  手にお盆を持っていて、麦茶の入ったコップとお茶請けが乗せられていた。  それを見て私はちょっと休憩することにして、両手をうーんと伸ばす。 「お疲れ様、麻衣ちゃん」 「ありがとう、お姉ちゃん」  部屋の真ん中に二人で座ってお茶請けのクッキーを一つ食べる。  サクっと良い音と共に口の中に上品な甘さが広がる。 「いつ食べても美味しいね」 「そうね」  お姉ちゃんはそう言いながらも、クッキーには手を出していなかった。  受験の夏、私は去年のお兄ちゃんに負けないように一生懸命勉強をしている。  目指すは教育学部、今の成績でも大丈夫って言われてはいるけど、去年の  お兄ちゃんや菜月ちゃんを見るとそうも言ってられないと思う。 「勉強はかどってる? って麻衣ちゃんには聞くまでもないか」 「そうでもないよ、覚えなくちゃいけないこといっぱいあって大変だよ」 「そうよね、私もちょっと前に同じような苦労したもの、わかるわ」  お姉ちゃんが付属にいた頃の大学の月学部は人気はあまりなかったっていう  話を聞いたことがあるけど、大学に入学した後セフィリア様の政策で一気に  地球との仲が良くなったんだよね。  そしてお姉ちゃんは頑張って勉強して、月へ留学して、今は博物館の館長代理さん。  お兄ちゃんも頑張って同じ道を進んでいる。  お兄ちゃんもお姉ちゃんもすごいなって尊敬しちゃう。 「でもね、麻衣ちゃん。あまり根を詰めると駄目なのよ?」 「だいじょうぶ、私は平気だよ」 「ふぅ、そうよね・・・麻衣ちゃんは平気なのよね」 「どういうこと?」 「まったく、麻衣ちゃんは去年の事忘れちゃったの?」 「去年?」  去年の今頃はお兄ちゃんが受験で大変な時期だったと思う。 「ほんと、達哉君も麻衣ちゃんも似たもの同士よね」 「私とお兄ちゃんが?」 「そうよ、達哉君がこの前私に相談しに来たのよ」  お姉ちゃんの話だと、お兄ちゃんは私のことを凄く心配しているみたい。  今は夏休みだけど学院に行って、ちゃんと家事をして、それからずっと勉強して  身体が持たないんじゃないかって。 「そっか・・・心配かけちゃってるんだね」 「そうよ、去年の麻衣ちゃんと一緒よ」 「・・・あ」  思い出した、去年の私もそうだったんだ。  お兄ちゃんは学院に行って、バイトもちゃんとして、イタリアンズの散歩もちゃんと  してから、ずっと勉強してたんだ。  あの時の私はお兄ちゃんの身体がとても心配で大変だったっけ。 「お兄ちゃん・・・」 「本当は口止めされてるんだけど、言っちゃおうかな。麻衣ちゃん、このクッキーはね  達哉君が補充してきてくれてるのよ」 「え?」 「疲れたときは甘いものが良いって事は達哉君も経験から知っているからね」 「でも、このクッキーは・・・」  駅前のデパートで売られているとても高いクッキーだったはず。 「そうよ、夜食べることを考えてカロリー控えめのを買ってきてるのよ」 「お兄ちゃん・・・」  なんだか涙が出そうだった。  お兄ちゃんも忙しいのにずっと私のことをそっと見守ってくれてる。  それだけでとても幸せになる。 「達哉君も不器用だから、口に出して言えないのよね」 「・・・うん」 「でもね、言わないと伝わらないこともあるのよ」 「・・・うん、わかる」 「ふふっ、麻衣ちゃん。明日は何の日だか知ってる?」 「明日?」  明日は8月3日・・・ 「あ」 「そうよ、麻衣ちゃんの誕生日よ」 「忘れてた」  毎日同じような繰り返しをしてたから、すっかり忘れてた。 「達哉君は明日、麻衣ちゃんを誘おうかどうか悩んでいるのよ」 「え? どうして・・・」 「麻衣ちゃんの邪魔はしたくないからって。でもね、誕生日でしょう?  どうすれば麻衣ちゃんが喜んでくれるかって考えてるのよ」 「・・・」  言葉が出なかった。  お兄ちゃんの思いと、お姉ちゃんの思いが優しすぎて・・・ 「ふふっ、麻衣ちゃん。私はそろそろ戻るわね。  達哉君も麻衣ちゃんも、言いたいことはちゃんと言わないと伝わらないわよ?」 「・・・うん、ありがとうお姉ちゃん」 「いえいえ、私は二人のお姉ちゃんですから」  そう言って微笑みながら私の頭を撫でてくれる。  とても暖かかった。  お姉ちゃんが出て行ってから、私は机に戻ったけど全然集中出来なかった。 「・・・」  なんて言えば良いんだろう?  私は大丈夫だからって言えばいいのかな?  だから明日はデート・・・ 「ででで、デート!? ってのは駄目だよね・・・」  誕生日だからデートしてくださいってのはなんか、その・・・  その時扉をノックする音がした。 「ひゃぅっ!」 「麻衣?」 「お、お兄ちゃん!?」 「入るぞ」 「あ、うん」  お兄ちゃんが部屋に入ってきた。  毎日会ってるのに、なんだか久しぶりな気がする。  その時さっきのお姉ちゃんの話を思い出した。  お兄ちゃんが目の前にいる、私を見てくれている。そう思えると心が温かく  なってくると同じくらい、どきどきしてきた。 「なぁ、麻衣」 「え? な、なに?」 「あのさ、俺に話があるって姉さんに言われたんだけど・・・」 「え、えー!?」  お姉ちゃん、こんなに早く!! 考える時間無いよぉ! 「違うのか?」 「違わなく無い!」 「あ、あぁ」  お兄ちゃんがベットに座る。私はその横に並んで座る。 「勉強の方はどうだ?」 「う、うん・・・順調だよ」 「そうか」 「うん・・・」  会話が続かない・・・なんで?  今までこんな事なんてなかったのに。  並んで座っているから、お兄ちゃんの顔を見なくてすむのが幸いだった。  こんなんじゃお兄ちゃんの顔をまっすぐみれないから。 「あのさ」 「あの!」  二人で何かを話し出す。 「麻衣からどうぞ」 「お兄ちゃんからどうぞ」 「話があるっていうのは麻衣だろう?」 「えっと、あるっていえばあるんだけど・・・」 「話しづらいことか?」 「・・・」 「ごめんな、麻衣。俺がもっとしっかりしていれば良いんだけどな」 「そんなことないよ! お兄ちゃんは何も悪くないよ!  私にとって最高の人だもん!」 「そ、そっか・・・ありがと。ならさ、麻衣。一つだけお願い、いいか?」 「なに?」 「この前姉さんに言われたんだ。伝えたいことは言葉でちゃんと伝えないと  駄目だって」  お姉ちゃん・・・ 「だから、麻衣。もっと甘えても良いんだぞ」 「お兄ちゃん・・・」 「最近の麻衣は一人で頑張りすぎだからな。俺は頼りないかもしれなけど、  姉さんだっている。だから、一人で頑張りすぎなくてもいいんだよ」 「・・・ずるいよ、お兄ちゃん。そんなこと言われると甘えたくなっちゃうよ」 「俺は麻衣を受け止められるくらいには大きくなれたと思ってるけどな。  うぬぼれてるかな?」 「ううん、そんなことないよ。最高のお兄ちゃんだよ」  私はそのままお兄ちゃんの胸に抱きついた。 「達哉、大好き!」 「俺もだよ、麻衣」  私は目を閉じる、すぐに唇がふさがれた・・・  ・  ・  ・ 「ねぇ、お兄ちゃん。明日空いてる?」 「もちろんだよ」 「それじゃぁ、明日1日ずっと甘えてても、いい?」 「あぁ、俺の出来ることはなんだってしてあげるさ」 「ありがとう、お兄ちゃん。明日はずっと私のそばにいてね」
7月25日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory              「楽屋裏狂想曲〜エレガント抱き枕〜」 ANOTHER VIEW ...  とある屋敷の一角に用意されている自室。  今、そこにあるモニターに写されている画像。 「・・・あぁ、そうだな。これでだいじょうぶだろう」  電話の向こう側からも肯定の返事が聞こえる。 「・・・実写のままだと拒絶反応が起こる可能性もあるだろう。  それに、絵に起こした方がそちらにとっても・・・」  ・・・ 「あぁ、モニターしてもらった彼の反応を見る限り間違いないだろうよ」  ・・・ 「それじゃぁそのように」 「兄さん! 見つけたわ!!」  部屋の扉を開けて入ってきたのは妹の瑛里華・・・ 「なんだ? その格好は」  瑛里華はいつもの制服の上からいかにも探偵風の茶色いケープを纏っていた。  ベレー帽をかぶってるのも準備周到だな。  その後ろから疲れた顔をした支倉君も続いて入ってきた。 ANOTHER VIEW END 「兄さん! 見つけたわ!!」  瑛里華がそう言いながら屋敷の部屋へと乗り込んだ。  千堂先輩が何か良からぬ事をたくらんでいることに気づいたのは、あの抱き枕の  裏面を見ればわかることだった。 「なんだか嫌な予感がするわ、すぐに兄さんを捜しましょう」  すぐに探すと言いながら、部屋から持ってきたのは茶色いケープとベレー帽。 「瑛里華・・・」 「ほら、行くわよ孝平!」  そして推理らしい推理など無いまま、学園内を探し回って最後に訪れたのが  ここだった訳だ。 「兄さん、あの枕は何なのよ! 私は裏側の話し聞いてないわよ!」 「そりゃそうだ。話してないから」 「どういうことなのよ!!」 「妹を思う、愛、だよ」 「はぁ?」  千堂先輩の歯がきらりと光る。女生徒が見たら一発で落ちそうな笑顔だったが  俺には良くない兆候にしか見えないし、瑛里華もそう思ってるだろう。 「なぁ、瑛里華。このままだと支倉君、取られちゃうぞ?」 「え? どう言うことよ」  瑛里華が少し弱気になった。 「抱き枕はな、真のヒロインが通る道なのだよ」 「だからって・・・」 「人気投票第1位の悠木妹の抱き枕は好評だったそうじゃないか」 「それは・・・」  瑛里華の怒気がしぼんでいくのがわかる、それが千堂先輩の策略だと言うことに  俺は気づいてはいたが、どうしようもない。 「悠木姉なんか、支倉君の為に恥ずかしいフィギュアの販売もあるそうじゃないか」 「そ、それは・・・」 「それは別に俺の為ではないと思うんですけど・・・」 「次のセットのテレカだって悠木妹なんだろう?」 「そ、そのセットなら私の水着姿だって・・・」 「でも月のお姫様の引き立て役だろう?」 「そ、そんなことは・・・」 「だからだよ!!」 「に、兄さん?」 「支倉君を我が物にするためには一歩を瑛里華は踏み出さなくてはいけない!」 「そ・・・そうよね。他のみんなに負けてられなんかいられないわよね」 「わかってくれたか、瑛里華」 「えぇ! ありがとう、兄さん!」 「・・・」  ここは感動するところなのか?  そう思えない俺がおかしいのだろうか? 「・・・あれ?」  その時、千堂先輩がさっきまで見ていたモニターが目に入った。  そこに映し出されている抱き枕の写真は・・・ 「どうしたの、孝平・・・って何なのよっ!!」  瑛里華はモニターの中の画像を見て肩を震わせる。 「なんで、制服がはだけてるのよっ!!」 「いやぁ、やっぱりサービスはしないといけないからね」  制服がはだけてる絵は、見覚えがあった。  俺がもらった試作品の枕の瑛里華と同じポーズだったからだ。  だが、試作品は胸元ははだけていなかった。  そして、その画像の横にある裏面の画像は・・・ 「裏面の画像を加工して作るの大変だったんだよ。  どうだい、支倉君。これなら抱いて寝たいと思うだろう?」  そう言いながら、俺の肩を抱こうとする千堂先輩から距離を置く。  それは、千堂先輩から逃げる為ではなく・・・ 「・・・兄さん、覚悟は良いかしら?  お星様になりなさーーーーーーーーーーーーい!!」  千堂先輩は星になった。 「このデータ消さなくっちゃ」  瑛里華がパソコンを操作してデータを消そうとしている。  たぶん、手遅れだと思う・・・ 「・・・」 「瑛里華?」 「ねぇ、孝平・・・やっぱり孝平はこういう抱き枕は・・・  ううん、なんでもないわ。さぁ、監督生室に帰りましょう」  そう言って部屋から出ていく瑛里華を俺も追う。 「なぁ。瑛里華」 「何?」 「俺はさ、あんな抱き枕はいらないし買わない」  瑛里華が何かを言おうとする、それを遮るように話を続ける。 「だってさ、俺には瑛里華がいるんだから必要ないだろう?」 「孝平・・・」 「監督生室に行くぞ!」  俺は恥ずかしくなった、だから走って先を急ぐことにした。 「もぅ、孝平ったら・・・ふふっ」  瑛里華も遅れて後ろから走ってくるのがわかった。 「ありがとう、孝平」
7月22日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”日食の日” 「というわけで、今度の皆既日食の日にイベントを行うぞ!」 「却下だ」  いつもの監督生室、いつもの会長の思いつきをいつものように  東儀先輩が却下する。 「まったく、兄さんはいきなり何いいだすのよ」 「いつものことだろう?」  俺は適当に相づちを打ちながら、仕事を進める。 「征、少しは検討しようとは思わないのかい?」 「駄目だ」 「なぁ、白ちゃんも皆既日食、見てみたいだろう?」 「え?」 「白、伊織に構うな」 「征、俺は白ちゃんに聞いてるんだよ。どうだい、見てみたいとは思わないかい?」 「えっと・・・その、気にはなります」 「そうだろう? だからイベントで大々的に」 「却下だ」 「征〜」 「ほら、兄さんも戯言ばかり言わないで仕事してよ」 「瑛里華も日食に興味あるだろう?」 「そりゃあるか無いかって言えばあるけど・・・」 「そう言うわけで征」 「駄目だ」 「東儀先輩にしては珍しいですね、ここまで強行に反対するなんて」 「支倉、伊織の戯言に全てつきあっていると生徒会が破綻するぞ」 「確かにそうですけど、夏休みみんなで過ごすイベントならやっても  良いと思いませんか?」 「おっ、支倉君も良いこと言うようになったね〜、さっすが俺の後継者」 「いつから孝平は兄さんの後継者になったのよ」 「ん? それは決まってるじゃない、瑛里華の手綱を握るのはもう俺の  仕事じゃなくて、支倉君の役割だろう?」 「そ、それとこれは関係ないでしょ!!」 「そういうわけで、征。みんなで皆既日食を見ようツアー、やろう!」 「いつからツアーになったんだ・・・だが、出来ないだろう」 「どうしてですか?」  いつになく東儀先輩の返事が頑ななのが気になって訪ねてみた。 「完全な皆既日食が見られるのは日本ではほんの僅かな地域だけだ。  珠津島では太陽は欠ける程度しか観測できないだろう」 「それくらいノープロブレム、みんなで楽しむことに意義があるんだよ。  なぁ、瑛里華」 「え? そうね・・・」  瑛里華がいつの間にか会長のペースに乗せられてしまっている。  このままだと押し切られてイベントを開催、という流れになるだろう。 「残念だが、生徒会としては失敗する可能性のあるイベントは企画出来ない。  なぜなら、この日珠津島の天気は雨だからだ」 「・・・」  天気予報が雨、その事実は間違いなく観測失敗を意味している。 「そ、それくらい俺の熱気で」 「そんなことが出来るのなら体育祭の時にも頼むぞ、伊織」 「あー・・・こればっかりは仕方がないな」  会長はしぶしぶ自分の仕事に戻っていった。 「雨なんですか、残念です・・・」  白ちゃんも残念そうにしている。 「でも、東儀先輩。いつの間にそんなこと調べたんですか?」 「伊織のことだ、必ず動くと思ったから先手を打ったまでだ」 「さっすが征一郎さんね」 「征・・・おまえは俺をどう思ってるんだ?」 「聞きたいか?」 「・・・遠慮しておく」 「それと、白。次の皆既日食は26年後だ」 「え? ・・・はい、ありがとうございます、兄様。よろしければ次の  皆既日食、一緒に見てくださいませんか?」 「天気が良ければつきあおう」 「はい、約束です」  そんなやりとりがあったのが1週間前。  そして皆既日食の日、天気予報通りに雨、とはならなかったが厚い雲に  覆われた珠津島では観測できなかった。 「わかっていた事だけど、やっぱり残念ね」 「大丈夫だよ、瑛里華。東儀先輩が言ってた26年後がまだあるさ」 「26年後ってすっごく先よ? でも楽しみね。  何人で一緒に見れるのかしらね?」 「何人?」  クラス会でも開くのか? 「そのころには私たちの子供も大きくなってるかしらね?」 「え?」 「あら? 26年後には一緒にいてくれないのかしら?」  下から俺を見上げる瑛里華の目は、俺の答を期待しているような、  いや、わかって言ってるんだよな。全く・・・ 「家族一緒に見るか」 「えぇ」
7月19日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”抱き枕” 「私からのプレゼントよ、孝平」 「あ、ありがとう、瑛里華」  瑛里華が俺の部屋を訪れたときから気になった包み。そのサイズは  瑛里華とほぼ同じくらいの大きさだった。 「開けていい?」 「あ、だめっ、私が帰ってからにして」  というやりとりがあったのが少し前。  消灯時間が近づき瑛里華は部屋に帰っていった。 「しっかし、これ一体なんなんだ?」  俺はそっと包みを開けてみ・・・ 「ってなんだよ、これ!」  それは大きな枕だった。抱き枕と言うものだろう。  特筆すべきは、その抱き枕は瑛里華と同じくらいの大きさで、瑛里華が全面に  プリントされている。 「ん?」  開封時に足下に落ちたメッセージカードを拾ってみる。  いつも一緒にいてあげたいのだけど、生徒会役員としては規則を破るわけには  いかないでしょう?  だから、せめて私の代わりに一緒にいさせてあげてね 「・・・」  瑛里華の思いやりが込められた手紙だとは思うけど。 「瑛里華は俺をどういう風に見ているんだよ・・・」  そりゃ瑛里華が一緒にいてくれるのは嬉しいけどさ。  寝るときに瑛里華の代わりにこれを抱いて眠れということ、だよな? 「ま、まぁ、瑛里華がそう言うなら一晩くらいは・・・」  俺はベットにその枕を横たえてみる。  そこにプリントされた瑛里華と眼が合う。 「・・・なんだかな」  試しに一緒に横になってみる。 「・・・違うよな、それになんだか無言のプレッシャーを感じる」  印刷されてる瑛里華に無言で見られるのはなんだか心地悪い。  そのプレッシャーに負けて枕を裏返しにすることにし・・・ 「ーーーっ!!」  その枕の裏面にも瑛里華が印刷されていた。  表と違うのは、衣服が妙にはだけていて扇情的で魅惑的な印刷であることだった。 「・・・」  俺は無言のまま、包みの中に抱き枕を戻した。 「おはよう、孝平」 「・・・おはよ、瑛里華」 「ねぇ、プレゼント気に入ってくれた?」 「・・・そうだな」  正直気に入らなかった、瑛里華がいつもいてくれる感じが全くしないからだ。  でもせっかくのプレゼントだから、嫌とも言えない。 「ねぇ・・一緒に寝てくれた?」 「・・・あぁ」  間違いない、確かに夜を一緒に過ごしてはいる。  俺がベットの上で抱き枕は包装された状態でベットの下で、だが。 「・・・」 「・・・」  お互い無言になる。 「や、やっぱり返して!」  瑛里華が顔を真っ赤にしてそう言う。 「どうして?」 「どうしてもよ、別に私の代わりが嫌ってわけじゃないのよ?  でも、なんだか私が嫌なのよ」  瑛里華が慌てて何かを否定する。 「・・・あ」 「孝平、それ以上言わないでっ!」  そうか、瑛里華はプレゼントに・・・ 「それ以上考えないでっ!」 「わかったわかった、あとで取りに来いよ」 「むー」  そう言ってむくれる瑛里華は可愛かった。 「ところでさ、あんなのどうやって作ったんだよ?」 「ちょっとね、商品開発の一環だっていうから手伝ったのよ」  一体どんな商品開発なんだよ・・・ 「それで、それは商品になるのか?」 「わからないわ、私は素材を提供しただけだし」 「・・・そうか」  あれが将来出回るのか? 写真印刷とはいえ、あんな瑛里華が・・・ 「孝平・・・もしかして、やきもち焼いてくれてるの?」 「そ、そんなことはないぞ!」 「ふふっ、そう言うことにしておくわ」 「それを言うならさっきの瑛里華だって」 「言わないって約束したでしょ?」 「したか?」 「したの!」 「はいはい」 「もぅ」  そう言いながらも、瑛里華は上機嫌だった。 「なによこれっ!!」  生徒会の仕事が終わった後、俺の部屋に来た瑛里華は例の抱き枕を見て  大声で叫んだ。 「何って、瑛里華の作った枕だろう?」 「わ、私こんな素材提供してないわ!」  瑛里華は、抱き枕の裏側を見ながら肩を震わせていた。 「・・・見たわよね?」 「え?」 「孝平・・・正直に答えて。見たわよね?」  瑛里華の眼が据わっている、紅い輝きを帯びてる気もする。  その目は嘘を見抜く、そう直感した俺は素直に白状した。 「・・・見た、だからしまった」 「しまった?」 「あぁ・・・そのさ、なんだか眠れなくなりそうだったからさ」 「じゃぁ一緒に寝たって話は?」 「しまったまま、ベットの横に置いて眠っただけで使ってない、その、ごめん」 「そ、そう・・・もぅ、孝平ったら仕方がないわね」  瑛里華の怒りは収まったようだ、ほっとした。 「ねぇ、孝平。なんで眠れなくなりそうだったの?」 「・・・わかってるんだろう? そんなこと言わせるなよ」 「嫌よ、孝平の口から理由聞きたいわ」 「・・・」 「ふふっ、孝平。早く・・・んっ」  俺は理由を語らず、態度で示した。  後で聞いた話だが、あの枕の裏側はどうやら表の写真からCG合成で作られた  物だと言うことだった。 「お星様になりなさーーーーーーーーーーーーい!!」  首謀者は・・・こうして星になった。
7月12日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「離れていても」 「伽耶、お邪魔するわね」  露天風呂に入って一杯やっているところに桐葉がやってきた。  湯に浸かってるあたしのとなりに入ってくる。 「私ももらおうかしら?」 「桐葉にはわからぬ味だぞ?」 「そう? でも香りは楽しめるわ」 「そうか」  あたしは桐葉の持ってきたお猪口に酒をついでやる。 「ありがとう、伽耶」  桐葉は香りを楽しんでから口に運ぶ。  それを見ながら自分の杯にも酒を注ぐ。 「静かね」 「そうだな」  宿の離れの敷地内にある、露天風呂。  他の宿泊客が来ることも無ければ、宿の者も呼ばねば来ない時間。  あたしと桐葉二人だけの、静かな時間。 「寂しいの?」 「どうしてそんなことを聞くのだ?」 「だって、そう言う顔をしてるんだもの」  寂しい、か・・・  親友で家族でもある桐葉がいてくれるのだから寂しい訳はない。  だが、家族が全員いるわけではない。 「一度戻る?」 「気にするな、瑛里華達には瑛里華達の生活があるのだからな」 「あら、私は珠津島に戻るなんて一言も言ってないわよ?」 「き、桐葉っ!」 「ふふっ、怒るとせっかくの美味しいお酒がまずくなるわよ?」 「ふんっ!」  あたしは杯の酒を一気に飲み干す。  それを見た桐葉は微笑みながらあたしの杯に酒を注ぐ。  杯に口を付けながら、ふと空を見あげる。  綺麗な星空だった。  あの時、屋敷の庭からみんなで見たあの夜空と同じだった。 「ふぅ、良い湯だったな」 「伽耶、髪を拭かないと駄目よ?」 「わかっておる、少しくらい余韻に浸っても良いだろう・・・ん?」  部屋に戻ってくると、机の上に荷物が置かれていた。 「これは・・・」  その荷物の上には封筒も置かれている。  封筒には”千堂伽耶様”と書かれていた。 「あたしに、か?」 「開けてみれば?」  桐葉に促されて封を切る。 「っ!」  中から出てきたのは一通のカード、そこには誕生日を祝う言葉が  書かれていた。  そのカードにサインされていた名前は・・・ 「瑛里華・・・」 「ふふっ、貴方の娘は元気そうね」 「だから言ったであろう、戻る必要などないということを」 「あら、私は珠津島に戻るなんて言った記憶は無いわよ?」  桐葉がまたからかってくるが、そんなことを気にする事よりも先に  同封されている手紙を開けて読む。  その手紙には瑛里華の近況と、支倉からの誕生日祝いのメッセージが  書かれていた。 「ったく、瑛里華も支倉も暇なやつだな・・・」 「そんなに嬉しそうな顔をして言っても説得力は無いわよ?」 「う、うるさいっ! し、しかしあたし達が今日ここに泊まっていると  決まってた訳ではないのに、良く手紙が届いたな」 「今は昔と違うのよ、伽耶」 「・・・桐葉の仕業だな」 「あら、なんの事かしら?」  事前に瑛里華から連絡が来ていたのだろう、まったく桐葉め。  油断も隙も無いな。 「ねぇ、こっちは伊織君からよ」 「伊織からか・・・」  わざわざプレゼント自体を送ってきたようだ。  瑛里華は旅の邪魔になるからプレゼントは帰ってきたらまとめて贈ると  手紙に書かれていたのに。 「まったく、場が読めないやつだな」  あたしは桐葉が何か言う前に、荷物の封を開けてみた。 「これは・・・」 「赤いちゃんちゃんこね」 「・・・伊織め、嫌がらせか何か?」 「あら、伊織君らしくていいじゃない、きっと寒くないようにって贈って  くれたのでしょう」 「今は夏だぞ? 着る訳なかろう!、それにあたしはそんな歳じゃないっ!」 「確かに、還暦ならとっくに過ぎてるわよね。それどころか還暦を何回  まわったかしらね」 「ったく、本当に場が読めぬやつだな」 「ふふっ」 「桐葉、何か言いたそうだな?」 「別に、なんでもないわ。それよりも、伽耶」  桐葉は小さな包みを取り出した。 「誕生日おめでとう、私から伽耶へプレゼントよ」  そういって渡してくれた包みの中から出てきたのは小さなかんざしだった。 「すまぬな、桐葉」 「こう言うときは謝るんじゃないの、お礼を言うものよ」 「・・・ありがとう、桐葉」 「どういたしまして、私の誕生日の時は期待してるわよ」 「わかっておる、忘れる訳無いだろう?」  親友の、家族の誕生日を忘れる訳は無いからな。 「そ、それよりも少し冷えてきたな」 「そうね」  夏とはいえ、山の中にあるこの宿。  夜ともなればそれなりに冷え込んでくる。 「ちょうど良い物もあるし、着てやるか」  あたしは赤いちゃんちゃんこを羽織る。 「あら、馬子にも衣装ってこのことかしら」 「ふんっ!」  桐葉にからかわれる事を承知で羽織ったのだ、これくらいの誉め言葉は  覚悟しておったわ。 「ふふっ、伽耶」 「なんっ!」  桐葉に振り向いた瞬間、写真を撮られた。 「ななな、なにを!?」 「伊織君と瑛里華さんに送ってあげようかと思って」 「よ、余計なことするなっ!」  止めようと桐葉に飛びかかる。  桐葉は器用にあたしの攻撃を避けながら携帯を操作する。 「はい、送ったわ」 「・・・」 「余計なことだったかしら?」 「もうよい、過ぎたことだ」 「えぇ、そうね」 「・・・まったく、主の言うことは全く聞かぬ眷属だな」 「えぇ、主に似たから仕方がないわ」 「ったく、もう寝るぞ、桐葉」  あたしはそのまま布団の上にごろりと寝転がる。 「そのまま寝ると暑いわよ?」 「涼しいからちょうどいい」 「ふふっ、お休みなさい、伽耶」 「あぁ」  伊織に瑛里華に、支倉孝平・・・か。  今どこで何をしておるのだろう?  みなの顔が順番に浮かんで来る。 「・・・」  何故か伊織だけおもいっきり笑っている顔が浮かんできた。 「この仕打ちの仕返しは、伊織の誕生日の時にさせてもらうぞ。  顔を洗ってまっておれ」
7月2日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”作法” 「こんばんは〜」  裏山を越えて俺は千堂家の離れへと来ていた。  理由は伽耶さんに呼ばれたからだ。どうしても俺に頼みたいことがあるらしい。 「よ、よく来たな、礼を言う」  奥から出てきた伽耶さん。  いつもの重厚とも言える単衣は着て無くて、動きやすそうな着物を着ていた。 「ど、どうかしたか?」 「あ、いや、見たことのない着物だったから・・・、でも似合ってますよ」 「・・・そ、そうか。礼を言うぞ」 「?」  どうも伽耶さんの態度がおかしい。  何かあったんだろうか?  伽耶さんに案内されて離れの奥の部屋へとやってきた。 「その、な・・・支倉に頼みがあるのだ」  そう言いながら伽耶さんは小さな箱を取り出した。 「デジタルカメラ?」 「あぁ、この前伊織が買ってきた物だ」  俺は伽耶さんからカメラの入った箱を受け取る。 「開けてみていいんですか?」 「頼む」  箱を開けると梱包された新しいカメラが入っていた。  だが、一度も開けられてないという訳ではなさそうだ。  カメラにはメモリーがすでに挿入されているし、バッテリーも充電されて  いるようだ。 「それでだな・・・その・・・支倉、頼みがある」 「はい、なんでしょう?」 「そのカメラで・・・あたしを撮ってはくれぬか?」  顔を真っ赤にして伽耶さんはそうお願いしてきた。 「良いですよ」 「そ、そうか・・・その、礼を言う。では、準備をするぞ・・・」 「カメラの方はまかせてください」  俺はカメラを弄ってみる、そう難しい機能があるわけではなさそうだ。  撮るだけならすぐに出来る、あとは画質の設定をするくらいだ。  メモリの容量からみて、最高画質でも問題ないかな? 「伽耶さん、画質はっ!」  顔を上げると、そこには一糸纏わぬ伽耶さんが立っていた。  恥ずかしそうに両手で胸を隠している。  ぺたりと座り込んでいるから、それ以上は何も見えない。 「あ、あの、なんで何も着ていないんですか?」 「あたしだって殿方の前でこんな姿さらしたくない!  だけど、伊織が・・・」 「千堂先輩が?」 「す・・・す・・殿方の前では何も着ないのが今の作法だというのだから  し、仕方がないのだ!」 「それって絶対騙されてますから!」 「そ、そうなのか!?」 「だから何か着てください」  俺は顔を背けながらそう言った。 「騙されたのか・・・フフフっ、伊織め。よほど命がいらぬとみえるな」  恐ろしい台詞が聞こえてきたが、聞こえなかった事にしておこう。 「・・・伽耶さん、もう良いですか?」 「あぁ、迷惑をかけたな」  伽耶さんの方を向くと、さっきと同じ淡い着物を着ていた。 「それじゃぁ撮りますよ」 「あ、あぁ・・・」 「ほら、そんなに緊張しないで」 「そうは言ってもどんな顔をすれば良いかわからぬのだ」 「そんなの簡単ですよ、いつもの伽耶さんの顔で良いんですよ」 「そう言われても・・・」 「そのままで十分可愛いんですから」 「なっ!」  カシャッ! 「良い1枚もらいました」 「は、支倉!」  カシャッ! 「こ、こら、あたしは許可をだしてないぞ!」 「最初に撮って欲しいと頼まれてますから何も問題ないでしょう?」 「そ、そうだが・・・」  カシャ! 「は、支倉!!」  ・  ・  ・ 「これが母様・・・なんだか可愛い」  撮影されたデータの内、伽耶さんが許可した写真のみプリントされ  瑛里華に手渡された。 「ねぇ、孝平。他には無いの?」 「あることはあるんだけど・・・伽耶さんにデータをとられた」 「どうして?」 「恥ずかしいそうだ」 「もっと見てみたかったのに、残念」 「・・・今度伽耶さんに頼んでみればいいんじゃないか?」 「そうね、母様に頼んでみるわ」  ・・・言えない、あの後どうなったかは言えない。  結局独特の雰囲気に飲まれて、伽耶さんのいろんな写真を撮った事を。  そのデータがどうか瑛里華や千堂先輩に見つかりませんように・・・  そう心の中で祈った。
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