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第2回配信 「新しい国が出来て」
Djavo odneo salu. (悪魔が冗談をかっさらって行った=冗談が冗談でなくなった)
7年が経ち、スロヴェニアやクロアチアは既に国際的に認められた独立国になっています。第一回で書いたように、その発展のスピードは当初人々が期待したほどではないものの、中欧の「中進国」として着々と歩みを進めています。それに比べるとユーゴの「残りもの」セルビアとモンテネグロから構成される現ユーゴ連邦と首都ベオグラードは「三流国」に転落したままという感じです。セルビア人はよく言います。「ついこの間まではユーゴのパスポートと言ったら、西側にも東側にもヴィザなしで行ける大変なパスポートだったんだ。泥棒業界でも高く売れたと言うよ。それが今は西ヨーロッパはおろか、前には同じ国だったスロヴェニアやクロアチアにも行けない、泥棒に頼んでも買ってくれないものになっちまった。」
ゴルダナ(セルビア人女性、20代)は戦争前には毎年のように家族と美しいクロアチアの海岸で夏休みを過ごしたといいます。また行ってみたい。また昔の友だちに会えるかも知れない。「敵の国になってしまったから、クロアチアの人たちは私たちを憎んでいるかも知れない。でも私もセルビアの政治は駄目だと思うし、ナニ人であるかよりその人が良いか悪いかが大事という人はクロアチアにもたくさんいるはずだから恐くないわ。」
ベオグラード育ちの正教徒であるゴルダナはクロアチア行きをあきらめざるを得ませんでした。
ネボイシャ(セルビア人男性、40代)はベオグラードのレストランのウエイターです。しかし今の職での給料はせいぜい月額15000円程度。セルビアでは平均より少し下くらいですが、その生活は楽ではありません。奥さんはデパートの売り子ですが、その薄給は数ヶ月遅れが当たり前。男の子二人のうち上の子の高校卒業が近づいていますが、卒業後とてもまともな就職の可能性はありません。ハノーヴァーに出稼ぎに行っている友人や親戚(この戦争でセルビア人が入国しにくくなる前から10年以上住んでいる人たちです)を頼って自分もドイツで働こうと考えましたが、ドイツは折りからの不景気やユーゴとの険悪な関係もあってなかなかセルビア人にヴィザを出しません。そこで考えました。
1・クロアチアのパスポートでユーゴに帰り、今持っているユーゴのパスポートは返上、以後は外国人としてベオグラードに暮らす(合法)。
少年時代から40年近く暮らしているセルビアの首都ベオグラードで、セルビア人のネボイシャが外国人として暮らさなければならないのでしょうか。暴力団まがいの右翼の連中に自分がクロアチア国籍であることが知られれば何をされるか分かりません。あるいはいつ当局に知られるかと恐れながら、役に立たないユーゴのパスポートを持ち続けてユーゴ国籍にこだわるか。税金や滞在許可でどちらが有利なのか。子どももやがては外国に自由に行かせられたらいいと思うが、クロアチア国籍を取ることで問題は生じないだろうか。せっかく取った国籍証をまたクロアチア当局に返すことも考えながら、ネボイシャの悩みが続いています。
かつて自分の国だったところへ入れない。あるいは長年暮らしてきた自分の国で突然外国人になってしまう。新しい国が出来、新しい問題が生じています。
それにセルビアの政治改革と経済発展が遅れ、そのために先進国がヴィザを(なかなか)発給しないのはある程度仕方ない(どの国にもその国なりの入国管理の理屈があるのは当然でしょう)としても、また政治の責任は政治家を選ぶ当の住民自身にあるとしても、先進国に行く可能性が閉ざされてしまえばセルビア人の考え方はいよいよ偏狭にならざるを得ませんし、それだけセルビアの政治が生まれ変わる可能性は小さくなってしまいます。簡単に答えの見つけられないディレンマです。
*人名には仮名を使用しています。
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