「平和問題ゼミナール」
(旧)ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)

最終更新 22:46 98/05/15
第1回配信
「自己紹介に代えて」

 旧ユーゴに暮らして9年になります。

 最初は言葉の勉強をしようと思ってここに来ました。カッコつけた言い方をすれば、ユーゴという国を選んだのです。ところが91年に戦争が始まり、四分五裂の末ユーゴスラヴィアはなくなってしまいました。独立を果たしたスロヴェニアやクロアチアは徐々に発展を続けていますが、当初人々が期待したほどの速さでは進んでいません。マケドニアもこの2カ国以上に独立後の苦しみに直面しています。ボスニアは依然戦争の傷痕が生々しく、わが町ベオグラードは経済制裁こそ解除されたものの、冴えない三流国の首都という感じです。コソヴォ問題をめぐってはいつ本格的な戦争や経済制裁の復活が起こるか分からない政情・経済不安が続いています。

 最初から報道通訳をやろうと思ってこの国に来たわけではありません。日本人や日本語の出来る地元の人が少ないこともあって、言葉をマスターした頃から通訳の仕事が来るようになりましたが、それが偶然スロヴェニアの内戦直前の時期と重なります。それ以来ユーゴの崩壊を現場で見ることになりました。

 −−−どうしてこんな所に9年も暮らしていられるんですか?−−−

 ここの人からも日本人からもよく尋ねられます。もちろん、報道通訳やジャーナリストの仕事があり、それが好きだから、という実際的な理由が第一に挙げられると思います。それに日本人ならばセルビア人が簡単に行くことの出来ない他の旧ユーゴ諸国や西ヨーロッパにしょっちゅう足を伸ばすことが出来ますし、報道の仕事自体、ちょっと野次馬なところがあって普通の人が入れない所へ行ったり有名人と会えたり(もちろん通訳という仕事は、大統領と「会って」も会ったことにはならない「ゼロの存在」でなくてはなりませんし、もっと言えば報道も事実に対して「ゼロの存在」である観察・報告者だからこそ「メディア=媒介者」なのだと思うのですが、マスコミ・メディア論にいきなり深入りするのは止めておきましょう)する、私自身のミーハー嗜好を満たすところがあるのは確か(笑)です。でも、それだけではもちろんなくて、やはり旧ユーゴの国々が好きで、スロヴェニアからマケドニアまでどこへ行っても素晴らしい友人がいて、また新しい出会いにも恵まれるような国々だから、ということになると思うのです。彼らの価値観は時には受け入れられないものもあるけれど、日本人が忘れてしまった大事なものがあることを教わることもしばしばです。

 旧ユーゴは出稼ぎ大国として知られています。私がローマやウィーンや東京からやって来る記者を迎えにベオグラード空港へ行くと、休みを取ってチューリッヒやパリやケルンから帰省してきた人々と、迎えに来た家族や友人が「久しぶりだね」の言葉も言葉にならずに熱い抱擁を交わす光景はいつもお馴染みのものです。長年外国にいても、豊かな西欧にいても、気持ちは故郷に本当に強く結び付けられています(この抱擁は、この国にいて感じる人々の温かさ、時にはうざったいとさえ感じられるほどの密度の濃い人間関係が形になって現れる瞬間です)。

 

 豊かではありません。5分歩けば24時間営業のコンビニに3つ、4つ行き当たるような暮らし、電車が分単位、秒単位で運行するのが当然の暮らしとは無縁です。また仕事で銃弾や地雷の犠牲者、親と生き別れになった難民、制裁で医薬品不足に苦しむ白血病の子ども・・・といったこの地域の悲惨も見てきましたし、「ここではカネにならない、チャンスがあったら外国で暮らしたい」と思っている人がたくさんいることも知っています。

 

 でも、みな生まれた土地に何らかの形で結び付けられ、みんな自分の町、自分の国が良くなることを望んでいます(民族主義はこの国を滅ぼしましたが、一人一人の故郷への愛着は誰にも否定できないものではないでしょうか)。それに比べるとここで生まれたわけでもないし親戚、家族がいるわけでもない私の旧ユーゴへの愛着などは欺瞞のようなものかも知れません。

 

 それでも、「自分の選んだ国」の崩壊にたまたま立ち会った私は、戦争が終わって新たな形でそれぞれの歩みを始めた旧ユーゴの国々が、山積する問題の中を少しずつ復興に向かい発展していくプロセスをもう少し見つめていようと思うのです。

 次の便りからは、木村朗先生とゼミの皆さんが取り扱っていらっしゃるような平和と暴力、民主主義の問題に絡めて、皆さんと一緒に考えていくテーマを提起するような報告をしたいと考えていますが、同時にごく普通に私が人々と交わしているような会話を通して、あるいは上に書いた空港のように普段見ているような光景を通して、旧ユーゴ諸国の魅力の一端に触れるような人々の温かさが描き出せたら、とも望んでいます。

 

 またこの便りの内容に直接関係なくとも旧ユーゴ関連のご質問、ご意見などを歓迎したいと思います。

 

 筆力不足の点は多々出てくると思いますが、どうぞよろしくお願いします。(98年5月上旬)


1998.5.15更新

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