思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2008年第3期 9月29日 夜明け前より瑠璃色な フィーナ誕生日記念 「約束の証」 9月28日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「楽屋裏狂想曲〜順番〜」 9月23日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「楽屋裏狂想曲〜かなでの一番〜」 9月17日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「楽屋裏狂想曲〜月見の夜〜」 9月12日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory                「楽屋裏狂想曲〜去りゆく夏の終わりに〜」 9月8日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「楽屋裏狂想曲〜先手必勝!〜」 8月31日夜明け前より瑠璃色な sideshortstory            「After Summer Vacation」case of Feena 8月3日 朝霧麻衣誕生日SSS「約束の証」 7月21日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory           「楽屋裏狂想曲〜おかえりのあいさつ編〜」 7月12日 千堂伽耶誕生日SSS「絆」 7月9日 Canvas2 sideshortstory 「撫子の夏、エリスの夏」 7月7日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「招待状」
9月28日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory           「楽屋裏狂想曲〜順番〜」  日曜日の今日は生徒会の仕事も休みなので俺はのんびり過ごしていた。  ベランダの扉を開けると、外から流れ込んでくる風は涼しい。 「もう秋だな」  つい最近までプールの授業があったのだが、暦の上ではもう秋。  もうすぐ制服も冬服になる時期だった。 「温かい飲み物でも飲むかな」  涼しい風に当たったせいか、温かい飲み物が急に飲みたくなった。  部屋にはお茶会用のお茶は常備されてるが、一人で飲むには準備が面倒。  談話室の販売機を使うことにした。  販売機でホットコーヒーを買って一口飲む。  最近コーヒーは飲んでなかったが、この苦みがなんだか心地よい。 「・・・あれ、かなでさん?」 「あ、こーへー」  窓から外を眺めてたかなでさんが振り返る。  その仕草や表情にいつもの元気がない。 「どうかしたんですか?」 「ううん、別になんでもないよ」  そう言って笑うかなでさん。でもその顔はやっぱりいつもと違う。  俺はかなでさんをソファに座らせて、買ってきたコーヒーを手渡す。 「ありがと、こーへー」 「それで、何があったんですか?」 「・・・こーへーには敵わないよ」  そう言ってから一口コーヒーを飲むかなでさん。 「ちょっとね、悩んでるの」 「俺が聞いてもいいことですか?」 「うん、どうせ駄目って言っても聞くんでしょ?」 「言えないことは無理に聞き出しませんよ」 「そっか、こーへーは優しいんだね」  微笑むかなでさんに思わずどきっとする。 「実はね、ドラマの事なんだけど・・・」 「ドラマ?」 「うん、私の主役、4巻に決まったの」 「主役なんですか? 良かったじゃないですか」  ドラマの主役が何のことかはいろんな意味で危険なので追求しないでおこう。 「今回はメインヒロインだけだから、ロリっ娘の出番はそんなに無いし、  念願のロリっ娘より先なの。でもねそのせいでひなちゃんが5番目に  なっちゃったの」 「かなでさんのせい?」 「うん、だって私がいつも最後は嫌だって言ってたから、ひなちゃんに迷惑  かかっちゃったの」 「陽菜がそう言ったんですか?」 「ひなちゃんは優しいからそんなことは言わないよ。でも・・・」 「かなでさん」 「・・・なに?」 「陽菜の所に行きましょう。そして確かめるんです」 「え、えぇ!」  盛大に驚くかなでさん。 「ちゃんと聞かないとわからないじゃないですか」 「でも」 「でももなにもありません!」  俺は携帯を取り出す。 「あ、こーへー、ちょっとまって!」 「待ちません!」  かなでさんが俺の携帯を奪おうとのしかかってくるのをかわしながら、  俺は陽菜に電話した。 「そうだったんだ」  談話室に来てもらった陽菜に事情を説明する。 「別に私は順番なんて気にしてないよ、お姉ちゃん」 「ひなちゃん・・・ありがとう!!」  かなでさんは陽菜の胸に飛び込んだ。 「もぅ、お姉ちゃんったら・・・」  そう言いながらも優しい目でかなでさんを見つめる陽菜。 「よし、そうと決まったら4巻に備えて3巻の台本を練習だ!」 「お姉ちゃん。今夜は駄目だよ? 明日用事あるんでしょ?」 「あ、そーだった。明日は私じゃないけど私が用事あるんだよね」  何のことだ? 意味が分からない。 「だから、練習は明後日からにしましょう」 「うん、ひなちゃんがそう言うならそうするね。それじゃぁまた後でね!」  元気にかなでさんは去っていった。  やっぱりかなでさんは元気が一番だな、そう思う。 「ねぇ・・・孝平くん。ちょっとこれいい?」 「何?」  そう言って陽菜が見せてくれた本の表紙には ”ドラマCD FORTUNE ARTERIAL 〜through the season〜 #3 紅瀬桐葉”  と、書かれていた。 「・・・」 「この台本読んだんだけどね・・・今回私たち出番が少ないみたいなの。  それで、メインが紅瀬さんと・・・その、伽耶さんなの」 「・・・言いたいことはよくわかったよ、陽菜」 「孝平くん、あとでいろいろと手伝ってね」  ・・・かなでさんのあの叫びが聞こえてしまうんだろうな。  そう思うと、気が重くなった。
9月23日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory           「楽屋裏狂想曲〜かなでの一番〜」  今日も生徒会の仕事で遅くなった。  いくらこなしても増えていく仕事量。 「役員、増やすこと考えないとな・・・」  そう思いながらそれが難しいということは重々承知している。 「ふぅ、やっとついたな。夜飯は買い置きで済ませるか」  鍵を開けて自分の部屋の中に入る。 「おかえりなさい、こーへー。今日も遅かったね」 「ただいま、かなでさん・・・」  帰ってきて俺の部屋に誰か居る、そのことに違和感を感じなくなって  きてしまった。 「ごはんにする、お風呂にする、私とする?」 「・・・」  疲れてるので勘弁してくださいと言おうとした俺より早くかなでさんは 「ちがーうっ! 今日はその話じゃないの!!」  そう言いながらどこからかとりだした冊子を床に投げ捨てる。  その冊子の表紙におかえりのあいさつ編とか書かれてる気がするけど  それは見なかったことにしておこう・・・ 「こーへー! 大事な相談があるの・・・って何脱いでるの?」  俺は上着を脱いでハンガーに掛けている所だった。 「もぅ、こーへーったらやるき満々なんだね♪」 「いや、着替えてるだけですけど・・・」 「もしかして、ツンデレ?」 「・・・あの、かなでさん。大事な用事があったんじゃないですか?」  話が先に進まないので俺が進行させることにする。  ・・・それもなにか違う気もするが。 「そうそう、こーへー、お姉ちゃんが大事な相談あるってこと良く  知ってたね」  さっき自分で話したでしょうに・・・ 「というわけで、私の部屋に来てもらえる?」 「え? ここじゃだめなんですか?」 「うん、ここだと邪魔が入る可能性あるから駄目なの」  邪魔って一体誰のことだ? 「でも、この時間はもう女子フロアには・・・」 「外から行けば大丈夫だよ、ほら、早く!」  そう言って俺はベランダへ連れ出された。 「はい、先に上ってね」 「はいはい」 「お邪魔します」  かなでさんの部屋にベランダから入る。 「こーへー、ただいまでも良いんだよ?」 「・・・それで、何の話ですか?」 「もぅ。こーへーったら照れちゃって。ちょっと準備するからその辺に  座って待っててね」  俺はその辺と言われた床の上に座る。 「えっと、これはこうしてっと」  入ってきたベランダの扉の鍵を閉めてカーテンを閉める。 「玄関の鍵はしめてあるからだいじょうぶっと」 「・・・」  なんだろう、不安がこみ上げてくる。  部屋に入ってきて、その部屋が密室になって・・・  普通なら期待してしまいそうだが、逆に不安になってくる。  襲われはしないと思う・・・ 「って、それ考え方が逆だって」 「ん? なに?」 「あ、いや、なんでもないです」  最近、女性も狼だって事を実感したばかりだけにそう  思ってしまうんだろうか。世間一般では狼は男のはずなのだが・・・ 「はい、こーへー。お茶どうぞ」 「ありがとうございます」 「今日のお茶はね、疲れが癒せるっていうカモミールティーだよ♪」  一口飲む。口当たりがよく、ハーブティー独特の味がする。 「・・・変わった味ですね」 「美味しい?」 「どう・・なのかな」  正直美味しいかどうかはよくわからない。それは俺の味覚が無いわけじゃなく  単にこの後起きることを警戒しての、緊張からだろうか?  それでも、温かいお茶を飲むと落ち着いてくる。 「ところで、こーへー」 「何でしょう?」 「こーへーは、中と外と、どっちが好き?」 「・・・!」  飲みかけのお茶を思わず吹き出しそうになるのを懸命に押さえる。 「ぶはっ、いきなり何聞くんですか?」 「いいから答えて」 「・・・それじゃぁ中で」 「そっかぁ・・・それじゃちょっと待っててね」  そういうとかなでさんはバスルームに消えていった。 「・・・」  一体何の話だ? もしかしてあの時の話だろうか?  中ってまずかったか? でも、いつもかなでさんが望むから・・・ 「おまたせ、こーへー」  かなでさんはすぐにバスルームから出てきた。 「かなでさん?」 「ねぇ、どう? こーへーの好みの通りに着てみたよ」  かなでさんは体操着に着替えていた。  でも、いつもと違う雰囲気が・・・ 「こーへーもまにあっくだよね。ブルマが全部見える方が好きだなんて」  ・・・そう、かなでさんの緑色のブルマが全部見えている。  それは、体操着を「中」に入れてるからだ。 「・・・参考までに聞いていいですか?」 「なに?」 「もし外って答えてたらかなでさんはなんて言うつもりだったんですか?」 「そだね、こーへーはまにあっくだね、ちらりずむが好きだなんて、かな」 「・・・俺に選択肢なんて無いじゃないですか」 「そんなこと無いよ? 膣中(なか)か膣外(そと)かって大事じゃない」 「今発音おかしくありませんでしたか? 漢字間違ってませんでしたか?」 「いやん、こーへーのえっち」 「・・・相談ってこのことだったんですか?」  強引に話を戻すことにした。出ないと俺が駄目になりそうだった。  ・・・いろんな意味で。 「あのね、こーへー。最近思うんだけど・・・私の扱い悪くない?」  かなでさんはブルマ姿のままベットに座ってそう話し出した。 「はい?」 「いつもロリっ娘の後でしょ? だから先に出番を・・・じゃなかった  こーへーと一緒にとおもったのに、あのロリっ娘に美味しい所取られたの」  ・・・あの話か。 「プール閉めの時はひなちゃんと一緒だったから楽しかったけど  あとで気付けばやっぱりロリっ娘の後だし、その後なんか最後に楽しみに  していたこーへーの問いつめに参加し損ねちゃったし」 「楽しみだったんですか・・・」 「他のサイト見ても私のお話あんまりないし」  他のサイトって何処の話だ? 「だからね、私は考えたの。どうすれば1番になれるかって」 「・・・別に一番にならなくてもいいんじゃないですか?」 「え?」 「だって、かなでさんはかなでさんだから」 「こーへー?」 「いつもがんばってるかなでさんを俺は知ってますから。俺はその方が  かなでさんらしくて、良いと思います」 「こーへー・・・やっぱり私、1番になりたいな」 「かなでさん?」  体操着のままのかなでさんは俺に寄り添ってきた。 「私は私のままでいいんだよね、こーへー。でもね、私はこーへー1番に  なりたいの・・・だから、ね?」 「・・・」 「これ以上は女の子から言わせないでよね? こーへー」
9月17日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory           「楽屋裏狂想曲〜月見の夜〜」 「風流だよな・・・」  屋上に敷かれたレジャーシートの上。  目の前に月見団子が山と積まれていて。  見上げると見事な満月が浮かんでいて。  そして。 「またロリっ娘に先越されてたー!!!」  かなでさんが月に叫ぶ。 「風流だよな・・・」  いつものお茶会の会場を俺の部屋から寮の屋上へと移された。  普通夜の屋上は立入禁止になるのだが、お茶会のメンバーに生徒会の  役員がいたり、鍵が無くても出入りできる身体能力者がいたりするので  特に問題はなかった。・・・いや、問題あるだろう?  そして何故か俺は両腕を縛られてシートの上に座らせられている。 「えっと、この状況に違和感を感じてない皆様はおかしいんでしょうか?」 「支倉君、人を変な扱いしないでくれる?」  紅瀬さんが反論する。 「なら、ほどいて欲しいんですけど・・・」 「駄目よ、紅瀬さん。ほどくと孝平は逃げちゃうから」 「ごめんね、孝平くん。今日だけはこのままでいてね」  瑛里華と陽菜にそう言われて諦める事に・・・ 「なわけあるか!」 「騒がしいぞ、支倉。せっかくの月の夜だ。風情を楽しむとしようぞ」 「そうね、伽耶。はい、どうぞ」 「おぉ、すまないな桐葉」  そう言うと伽耶さんが持っていた白い器・・・あれって杯だろうか?  それに紅瀬さんが何かをそそぐ。 「・・・」  なんだかオチがすでに見えた気がした。  俺は天を仰ぎ見る。  そこには満天の星空と綺麗な月が浮かんでいた。 「と、いうわけでお月見を始めたいと思います! みなさんの手元に  飲み物は行き渡ってるでしょうか?」 「あの、俺腕が縛られてるんですけど・・・」 「こーへーはいいの、後でみんなで飲ませてあげるから♪  それじゃぁ、乾杯!」 「乾杯!!」  乾杯の音頭とともに、みんな手に持ったグラスの中身を飲み干す。 「・・・」  みんなジュースだよね、きっと・・・ 「さて、この前のプール閉めイベントも無事終わり、こうしてお月見を  する事が出来ました。これもひとえに読者の皆様のおかげです」 「かなでさん、読者って・・・」 「そうね、読んでくださって感想があるからこそ、続けられるんですものね」 「いつも読んでくれるみんなに感謝しなくちゃね」 「その通り、さすがひなちゃん私のヨメ!」  ・・・もはやツッコミを入れる気力も無かった。 「今回は2人一組で時間の流れだったのよね。私と白、紅瀬さんと母様、  悠木先輩と陽菜さん。珍しい構成よね」 「お話も公開はまとめてだけど、この組み合わせ単位で書かれたそうです」 「そうそう、だから私はひなちゃんと一緒だったのだ。でも納得行かない!」 「悠木先輩?」 「結局私はあのロリっ娘より先に出番がこないのかー!」  そう言って指さす先に、紅瀬さんと伽耶さん。 「順番なぞ良いではないか、それに真打ちは最後の登場なのであろう?」 「う゛・・・確かに今回は真打ちだけど・・・それでもなんか納得行かないの!」 「そうか、ならば精進せい」 「こらー、そうやって話まとめないの! だからこのロリっ娘は・・・」 「何度も言うが、おぬしも同じであろうに」 「私も何度も言うけど、脱ぐと凄いし脱いだのを見て良いのはこーへーだけなの!」 「・・・」  かなでさんの爆弾発言。俺に皆の視線が突き刺さる。 「ね、こーへー。私脱いだら凄かったでしょ?」 「こ、孝平くん・・・その、お姉ちゃんの着替え盗み見したの?」 「陽菜、どこをどうなったらそうなる?」 「孝平・・・見損なったわ」 「だから俺は何もしてないって」 「・・・」  紅瀬さんは黙って俺の方を見ている、なんだか視線が冷たい気もするが今は  何も言わないでくれる紅瀬さんだけが味方の気がする。 「・・・私は脱がなくても凄いから、ね、孝平」 「・・・」  味方どころか思いっきり爆弾を投下されてしまった。 「孝平・・・」 「孝平くん・・・」 「こーへー・・・」 「・・・あれ? そういえばさっきから声が全く聞こえない人がいるような」 「ごまかすな、こーへー!」  ばれたか・・・と内心思いつつ 「そう言えば白ちゃんがまだ来てないみたいだけど」 「そうね、発言のタイミングが取れず黙っているだけっ言う訳じゃなさそうね」  瑛里華さん、意味わかんないんですけど・・・ 「お待たせしました、遅れて申し訳ありません」  白ちゃんの声が昇降口の方から聞こえてきた。  あぁ・・・このメンバーでの唯一の良心が・・・  これでまともになる、そう思いながら振り向いた先に居た白ちゃんは・・・ 「あの・・・おかしいでしょうか?  白いバニースーツを着ていた。 「伊織先輩が、お月見の時にはこれを着ていくと良いって言われて・・・」 「あの馬鹿兄貴は何考えてるのよ!!」 「伊織の考えてることだ、どうせおもしろくしたいのであろう?」 「そうね、彼も相当歪んでいるからね」 「・・・」  白いバニースーツのままシートの上にちょこんと座ってる白ちゃん。 「あの、着替えてきた方がよいのでしょうか?」 「そんなことないわよ、白。似合ってて可愛いわよ」 「瑛里華先輩、ありがとうございます!」 「ふっふっふっ、その程度ならまだまだ未熟っ!」  突然たちあがったかなでさんはぴしっと白ちゃんを指さす。 「ひゃぁ?」 「こーへーを誘惑しようとしてもその程度ならこーへーの心は  揺さぶられないのだ!」 「わ、わたしは別に支倉先輩を誘惑しようだなんて・・・」 「これを見るのだ!!」  そう言うと俺の目の前でおもいっきりスカートをめくりあげる。 「どうだ! こーへーが大好きなブルマなのだ! ってこーへー  なんで目をそらしてるの!」  いや、直視したらいろんな意味でやばいですから・・・ 「悠木先輩、駄目ですよ?」  そう言いながら笑ってる瑛里華。  笑っているのになんだか怖いんですけど・・・ 「孝平は、脱がすのが好きだから、自分から脱ぐのは萌えないのよ」 「しまったぁ!」  その場で落ち込むかなでさん。 「あれ? 孝平くんここでは反論しないの?」 「・・・もう反論する気力ないから」  実は瑛里華の言うことが真実だということは伏せておこう・・・ 「良かったわね、伽耶。孝平は脱がせるのが好きだそうよ」 「そうか、でも支倉にはこの十二単は難しいだろうに」 「今度手取り足取り教えてあげればいいじゃない」 「・・・そうだな、その時はよろしく頼むぞ」 「えぇ」  不穏な会話が聞こえてきた気もするが・・・  思わず天を仰ぐ、そこには綺麗な夜空に綺麗な月が浮かんでいる。 「風流だなぁ・・・」 「そうですね、支倉先輩。月がとても綺麗です」  白ちゃんがうさぎの格好のまま、そう言う。 「・・・」 「ところで、支倉先輩。どうして縛られてるんですか?」 「ありがとう、白ちゃん!」 「ひゃぁ!」 「もう白ちゃんだけが良心だよ」 「え、えと?」 「良かった、一人だけでもまともで・・・」 「ねぇ、支倉君。そう言うのなら貴方もまともじゃないって事にならないかしら?」 「・・・もういいです、まともなままだとどうにかなりそうだから」 「そうね、あの時の支倉君・・・孝平はまともじゃないものね」 「紅瀬さん、それって・・・」 「えぇ、孝平ったら私がいやだって、駄目って言ってもずっと動かすんですもの。  どこか高いところに飛んでいきそうだったわ」  えっと、いきなり何の話なんでしょうか? 「わ、私の時も孝平は凄いんだから! 紅瀬さんの時よりもきっとよ!」  いや、そこで張り合われてどうするんですか、瑛里華さん。  それよりも何が凄いって話なんですか? 「どう凄いのかしら?」 「それはもう・・・」  ・・・とても会話の内容をお伝えできません、というか俺の耳が会話を  聞くことと、脳がそれを理解することを拒絶してます。 「こーへー、めっ!」  ぱしっと小気味よい音とともに俺の額に風紀シールが貼られた。 「駄目だよこーへー、そんなに激しいのは私だけにしてくれないと」 「いや、だから何の話ですか!」 「それはもちろん・・・」 「ごめんなさいごめんなさい、それ以上言わないで」 「うん、いわないであげる。だからしよ!」  そう言うとスカートのホックをはずしたかなでさん。 「ほらほら、ブルマだよ、パンツじゃないから恥ずかしくないんだよ?  今日はどうする? ずらす? 少しだけ脱がす?   こーへーの好きにしていいよ♪」 「ならとりあえずこの縄を解いてください」 「えぇっ! 今日は縛るの?」  かなでさん、思考が飛躍しすぎですって・・・ 「だめだよ、お姉ちゃん」 「ひなちゃん・・・」 「陽菜、すまないけど縄を」 「最初に縛られるのは私なんだから」 「・・・」 「私、孝平くんが望むなら何でもしてあげる。お口でも胸でも腋でも後ろでも」 「さすがひなちゃん、なら私も一緒にこーへーにしてあげる」 「お姉ちゃん・・・ありがとう!」 「ひなちゃん!」 「お姉ちゃん!!」  二人で抱き合う麗しき姉妹愛・・・なわけあるか! 「ふふっ・・・孝平。のどが乾いたと思わない?」 「ずっと縛られてるからな、縄をほどいてくれれば自分で何か飲むさ。  だから瑛里華・・・?」  気付くと俺の目の前に瑛里華の顔があった。 「孝平、のませてあげる」  そう言うと手に持った杯の中身を口いっぱいにほおばって・・・ 「杯? 瑛里華、その中身はいったい・・っ!」  口移しで流し込まれた液体は妙に熱かった。 「ごほっ、って酒か?」  俺はその出所を探そうと首を動かす・・・までもなく、伽耶さんと紅瀬さんの  ところでいつのまにか杯が配られていた。 「ほら、白も飲むがよい」 「伽耶様、いただきます」  あー、最後の良心が駄目になる瞬間だった。 「えりりん、ずるーい! 私も飲ませてあげるの!」  そう言って目の前にかなでさんが・・・ 「ちょっとかなでさん、まって!」 「またない、こーへー、私のも飲んで・・・わ、わっ!」  突然目の前からかなでさんが消えた。その代わりに陽菜の顔が・・・ 「ちゅっ」  唇が重なる、そしてその唇の合間を陽菜の舌が割ってはいる。 「んっ・・・」 「・・・」 「孝平くん・・・私の、美味しかった?」  そう言って離れていく陽菜。 「次は私の番ね」 「く、紅瀬さんまで・・・正気に戻ってください!」 「私はいつでも正気よ、私には孝平と伽耶さえ居てくれればいいのだから。  だから、ね?」 「紅瀬さん!」 「ん」  ・・・  最初に瑛里華に飲まされた酒のせいか、その後の陽菜、紅瀬さんとのキスの  せいか頭がぼーっとしてきた。 「支倉」  気が付くと目の前に伽耶さんの紅い瞳が輝いていた。 「あたしだけ仲間はずれでは、ないであろう?」 「・・・」  紅い瞳と紅い唇に、俺は・・・ 「支倉? っ!」  ・・・ 「はぁはぁ・・・こんなにも情熱的なのは初めて・・・」 「良かったわね、伽耶」 「・・・まぁ、悪くはなかったな」 「・・・はっ、俺は一体?」 「支倉先輩・・・」 「白ちゃん?」 「その・・・私にも・・・してくださいませんか?」 「えっと・・・」 「やっぱり私では役不足なのですね、ごめんなさい」 「そ、そんなことはないよ。  白ちゃんはいつも一生懸命がんばってるじゃないか!」 「なら、私にも、ご褒美をください」 「白ちゃん・・・」 「わーん、ロリっ娘二人に順番越されたー! お月様のばかーっ!!」  復活したかなでさんは月に向かってそう叫んでいた。  月に向かって叫ぶかなでさん、その姿は制服の上だけで下はブルマ。  ・・・艶めかしいといよりシュールな光景だった。 「それで、孝平。どうだった?」 「どうって何が?」 「誰の接吻が良かったかって千堂さんは聞いてるのよ。もちろん、私も答えは  知りたいわ」 「孝平くん、この前のお茶会での告白の時は答えくれなかったんだよね」 「カレーを作ったときも支倉先輩は食べてくださいませんでした」 「あれだけ情熱的だったのだ、やはりあたしが一番だったのだろうな」 「ちょっ、母様。魔眼使わなかった?」 「使ってないぞ」 「そうよ、千堂さん。伽耶はそのままでも充分可愛いもの」 「そ、そりゃ可愛いのは認めるけど・・・でも孝平は駄目なの!」 「別に瑛里華の物だけという決まりは無いであろう?」 「だめだめ! 法律でも一夫多妻はだめなの!」 「桐葉」 「何?」 「我らは法律の中にいたかの?」 「そうね、私たちは法の外の存在よね」 「ということだ、瑛里華。気にすることはない!」 「だから駄目なの!!」 「私、孝平くんが望むならなんでもしてあげる、だからもう一度・・・して、いい?」 「あ、陽菜! 抜け駆けは駄目よ!」 「そうよ、悠木さん。孝平はまだみんなの物よ」 「あの・・・俺の意見は?」 「!!」  突然みんなの動きが止まる。 「孝平・・・いよいよ決めてくれる時が来たのね」 「え?」 「支倉先輩・・私、がんばります!」 「孝平、私と伽耶には貴方が必要なの」 「孝平さえ望むなら、その・・・あたしと一緒でも、いいぞ?」 「孝平くん・・・」  えと、なに? この空気は? 「誰を選んでくれるの?」 「わーん! 最後のオチにも参加できなかったー!!」  遠くでかなでさんが叫ぶ声が聞こえた・・・
9月12日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory           「楽屋裏狂想曲〜去りゆく夏の終わりに〜」 「なぁ、征。俺は前々から不思議に思ってたことがあったんだよ」 「聞く気は無いのだが、どうせ言うのだろう・・・なんだ?」 「なんでプール開きはあるのにプール閉めは無いんだろう?」 「やはり聞くべきではなかったな」  監督生室でのたわいもない会話。  会長の突然の思いつきをみんなで流すだけのはずだった。のに・・・ 「それじゃぁ運営はまかせたよ、支倉君」 「はい?」 「あれ? 話聞いてなかった? 今度の土曜のプール閉めのイベントの進行は  支倉君に決まったんだよ」 「いつのまにそんな話になったんですか?」 「えとね、ここから8行上でそういう流れになってるだろう?」  いや、8行上って言われても・・・  俺は助けを求めようと回りを見る。 「東儀先輩・・・」 「あきらめろ、伊織はそういう生き物なのだからな」  すでに達観してるようだった。 「瑛里華・・・」 「この夏最後のチャンス・・・」  何か下を向いてつぶやいてる。 「白ちゃん?」 「・・・ぽっ」  顔を真っ赤にしてぼーっとしてるようだ。 「・・・いつの間にか陥落してたんですね」 「そゆこと、楽しいの頼むよ!」 「はぁ・・・」 「支倉、これは今年のプール開きの資料だ。あまり予算はかけられない。  頼むぞ」 「・・・了解」  東儀先輩から資料を受け取りながら、週末のプール閉めのイベントの企画を  考え始めることにした。 case of 瑛里華 「それでは、この夏お世話になったプールに感謝の気持ちを込めて。  最後にみんなで目一杯楽しもう!」 「おー!」  残暑厳しい土曜の午後。会長の言葉から始まったプール閉めのイベントは、  希望者のみの参加で行われた。  授業とは全く関係ないので水着は自由なのを着て良いということになっており  色とりどりの水着が目の前で踊っているようだった。  俺はプールサイドに設置されたテントの中で事故が起きないよう監視していた。 「お疲れ、孝平」  そう言ってペットボトルを持ってきてくれた瑛里華は学院指定の水着を着ていた。 「サンキュ、瑛里華・・・瑛里華はその水着なんだな」 「えぇ、今日の私は裏方ですもの。だからこれでいいの」 「そっか」 「それに、孝平はこの方が良いみたいだし・・・」 「ん? なんか言ったか?」 「ううん、なんでもないわ」 「瑛里華、少しみんなと遊んできても良いんだぞ?」  この時間はフリータイムなので、監視以外特に仕事はない。 「いいの、私も仕事するの」  そう言うと俺の横に座る。 「・・・」 「・・・」 「瑛里華?」 「孝平?」  俺達は同時に声をかける。 「何?」 「・・・孝平こそ、何かしら?」 「・・・いや、なんでもない」 「・・・私も」 「・・・」 「・・・」  なんだ? この空間は・・・  なんだか気まずいっていうか、なんていうか、その・・・ 「じれったいねぇ」 「そうそう、それ・・・って会長?」 「瑛里華ももっと積極的に行かなくっちゃ駄目じゃないか」 「兄さんには関係ないでしょ?」 「そう言うのなら・・・支倉君。ちょっといいかい?」  そう言うと俺をテントから連れ出す。 「なんですか?」 「ちょっとプールに落ちてみないかい?」 「はい? って!」  気が付くと俺はプールに落とされていた。 「さぁ、突発企画を始めるよ! プールの中の鬼ごっこ、捕まえるのは生徒会の  支倉孝平君、最初に捕まえた人にはご褒美があるよ!」 「そ、そんな話聞いてないですって!」 「ご褒美は1日生徒会体験ツアー、その間ずっと支倉君が手取り足取りつきっきり。  さぁ、参加したい人はいるかい?」 「はい!」 「はーい!」 「支倉様と一緒に・・・私も!!」 「ちょ、ちょっと!」  会長は何を考えてるんだ? 「ちなみに、鬼を守るナイトに捕まったら失格だよ。そのナイト役は我が副会長!」 「え?」  今までの展開に付いていけなかった瑛里華が我に返ったようだ。 「どうする、瑛里華。守りきれなかったら1日だけとはいえ取られちゃうぞ?」 「・・・ふぅ、兄さんの策に乗ってあげるわ」  そう言うと瑛里華はプールサイドに立つ。 「孝平は私が守ってみせるわ!」  そう言うと俺めがけて飛び込んでくる。 「うわっ!」  俺は慌てて受け止める。 「今日は私が守ってあげるわ。でも、普段は孝平が守ってね」 case of 白 「とんでもない目にあった・・・」  俺をかけた鬼ごっこは盛り上がった。  参加する女子生徒、何故か一部居る男子生徒を瑛里華は一度たりとも通さず  捕まえたため、俺を捕まえる人は誰もいなかった。 「いやぁ、ご苦労様だったね、お姫様」 「・・・」  騎士に守られたお姫様、そう言うと聞こえはいいけど、騎士が瑛里華でお姫様が  俺というところに問題があると思う。 「ほら、すねてないで次のプログラム行こう」 「・・・わかりました」  進行を任せれた俺がいつまでもすねているわけには行かない。  手元の進行表に従って、次のイベントを始める。  学食の割引券が商品の自由形競争や、水球やちゃんと予定されてた鬼ごっこ。  イベントも終盤になってきたとき会長が動き出した。 「それでは恒例、先生方にも落ちていただきましょう!」 「こら、またか?」  青砥先生が宙を舞ってプールに落ちていく。 「やめなさい、やめてって言ってるでしょう!」  シスターも宙を舞って、落ちていく。 「あわ、あわわわわ・・・」  俺の横に居た白ちゃんは慌てているようだ。 「だいじょうぶだよ、白ちゃん。ほら」  俺の指さす方向には、ずぶぬれになった青砥先生とシスターが・・・ 「え?」 「こうなる気がして、水着を着ていて良かったわ」  何故か学園指定の水着に身を包んだ、シスター天池だった。 「おぉ・・・」 「すげぇ・・・」  回りの男子生徒がざわめく。 「それは反則だろう、志津子ちゃん」  あの会長でさえ、この光景に呆然としていた。 「・・・支倉先輩」 「あ、ほら、大丈夫だっただろう?」 「・・・」 「白ちゃん?」 「へ? あ・・・」 「白ちゃん、大丈夫?」 「あ、はい、大丈夫です・・・」  ちょっと白ちゃんの様子がおかしかった。なんだろう? 「それでは最後に奉納の舞いを行ってプールを供養します!」 「供養って・・・別にプールを壊す訳じゃないのに」  瑛里華が頭を抱えていた。 「ねぇ、孝平。これも孝平が考えたの?」 「いや、会長がどうしてもって言って無理矢理プログラムに入れられた」 「・・・また兄さんが踊るのかしら」  その時プールサイドの生徒達がざわめいた。 「何? え・・・白?」  瑛里華が見つめた先には、いかにも巫女っぽい格好をした白ちゃんが  立っていた。 「・・・なぁ、瑛里華。巫女装束っていつからミニスカートになったんだ?」 「んなわけないでしょ? きっと兄さんの仕業でしょう」 「伊織・・・」 「っ!」 「きゃっ!」  いつの間にか俺達の後ろにいた、東儀先輩のその一言に俺は背筋が凍った。  瑛里華も驚きのあまり声を失っている。 「なぁ、瑛里華。あのさ、その・・・」 「孝平・・・」  後ろを振り向くことも出来ず、俺達はただ白ちゃんの舞いが無事終わることを  祈って、ついでに会長のこの後の事も祈っておいた。 「日が沈むのが早くなったな」 「そうですね・・・」  無事イベントが終わって撤収作業も全て終わったプールサイド。  最後の点検を俺と、舞いが終わって休んでいた白ちゃんとで行っていた。  白ちゃんはついさっきまで生徒達に囲まれていて、今でも巫女の姿のままだった。 「でもすごかったな、白ちゃんの舞い」 「そ、そんなことはありません。あれは本来の舞いじゃないですし・・・」  白ちゃんが言うには、本当の東儀家の舞いは踊るわけにはいかないそうで。  だから会長が持ってきたビデオを参考に見よう見まねで舞ったそうだ。 「それでもやっぱりすごいよ、白ちゃん。俺見入っちゃったし」 「あ、ありがとうございます、支倉先輩」 「でも、東儀先輩に怒られなかった?」 「怒られてしまいました。でも、これはこれで良かったと思います。  お世話になったプールに対する舞い。正式な舞いではなかったですけど、  その気持ちは本当ですから」  そういう白ちゃんはいつもと違って、輝いて見えた。 「・・・それに、支倉先輩に見てもらえたから」 「何か言った?」 「あの・・・お願いがあります」 「何?」 「その、支倉先輩。プールに入ってもらって良いですか?」 「え? あぁ、いいけど・・・」  日が暮れてちょっと肌寒いけど、まだ大丈夫だろう。  俺はそっとプールに入った。 「これでいいの?」 「はい・・・では」  そう言うと白ちゃんは着ている巫女装束を脱ぎ捨てた。  その下から学院指定水着が現れる。 「えいっ!」 「え?」  白ちゃんが俺に向かって飛び込んでくる。  俺はとっさに受け止める。 「白ちゃん?」 「その・・・ごめんなさい。昼間の瑛里華先輩のを見て、その、私も  受け止めて欲しかったんです・・・ごめんなさい」  そう言って震える白ちゃんをそっと抱きしめる。 「支倉先輩?」 「俺で良ければいつでも受け止めるよ」 「あぁ・・・ありがとうございます、支倉先輩!」 case of 桐葉  プール閉めのイベントも無事終わって、今日の仕事は全て終わった。  生徒会は、というか俺は明日プール閉めの最後の仕事が残っているが、  そのために今夜は雑務の仕事から解放されていた。 「明日、きつそうだな・・・とりあえず広い風呂で汗流すか」  大浴場に向かう途中、談話室から出ていく桐葉を見つけた。 「あれ?」  声をかけようとしたのだが、玄関の方に向かっていってしまった。  その時一瞬、俺の方を見たような気がする。 「・・・」  気になる。この時間に出かけるのもそうだが、一瞬送ってきた  目線がすごく気になる。 「・・・行くか」  俺は玄関を出た。 「とはいっても、何処へ行けばいいんだ?」  寮を出ても何処へ行けばいいかなんてわからない。  もしかするとあの丘へ行ったのかもしれないが、違う気がする。 「・・・しかし、暑いな」  日中は暑かった今日は夜になっても気温が下がらず、風もないため  かなり蒸し暑い。  なんとなく涼を求めて池の畔を歩いていたら、教室棟の方まで来てしまった。 「さすがに探すのは無理か」  広い修智館学院の敷地内で一人を捜すのは不可能に近い。  あきらめて寮へ帰ろうと思ったとき。 「・・・ん?」  水がはねるような音が聞こえた。 「・・・プールの方か?」  暗くなった教室棟を通り抜け、プールへと向かう。  全く電気がついていない、暗い新敷地。  そのプールに誰か居る。  俺は制服のポケットの中からプールの入り口の鍵を取り出す。明日のために  預かっておいたのが役に立った。 「でも、いったい誰が・・・」  それは中に入ればわかるだろう。  更衣室を通り抜けて、プールに出た俺は・・・ 「・・・」  その光景に言葉を失った。  山間の中にある修智館学院。明かりの届かないプールの水面は綺麗な夜空を  映し出している。  そして、その中を仰向けになって泳いでいるのは、桐葉だった。  学院指定の水着を窮屈そうに着込んでいて。その紺色が水面に映った夜空に  とけ込んでいるようで。  そして広がる長い黒髪が、夜の闇より深く輝いていた。 「遅かったのね」 「・・・」 「・・・どうしたの?」  気付くと桐葉は俺の前に立っていた。  そこに立つのが人かと思えないほど、綺麗で幻想的だった。  髪からしたたり落ちる水滴だけが現実味を帯びていた。 「孝平?」 「あ、いや、ごめん」 「何を謝ってるの?」  確かに、俺は何を謝っているのだろうか? 「それよりも遅かったわね」 「・・・遅い?」 「えぇ、もうちょっと早く来てくれるかと思ったのだけど」  そう言うと桐葉は背中を向けて、綺麗なフォームでプールに飛び込んだ。 「孝平も一緒に泳ぎましょう」 「・・・水着持ってきてないし」 「別に私はかまわないわ」 「かまわないって何が?」 「孝平が裸で泳いでいてもよ」  ・・・いや、それは俺が構うんですけど。  結局俺はズボンの裾をまくってプールサイドに座った。  足だけが水に浸かっていて、とても気持ちが良い。  その近くを桐葉は泳いでいる、というより浮いて揺らいでいるというべきか。 「綺麗ね・・・」 「・・・綺麗だな」  桐葉は水に浮いて夜空を眺めてそう言う。  俺は桐葉を見て、そう言った。  水と戯れている桐葉を見ていて、何故今こういう状況になったかなんてもう  どうでも良くなっていた。  ただ、この幻想的な時間を過ごしていられる幸せに俺は浸っていた。 「ねぇ、孝平。やっぱりプールに入らない?」 「だから俺は水着を持ってきてないんだって」 「・・・孝平、覚悟はいい?」 「ちょっとまったって、うわっ!」  足を思いっきり引っ張られて、俺はそのままプールの中に落とされた。 「ぷはっ! 桐葉、無茶するなよ」 「ごめんなさい、でも一緒に見たかったから」  そう言うと桐葉は仰向けに浮かぶ。  ・・・ここまで来たらもうどうにでもなれ、だな。  俺もそのまま仰向けに浮かぶ。 「・・・」  水に浮かんで夜空を見る。  一面の星空、なんだか自分も星空に浮かんでいるように思えてきた。 「・・・ありがとうな、桐葉」 「孝平」 「この星空はこうしてみるのが、正解だな」 「・・・えぇ」  時が流れるのを忘れて、俺達は水に浮かび続けていた・・・ case of 伽耶 「遅くなった、済まぬな、桐葉」  突然プールサイドの方から聞こえてきた声に、俺は驚いた。  違法にプールに進入してるのが生徒会の役員では、生徒に示しが付かない。  俺は言い訳を考えてプールサイドを見ると・・・ 「な、支倉もいたのか? 聞いてないぞ?」  何故か学院指定の水着姿の伽耶さんが、慌てていた。 「せっかくだから彼も呼んだのよ」  俺、呼ばれたっけ? 「みんなで見るのも楽しいわよ」 「そうか、桐葉が言うのなら仕方がないな」 「・・・」 「な、なんだ? 支倉。何故あたしを見つめるのだ?」 「・・・あ、いや、その、似合ってますよ」 「そ、そうか? 学院生が着る物だからどうかと思ったのだが、  似合っておるのか。そうか、それは良かったな」 「・・・孝平、私には言わなかったわね」 「桐葉は別の意味で似合ってる」 「どういう意味かは、聞かないでおいてあげるわ」 「・・・助かる」  意識してしまうと、大変なことになりそうだった。  俺はプールサイドにあがり、かわりに伽耶さんがプールに入る。  桐葉と同じように仰向けに浮かぶ。  その横に桐葉も浮かんでいた。 「・・・」  白ちゃん以上に似合う伽耶さんの学院指定水着姿。  桐葉と違って凹凸が無く・・・ 「うわっ!」  突然俺の顔に水が叩きつけられる・・・って痛いんですけど。 「こら、支倉。今不穏な事を思ってなかったか?」  いつの間にかこちらに向かって構えている伽耶さん。 「そんなこと無いですよ、二人とも綺麗だなって思っただけですよ」  そう、それは本当の事。  水面に浮かぶ二人の、広がる髪の、全てが綺麗だった。 「そ、そうか?」 「良かったわね、伽耶」 「あ、あたしが良いわけないだろう? 良いのは桐葉だろう?」 「支倉君は二人とも綺麗って言ってくれたのよ?」 「そ、そうだったな。支倉・・・その、感謝する」 「い、いえ。どういたしまして」  ・・・まぁ、いっか。事実だし。  プールサイドに居れば乾くかなと思った俺の制服だが、昼間じゃないから  さすがに着たままでは乾きそうにない。 「このままだと風邪ひくかもしれないな」  仕方が無く、俺はシャツを脱いだ。 「な、何をしておるのだ?」  慌てる伽耶さんの声が聞こえた。 「シャツを脱いで乾かすだけですよ」  そう言いながら俺はシャツを手で絞る。思った以上に水が絞り出される。  この分じゃズボンは明日は駄目だな。クリーニングに出した方が  いいかもしれない。 「・・・」 「・・・」  ふと、二人の視線が俺に向いてるのに気付いた。 「どうかした?」 「あ、いや、なんでもないぞ!」 「・・・」  二人とも顔を赤くして視線をそらした。 「なぁ、桐葉。支倉はその・・・そういう気なのだろうか?」 「・・・そうかもしれないわね」 「そうなったら、やはり辛いのであろう?」 「えぇ、男の子はそのはずよ」 「やはり、あたしが・・・そうさせてしまったのか?」 「伽耶は可愛いから、きっとそうよ」 「そ、そうか・・・」  なんだか不穏な会話が聞こえてきた気がした。 「なぁ、伽耶さんに桐葉も、そろそろ」 「そ、そうだな、そろそろ我慢も限界なのだな」 「・・・はい?」 「孝平、元気なんだから・・・」  何のことですか?  桐葉が突然肩ひもを下ろし始めた。 「ちょ、桐葉。何してるの?」 「・・・そうね、着たままの方がいいのよね」 「そうか、ならあたしもそうしよう」  ・・・あの、前半は普通に良い雰囲気のお話だったのに、夜になったらすぐに  こういう展開なんですか? 「は、支倉・・・」 「孝平」  俺は二人の瞳に吸い込まれていった・・・ case of 陽菜 「お疲れさまでした!」  俺は水のないプールの底から、有志のみんなの見送る。  プール閉めの翌日の俺の仕事は、プール清掃だった。  もちろん一人では無理なので昨日のプール閉めのイベント参加者から有志での  手伝いを募っている。  思った以上集まったので、予定通り午前中で掃除は完了。あとは汚れを水で  流してプールに水を張るだけで終わる。  ふと、空を見上げる。  青い空、白い雲。でも前に見上げたときより空が高く感じる。 「もう、秋なんだな・・・日差しは暑いけど」  さてと、早く水で汚れや泡を落としてしまわないとな。  プールの底にあるホースを手にとって水を出し始める。 「孝平くん、いる?」 「ん?」  プールサイドから俺を呼ぶ声が聞こえた。  手元の蛇口を止めてプールサイドを見上げると、そこには陽菜が立っていた。 「こんにちは、孝平くん」 「こんにちは」  俺の挨拶ににこっと笑う陽菜。 「大変だろうと思って差し入れ持ってきたの。もうお昼だし、どうかな?」  もうそんな時間か・・・そう思うと腹が減ってきた。 「ありがとう、いただくよ」 「はい、どうぞ」  二人でプールサイドのベンチに座ると、陽菜は持ってきた鞄のなかから包みを  いくつか取り出した。 「サンドイッチか、美味しそうだな」 「上手くできたかわからないけど、召し上がれ」 「いただきます」  陽菜から手渡されたサンドイッチを口に運ぶ。 「・・・どうかな?」 「美味い」 「ありがとう、孝平くん。お世辞でも嬉しいよ」 「お世辞じゃなくて本当に美味いよ、ありがとうな、陽菜」 「私こそ、ありがとう」  何個目かを食べたとき、陽菜が全く食べてないことに気付いた。 「あれ? 陽菜は食べないの?」 「私はいいの、孝平くんの為に作ってきたんだもの」 「でも、陽菜はお昼は食べたの?」 「ううん、まだだよ」 「それじゃぁ一緒に食べようよ」 「でも、私が食べちゃうと孝平くんの分が減っちゃうからいいの」  ・・・全く、陽菜らしいっていうか。  ならば。 「陽菜、俺は陽菜と一緒に食べたいな。だから、食べないか?」 「でも・・・」  よし、最後の手段だ。俺はサンドイッチの包みの一つを取り出す。 「ほら、陽菜」 「こ、孝平くん!」 「ほら、口あけて」 「えっと・・・あーん」  小さく開けた口にそっとサンドイッチを差し込む。  はむっと陽菜はサンドイッチを食べる。 「・・・美味しい」 「だろう?」 「あ、やだ、私ったら自分で作ったのを美味しいって・・・」 「間違ってないよ、美味しいのは本当なんだから」 「孝平くん・・・ありがとう」  微笑む陽菜の笑顔は、とてもまぶしかった。 「それじゃぁお礼に、孝平くん。あーん」 「・・・え?」 「あーん」 「あの、恥ずかしいんですけど・・・」 「さっき私にそうさせたのは誰かな?」 「・・・」 「はい、あーん」  ・・・俺は覚悟を決めた。 「ごちそうさま」 「お粗末様でした」 「さてっと、仕上げをしちゃうか」 「孝平くん、まだ掃除するところあるの?」 「もうないよ、プールの中の泡を全て流せば終わりだよ」 「でも、プールって広いよね・・・これ一人でやるの?」 「あぁ、そう難しくもないしね」 「私も手伝おうか?」  確かに一人増えるだけでいろいろと楽になる、けど 「制服濡れちゃうからいいよ」 「なら、制服脱いじゃうね」  え? 今なんて言われました?  俺が驚いて固まってしまったその時に、陽菜はスカートを脱いだ。  目をそらさねばと思いつつも、目がいってしまうのは悲しい男の習性。  そこには紺色の・・・紺色?  そのままシャツも脱ぐ、そこには学院指定の水着姿の陽菜が立っていた。 「実はね、着てきてたの」 「・・・俺が断っても最初から手伝うつもりだったんだな」 「迷惑だった?」 「・・・いや、そんなことないよ、むしろ嬉しいよ」 「ありがとう、孝平くん」 「お礼を言うのは俺の方だよ、ありがとう、陽菜」 「うん」 「それじゃぁ、始めるか」 「うん!」  二人で別々のホースを使い汚れを取った泡を流していく。 「楽しいね、孝平くん」  その声に振り返ると、ホースの水を浴びて輝いてる陽菜の姿があった。 「・・・綺麗だな」 「うん、どんどん綺麗になっていくね」  ・・・勘違いは恥ずかしいから訂正しないで置こう。 「お疲れさま、孝平くん」 「お疲れさま、陽菜。助かったよ、ありがとう」 「ううん、私はほとんど手伝ってないよ。本当は午前中から  手伝いたかったんだけど・・・」 「これだけで充分だよ。それじゃぁ排水溝を閉じて水を張ってお終いだ」  プールに水が張られていく。水を止めないといけないので張り終わるまでここに  居なくては行けない。 「陽菜、先に着替えてきてて」 「うん・・・あっ!」 「ん? どうした?」 「私、着替え持ってこなかったかも・・・」  部屋から着替えてきてしまったから、着替えがない、それはつまり・・・ 「どうしよう・・・このまま寮まで帰るしかないかな」  別に敷地の外を歩く訳じゃないから水着姿で帰っても問題は  無いっていえば無いだろう。  でもこの時期ということを考えるとやはり恥ずかしいだろう。 「かなでさんに着替え持ってきてもらえばどうかな?」 「うん、そうだね。お姉ちゃんに頼んでみるね」  陽菜は鞄の中から携帯を取り出す。 「お姉ちゃん居ると良いんだけど・・・」  かがんで電話を探す陽菜、背中を向けてる形になってるのだが、  そうなると水着に包まれたお尻が強調されてしまっている。  ・・・着替えっていったらやっぱり下着の事だろうな。  制服は着て来たのだから、ということはかなでさんが居なかったら  下着が無いわけで。 「・・・」  俺は更衣室の壁の所にいって、思いっきり頭をぶつける。 「え? 孝平くん! どうしたの?」 「いや、なんでもない。勝負に勝つための秘策だから」 「勝負?」 「それよりもかなでさんは?」 「あ、うん、今かけ直すね」  ・・・なんとか勝負には勝てそうだった。 case of かなで 「降臨!満を持して!」 「・・・」 「かなでお姉ちゃんの登場だよ、頭が高い!」  ・・・いや、かなでさん登場早々ですけど、つっこむ気力がもう  無いんですけど。 「というわけで、はい、ひなちゃん」 「ありがとう、お姉ちゃん」 「ひなちゃんの部屋に入れなかったから私のだけど、大丈夫だよね」 「うん」  そういって陽菜に渡している布きれは、緑と白の模様が見え隠れする物だった。 「こら、こーへー。みないの!」 「す、すみません!」 「見たかったら私の見せてあげるから待っててね」 「・・・遠慮しておきます」 「えー・・・あ、そっか。そうだよね、こーへーはそうだったんだよね」  落胆したと思ったらいきなり納得するかなでさん。 「こーへーは下着よりスクール水着の方が好きなんだものね」 「・・・はい?」 「よし、お姉ちゃんが一肌脱いであげよう」  そう言うと制服のスカートをいきなり脱ぐ。  さっき陽菜がしたように。  俺が視線を逸らす前に見えた色は白。  ・・・ん? 「じゃーん! 特注の白のスクール水着だよ! どう、似合う?」 「お、お姉ちゃん!」  俺の目の前にいる姉妹、小さい姉は白の、大きい妹は黒のスクール水着を  纏っている。 「ほらほら、姉妹丼の良いチャンスだぞ?」  俺に一体どうしろと? 「それともやっぱり片方は体操着の方が良かったかな?」 「・・・俺、水止めてきますから」 「あ、こーへー?」  ちょうど良い具合に水がたまってきてたので、止めに逃げることにした。 「冷たくて気持ち良いね〜」  俺が戻ってきた時、かなでさんはプールサイドに座って足を水につけて遊んでた。  清掃終わった後にプール入って良いのだろうか? 「ほら、こーへーも遊ぼうよ」 「もぅ、お姉ちゃん。プールは昨日でもう終わりなの」 「えー、いいじゃん! 昨日は昨日、今日は貸し切りで」 「・・・ふぅ、掃除したばかりだからあんまり汚さないでくださいよ」 「それはだいじょーぶだよ、外に出さなければ」 「それって何の話ですか?」 「もちろん!」 「ごめんなさい、聞いた俺が悪かったです、だからそれ以上言わないでください」 「そう? こーへーが言うなら許してあげるね」 「かなでさん、なんだかご機嫌ですね」  いつも以上にご機嫌のかなでさん、いつも以上にハイテンションな  歌が飛び出るくらいだ。 「うん、今日はご機嫌だよ♪  可愛い妹と、可愛い弟と、3人で夏の終わりを過ごしてるんだもの」 「俺は弟ですか・・・」 「一応ね、でも夜は弟っていうより愛しの彼、だけどね」 「・・・孝平くん、夜は凄いよね」  顔を赤らめる陽菜。 「それに、今回はひなちゃんの次だから安心なの」 「陽菜の次?」 「そう、だっていつも私はあのロリっ娘の後でしょ? オチに使われたりして  不当な扱いを受けてきたけど、今回は下克上できたんだもん。嬉しいよ♪」 「・・・」  言えない・・・すでに伽耶さんの出番があっただなんてとても言えない・・・ 「それに、今回のお話はこれで終わりでしょ? 最後の登場は真打ちの証!  さらに! 台本読んだけど、今回そう言うシーンが全くなかったでしょ?  だから最後に登場でも私たちが最初なんだよ!」 「だから、台本なんて無いんですってば!!」  というか、もし台本あったら伽耶さんの出番が先にあったって気付かないか? 「お姉ちゃん、自分の出番の所しか読んでないから・・・」 「・・・だから、台本なんてないですってば」 「というわけで、こーへー、しよ」 「唐突すぎます!」 「そうだよ、お姉ちゃん」  あぁ、もう陽菜だけが最後の砦だ、がんばれ、陽菜! 「やっぱり雰囲気作りからしないと駄目だよ」 「そっか、昼間かっらってのはやっぱり駄目か」 「・・・」  いつの間にか最後の砦は崩壊していた・・・ 「雰囲気作りっていうと、やっぱりエプロンかな?」 「プリム服姿も良いと思うよ、お姉ちゃん」 「うん、プリム服きたひなちゃん可愛いよね、さすが私のヨメ!  でも私あの服持ってないから」 「今度縫ってあげるね、お姉ちゃんとお揃いにしたいから」 「本当! ひなちゃんありがとう! 愛してる!」 「きゃん、お姉ちゃんったら・・・」  ・・・良し、今の内に撤収を。 「こら、こーへー! 何処行くの?」 「あ、いや、その・・・二人の邪魔しちゃ悪いかなっておもって」 「そんなこと無いよ、孝平くん。私たち3人いつも一緒でいいんだよ」  あれ? そんな話、どこかで聞いたような気がするんですけど。 「そうだよね〜」  うんうんと、かなでさんが頷く。 「えりりんやあのロリっ娘は他にレギュラー持ってるのに私たちには無いでしょ?  だから私たちでお話作っちゃおうよ!」 「お話を作るって、一体何の話ですか」 「そうだね〜、やっぱりタイトルは-if-とかどうかな?」 「駄目です! それはひじょーにまずいですからやめてください!!」 「ねぇ、こーへー」 「孝平くん・・・」  突然二人がしおらしくなる。 「・・・な、なに?」 「「二人一緒じゃ、だめ?」」
9月8日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory           「楽屋裏狂想曲〜先手必勝!〜」  書類をめくる音、ペンを走らせる音しかしない、静かな監督生室。  ここにいるのは俺と瑛里華と白ちゃん。  会長と東儀先輩は職員室での会議に参加している。 「ふぅ」 「孝平、疲れたの?」 「いや、そういう訳じゃないんだ」 「?」  白ちゃんが怪訝な顔をする。 「いや、別になんでもないさ。早く仕事を終わらせて帰りたいなって」 「支倉先輩、お疲れの様子ですものね」 「そうね・・・今日は仕事の進みも悪くないし、もう上がっちゃいましょうか」 「いいのか、瑛里華」 「えぇ、たまには良いわよ。白、湯飲みの片付けお願いできる?」 「はい、わかりました」 「孝平と私はやりかけの仕事だけを終わらせちゃいましょう。残りは明日」 「あぁ、わかった」  それからすぐに仕事は終わりを告げ、いつもより早い時間に監督生室を  出ることができた。 「会長や東儀先輩に連絡しておかないでいいのか?」 「だいじょぶよ、今日は直帰だから」 「そうか、なら帰るか」 「えぇ」 「・・・あれ? あそこにいるのは悠木先輩じゃないでしょうか?」 「・・・」  かなでさんが何故か旧敷地に来ている。  なんとなく、早く帰れそうだった今夜が長い夜になるんじゃないかなと、  確信に近いものを感じてしまった。 「そう思ったら負けだろ、俺!」 「孝平?」 「なんでもない、帰るか」 「ふっふっふっ、そうはいかないよ、こーへー!」  いつの間にか近づいてきていたかなでさん。  なんて不穏な台詞を言うんですか・・・ 「というわけで、えりりん、白ちゃん、こーへー。お疲れさま」 「お疲れさまです、悠木先輩」  丁寧に返事する白ちゃん。なんだか和むなぁ・・・ 「こーへー、今日も暑くなりそうだよね?」 「・・・そうですね、まだ残暑は厳しいですし」 「残暑厳しい夜、でも夏は終わった! だから!」  両手を振り回して力説するかなでさん。 「そろそろ楽屋裏の時期なのだ!」 「はい?」  瑛里華の驚く・・・というより言ってる意味が分からないという声が聞こえた。 「前回の楽屋裏はね、7月21日だったの。そろそろ時期でしょう?」 「かなでさん? 何を訳が分からないことを・・・」 「まだ台本届いてないけど、だからこそ先手必勝なのだ!」 「だから台本なんてないから!」 「また順番で私は最後になったり、あのロリっ娘に先をこされたりオチに使われて  しまうでしょ? だから今回は先に私につきあってしてもらうの♪」 「あ、でも夏休みのお話では、お姫様が真打ちは最後にって言ってませんでした?」 「そうね、確かにそう言ってたわね・・・それに、名前が出ていないとはいえ  悠木先輩はあの本に出番あったわよね」 「あれ? なんのことかな、えりりん」  目をそらして笑うかなでさん、額に大きな汗が見えるんですけど・・・ 「なにはともあれ、今回は私が一番なの。そゆわけでこーへー、いくよ!」 「行くって何処へ?」 「やん、こーへーったら!」 「いてっ!」  思いっきり背中をはたかれた。 「そんなこと乙女に言わせるの? それにいつもいかせてくれるのは  こーへーじゃない」 「孝平・・・」 「支倉先輩・・・」 「ちょ、ちょっとまって、何の話だ!」 「もちろん、」 「わーわーわーわー!」  かなでさんの返事を大声でかき消す。かなでさんにこの問いかけは  危険すぎた。 「孝平、これはどういうことかしら?」  笑っているはずなのに殺気を感じる瑛里華の笑顔。 「支倉先輩・・・」  ただただまっすぐに見つめてくる白ちゃん。  ・・・この空気、耐えれない。こうなったら逃走あるのみ! 「ねぇねぇ、こーへー。これ見て」 「何ですか・・・ってスカートあげないでください!」  かなでさんの方をみるとスカートをめくりあげていた。  俺は慌てて視線をそらすが、そこにある紺色の下着が目に焼き付いて・・・  ・・・紺色? 「じゃーん、今日はこーへーが好きなスクール水着を着てきました♪」  いつの間にか制服の前をはだけさせているかなでさん、そこには確かに  学園指定の水着が・・・ 「孝平、こう言うのが趣味、だったの?」 「は、支倉先輩が望むなら、私だって着て見せます!」 「こーへー。今日も暑くなるよね。だからプールでしよ♪」  やばい・・・このまま流されたらやばすぎる!  この場から逃げ出したい、けど逃走経路は何故か俺を囲むように配置されてる  かなでさん、瑛里華、白ちゃんによって阻まれている。  もう神に祈るしかないか? いや、この場から逃げ出せるなら悪魔だって・・・ 「え?」  その時俺の視界が急激にかわる。  誰かに腰を捕まれたと思ったら、いつの間にか空を飛んでいた。  そしてすぐに地面に足が着く。 「・・・ここは」  見たことのある離れの和室、ここは・・・ 「遅かったのぉ、支倉」 「伽耶さん・・・ってなんて格好なんですか?」 「今日はそういう主旨なのだろう?」  白ちゃんよりも似合いすぎている、スクール水着を着た伽耶さんが立っていた。 「そうね、今回はそう言うお話なのでしょう?」  俺のすぐ横から聞こえる声に視線を向けると、窮屈そうに身体を包んでいる、  スクール水着姿の紅瀬さんが立っていた。  下から見上げた紅瀬さんの胸は、すごく大きく見えた。 「どうやらあたしに許可なしに不正に物語を始めようとした輩がいたようだが  あたしの目が紅い内はそんなことは許さんぞ」 「・・・」  もはやどこからどうつっこめばいいのかわからなかった。 「ふむ・・・たまには一番も悪くないな。のぉ、桐葉」 「えぇ、そうね」  縁側に座って3人でお茶を飲みながら月夜を楽しむ。  何かがおかしいと言うのなら、制服姿の俺の左右にいるのが、スクール水着の  幼女と美女だと言うことだろうか・・・  いや、これって絶対おかしいだろう。なのにおかしいかもしれないと疑問に  思う当たり、俺も相当おかしいのかもしれない・・・ 「ところで桐葉。水着になってどうするのだ?」 「さぁ? 今回はそういう主旨なんでしょうね。まだ台本届いてないから  よくわからないわ」 「だから、台本なんでないんですって・・・」 「やはり泳ぎに行くべきなのだろうか?」 「今夜は暑いからいいわね・・・ふふっ、支倉君。伽耶と私は幼い頃、良く  泉で一緒に水浴びしたのよ」 「はぁ・・・」  突然話をしてくる紅瀬さん、その意図は読めない。 「そのころは水着なんてなかったの」 「そう、ですか・・・」 「ねぇ、伽耶。そのころを思い出して、みんなで水浴びしましょうか?」 「なにっ? 支倉も一緒か?」 「えぇ、3人で楽しみましょう」 「は、支倉もそれを望むのか?」 「俺は別に」 「支倉君、私たちに恥をかかせる気?」 「恥?」  どういう意味だ? なんで水浴びするのに恥をかかせなくちゃいけないんだ? 「支倉は、あたしといっしょじゃ嫌、なのか?」 「そ、そんなことはないですよ」  悲しそうな伽耶さんの顔に思わず返事する。 「そ、そうか、あたしと一緒は嫌ではないのか。なら、その思いに答えねば  ならぬな・・・は、恥ずかしいけど一緒に行くか」 「え?」  俺は伽耶さんに右腕をとられる。 「ふふっ、伽耶ったら可愛いわ」  紅瀬さんは左腕をとる。俺は両腕を組まさせる形となって、部屋の中へつれて  行かれる。 「邪魔者が入らぬよう、今宵は風呂場で水浴びとしようぞ」 「えっと、俺はどうなるんでしょう?」 「支倉君、照れてるのね・・・でも、女に恥をかかせないでね」 「ど、どういう意味でしょう?」 「いけばわかるわ・・・」  そのころ・・・ 「孝平くん、本当にこう言うのが好き、なのかな・・・」  スクール水着の上からプリムを纏った陽菜は部屋の姿見の鏡を前にして  顔を真っ赤にしていた。 「やっぱり・・・孝平くん、我慢出来なくなっちゃうのかな・・・  でも、望むなら、私・・・でもやっぱり恥ずかしいよぉ」  そして旧敷地では・・・ 「は、支倉先輩が消えてしまいました!」 「・・・あの動きは紅瀬さんね。白、実家へ行くわよ! 孝平を取り戻すわ!」 「は、はい!」 「私も行く! ロリっ娘に先にとられてたまるもんか!」 「結局俺はどうなるんだ・・・」 「いけばわかるぞ、支倉」 「そうよ、いけばわかるわ、支倉君」
8月31日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory   「After Summer Vacation」case of Feena 「フィーナ、何見てるの?」  リビングでフィーナは何かの本を読んでいた。 「達哉も見てみる?」  フィーナに見せてもらったその本には、青い海と青い空と白い雲の写真が  たくさん載っていた。 「留学する前に女官からもらった本の中にこの本があったのを思い出して・・・」  地球に来たら読もうと思ってたそうだが、地球での生活が忙しくてゆっくりと  読む暇が無かったそうだ。 「この前の夏休みにみんなで行った海を見て、思い出したの」 「そうだね、あの夏休みの時の空も、こんなんだったな」 「えぇ、今でもこうして目を閉じると思い出せるわ。あの鮮やかな色を」  そう言って目を閉じるフィーナ。  俺もフィーナにならって目を閉じようとして・・・閉じれなかった。  そこには静かに目を閉じるフィーナの美しい顔がある。  その顔を目の前にして、目を閉じる事なんて出来ない。  それに、思い出さなくても俺の思い出の中の記憶にある少女の顔は、こうして  現実に目の前にあるのだから、わざわざ思い出す必要などない。 「・・・達哉、もしかしてずっと見てたの?」 「あぁ」 「・・・恥ずかしいわ」 「なんで?」 「だって、私だけ見られてたんですもの」 「なら、俺も目を閉じるよ。だからフィーナももう一度目を閉じて・・・」 「達哉?」  俺は黙ってフィーナに近づいて目を閉じる。その直前、目を閉じて、頬を赤らめる  フィーナの綺麗な顔を見て、やっぱり目を閉じるのは勿体ないな、と思いながら  そっとフィーナに・・・
8月3日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「約束の証」 「お兄ちゃん、今大丈夫?」  ドアをノックしながら中にいるお兄ちゃんに話しかける。 「え? あ、ちょっと待って、いや、だいじょうぶ」  なんだか慌ててるみたい・・・今は駄目だったのかな?  そう思ってると扉が開いた。 「おまたせ、麻衣。入っても良いよ」 「うん、ありがとう」  私はお兄ちゃんの部屋に入る。 「麻衣、こんな時間に何の用?」  ベットに座りながらお兄ちゃんが聞いてくる。 「うん、特別な用事って訳じゃないんだけど・・・まだ今日は終わってないから  お話したいの」  そう、今日は私の誕生日。  午前中はお兄ちゃんとデートで海に一緒に遊びに行ってきて、夜はお店が終わって  から左門さん主催の誕生会。  楽しい誕生日が瞬く間に過ぎていった、もうすぐ日付が変わる時間。  その最後の時間をお兄ちゃんと一緒に過ごしたかったから。 「いいよ、麻衣。麻衣が来なくても俺が行くつもりだったから」 「本当?」 「あぁ、本当さ」  そっかぁ、お兄ちゃんも同じだったんだ。  たったそれだけのことだけどとても嬉しかった。 「ねぇ、お兄ちゃんの横に座って・・・いい?」 「麻衣、俺の横は麻衣だけの場所だから遠慮なんて必要ないよ」 「ありがとう、お兄ちゃん」  ベットに座ってるお兄ちゃんの横に並んで座る、そしてそのままお兄ちゃんに  身体を預けた。  お兄ちゃんは私が楽になれるよう、そっと肩を抱いてくれた。 「・・・」 「・・・」  話をしに来たのに、今のこの時間がとても優しくて。  私もお兄ちゃんも何も話をしなかった。 「・・・もうすぐ終わっちゃうね」 「そうだな」 「・・・楽しい時間ってなんですぐに終わっちゃうんだろうね」 「・・・」 「あ、ごめんなさい。つまらない話しちゃったね」 「・・・麻衣、何かあったか?」 「え? 何もないよ?」 「・・・ごめんな、麻衣」 「お兄ちゃん、なんで謝るの?」 「俺は麻衣を守ってやれてないから」 「そんなこと無いよ? お兄ちゃんはいつも私を守ってくれてるよ!」  お兄ちゃんは首を横に振った。 「お兄ちゃん?」 「俺はいつも麻衣のそばにいてやることは出来ないからな」 「・・・もしかして、知ってるの?」 「あぁ」 「そっか、知ってたんだ」 「詳しくは知らないけど、だいたいのことはな」  お兄ちゃんと恋人同士になった時、お姉ちゃんとの間に問題が起きた。  その時はフィーナさんの助けもあって無事乗り越えることが出来た。  そうしてお姉ちゃんに認めてもらえた、とても嬉しかった。  きっとこの先も大丈夫ってその時は思った。  でも、現実は違った・・・  親しい友人も話を知ったとき、難しい表情をした。  それでもよかったね、って言ってくれたのは嬉しかった。  あんまり親しくないクラスメイトは私から距離を取るようになった。  違うクラスの知らない生徒は、私を珍しい物をみるような目で見た。  私の知らないところでいろんなうわさ話がされるようになった。  部活動でも部の仲間が私から一歩引いた感じもしている。 「ねぇ、朝霧さん。お兄さんとつきあってるって本当?」 「え? うん」 「妹なのに? おかしいよ、それ! 妹だからってずっと一緒に  いられるからって、いい気になってるんじゃないわよ!」 「なんでそんなこと言うの?」 「私だって、朝霧先輩の事好きなんだから!」 「えっ?」 「貴方は妹なんだから手を引きなさい! いいわね!」  こんな事もあった。  私は何かをして欲しいわけじゃない、ただ認めて欲しいだけなのに・・・ 「ごめんな、辛い思いをさせちゃって」 「お兄ちゃんは悪くないよ! 私よりもお兄ちゃんの事の方が心配だよ!」 「麻衣・・・知ってるのか?」 「私だって詳しくは知らないけど・・・」  お兄ちゃんは私以上に酷い言われ方をしてるって遠山さんが教えてくれた。 「朝霧君って何も言い返さないんだよね、怒らないし。  見ている方が辛くなっちゃうよ」  実の妹に手を出したとか、妹を襲ったとか、そんな内容だったそうだ。 「お兄ちゃんは大丈夫なの?」 「大丈夫だ、俺のことならな。それに全部事実だし」 「私は私の意志でお兄ちゃんに抱かれたんだよ? それなのに!」 「それでも言われてることは本当のことさ」  そう言って苦笑いするお兄ちゃん。 「なぁ、麻衣。そんなに言われるのが嫌なら、二人で誰も知らない街に行くか?」 「え?」  お兄ちゃんのその話はとても心が動かされた。  確かに私たちの関係を誰も知らない街なら何も言われることはない。  でも・・・ 「ううん、それは嫌だな。その街にはお姉ちゃんがいないんだもの。  私はこの満弦ヶ崎でみんなに認めてもらって幸せになる」 「そうだな、それでこそ麻衣だ」  そう言って嬉しそうな顔をするお兄ちゃんは、私の頭をなでてくれた。 「麻衣、目をつぶってくれ」 「お兄ちゃん・・・」  私は言われたとおりに目を閉じる。 「んっ・・・」  すぐに私の口に、お兄ちゃんの口が重なった。 「・・・え?」  キスしながら、お兄ちゃんは私の手を取る。  そして・・・ 「嘘・・・」 「俺からの本当のプレゼントさ、受け取ってくれないか?」 「お兄ちゃん・・・受け取るも何も、もう指にはめてるじゃない」  そう、キスの間に私の左手の薬指には銀色のリングがはまっていた。 「そ、そうだな・・・」 「それに、私が断るわけないじゃない」  目の前に自分の左手をかざす、薬指にはまった淡いシルバーリング。  私は右手でそっと左手を包み込む。 「これは俺の約束だ」 「・・・約束?」 「あぁ、みんなに迷惑かけちゃったからな、絶対麻衣と幸せになる約束の証さ」 「・・・うん、そうだね。私もこの街でお兄ちゃんと幸せになる」  もう何を言われても大丈夫、私は負けない。  このお兄ちゃんとの約束の証があれば、絶対大丈夫。  だから 「お兄ちゃん、一緒に幸せになろうね!」
7月21日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory           「楽屋裏狂想曲〜おかえりのあいさつ編〜」 case of 瑛里華 「ねえ、孝平。今日は私が先に部屋に入っていい?」 「別にかまわないけど、何かあるの?」 「ふふっ、それはお楽しみよ。ちゃんとただいまって言って入ってきてね」  そう言って瑛里華は先に俺の部屋へと入って扉をしめた。 「ただいま、か・・・」  なんだか照れくさいな。実家にいるときも両親が不在にすることが多く  俺はおかえりって言う方が多かったっけ。 「・・・よし」  俺は深呼吸してから、部屋の扉をあける。 「ただいま、瑛里華」 「おかえりなさい、孝平」  瑛里華が笑顔で出迎えてくれた。  なんか、こういう暖かみっていいなぁ。  俺は感動をかみしめる。 「ご飯にする? それともお風呂? それとも、わ・た・し?」 「・・・」  一気に感動が薄れて消えていった。 「な、なによ、その無反応さは! せっかくお出迎えしてあげたのに」  顔を真っ赤にして怒る瑛里華。  その可愛さに感動なんてどうでもよくなった。 「ご、ごめん・・・それじゃぁ瑛里華がいいかな」 「え?」  急に呆けた顔をする瑛里華。 「えっと、本当にするの?」  そして顔を真っ赤にしてもじもじする瑛里華。 「その、ね、やっぱり順序って言うのがあると思うんだけど・・・」 「でも誘ったのは瑛里華だろう?」 「そうだけど、その、やっぱり今の無しっていうのは駄目?」 「駄目、もう瑛里華を食べるって決めたんだから」 「食べるってやっぱり・・・あっ」  俺は瑛里華の口をキスでふさいだ・・・ case of 白 「ふぅ、やっと寮に着いた・・・」  生徒会の仕事が思ったより片づかなくてこんなに遅い時間になってしまった。  仕事量自体はそんなに多く無かったのだが白ちゃんがローレルリングの活動で  先に帰ってしまったのが大きかった。 「さすがに食堂はあいてないよな・・・」  こんな時のために部屋にインスタントラーメンが常備されている。  今夜はそれでしのぐしかないか。  そう思いながら自室の部屋の扉をあけようと、ドアノブに手をかける。  手をかけてから、鍵を開けてないことに気付いた。 「俺も疲れてるな・・あれ?」  ・・・開いた? 鍵をかけて出たはずだけど・・・ということは中に誰か  いることになる。  とはいえ、合い鍵を持ってるのは一人しかいない。  俺は扉を開けて部屋の中に入る。 「ただいま、白ちゃん」 「お帰りなさいませ、だ・・・」 「だ?」 「旦那様」  ・・・  俺は言われた言葉に思わず固まった。 「あ、もしかして駄目だったんですか? えっと、そういう場合は・・・  おかえりなさいませ、あ・・・あ、あなた・・・」 「・・・」  顔を真っ赤にしてもじもじしている白ちゃん。 「もしかしてこれも間違いだったのでしょうか? どうしましょう!?」  あわてる白ちゃんを見て微笑ましい気持ちになる。 「・・・ただいま、白ちゃん。出迎えてくれてありがとう」 「あ・・・お帰りなさいませ、先輩!」  そういって微笑む白ちゃんの顔はまぶしかった。 「先輩、お食事になさいますか? それとも先に汗を流されますか?」 「そうだな・・・」  食事っていってもインスタントしかないし、先に汗を流した方がいいかな? 「それとも・・・わ、私に・・・なさいますか?」 「・・・はい?」 「あ、あの・・・おかしいのですか?」  ・・・おかしいのは俺か? 白ちゃんか? 「日本の妻がだ・・・旦那様をお迎えする正しい作法だと、  隣に住んでいたお婆さまがそう教えてくださいました」  また隣のお婆さまかっ!! 「あの、私、間違ったことを・・・」  沈んでいく白ちゃんの表情を見て俺は覚悟を決めた。 「白ちゃん」 「は、はい!」 「せっかくだから先に汗を流そうかなって思うんだけど・・・」 「はい、お風呂が先ですね」 「だから、白ちゃんも一緒に汗を流さないか?」 「え、えぇ?」 「嫌かい?」 「支倉先輩が・・・その、望むのなら・・・是非」 case of 桐葉 「・・・桐葉?」 「部屋に戻ったときの挨拶は名前を呼ぶのではなく、ただいまよ?」 「あ、あぁ・・・ただいま」 「おかえりなさい、孝平」 「・・・」 「いつまで玄関にいるつもりなの?」 「あ、あぁ・・・」  靴を脱いで部屋に入る。  周りを思わず見回す、ここは間違いなく俺の部屋だ。  そこになんで俺より先に桐葉が帰ってきているんだ?  それよりもどうやって進入したんだ? 鍵はかかってたはずだぞ? 「・・・」 「・・・」 「・・・そんなに私を見つめて、どうしたの?」 「あ、いや、その・・・どこからツッコミいれようかと思ってさ」 「・・・」  俺の言葉に顔を真っ赤にする桐葉。って、何で顔を真っ赤にするんだ? 「・・・」 「・・・」  無言の応酬が始まる。  お互い、何かを言いたいのだが、そのタイミングが全くつかめない。 「桐葉?」 「孝平?」 「・・・」 「・・・」 「桐葉から先にどうぞ」 「孝平から先に・・・」 「・・・」 「・・・」  なんだこの空気は・・・なんだかふたりっきりなのに気まずいぞ・・・ 「・・・ふぅ、わかったわ。孝平は私にどうしても言わせたいのね?」 「え?」 「そういう主旨だものね、仕方がないわ・・・はしたないけど」  そう言って桐葉は目を閉じて精神を集中する。  そこまでして何をするんだ? 「え?」  桐葉はその場で座ると、丁寧に三つ指をついて頭を下げる。 「おかえりなさいませ、旦那様。お食事になさいますか? 湯浴みを先に  なさいますか? それとも・・・」  そこで止まる。  それともって、この展開は・・・ 「そ、それとも・・・よ・・・夜伽に・・・あんっ」  俺は桐葉に最後まで言わせなかった・・・ case of 陽菜 「おかえりなさい、孝平くん」 「あ、あぁ・・・ただいま」  俺が部屋に戻ると何故かプリム服姿の陽菜が出迎えてくれた。 「食堂が開いてる時間に帰ってこれないと思ったから夜ご飯の用意して  おいたの。よかったら食べて」  部屋の机の上には焼きそばが用意されていた。  たぶんホットプレートで陽菜が焼いてくれた物だろう。 「それとね、お風呂にお湯張っておいたの。先に入る?」 「至れり尽くせりってこう言うことをいうんだろうなぁ・・・なんだか  幸せだな」 「こ、孝平くん・・・そんなに私は尽くしてなんてないよ」 「・・・え? 俺言葉にだしちゃってた?」  無言で頷く陽菜。  ・・・うわ、恥ずかしい。  思わず頭を抱えてその場でうずくまるくらい恥ずかしかった。 「でも、そう思ってくれるならちゃんと尽くしてあげないと・・・孝平くん」 「・・・なに?」  頭を抱えながら陽菜の方を見上げる。 「おかえりなさいませ、ご主人様。お食事になさいますか? それともお風呂に  先に入られますか? それとも・・・ご奉仕をいたしましょうか?」  ・・・  ・・・ご奉仕? 「陽菜?」 「は、はい!」 「前にも言ったけど、俺には陽菜だけだから何も無理しなくて良いんだぞ?」 「無理なんてしてないよ、私は孝平くんにしてあげたいからしてるだけなの。  だから・・・疲れて帰ってくる孝平くんを癒してあげたいの」 「陽菜・・・」 「だから、ご奉仕させてください」 「・・・な、なら、その・・・してくれるのかい?」 「はい、かしこ参りました、ご主人様」 case of ?? 「ただいま・・・ってあれ? なんで俺はこんな所にいるんだ?」  生徒会の仕事を終えて寮へ帰ってきたはずのおれは、なぜか千堂家の  奥の離れに帰ってきていた。  そういえば、帰り道に黒い猫と目があった。そこからの記憶がない。 「おお、帰ったか。遅いでないか、孝平」 「伽耶さん?」 「そうだぞ、あたしの顔を見忘れたか?」  見忘れる訳なんて無いです、いろんな意味で強烈ですから。 「ふっ、まぁ良い。それでは孝平。食事を作るのが先か? 風呂の用意を  するのが先か?」 「・・・俺が準備するんですね」 「当たり前だろう、あたしにやらせる気か?」  まだ母親初心者マークが取れてない伽耶さんに家事をまかせるのは  いろんな意味で危険だった。 「それじゃぁ食事先に作っちゃいましょうか」 「頼むぞ、孝平。ちゃんと精の付く物を作るんだぞ?」  何故に精の付く物なんでしょうか?  というより俺は料理ができるんだったか? 「孝平が食事の準備をしてる間に風呂の掃除はさせておこう。  あたしはなんて優しいんだろうな、孝平」 「・・・」  優しいんだったら俺に食事当番を押しつけないでください。  というよりここにいることがおかしいんですが? 「それではがんばるがよい、ここでがんばれば夜が楽しみだからな」 「夜?」 「そうだぞ、あたしが直々にしてやるのだ、ありがたく思うのだ」  ・・・何を? 俺は思わず伽耶さんの真意を確認したくなり  伽耶さんの目を見つめる 「・・・孝平、そ、そんなに熱い視線をおくるでない・・・夜まで待てぬと  申すか?」 「・・・はい?」 「そ、そうか・・・あたしの魅力に参ったのか、あたしも罪作りだな・・・」 「あの、伽耶さん?」 「孝平、あたしと孝平の仲ではないか・・・伽耶、と呼んではくれぬのか?」 「えっと、その・・・伽耶?」  思わず言われた通りに呼んでしまう。 「孝平・・・それでは寝所へ参ろうぞ・・・あ、あたしがその、孝平に・・・」  そう言いながら照れる伽耶さんは可愛かった。  俺は腕をものすごい力でひっぱって寝所へ連れて行かれながらそう思った。 case of かなで 「またロリっ娘に先を越されたぁ!!」  寮へ帰ってきた俺は玄関先でかなでさんの叫びを聞いた。 「かなでさん?」 「むー、ちゃんと寮に帰ってきてくれないからあのロリっ娘に先越されたんだぞ?  こーへー、反省!!」 「いや、おれもなんで向こうに行ったのかわからないんですけど」  知らない内に千堂家へ行かされてたんだから、どうしようもない。 「こーへー、おねえちゃんの目を見てちゃんと説明して!」 「いや、だから事実なんですって」 「むー」 「そこで唸られても・・・」 「・・・これで勝ったと思うなよ!」  そう言うとかなでさんは寮の中へ駆けだしていった。 「・・・それ、キャラも声も違うから」  そう言った俺の声はかなでさんには届いてないと思うけど、  言わずにいられなかった。 「おかえり、こーへー」 「予想とおりの展開なのでもう驚きもしませんね」 「むむっ、キャラ人気投票5位だからって順番まで最後にする必要  ないんだぞ? それならひなちゃんが1番じゃなくちゃおかしいんだし」  一番展開がめちゃくちゃだな・・・ 「それよりも、帰ってきたらする事があるでしょう?」 「手を洗ってうがいをして」 「かなですぺしゃる!」  鈍い音とともに俺のすねが蹴られた。 「か、かなでさん・・・今のはマジできついですって」 「こーへー、帰ってきたら挨拶をするのが先でしょう?」 「・・・ただいま、かなでさん」 「よろしい、おかえりなさい、こーへー!」  かなでさんは満足そうに笑顔で出迎えてくれた。  最初からこうならお話も綺麗だったのに・・・ 「でね、こーへー。まずは食事をしてから私とする?」 「ぶっ!」  綺麗どころか直球だった。 「それともお風呂に入ってから私とする? あ、こーへーはえっちだから  お風呂も一緒のほうがいいのかな?」 「・・・」 「それともぉ、体操着がいいの? スクール水着がいいの? メイド服は  ちょっと準備してないから駄目だけど・・・あ、制服は汚れちゃうから  今日は我慢してね」 「・・・なんだか俺がいつもそうしてるような言い方ですね」 「え、違うの? 台本にはそう書いてあるよ?」 「書いてないです! っていうか台本なんてないですから!」 「それじゃぁこーへー、ここで選択肢です」 「話聞いてないですね、かなでさん・・・」 「体操着とスクール水着と・・・こーへーが望むならエプロンだけでもいいよ?」 「・・・」 「こーへー?」 「あぁ、もう!」 「きゃんっ!」  惚れた物の弱みだな、そう頭の冷静な部分で分析しながら俺はかなでさんを  押し倒した。 「今日は普段着でなんだね。こーへー、ちゅーして」
7月12日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「絆」 「すーすー」  静かに寝息をたてる瑛里華。  あたしとおなじ布団で眠っている。 「ふふっ」  心の底から暖かい感情が浮かび上がってくる。  可愛いあたしの、あたしだけの娘。 「よほど疲れたのであろうな」  あたしはさっきまでのことを、誕生会が終わった後、みなが部屋に  帰るという時の事を思い出していた。 「瑛里華、今夜は実家へ行くのか?」 「えぇ、母様と一緒に過ごそうとおもうの」 「そうね、伽耶もちゃんと母親をしなくちゃいけないものね」 「瑛里華。たっぷり親子水入らずの時間を過ごしてこいよ」 「支倉君、それを言うなら俺も実家へ行かなくてはいけないんだが」 「あ、兄さんは来なくていいわよ」 「・・・行くなと言われると行きたくなると思わないかい?」 「千堂さん、好奇心は猫をも殺すってご存じかしら?」 「いやぁ、俺って好奇心の固まりだし」 「兄さんは今日は遠慮してね、女の子同士の秘密もあるんだからね」 「女の子同士・・・か、女の子ねぇ・・・」  伊織は含みのある眼であたしをみる。 「伊織、何が言いたい?」 「いや、ちょっと年齢の事を考えただけですよ、母上様?」 「あたしは十分に若いぞ、それこそ伊織や瑛里華よりも若い」 「しかし中身がねぇ・・・」  あたしが反論しようとしたとき、征一郎が割って入ってきた。 「伊織、その辺にしておけ」 「征?」  さすがは征一郎、長年私に使えてきただけのことはある。  ここぞと言うとき役に・・・ 「伽耶様は見た目は十分お若いのだ。それで良いではないか」 「・・・」 「・・・征、おまえわかってて言ってるのか?」 「?」  征一郎よ・・・それはフォローになっておらぬぞ・・・  別れ際、ちょっとした趣向を思いつく。 「支倉、瑛里華を返してもらうぞ」 「今日だけですよ、伽耶さん」  何もかもわかってるような顔をしているな。  これは本当のことをわからせてやらねばいけないな。 「何を言う、瑛里華はあたしの娘だ。おまえにやった覚えはないぞ?」 「母様?」 「えぇ、まだもらってません。でもいずれもらいますから」 「孝平・・・」 「あたしがそれを許すと思うか?」 「絶対納得させて見せます」 「・・・」 「・・・」 「・・・ふっ、その納得させられる時がくるのを楽しみにしておるぞ?」 「近い将来、必ず!」 「そうか、瑛里華。参ろうぞ」 「・・・」 「瑛里華?」  心ここにあらずという顔をしてる瑛里華。  ・・・少し意地が悪すぎたか? 「ねぇ、孝平・・・今のってプロポーズ?」 「「・・・はい?」」  あたしと孝平の言葉が重なる。 「だって、母様に娘をもらうって宣言してるって事は、そうなんでしょう?」 「確かに今のやりとりを客観的に見ればそう見えても不思議ではないな」  冷静に分析する征一郎。 「おやおや、支倉君もやりてだねぇ。吸血鬼相手に奪う宣言なんて」  冷静に冷やかす伊織。 「伽耶もとうとう娘を嫁に出す時が来たのね」  桐葉、まだそれは早い。 「ちょっとまった、今のは無し、じゃない、無い訳じゃないんだけど  プロポーズはちゃんと別の形で、その!」 「ふ・・・はははっ」 「母様?」 「支倉、もう少し男を磨くと良い、そして改めてあたしの娘を奪いに来るが良い。  その時にちゃんと対峙してやろう」 「・・・精進します」 「瑛里華、参るぞ!」 「あ、はい、母様。それじゃぁみんな、お休みなさい」  一緒に部屋へと戻ったあたしに瑛里華は嬉しそうに話しかけてくる。 「私ね、母様と一緒にいっぱいいっぱいお話したいの」 「良いぞ、瑛里華。今宵は時間はたくさんあるのだからな」 「うん・・・あのね、母様・・・」  ・  ・  ・ 「ふぁぁ・・・」 「瑛里華、もう眠いのなら寝ても良いのだぞ?」 「やだぁ・・・まだ母様とお話していたいの・・・」 「無理をするな、眠いのだろう?」 「だって・・・母様はまた旅にでちゃうんでしょう?  私・・・寂しかったんだから・・・母様と一緒にいたいの・・・」 「瑛里華・・・今夜は休むと良い。あたしはすぐには出かけないから」 「本当?」 「あぁ、だから眠りなさい」 「うん・・・おやすみなさい、母様・・・」 「すーすー」  安らかな寝息をたてて眠っている瑛里華。 「あたしにはできすぎた娘だな」  そう、出来損ないの母にはできすぎた娘だった。 「瑛里華、ちゃんとあたしが産んであげれたら・・・」  それはどんなに願ってもかなわぬ事。  瑛里華も伊織もあたしと血のつながりはない。  それでも・・・ 「・・・母様、大好き」 「瑛里華?」  ・・・寝言、か。  あたしは瑛里華の顔を見る。  安心しきっている、安らかな寝顔。 「瑛里華、あたしは一生をかけて瑛里華を見守ろうぞ。  それがあたしに・・・あたしにしか出来ない、瑛里華の母としての  つとめだ。だから・・・絶対に幸せになるんだぞ」  そう、支倉と一緒にな。 「・・・でも、まだ早すぎるな」  せっかく親子としての幸せを得たのだ。 「もう少し、瑛里華には千堂でいさせてもらうぞ、支倉」 --- 「支倉君」  瑛里華を見送ってから寮への帰り道、紅瀬さんが俺を呼び止める。 「なに?」 「今夜は暇かしら?」  誕生会の後かたづけは特にないし、生徒会の仕事も急ぐ物はない。 「暇だけど、何かあるの?」 「お礼がしたいの」 「お礼?」 「えぇ、伽耶を救ってくれたお礼」 「・・・俺は伽耶さんを救ってなんかいないですよ、救ったのならそれは  俺じゃなくて瑛里華や、紅瀬さんだと思う」 「・・・謙遜と卑屈は紙一重、とは言うけど貴方の場合は違うようね」 「紅瀬さん?」  いきなり顔を近づけてくる紅瀬さん。 「ふふっ、本気になっちゃいそう・・・」  俺の目の前で妖艶に笑う紅瀬さんから目が離せない。 「伽耶に瑛里華さんを取られた、かわいそうな支倉君を・・・  慰めてあげるわ」 「紅瀬さん、ちょいまち! 俺の意見は?」 「あら、女にここまで言わせておいて、恥をかかせるの?」  そう言われるとこのまま受け入れたい気もする、けど・・・ 「ごめんなさい、紅瀬さん。それでもやっぱり・・・」 「ふふっ、冗談よ。おやすみなさい、支倉君」  そう言って俺から離れていく紅瀬さん。  その動作を追うように黒い髪が、とても綺麗に舞っていた。 「・・・ちょっともったいなかったかもな」  正直そう思ったけど、俺には瑛里華がいるんだから、これで良いんだ。 「さて、部屋へ帰るとするか」  今夜瑛里華は伽耶さんとどんな時間を過ごすんだろう?  良い時間が過ごせるといいな・・・ 「心配する必要はないな、良い時間に決まってるさ」  ・・・母さんか。  そういえば父さんも今何をしてるんだろう? 「・・・久しぶりに電話でもしてみるか」
7月9日 ・Canvas2 sideshortstory 「撫子の夏、エリスの夏」 「ただいま〜」 「お帰り、何処行ってた・・・ってエリス、なんで制服なんだ?」   「ん? ちょっと用事があったから撫子学園に行って来たの。  私、まだまだ現役で通るでしょ?」 「年、考えろよ?」 「ぶー、私まだまだ若いもん!」  まぁ、こんな反応する当たり若いというより子供なんだけどな。 「というわけでお兄ちゃん、お買い物行こう?」 「話の流れがよくわからないのだが?」 「んとね、夏なんだよ、お兄ちゃん!」 「まだ梅雨だけどな」 「暑いよね?」 「蒸してるな」 「だから、お買い物行こう!」 「どこをどーとったら今の話からそーなる?」  まったく、夏を前にもう飛ばしまくってるな、エリスは・・・ 「とにかく却下だ、この暑い中外に出るなんて嫌だからな」 「暑いよねお兄ちゃん、だから、これな〜んだ♪」  そう言って手に持ってる何かのチケット2枚を俺に見せる。 「いつかどこかで見たことあるような気がするな・・・」 「朋子ちゃんにもらったの、プールのチケットだよ。行こう、お兄ちゃん!」 「騙された」 「あ、ひどーい。私騙してなんかいないよ?」 「少なくともここはプールじゃないよな」 「うん」 「そして俺のいる場所でも無いよな」 「えー、お兄ちゃんにいてもらわないと意味ないよ?」 「でもな・・・」  目立たないようさりげなく周りを見渡す。  そこには色とりどりの、きらびやかな・・・布が多数あった。  正確に言えば、女性用水着売り場の中に連れ込まれていた。 「プールに行く前に新しい水着を買いたいの、お兄ちゃんと一緒にね♪」 「別に一人でも買えるだろう、子供じゃないんだし。それに去年買ったのは  どうしたんだよ」 「・・・」 「エリス?」  急にうつむいて黙り込んでしまった。 「どうした? 気分でも悪くなったのか?」 「・・・着れなくなった」 「え?」 「水着が小さくて着れなくなったの! 誰のせいだと思ってるの?」 「いや、太ったのならエリスのせいだろう?」 「私太ってなんかないもん!」  顔を真っ赤にして両手を振り回して反論するエリス。  一応公共の場なので少しおとなしくして欲しいのですけど・・・  それを注意しようとした時にエリスは口を開く。 「胸と・・・お尻がきついの」 「・・・」 「お兄ちゃん、いつもあんなに・・・その・・・だから」 「あ、あぁ・・・」  そう言うことか、エリスも育ったんだんだな・・・ 「そ、それじゃ水着選んでくるね」  エリスはこの場を逃げるように去っていった。 「・・・って、俺一人でここにいろってか?」  女性用水着売り場の中に男一人。 「・・・」  絶対危ない人と思われてしまう。  とりあえず売り場のすぐ外へ避難する事にした。 「じゃーん、どう?」 「却下、前回の事を反省してないのか?」  黒いきわどいビキニ姿に着替えたエリスを見てその姿に見とれる前に  却下した。 「それもそうだね、それじゃぁ次ね」  そう言うとカーテンを閉める。 「・・・天国か地獄か」  水着をいくつか選んだエリスは当たり前のように試着室に入った。  俺を連れて行こうとしたので、なんとか踏みとどまって試着室の外に  いるわけだが・・・ 「お兄ちゃん、今度のはスゴイよ?」  カーテンの向こうでエリスが着替えてる。  俺の耳には布ずれの音が聞こえてくるような幻聴まで聞こえる。  そして店内にいる女性達はおもしろそうに、物珍しそうに俺のことを  見ていることだろう。 「まるで見せしめだな」 「ん? 何かいった?」  そう言ってカーテンを開けたエリスは・・・ 「却下、っていうか何でそんなの選んでるんだよ?」 「お兄ちゃんの趣味かなって」 「俺をなんだと思ってる? 却下だ却下!」  エリスは白いワンピース型の水着を着ていたが、明らかにそれは学園指定の  水着だった。それもなんで白なんだよ? 「ほら、とっとと次」 「はーい♪」  エリスは再び着替えに戻る。 「ってか、なんでこの店に学園指定の水着があるんだよ・・・」 「これなんてどう?」  セパレートの水着・・・?  下は普通のビキニなのだが、上はTシャツを着ている。  胸の下のあたりで縛って止めているので可愛いおへそが見えている。 「んー、やっぱりこの格好は家でだけにするね」 「家でもするな」 「もぅ、お兄ちゃん照れないの」  照れるというより押さえれなくなるのが怖いんですけど・・・ 「どう?」 「ストライプの水着はエリスの管轄じゃないだろう?」 「そうなの?」 「あぁ、大人の事情だ」 「これは?」 「子供用のフリルがあるのは萩野がお似合いだな」 「あはは・・・私もそう思う」 「わかってるなら着るなよ」 「えー、でも可愛かったんだもん」 「・・・そろそろ決めようぜ」 「うん、これが最後だから」  一体何着持ち込んだんだろうか、さすがに疲れてきた。 「・・・お兄ちゃん?」 「ん? どうした、エリス」  カーテンの隙間から頭だけ出してるエリスが遠慮しがちに俺を見ていた。 「最後のはね、ちょっと恥ずかしいかも・・・」 「何をいまさら・・・」  俺の言葉は最後まで出なかった。  カーテンを開けたエリスの着ている水着は、紅。  ハイビスカスの髪留めもしている。  エリスの黄金色の髪に、白い肌。そして紅色の水着。  まるで一枚の完成した芸術を見ているようだった。 「・・・」 「ねぇ、お兄ちゃん。おかしくない?」 「・・・あ、あぁ、だいじょうぶだ。残しておきたいくらい完璧だ」 「あ、ありがとう・・・それじゃぁ私これにするね」  そう言ってカーテンの向こうに消えていくエリス。 「それじゃぁ帰ろう、お兄ちゃん」  水着の入った袋を胸元に抱きしめてエリスがおかしな事を言う。 「プールに行くんじゃないのか?」 「プールはまた今度にするね。今日はお兄ちゃんに描いてもらおうかなって  思ってるの」  何の絵を? と問いはしない。  今の俺が真っ白のキャンバスに描くとしたら、それは黄金色と白い肌と  紅色の水着だろうから。 「だって、お兄ちゃん描きたいって顔してたよ? 私も描いて欲しいし・・・ね?」 「・・・そうだな、エリス。モデルになってもらってもいいか?」 「うん、ありのままの私を描いてね」
7月7日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「招待状」 「梅雨の中休みというところだな」 「そうね」  たわいのない会話。  そんな会話でも私はとても楽しんでいる。  もう覚えられないほど遥か昔の関係に、やっと戻れた私たち。  殻に閉じこもってた私の親友は、外の世界を見るようになった。  旅に出るのは自然の流れだろう。  そうして島を出てからいろんな街を旅している。 「ずいぶん近代化してはいるが、こう言うところは昔のままだな」 「えぇ、最近は昔の形を残そうっていう運動が活発らしいわね」  今休んでいるのはとあるお寺、その中にある鐘の所だった。  私はそっと着物の裾から携帯電話を取り出す。  彼も彼女も学生生活が忙しいから、そうそう連絡が来ることは無い。  携帯の画面には今日の日付と時間が表示されている。  ・・・もう、そろそろね。 「もう良い時間だな、今日はこの町に宿を取るとするか」 「えぇ、そうね」  私は立ち上がって着物に付いたホコリを落とす。 「行きましょう、伽耶」 「・・・伽耶?」 「な、なんだ?」 「何をそんなにそわそわしてるの?」 「べ、べつに落ち着いてない訳じゃない」 「そう」  旅館の部屋に通された伽耶は、壁にかかってるカレンダーを見てから  少し落ち着きがない。 「ふふっ」 「・・・桐葉、其の笑いは何なんだ?」 「いえ、伽耶が可愛いって思ってるだけよ」 「からかうでない」 「あら、本心なのに・・・切ないわ」  そう、伽耶が可愛いっていうのは紛れもない事実。  素直じゃなくて意地っ張りで、でもとてもとても優しくて。  今までゆがんだ世界につながれてた伽耶は自分を歪ませて世界にあわせることで  自我を保ってきていたのだろう。  それがただのわがままであったとしても・・・  あの事件をきっかけに、伽耶は本当の自分を取り戻した。  あの二人には感謝してもしきれないわね・・・だからこそ、やれることはして  あげないと。 「ねぇ、伽耶。そろそろ実家が恋しくないかしら?」 「前に戻ったのはつい先日だぞ? 恋しくなるわけないではないか」 「そう? 私は恋しいわ。だから戻らない?」 「・・・い、今は駄目だ。今戻るのは・・・その・・・」  前に戻ったのは6月の上旬、千堂さんの誕生日の時だった。  そしてまもなく伽耶の誕生日が訪れる。  この時期屋敷に戻るのは誕生日を期待してるという現れだと伽耶は思って  いるのだろう。  祝って欲しいのに自分からは言えない。なんとも伽耶らしい。 「伽耶、先日私の所にこんな物がとどいてるのよ」  私は事前に準備しておいた封筒を伽耶に手渡す。 「・・・招待状?」 「開けてみて」  伽耶は無言で封を開ける。  千堂伽耶様、紅瀬桐葉様へ。来る7月12日にパーティーを開きたいと  思いますので是非参加してください。  千堂瑛里華・支倉孝平・東儀征一郎・東儀白・千堂伊織 「・・・手の込んだ真似をする」  そう言いながら招待状を何度も読み直す伽耶の顔はとても穏やかだった。 「なぁ、桐葉も一枚かんでいるのだろう?」 「何故?」 「あてのない旅に出てるあたしたちに手紙が届くはずがない。これはこの前の  瑛里華の誕生会の時に渡されたのだろう?」 「何の事かしら?」 「ふっ、あたしも意地が悪い親友を持ったものだ」 「その台詞はそのまま伽耶にお返しするわ」 「・・・ははっ」 「ふふっ」  二人で笑いあった。 「ここまでお膳立てされていて行かぬ訳にはいかないな。桐葉、明日帰るぞ」 「急がなくても間に合うわよ?」 「べ、別に急いでるわけではないぞ? どうせあてなど無い旅なのだ。  明日珠津島へ戻っても問題なかろう?」 「そうね」  早くみんなに会いたいのね。と、心の中で付け加える。 「そのためには今日はゆっくり休んで英気を養わないとな」  放っておいたら今すぐにでも珠津島へ向かいそうな伽耶。 「その前に温泉に入りましょうか、伽耶。背中流してあげるわ」 「え・・・あ、あたしは一人でも入れるから」 「私と一緒は嫌なのかしら?」 「う・・・だって、桐葉は悪戯してくるから」 「ただの親友同士の触れ合いよ」 「・・・」 「さぁ、一緒に温泉入りましょう、伽耶」
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