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第63回配信
8才のエラと6才のニーナはクロアチアの姉妹です。彼女たちは、生まれた時からHIV(ヒト免疫不全ウイルス)陽性です。同じようなケースの子どもはクロアチアで20人ほどを数えると言います(クロアチア政府発表によれば現在まで国内のHIV感染者約300、エイズ発病者159、死亡93)。両親がエイズで亡くなったあと孤児院に引き取られましたが、2年前にこの孤児院の職員だったオレシュチャク夫妻(仮名。ただしクロアチアでは実名で報道されている)が育ての親として受け入れることになりました。北部のクティナを離れ、スプリット市に近い海岸部のカシュテル町に家を借りたオレシュチャク夫妻。エラとニーナは新しい町が気に入りました。新しい父母もきちんと面倒をみてくれる人たちです。新たな家族、オレシュチャク家の生活のスタートは問題がないように思われました。 オレシュチャク夫妻の当初の意思は高邁なものだったと思われます。カシュテル町にHIV陽性児センターを作ろうと考えたわけですから。夫妻の独力ではもちろん不可能な事業ですし、多少の自己宣伝も含めてマスコミの力を借りながら理解を得ようとしたのは、その意味では非難されるべきことではないとも考えられます。しかし、各紙に夫妻が取り上げられ、その養子二人がHIV陽性であることがカシュテル中に知れ渡ったことからエラとニーナの受難が始まってしまいました。 カシュテルの周囲の人々がオレシュチャク家の人々を避けるようになりました。幼稚園は入園を拒否しました。オレシュチャク氏の自動車のタイヤには穴が開けられる嫌がらせも発生。ちょうどカシュテルに借りた家の契約期限が切れるタイミングで、新聞などでこのことを知った首都ザグレブ市が市有住宅(団地)を提供すると発表。医師からも検査施設の整っている首都の方がいいという勧めがあり、オレシュチャク家はザグレブに転居することになりました。しかし、今度はザグレブの住人たちが入居に反対、「ドアを封鎖する」と実力行使の態度を明らかにしたため、引越しが出来ない事態に発展しました。この間もマスコミは問題の団地の住所、オレシュチャク家の人々などを実名で報道し続けたため、騒動が大きくなってしまいました。
昨年暮れ、ちょうど政府が「児童聴力障害者援助キャンペーン」などを実施していた時期で、政府に招かれてエラがラーチャン首相と握手する様子は国営クロアチアテレビでも報道されました。また人気女性歌手セヴェリナがカシュテルHIV陽性児センターの話を「復活」させるべくキャンペーンに乗り出し、これらはマスコミで逐一報道されました。十分な社会問題とはなったわけですが、これが火に油を注ぐような結果となり、オレシュチャク家の人々を周囲はさらに遠ざけるようになりました。さらにこの頃から育ての親に対するバッシング報道も出てきました。 オレシュチャク夫妻は政府から二人に対し特別援助50000クーナ(約85万円)を受け取っている他、毎月10000クーナ(約17万円)を受給しているが、結局自己宣伝をして儲けようとしただけではないのか。実はHIV陽性児一人当たり月5000クーナの援助額も、この騒動で従来の333クーナから15倍に上がったので、正直なところオレシュチャク夫妻の「騒ぎ得」というところはあるわけです。日本の感覚からすると読者の皆さんには大した額に思えないかも知れませんが、平均給与約6万円、失業率20%を越えるクロアチアではヤッカミを招くのに十分な額です。しかも当局が一家に準備した公営住宅は4DK。クロアチア厚生労働省もオレシュチャク夫妻の意図に一定の疑念を表明しています。さらにエラの実の両親と生前親しかった聖職者ニンチェヴィッチ師がマスコミに対し口を開き、「父親は妻がHIV陽性であることが知れて親族や周囲から受けた仕打ちを経験しているので、弁護士を通して娘がHIV陽性であることを公に発表しないよう遺言を残している」とオレシュチャク夫妻の自己宣伝に批判的な態度を取りました。「他にも学校に通っているHIV陽性児がいるが、オレシュチャク夫妻の立てた騒ぎでこうした子どもたちまで苦しい立場にさらすことになった」。
9月上旬、エラが小学校に入る時期が来ました。しかし学校と新入生父兄側がエラを拒否、驚くべきことにクロアチア文部省は学校に「エラに対して個人授業を実施するよう」通達して学校側の言い分の大半を通してしまいました。エラは小学校の図書室で同級生なしの授業を受け、教室には入れない状態が続いていました。一方、カトリック系人道援助団体カリタスは10月にHIV陽性児救済キャンペーンを開始、クロアチアテレコムの協力を得て、薬品、教育などを目的とした募金を行い、同時に世論の広い理解を得るための活動を始めました。エラと一緒に無料小児英語教室を開催する、というカリタスの募集には5人が応募しました。事態が好転して来たのです。図書室で授業を受ける間も、同じ小学校の7、8年生(当地の学制は8・4制)が自分の親たちの反対にも関わらずエラと仲良しになっていたと言います。行政側が根回しを続けた結果、小学校91人の同級生父兄のうち16人が同意、11月7日、新たに1年D組が編成され、エラはようやく教室で授業を受けられることになりました。
最新の情報によればエラたちには旅券が発給され、オレシュチャク家の人々はヴァティカンに近く旅をすることになりました。法王ヨハネ=パウロ2世の謁見と祝福を受ける予定です。学校問題のその後の展開を知りたいと思う一方、私もマスコミの仕事を知る片棒担ぎの一人として、もうそっとしておいてあげたい、このヴァティカンへの旅がエラとニーナの受難の旅の終点になってくれるといいとも思います。ちょっと偽善者めいた書き方になっているのはよく承知していますが・・・。 HIVは決して感染力の高いウイルスではなく、血液、体液、母子感染以外の感染経路はない。バスケットの好きなお国柄、マジック・ジョンソンを知る人も多いはずです。それにも関わらずエラたちに人々が示した拒否反応は、オレシュチャク夫妻とマスコミ双方の行き過ぎがあったことを考慮に入れてもクロアチアの良識派にとってはショッキングなものでした。「大変がっかりした。社会が病気の子どもに対してこれほども手荒く振舞うとは・・・」とパヴィッチ・ザグレブ市長は言います。なおマスコミの名誉のために言えば、「本当にクロアチアは『善人の社会』か」と問い掛ける良質の言論も見かけられました(週刊フェラール・トリビューン紙7月9日号、日刊ヴィエスニク紙9月19日付など。他に囲み参照)。
クロアチアで起こったことは、しかし先進諸国でも起こり得ることだと筆者は思います。
昨年時点で、世界のHIV感染者の総計は3620万(2000年の感染者推計530万)、現在までの累計死亡者2200万(2000年推計300万)と発表されていましたが、今年7月にスペイン・バルセロナで開かれた第14回国際エイズ会議に先立って発表された国連合同エイズ計画(UNAIDS)報告書は「この人類史上最悪の病気は恐るべき勢いで増加している。学者たちが予想した『最悪のシナリオ』をさらに上回る危機を迎えている」とし、正確な数字が算定困難なレベルに達したことから、今後はエイズによる累計死亡者数を報告しない、としました。12月1日の世界エイズデーは88年に定められて以来今年で15回目になるわけですが、エイズ予防デーとしてのみ考えられるべきではないでしょう。医事活動、予防としての教育活動も重要ですし、現在も世界で医学者、薬学者、人道援助団体関係者らの戦いが続いていることは言うまでもありません。また麻薬対策、売春対策など、感染防止につながる分野は幅広いものだと考えられます。しかし私たちがまず認識すべきなのは、エラたちのように生まれつき陽性である人々も含め、既にHIVに感染している人を差別・隔離しない発想を、社会の現実が当然の要請とするようになってきていることではないかと思うのです。
「エイズになった奴は見て分かるさ、みんな畸形になって歩くのも大変なんだって言うぜ」(ある市民)。
映画は医学生のHIV感染者に対する関心を啓発する目的もあるのでしょうか、歯科、産婦人科、泌尿器科などで感染者がまともに扱われない現実を指摘しています。ベオグラードのエイズ治療最高機関、感染症・熱帯病研HIV・エイズセンターのセレモヴィッチ医師は「96年頃までは発病から死亡まで1年というケースが多かったのですが、最近は治療法が改善され、6、7年以上もつことが多くなりました。その分扱う患者が増え、理論的には医師が感染するリスクは高くなっていることは確かです。しかし私たちのセンターよりも他の科の医師がむしろ怖がっているようです」と言います。 HIV感染者がエイズ発病していないか確認する検査は月1回が標準ですが、これには約25000円。発病後の治療は月12万円。平均月収2万円そこそこのセルビアでは、検査の回数や治療ペースを落とさざるを得ない感染者・患者が少なくないことも問題です(以上は日刊ダナス紙昨年11月のエイズ特集号などによる)。
ベオグラード市保健局はユニセフの援助を受けて昨年の世界エイズデーに前後する2週間、市内で希望者に対し無料のエイズ検査1536人分を実施しました。多くが25才前後の若者で、関係者は「匿名で受けたいという人が少なくなった。それだけ意識は浸透しつつあると評価したい」としています。またベオグラード大学医務局は学生を対象に昨年は一日だけ実施した無料エイズ検査を今年は一ヶ月行うと発表しています。 ユーゴ・エイズ対策連合青年部(O−JAZAS)に話を聞いてみました。この団体は医師・学者を中心とするエイズ対策連合(JAZAS)に付属する形で94年に発足した非政府系団体ですが、現在ではユーゴ全体で登録ボランティア5000を数え、JAZASから独立して活動規模でも本家を追い越してしまいました。各地の小中学校でHIV・エイズ、麻薬に関する講義などを行っている他、毎日17時から21時にはエイズ電話相談室を開設。さらに昨年の世界エイズデーにはエイズ対策パンフレット、無料コンドームなどを配布するなど、10代後半から20代の若者が同じ若者を啓発するというユニークで元気な団体です。ボランティアの一人、カタリナ・アンジェルコヴィッチさんは
「偏見・差別の問題は情報不足によるものだと思います。『握手するとうつるんじゃないか』とか『発病すると変な外見になる』とかですね。でもベオグラードの混雑しているバスにはHIV感染者が一人はいる可能性がある計算になるのです」とアンジェルコヴィッチさん。もう一人のボランティア、アナ・シュヴァボさんは「ユーゴの保守的な層ではエイズなんて西側先進国の(退廃文化を象徴するような)病気で、セルビアのチーズと肉を食べていれば大丈夫、などという考えが強いのです。HIV感染者が増加しているという現実を直視せず、自分は掛からないと思っている。周囲に感染者が出た時に村八分にしてしまうのはそうした考え方に根差していると思います」と言います。シュヴァボさんは高校を卒業したばかりの19才、アンジェルコヴィッチさんは18才の現役高校生です。「私たちの活動では感染者・非感染者を区別しない方針のため、実数や割合は分かりませんが、この団体の同僚にもHIV感染者がいます。私は同級生に勧められてボランティアになりましたが、偏見はなくても最初はちょっと怖かったことは確かです。でもHIV感染者と普通に話をし、一緒に活動をして何も変なことはないわけです。自分が感染したことが分かって絶望感や脱力感にとらわれていた人々がここのボランティアの仕事で元気を取り戻した例も見ています。いずれにしても私たちの活動がHIV・エイズへの無理解を減らし、さらには感染を減らすことになると信じています」と、アンジェルコヴィッチさんは言います。O−JAZASの戦いは続きます。今年の世界エイズデーのスローガンは「Live and let live」、偏見・差別との戦いです。 (2002年11月下旬) ユーゴ・エイズ対策連合青年部は今夏ユ連邦内で実施した青少年向けキャンプで関係者が不祥事を起こしていますが、名誉挽回を期待する意味で今回の執筆で取り上げました。本文内容は多くの新聞、インターネット資料などを参考にし引用していますが、煩雑さを避けるため出典の表示は一部にとどめてあります。写真の一部は2002年10月に日本のテレビ局取材に同行した際筆者が撮影したものです。この掲載に当たっては、私のクライアントから許諾を得ています。画像・本文の無断転載はかたくお断りいたします。 |
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