フィーナ誕生日記念SS 約束の証
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 朝目が覚めて、私は真っ先にサイドテーブルの上を見る。
 昨日寝る前には何も置かれてなかったテーブルの上に、今年も置かれている
 1枚のバースデーカード。
「ミアも毎年大変よね」
 私に気付かれないようにそっとカードを置くことが出来るのはミアだけ。
 毎年この日の夜はきっと緊張してるに違いない。
 そう思いながら、私はカードを手に取る。

 ”誕生日おめでとう、フィーナ”

 達哉の筆跡でそう書かれているバースデーカードをそっと胸に抱く。
 ただのカードなのに、こうして抱くと暖かみを感じる。
「達哉・・・今年はどう驚かしてくれるのかしら?」
 毎年誕生日に達哉は必ず私の元に来てくれる。
 学生時代の、まだ月に来るのが不可能だったときも。
 月にある連邦大使館に勤めてからも。
 毎年私を驚かしてくれる達哉の事を思うと、自然と頬がゆるんでしまう。
「・・・夜までがんばらなくっちゃ」
 私はカードをそっと机の引き出しにしまう。
 そこには同じようなバースデーカードが数枚しまわれていた。

フィーナ誕生日記念SS
約束の証
「ねぇ、ミア。この会席行かなくちゃ駄目よね?」 「姫様?」 「いえ、なんでもないわ・・・」  私の誕生日に国を挙げて行われるお祝いのイベント。  王宮のテラスでお祝いにかけつけてくれた国民への挨拶。  貴族達からのお祝いの会合、月にある地球連邦大使達との面会。  スケジュールは秒刻みで消化されていく。  月の姫としての挨拶をこなしていくのもいつものこと。  私のお祝いに来てくださった皆様なのだから、ちゃんとおもてなし  しなくてはいけない。  それだけならいつものこと、特に問題ないのだけど・・・ 「姫様、先ほどの会合で何かあったのですか?」 「あったと言えばあったわね・・・」  貴族達が自分の息子を売り込むような発言が今年は多く目立ってきた。 「どうですか、姫様。我が息子は生粋の月人で成績も良く容姿万端。  何処の馬の骨ともわからぬ輩より姫様に・・・」  達哉のことを言ってるとわかった瞬間、私は頭に血が上ってしまった。 「今日はフィーナ様のお祝いの日でございます、関係ない話題はご遠慮して  いただきましょう」 「カレン?」  それをすぐに察してくれたのだろう、カレンが会話を止めに入ってくれた。  貴族はカレンの方を睨み付ける。 「よろしいのですか、面会の時間が無くなりますが」 「・・・」  表情を戻し、また心にない自分を取り入ってもらうための言葉を並べ始める。 「ありがとう、カレン」 「いえ、あの者の発言には私も我慢できませんでしたので」 「でも、今年はどうしてこんな事になったのかしら?」 「それは、達哉様が無視出来ない存在になってきているからです、姫様」 「達哉が?」  達哉が連邦の大使館員として誰からも認めてもらえるよう働いている  事は私も知っている。 「はい、達哉様は最近頭角を現してきておられます。その功績は国王の耳にも  届くほどの物です」 「私には届いていないのに?」 「フィーナ様に直接関わらない部署なので」 「そうなの・・・」  私が知らない達哉の功績。  どんなことをしたのか、今度聞いてみよう。 「フィーナ様、ご機嫌のようですね」 「えぇ、私のパートナーが認められて来ているんですもの。嬉しいに決まってるわ」  達哉が認められつつあるから、貴族達は焦っている。  私に取り入り、私の婿を自分の家族から出せれば、その貴族の位は最高位まで  上がることになる。政略結婚というものだった。  以前の私なら月の未来を考えて、そうすべきと思ったことだろう。  でも、今の私には達哉がいる。達哉がいてくれる。  どんな事があっても、私は達哉と一緒になる、そう決めたのだから。  この話が最初に公表されたときは貴族達はそろって反対し、それなら我が息子がと  口をそろえて薦めてきた。  だが、本気でなかったのは達哉との婚姻が難しい、いえ、不可能だって信じて  いたからでしょう。  その達哉が月と地球の外交で活躍している。 「貴族達がどんな話を持ち出しても、無駄なのにね」  それでも、会合の度にそう言われるとさすがにうんざりしてきた。 「フィーナ様、申し訳ございませんが少し落ち着いてください」 「私は落ち着いてるわ!」 「フィーナ様、私が仕えるフィーナ様はその程度のお方なのですか?」 「カレン!」 「達哉様の事も考えてください、以前もそう仰ったはずです」 「達哉・・・」  以前聞いた話を思い出す。  達哉は月では一番有名な地球人だ、それはもちろん私のパートナーに  なったからだ。  それだけに月の貴族達の反応は冷たい。  その達哉が、月と地球を友好な関係にするためにがんばっている。  達哉の正論を貴族達は感情で反論する、そんな中でも達哉はがんばっている。 「・・・そうね、ありがとう、カレン」 「いえ、出過ぎた真似を失礼致しました」 「そんなことはないわ、カレン。ありがとう」  今日が終わってしまう、そんな間近な時間になってやっとスケジュール全てを  消化した。 「やっとね」 「姫様?」 「いえ、なんでもないわ」  そう言いながら私は頬がゆるむ。  きっと私の部屋に達哉がいてくれる。そう思うと足のすすみが早くなる。 「姫様、お部屋にお着きになりましたよ?」 「え?」  私はいつの間にか自分の部屋の前まで来ていた。  ミアはそっと扉を開けてくれる。  そして部屋の中は私が朝出たときと何もかわっていなかった。 「・・・」 「姫様、お召し物のお着替えを」 「え、えぇ・・・」  ドレスを脱いで下着姿のまま大きな鏡の前に座る。  後ろからミアがそっと髪を梳いてくれる。 「・・・」  毎年達哉はお祝いに来てくれていた、でも今年は来てくれなかった。  冷静に考えれば、いくらパートナーといっても月の姫の私室に一介の  大使館員がこれるわけがない。 「それでも・・・」  来て欲しかった。 「姫様」  達哉が祝ってくれない誕生日がこんなにも寂しいものだったなんて・・・ 「姫様?」 「え。ミア?」 「カレン様がおいでになっておられます」 「カレンが? 今行くわ」 「その前に夜着をお召しになってください」 「あ、やだ・・・」  私は下着姿のまま、部屋の外に出ようとしていた。 「夜分遅く失礼致します」  ミアが扉を大きくあけると、カレンが部屋の中に入ってきた。 「ミア、ありがとう」 「いえ、どういたしまして」 「カレン、こんな夜遅くにどうしたの?」 「お疲れの所申し訳ございませんが、至急目を通しておいていただきたい  事項がございまして、お持ちしました。」  カレンが手に持っていた封書を私に手渡す。  その書類封筒の厚さと重みが、今日だけは嫌になる。  これだけの量だと、目を通すだけでも徹夜になりそうだ。 「それでは、明日の朝一番で取りに参りますので、目を通しておいて  ください。私はこれで失礼いたします」 「それでは私も下がりますね」  ミアとカレンがそろって部屋を退出する。 「では、フィーナ様。もう一度確認させていただきます。  私は明日朝一番に、書類を回収しに参ります」 「では、私もカレン様と同じ時刻に参ります。姫様、お休みなさいませ」 「フィーナ様、明日も公務がありますので、程々に・・・」  そうして二人は部屋から出ていった。 「・・・達哉」  誰もいなくなった部屋で私は愛しい人の名前を呼ぶ。  わかってはいる、無理なことは無理なのだ。  それでも・・・ 「ううん、達哉だってがんばってるんですもの。私がこれくらいで弱音を  はいたら達哉に申し訳ないわ!」  2度と達哉とあえなくなるかもしれない、あの試練の時と比べれば  なんてことはない。今日あえないからって明日あえない訳じゃない。 「よしっ!」  私は机に座って、書類の封を開ける。  私は、私の出来ることをしなくちゃいけない、それが私と達哉の将来の  為なのだから。  封筒から書類の束を出す。 「・・・え?」  1枚目の書類には大きく、”誕生日おめでとう”とかかれていた。  そして2枚目の書類にはこう、書かれていた。  ”驚かずに名前を呼んでくれ”と。 「・・・達哉?」  その時私の背後に気配を感じた。 「・・・」  少し困ったような、申し訳なさそうな顔をして立っているのは 「達哉・・・なの?」 「あぁ、遅くなってごめん、フィーナ」 「達哉っ!」  私は達哉に駆け寄って抱きつく。 「フィーナ、誕生日おめでとう」  そっと背中に手を回して抱き留めてくれる達哉から、一番欲しい言葉を  贈ってもらえた。  そしてその時時計の針は回り、誕生日は終わりを告げた。 「ごめん、間に合わなくて」 「いいのよ、達哉。こうして来てくれただけでも・・・でも遅いわよ?」 「本当にごめん、監視がきつくて・・・」 「監視?」  最近の達哉の活躍の話は聞いたばかりだけど、監視って・・・ 「どうも月側から監視されてるようなんだ。カレンさんの話だと一部の貴族の  仕業じゃないかっていうんだ」 「達哉を監視だなんて・・・」  一体何処の貴族がそんなことを? 「だから抜け出せなくて、こんな時間になっちゃったんだ」 「でも良くこれたわね」 「あぁ、カレンさんに助けてもらったんだ。それに、リースにもね」 「リースに?」 「これさ」  そう言うと達哉はポケットに手を入れる、その瞬間に姿が消えた。 「ロストテクノロジー・・・」  すぐに達哉の姿が現れる。 「姿を消して、カレンさんに誘導してもらって、やっとだよ」  なるほど・・・カレンは明日の朝、達哉を無事かえすために書類を持って  来た訳ね。 「明日の朝一番までというわけね」 「そうらしい、俺も明日は仕事が休みじゃないし」 「そうそう、達哉は何の功績をあげたのかしら?」 「功績? 特に無いと思うけど・・・」 「でも、貴族達が危機感を持つほど、達哉は活躍してるって話よ?」 「特にこれといって何かってのは無いけど・・・」 「本当かしら? 今度訪問して上司の方から伺ってみようかしら?」 「やめてくれよ、恥ずかしいから」 「あら、私が会いに行くのは恥ずかしいの?」 「・・・今日のフィーナは意地悪だな」 「誕生日に遅刻しそうになったのは誰かしら?」 「それを言われるときついな・・・お詫びの印に」  そう言うと達哉は私に優しいキスを・・・ 「ん・・・達哉、ずるいわ・・・それじゃ私なんでも許しちゃう。  それに・・・欲しくなっちゃう」 「いいんだよ、フィーナ。俺はフィーナだけのものだから」 「ねぇ、達哉。明日の朝まで私を離さないで、それが私の欲しい、  誕生日プレゼントよ」 「あぁ、おやすいご用さ」  肌を重ね合わせた夜が更け、朝を迎えるより少し早い時間に私は  起きあがる。 「ん・・・もう、朝か?」 「おはよう、達哉」 「おはよう、フィーナ・・・」 「達哉、寝ぼけてるの?」 「いや、そのな・・・フィーナに見とれていた」  私は達哉に愛されたままの格好だった。べたべたになってる私に  見とれるなんて・・・恥ずかしい。 「ねぇ、達哉。お風呂に入って汗を流しましょう」 「あ、あぁ・・・」 「くすっ、朝まで私と一緒なんでしょう?」 「わかった、フィーナ。覚悟しろよ?」 「えぇ、もとより覚悟してるわ」 「なぁ、フィーナ。ちょっといいかい?」 「何かしら?」  お風呂上がりの私はそのままの格好で達哉にベットまで連れて行かれた。  達哉は脱ぎ捨ててあった自分の服のポケットから何かを取り出した。 「フィーナ、これを」 「っ!」  驚きで息が詰まる。  達哉が取り出した小さな箱は、指輪のケース。  その中にシルバーのシンプルな指輪が収まっていた。 「本当はもっと早く贈りたかったんだけど、安月給じゃなかなか買えなくて」  そう、照れながら話す達哉。  達哉は給料の半分以上を家に仕送りしている、だから苦しいはずなのに・・・ 「フィーナ、手を出してくれるかい?」 「・・・えぇ」  私はそっと左手をだす。  達哉はそっと薬指に指輪をはめてくれる。 「俺、がんばるからさ、絶対フィーナと一緒になれるように。その、約束の証。  ・・・もらってくれる?」 「達哉・・・ありがとう!」 「フィーナ様、おはようございます」 「姫様、おはようございます」  それからしばらくして、カレンとミアが部屋にやってくる。  達哉はすでに身だしなみを整えて、姿を消している。 「おはよう、カレン、ミア」 「それでは、書類を回収させていただきます」 「はい、カレン。ありがとう」 「フィーナ様、夜に仕事を頼んだ私の方がお礼を言う立場ですよ?」 「そう言うことにしておくわ、カレン」 「では、徹夜されたフィーナ様の為に、今日の公務の時間は若干遅めに  させていただいております。それまでお休みください。」 「えぇ、そうさせていただくわ。それじゃぁ書類と・・・をお願いね」 「お任せください、フィーナ様」  カレンは扉を大きく開けると、部屋を出ていった。 「姫様、少し横になられますか?」 「そうね、30分ほど横になるわ」 「はい、わかりました・・・あれ? 姫様、それは・・・」  ミアが私の左手の薬指を見て驚きの声を上げる。 「えぇ、達哉との約束の証よ」  今はまだ、プライベートの時しかする事の出来ない銀の指輪。  いつか、堂々とこの指輪をしたまま仕事が出来る日が来れるよう、  この指輪に誓う。 「いつか、絶対に・・・」
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