知的生産技術の分類と定義

◆ 本コーナーに収録した知的生産技術

意思決定技術イメージを現実化する技術

現実社会との係わりを認識する技術 言葉を理解する技術取捨選択技術

情報収集技術処世術新語造語技術新聞記事スクラップ技術

直面する問題を解決する技術定義する技術日本語能力灰色識別技術

分類技術 世直し技術 注:あいうえお順に収録

■ 意思決定技術

下記の事項を総合的に勘案し、しかるべき期限までに、権限保持者(権限を保持する

機関)の合意を取り付け、組織として計画・行動などを行うことを組織内での正式約束

事として認知・定着させることができる技術

● 意思決定する事項を明らかにする。

● 意思決定される事項について、哲学・理念/長期ビジョン/中期計画/年度計画を明ら

かにする。

● 意思決定者(権限保持者)が明らかになっている。

● 意思決定前に権限保持者(あるいは意思決定機関)に適正な情報が提供される.

● 意思決定を提案する側は、意思決定するためのプロセスと多様な選択肢を事前に示し、

その比較検証を十分行う。

● 必要な議論を行い、今回意思決定できる事項とできない事項を明らかにする。

● 意思決定した事項の範囲と内容を確認する。意思決定できなかった事項については当面

の取扱いを明らかにしておく。

● 意思決定した結果を文書に記録する

(↑先頭に戻る)

■ イメージを現実化する技術

誰でも自分の願望を実現したいという意志を持っているものである。それは、多くの場合、

各人の理想のイメージを現実化することを意味している。

具体的には、仕事や融資の実行などにおいては、他人の承諾や支援のもとで実現すること

が多く、イメージは言葉や文章にすべて置き換えることを求められることになる。

イメージを現実化する技術は、@イメージとしての発想を発掘し固定する、A各イメージ

を言葉に変換する、A各イメージを連結しシナリオ化する、B説明用の文書作成、スケジ

ュール策定、4つの段階で構成される。

また、イメージを現実化する技術は、人間が持つべき三大能力である、「気概」、「構想

力」、「専門分野の技術」のうち、構想力の中核を占める知的生産技術として位置づけら

れる。

イメージを言葉や文章に置き換える作業は、高度な知的生産技術を必要とし、異の痛くな

る事態が連続するが、挑戦する価値は十分にあることを付け加えておきたい。

(↑先頭に戻る)

■ 現実社会との係わりを認識する技術

どの分野であれ、どの業種であれ、どんなすばらしい調査、研究、発明において、仕事と

して取組んでいることは、その業績発表の際にすべて現実社会との係わりを明確に説明す

る必要に迫られる。

もし、それを求めたことも求められたこともないとすれば、その組織は業績評価はおろか

コスト意識さえもない、無用の長物であり、遅かれ早かれリストラの対象になることは目

に見えている。

現実社会との係わりは、一見、凡人には何のことはない技術であるが、技術バカ、専門バ

カになってしまった人にとっては、その優れた専門性のゆえに、あるいは視野の狭さゆえ

になかなか修正がきかず、その専門とする世界中心に発想、調査、研究をくり返すのが日

常である。

その結果、その成果と現実社会との間に乖離が生じることがしばしば発生する。

ここで注意したいのは、技術馬鹿、専門馬鹿と言われる人たちには、二種類いることであ

る。一方は、与えられた職務に対し忠実で糞真面目に取組んでしまうタイプ、もう一方は

自己顕示欲が強く勝手気ままなタイプである。

前者は、ジョブローテーションなどにより視野を広げることで自然に克服されるが、後者

については、その幼児性、自己中心的なところを時間をかけて指導していく根気が必要と

なる。

いずれにせよ、その業績を評価する物差しは、計画時点と実施後のニ段階に設定すること

が重要である。

具体的には、着手前に目標を明らかにさせ、結果が出たあとはその業績が現実社会(現在

あるいは将来)においてもたらすと想定される定性的あるいは定量的なメリットを立証す

ることである。

このような簡単なことが、どの分野であれ、どの業界であれ適正に処理されていれば、こ

の社会が抱える諸問題の大半を未然に防げたかもしれないと思うのは、筆者一人の思い過

ごしなのであろうか。

(↑先頭に戻る)

■ 言葉を理解する技術

言葉を理解することは、簡単なことの様で、実は結構難しい。

理解することは、一般的には、「状況に応じた判断が可能な状態を指す」ことを意味して

いる。

しかしながら、我々が受けてきた、学校教育は思考訓練の場ではなく、より高い点数を獲

得するための単なるクイズ番組であったことを再認識する必要がある。

そこで、私は、われわれの人生の多くの時間が無駄であったということではなく、学校教

育における国語学習と異なる次元でとらえてみたい。

すなわち、学問というのは人から与えられるものではなく、自ら求め追求するもの、とい

うアクテイブな視点で取扱うことである。

言葉の意味を知るとは、言葉を細分化したものを単語と位置づけるならば、単語の意味を

知ることから始まる。単語の意味を知るということは、その単語と似通った意味を持つ単

語の群れを見出し、その群れの中での座標軸を明らかにし、その群れの中の位置関係にお

いて、単語の意味の違いを正しく認識し、意図した意味どおりの言葉を的確に選択するこ

とを意味している。

さらに、言葉は、その場面場面で意味が異なることに特に注意することが肝要である。

たとえば、上司から「君は実にユニークだ。」言われたとしよう。言った相手が気心しれ

た上司ならば、最大限の誉め言葉となるが、気に入らない油断ならない上司の場合は最大

限の皮肉と解釈することになる。

そういう点で、場面場面において意味が変わることを理解することは、いわゆる人間通に

なるとか、普通の日常生活を送ることを大事にすることそのものであることを指摘してお

きたい。

(↑先頭に戻る)

■ 取捨選択技術

文字どおり、悪い不要なものは捨て良い必要なもののみ選択する作業である。

これを人間の一生に当てはめて考えてみる。人の一生は短い。時間も限られている。器用

貧乏という言葉があるが、見方を変えれば、取捨選択できない人間の末路なのかもしれな

い。

しかし、社会現象として、取捨選択を論じてみた場合、事態は深刻である。国家予算予算

の一律削減、米の自由化阻止、一票の格差拡大、土地担保中心の銀行融資、やたらスイッ

チ類の多い電化製品、自動車会社間の無茶な新型車投入競争、デパート・公共輸送機関内

での騒音状態、どれもこれも取捨選択しない/できない結果として発生した現象であると

考えられる。

いくつか原因はあるが、@単民族社会であるため物事における多様性を認識しにくく、何

か対策を考えても一律○○傾向になりやすい点、A農耕民族的発想による話合いでしか物

事の調整ができず、調整できないことはすべて先送りとなる社会現象となりやすい点、B

便利さを優先させるあまり、何かを犠牲にすることまではなかなか議論にならない点であ

る。

日本という国は恵まれている、すべてにおいて自由であり、便利な国であるということ

は、海外旅行を経験した人ならばすぐに気がつくことである。しかし、それは、取捨選択

するという点ではまったく退化した国であることを意味している。

極限状態で生活することも含めて、物質的に欠乏した別世界で一定期間生活する方法でし

か、何が必要で何が不要なのかを識別できる取捨選択能力が向上できない可能性があるこ

とは残念なことである。

(↑先頭に戻る)

■ 情報収集技術

企業の調査マン、官庁の統計業務担当者、図書館の司書業務、データベース会社の社員が

この分野で突出した能力を保持している。

情報収集技術とは、ほしい情報をほしい時にほしいだけ収集できる技術をいい、情報収集

作業自体は地道な作業の繰り返しである。従って、情報収集技術を長期間保持するには、

日常の努力のほかに、情報収集しやすい部署に配属されているか、高い目的意識をもって

いるかにかかっている。

また、論文や報告書の善し悪しは、取扱う素材の質の高さ、つまり検索の結果収集された

情報がいかに核心をついているか否かにかかっており、いい成果をあげようとするとセン

スの良さも当然要求される。

インターネットの出現で情報収集スピードは飛躍的に向上した。従来は、図書館に勤務し

ている人や許認可上の監督官庁、特定の業種に携わっている人でなければアクセスできな

かった情報が検索エンジンにより収集することが容易に可能となった。

このような流れは、情報が、職業的な目的から独占的に収集・確保されていた状態から、

広く一般に利用可能な状態に移行するとともに、一般の利用者からの情報取得要求がさら

に高まることで、社会全体での情報公開の流れを加速する。この情報公開は、我が国のあ

らゆる分野において、それなりの立場にある人が有効な対策を必要としている情報を知っ

ていたのに何もしない(公表しない、判断しない、実行しない)と責任を追及される時代

を迎えつつある。

さらに、インターネットの出現は、情報収集の迅速化にとどまらず、インターネットそれ

自体が巨大なネットワーク上の電子図書館を生むことになり、これまで文書の一大収集拠

点であった図書館の存在意義を変えていくことになると思われる。

(↑先頭に戻る)

■ 処世術

この技術は、あまり良い意味に使われなかったり、いわゆる凡人が熱心に駆使するという点

で、軽視されやすかったりする技術である。

そのため、通常は知的生産技術の主要技術とは見なされないが、この能力の有無によっては

塀の内側か外側を歩くということもあり、実力ある人は決して侮ってはならない。

しかし、現実の物事を取扱っているのであれば、この技術を軽んじることは、その人自身の

発想や生活が既に現実と遊離していることに気づきたいものである。

それは、この技術を昇進や給与面で得をするための技術として思い込んでいることに原因が

ある。

処世術という言葉は確かに俗語なのかもしれないが、現実社会との係わりにおいてどれだけ

あるべき姿や目標に対して、どれだけ周囲と協調できるか、どれだけ周囲を説得し感動させ

られるか、どれだけ周囲に影響を与えられるかという知的な尺度としてとらえたい。

俗に言う、パワーのある人というのは、良い意味で処世術に長けていると言えよう。

(↑先頭に戻る)

■ 新語造語技術

ナポレオン曰く、余の辞書に不可能の文字はない。

この言葉は、現実社会における不可能を可能にしたり、達成したいとする願望を現実化す

ることを意味している。

一方、現実の社会活動、企業活動、生産活動においては、@新たな理念や哲学を構築する

A何らかの改革か変革を推進する、B新商品を開発するなど、その社会やその組織の存続

あるいは存在基盤の強化を目的とする重要プロジェクトがその時代や環境の変化に伴い、

発生する。

この重要プロジェクトにおいては、当然新たなビジョン構築が求められ、従来なかった概

念を新たな言葉で定義し現実に即した表現とすることで、そのビジョンについて関係者全

員と認識を共有化することが可能となり、それらの努力の結果によりプロジェクト成功が

もたらされる。

しかし、この関係者全員と認識を共有化するためには、国語辞典などに書いてある言葉を

受け売りして使うだけでは不十分であり、一般に使われる言葉も含めて再認識しなければ

ならない言葉はすべて、その組織なりその組織風土に根ざした言葉でわかりやすく表現し

直すすること、すなわち辞書作成能力、さらに発展させると新語造語能力が求められるこ

とになる。

そういう意味で、知的生産活動を行う場合、まず、各自が高水準の言語認識技術に加えて

新語造語技術が当然必要であり、知的生産活動において不可能を可能にするために、パー

ソナル辞書を作成し、日頃から言語認識技術や新語造語技術を磨くことをお勧めしたい。

(↑先頭に戻る)

■ 新聞記事スクラップ技術

分類・取捨選択能力の混合能力である。

毎日、参考となりそうな新聞記事を選び切り抜き、分類しスクラップブックに貼るという

単純な作業であるが、それ自体に意義を見出すことにより、知的生活の一部ははじまると

言っても過言ではない。

日常生活において多くの社会人がほとんど同じ新聞を読んでいるが、どう受取るかは千差

万別である。

新聞は、事実情報のほかに他人の視点や構想からなる意見の集合体であり、自分なりの価

値や切口を発見するための膨大なヒント集と位置づけることが重要である。

多くの人が同じものを読んで何も思わない対象に新たな発見をすることに知的創造の原点

はあり、ヒントを得てそれを基にオリジナルなアプローチで展開することで、それなりの

成果を得ることは可能である。

残念ながら、現実には多くの企業や官庁において、新聞記事スクラップは格下の社員の仕

事であるケースが多い。もし、組織の知的生産性を向上させようとするのであれば、管理

職自らが新聞記事スクラップを作業をすることが望ましい。

新聞記事スクラップ作業のうち、分類・ファイリング技術については、立花隆著の「知の

ソフトウエア」に詳述されているのでそちらを参照されたい。

(↑先頭に戻る)

■ 直面する問題を解決する技術

現実社会というのは、すべてを理路整然と整理分類できるほど簡単ではないが、時の政治家、

官僚、専門家、学者などが、現実社会において多くの直面する問題に取組んでいるのは周知の

事実である。

しかし、ここでことわっておきたいことが一つある。

それは、直面する問題を解決するのは知識の量なのか否かということである。

たとえば、ある人がそれ以外の人よりも10倍かそれ以上の知識を持ち得たとしよう。その人

は、直面する問題をその知識だけで解決できるのであろうか。答えは否である。

知識は、さまざまの情報の集合体である。知識が生かしきれない具体的なケースをあげてみよ

う。

@不要不急の知識を収集家のように機械的に集めているだけのケース

A情報の量が災いし、情報の分類、整理で留まってしまい、情報をどう生かそうか思いつかな

いケース

B自分の手柄とするための動機で取組んでいるため、人の痛みがわからないケース

Cいつまでも新たなものばかり追いかけているなど、勝手気ままに発散するケース

では、本題にもどろう。

どうすれば、直面する問題を適正に解決できるかということであるが、それは知識の量ではな

く、やる気と構想力次第の話なのである。最初は誰も知らない、ただそれだけのことなのであ

る。

知識が必要になった段階でも遅くはないのである。知識を必要とする段階で、情報の収集目

的、範囲と活用方法を思索し、情報から得られる将来展望を描き、現実問題としての人の痛み

を理解することで、問題解決の糸口を見出すことは容易ではなかろうか。

最後に、物事を現実化するには、投入するコスト、労力と期待される成果を冷静に分析し現実

社会に求められていることを計画的に着実に実行に移すこと、言換えると、これらは己を律す

ることができて初めて可能であることも付け加えておきたい。

(↑先頭に戻る)

■ 定義する技術

辞書作成作業は定義そのものであるといえる。そのほかに、法律の条文作成、法則や哲学

の構築作業の中で、取扱う事象を間接的な表現ながら客観的に説明する作業をここでは定

義であるととして取扱う。

取扱う事象が抽象的であればあるほど、その言葉の意味する言語世界上の範囲や感情的な

受取り方は異なると考えざるを得ない。定義することで、言語上の座標軸を設定し共有化

することが可能となり、集団での議論や規則などに対する統一的な行動を保証することに

なる。

また、いい辞書ほどいい定義をしていると言っても過言ではない。

(↑先頭に戻る)

■日本語能力

海外渡航経験者からの経験談として、「もっと日本のことを勉強しておくべきだった。」

との話を聞くことがある。

実は、この言葉には二つの意味が込められていることを指摘したい。

一つは、「日本という国情や歴史、経済などについて、より深い知識をもつべきであっ

た」という意味、もう一つは、「より正確に日本語を理解していたならばもっと正確に外

国語が話せたかもしれない。」ということである。

そこで考えてみたい。いわゆる通訳、翻訳という専門家は外国語だけ他の能力以上に処理

可能な職種として見られているが、実は日本語をよく知っている(=言葉をよく理解して

いる)ということなのではあるまいか。

単に暗記した結果として外国語がペラペラという人たちは除いて、大人の通訳や翻訳家の

能力は再評価しても良いのではないかと思う。

次に、ビジネスシーンにおける言葉の理解には、大きくわけて二種類存在する。

一つは、発生した現象を報告(説明)することである。もう一つは、自分のとった言動・

行動と相手先の言動・行動の報告(説明)である。

これらは、@言葉と現象の不一致の有無、A言行不一致の有無を意味している。

言葉と現象が一致しない部下を持った上司は細心の注意が必要である。こういう現象は、

本来起きてはならない現象であるが、万が一おきる可能性のある場合、上司が最初から指

示するのではなく、部下に詳細の行動計画を説明させて、一応大丈夫そうであるというこ

とを確認できてはじめて、仕事を与えるくらいの用心が必要と思われる。

言行不一致は、文字どおり、言っていることとその行いが異なる現象を指しており、こう

いう人間が責任回避するのは目にみえており、日頃から当事者としての責任ある行動を徹

底する必要がある。

以上を総合して、日本語能力を高めることは、学者・研究者などの特定のホワイトカラー

層だけでなく、広く一般のビジネスシーンにおいても有効なものであり、それが即、業績

向上に直結することを指摘しておきたい。

(↑先頭に戻る)

■灰色識別技術

文字どおり、どの程度白なのか、どの程度黒なのかを識別する能力である。イメージ創造

力、分析力、バランス感覚、調整力と同一の次元で論じるべきものであるが、常識人であ

れば、経験とともに自然に備わる能力と思われる。

特にビジネス社会で要求され、それ以外の分野ではあまり重要視されない。あの人はもの

がよくわかった人であるという表現があるが、これはその人が灰色識別能力がしっかりし

たバランス感覚を備えている常識人であることを指している。

この能力がなければ、利害調整を伴う案件を処理するのは困難であり、この能力の欠如し

た部下を調整部署に配置することは人事上の自殺行為に等しい。

紋切型の時代劇の好きな人や純粋な人は、物事をついつい白黒をはっきりさせたい性癖が

強いがゆえに、日頃からどういう場面で灰色識別能力が必要なのか気を配る必要がある。

(↑先頭に戻る)

■ 分類技術

新聞記事スクラップ後のファイリング、インターネットのお気に入りのURL整理、デー

タベース作成時の検索、図書館での本の整理において、分類という作業はなくてはならな

い知的活動と位置づけられる。

分類作業は、それ自体が知的生産結果に直結するというものではなく、取扱っている分野

での分類が一貫していることが、@物事の本質を早くつかみ生産活動の速度を向上させる

、A物事をわかりやすく説明する、Bいわゆる切口の切れ味の鋭さ、Cセンスの良さ、と

かを実現する原動力となりうるものである。

最近の傾向として、情報を日付別に分類することをその著書において薦めている知識人が

いるが、それは、読者の知的生産活動のレベルを低めに設定して書いた結果と受けとめた

い。

対象となる事象によって一概には言えないが、分類の基本は、主題別に分類した後の情報

を日付順に分類することであると考えられる。

分類は思考の結果である。

(↑先頭に戻る)

■ 世直し技術

世直し技術とは、一言で言えば、人を感動させその人の所属する組織全体または一部の発

想や行動原理を変える技術である。

いわゆるマスコミ論調(何をマスコミ論調と言うかにおいて認識は千差万別であるが)と

いうのは、人を罵倒することはできても変えることはできないことは戦後数十年間、日本

中のマスコミが実証済みである。

自分の力が直接及ばないものを対象としているという点において、世直し技術は究極の知

的能力を要求される世界であるととらえたい。

(↑先頭に戻る)