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第93回配信
ベオグラード96は、その名の通り96年創設、昨年まで国内リーグ5連覇中です。今年も4月には昨年2位のドッグズを23対3、27対4と粉砕。同4位のヴォイヴォデ・ベオグラードには6対2、21対1と連勝していますから、秋の順位決定プレーオフで6連覇を決めることが確実視されています。
国内随一の野球場アダ・フィールドはベオグラード市中心部からも遠くないアダ・ツィガンリヤ公園にあります。
というわけで、グラウンドとその周辺だけを観察していると、失礼ながらいかにも草野球という感ですが、野球そのものは決して低レベルではありません。バットはシンに当たらないと飛ばない木製。三塁コーチから打者に対して詳細なブロックサイン。捕手は内野ゴロの際は一塁カバーに走ります。
一回裏、ベオグラード96はナーダSSM先発タングの立ち上がりを突いて無死一、二塁から三番クコレチャ弟が中前安打で先制。アランジェロヴィッチの内野ゴロで追加点、さらにヴチェヴィッチが右越えの大二塁打を放って早くも3点を先行しました。二回には安打で出塁の指名打者クームズが二盗。一死三塁となった後、打者パンテリッチは三振しましたが振り逃げを狙い、捕手と一塁手の緩慢なプレーの間にクームズが生還。三回裏は主砲アランジェロヴィッチの右柵越えの一発で5対1とリードを拡げました。
後半は立ち直ったナーダSSMのタング(後日筆者が撮影した写真で見るとツーシームを多投していました)をベオグラード96が打ちあぐみ、6対4までじりじりと追い上げられました。ベオグラード96側から見ればイヤな展開でしたが、八回裏失策で出塁したクームズをクコレチャ兄が確実に送り、内野ゴロで二死三塁、打者イフコヴィッチの時タングが暴投(公式記録は捕逸)。待望の追加点が入り7対4となりました。ここまでは三回を除き、表裏の攻撃でどちらかのチームが得点するというカーリングのようなスコアでした。最終回ナーダSSMは先頭のベレツカが右前安打、次は四番のダボという反撃機でしたが二塁ゴロ併殺打となり、続くタングも三振でゲームセット。ベオグラード96が逃げ切り、地域国際リーグで幸先のいいスタートを切りました。 試合終了後は写真のように両軍ハイタッチの交換。まだサッカーやバスケットでは考えにくい、マイナースポーツならではの光景ですが、それでもセルビアとクロアチアが敵国どうしだった90年代が遠くなりつつあることを実感しました。
筆者も存在すらほとんど知らなかったセルビア野球ですが、上記の試合がなかなか面白かったので、練習を見学させて頂くことにしました。試合翌日の月曜こそ自主参加での基礎トレーニングですが、水曜、木曜は実戦形式も含めた真剣な練習が夕方の3時間程度を使って行われます。打撃練習はペッパーが2面。並行して内野陣を中心にノックがじっくり続けられていました。
このクラブの生みの親、前監督(現在は監督をゾニッチ捕手に譲っていますが、実際には集団指導制です)で現在はコーチ兼三塁手、さらにセルビア野球連盟総書記も務めるというヴチェヴィッチさんに話を聞きました。 「旧ユーゴ圏では米海軍が1935年に野球をスプリットで始めたのが最初でしたが、なかなか定着せず、スロヴェニアで最初のクラブが発足したのが74年。80年代前半にクロアチアのザグレブ、スプリット、ヴァラジュディンなどでもクラブが出来、セルビアではパルティザン・ベオグラードが87年に野球を始めています。ですからスロヴェニア、クロアチアがこの地域の野球をリードする力関係だったのですが、最近はスロヴェニアが停滞、クロアチアだけが五輪予選を兼ねた去年の欧州選手権でも本大会出場を果たしています(8位で北京行きならず)。 私はクロアチアのヴァラジュディンの生まれですが、たまたま自分の部屋から野球場が見えるようなところだったので、子どもの頃から野球に馴染んでいました。父親がユーゴ連邦軍の仕事をしていたので、91年の紛争でクロアチアに住み続けることが難しくなり、家族でセルビアに移ることになりました。紛争を巡る混乱や国連の経済制裁で、せっかく立ち上がっていたパルティザン・ベオグラードの野球は立ち消えたも同然の状態だったのですが、残ったメンバーと私が一緒に96年にベオグラード96を創設することになりました。今では若手メンバー中心の姉妹クラブ、ドッグズと併せて30人ほどの選手数になっています。セルビア全体で現在はクラブが10、競技人口約200人ですから、もっと盛んにしたい気持ちはやまやまですが、少しずつ拡大していることは確かですね。最近の私は連盟役員としてリトルリーグの振興にも力を注いでいます。 ゾニッチ監督兼捕手は喫茶店経営、辰巳内野手は日本の独立行政法人勤務。他のレギュラーは学生が多いですね。先日の試合で好リリーフを見せたクームズ選手は、チャチャク市(セルビア中部)を拠点に活動するアメリカ人のプロテスタント宣教師です。現在国内リーグに参加しているチャチャクのチームは、私たちの要望で彼が立ち上げました。チャチャクではアメフトチームのQBもやっていますよ。私とモレノ投手が連盟所属の、言わば『専業』です。彼とは3ヶ月単位の契約で、住居、食費とドミニカ共和国往復の航空券を支給しています。私は会費やスポンサーからの連盟収入をベースに暮らしています」。 スペイン語は
チームメートみなが成長株一番手と推す主砲のアランジェロヴィッチ内野手は「バスケットをやっていたけど、偶然友人に誘われて野球に触れることになった。始めてみたら面白くてたまらない。自分に合ったスポーツを見つけられたと大いに満足しているよ。去年までは外野と二塁をやっていたが、今年から遊撃にコンバートされたので猛練習中だ。自分が成長株?コーチのおかげだよ」と笑います。 ヴチェヴィッチさんは「今年は地域国際リーグ初優勝のチャンス」だと言います。「クロアチアの4チームはみな世代交代が進んで若くなっていますが、チーム力は少し落ちています。ウチのチームは
入れ替えが少なく、ベテラン揃いのところに若手も伸びてきていてチームワークでは最高じゃないでしょうか。
ボールはスロヴェニアで入手できますが、グローブ、バットなどその他の道具は、アメリカに行く機会があった人に買ってきてもらうという文字通りの『直輸入』です。スロヴェニアやイタリアでも買えますが、ヨーロッパではどこでもマイナースポーツですから高価ですし。辰巳選手にも日本に帰国した折には買ってきてもらったりしています」。 99年からセルビアと接点を持ち、国連コソヴォ暫定行政機構(UNMIK)などを経て一昨年から日本の独立行政法人(在ベオグラード)に勤務している辰巳知行さん。大阪府立の名門、北野高校時代は捕手でしたが、ベオグラード96では遊撃、二塁などで守備の「技術移転」に努めてきました。
筆者が少年の頃は、野球はオリンピックと無縁なのが「常識」でしたが、84年ロス五輪の公開競技で日本が優勝。92年バルセロナからは五輪正式競技としてすっかりお馴染みになりました。セルビアでは北京からの野球のTV放送は見られないと思いますが、インターネットなどで筆者も星野ジャパンの戦いぶりをフォローしたいと思っています。 欧州野球選手権5連覇、
かつてオランダの覇権に挑み続けたイタリアは、国内リーグこそ今もほどほどの活気があるものの、国家代表の地盤沈下が目立ち、替わってこの数年はスペイン、ドイツ、フランスなどが欧州上位を窺っています。チェコはそんな「中の上」クラスの一角に過ぎませんでしたが、昨夏のプレ五輪で大場翔太(東洋大、現福岡ソフトバンク)、坂本勇人(読売)ら若手中心で臨んだ星野ジャパン相手に延長11回2対3と大善戦したのは記憶に新しいところ。欧州野球はもはや「完全に格下のカモ」ではなくなっているように思われます。
遠い強豪オランダに少しでも近づこう。欧州各国の共通目標は、もちろん旧ユーゴでも同じです。前述の北京五輪予選を兼ねた昨年の欧州選手権では、クロアチアはオランダに13対0で7回コールド負けを喫しています。連盟役員を兼ねるベオグラード96のヴチェヴィッチさんは、クロアチアには先を越されたものの、やがてはセルビア代表もオランダと大きな大会で対戦できるようになることを夢に、まずは予選突破の実力を付けて行きたいと考えています。
「地域国際リーグが一段落した7月には、クロアチアで2010年欧州選手権の予選(クロアチア、リトアニア、ブルガリア、イスラエルと同組)が行われます。短期契約で米からコーチを招き、ベオグラード96と国家代表の両方を鍛えてもらう予定です。今のレベルでは予選突破は難しいのは承知していますが、出来るだけのことはして頑張ってみようと思いますよ。それが必ず次のステップにつながるでしょうからね」。 地域国際リーグではその後もベオグラード96が負け知らずの快進撃を続け、5月第4週末には昨年の覇者オリンピヤ・カルロヴァッツと敵地クロアチアで対戦しました。第一戦、6対8と接戦を落としリーグ初黒星を喫したものの、第二戦はアランジェロヴィッチの満塁ホーマーなど打線が爆発。先発モレノも13三振を奪う力投で11対1と圧勝。続く2節もスリープウォーカーズ・センテンドレ(ハンガリー)とヴォイヴォデ・ベオグラードに問題なく連勝しました。この間にクロアチアではオリンピヤとザグレブが1勝1敗で星を潰し合ったため、ベオグラード96が最終節を待たず春の一位通過決定、9月上旬のファイナル4を本拠地アダ・フィールドで行う権利をみごと獲得しました。
セルビア野球、前進を続けています。 (2008年6月中旬) 執筆に協力して頂いたベオグラード96の皆さん、画像を提供して頂いたDDOR Neptunus / Eye of The Tiger Productionsに謝意を表します。画像・本文とも無断転載はかたくお断りいたします。本稿執筆に当たっては、主に以下のサイトを参考にしました:国際野球連盟、欧州野球連盟、セルビア野球連盟、ベオグラード96、ヴォイヴォデ・ベオグラード、クロアチア野球連盟、スリープウォーカーズ・センテンドレ、Mr.Baseball.com、Gary Tongue Baseball、ウィキペディア・フリー百科事典各国語版、スポーツナビ、野球規則 2007 Online (2004,2005-2007update) Ver.0.962 Due to the kindness of Mr. J. Van der Sande & DDOR Neptunus (Rotterdam) / Eye of The Tiger Produtions. All rights for the photo "neptunus.jpg" reserved by DDOR Neptunus / www.eott.nl. Unauthorized use is prohibited. |
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