夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if-


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・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Intermission Episode 「Moonlight Cradle」  あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか・・・  きっと1秒も経ってなく、そして何年も過ぎたのだろ。  枯れるまで涙を流し、声が出なくなるまで叫んで、それでも私の時間は  全く流れていない。 「・・・」  何もする気が起きなかった。  私が地球に、満弦ヶ崎におりた記録はターミナルから観測して記録してある。  タツヤと初めて海に行った記録、麻衣に学院を案内してもらった記録。  タツヤに抱かれた時の記録。  もう何度見たのだろう?  そして今回何度目の再生だろうか? 「・・・?」  記録のインデックスを見ているとき、異変を発見した。 「・・・おかしいわ」  初めてタツヤがターミナルに迷い込んだあの日、観測したログによると  8人のタツヤが跳ばされて来て、そして7人のタツヤはそれぞれの世界へと  還っていった。  残ったタツヤは、私との出会いを運命づけられていたタツヤだった。  なのに、今見たログの記録ではその人数があの時と違っている。 「あの時跳んできたのは8の世界だけだったはず」  なのに、数値は10に増えている。 「アクセス」  ほんの僅かな認識の時間をおいてメインシステムが答える。 「こちらメインシステムです。シンシア・マルグリット主席研究員と  認識しました」 「タツヤがターミナルに跳ばされたときと今でログが違うのはどういうこと?」  ・  ・  ・ 「どういうことなのよ・・・」  ログは最初から10人のタツヤが跳んできた事になっていた。  私の記憶が間違っていたと言うことになってしまっている。  でもあの時確かに跳んできたのは8人だったはず。  それでは、増えた2人のタツヤは何処の平行世界のタツヤだったのだろう?  記録を開けようとする。 「その記録はロックされています」 「え? どうして・・・?」  現在ターミナルには私しかいない。私が最高責任者だ。  その最高責任者の私がアクセスできない領域がある、そんな訳がない。  最高責任者がアクセスできない領域を設定できるのは私以上の権限を持つ人のみ。 「ありえないわ」  私しか居ない世界で私以上の権限の持ち主って誰なの?  ・  ・  ・ 「あっ」  気付くと時間が相当経過していたみたいだった。 「タツヤにも言われたっけ・・・」  考え事をすると頭が全部そっちにいっちゃう質で、タツヤも呆れてたっけ。 「もう一つはどうなのかしら?」  手を付かずにいた、もう一つの記録を開けてみる。  こちらの記録は見ることが出来た。 「・・・え?」  それは、タツヤの苦悩の記録だった。  お世話になったタツヤの家族、その家族と関係をもってしまった世界。  同時に二人の女性から愛され、そして愛してしまった。 「・・・っ!」  私はその記録を閉じる。  これはタツヤのプライベートな記録だ、私が見て良い物ではない。 「・・・ううん、違うわ」  自分に言い訳するように独白する。 「私は見たくないだけなんだ、タツヤが他の人を愛する記録を・・・」  タツヤは私を愛してくれた、私の為を思ってターミナルへ送りだしてくれた。  そして私はタツヤを愛している。  そのタツヤと私が出会わない世界・・・ 「それでも、私はタツヤと出会った。私の中にある記憶は本物だから・・・」  だから私はここで人類を見守っていく、あの時の研究室の仲間の犠牲を無駄に  しないため。  そして何よりタツヤが居る世界を守るために。 「・・・このデータもそう言う世界なのかしら」  私が開けられない記録。  巧妙にプロテクトされてしまっている、おそらくはタツヤに関する記録。 「・・・」  さっきと同じく私以外の誰かと結ばれたタツヤのいる世界の記録だと思うと  データを破棄してしまいたくなる。 「身勝手ね」  私の愛したタツヤだってずっと一人で居る訳じゃないだろう。  あの世界できっと誰かと結ばれて幸せに・・・ 「本当に、身勝手よね・・・私」  枯れたはずの涙が流れるのがわかった。 「身勝手だけど、放っておく訳にはいかないわ」  涙を拭いて、このデータの解析を始める。  いつかターミナルを見つけてくれるであろう、その時まで時間はまだ  たくさんあることだろう。  その時代にターミナルを引き渡すとき、解析不能のデータがあってはならない。 「それに・・・」  タツヤのデータを他の誰かに解析なんてさせたくなかったから。 「頑張ろう、お姉ちゃんとタツヤの為にも」  私はコンソールに手を伸ばした。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.0「再会」 「せーのっ!」  麻衣のかけ声にあわせて、一緒に机を持ち上げる。  気をつけて階段を下りて、客間に運び入れた。 「これで終わりかな?」 「そうだな、お疲れ様」 「お兄ちゃんこそお疲れ様でした」  ホームスティに月の王女様が来ることが決まってからのほんの数日。  俺達は出来うる限りの準備をしていた。  1階の客間を王女様の住まいにすべく掃除をしたり机を運び入れたり。  麻衣は月の料理を覚えようとしたり。  ただ、それは失敗している。 「思ったより月の料理の資料って売ってなかったよ、残念」  そう、月への宇宙港がある満弦ヶ崎であっても、月の事はわからないこと  ばかりだった。 「そうね・・・今度博物館で月の料理をテーマにした企画しようかしら?」  この話を聞いた姉さんはそんなことを言っていた。  月人とはいえ、俺達と同じ人。文化は違えども食べ物はそう変わりは無いと思う。  そうこうしてる内に気付くと、王女様が来る前日となっていた。 「達哉君、麻衣ちゃん。いよいよ明日ね」 「そうだね、お姉ちゃん」  寝る前のリビング、何となくみんなここに集まってしまっている。 「・・・」 「・・・」  言葉が少ないのはみんな明日のことを思ってるからだろうか。 「姉さん、麻衣。明日のことは明日にならないとわからないよ」 「お兄ちゃん?」 「姉さん、明日は忙しくなるんだよね?」 「たぶん、慌ただしくなると思うけど・・・」 「なら今日はゆっくり休もう」 「・・・そうね、今から心配しても始まらないものね」 「そうだね」 「おやすみなさい」  そう言って俺は部屋へと戻った。  着替えてベットに入る。 「・・・」  ・・・ 「・・・」  ・・・ 「ふぅ、やっぱり駄目か」  俺も相当緊張してるのか、それとも不安に押しつぶされてるのだろうか。  全然眠気が無い。  こう言うときは無理に寝ないのに限る。 「・・・よし」  ちょっと散歩にでも行こう。  着替えてそっと玄関から外にでる。  イタリアンズを連れて行くことを考えたが、その時のイタリアンズの声で  姉さんや麻衣を起こしてしまうかもしれない。  だから今は諦めてそっと出かけることにした。  もうすぐ日付が変わるという時間。  街は寝静まっていて静かだった。  ふと、夜空を見上げると、そこには月が浮かんでいた。 「月からのホームスティ、か・・・」  月に人が住んでいるのは誰でも知っている常識だった。  だけど、月の暮らしは誰もが知っている訳ではない。  重力が地球の6分の1しか無い、だから大気が月に定着できない。  そのため雨も降らないから水が貴重、という話も聞いた事がある。  それが俺の知っている、地球での月の常識だった。  だけど、それ以外の事実もある。  月学理論がカリキュラムにあるカテリナ学院で学んでいる俺は、月が  今では失われた技術で支えられている事を知っているし、実際に月に  留学した姉さんの話から水がそれほど貴重ではないことも知っていた。 「それでも無駄遣い出来るほどではないのだけれどね」  姉さんはそう教えてくれた。  普通の地球に住む人より月のことは詳しい方になると思う。  それでもやはり、月は最も遠い異国だ。 「その月の住人、それもお姫様が、か・・・」  気付くと俺は物見の丘公園まで来ていた。  いつものイタリアンズの散歩コースを無意識のうちに歩いてたようだ。  時間が遅いため公園の中はとても静かだった。  風が潮の香りを運んでくる。  その香りに俺は誘われるように、丘の上へと向かった。  いつからあるのかわからない、大きなモニュメント。  月明かりに淡く照らされたそれは、いつもと違った雰囲気を醸し出していた。 「・・・戻るか」  いつまでもこんな所に居るわけには行かない、そろそろ家へ帰ろう。  そう思い振り返って歩き出そうとした、その時。  びゅぅ、とひときわ大きな風が吹いていった。   「・・・」  俺の目の前に月明かりに浮かび上がった自分の影が映る。  ただ、それだけなのに何故か緊張してしまっている。  なんでだろう、脚が動かない。  このまま丘を降りる、それが何故か出来ない。  どうしてかはわからないけど、振り返っては行けない、そんな気がした。  直感、だろうか?  でも、その直感は振り返るべきだとも言っている。  その時一陣の風が丘の下の方から俺を撫でていった。  思わず目を覆い、風から逃れようと後ろを向いた。  そこには一人の女性が立っていた。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.1「女神」  振り返った先に、一人の女性が立っていた。  いや、女の子という年齢だろうか?  女性と思ってしまったのは、その格好がそうさせてしまったからだろう。  非常に場違いな服、いや、ドレスに身を包んだ女性。  いや、とても綺麗な女の子。  その背後に月が見える。  月明かりの逆行になるため、顔はよく見えない。  長い銀色の髪が月明かりに輝いて神々しく見える。  まるで女神のようだ、と思った。  でも・・・  なぜだろうか・・・  会ったことがある、そんな気がした。 「・・・」  彼女が微かに口元を動かすのがわかった。  でも、その言葉はあまりに小さく、俺には聞こえなかった。  俺は、目をそらすことが出来なかった。  彼女の瞳に魅入られたように・・・  そして彼女も俺をずっと見ていた。  一陣の強い風が俺と彼女の間を通り抜ける。  思わず目を覆った俺が、再び目を開けたとき、そこには誰もいなかった。 「今のは」  夢だったのだろうか、幻だったのだろうか?  回りを見渡すと、誰もいないし人の気配も全くなかった。 「・・・帰るか」  俺は公園を後にした。 「おかえり、達哉君」 「おかえりなさい、お兄ちゃん」  家に帰ると二人が出迎えてくれた。 「こんな時間に何処いってたの?」 「部屋に行ったら居なかったから心配しちゃったよ」 「ごめん、寝付けなかったからちょっと散歩に行ってた」  俺は二人に心配かけたことを謝る。 「どうせなら私も連れて行って欲しかったな」 「麻衣?」 「そうね、私たちも寝付けなかったから一緒に行きたかったわ」  自分だけが緊張して寝付けなかった訳ではなかった。  姉さんも麻衣も緊張して寝付けてなかったのだ。 「達哉君、まだ寝付けそうに無い?」 「ベットに入れば眠れるかもしれないかな」 「いいなぁ、私なんてまだ寝れそうにないよ」 「そうね・・・でも簡単に眠れる方法ならあるわよ?」 「何、お姉ちゃん」 「それはね、達哉君と一緒に寝るの」 「え?」  俺は驚きの声をあげる。 「ねぇ、麻衣ちゃん。麻衣ちゃんが一番安心して寝れるところって何処かしら?」  ちょっとだけ考え込む麻衣。 「うーん・・・やっぱりお兄ちゃんのそばかな」 「私もそう、だから一緒に寝ればぐっすり眠れるわよ」 「そう、かも。お兄ちゃん、よろしくお願いします」  麻衣にお願いされてしまった。 「それとも、私と一緒じゃ駄目?」 「駄目なわけ無いだろう」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「そうと決まれば3人で一緒に寝ましょう。でも今日はえっちは駄目よ?」 「えー?」  そこで不満を言う麻衣。 「だって明日からは出来ないんだよ?」 「そうかもしれないけど、麻衣ちゃんも昨日の夜たくさんしてもらったでしょう」  昨日の夜、俺達はお互いを激しく求めあった。 「もし今日もしちゃったら明日起きれないわよ?」 「うー・・・」 「私だって我慢するからね、麻衣ちゃん」 「うん、わかった」 「おまたせ、達哉君。それじゃぁ部屋へ行きましょうか」 「すーすー」 「・・・ん」  あの後俺の部屋で3人で眠ることになった。  何故か下着姿で俺に抱きついて、眠っている二人。  その寝顔は安心しきっていた。 「・・・余計に眠れない」  二人の体温が直に触れてる部分が熱を持つのがわかる。  何も考えようとしなくても、その熱を持った部分がそれを許さなかった。 「・・・んー」  その時姉さんが目を覚ました。 「たつやくんだぁ♪」  俺の顔を見つけるとそのまま俺を抱きしめる、俺は姉さんの胸の中に  顔を埋める形となって。 「ね、姉さん・・・」 「・・・すー」  起きた訳ではなく寝ぼけてただけのようだ。 「・・・ふぅ」  でも、さっきよりは楽になった。  俺の顔は姉さんに抱きしめられていて、姉さんも鼓動を感じる。  その鼓動が俺を優しい闇へと誘ってくれる。  ようやく、眠れる時が来たようだ。  長い前夜が終わりを告げようとしていた。  眠りに落ちる直前、俺の脳裏に浮かんだのは銀色の髪をなびかせた彼女だった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.2「邂逅 T」 another view 穂積さやか 「それじゃぁ行って来るわね」  達哉君と麻衣ちゃんに見送られて私は家を出た。  フィーナ様をお迎えしに大使館へと向かった。  到着を家で待っていた私の携帯に、大使館まで来るように電話があったのが  つい先ほど。  それから慌てて家を出て、こうして大使館へと向かっている。  博物館へと向かう、いつもと同じ道を歩きながら、私は少しずつ緊張して  行くのがわかった。 「姉さんでも緊張する事あるんだ」  そんな達哉君の声が聞こえてきた気がした。 「私だって緊張くらいするわよ?」  そう、反論する。  もちろんここに達哉君はいないから、これ以上の会話は続かない。  けど、それだけの事で私は落ち着いていた。 「ふふっ」  いつの間にか守らなくちゃいけない存在から、守ってくれる存在に  成長してくれていた達哉君。  その達哉君が心配してくれてると思うと、申し訳ないけど嬉しくなっちゃう。 「帰ったら甘えちゃおうかしら?」  それはしばらく出来ない事はわかってる、けどそうしたくなってしまう。 「・・・そうだ、達哉君に博物館のバイトを頼もうかしら」  それなら館長室で甘えられる、かな?  楽しい考え事をしていると、あっという間に大使館へとついてしまった。  入り口で博物館の職員証を見せる。  すでに連絡があったのか、すぐに中に通された。  何度も来ている大使館の中を案内されて私はとある部屋の前へと着く。 「失礼します」  そう言って扉を開ける。  その部屋の中に居たのはこれから家族となる、月王家の第一王女である  フィーナ姫様だった。 another view フィーナ・ファム・アーシュライト 「失礼します」  その言葉とともに開かれた扉から入ってきたのは一人の女性だった。  女性の姿を見たとき、懐かしさがこみ上げてくる。  数年前、母様が受け入れた地球からの留学生、その中で私を王女としてではなく  一人の女の子として見てくれた女性。  母様に似た微笑みを浮かべたその人だった。 「初めまして、ではありませんね。フィーナ様」 「えぇ、そうね。お久しぶり、さやか」 「さやか、わざわざ来てもらって申し訳ございません」 「いいのよ、カレン。家でいつ来るのかって待ってるよりいいもの」 「それで、フィーナ様はすぐにいらっしゃるのでしょうか?」 「はい、準備は全て終わりました。後はさやかの家へと向かうだけです」 「終わってはいません、フィーナ様」 「カレン、そのことは何度も言っているでしょう?」 「あの、カレン。どういうことなの?」 「実は・・・」  カレンが説明する、それはさやかの家へ行くまでの方法だった。  車で案内するというカレンと、歩いていくという私の意見は  真っ向からぶつかっている。  確かに安全面などを考えると車で送ってもらうのが一番だとは思う。  けど、私はこの街を歩いてみたかった。  以前よりも自由に、私の意志で私の足で。  私が住む地球のこの街を。 「いいんじゃないかしら、カレン」 「さやかまで・・・」 「これからこの街で過ごすんですもの、今日からだって変わらないわ」 「しかし、それでは安全面で問題が」 「なら、カレン。家の近くまで一緒に来てくれれば問題ないわ。  フィーナ様もそれくらいはお許しになられますわよね?」 「えぇ」  本当は私たちだけで歩きたかった、けど今のやりとりを見ているとこれ以上の  妥協は出来ないと思う。 「まったく、さやかも達哉さんと同じようになってきましたね」 「あら、違うわよ? 達哉君が成長してきただけよ」  達哉様、という名前。  それは地球に来る前にカレンが私に対して提案してきた件の、発案者だった。  カレンを唸らせたという達哉様。一体どんな男性だろう? 「それでは参りましょう」 「えぇ、ミア。準備は出来ている?」 「はい、準備万端です、姫様」  ミアが用意したトランクを一つずつ手に持つ。 「他の荷物は明日お届けに参ります」 「えぇ、お願いね」  こうして私は地球での第一歩を文字通り踏み出した。 another view 朝霧麻衣  お姉ちゃんが大使館へ行ってすぐにお兄ちゃんはバイトへと行ってしまった。  一人で家で待っている時間は凄く長く感じられた。 「どんな人が来るのかなぁ」  私と同じくらいの年齢だってお姉ちゃんが言ってた事と、お供のメイドさんが  一緒に来る事しかわかっていない。 「だいじょうぶかなぁ」  ホームスティに来る王女様と仲良くなれるかな、という心配と。 「・・・」  私たちの関係が問題になってしまうかという、心配と。 「・・・ふぅ」  一番の問題、それはお兄ちゃんと一緒にいられなくなる事が心配だった。  居られなくなるわけじゃない、家ではいつも一緒。  でも、以前のようにはいかなくなる。  一緒にお風呂に入る事もできないだろうし、一緒に寝る事も、そしてえっちな  事は絶対出来ないと思う。 「我慢・・・できるかなぁ」 「これくらいの壁、乗り越えられないようじゃ駄目だ」  お兄ちゃんの言葉を思い出す。 「・・・うん、お兄ちゃんだってお姉ちゃんだって頑張るんだから。  私も頑張らなくちゃ!」 「ただいま〜」  その時玄関からお姉ちゃんの声が聞こえた。 「お帰りなさい、お姉ちゃん」  私は玄関まで迎えにでる。  玄関にはお姉ちゃんと、二人の女の子が並んで立っていた。  ドレスを着ている女の子、いや、女性が月の王女様だ。  もう一人の小さな女の子がお供のメイドさんかな? 「こんばんは、月のスフィア王国の王女、フィーナ・ファム・アーシュライトと  申します、本日よりお世話になりますのでどうぞよろしくお願いいたします」  スカートをつまみ少し腰を落とすフィーナ様。  その姿があまりに似合いすぎる、その姿に圧倒される。 「あ、朝霧麻衣と申します、こちらこそなんのおもてなしも出来ませんが・・・」 「麻衣ちゃん、そんなに気負わなくてもいいのよ?」 「え? あ・・・」  頬が熱を持つのがわかる、すっごく恥ずかしいよぉ・・・ 「玄関で立ち話もなんですので、中に入りませんか?」 「えぇ、お邪魔します」 「フィーナ様、違います。ただいま、ですよ」 「そうね、さやか。ただいま戻りました」 「お帰りなさい、フィーナ様」 「もう少しすれば達哉君が帰ってくるので紹介はその時にしましょう」  簡単に自己紹介を済ませたけど、肝心のお兄ちゃんがバイトへ行った  ままだったから、家の案内と最後の自己紹介は後でする事になった。 「さやかにおまかせします」  そう言うとフィーナ様は外へと通じる扉の方へと歩いていった。 「フィーナ様、庭に出られますか?」 「良ければ出てみたいわ」 「それじゃぁ靴を持ってきますね」 「あ、私がお持ちします」  私が動きだすより早く、ミアさんが玄関へと駆けていった。  それからフィーナ様は庭にたたれて夜空を見上げている。  月が出ていて、その月明かりに照らされてるフィーナ様。  その姿はまさに月の王女様というにふさわしい姿だった。  月明かりに照らされた、腰まで伸びた綺麗な髪。  ドレスに包まれた、同姓から見てもうらやむほどのプロポーション。 「・・・」  こんなに綺麗な女性なら、お兄ちゃんも気になっちゃう・・・かも。  ううん、そんな心配はお兄ちゃんに対しての裏切りだよ。  お兄ちゃんはそんな人じゃないもん!  私は思いを無理矢理押さえ込んで、部屋の中に視線を戻す。  お姉ちゃんはミアさんとお話をしている。  どうやらキッチンが気になっているみたいだった。 「ミアさん、気になる?」 「え? あ、麻衣様、えっと、その・・・」 「ねぇ、ミアさんは月の料理って得意ですよね?」 「は、はい」 「それじゃぁ私に教えてくれる? その代わりに私の知ってる地球の  料理を教えてあげる」 「は、はい! よろしくお願いします、麻衣様!」  ミアさんとはすぐに仲良くなれそうだった。  フィーナ様はまだ庭にいるから、ちょっと話づらい。 「ただいま」  その時玄関からお兄ちゃんの声が聞こえた。 「あ、お兄ちゃん、お帰り!」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.3「邂逅 U」 「タツ、どうした?」 「すみません」 「謝るよりも気合い入れろ!」 「はいっ!」  ディナータイムが始まってすぐにミスをしたは俺におやっさんが注意をする。  ・・・まずいな。  全く仕事に集中できず注意が家の方へと向いてしまっている。 「ちょっと裏いってきます、すぐに戻ります」  おやっさんに断りをいれてから店のバックヤードの横にある扉を開ける。  ここから鷹見沢家の中へと入ることが出来るようになっている。  勝手知ってる鷹見沢家、洗面所で顔を洗う。  そして自分の頬を両手でぴしゃっと叩く。 「・・・よしっ!」 「だいじょうぶ? 達哉」  店に戻ってきた俺を心配そうに菜月は出迎えてくれた。 「もう大丈夫だよ」 「本当? 何か心配事でもあるんじゃないの?」  菜月の観察力は鋭い、俺の心配をあっさりと見抜いていた。  だからといってホームスティの問題は今はまだ話せない。 「今はもう大丈夫、だから仕事仕事!」 「達哉がそう言うなら・・・」  その時お客様が入ってきた。 「いらっしゃいませ!」  俺はいつものようにお客様を席へと案内した。  営業時間が終了した後、俺はすぐに家へと帰らせてもらう事にした。 「お先に失礼します!」  そう言って表の扉から外へと出る。  もう王女様は来ているのだろうか? 大使館が使うような大きな黒塗りの  車は仕事中見かけなかった。  何かのトラブルで遅れてるのだろうか? 「・・・あれ?」  その時俺の視界の端に何かが映った。  慌ててそちらを向く。  その方向には誰も見あたらない。 「見間違いか?」  見間違いにしては、なんていうか、ファンタジーだった。  背の低い少女・・だと思う、その顔の近くに羽の生えた小さな少女が  浮かんでいた、ように見えた気がする。 「俺、疲れてるのかな」  月に人が住む時代に、小さい羽の生えた少女なんて居るわけないよな。  そんな俺の妄想に俺自身苦笑いしながら、玄関の扉をあける。 「ただいま」  玄関には見慣れない靴が一足置かれていた。  もう来ているのか? 「あ、お兄ちゃん、お帰り!」  リビングの方から麻衣の声が聞こえる。  俺はそのままリビングへと移動する。 「お帰りなさい、達哉君」  姉さんも出迎えてくれた。 「それで、彼がこの家の唯一の男手の「達哉」です」  そう、姉さんが誰かに説明する。  その姉さんの後ろから、麻衣より少し小さいくらいの女の子が進み出てきた。  ・・・この方が月の王女様?  なんていうか、思ってた印象と違っていた。  でもそれは俺の勝手な思いこみだったんだろう、そう納得する。 「は、初めまして! 王女様」  言葉がどもる、思ってた以上に俺は緊張しているようだ。 「え、ち、違いますっ!?」  否定する王女様。 「達哉君、この方は王女様じゃないわよ。ミアさんはフィーナ様のお供で  来られたのよ」 「え?」  今度は俺が驚く。 「し、失礼しました、私はフィーナ様のお側にお仕えさせていただいてます  ミア・クレメンティスと申します」  そう言ってぺこりと頭を下げた。 「あ、そうでしたか・・・朝霧達哉と申します」  一緒になって頭を下げる。  そうなると王女様は? 「お兄ちゃん、王女様なら・・・」  麻衣の視線を追う、その先の庭に彼女は立っていた。  こちらに背中を向けて立っている女性。  今まで気付かなかったのがおかしいくらいの、その存在感。  それは、月明かりと一体になっていたからだろうか?  蒼いドレスに身を包んだその王女様・・・いや、お姫様と言うべきだろうか。 「こちらが月のスフィア王国の・・・」  姉さんが紹介し始めた声が聞こえたのか、お姫様が銀色の髪をなびかせながら  こちらに振り返る。 「・・・え?」 「・・・あ」  その容姿をお互いみた瞬間、俺とお姫様の驚きの声が重なる。  この蒼いドレスにこの顔、俺が昨日物見が丘公園で会った女の子だ。  あの時はっきりと顔を見た訳じゃないけど、確信した。 「ご挨拶が遅れ失礼致しました」  驚いてる俺より先にお姫様は挨拶を始めた。 「月のスフィア王国の王女、フィーナ・ファム・アーシュライトと申します。  本日よりお世話になりますのでどうぞよろしくお願いいたします」 「・・・」 「お兄ちゃん!」  まだ驚いたままの俺は麻衣の声に我に返った。 「あ、朝霧達哉と申します、こちらこそなんのおもてなしも出来ませんが・・・」  そう言いながら頭を下げる。 「お兄ちゃん、私と同じ事言ってる」  麻衣のくすくすと笑う声に顔が聞こえた。 「どうぞ、お構いなく」  そう言いながらお姫様は部屋へと土足のまま上がろうとする。  その動作に皆が注目をする、それに気付いたお姫様はあげかけた足を下ろす。 「ちゃんと、地球の作法も勉強して参りました」  そう言って靴を脱ぎ始めた。  心なしか頬が赤く染まっている気がした。  その仕草を見た瞬間、俺の中で緊張がとけていった。  お姫様とはいえ、同じ年頃の女の子なんだな、とわかったからだ。  この人となら上手くやっていける、だいじょうぶ。そう確信もした。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.4「邂逅 V」 「と・・・こんな所かしらね」  リビングにみんなそろってから姉さんは注意事項を説明してくれた。  月のお姫様が来るのだからそれなりに制約があるのだろうと想像してたけど 「それだけ?」  麻衣がそう言ってしまうほど少なかった。 「えぇ、これだけよ」 「姉さん、それって家族として当たり前のことばかりじゃないか」  フィーナ姫のプライベートの写真を撮ったり声を録音してマスコミや  他人に売るな、という事だった。 「もちろん、達哉君も麻衣ちゃんもそんなことしないのわかってるわ。  それでも必要なことなのよ」 「そう、だよね。わかったよ、姉さん」 「フィーナ様も、これでよろしいでしょうか?」  ずっと黙って聞いていたフィーナ様に姉さんが問いかける。 「えぇ、他にわからないことがあったら、私に尋ねてください」 「プライベートとそうでないときってどうやって区別すればいいんですか?」  気になったので俺は一応訪ねておくことにした。 「達哉君?」 「あ、ほら、仕事中だと邪魔しちゃわるいかなぁって」  姉さんの声に思わず言い訳してしまう。 「ナイトドレスを着ているときがプライベートの時と思ってください」 「ナイト・・・?」  麻衣が聞き慣れない単語に戸惑う。 「姫様が寝るときにお召しになる服、パジャマです」  ミアさんが説明してくれた。 「・・・ということはその時以外はそのドレスを?」 「はい、そのつもりです」 「疲れませんか?」 「そうですよ、家に居るときくらいもっと気楽な服でも良いと思いますよ?」  麻衣と姉さんがそう訪ねる。 「このドレスは着慣れていますし、気持ちが引き締まるから私はこのドレスが  好きなのです」 「すごいですね・・・」  麻衣が感心していた。 「でも、この家に居る間くらい気楽にしてくださっても構わないんですよ?」 「お心遣いありがとうございます」  さすがはお姫様だな、と俺も感心してしまうが一つきになった。 「あの、外出するときもそのドレスなんですか?」 「はい、そのつもりです」 「・・・」 「達哉様?」 「失礼を申し上げるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」 「はい」  姉さんと麻衣が緊張するのがわかる、けど俺は話を続ける。 「フィーナ姫はただでさえ目立ってしまいます、その上そのドレスを着て  町を歩くとなると、月の王女ここにあり、と言ってるような物だとおもいます」 「ですが・・・」 「郷には入れば郷に従え、ここは月じゃなくて地球です。  だからここにいる間くらい自分が姫だというのを忘れるくらいがちょうど良いと  思います」 「達哉君、言い過ぎよ」 「あ・・・失礼しました」  俺は頭を下げる。  本物の姫に姫を忘れろは、さすがに言い過ぎたかも。  怒っていないだろうか? 「ふふっ、達哉様。お顔をあげてください。それが家族にする態度ですか?」 「家族であっても悪いときは頭をさげるのは当たり前です」 「なるほど・・・さすがは達哉様です。カレンを言いくるめたのは本当だったの  ですね」 「え?」  思わず顔をあげる、その前に楽しそうな顔をしたフィーナ様が立っていた。 「私はその程度の器ではありませんから」  そういって微笑むフィーナ姫、いや、いたずらに成功したような微笑みだった。 「・・・逆にやられたな」 「私だってやられっぱなしは悔しいですもの」 「?」  ミアさんは横で意味が分からず不思議そうな顔をしていた。 「そうそう、達哉君。明日学院への案内おねがいね」 「学院?」 「えぇ、フィーナ様が編入されるから、学院ではよろしくお願いしますね」 「それは聞いてないぞ・・・」 「ご迷惑でなければ、ご指導のほどお願いいたします」  そう言ってフィーナ姫は頭を下げる。 「フィ、フィーナ様!」  ミアさんが慌てる 「いいのよ、ミア。家族だからこそ、頭を下げるときは下げないと、ね」  そう言って笑うフィーナ様。 「俺が悪かったからもう勘弁してください」  フィーナ姫は思った以上にお茶目で年頃の女の子で、俺達となんらかわりない。  逆に手強い、とも思える出来事だった。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.5「邂逅 W」 another view 鷹見沢菜月 「おはよー」  いつものように挨拶して教室に入る。  机の上に鞄を置いてすぐに後ろの席に座ってる人、達哉に話しかける。 「達哉、お姫様はもう来てるの?」 「あぁ・・ってなんで知ってるんだ?」  驚く達哉。 「昨日の夜、さやかさんが家に来て説明していったからだよ」 「あ、なるほど・・・」  あの時は本当に驚いた。  達哉の家に月のお姫様がホームスティに来てるだなんて思っても見なかった。  って、普通はそんなこと思わないよね。  一体どんな人なんだろう? 逢ってみたいけど相手はお姫様。  明日の朝には会えるだろうって思ってたのだけど、達哉と麻衣とお姫様は  一足先に学院へ行ってしまっていた。 「せっかくみんなより先に逢えると思ったのに」 「ごめんごめん、いろいろあって早めに家を出たんだよ」 「そうだよね。ねぇ、達哉。お姫様が家にいるってどう?  面白い? 大変?」 「どっちも、だな」  達哉の予想通りの答に私は思わず吹き出しそうになる。  お姫様が家に居るという特別な状態になっても達哉は達哉のまま。  そう、安堵する。 「達哉が何か粗相とかして、問題になったりして」 「そうプレッシャーかけないでくれよ」 「ふふっ、冗談。で、今日のバイトどうするの? お父さん休んでも良いって  言ってたよ?」 「そうだな・・・今日は休ませてもらうよ」 「うん、伝えておくね」 「おはよー、菜月、朝霧君も」 「おはよー翠」 「俺はオマケか? おはよう」 「もぅ、朝からテンション低いよ? 今日はとっておきのニュースあるんだよ。  なんと、今日から留学生がやってくるんだって!」  自慢げに説明する翠。 「あぁ、知ってるよ」 「え?」 「とっても凄い留学生なんだよね」 「えー、なんで菜月も知ってるのよぉ」  じたばたし始める翠。 「ほら、翠。予鈴なったから席に着こうよ」 「菜月、あとで白状してもらうからね」  そう言いながら私たちは席に着いた。  担任の宮下先生が簡単な説明をしてくれた。  月からの留学生がこのクラスに短期の間転入すること。  無断で撮影したり録音したりするのを禁止するという注意事項。 「普通の転校生として扱って欲しいとの本人の希望だだ。  だからといって失礼のないようにな、何かあったら外交問題に発展するかも  しれんぞ?」  その言葉にクラスが静まりかえる。 「言い過ぎだよ・・・」  後ろの席から達哉の声が聞こえた。  確かに、外交問題なんて事になったら普通に接することなんて出来ないだろう。  それでも本人は普通に扱って欲しい。  難しいかな・・・ 「それでは、フィーナ姫、どうぞお入りください」  宮下先生が呼ぶと、月のお姫様が教室に入ってきた。  その瞬間、クラスメイト達の息をのむ。 「初めまして、フィーナ・ファム・アーシュライトと申します。」  まっすぐとのびた背筋。 「月のスフィア王国からこちらの満弦ヶ崎大学付属カテリナ学院へ  留学に参りました。」  鈴を鳴らしたような綺麗な声。 「地球の文化には不慣れでお見苦しい点があるかもしれませんが、その  文化を学ぶために参りましたので、是非ご指導ください」  同姓からみても、非の打ち所が無いプロポーション。 「短い間ではありますが、よろしくお願いいたします」  微笑みながら挨拶を終えるお姫様。  最後に一礼したときに腰まで届く、銀色に輝く髪が美しくなびく。 「・・・」  私は言葉が出なかった。  こんな完璧な人がこの世にいるなんて・・・それも達哉の家にホームスティ  してるだなんて・・・  でも。  完璧だから、大丈夫。 「・・・」  そう思ってふと疑問にぶつかる。  何が・・・大丈夫なの? another view 遠山翠 「・・・」  この私ともあろうものが、声が出なかった。  それほど完璧な振る舞いだった。  これが、スフィア王国の真の力なのだろうか?  って、それは考え過ぎだよね。  1時限目の授業の後の休み時間。  みんながみんな、フィーナ姫に注目してる、けど誰も話しかけようとしない。  それはやっぱり、どこか別の次元の人だと感じてるからかな。  もちろん、外交問題うんぬんの事もあると思う。 「なぁ、菜月。先陣を切ってくれよ」 「わ、私!?」  朝霧君が菜月に先陣を頼んでいた。 「う、うん・・・ねぇ、翠、一緒に行こう」 「お、おっけー」  ここで後込みしたら女がすたる!  私は菜月と一緒にフィーナ姫の所へと行くことにした。 「こ、こんにちは」 「どもー」 「おまえは漫才師か」  朝霧君のツッコミがさえる。 「こんんちは」  そんな朝霧君の言葉を無かったかのように、返事を返してくれるフィーナ姫。 「私は鷹見沢菜月でしゅ」  おもいっきし噛んでいる菜月を見て、私は少し冷静になれた。 「私は遠山翠といいます」 「ち、地球の学院はいかがですか?」 「そうですね・・・まだ来たばかりなのでこれからいろいろと教えていただければと  思っております」 「えっと・・・では、地球にはいついらっしゃったんですか?」 「一昨日です」 「今は、月大使館にお住まいなんですか?」  すぐに受け答えしてくれるフィーナ姫が言いよどむ。  もしかして聞いちゃいけない質問だったのかも!  そ、そういえば何かあったら外交問題になるほどの人なら、何処に住んでるかなんて  教えられる訳無いよね・・・  やばい・・・ 「達哉んちにホームスティしてるんですよね?」 「え・・・えーーーーっ!」  私は思わず驚きの声をあげてしまった。  そんな話聞いてないよっ!  回りのクラスメイト達もこの一言に怒号や悲鳴があがっていた。  2時限目の授業の始めに宮下先生はこの件をあっさりと流してしまった。  宮下先生、以外に大物だったんだなぁ・・・  って、それよりも朝霧君の家にホームスティ・・・か。  そう思うとなんだか胸の奥がざわめいてくる。  ・・・だいじょうぶ、相手は月人だから問題ない。  確かに同じ女としては負けてるけど・・・  落ち込みそうになる。  ・・・あれ? なんで私、フィーナ姫と自分を比べてるんだろう?  その答は、最初から私の中にあった。  ・・・やっぱりそうなんだよね、私。  でも、達哉には菜月がいるから・・・そう、菜月。  ライバル出現だよ? だいじょうぶ? そう、無理矢理意識を逸らした。 「はいはい、質問タイムはここで終わりだよ。  この後はマネージャーの私を通してね♪」 「翠、いつからフィーナ姫のマネージャーになったのよ・・・」  放課後の時間、フィーナ姫は質問責めに合っていた。 「だいじょうぶでしたか、フィーナ様?」 「はい、お二人のおかげでクラスにうち解けることができました。  ありがとうございました」 「いえいえー」  照れてる菜月。 「よし、それじゃぁ私の班は掃除を始めますか」 「はい、では私も掃除をします」 「適当に時間つぶして待ってます、フィーナ姫。菜月、おやっさんによろしくな」 「うん、わかった」 「っていうかさ、朝霧君も手伝わない?」 「・・そうだな」  よし、朝霧君ゲット!  二人はそろって掃除を始めた。 「朝霧君って凄いかも」  フィーナ姫相手に緊張せずに普通に接している。  今考えてみればフィーナ姫に掃除をさせるのはどうなんだろうか?  本人が普通に接して欲しいっていうんだから問題無いとは思うんだけど・・・ 「おつかれ、フィーナ姫。朝霧君もありがとう」 「どういたしまして、では行きましょうか」 「はい」  二人は並んで教室から出ていった。  その姿を見ていると二人の関係がもう友達以上になってるように錯覚してしまう。  その錯覚に、また胸の奥がざわついた・・・
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.6「それぞれの夜 〜フィーナ〜」  髪をバスタオルで結わえる、これで準備良し。  私は足からそっと浴槽に入る。  暖かめのお湯に身体全てをゆだねる。 「ん〜っ!」  思わず声が出てしまうくらい気持ちが良い。  そのまま浴槽の端に背中を預け、うーんと身体を伸ばす。  地球に来て、月にない習慣をいくつも見て体験したけど、このお風呂は  とても気持ちが良かった。 「月でも毎晩入りたいくらいだわ、でもそれは贅沢になるのかしらね」  でも、良い習慣なら月にも取り入れていきたいと思う。  私はお湯につかりながら、今夜の事を思い出していた。  私たちに内緒にしてあった、歓迎パーティー。  パーティーは月貴族との物しか知らなかった私は、家族で行う物がこんなにも  楽しいということを初めて実感した。  政治的な駆け引きが全くない、純粋に歓迎したい気持ちをぶつけてくれた  パーティーだった。 「ふふっ・・・さやかに麻衣、菜月に・・・」 「なら、俺のことを達哉って呼んでくれれば喜んで」  私のお願いを聞いてくれた達哉。  そう、今思えばホームスティを始めてこの3日間すべてに達哉が居てくれた。  始めて学院へ行くときも、今も一緒に行ってくれてる。  クラスになかなかなじめないかなって思ったとき、話しかけてきてくれた  菜月と遠山さん。その二人の背中を押してくれたのが達哉だってことは  私は知っている。  帰り道、私のわがままにつきあってくれて、河原で散歩したり商店街での  私の質問責めに嫌そうな顔一つせずにつきあってくれた達哉。  掃除の仕方も教えてくれたし、お蕎麦の食べ方も教えてくれた。  いつもさりげなく、みんなとの関係を見ていてくれてる。  そして私を王女でありながら、普通の女の子として扱ってくれている。  何よりそれが嬉しかった。 「それに、私にあんな提案してくるなんて、カレンみたいよね」  第一王女で次期女王となる私の立場。  最初はちゃんとクラスでそのことを説明するつもりだった。  だけど、そのままだとクラスメイト皆が達哉みたいには接してくれないだろう。  だから達哉は、私を次期女王ではなく、王家の末席と言うことにしてしまった。  確かに私はアーシュライト家の末席には変わりない、そのことを憤るより  逆に感心してしまった。  嘘は付きたくない私に、落としどころを見つけてくれた達哉。 「将来、良い人材になりそうね・・・」  人付き合いも悪くない、回りを見る能力も、柔軟さも剛胆さもある。  そんな人材、将来月と地球が交流していく中、是非欲しいと思う。 「・・・」  それだけかしら?  自問自答してみる。私は彼に何を望んでいるのだろう。  それは、幼い頃の記憶。  その記憶から浮かび上がってくる、幼い男の子。  今度会うことが出来たら、あの時のことを謝りたい。  でも、その男の子があのことを忘れて今を生きているのなら、それは出来ない事だ。  ただ、それだけのことなのに・・・ 「私はフィーナ・ファム・アーシュライト。月の王家の一員よ」  ・・・だいじょうぶ、自分が誰かわかっている。  私の人生は月と共にある。  だから、今はちょっと王女をお休みして、地球に留学しにきた女の子。  何れ休みは終わって私は王女に戻るのだから。 「・・・ふぅ、気持ち良いから入りすぎたかしら」  少しのぼせてしまったようだ。 「後に入る人もいるのだから、もう上がろうかしら」  時間は気にしなくて言いというさやか。普段なら気にすることだけど  お風呂に関してはさやかに甘えることにしている。  バスタオルで身体の水気を拭き、ナイトドレスに着替える。  髪は部屋に戻ってからに拭く事にしよう。 「・・・でも、さやかも達哉も有能なんだから、月としては欲しいわね」  月の王女の考えに戻っても、二人を欲しいと思った。  ならだいじょうぶ、この考えは王女の物だ。  一人の女の子の物じゃない。 「私は月の王女、フィーナ・ファム・アーシュライト・・・」  そう、恋なんて一般市民がすることなのだから・・・
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.7「それぞれの夜 〜ミア〜」 「気持ちよいです〜」  お風呂のお湯に入る事がこんなに気持ちが良い事だって地球に上って  始めて知りました。  1日の疲れを癒すためにこうして夜に入るお風呂。  とっても良い習慣だと思います。 「朝に入ることもあるんだよ」  ホームスティに来て始めてのお風呂は麻衣さんと一緒でした。  その時いろいろと教えてくださいました。 「朝、ですか? とても慌ただしくなりそうですね」 「うん、でも寝ている間の汗とか流してから出かけると気持ち良いんだよ。  今度ミアちゃんも試してみる?」 「い、いえ、そんなとんでもないです!」 「そうだ、今度時間とれたら温泉行ってみようよ」 「温泉?」 「うん、温泉」  麻衣さんのお話ですと、温泉は自然に熱いお湯が沸き出してくるそうです。  そう言う場所に作られた宿泊施設で、屋外にお風呂があることが多いそうです。 「外で裸になるのは恥ずかしいです」 「だいじょうぶ、外っていっても町中じゃないし、人からは見られないように  出来ているんだよ」 「そうなんですか?」 「そうそう、木々の中のお風呂とか、海辺のお風呂とか気持ち良いよ♪」 「海辺・・・」  地球に上るときの往還船の中から見た、一面の青い海。  月から見上げた宇宙に浮かぶ地球の、あの青い輝き。 「あ、そっか。ミアちゃんは海に行ったことないんだ」 「はい、写真でしか見たことありません」 「そっかぁ・・・今度みんなで行こうよ」 「姫様と行けたらいいな」  地球に来ていろんな思い出が出来ていく。  その思い出は姫様と一緒。  いつも姫様と一緒だった私、でも・・・ 「達哉さん」  姫様と一緒じゃない、達哉さんと一緒の思い出があった。  商店街で買い物をしてるとき、手伝ってくれた達哉さん。 「私が持ちます」 「いいの、家族が困ってるんだから」 「でも」 「女の子だけに荷物持ちさせてる男に、ミアはしたいのか?」 「達哉さん、ずるいです」 「そう言うこと、俺はずるいんだよ」  いつも姫様やさやかさん、麻衣さんの事を見ている達哉さん。  私が付いて行くことが出来ない学園の中では姫様の事は全て達哉さんに  お任せするしかありません。  最初は少し不安でしたが、姫様がお話してくださる学園の話を聞くと  達哉さんの名前がたくさん出てきます。  姫様も頼りにされていらっしゃいますし、達哉さんもそれに答えて  くださっています。  地球にいられる数ヶ月の間、姫様と達哉さんと、みなさんで楽しい思い出が  たくさん作れる・・・ううん、絶対出来る。 「達哉さんの家にホームスティ出来て良かったです」  月に帰ったら母様にたくさんおみやげ話が出来そうです。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.8「それぞれの夜 〜さやか〜」 「ん〜、いいお湯」  1日の終わりの入浴はとっても気持ちが良い。  疲れが取れていくのがわかる。 「ふぅ、今日も無事終わったわね・・・」  肩口までお湯につかりながら、考えたことはフィーナ様の事だった。  ホームスティに来て3日、最初はぎこちなかったかなって思う関係も  今では無く、家族としてみんなで楽しく過ごせている。  フィーナ様は昔とおかわり無く、セフィリア様の想いを受け継いで立派に  なられていた。 「私は・・・そんな立派な人を受け入れようとしなかったのよね」  月と地球の交流のことを考えてくれている王女様が、地球のことを知りたくて  ホームスティにやってきた。  ライオネス国王も、貴族達も反対したことだろう。  それを説得し、自らの意志で地球に来られた。  それなのに、私は私の個人的な感情で一度は受け入れを拒否してしまった。 「・・・達哉君のおかげね」  色々あって、達哉君の知ることになったホームスティの件。  達哉君が考えてくれて・・・  達哉君のおかげでフィーナ様達を受け入れることとなった。  フィーナ様がホームスティに来られてるからと言って私の仕事が減る訳じゃなく  いつものように博物館へ行かないといけない。  その間のフィーナ様の事は達哉君に任せっぱなし。  麻衣ちゃんから聞いた話だと、家の中でも達哉君はいろいろと気にかけて  くれているらしい。 「後でちゃんとお礼言わないと」  お礼をしようと思ったとき、真っ先に思ったことは達哉君の・・・ 「いけないいけない、それじゃぁお礼をするんじゃなくて、してもらうんじゃない」  まだ、フィーナ様達に私たちの家族の真の関係は知られていない。  私たちを信頼し選んでくれたフィーナ様に隠し事をし続けていること。  その事実は私の心に深い影を落としている。 「3日、かぁ・・・」  フィーナ様が来られてから3日。  たった、3日。  それが凄く長く感じられる。  私たちと達哉君との関係が変わったあの時から、ずっと触れ合ってきた  達哉君と最近ふれあえていない。 「達哉君・・・」  ふれ合えない事を意識してしまうと、私の思いが止まらなくなる。  頭を撫でて欲しい  抱きしめて欲しい  キス、して欲しい  抱いて欲しい・・・そして、いっぱいそそいで欲しい・・・ 「・・・」  私は洗面器に冷たい水を張ると、その水で顔を洗った。 「駄目よ、私は朝霧家の家長なんだから、公私混同は避けないとね」  ・・・公私混同か。 「今の私に、公”私”混同はあるのかしら」  フィーナ様達がいらっしゃる間は家にいても”公”になってしまうのではないか。  風呂場の鏡の中に写る私の顔は、不安そうだった。 「・・・がんばるのよ、さやか!。これくらい乗り切れないでどうするのよ!」  がんばればがんばっただけ、達哉君はきっと誉めてくれる。  その時まで頑張るのよ、さやか! 「・・・でも、頭を撫でてもらうくらいは大丈夫よ・・・ね?」  それは家族のスキンシップだから、問題はないはず。 「よし、後で達哉君の所に行こう」  そう決めた私はもう一度身体を洗うことにした。  達哉君にはいつも綺麗な私を見て欲しいから、ね。
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.9「それぞれの夜 〜麻衣〜」 「はぁはぁ・・・」  聞こえてくるのは私の荒い呼吸と、シャワーが流れる音。 「ひゃぅっ!」  力が抜けてタイルの壁に寄りかかってしまった。  背中に冷たい感触に驚く。まだ身体は敏感になったままだった。 「はぁ・・・」  少しずつ呼吸が落ち着いていく、それと同時に火照りが収まってくる。 「ん・・・」  目の前に自分の手のひらをかざす。  お湯とは違う液体に濡れている自分の指。 「これが、お兄ちゃんの指だったら・・・」  もっと気持ちが良いのに、ううん、お兄ちゃんの指じゃ嫌。  お兄ちゃんの・・・ 「・・・ふぅ」  流しっぱなしのシャワーを頭から浴びる。 「・・・またしちゃった」  お湯の中で自己嫌悪する。  フィーナさん達がホームスティにきて3日。  たった3日なのに、我慢出来なくなってきていた。  正確に言えば、初日から我慢出来なかった。 「私・・・こんなにもえっちな女の子だったんだ」  自覚はしていたけど、こうも我慢できないとえっちな、というレベルじゃ  無いかもしれない。  それは「淫乱」とも呼べるレベルかも・・・ 「お兄ちゃんはえっちな女の子は嫌いじゃないって言ってくれたけど」  淫乱な女の子はやっぱり駄目かな。  お兄ちゃんに嫌われない為にも我慢しなくちゃ。  そう思えば思うほど、お兄ちゃんが欲しくなる。 「お兄ちゃん・・・」  フィーナさん達が来てからまだ一度もお兄ちゃんとえっちな事はしていない。  夜部屋でこっそり頭をなでてもらったり、キスしてもらったり、胸の中に  抱きしめられたりしたときは心がとても安らぐ。  けど、身体はどんどんお兄ちゃんを欲しがっていく。  以前練習ということで1日だけお兄ちゃんと離れたことがあった。  その時と比べるともう3日も我慢している。進歩してるけど・・・ 「やっぱり欲しいよぉ、お兄ちゃん・・・」  お兄ちゃんの部屋に夜行こうかな。  でも、お兄ちゃんの部屋の真下にフィーナさんが寝てるから大きな声や音は  出すことが出来ない。  お姉ちゃんの部屋の屋根裏部屋にミアちゃんが寝てるからそっちも無理。 「なんだ、私の部屋なら大丈夫じゃない・・・ってやっぱり無理かな」  部屋の配置から考えれば私の部屋が一番安全だけど、同じ家に私たちの関係を  知らない人が住んでいるのだから、危険だった。 「私はどうなっても良いけど、お兄ちゃんの立場が悪くなるのは避けないとね」  結局、解決策は何処にも見あたらなかった。 「そうだ、お兄ちゃんにお風呂あいたって伝えた後、ここで待ち伏せちゃおうかな」  ・・・それこそ危険な事だ。 「うぅ・・・とりあえずお兄ちゃん分を後で補給しよっと」
・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if- Episode 7.10「それぞれの夜 〜達哉〜」 「ふぅ」  湯船につかると思わず声が出てしまう。  やっぱり疲れてるのだろうか? 「疲れてない訳はないよな」  3日前から家族となったフィーナとミア。家族が増えることには賛成だけど  今の関係を知られるわけには行かない。  どう考えても、この関係は認められる物ではないからだ。 「いつかは認められるように・・・」  出来るのか、俺に? 「・・・ふぅ」  口から出てきたのはため息だった。 「駄目だ、そんな考えじゃ。きっと見つけてみせる」  これは俺の誓い。  二人を受け止めて、受け止めてもらった時から俺の中にある誓い。  だから、何年かかっても見つけてみせる、良い結末を。 「そうなると、先よりも今か・・・」  以前、二人の異変を俺は察知出来なかった。  その時のすれ違いは悲しい思い出を作ることになった。  もうそんな思いはさせたくないからこそ、異変があるのならすぐに  見つけなくてはいけない。 「3日、か・・・」  二人との関係を持ってから、1日と明けず心の触れ合いがあった。  身体の触れ合いもあった。こちらはさすがに毎日ではなかったが・・・  フィーナ達が来て3日、姉さんも麻衣もそろそろ・・・ 「いや、それは言い訳だな、一番我慢出来てないのは俺だな」  やっぱり俺は二人を守れてない。  守ろうとしていて、その実二人に守られてばかりだ。 「まったく」  成長してないな、俺は。  でも、それを認めれるくらいには成長したのだろうか? 「よし」  風呂上がりに姉さんと麻衣の部屋へ行こう。  そして話をしてみよう、まずはそれから始めよう。  ・  ・  ・  月のお姫様が我が家にホームスティにやってきた。  長い物語はまだ、始まったばかり。けど、その物語はフィーナの  ホームスティが無事終わって、二人が月に帰る。  その時が普通に来ると、俺は思っていた。  そう、あの事件が起こる時までは・・・
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